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<title>ARCHIVE 原稿／新たなファッションビジネスの為に。「アジテーション；『20世紀を忘れろ!！　そして、本質を知ろう。』」</title>
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<summary type="text/plain">　新たなファッション環境とそのビジネスの為に 僕たちの今生きている時代とはどのよ...</summary>
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<email>saito@withassistant.net</email>
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<![CDATA[<p>　新たなファッション環境とそのビジネスの為に<br />
僕たちの今生きている時代とはどのような時代であり，<br />
それを踏まえた上で今後，どのような時代性と時代へ<br />
僕たちは生きて行くのか？を考えてみよう。</p>

<p>現在に起こりえているいろいろな状況を読み、<br />
今がどのような時代なのか？<br />
そして今後、この延長上にどの様な時代が到来するのか？<br />
これらを思い巡らす時には当然ですが「時代の価値観」を考え、読まなくてはならないでしょう。</p>

<p>　アジテーション；『20世紀を忘れろ!！　そして、本質を知ろう。』</p>

<p>　既に、9年目の今年はもう21世紀の10分の1近くが過ぎている。<br />
確実に、僕たちは21世紀に生きている現実を意識しなければいけない。<br />
その時に、『20世紀を忘れろ！！そして、本質を知ろう。』は結構，大切なコンセプトになる。<br />
即ち、「全く新しい時代へ」を意識し、考える機を逸したのが日本ではないだろうか？<br />
そして，その結果が今であろう。</p>

<p>　わが国の政治には国体を考えた21世紀はこう在るべきだというビジョンがいつも存在しなかったし又、現在も存在しない。環境問題が大きく表層を現し、これに世論も当然ながら影響を受けその方向性は正しいがその背後に存在すべきはずの「本質」は感じられない。僕たちの国を思う心、自然を思うこころからの環境問題ではなく消費社会に向けての表層のみを思う短絡的な消費社会の『エコ』運動が論じられている傾向が強い。</p>

<p>　20世紀の価値観の一つ、「時間/距離/スピード」を文明化した自動車産業がこの機に及んで見事な崩壊を見せ始める。<br />
そのコンセプトは『距離／時間の短縮の消滅』現象とも読める。</p>

<p>　IT産業の高度なる発達に伴って、新たな「生活機器」の一つとしてのPCがより手軽に一般普及化し、その情報処理によって我々の地球が狭くなる。そして、グローバリズムと称したある種のネオ-コロニアル主義の台頭とバーチャル・リアリティの普遍化。経済に於いても、その結果としての紙幣経済からバーチャルマネー経済が始まる。<br />
　又、ケイタイの高度・多様なる発達によって、事実上の「距離の消滅」化が始まりコミュニケーションツールが、デス・コミュニケーションツールとなる。</p>

<p>　２０世紀末で記憶に残しておかなければならないことは、<br />
その世紀の変わり目に起り始めた幾つかの消滅し始めた特徴である。<br />
１）文化と社会の区別、領域の消滅。<br />
M.ジャクソンは人種、ジェンダーをコンバージョンする<br />
２）実態と内容を無視して表層としてのスタイルを強調。<br />
ヴィジュアリティ、ブランド性、何よりも見栄えが大切。<br />
３）高級文化／芸術と大衆文化／芸術の区別、領域の消滅。<br />
文化＋アートの消費化、ラップミュージュック、グラフィティ、<br />
４）時間と空間の境界の消滅。<br />
ハイパーリアリティやバーチャルリアリティの世界、ゲームの世界。<br />
５）メタ物語の衰退と変革。<br />
世界の枠組み、グローバル構造とイミグレーターたちの新世界。　<br />
（D.ストゥリナチ著／『モダニティとポストモダン文化』彩流社刊）<br />
これらの変化、革新は必ずその表層としての『消費社会構造』に何らかの影響を強く与え始め、続けるだろう。</p>

<p><br />
　高度な技術革命が我々の日常生活にもたらしたものはその便利さや便宜性と共に一方では、人間として生きるための『本質』や『本意』の不在性や不透明性をも、もたらし、与えられた「自由」の裁量にも不安を感じ始める。その結果が綿密に構造化され、与えられた『マニアル社会化現象』の現在の日本である。</p>

<p>　その影響の一つでもあろうか、わが国でも「少子化」現象が始まる。<br />
自分たちの国を想い、愛することが出来ない若者たちは『自己満足と自己肯定』な発想へ流れ，子供を生むことや大人になることにまで躊躇してしまっている。その結果が『少子化』や『草食性』若者の登場、他方では同性愛者たちも増え、セックスレスの若者たちも増える。このままで行くと国家の衰退化へと繋がることも考慮しなければならない。<br />
　今の日本でも、個人のアイデンティティに不安を感じ始め、自らが自分を騙したり、痛めつけ始める。変身願望や入れ墨、人体改造とプチ整形迄。そして、24時間音楽、コスプレ、かぶりモノ、アニメ、漫画、ブログマニア。<br />
　アキバというバーチャルの産みの里に彼らたちは自然発生化し、増殖化する。バーチュアル・リアリティに嵌る若者たちとその向こう側には、俗信的なレベルでの「神頼み」へ奔り、精神主義者と称される若者たちも増加する。<br />
　それらを揺り動かそうとコンヴァージェントする時代の波は若者たち迄も「保守の中庸化」が時代性となり始める。</p>

<p>「保守の中庸化」で考えられる時代の価値観は，<br />
「家で・みんなで・安心という心地良さ」がコンセプト。<br />
＊家で；家を中心に、室内と屋外、昼と夜、、、<br />
＊みんなで；友人、恋人、家族、同僚、、、<br />
＊安心；心の安心と身体の安心そして、環境の安心、<br />
　　　　そのための機能性を考え始める、、、<br />
＊心地良さ；楽さ、快適さ、のんびりさ、自分主義的コクーン。</p>

<p>　そして、ファッション商品とそのビジネスにも、<br />
　「新・階級化社会構造へ」というベクトル。<br />
「心に楽しく、身体に優しい」というクオリティ。<br />
「アイデンティティを再発見、再感動のためのザ・ニッポン」<br />
　というテイスト。</p>

<p>これらが「20世紀」という流れの連続性から考えられる価値観と<br />
その現れとしての社会化現象でしょう。</p>

<p>＊<br />
ここで、アジテーション、『20世紀を忘れろ！！そして、本質を知ろう。』を考えてみましょう。<br />
もう、20世紀の後半は来ません。80年代も、90年代も戻って来ない。<br />
来るのは21世紀と言う新たな価値観が必要な時代が、９０年代の始まりのアーカイブをベースにして、実は、もう来てしまっているのです。<br />
その基本発想は『本質を知った上での関係性の確立』が大切な根拠性。</p>

<p>＊＊<br />
資本主義の今後を考えてみると大きくは２つの新たな方向性が考えられます。<br />
そのひとつは従来からの、２０世紀を引き継ぐ構造がより肥大化する考え。<br />
これは「独占資本主義」とでも呼べるまでのものでしょう。<br />
ここまで来てしまったのだから出せる国家の「エゴ」、企業の「エゴ」<br />
そして、個人の「エゴ」はどんどん出すことによっての現状肥大と維持化。<br />
もうひとつは「共棲資本主義」とでも呼べるものです。<br />
共に分かち合い出来るだけ「エゴ」を少なくして<br />
みんなで責任を持ち合って共生してゆこうというもの。<br />
ここで、共生してゆくための価値観の括りは政治性でもなく思想でもなく、<br />
もっと自由な個人の生活者意識レベルでの括りの中で、<br />
人間の大切な生活環境を守りながら個人のレベルだけでなく人間のレベルと、リズムで生活して行こうと言う発想。<br />
ここでは個人の経験によって持ち得た価値観とクオリティオブライフの成熟度が<br />
大切なキーワードになる豊かなる少衆化の資本主義構造。<br />
例えば，かつての「ヒッピー」たちが思い描いたコミューン思想の昇華スパイラル化。<br />
同じように『関係性』を拠りどころとした対峙する資本主義、<br />
その一つがキリスト教的な「弱肉強食」社会の肯定と、<br />
もう一つが仏教、儒教的な「想い合うこころ」によって生かされるという社会への望み。<br />
進化した消費社会の日本でも最近、出始めた言葉に「共費社会」がある。<br />
これなどは「共棲資本主義」を考慮したところでの言葉であろう。</p>

<p>＊＊＊<br />
　20世紀の最終コースから始まった、「距離の消滅化」とは、<br />
例えば、国と国。女と男。そして、作り手と買い手等、など、、、<br />
このような関係性における「距離の消滅化」もこの21世紀の新たなコンセプトの重要な一つでしょう。<br />
「国と国」の関係性は民族と民族の関係性へと拡大進展化してゆくでしょう。<br />
この地球上で共産主義、社会主義というイデオロギーを持った国家の比率はますます少なくなるでしょう。<br />
従って、今後は資本主義国家間における民族と民族との関係性が即ち、民族主義的なる国家がより、強力化、拡大化してゆくというコンセプト。</p>

