2011年10月25日
復刊 「LePLI 2011年 秋」
「LePLI 2011年 秋」ができあがりました。
あしたのために、さらにその先のために、なんどでも復刊します。
どうぞあたらしい「LePLI」をおたのしみください。
「LePLI 2011年 秋」
定価;1,890円(本体1,800円+税)
限定100冊
お取り扱い店
VACANT
東京都渋谷区神宮前3-20-13 03.6459.2962
http://www.n0idea.com/vacant/top.html
NADiff contemporary
東京都現代美術館 1F 03.3643.0798
http://www.mot-art-museum.jp/shop/index.html
gallery5
東京オペラシティ アートギャラリー 内 03.5353.0449
http://www.operacity.jp/ag/gallery5/index.php
MAIL ORDER
c.royhand@gmail.com(ル・プリ編集室)
お送り先(宛名、住所)部数をおしらせください。
お届けはクロネコメール便(160円)にてお送りいたします。
お支払いは到着後、銀行振込にてお願いいたします。
ただいま製本作業中につき多少発送が遅れる場合がございます。
投稿者 : editor | 2011年10月25日 00:30 | comment and transrate this entry (0)
2010年08月20日
三鷹天命反転住宅にて開かれる講演会のお知らせ。
先ず、僕自身に取ってとても嬉しいことなのですが、
「荒川修作+マドリンーギンズにより建てられた三鷹天命反転住宅」で行われる講演会へ呼んで頂きました。
小石祐介君始め、関係者のみなさま、ありがとうございます。
僕は20世紀も終わったころでしたか、ある年の正月、珍しく日本に居た時だったのです。
その数年前に、あの、荒川修作さんが現在このような事をなさっているという事をあるDVDで知り、
大いに関心を掻立てられていたので青春18切符を買っての旅へ、目指した所は『養老天命反転地』
一泊を岐阜で取り、翌日養老線で目的地へ向かうが、生憎この日は早朝からの大雪でした。
予想どうり、目的地は大雪の積雪の為、閉門。
大袈裟なことを考えると、この日の為に巴里から帰って来たのだ、だから、どうしても!!というこゝろの流行りが収まらず。柵を乗り越えての暴挙に出る。
このようなエピソードを持っている者にとっての今回のお呼びはとてもしあわせ感を感じるのです。
与えられたテーマは『にんげんをつくる』です。
ホモ-エクセレンスを考える?その為の環境としての『原始住居』
或いは、自然を始めとするあらゆるモノとの関係性の目覚め。
ご興味の在る方は是非!!
この機会にこの”化け物”にも関われ、語れるエピソードが持てます。
ファッションが好きな人たちももう、イメージにのみ頼っていては唯、ボケるだけ。
”エピソードを持つ”事によって語り合える迄の関係性が生まれる時代性です。
”身体拡張”ここには、モードが絡む一つの世界があります。
イメージに因りどこるだけでは”身体拡張”は語ることはできません。
8月22日の日曜日、13時より。
詳細はサイトをご参照ください。
http://www.architectural-body.com/mitaka/news/archives/2010/08/82126.html
帰国後間もないこの会です、時差ボケが酷いですが、感謝を素敵な時間にし皆さんと共有出来ればしあわせです。
ありがとう。
投稿者 : editor | 2010年08月20日 18:03 | comment and transrate this entry (0)
2010年07月01日
盛夏、巴里、ある友人への御礼。
『自心で自心を豊かにする』と言う道元のことばが好きですが、
これにはいつも知的な人間的なる好奇心と責任が伴うでしょう。
旅をする事もその大いなる一つでしょうね。
『豊かなる難民』化し始めている現実の日本。
もうそろそろ、『日本印の日本』を想うこゝろと國体を意識した時代を
皆さんの世代で築き上げる事をお考えください。
その時、僕が思う日本らしさの大切な一つに『湿り』があります。
