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'03 S/S パリ・コレ 平川版
その2:
10月03日より10日間に130メゾンがショーを行い、22メゾンが何らかの形でプレゼンテーションを行い、それらのメゾンとビジネスのみのメゾンがショー後に展示会を行った今シーズンのパリ。僕のような立場の者では到底、全てをホロする事は不可能であるし不必要。大半の日本のジャーナリストたちは講習会などと称して、何らかの形で『トレンド』を商売の糧にしているためその見たメゾン数で競うのであろうが、この状況を知っている者からすればナンセンス。インターネットが日常化してからのファッション・ジャーナリズムは確実に変質してしまっているのだが未だ、日本のそれら関係者たちのコレクションを見る眼差しと質はなんら2,30年前と変わっていない。それらに『藁をもすがって』影響を得てビジネスを行っているのが現実。
シーズン毎に過密化してゆく、ここパリ・コレの今シーズンは当然であるがスケジュールを調整する事が至難の技になって来、コレクション前には幾つかのプロブラムがいつものように起きた。
その一つに、日本人デザイナー間での初日、10月03日の夜の取り合いがあった。
ヨウジとイッセイがこの日を争った。
今まではヨウジがこの時間を取っていたのだが今シーズン、彼はオートクチュールカレンダーへの自己満足的ビジネス戦略で参加したためこの見返りが当然プレタのカレンダーへ表れた。それに今回のヨウジのコレクションはコレも彼のビジネス戦略で『Y’S』ブランドをパリ・プレタでデビューさせたために新人扱いをされこのビッグなパリ・コレ初日へは入れなかった。その代わり、今までからこの日を望んでウエイチィング状態を続けていたイッセイが取った。この裏には当然であるが、イッセイとムッシュ デイデイエとの30年来の友情があり、これは今回、再デビューを見事に果たした『オーヤ』のプレスを2em.ビューローが厚意あるテイクケアーをした事へ繋がった。
もう一つ、今シーズンは新人デザイナーたちの発表の場をパリ国立装飾美術館の主任学芸員で、例のフェスチィバルイエールのボードメンバーであるマダム マリークロードのデレクションとロレアルのバックアップで新人デザイナーのためにこの美術館の会場提供が行なわれ、多くの新人たちがルーブルに近い所でショーを行う事が出来便利であった。この辺りも、ファッションが文化であるこの国と我が国のように未だ、ファッションが文化の領域へ至っていない環境意識と成熟レベルの差異の表れであろう。
さて、そんな新人向け会場を借りての1番手がわが日本人ジャーナリストたちが毎日ファッション大賞まであげて勢いと期待を担った「アンダーカヴァー」のデビューコレクション。このコレクションの前に、この日既に3人がショーを行ったがそれらに比べると、わが裏ハラを代表する『UC』はその生まれの裏ハラらしくカッコ良く見せた。多分、現在の日本社会の社会環境的特徴である『ポストモダン社会』における彼らたち世代を象徴するのみのレベルのコレクションであった。
「…… フセインチャラヤンを思わせるようなオリエンタル調の刺繍、コムデギャルソン風の、、、、、ヴィクター&ロルフからのコピーのような、、、、曖昧で、ラフで、良識に反するシルエットのアクセントだけが目にく。、、、、、下手に温め直された生ぬるいソースのようなコレクション」
これはフランス『リベラシオン』紙のマダム パキタ・パカンの論評の一文である。なかなか辛辣である。が、的を得ている。このデザイナーが何らかの形で接触して既に種をまいたジャーナリストたちのそれとは画一して的確でフランス的エスプリの効いた評論である。
僕の評価は『日本のこの世代を代表するデザイナーである、ZAPPING世代のカンのよさとビジュアル処理が上手な『ファッションDJ』。彼をカッコいいとし、代表とする現在の日本の若者たちの手本であろうがオリジナルは皆無。自分たちがカッコいいと思うものを勘よくパクって上手にヴィジュアル的にまとめ上げるMTV世代のファッションが好きな、ファッションフェロー。そんな彼のデビューコレクションは東京と変わらず、コムデギャルソンあり、潤也あり。今シーズンは勿論、フセイン・チャラヤン、ユーギィー・ぺルソンそれに細かいアクセントはベルンアルト・ウイルヘルム。イメージ・インスピレーションは(UN)FASHIONという写真集かな?テーマはパンキィシュ・エスニック。