<p>「女と男」、このジェンダーにおける性差の「距離の消滅化」は<br />
より、人間的なる又、地球人たる発想の下での「女と男」を考えられるようになるだろう。<br />
即ち、我々は女であり、男であるけれど、「だけど、人間だね！」というまでの新たなコンセプト。</p>

<p>「作り手と買い手」の関係性における「距離の消滅化」はもう既にプロシューマーと言う名で登場していますが、彼らたちのこれからは自分の作りたいものを作れる環境と状況はより狭くなるでしょう。<br />
時代がもたらした豊かさによって、作り手からも、買い手からも、その欲望は両方からさほど、必要がなくなり始めるでしょう。<br />
　それほど、普通のものが高品位と高水準と低価格へと一般化して来たからです。<br />
これが「進化」と言うものですね。</p>

<p>　２０世紀の延長としての新たな価値観の模索はもう、通用し難いまでの時代性が現在です。<br />
例えば、現在のグローバリズムとはネオ・コロニアリズムであるという発想を持った時には２０世紀を飛び越して、<br />
かつての「植民地時代」のバーチャル・リアリティ化、バーチャル・イメージ化は一つのアイディアであるかも知れませんね。国家規模より、民族規模が新たなスケールとなるのですから。</p>

<p>＊＊＊＊<br />
　現実の巷の日本は例えば，ファッションビジネスの世界も完全に「黒舟」到来で目覚め、騒ぎ立てている。<br />
それは未だに、変らぬ『シングル・スタンダード』しか持ち得ていない大半の国民性の現状でしょう。<br />
『本質』を見極める為の知識や知恵がその教育の一番の元であったはずが、いつの間にか『本質』はどうでもよくって、表層のみを、与えられた『マニュアル』さえ覚えこめば式の偏差値教育から社会構造と環境に至るまで、いたって単純な単細胞的なるシングルスタンダードの国民性へ成り上がってしまっている現実。<br />
かつてのように『農業立国』や『工業立国』へ完全復帰が出来ない現実も考えないで、『再・鎖国論』さえも、もっともらしく表層化してしまうほどに、僕たちの『シングル・スタンダード』発想は普遍化してしまっている重症国民病でしょう。その一つに『自分の夢』『個人の満足』観が異常に強い志向性であり，『自己肯定』で自己防衛している狭い世界での自己満足型の若者たち。従って，国のため、社会のためという発想が未熟児的なる国民性もこの『本質』に無知、無教養であることの現れでしょう。</p>

<p>＊＊＊＊＊<br />
　先ほどの、「共棲資本主義」の進化を新しさと考えると、<br />
新-国民服的なる制服の時代が予感されます。これが『ユニクロ』の登場でもあるでしょう。<br />
それと並列した自由服としての『黒舟』もの。これらは「h&m」｢21 forever」で代表されるでしょう。</p>

<p>　新たな感覚での『UNIFORMISM』-『制服化』は多くの意味で、今後の繊維業界の一つの目玉になるでしょう。</p>

<p>　豊かさと自由さをそれぞれのフレームとしたところでの『制服』、これにどの様な素材感とデザインがなされるかは一つの興味ある発想。　</p>

<p>　『ユニフォーミズム』の到来?とは、<br />
気がつけば、誰もが、何らかのところの『ユニフォーム』を着て生活している?そんな時代。<br />
『流行』とはトレンド物を着る事から自分たちの棲み分けのためのユニフォームとなるものを着ると言うまでの<br />
分衆、属化現象が『流行』？スポーツジム、ゴルフクラブ、余暇サークル、コミュニティ活動、ボランティア活動などいろいろな『気概』を通じての「階級化社会の形成化」へ。<br />
『気概のユニフォーミズム』も新たなコンセプトでしょう。<br />
この辺りが新たな繊維産業の可能性へ繋がって行くとも考えられる社会の変化。</p>

<p>＊＊＊＊＊＊<br />
　日本的環境と都市構造と生活構造しての『コンビニ』環境をどのように取り組んだ都市生活者構造とそれらをターゲットにした新しい商業構造が組み立てられるか？そして、今後、しばらくはホットな流れになるであろう、『衣、食、住、装』という自分生活環境のテイストとクオリティからまとめ上げるＭＤが消費構造そのものになるまでの『カテゴリー・ミックス』が始まるでしょう。<br />
　例えば、「コンビニのあるセレクトショップ」や「デパ地下とセレクトショップ」など。<br />
もう既に、現実の都市はより過疎化し始め、都市の中心はショールーム化してしまって実際のお買い物は豊かな人たちは自分たちが住んでいる地元で、という地域社会とのコミット化。<br />
若い世代や家族たちも郊外のアウトレット・モールか、ネットのショップまたはオークションで上手なお買い物がより現実と頻度を増し始める。</p>

<p>　15歳以降の日本人が今後、どのような生活環境を持ち得それが世界レベルとどの様な差異が在るかを見極めることも一つの視点。<br />
　この15歳以降は生まれてくると既に、ＰＣが存在する生活環境なのです。<br />
ここでの彼らたちの『脳味噌』がどのように日本的に変革をしてゆくのか？<br />
僕は、もう、ここに一つの拠りどころを感じ始めています。<br />
ここでは『ウサギと亀』のお話はPCを駆使して興味あるサイトにワープし，<br />
大いに広げられる『ヴァーチャルな関係性』が発展進化する時代性がより，現実化へ。</p>

<p>＊＊＊＊＊＊＊<br />
　今世紀の始まりを待たないでも、BIO、DNA組み替え、新エネルギィー、サイバービジネス、個人レベルとヴァーチャルレベルも含めた知的著作権それに例の、宇宙開発による再世界参入、これらが新たな世紀の「利権戦争」の主戦場でしょう。<br />
　20世紀までで既に、あらゆる既成なる『利権』を地球規模で搾取して金を儲けてしまった階級者たちが向かう新たで、より激しい『利権』戦争がこの分野なのでしょう。</p>

<p>　そんな世界からファッション産業はどの方向へ進化してゆくのか？または置いてきぼりを喰ってしまうのか？</p>

<p>　ここでも、バイオや遺伝子組み換えによる新たな被服素材を開発し、バーチャルイメージにおけるビジネス戦略の多種混合化と新たなイミグレーターたちとの混血化による新しい日本人の登場、これらの『豊かさのリーミックス化』で高度、広範囲化なヒューマンビジネスと考えるビジネスの在り方もやはりファッションの世界に関係してくるのがこれからの世界観には必要でしょう。</p>

<p>　我々の『金本位資本主義社会』は良く見て、『共棲・金本位制資本主義』に限りなく『自由』に揺れ動き、流れてゆけば未だ、それなりの可能性と人間らしさが失われずに生きて行けるでしょう。<br />
が、ここに古呆けてしまった２０世紀の『イデオロギー』による『独占資本主義』進化論を持ち出してしまうと元の木阿弥へ。</p>

<p>　『ＨＡＰＰＹ，ＰＥＡＣＥ　＆　ＦＲＥＥＤＯＭ』<br />
　かつてのヒッピーが叫んでいた声が、やっとぼくたちのアメリカ印の日本の生活現場の後ろから<br />
若い純粋なニュージェネレーションたちの声とスピリチュアルリズムを志向し始めた３０代から聞こえてくる時代が確実に、一つの新しい時代を迎えるでしょう。</p>

<p>　都市のベクトルは『郊外』型へ、郊外でうけているものが都市へ流れ込むベクトルも読めますね。<br />
なぜ、郊外かと言えば、未だそこには『自然』が存在しているからです。『土』が在るからです。<br />
そして、『住民』が住んでいるからです。<br />
『黒舟』に対抗するには『土』しかないかもしれませんね。<br />
また、それぞれが持ち得た生活の豊かさから“レジデンサー”が<br />
新たな『本当の顧客』だという判断も必要な時代性でしょう。<br />
決して都市へ集中するようないわゆる“スベニーヤー”たちはいい顧客ではなくなり始めたということです。</p>

<p>　おわりに、　<br />
　なぜ、『20世紀を忘れろ!！』なのかの本質は<br />
国民の大半がもう既に、『豊かな生活環境と状況』を現実として経験していること、<br />
また『豊かさのイメージ』のみを追っていた世代が疲れ始め<br />
彼らたちによる新たなペイジが開かれる時が今だからです。<br />
　これからは『豊かさと穏やかさのリーミックス、サンプリング、リーメイク』が<br />
モノ作りにも商業施設にも、そのコンセプトとして大切になり，必要なのです。<br />
そして、此の時、もう一方で大事なのが『時間のベクトル』の質の変化を読む事でしょう。</p>

