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決して”曖昧さ”だけが残らないように、『 知ってしまった、6ヶ月目の僕たちは何をすれば? 』
どうか、近代性のシンボル,原発企業事故災害が『あきらめ』の
同義語となって行く事の無いように,“分かち合うための一つの提案。”
2010年3月10日の未明、
鎌倉の鶴ケ岡八幡宮の境内の樹齢1000余年の大銀杏の大木が強風によって突然倒れる。
その後、孫芽が少し緑を出し始めこの大銀杏の未来へ、多くの参拝者たちも願いを込めていた。
その1年後の2011年3月11日、“東日本大地震”。
丁度、大銀杏が突然倒れて、1年後に大津波とその後の影響を受けた原発企業災害事故の勃発。
それ以後、大銀杏の残された根っこの部分から
小さなうつくしい緑の孫芽が育ち始めていたのが枯れ始める。
現在は金網が張られてその中で大切に化学養生されている。
ここにも、“自然”は正直であり、
“自然”は無言で、顕著に現実と変化を受け止めている。
先ず、僕たちは謙虚に”自然”からいろいろ学び、共生する真こゝろと知恵を持ち直そう。
そこに僕たちイエローしか出来ない
“自然”の愛し方を日常生活の中に持ち直しませんか?
僕たちの国土を、僕たちの同胞が穢してしまって、半年が経過しました。
本質的な進展がどれ位在ったのでしょう。
これからの僕たちの國を支えるはずの
子どもたち、赤児たちへの責任と決断が何れ程なされたのでしょうか?
この原発企業事故災害は決して、同胞たちの”あやまち”では在りません。
世間では、寧ろそれなりの社会的立場を持ち得た教養ある”尊敬される学歴を持った、
立派ないい人”たちが目の前に吊り下げられた”人参—名誉/金”のために起した
人間の品格が欠如したところの企業事故です。
或る意味で、
僕たちの國の戦後と言う時代と構造が育んで来た寂しい人間たちの現実の一面でもあるでしょう。
前回、巴里へ戻る前に幾度かの”原発反対”集会やデモに僕なりに静かに参加しました。
しかし、ここにも以前の”左翼系”と自認している人たちと
彼らたちをそのように見てしまっている人たちの集団性だけが
強く感じられてしまったのが現実でした。
’92年以降,世界の冷戦構造が消滅し始めると自分たちの立ち居場所が無くなり始め、
その後、国内の政治自体も与党と野党が逆転してしまった事によって、
彼らたちの立ち位置が完全に不明瞭になって来た事で余計に仕方がない動きなのでしょう。
僕の若い頃には“平和主義者”と言われる人たちがいました。
僕は、自分たちの國の国土を自分たちの人間性の欠如の結果の行為によって穢したこと。
『國が穢された。』当事者としての国民の不安と悲しみ、
これからの僕たちの國の未来に生きる人たち,即ち、子どもや赤児たちの日本を思い考えると
やっぱり、今回の企業災害事故については、
はっきりさせるべき事,原因と現状と将来への対策とケヤー等を
出来る限りの責任と勇気ある日本人としての”真こゝろ”によってはっきりさせなければいけない。
今回のフクシマ原発企業災害事故の今後、起るであろう被害を”分かち合う”事を提案をいたします。
日本にも多くいる、”高度成長期”とその後の”バブル期”を所謂、”ノン-ポリ”で経て、
それなりの資産を蓄え優雅な老後生活を送っていらっしゃる“シニア成金”たちのみなさんは無論の事、
年金を貰っていらっしゃる皆さん、
お願いです。
どうか、率先して”放射能汚染野菜食品”を食べてください。
少し、学ぶこゝろを持って知識を持てば理解して頂けるはずです。
“汚染されていない野菜や鮮魚”は子どもと若いお母さんたちが
何の不安もなくいつものように安心して食べれるように、
”がんばって生きる”人たちのために、
配慮し、仕分けを実践してください。
そして、食べてください、”汚染野菜食品”を!
”がんばって死ぬため”に生きている人たちが出来る事の
今、一番大切な事ではないでしょうか?
お願いいたします。
僕の日常生活もこの意識で行動しています。
この様な配慮ある処置を,仕分けをそして、社会的構造を造ってください。
國や地方自治団体やそれなりの関係者たちがこゝろある決断を速やかに行なってください。
この処置によって生産者側の皆さんへも多くの勇気と可能性をもたらすのではないでしょうか?
おねがいします、もし、この想いに賛同してくださるなら、
若い世代のみなさんたちが日常的に使っているPCメディアやツイッター等を駆使して叫んでください。
『どうか、自分たちの子どもたちの未来の日本を惨めな国にしないために、
シニア成金、年金生活者の方々は率先して”放射能汚染野菜食品”を食べてください。』と!!
自然界の“循環作用”に委ねましょう。“イエローミラクル”を喚起しましょう。
そして、被害地に奇跡的に残った”一本松”が枯れないように真こゝろで見守り下さい。
ありがとう。
合掌。
平成二十三年九月十一日。
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2011年09月12日 18:39 | comment and transrate this entry (0)