後加工を含めて、メーター辺り、¥15,000-程にもなる素材を使っても、(本番はバリで後加工をして約¥7000-まで落とすらしいが、)一番の致命傷は彼のデザインには着る女性の[BODY]が不在である事。21世紀において、着る女性の身体性が皆無であるということは無知でしかない。コレはその発想そのものが終わっている。究極、悪く言ってしまえば、このデザイナーのエゴのラッピングでしかない。消費者である着る女性を自分のエゴでラッピングする発想はこのデザイナーの女性観やコンプレックスにも通じるだろうが結局は自己満足と自分の周りの取り巻き連中に『自分はカッコいい!!』を認識して貰いたいだけ。より豊かな教養性や人間性は感じられない。彼の場合、実際のビジネスはプリントT-シャツとシューズがメイン。今までもコレクションラインはそこそこ。従って、見せるものと売っているものに大きな差異があることでこのような服つくりの発想になるのだろうか?ここでも、現在の日本の若者たちだけでなく世間の風潮そのものになってしまった、『自己満』『ヴィジュアル化』『メデイア化』『仲間ウケ』等の全てが存在していたので面白く見せてもらった。これが『ポストモダン』社会の特化現象なのか?このデザイナーを軸にして現代日本社会と若者世代を論じればかなり面白くまとめられるであろう。
今シーズン、僕は新たにファッションのつくり手側、即ち、俗にデザイナと総称される立場をカテゴリーライズした。それが『ファッションDJ』の登場となった。
従来からの、『ファッション・クリエーター』/来るべき時代を自分たちのコンセプトとアイデンチィチィによって、好きな服の世界で自分の世界観をクリエーションしてゆく人たち。当然、21世紀へ入って、クリエーションそのものが至難の業に為って来た為、このレベルの人たちはパリでも非常に少なくなってきた事は確かである。J.P.ゴルチェ、A.アライア、V.ウエストウッド、川久保玲、マルタン・マルジェラ、H・チャラヤン、B・ウィルヘルム、などがあげられる。次が『ファッション・デザイナー』大半のデザナーと称されている連中はこのカテゴリーであろう。即ち、売れるものとしての「ファッショントレンド」をデザインする連中である。当然だがこの中でもレベルがある。上質なデザインをする連中から、トレンドのみにこだわっている者など様々である。そして、比較的新しいのが『ファッション・デイレクター』である。‘91年、あのトム・フォードの登場と共にスターの座を得た新職域である。ブランドイメージをクリエーションし、MDをイメージングすることに長けたファッションピープルたちである。この新たなカテゴリィーもファッションクリエーションが不明確に為って来たため自然発生的にファッションが好きで目立つ事が好き、それに何よりもファッションビジネスとはイメージビジネスであることを熟知した頭の良い連中にはもってこいの新たな職種であろう。既成のブランド力を利用して時代感を敏感に感じそれをイメージング出来る者だけが可能な仕事。トムによるグッチの再起以後、パリの大半のラグジュアリィーブランドの再生化、新陳代謝化を担っているのが彼らたちであろう。そして、最後に今シーズンの『UC』の登場によって、新たに『ファッション・DJ』というカテゴリィーを造った。そのものずばり、オリジナルは無く、多くをかつての自分たちがカッコいいと思っているものからの『サンプリング』が主軸。これにどのような『リ・ミックス』『リ・メイク』をして時代の気分をヴィジュアル的にカッコよくショー化することが彼らたちの新たなファッションの職域。全く、音楽の世界と同じである。『デザインされたものをデザインする』事が現代ファッション教育の殆んどである我が国の実情から誕生したファッション新世代向きな新しい世界。もう、全く新しいものが誕生し難くなったと言う「ポストモダン社会」とそこから育ってきた新世代の身近なファッション観であるかもしれない。