<p>そんな時代観を感じています。<br />
文責／平川武治：（初稿平成２１年２月／再編集平成２２年２月）：</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>DISCIPLINE会の皆様へ,『アート天国 「虎の巻」2010 Art Tengoku - Enter the Tiger』参加のお知らせ。　</title>
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<modified>2010-02-19T15:18:08Z</modified>
<issued>2010-02-19T15:06:46Z</issued>
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<created>2010-02-19T15:06:46Z</created>
<summary type="text/plain">　　　「　山茶花は　うもれ枯葉に　紅朽ちし　」 　こんにちは、お元気で、機嫌良く...</summary>
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<name>editor</name>

<email>saito@withassistant.net</email>
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<dc:subject>greeting</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　　　「　山茶花は　うもれ枯葉に　紅朽ちし　」</p>

<p>　こんにちは、お元気で、機嫌良くお励みのことでいらっしゃいますか？　<br />
ここ２年程，余り変化ある活動を行って来なかったのですが，<br />
今年は僕がモードの為に巴里へ通うようになり２５年が経ちます。<br />
こんな年なのでもう少し積極的にそして，<br />
好きなモードに新たな好奇心をいっぱい持って関わって行こうと考えていた矢先に，<br />
此の様な機会を友人の皆さんが与えてくださいました。<br />
　<br />
　ファッションの人たちもそれぞれ与えられ、持っている折角の自由さを<br />
或る種の自己肯定の為になのでしょうか，<br />
狭いフレームの中に閉じ籠ってしまっているように感じてしまうのです。<br />
　そんな今の眼差しを持ってジャンルの違う人たちとの<br />
コミュニケーションに僕自身も新鮮な期待です。<br />
　<br />
　お時間があれば是非，ご参加くだされば楽しいです。</p>

<p>ご自愛とお励みを、平川武治。<br />
平成２２年２月１７日：　</p>

<p><em><strong>アート天国 「虎の巻」2010 Art Tengoku - Enter the Tiger</strong></em></p>

<p>僕のお座敷は，<br />
2月26日（金）　Feb. 26 (Fri)<br />
20:00 -<br />
トークショー：　アートとファッション 「ファッション的視点からのアート」<br />
ホスト：　小林隆臣　（服飾デザイナー）<br />
ゲスト：　平川武治　（モードクリニシュエ）<br />
ゲスト：　ヴィヴィアン佐藤<br />
ゲスト：　三嶋章義　（アーティスト／デザイナー）</p>

<p>此のアートイベントの詳細は下記のブログにて，<br />
<strong>http://arttengoku.exblog.jp</strong></p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>The Original Interview Lee Alexander McQueen in London &apos;94.</title>
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<modified>2010-02-13T00:34:26Z</modified>
<issued>2010-02-13T00:27:18Z</issued>
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<created>2010-02-13T00:27:18Z</created>
<summary type="text/plain">nterviewer/TAKE.Hirakawa: Media/The SWIC...</summary>
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<name>editor</name>

<email>saito@withassistant.net</email>
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<dc:subject>article</dc:subject>
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<![CDATA[<p>nterviewer/TAKE.Hirakawa:<br />
Media/The SWICH on March '95:</p>

<p><br />
<strong><em>I was deeply grieved to learn of the tragic death of you,Lee.</p>

<p>Thank you so much for your passion with everything magical technic through La Mode for me.</p>

<p>With deepest sympathy, </em></strong><br />
Take. HIRAKAWA:</p>

<p><em>" To premature mortality epidemic. Shall receive what is fashionable, but there is so much heavier light. "</em><br />
<em>By Jean Cocteau：</em></p>

<p><br />
　　セントマーチン校’９２年の卒業生は豪華メンバーが揃っていた。<br />
加賀美敬、フセイン-チャラヤンそして，リー-マックイーン。此の年は未だ，ミセス-ウエンディーが学部長として在任最後の年だったと憶えている。（その後、彼女はRCAへ。）当時，彼らたちの共通の友人に巴里に居たあの，田村千晶がロンドンでスタージェをしていた。僕は彼女にコンタクトを取ってインタビューがしたいと。そして，迷って結局、リーからインタビューをお願いした。理由は彼が当時では一番、プロ意識が高かったと記憶している。が、実際には一番未だガキっぽかったからだった。<br />
　内気でナイーブそして、寂しがり屋なリーは機転の利く鋭さも持ち合わせていた。その彼が写真さえも撮られるのをいやがった。丁度，当時のボーイフレンドと別れた時だったからだろうか？　否違う，それも引掛っていただろうが，それ以上に彼自身は一途さを持っていた。持ち得た『理想』が，いかにして『現実』と言う狭き門をくぐり旅発つ事が出来るのだろうか？と言う時期だったから余計であっただけだ。２度のインタービューを試みた。そして，写真を学校の裏通りに在る学生たちもよく行く，ロンドンでは珍しいいい雰囲気のフレンチカフェの２階。彼が指定してくれた。彼が好きだったカフェ。そのトイレの摺りガラス戸に内側から自分で顔を押し付けてそのシャドウを撮らせてくれたリー。</p>

<p>『多くのプレスに関わるのはとても容易な事だよ。そして、死ぬのも早いよ。』</p>

<p>彼の此の言葉が、今は僕のこゝろを辛く，とても悲しく響き，残された者の惨めさを味わう。<br />
　<br />
    　永い間会っていなかったね，リー。<br />
　何時までも『悪ガキ』で居れれば良かったのにね<br />
　どうか，ママに会っていっぱい，甘えてください、リー。<br />
　ゆっくり，お眠りください。　<br />
　ありがとう，美しい世界をありがとうございました，リー。<br />
　合掌。<br />
　タケ：<br />
12th. Feb.'10</p>