ここに美しさも、艶やかさもあります。
そして、僕たちの自然が存在し続けます。
帰国後、驚かれたあなたの肌の日本の湿気に想いを。
僕は今、『分かち合いのデザイン』を考え念い込んでおります。
その根拠性は『共棲資本主義』。
国を念い分かち合う。
自然を慕い分かち合う。
そして、人間を想い分かち合う。
共に、自由なるクオリティオブテイストでみんなで寄り添って,
分かち合って生きて行ける様な
もう少し、こゝろと身体に穏やかな社会構造のためのデザイン観を。
男のエゴ、女のエゴだけのデザインはもう、20世紀でいいでしょう。
「明日をみんなで、愉しく幸せに生きたいね!!」
そんな明日のために
昨日の事ばかりを自らの自我で持って大口を叩いても
何も感動しなくなった、こゝろまでへも響かなくなって来た時代性。
ヒューマンテクノロジーとサイエンステクノロジーの
僕たちらしい新たな調和の融合の世界を考える事も大切な現実。
モードの世界も
素材は勿論ですが、ミシン以外のテクノロジーでこれを考える余地があります。
多分、時代は少しずつこの方向へ動き始めています。
僕たちは女であり男でありそして、人間なのだから
『人間』を可能性豊かに信じ敬うしかありません。
どうか、そのような人間を信じ敬い、自分の國を想うこゝろと共に
ご自愛とお励みを。
相安相忘:
盛夏、巴里にて。
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年07月01日 19:03 | comment and transrate this entry (0)
2010年05月10日
在る友人への手紙。『物心一如』、『日本印の日本』の為に。
こんにちは
異変の天候が続きました。
これも、何かの証しでしょう。
その予兆をどのように受け止められるかが生かされている人間としての智慧と理性と感情。
それらをどのように自分らしい行動へ結びつけられるかが責任と勇気と気概。
より、肥大化して行く『大衆消費社会』構造そのものを今後、変革して行かなければ僕たちの仏教の言葉『物心一如』のバランスが崩壊してしまうでしょう。
あの、『遠州好み』と言われている日本美学の中にも『共棲』思想と『融合』思想が在りました。
本当に、もう、『アメリカ印の日本』から『日本印の日本』の国体へ。
その根拠性は「個人のエゴ」から日本人が本来、持って生きていた「自然や他者との共棲」思想を再認識し、もっと生かして行こうと。そうすれば、人間味在る想いと行動が謙虚な真こゝろを持ち得るでしょう。
もう、僕たちが持ち得ている自我を1%、セーブしませんか?
ここからスタートしてください。
このままで行けば、『日本』という国は国体無き国、愛国心薄き国家となって移民が増え、思想無き国体と民の国になってしまいます。
そして、『金権社会』構造のみが肥大化するだけでしょう、もう、既にそうなりつつありますが。
既に、PCとケイタイ以後の現在では、『大衆消費社会』構造における儲ける方法、目立つ方法は無数に在りますしまた、なんでもありの時代性になってしまっています。そのレベルでのあれこれはもう、新しさや必然性や人間性を生む迄の新らしさへは至らないでしょう。
かつての日本人豪商、紀伊国屋文左衛門が『不義して富まず。』と言っていましたね。こんな言葉も消えてしまった戦後の「アメリカ印の日本」。
もっと、今の時代の「本質」として何を考えて行かなければ行けないかを、
『国体』を想うかを、若い世代の人たちへ投げかけて行く事しか僕は今、興味が在りません。
僕のロジックの原点は物事の『本質』を出来るだけ学ぶ事。
物事にも深層と表層が在ります。
例えば、美しい形と塊に見えている氷山にもその水面下にはそれなりの塊が在っての事。そして、それぞれのバランスが美しさを形創ると言うこと。
見えている表層のみを理屈や他者の事例を持ち出してとやかく言っても、それはそれだけの世界。
本質を学ぶ為の、
本質を知る為の、
本質を行為する為の、
『謙虚心』と『好奇心』
そして、『勇気』と『責任感』を意識しての『気概』が持てる生き方を選んで欲しいと想うのです。
人生の、生き方の『本質』を知って、持ってしまえば案外と物事は自分らしく、
ポジティフに堂々と生きて行けるのです!!
