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平成二十三年の終わりに念うこと、年賀に代えて。
僕のこゝろは、来年は喪に服すこゝろの有り様です。
あの日の天災によって亡くなられたみなさまへの
変わらぬ御成仏を願うこゝろとともに,今年の終わりを迎えたいです。
『 どうか,安らかに御成仏なさって下さいませ。
残された者の責任はこれからの起り得る現実に対して
どのように”向かい合って”
そして,それぞれの立ち居場所から”分かち合う”かです。
僕たちが背負い込んだ”負/リスク”をどのように
僕たち日本人として,
また出来れば,地球上の人たちとも”分かち合って”行くことが
出来るかに課せられています。
決して,解った顔をしてしまって,
『3.11』を,
『FUKUSHIMA』を
“風化”させないで下さい。
“自然”は正直です。
人間は嘘をつきます。
正直な”自然”が
これからの僕たちのこゝろを,國を、子どもたちを
犯す可能性を見誤らないで下さい。
決して,解った振りだけをしないで下さい。
僕たちは謙虚に,
嘘をつけない”自然”と共棲してゆく勇気を持つ事、そのために学び,
それぞれ,自心のこゝろの有り様として行為して下さい。
お願いします。
そして,”世間知らず”ならず,
『世界知らず』のYELLOWにならない様に。
あらたな年への念い。』
今年も少しでも多くの人へ
何かが差し伸べられればしあわせだった1年です。
僕の今年も,
沢山の人たちからこゝろを頂くことが出来た1年でした。
どうも,ありがとうございました。
穏やかなる,
大いなる新たな年をお迎えください。
相安相忘。
文責/平川武治。平成弐拾参年十二月大晦日。
投稿者 : editor | 2011年12月29日 23:32 | comment and transrate this entry (0)