<p><br />
インタビュー／</p>

<p>【TAKE.:　どう？ビジネスのこと話せる？<br />
　LEE.:　あまりよくわからない。日本でのビジネスが良いとか、どこが良いとか分からないし、あまり意味のない事だ。なぜなら、人々が好きな服をみつけて、着て、フィットさせてるんだし・・毎シーズン、僕はムードで作っているんだ。この日はデビル、ゴシップ、次の日はテクノロジー・・といった具合にね。だから毎シーズンが社会への僕なりの革命なんだ。<br />
TAKE.:　クリエーションがいつもかわるというのは、あなたのエゴから？<br />
　LEE.:　それは僕の信念（conviction)だよ、僕は神でなくてただのデザイナーなんだよ。<br />
TAKE.:　でも、人々は貴方の事を偉大なデザイナーと思っているでしょう？<br />
　LEE.:　そうだね。でも皆がそういっているからそう言っているだけだよ。一人が言い出して、そして皆が言い出て・・僕がICAの話をしているとき、女の子が来て、「貴方ってマゾ？」て聞いたんだ、「何でそう言うの？」って聞いたら、「貴方が私をみにくくするから」ってね。で、「僕のshowを見た事ある？」って聞いたら、ないって言っていたよ。<br />
TAKE.:　何で彼女はそんな事言ったのだろう？<br />
　LEE.:　さぁ、僕は９年程ファッション界にいるけど、ファッション産業は普通じゃないよ。くだらない事がたくさんあるんだ。彼らは、彼らが何で僕のことを天才だって言うかさえわからないいんだよ。僕の言っている事がわかるでしょ。もし、僕がジャケットの上に糞をしたとしても彼らは僕を天才と呼ぶんだよ。<br />
TAKE.:　じゃー、そうするの？<br />
　LEE.:　もうやったよ。（笑い）<br />
TAKE.:　最近で，尊敬しているデザイナーは？<br />
　LEE.:　他のデザイナーの中で僕が唯一、尊敬しているのはマルタン・マルジェラなんだ。マルタンは誠実だから。<br />
TAKE.:　誰が自分に一番近いデザイナーだと？<br />
　LEE.:　人に似ている事に何の利点があるんだ？僕は僕自身だよ。マルタンを尊敬していると言ったけど、それは彼の態度や彼の観点についてであって、別に彼のやり方やスタイルにじゃないよ。<br />
TAKE.:　男が女性服をデザインする時についてどう？<br />
　LEE.:　女性から極端で最大な視点を得ないといけない。僕は強い女性、時にはフェミニンでも、大半は強い女性に服をデザインするんだ。僕の周りにいる人々によって、それらはデザインされるんだ。僕の友達、レズビアンの子達は、彼らがそれを気に入れば言ってくれるし、もし僕がマゾ的であったら、それも言ってくれるんだ。プロポーションや服はとてもセクシーでテクニカルに見えるけれど、僕は男として可能な限りの見方で、女性をベストに引き立てるようにしてる。ハイテクな素材を使ってね。それらは僕らでつくるんだけど、主として女性のプロポーションが理由なんだけど、バンブスター（？）のように、彼女達が背が高く見えるような幻想なんだよ。<br />
TAKE.:　新素材を良く使っているよね？どんな女性に？体つきに対してですか？<br />
　LEE.:　強いマインドの女性に。僕の服を買う人々は、とても独立しているんだ。彼女達はファッションを追いかけないんだ。彼女達は彼女達が必要なものを追いかけるんだ。素材に関して言えば、ゴーストプリントっていう、新しいやり方のプリントを使い始めたんだけどね。それはイメージのように隠れた図柄を顔料でプリントしたんだ。そして、ゴールドのいぶした顔料をその上にプリントして、その次にケミカルをつけて、プリントをまるで，ゴースト的なイメージで作り上げたんだ。素材がとても固かったから、柔らかくなるように僕らの手で多くの行程を施して作ったんだ。それはハイテクな素材と、テクノロジーと共にトラディショナルなやり方で作り上げたコンビネーション-プリントなんだよ。<br />
TAKE.:　実際に，”服が縫える”というのが貴方の自信になっているよね？<br />
　LEE.:　１６歳の時から働き始めたんだ、９年間ファッション界にいる。サビルロード（サビルロー？）からはじめて、３年間テイラーとして働いた。そしてパターンカッターとしてテレビやCFのための衣装のシアターで働いたんだよ。だから歴史的なパターンやコスチュームの作り方を知ってる。サビルローではたくさんのパターンとコンストラクションがある。だから、服とは多くの手数を施されてコンストラクションされてるんだ。だから、僕は二つのコンビネーションを使おうとしているんだ。サビルローと今日のテクノロジー、古いものと新しいもののコンビネーションをね。<br />
TAKE.:　yohjiのパターンワークもしたことがあったよね？<br />
　LEE.:　ニューコンの前にKoji tatsunoがyohjiとロンドンでブランドを始めた事がありそこで働いていたときのことだよ。僕が働いたのは、特別にハイデザインを一人のために作っていたオーダーメイドのサビルローのようで、とても良かった。<br />
TAKE.:　どのくらい、みんなで働いたの？<br />
　LEE.:　あまり長くはなかった、６ヶ月くらいかな。yohjiとkojiが喧嘩別れした為に。<br />
TAKE.:　マルタンは貴方に刺激を与えますか？<br />
　LEE.:　彼はとても誠実だから・・それはとても精神的なものなんだ、貴方達はそれを彼の服の中に見ることができるよ。彼は服をばらばらにして、また元に戻すんだ。僕にはそれが、リコンストラクティングに思えない。（ディコンストラクション？）いつもコンストラクションとしてそれを見るね。<br />
TAKE.:　マルタンはセクシーさに欠けると思うのですが・・<br />
　LEE.:　セクシーに思う。Very flattering。あのせまい肩なんて僕にはとてもセクシーだしプロポーションはとても賢いよ。<br />
TAKE.:　１９６9年の”欲望”（原題”Brow up"）という映画に、マルタンのアイディアを２つ見ることができるよ？知ってる？<br />
　LEE.:　その映画の事を聞いた事はあるけれど、みた事がないんだ。<br />
TAKE.:　マルタンはとても勉強していると思いますか？<br />
　LEE.:　服を仕立てると言う勉強はしているとは思えないな。それより観察力が鋭いと思う。鵜の目鷹の目で探していると思う。それはとても小さな事を自分の眼でキャッチしてる事なんだ。<br />
TAKE.:　Vogueに、イザベル（故Isabella Blow）について、<br />
　LEE.:　ファイナンシャルサポートは彼女はしてないよ。彼女は世界を見せてくれるんだ。例えばThe queen through her・・彼女はエキセントリックで、服が大好きで、ファッションをとてもよく知っているんだ。何が良いか悪いかをわかっているんだ。彼女はインスピレーションに長けているんだ。<br />
TAKE.:　デザイナーにとってサポートしてくれる人は必要だと思います？<br />
　LEE.:　そうだね。もし君がクリエイティブフィールドで働いていたとして、僕が思うのは、君はクリエイティブな人に囲まれてなきゃいけないってことさ。クリエイティブなものにもね。君は全てを、誰かが言った事を、吸収する事になるからね。そして君は、残りをはき出すのさ。<br />
TAKE.:　あなたにとってファッションデザインとは？　難しい質問ですか？<br />
　LEE.:　少し難しいね。ファッションはパーソナルに変わってくるんだ。とてもパーソナルなものにね。僕にとっファッションはお金儲けのためじゃ決してないんだ。もし僕がお金が欲しいのなら、ベルサーチや他のデザイナーのもとで働くよ。僕が思うにファッションは "Fashion is getting more to the love of clothes" 前より好きになるだけの値打ちのあるものになるんだ。それは、1 to 1 thing なんだ。それは布のコンストラクションについてなんだ。とても時間をかけるものなんだ。今、お金というのはとても怖いもの。もし人々が?800ポンドをジャケットに費やしたとしたら、とても美しいコンストラクテッドのジャケットを手に入れようとする。キャンパスパッド付きのね。家づくりと同じようなプロパーコンストラクションのをね。<br />
　次のコレクションはとても規模の小さなものになるんだ。25くらいのアウトフィットでビスポークテイラーを使ったものに。ビスポークはミリメーターでコンストラクションされてるもので、とてもfineラインなんだ。一人の人、その人に誂えたものなんだ。フィットするかしないかのもの。もし君がサイズ１２なフィットしない、１４にしないとね。最終的には、服はmateのサインになる。人々に注目を得るために、服を着るとか、自分の気分をよくするために着るものになる。<br />
TAKE.:　他の人とチームを組んだり、他の仕事をもってます？<br />
　LEE.:　いいえ。オリジナルラインだけです。ショールームがパリとミラノとNYにあり、NYはミックスされてる。パリはM・Mでミラノはフランザンチーニ、４コレクションすでに行ったんだ。<br />
TAKE.:　世界中に名が知れ渡りましたね？<br />
　LEE.:　本当に,パリでもかい？<br />
TAKE.:　そうなりつつありえるし、そうなるよ、きっと！！<br />
　LEE.:　それは少々茶番に思えるな。彼らは何かを得たいし，新しいものを奪いたいんだよ。<br />
TAKE.: それって，凄く危ないことだね。<br />
　LEE.:　そうだね。多くの罪があるよ。<br />
TAKE.:　名は知れてるが実際には，１店輔でしか服を見られないが・・<br />
　LEE.:　それは僕の選択なんだ。”１対１”風のが好きなんだ。僕が売っている店は、ペリカーノっていうんだけど、そこの人は僕の友人なんだ。それは、何かスペシャルなことをペリカーノにしているって感じなんだ。違う事をするし、発送も遅し。時間をとやかく言うことがとても嫌いなんだ。僕は、服に時間を設定するのは不可能だと思う。コンピュータを買う訳じゃないし服作りは、時間とともにするもじゃない。僕がペリカーノにしているコレクションは違うもので、とても特別なもので、僕とアシスタントによって作られた、特別に、ペリカーノのためのものなんだ。それが僕のパッションなんだ。<br />
TAKE.:　では服を売るのはとてもパーソナルなことなのですね。<br />
　LEE.:　そう。僕が欲しいものは、家だけ。僕が一番怖いのはホームレスになることなんだ、イギリスではこのことが最も恐いことなんだ。世界中どこでもだと思うけど・・僕が欲しいのはセキュリティーと家だけなのさ。そんなにたくさんのお金はいらない、だから単に楽しみたいのさ。僕が思うのは、お金は人々をめちゃくちゃにするものだってこと。多くのお金は人々には良くない。僕は心地よくありたいだけで、そして好きな仕事を楽しみたいだけ。<br />
　今回のコレクションはready to wear 、世界中で売られる（写真をさしながら）。もし君がMcQueenが欲しければ、ペリカーノに行くんだ。なぜならペリカーノは世界中で初めて僕を見てくれた店だし、とても親切でフレンドシップ風の店なんだよ。<br />
TAKE.:　マルタンと君のデビューが似ていると思うが、先ずは自分の情熱しかない所からのスタート・・<br />
　LEE.:　僕が思うのは、自分自身を保ってベストを尽くす事、お金に影響される事なくね。だって、多くのデザイナーはお金の事を先ず，考えているだろう？もし僕がお金の事を考えていたら、今、僕が一銭もないなんてないでしょう、僕はファッションに情熱をもたなきゃいけないと思う。<br />
TAKE.:　マルタンは、イメージクリエイティブに長けているけど，・・<br />
　LEE.:　そうだね、僕にすれば、僕はまだ若いんだし、プレスも店も僕が育つための時間を与える必要があると思う。別に眼を向けるなってことじゃなく、僕はまだ成長しているんだし、毎シーズン変わっているんだ。マインドもアウトルックも変わってきてるし、こういう事をするのにも、僕は時間を与えられる必要性があるんだ。例えば，アナ・ウィンターに会うつもりだったんだけど、会わなかったんだ。そして、１０ページのThe Faceにするつもりだったんだけど、これもしなかった。多くのプレスに関わるのはとても容易な事だよ。そして、死ぬのも早いよ。<br />
TAKE.:　次のコレクションについて話してくれない？<br />
　LEE.:　”very sad”について。前迄の４シーズンはとてもハードだったんだ。僕は成長するのにもっと時間が必要なんだ。僕はテクニシャン、クラフトマン、テイラーとしてはじめたでしょう。ショーを始めてからというもの、ビスポークテイラリングから離れられないんだ。コレクションの中の一つのジャケットもパッドのないものはないよ。次のコレクションはとてもビスポークなんだ。これはエドガーアランポーを基にしているんだ。彼の仕事ではなくて人生についてね。彼と僕を比べて言うと、彼は詩の天才で作家だろう、でも彼はとても苦悩の人生を送ったんだ。僕は同じ事を今思えるよ。何でかって、僕はファッション産業が大嫌いなんだ、自分がしたい事をしようとしていると、いつも誰か止める人がいるんだ、とても悲しい事だね。<br />
TAKE.:　君はファッションデザイナーorドレスメーカー？<br />
　LEE.:　僕はいわゆる，デザイン画と言うものを描かないんだ。コレクションのためのスタイル画は全くないよ。誰も紙の上にジャケットを描けない、みんなそれを実物で見なきゃいけないよ。絵だけの，ファッションデザイナーはみんなジャケットをデザイン出来ないよ。不可能だよ。全て実物の身体の上で、ダミーの上でじゃなきゃ。僕のしているパターンカッティングは１６世紀のテクニックなんだ。それはアーキテクチャーのアイディアをベースにしたカッティングなんだ、トラディショナルなやり方のコンストラクションで仕上げてゆくジャケット。（完）】</p>