造られ与えられた世界で生きて行く為の『マニュアル』人生はもう止めよう。
即ち『本質』と『表層』の関係性を自分らしい価値観と世界観で自分のバランス観を持つ、その自分のバランス観で物事に関わって行く事がこれからは大切な「個人の責任」になる時代性でもあるという事です。例えば、何の為にブログを書く?にも関わって来る時代性が。
自分らしい価値観と自分の世界観を持ち得るには先ず、自分の内側を覗き込んで自分の内なる心象風景としての幼年期を見直してください。
自分が何に夢中になって遊んでいたのか?どのような環境で育ったのか?などですね。2番目は、自分の美意識を持ってください。
自分の身近な環境から、自分なりの「文化の領域」を意識して探す事から始まるでしょう。3番目は、自分なりの問題意識を持ってください。
自分の生きている現代とその社会で起き上がっている諸問題に対して関心を持ち、好奇心を豊かに巡らしてください。例えば、将来への不安や絶望がもし、在るならそれを自分の美意識で表現してください。
右手に“美意識”、左手に“問題意識”そして、こゝろに自分の”世界観”をもって創作エネルギィを産み出してください。
そこに『三方良し』の想いが行為の本質になればその結果は堂々と自分の世界で生きて行くことが出来るでしょう。
『三方良し』とは江戸時代から多くの豪商たちを輩出した近江商人と呼ばれた人たち彼らの、”商人哲学”です。三方とは、”自分良し”、”相手良し”そして、”社会良し”の三者良しという事です。自分だけが良かっても、自分たちが良かっても駄目だという発想ですね。最後は、社会の為になろうよね、というこゝろの置き所です。
そんなとき、『共棲資本主義』は一つの想い、日本人として持っていたはずの真こゝろであり、可能性だと信じれば例えば、ここ数年前から僕の眼差しとして提言している、ファッションデザイナーにしても『May I help you?』の真こゝろが必要になるはずです。
日本のモノ、西洋のモノ、東洋のモノそして、新しいモノ、古いモノ、
自然と環境、民衆のものと作家のものそして、自分と他者など等。物質的な豊かな生活を持ち得た『豊かなる難民』たちが意識しなければならない新たな責任としての『バランス感覚』でしょう。
今の時代現象、エコ運動やリ-メイク製作などにもこの新たなバランス観は必要、不可欠でしょう。
繰り返しますが、だから、自分のエゴを1%をセーブしてください。
『物心一如』
新たな時代への、新たな責任としての日本人のバランス観。
少しでもいいですから、
僕たちのこれからの日本、理想の『日本印の日本』を考え、想い、学んで行こうとしている
若者たちに元気付けられれば僕の役割です。
"Keep on touch,Please. And, May I help you?"
ありがとう。
ひらかわ:
投稿者 : editor | 2010年05月10日 22:21 | comment and transrate this entry (0)
ひらかわの”東コレ’10/'11A/W 批評-1”『例えば、Anrealageはおもろい、』を例に、;
"Anrealageはおもろい、ちょっと、他のデザイナーと違って
頭を使った展開をしていたデザイナーというレベル。"
彼の何かやりたい、脅かせたいの好奇心強気のデザインが
今の東京では稀なので貴重だった事。
だから、「おもろかった!!」のレベル。
しかし、もうそろそろ、それだけのデザインから”内側”を考えた、
即ち、本質を見極めるためのデザインへレベルアップして欲しい。
きつい事を言えば、やはり、表層のデザイン。
ジャコメッティ迄の延長線が引けないのは無論であるが、
彼がそのジャコメッティのあの”歩く男”が史上最高値でオークションで落札された事が
頭にあったのか? そこに発端が在ったのか?
なかったであろう。(間違っていれば、失礼。)
思い起すと彼の数シーズンのものつくりのアイディアはかなり、表層的は形態論的でしかない。
彼にとってのファッションとは、或は服を作るとは、なんなのだろうか?が究極の疑問と浅さと古さ。
所詮は、変わり種の"WRAPPING"コンセプトでしかない。
"PROTECTION"でもなく"CARE/CURE"にも届かない古さでがんばったもの。
しかし、今の様な大半の東京コレクションのデザイナーたちが、
"Big Mouth!"と"Presuming fellow!!”そして、”自己マン”レベルなので
彼のあの好奇心溢れる創作エネルギィーは面白いし好感が持てた。
もし、君が彼の作った服に興味を持ったのなら、感動した(?)のなら、
会場で、彼の展示物としての服を1点でも着てみましたか?
服は着て見せるもの、見てもらうものそして、着て生活行為をしてもらうものですよね!!
**
そう、20世紀の始りに”FAMME OBJECTS" から始まり、
’80年代に来てやっと、“HOMME OBJECTS"が加わり,
それらのための“WRAPPING"がモードの本質であり根拠性。
これは現在も継続しているモードの本質です。
しかし、身体の変わらぬ不変な形態構造によって
その"WRAPPING"における”新しさ”の造形的創造に限界の翳りが見え出した。
’97年以降はその"WRAPPING"というグランドコンセプトから
当時の”第3次世界戦争”的なる中東紛争による時代観や社会状況
そして、生活環境の変化によっての虚無感、絶望感、不安感から
モードの世界も只の"WRAPPING"だけでは物足らなくなりはじめ、
"PROTECT/PROTECTION"というコンセプトが強く求められる。
時にはハードに、時にはソフトに、身体をこゝろをそして性を
プロテクトする迄のコンセプトがモードの新たな役割となり
現在迄、引き継がれているのが現実。
これは、業界が発表する各シーズンのトレンドの中にもこれらが顕著に読める。
同じ時期に、服以外でも世界の多くの若者たちは身体の変わらぬ形態構造を
自らが”身体改造”と”身体装飾”へと、エステ、筋トレ、整形、プチ整形
それに、Tattoo,Bolt,ピアスからヘヤーやネイル迄に積極的なる改造と装飾の行動を始める。
そして、もう一方では変わらぬ"WRAPPING"をコンセプトにするデザイナーたちは
せめてもの表層として、"Wrapping Paper"よろしく素材へ趣きを置き換える。
そして、ハイヒールを履かせて(これも一種の身体改造である。)
着丈、全体のバランス観の組み替えを行っているのだ。
豊かさの中で生まれ、育って来た連中たちの若者たちの中でも
感受性豊かな自然体で生活している人たちはもうすでに
この"PROTECT/PROTECTION"に閉塞感を感じ、結局は自分自身を狭義な世界観に
拘束しておく事だけだという事に気付きはじめる。
自分一人では生きて行けない。
“分かち合い”が必要。助け合って行く事が大切。想い合って生きて行く事が必要。
そのために自分が出来る事で,自分以外の他者へ、
"MAY I HELP YOU?"