『UC』は全くこの領域でしかない。このデザイナーの育ちを見ても判る。文化の悪ガキであった頃から自分たちのオリジナルは無く、借り物のパンクミュージュックをそっくりそのままコピーし「東京セックスピストルズ」なるグループをカッコ良く見事にコピーしていた事から、多分彼らたちのコピーな育ちが始まった。コピーによってうけてしまう表層的現実によって、コピーと本物との差異が不明瞭になってくる。何が本物で何がコピーなのか、このどちらに何の意味合いがあるのか、というこれも「ポストモダン」社会の特徴を彼らたちは実体験として利用されかつ、育ってきた世代である。従って、メヂィアとのかかわり方も上手い。巧いどころかこの若さでそのすべを熟知してしまっている。その一つでもあろうか、このメゾンには所謂「コンスピラシー」を巧みに利用すると言う無邪気ではあるが恐いものを持っている。他人の誰かがやったものでも自分たちが好きでカッコいいと思ってるのならそのままパクってもっとカッコ良くやってしまえばいいというレベルの発想。これが『ファッション・DJ』。
そして、このブランドのショップが出来るまでの大好きなCdGとの経緯がコンスピラシー化されて、ナンセンスなストーリィーが一人歩きし東京を中心に広がり、無節操なファッション・ジャーナリズムと中途半端にファッションを解った顔するファッションビクテムたちが然も本当のようにこれを煽った。驚いた事にこれが、全く同じストーリーでパリででも彼のコレクション前に既に、広がっていた。この事によってこのメゾンに興味を持ったジャーナリストやバイヤーたちが多かった事を知った。僕は川久保さんにまでこのコンスピラシーの真相を確認した。が、答えは「そんなばかな!!」だけであった。しかし、これによって誰が得をするのかを考えるとおのずとそれなりのレベルでしかないのである。だが、僕は川久保さんも不注意であったと思う。パリでのショー当日はご夫婦で見に来ていらしたからである。たった、幾度かの『文通』とショップを出すときに彼らたちへ単純に、無防備に近ずいた結果でしかないだろうが、彼らたちはその裏も確りと読んでいた筈である。その点、メゾン・マルタンはやはり、1枚も2枚も人間的成熟度ではレベルが違った。
それはそうと、僕が一番、不思議なのは、何故、今、このメゾンがパリ・コレを目指したのか?である。以前、4年程前に、僕の所へパリ・コレへ出たいが、という相談があったのだが、、、、、??ビビッテしまって挫折。そして、『僕はもう、モードはやらない。』
今回はCdGとコルソコモという御友達が出来たからだからか????この真相は次回。
最後に、もう一つ、このメゾンもある意味では末期的な症状なのかと思うことがあった。デザイナーであり社長である高橋盾に意見を言う人間を今までにもそうであったように、今回もパリ・コレ後に当地でもめてやめさせていることである。このメゾンのイメージガール的な立場であって、実にいい性格をしたカッコいい女性、僕もファンの一人であったスーザンがやめってしまった事である。
以前では、このメゾンが今あるのは初期に、このパターンナーがいたからで、一番ファッションの実務、パターンメーキングで実力者であった女性とも意見が合わない、生意気だからと辞めさせたという経緯があった。このレベルのデザイナーがお山の大将になるのは未だ早い。ヒエラルキーのみで周りのスタッフたちの意見を聞かないでいつの間にかダメになったこの手のメゾンを幾つも知っている。
僕の東京的デザイナー像の一つに、【嫁さん止まり】というパターンがある。奢ってはいけない。
確か、このシーズンから本格的に【ヂィーゼル】傘下のマルタン・マルジェラのショーがこの日の最後にあった。勿論【ヂィーゼル】社の社長も見にきた。僕も会場であって挨拶を交わしたのだが変わらない人である。コレクションの方は3シーズン来の、『サークル』を出した。その意味では新鮮味に掛けた。しかし、すごいなと思ったのは、確か‘80年代半ばの菱沼良樹がやった、風になびく大きなサークルを身体大の大きさのバランスに組替えていた事だ。先シーズンがそうであったように、このブランドは今後、『クリエーチィブ・ラグジュアリィー』ブランドとして、その新たなポジショニングを固めていくのだろう。そのためには今シーズンもこのような素材や色目も含めてコレでいいだろう。しかし、このブランドも以前のように、驚くほどのマジックがなくなってしまったのは残念。このブランドが東京で上得意の顧客向けにサロンを開設したと聞く。青山、フロムファーストビルの一室をこのブランドらしく、何もインホメーション無く、ドアスコープだけ。ノックすると中から覗かれて顧客であればO.K.、出なければ、ダメ。当然コレクションラインのみをゆったりとした空間と環境でショッピングしてもらおうとの意向のサロン。もと、I.S.の事務所だったところ。多分、僕もダメであろう。
ありがとう。
06Nov.02/ 平川武治:
投稿者 : take.Hirakawa | 2002年11月11日 18:44