<p>合掌。</p>

<p></p>

<p>協力リ-ライト／Z.KATAGIRI:</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>或る友人への手紙-3；</title>
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<modified>2010-02-02T23:40:04Z</modified>
<issued>2010-02-02T22:37:48Z</issued>
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<summary type="text/plain"> お元気そうなメール、ありがとう。 もう，２月になってしまったね，寒くなってきた...</summary>
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<![CDATA[<p> お元気そうなメール、ありがとう。<br />
もう，２月になってしまったね，寒くなってきた巴里での生活は如何ですか?<br />
B.でスタージュを為さっていらっしゃるそうですね。焦らず、物事の本質を学ぶような時間の使い方を為さってください。</p>

<p>　現代のような時代性の一つは『POP社会=消費社会』の泡沫化現象でしょう。<br />
「MICRO POP」或いは、『After the reality』とコンテンポラリアートの世界で言われている状況とも似通った時代性鴨知れませんね。もう、塊としてのPOPが通用しなくなり、普遍的になってしまった社会性。もしくはより、蔓延化してしまっただけの状況。これが今の時代性とも言える「スーパーフラット」な現象でしょう。そして、『豊かさのイメージ』を追うに疲れた姿か若しくは『豊かさを享受』してしまった微温湯の中での彷徨いか、「中庸」を選択してしまう優柔不断な自己肯定に依るコンサヴァティブ状況なのでしょう。（世の中すべてが、既に２００％、POPでありそれがフラットになってしまったね？）</p>

<p>　昨年末、読み直した本に『キッチュ』が在りました。（法政大学出版局刊『キッチュの社会学』？）　<br />
　創造とデザインの世界では『キッチュ』性がより全面へ出て来るでしょう。B.も所詮、キッチュでしかなくこれがウケル時代性でしょう。例えば、ニコラの後ろには嘗ての大きなPOP以前の強い洗練された塊があったことを理解と認識の上でのデザインディレクションをしているのが彼の賢さですね。<br />
「Kitsch」の世界もしくは歴史又は現象とその内容については改めて、学ぶ価値ありです。特に、ドイツ、オーストリー圏はその発祥とメッカですからね。ある時代の文化が円熟し荒廃期に差し掛かると表層化して来るのが『キッチュ』現象。<br />
　もしかしたら、『江戸POP』や『アキバPOP』『ゲームPOP』『渋谷POP』なんかも僕たちなりのキッチュ-ジャポニズムと読めるかもね?<br />
 <br />
 　そう，BAMAKO'09の写真展は凄かったよ!!<br />
甘っちょろさが無く、みんなラジカルなこころの様を自由さに委ねて表現している写真は今のモードのただ表層と小手先を加えただけのそれらには見られないもので驚きとより、好奇心が。しかし、この「好奇心」を虚栄心と安直な安心の上にすり替えてしまってとてもつまらぬ時代の微温湯に浸かってしまた『迷える子羊』にはならないでくださいね。<br />
 　旅をしてください。<br />
与えられた『生という時間』は自分の人生という道への旅をするために与えられた時間であると考えることも出来ますね。例えば、B.でのスタージュも『旅』だという発想も可でしょう。<br />
 <br />
　良く，『すっかり，時代が変わった』と言う言葉が出ますが『時代が変わる』ということは、『時が進化して螺旋階段を上りつつ、』ということですね。<br />
その進化とは、何がどのように進化したのか、どれ程の位相が付いての螺旋階段なのかを学んでください。これは自分が持ち得たリアリテから感じ知り得るのが直感的でしょう。それをロジカルに理解する為に学ぶという行為が必要ですね。此の両方のバランスが自分らしさの根拠性。</p>

<p>　もう、『ウサギと亀の話』では亀ではだめですよ!!　ウサギになってください。<br />
目標さえ持ちえれば、亀でなくウサギですよ!!ウサギは『飛べる』という特技がありますね。亀は甲羅が在る事によって守るだけの機能しか持っていません。だから真面目に只、只、歩くしかないのです。<br />
戦後の、あの時代背景を背負った日本人の新たな生活を取り戻す為には「教訓」として『兎と亀』の童話の解釈が在りました。しかし、現代ではその社会状況も環境も変化しました。兎が持っている機能としての『跳ぶ』ことが出来る特技を使って、いろいろな体験やそこで生まれる『関係性』が大切だと言いたいのです。でも、何処かで昼寝をしているだけでも駄目ですね。昼寝と同じような只、微温湯に　使って、彷徨っているだけでも駄目でしょう。『目的』に向かう為に堂々と出会うべき人たちとの出会いの機会が得られるような“旅”が必要ですね。経験と時間の使い方そして、その時にどれだけ、自分の中身が在るかでしょう。だから、何を学び、誰と出会いどのような時間を使い、持ち得るかが大切な心得でしょう。その時、もう今の時代性では亀さんよりウサギさんだと思うのです。これは僕がよく言う『シングルスタンダード』と『ミックススタンダード』の違いでもあるでしょう。亀はS.スタンダード、ウサギはM.スタンダードを持っていると。一つの自分の行動から生まれ得る可能性ある新たな『関係性』をどのように広げ、継続してゆくかが総ての始まりであり、その結果が友情であり、愛情であり、家族であり、ビジネスでもあるという現実とその本質を知ることは大切でしょう。<br />
 <br />
　昨日は雪が積もりましたね、巴里にも。<br />
寒いでしょうから、健康には十分に気を付けてくださいね。健康在っての総てです。これは僕が２６歳の時に肺病で１年療養生活をした経験から学んだ本質です。<br />
 <br />
 　『ユニフォーミズム』<br />
これが今僕が想っている言葉。<br />
　昨年の８月１５日はある記念日でした。<br />
そう，ウッドストックロックフェスティバルの４０周年だったのです。<br />
僕はレンタルヴィデオやでDVDを借りて１週間見つずけても楽しく、凄い感動でした。<br />
　あすこには『未来』があります。<br />
これについては次回にお話ししましょう。</p>

<p>　僕たちが今想い考えなければ成らないことは，<br />
今後１０年先，２０年先の日本がどのような国に成るのだろうかということです。<br />
子供たちが自慢出来る国に成るのでしょうか？<br />
僕は彼らたちが自慢出来る国にしたいのです。<br />
余りにも自分たちの目先のセンスの悪いことばかりに無駄な時間とこゝろと金を使い過ぎる社会になってしまっていますね。<br />
変わらぬ資本主義であれば，その資本主義がどのような資本主義に成って行ってくれれば良いかを考えませんか？<br />
ここからがスタートです。もう『２０世紀』は忘れよ！！です。<br />
そして，『ウサギとカメ』の新たな解釈が必要な時代性でもあります。<br />
今年に行われる上海の「世界万博」が終われば，僕たちの国は大きく、何かを負い背負わされるでしょう。もしかしたら，国自体が『亀』になってしまう恐れも考えられますね。</p>

<p>『自由とは恐怖でありしかも、孤独である。』</p>

<p><br />
『<em>I came to this city 25 years.<br />
Mode through the things I learned in the end, human beings can make the original creation and of human nature have earned nothing but inspiration and depth of experiential learning and personal freedom.<br />
Will create a sense of balance is the essence of good sense and intellectual level of freedom and humanity have earned it. Therefore, the collection and I have the opportunity to discover its essence is very happy. This is a generation or nationality or gender, and its creator, just the fundamental things that you ignore the times. And this is certainly one of the acts of human happiness.』　　　</p>