地球を、自然を、水をそして、時間とモノを慈しみはじめる。
ここに気が付き始めた若い人たちのモードは
"CARE/CURE"が新たなコンセプトになる。
身体とこゝろと性をどのように着る服で"CARE/CURE"出来るか迄の
想いと心ある自分の手による服作りが新しいと。
しばらくは、このような服作りへの考えと想いが
新らたな情熱として、魅力としてそして、感情として
今後の、若い人たちの創作意欲をかき立てるであろう事を望んでいる。
また、この"CARE/CURE"というコンセプトは人間味ある好奇心として
新たな関係性を生み出すまでのアヴァンギャルドであろう。
もしかしたら、ここがアートとの接点となるエッジ!であろう。
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年05月10日 07:31 | comment and transrate this entry (0)
2010年04月29日
「平川の東京コレクションをみて想うこと。東コレ批評に代えて、」
『 文明を謳い、文化をデザインして欲しい。
生を与えられ、生かされているあなた。
あなた自らの価値観の元に築き上げる自分の世界観を拠り所に、
あなたが、あなたらしく生かされる事に必要な世界のために、
社会のためにそして、
人のために、
堂々と、文明を謳い、文化をデザインして欲しい。
それが服であっても、 』
平成二十二年四月二十九日/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年04月29日 15:01 | comment and transrate this entry (0)
2009年10月12日
あの、Maison Martin Margielaブランドが遂に、
今シーズンのパリコレでのお話。そのー1。
このブランドのショーが終わった翌日、こんなコメントが、遂に発表された。
『 MAISON MARTIN MARGIELA: Renzo Rosso confirmed yesterday that Martin Margiela was no longer directly involved in the designing of the label.
He explained: "Martin has not been there for a long time. He is here but not here. We have a new fresh design team on board. We are focusing on young, realistic energy for the future, this is really Margiela for the year 2015." 』
Maison Martin Margielaブランドのオーナーであるジーンズ業界、Diesel社の社長のRenzo Rossoがべルギィーのウエブサイト『WGSN』で発言したコメントである。
元デザイナーの本人、マルタンマルジェラがデザイナー契約を辞めてから数年が既に、過ぎたのに未だ、日本のメディア等はさも、当人が居るが如くに特集を組み、メディア露出を行っているのですが、(これもある意味では立派ですね。かつてのマルタンのお陰でしょう。)やはり、マルタンデザインの本質を理解している者からすれば、もう彼のデザインコンセプトもテイストも既に終わっていますね、本当に残念ですが。売り上げも落とし始めている現実を今後、どのように打開して行くのでしょうね?これを早々に危惧し始めたオーナー、Rosso氏の証拠の発言とでもとりましょう。
本質を言ってしまえば、本人ががんばってやっていた最高のチーム時代ではこのブランドは『ジェンダー』の為のと言ってもいい迄の『性』を排除したデザインコンセプトが見事に一本筋を通していたのです。
が、今は全くに『イタリーテイストブランド』ですね。
’69年の、当時のロンドンを知的にミステリアスに、ROCKと共に舞台とした映画『BROW UP』(M.アントニオーニ監督、この映画はマルタンの次の時代に登場したRAF SIMONSのデヴューコレクションのインビテーションのイメージにも使われていた。)ともう一つ、ロンドンでのオノヨーコの個展「White」展。(’72年?)そして、「GRAFFITI」。彼のデザインとイメージの根拠性を知りたいならば、この三つを自分で探るべし。そして、'86年よりCdGが強烈に揺さぶり落した、巴里モードの断片を落ち穂拾いし結果、「STOCKMAN BODY」に解体と再構築を為したこと。
さて、イタリアンブランド「Maison Martin Margiela」は21世紀、何処を彷徨う?
もう、’90年代は戻ってこない!!
『WGSN』http://www.wgsn.com/home/
投稿者 : editor | 2009年10月12日 04:43 | comment and transrate this entry (0)