<p>　“Thanks a lot for my 66years brithday,Take.Hirakawa:” <br />
</em></p>]]>

</content>
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<title>『或る友への手紙-２』</title>
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<modified>2010-01-25T12:41:40Z</modified>
<issued>2010-01-25T12:21:45Z</issued>
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<summary type="text/plain">　また、最近、本当に昔に一生懸命に読み耽った『アウトサイダー』（c.ウイルソン/...</summary>
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<![CDATA[<p>　また、最近、本当に昔に一生懸命に読み耽った『アウトサイダー』（c.ウイルソン/英）という本をこちらで読み返し始めてしまってもしかしたら此の本が僕の人生の方向性を潜在的に決定してくれた１冊ではなかっただろうかと再読しているうちに思える様にもなり始めたのです。<br />
昔、読んだ本を時代が変わって又、年老いて再読することも必要な時代性かも知れませんね。きっと、僕たちの世代の多くの人たちが此の本を読んで好奇心やエネルギィーや影響を享けたのでしょう。そして此れ位の教養は今の若い世代の人たちに通じるのだろうかとも疑問視してしまったのですが？もし、興味を持たれた人は通読するにはしんどい本ですが一度読んでも悪くない本です。<br />
　<br />
　今年で僕の此の様な馬鹿げた、自分勝手な生き方ももう、２５年目になります。<br />
<em>『　僕がこの街へ来て２５年。<br />
モードを通じて知り得た事は結局、人間が作り出せる創造とは持ち得た人間性の元、個人の学習と経験に基づいた自由のひらめきと深さと勇気でしかない。<br />
　その持ち得た人間性と自由のセンスの良さと知的レベルのバランス観が創造の本質なのでしょう。従って、その本質に触れられるようなコレクションに出会うと僕はとても幸せな気分になります。これはその創造者の世代や国籍や性別そして、時代を無視したところの根源的な事でしょう。そして、これは人間としての確実に仕合せな行為の一つである。合掌。』</em></p>

<p>　こうした僕なりの眼差しの内に君のIT’Sでのコレクションは不思議と覚えています。君の人間性のチャーミングさがあの世界の中には自由奔放に存在していたのです。その耀きの幾つかが今も残っています。ありがとう、Tくん。</p>

<p>　これからの可能性を考えると，無理して，カッコ付けて売れるかどうか判らないものを与えられたトレンドのフレームの中だけで、今迄のようにデザイナー気取りで，デザイナーに成ることよりも，本当に自分の好きな服を着てもらえる人の為に造ることが出来る、造れる環境としての『工房』を持つことでしょうか？そこで，出来る限りのことを自分一人でやることです。素材から部品、染色，パターンメイキングそして縫製迄，勿論，最後の『服』という消費財を他者へ委ねること迄。大袈裟に言ってしまうと、或る意味で自分の魂の分身を作り出す為に必要なことは総て，自分一人で楽しんで苦しんでやってゆくこと。自分で何から何迄やること。そのためのこゝろと根気と技術と想いが必要です。そうして一人でやっている行為を他人は見てくれ，近づいてくれ本来の『関係性』の広がりが世界規模で出来るでしょう。これが総ての始まりであり，それそのものがしあわせであると想う謙虚なこゝろの在り方も大切な『人間へのがんばり』への開く扉でしょう。そうしてゆけば，自分の得意なこと，不得意なこと、不足していることや出来ないところが解ります。それからでも人と組むことを考えてもいいでしょう。最初から自分がデザイナーであるという発想の基での服作りはもう案外と旧くカッコ悪い構造かもしれません。会社にして、人を雇って，コレクションをやって，展示会もやる。これらのコストを考えると売ることを考え過ぎてしまいますね。案外、自分一人の『アトリエ』構造がこれからは本来の、造り手としての生き甲斐に、心地よさに通じるものではないでしょうか？余りにも今の若い人たちや海外で学んだからというだけで気負っている人たちの馬鹿げた旧い，カッコ悪い、不自由な自己満足だけでセンスの悪いコレクションを他人に頼み、他人を使って，人の時間と公金を平気で使わして貰ってデザイナーぶっている人が多過ぎますし，そんなことをやっている自分とその周りのお友達関係でありたい連中たちと業界人ぶっている連中だけの変な世界観が出来てしまってその中で閉塞感が満ち溢れてしまうという状況が読めますね。今の『東コレ』の現実は手遅れてしまった、此の状況ではないでしょうか？</p>

<p>　新たな商業施設としての，時代性を見事にコンセプトとしたあの『TRADING MUSEUM CdG』ショップで彼の造ったものを見て、僕は改めて『クリストファー-ネメス』の変わらぬファッションに対しての想いと凄さ、強さを、偉大さを、こうして知ってしまいました。多分彼も今年は東京での此の様な姿勢を持ち続けて２５年目になるでしょう。やはり，彼も『人間へのがんばり』を持ち得て続けている人なのですね。大抵の人は『自分のがんばり』と『男や女のがんばり』しか持っていない人が多いのですが，<br />
僕の未熟，無知さが今やっと彼の世界観の灯りに気が付いたのです。<br />
君も好きでしたよね！！<br />
あの環境の中に混ざっても決して見劣りもしないで実に堂々とした顔つきを作っているC.ネメスのデニムライン。そして、あのプライス。総てが見事ですね。カッコいいとはこういうものだと思うのですがどうでしょうか？なぜ、彼があのような堂々とした態度とセンスとであのデニムラインがあの値段で売れるか？また売っているのかの僕なりの答えが前述の『自分の作りたい物は総て自分のリスクとコストで自分がやれること総てを責任持って自分でやる。』という此の余りにも当たり前な態度が彼らしくやはり、潔く突き通されているからの結果だと考えたのです。どうでしょうか？<br />
提灯持ちスタイリストたちやジャーナリストと称する太鼓持ちたちへ喋らないでいいことを出しゃばって、べれべれ喋りまくる二流のデザイナーたちはどのようなこゝろで見ているのでしょうね、含羞の念いは無いのでしょうか。<br />
社会の、世のためにならないことばかりしたいのであれば、せめて、自分の存在が地球を汚すことはしないで欲しいですね。</p>

<p><br />
　昨年の秋の終わりに開店した、『TRADING MUSEUM CdG』は流石のお見事な，新しいコンセプトショップでした。<br />
僕が以前から喋っていた此の様なコンセプトが実際に現実化した事は楽しく嬉しいこと。此れからのファッションビジネスも或る意味ではアートビジネスと寄り添って行く術を採るでしょう。その視点で読むと此のショップは時代に乗っ取ったお見事な発想とリアリテです。<br />
これが現実化出来るところが今のCdGの強みと頭脳でしょう。<br />
『オリジナルタブロー』と『ポストカード』の関係性。<br />
此の関係性が消費構造のエンディング即ち、完結性の一つ。<br />
『オリジナルタブロー』が価値ある本物で強い創造性と深いコンセプトと可能なる手法と技術に依って創造されたものだけが出来る『関係性』。<br />
僕が今、いいクリエーションとは、『It's so special,so original & everything so more.』と発言している根拠性はここへ行き着くのです。 <br />
それを自分たちの世界観の中心軸として総てが『スーベニア』感覚の元に、構造をよりオリジナルにスペシャルにそして，キッチュに，スーベニックにそして、『博物学』的にまとめあげた空間が新たなエモーショナル空間。それらは使えるものは総て使う事によって生まれる新たな一つの世界観とそこからの関係性。自分たちの在庫室に置いておくと仕掛借り在庫であり課税対象品、それを場所を変えるだけでその価値観も変革してしまうことを読んだ此の手法はユダヤ人たちのマジックの一つでもあります。<br />
在るべき、アーカイブと在るべき本質とイメージをどのように再構築して新たな価値を産み落としビジネスへ昇華させるか？<br />
今後，アートの世界が、アーチストたちがCdGのコレクティブな世界へ順応されて来るシステムとその動きが痛快ですね。そして、これが理解されているブランドは日本では未だ無く，流石のCdG.ですね。これを現実のビジネスとして考えられるのは『M-スタンダード発想』の一つですね。そして、CdGしかこのような事を考え行動へ移せることが出来る日本企業は無いでしょう。<br />
いまだに、まだあの「merci」がこれからの手本と称している輩が今の日本の業界人の現実レベルでしょう。ここで言っておきますが、あの「merci」は当然ですがショップコンセプトも立派ですが、あのショップはあの地域のレジデンサーたちをメインの顧客と考えるイベントを催して所謂、地域住民還元型の手法を毎週、採っていることが他店との差別化であり、より、成功を継続させている秘訣なのです。新しい店を創ってもそれをいつも新しさで継続させてゆく為の差別化の手法が必要。それを此の『merci』は地域住民とのコミットを一つのアイディアとしてやり始めたから今も在るのです。ここにも今後への新たなショップがどう在るべきかのアイディアがあります。<br />
　従って、現在時点で考えると今後の日本のファッションテナントビジネスの新たな手法としては此の『T.M.CdG』タイプか、『merci』タイプのレジデンサーを巻き込むMD手法と環境を作ってゆくタイプかの何れかの二極化が新鮮さを生むでしょう。</p>

<p>　例えば、出来れば，苦難の時期を迎えているデパート業，伊勢丹でも此の様なフロアーを幾つか作り，会員制システムにするか，入場料を取るデパートとして出発すれば，世界で初めての『入場料を取るデパート』として世界レベルへ発信出来る事でしょうね。<br />
それこそ，CdGがプロジュース為さっておやりになればより，世界レベルでしょうね。</p>

<p>ありがとう。Tくん<br />
ご自愛とお励みを：</p>

<p>『或る友への手紙-２』終わり、<br />
文責／平川武治：</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>或る友への新年の手紙−１；</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2010/01/post_29.html" />
<modified>2010-01-14T15:05:26Z</modified>
<issued>2010-01-14T14:40:10Z</issued>
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<created>2010-01-14T14:40:10Z</created>
<summary type="text/plain">　こんにちは， 　昨年もご無沙汰をして余り，君への手紙を交わさなくてすみませんで...</summary>
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<name>editor</name>

<email>saito@withassistant.net</email>
</author>
<dc:subject>greeting</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://lepli.org/discipline/">
<![CDATA[<p>　こんにちは，</p>

<p>　昨年もご無沙汰をして余り，君への手紙を交わさなくてすみませんでした。<br />
　お変わりありませんか？</p>

<p>　いっぱい会いたく，幾度も想い何処にいらっしゃるのかと，そんな時のあなたからのメールはとても励ましと安心と懐かしさそのものでした。遅れましたが，改めてお礼を申します、ありがとう。</p>

<p>『穏やかで，爽やかな新年の始まりをお迎えになられたことでしょう。<br />
　今年も宜しくご鞭撻ください。良き関係性を出来るだけ永く！！』</p>

<p>　少し，昨年、僕がどのようなことを考えて行動していたかをお話ししましょう。</p>

<p>　『昨年１１月も始まった頃急遽、マリ共和国へ、；<br />
　巴里の後、１１月初めから急遽，西アフリカのマリ共和国へ出掛けておりました。この街の首都，BAMAKOというところで、アフリカ人写真家たちの為の写真ビエンナーレの７回目が開催される事を知ってこれを発端に急遽、出掛けたのです。<br />
僕の好きな写真家，Malik Sidibe（マリック-シュリベ）と言うもう、７５歳の彼がオーガナイズしている此のビエンナーレは僕には何かもの足りぬものへの『好奇心』を求めに行きたくなったのです。良き『好奇心』さえ持ち続ければ，自らの内に良いエネルギィーが与えられ、持ち得ることが出来るとまた，好奇心さえ持ち続けられれば歳を取らないであろうという持論の実行でもありました。<br />
　<br />
　こゝろの発端は，モードの世界の身勝手な生温さとその，虚飾さにそろそろ我慢が出来なくなって来た事も在ります。好きなモードにしがみついてばかりが本心、しんどくなってしまった事も一つの原因でしょうか？<br />
　<br />
　そこで初めての西アフリカへ、数週間『こゝろヒッピィーな』人生最後の旅へ、バックパックを背負い込んでの此の歳になって体験するべく旅に出掛けました。<br />
自分が取る行為と行動にはいつも『リスクとコスト』が、これが僕のもう一つの人生訓。また何れ，彼らたちもいつの間にか消費社会の一員になるであろうとの明るい気持ちも手伝ってでしたが，いや，大変な旅でした。<br />
残された今後の時間に、とっても良い経験と出会いの旅となり，ピュアーでシンプルなエネルギィーを貰って帰って来ました。</p>

<p>　いつも、旅は自分が予測出来ない事の不連続。<br />
これが旅ですから楽しいのでしょう。<br />
その時にどのようにその時間と経験を受け止められるかでしょうね。<br />
それが現実というもの。<br />
僕のマリもそんな連続でした。<br />
此の歳で、いい意味に、またカルチュア—ショックでした。<br />
　たいへんな国です。<br />
学ぶ事が、新たなこゝろで学ぶ事がいっぱいありました。<br />
その一番は『働くということ』でした。<br />
彼らたちの『貧しさ』を知ったこと。<br />
彼らたちの『生きる事への執念』を感じたこと。<br />
彼らたちの『人間としてのチャーミングさ』を覚えたこと。<br />
それらを知ってしまったらそれに対して、何をしたらいいのか？<br />
どの様なこゝろと態度で向かい合ったらいいのか？<br />
もっと、残された時間をいっぱいに、一生懸命に、働く！！という想いが深く。</p>

<p>　写真展へは少し参加させて頂き、此のビエンナーレがとても力強い，何か自分たちの眼差しで何が出来るのか？という、こゝろのエモーションとラジカルな視線の参加写真群は僕に新たな刺激をいっぱいくれた機会でした。http://www.fotoafrica.org/<br />
丁度，帰国して判ったのですが，昨年末はアントワープの友人の写真ギャラリーではM.シュリベとセイジュ-ケイタの展覧会がそして，恵比寿の写真美術館では『AFRICA』展が開催されていましたね。（また、”週刊東洋経済”誌の今年の新年号ではビジネス面から『アフリカの衝撃』が特集としてくまれています。）また，此の国には『藍染め』と『泥染め』の技術の良いのが残っていて未だに、此の国の伝統産業として継続されているそのような現場も見せて頂く事も出来ました。</p>

<p>　今回の、乗り合いバスを乗り継いでの旅では、もう少しで『死』と出会うはめになった事もあってマリの旅は以前、行った東アフリカの旅とは全く印象の違う現実に訴える人生、本当に最後の『こゝろヒッピィー』な旅を経験させて頂き帰って来ました。<br />
　そして、出来れば人生の最後は『羊飼い』になりたくなって帰って来ました。</p>

<p> <br />
　『　やはり，モードの世界は”A fashion is always in fake. ”(A fake means image or ?) ；<br />
　30年以上も昔に、僕が好きだったこのモードの世界へ入る前に僕なりに思っていた此の言葉は案外と当たっていたようです。多分、此の『フェイクのネタ』が実社会のリアリテの豊かさに依ってバレはじめ，本来の魅力が変質し，喪われ始めたのでしょうか？　これが’７０年代以降から生まれた『POP社会』即ち『大衆消費社会』の泡沫化現象の一つでもあるのでしょう。（MICRO-POPの彼方に。”After the Reality"の次なるを想像すること。 ）<br />
　<br />
　だから余計に新たな『リアリテ』に好奇心と自由を！！<br />
　そして、与えられた生としての時間を先ず、感謝して次なるは、僕なりの『リアリテ』に一生懸命、『リスクとコスト』を張ってゆきたいのかも解りませんね。　　　</p>

<p>今年，2010年はいろいろ、『頭を開いて、質のいい好奇心』とその流れの時間に委ねて下さい。勇気と責任感を持って！その根拠性は『人間としてのがんばり』とそこから生まれる『優しさ』です。<br />
　<br />
　『豊かさのイメージ』を追う事に疲れた只の，難民にならないでください。迷わないでください。</p>

<p>　君が学んだ事，贅沢に経験されて来たことを持って、持ち得たそれぞれのすばらしい『関係性』を大切な因りどころとして、気概と真こゝろを忘れず、社会へ君しか出来ない立場を創り、大いに、世の為に役立ててください。今年も！！</p>

<p>　<em>『人間の乗った回転木馬は多くの変化に会った。インドや東洋の国々が数千年の努力を費やしてやっと，脱ぎ捨てた迷妄は西洋が同様の苦心を払って，維持し強化して来た迷妄と同じである。』</em> H.ヘッセ／荒野のオオカミ：<br />
　<br />
　どうも、ありがとう<br />
変わらぬ関係性と共に呉々も、ご自愛とお励みを。<br />
ひらかわたけはる／平成弐拾弐年正月吉日：</p>]]>

</content>
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<title>『La Fashion Week en ligne 』ファッションサイト紹介。</title>
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<modified>2009-10-11T22:09:27Z</modified>
<issued>2009-10-11T21:40:44Z</issued>
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<summary type="text/plain">巴里のフリーペーパー、[A NOUS]がコレクション時期に特集したファッションサ...</summary>
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<![CDATA[<p>巴里のフリーペーパー、[A NOUS]がコレクション時期に特集したファッションサイト集。<br />
ご参考に！！<br />
『La Fashion Week en ligne 』</p>

<p>http://www.modemonline.com/<br />
http://fashionweek.elle.fr/<br />
http://www.lexpress.fr/styles/mode/<br />
http://blogs.lexpress.fr/cafe-mode/<br />
http://www.style.com/<br />
http://themoment.blogs.nytimes.com/<br />
http://themoment.blogs.nytimes.com/author/greg-kessler/</p>

<p>http://tavi-thenewgirlintown.blogspot.com/<br />
出典；A NOUS.05/10/09より：</p>

<p>他に僕が引かかったもの、<br />
http://www.thecorner.com/<br />
http://www.cut-magazine.com/<br />
文責；平川武治</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>あの、Maison Martin Margielaブランドが遂に、</title>
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<modified>2009-10-11T21:33:45Z</modified>
<issued>2009-10-11T19:43:42Z</issued>
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<summary type="text/plain">　今シーズンのパリコレでのお話。そのー１。 このブランドのショーが終わった翌日、...</summary>
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<![CDATA[<p>　今シーズンのパリコレでのお話。そのー１。<br />
このブランドのショーが終わった翌日、こんなコメントが、遂に発表された。</p>

<p>『　MAISON MARTIN MARGIELA: Renzo Rosso confirmed yesterday that Martin Margiela was no longer directly involved in the designing of the label.<br />
He explained: "Martin has not been there for a long time. He is here but not here. We have a new fresh design team on board. We are focusing on young, realistic energy for the future, this is really Margiela for the year 2015."　』</p>

<p>　Maison Martin Margielaブランドのオーナーであるジーンズ業界、Diesel社の社長のRenzo Rossoがべルギィーのウエブサイト『WGSN』で発言したコメントである。<br />
元デザイナーの本人、マルタンマルジェラがデザイナー契約を辞めてから数年が既に、過ぎたのに未だ、日本のメディア等はさも、当人が居るが如くに特集を組み、メディア露出を行っているのですが、（これもある意味では立派ですね。かつてのマルタンのお陰でしょう。）やはり、マルタンデザインの本質を理解している者からすれば、もう彼のデザインコンセプトもテイストも既に終わっていますね、本当に残念ですが。売り上げも落とし始めている現実を今後、どのように打開して行くのでしょうね？これを早々に危惧し始めたオーナー、Rosso氏の証拠の発言とでもとりましょう。<br />
本質を言ってしまえば、本人ががんばってやっていた最高のチーム時代ではこのブランドは『ジェンダー』の為のと言ってもいい迄の『性』を排除したデザインコンセプトが見事に一本筋を通していたのです。<br />
が、今は全くに『イタリーテイストブランド』ですね。</p>

<p>　’６９年の、当時のロンドンを知的にミステリアスに、ROCKと共に舞台とした映画『BROW　UP』（M.アントニオーニ監督、この映画はマルタンの次の時代に登場したRAF SIMONSのデヴューコレクションのインビテーションのイメージにも使われていた。）ともう一つ、ロンドンでのオノヨーコの個展「White」展。（’７２年？）そして、「GRAFFITI」。彼のデザインとイメージの根拠性を知りたいならば、この三つを自分で探るべし。そして、'8６年よりCdGが強烈に揺さぶり落した、巴里モードの断片を落ち穂拾いし結果、「STOCKMAN BODY」に解体と再構築を為したこと。</p>

<p>　さて、イタリアンブランド「Maison Martin Margiela」は２１世紀、何処を彷徨う？<br />
もう、’９０年代は戻ってこない！！<br />
『WGSN』http://www.wgsn.com/home/</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>何に「感謝」をすればいいのだろうか?　誰かに『ありがとう!!』って、言いたくなるときがありませんか?</title>
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<modified>2009-09-18T04:50:53Z</modified>
<issued>2009-09-18T04:37:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">こんにちは、 又、新しい季節が訪れてくれましたね、 お元気でいらっしゃいますか?...</summary>
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<email>saito@withassistant.net</email>
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<dc:subject>greeting</dc:subject>
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<![CDATA[<p>こんにちは、<br />
又、新しい季節が訪れてくれましたね、</p>

<p>お元気でいらっしゃいますか?</p>

<p>『　―――「本質」を想い知ること。<br />
その「根拠性」を手探りする。<br />
そして、「関係性」と出会う。<br />
必要である、大切な関係性であればその関係をどのように「継続」してゆくか?<br />
その時、真こころの存在は、「本質」のカオスとエモーション。</p>

<p>唯、「表層」のみの漂いは自我の呻き。</p>

<p>あの街には「表層」の呻きだけが。<br />
従って、多くがのっぺらぼう。<br />
無表情、<br />
厚化粧が増える。</p>

<p>自らの国を想う真こころ。<br />
自分の国を愛する想い。<br />
自然に守られて今がある僕たち。<br />
四季の変化に育まれた心。<br />
自然を見つめてください。<br />
自然を想う真こころと<br />
その現われのみに明日こころが。</p>

<p>１パーセントでいいですから<br />
あなたの「エゴ」をセーブしてください。</p>

<p>モノを作りたい人。<br />
買い物をしたい人、美食をしたい人も。</p>

<p>自然が元気になります。<br />
地球が楽になります。</p>

<p>「生かされている」ことに「感謝」してください。<br />
総ての「根拠性」はここからが出発です。<br />
「本質」はここにあります。</p>

<p><br />
ありがとうございました。　』</p>

<p>　こぼれ陽に秋の落ち着きがそのにほいと共に加わりはじめる鎌倉裏八幡にて、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
ひらかわたけはる：<br />
</p>]]>

</content>
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<title>私たちも、黙祷を捧げましょう。ー　季節のご挨拶に代えて、</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2009/08/post_26.html" />
<modified>2009-08-06T13:03:57Z</modified>
<issued>2009-08-06T05:38:09Z</issued>
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<summary type="text/plain">『　なぜ、こんなことをされても日本はアメリカの言いなりなのだ!　』 エルネスト・...</summary>
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<![CDATA[<p>『　<strong>なぜ、こんなことをされても日本はアメリカの言いなりなのだ!</strong>　』</p>

<p>エルネスト・チェ・ゲバラ/広島原爆記念館見学の言葉。</p>

<p></p>

<p>みなさま、<br />
今日は６４年前、世界で始めて<br />
広島に原子爆弾が投下された、『広島、原爆記念日』です。<br />
私たちも、黙祷を捧げましょう。</p>

<p>無残に、犠牲者になられた人たちのご冥福と共に、</p>

<p>忘れないために。<br />
繰り返さないために。</p>

<p>私たちの国を想うためにも。<br />
世界を考えるためにも。<br />
私たちも、黙祷を捧げましょう。</p>

<p><br />
『　なぜ、こんなことをされても日本はアメリカの言いなりなのだ!　』</p>

<p>そして、もう『アメリカ印の日本』を捨てましょう。<br />
「アメリカ印の国体」を<br />
私たちの、</p>

<p>『日本印の国体』に戻しましょう。</p>

<p>今がいい機会です。<br />
勇気と共に：</p>

<p>平成２１年８月０６日：<br />
鎌倉にて、<br />
ひらかわたけはる：<br />
</p>]]>

</content>
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<title>『なぜ、外国の学校を受験するのか？』ー在る友人への手紙。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2009/07/post_27.html" />
<modified>2009-07-12T13:24:56Z</modified>
<issued>2009-07-11T08:05:33Z</issued>
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<created>2009-07-11T08:05:33Z</created>
<summary type="text/plain">『なぜ、外国の学校を受験するのか？』 東京へ戻ってきている輩たち。 帰りたくなく...</summary>
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<email>saito@withassistant.net</email>
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<dc:subject>article</dc:subject>
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<![CDATA[<p>『なぜ、外国の学校を受験するのか？』</p>

<p>東京へ戻ってきている輩たち。<br />
帰りたくなく、海外でまだうろうろしている輩たち。<br />
その多くを見ていると共通の弱さと大いなる勘違いを感じてしまう。<br />
が、それでも行きたがる若輩ものが多い。<br />
彼らたちの本質は『外国人コンプレックス』か<br />
『シングル・スタンダード』のみの輩たち。</p>

<p>その目的と動機と意義を再度、<br />
確認する状況の時代性だと思っています。<br />
今後の経済状況とその対象としてのモードビジネスの世界も大変です。</p>

<p>もう、20世紀の後半は来ません。<br />
80年代も、90年代も来ません。<br />
来るのは21世紀と言う<br />
新たな価値観が必要な時代です。<br />
（実は、もう来てしまっているのですが、）</p>

<p>『服』は芸術作品ですか？<br />
『服』は工芸作品ですか？<br />
『服』は工業製品ですか？</p>

<p>「服」をつくりたい。</p>

<p>当然だけど、自分の作りたい服を作るためには何処の学校で学べばよいか？<br />
もしかしたら、<br />
これからは自分の作りたい服を作れる環境と状況はより狭くなるでしょうね。 <br />
作り手からも、買い手からも、<br />
両方からさほど、必要がなくなり始めるでしょう。<br />
それほど、普通のものが高品位と高水準と低価格へと一般化してゆくからです。<br />
これが「進化」と言うものですね。</p>

<p>それでも尚、と言うのならば、<br />
その時に、自分の作りたい服を上手に作れる技術を学びたい？<br />
または、そのための「理屈」を学びたい？<br />
またまた、そのための「イメージング」が上手になりたくそれを学ぶ？<br />
もしくは、自分の服に使ってみたい素材の知識と素材そのものを学びたい？<br />
または、外国人デザイナーの丁稚をして彼らたちの現実を学びたい、<br />
もしくは、彼らたちのバニティを知りたい、その中へ入りたい？真似をしたい？</p>

<p>または、彼らたちを目標に「夢」として近づきたいから、海外の学校で学ぶ？</p>

<p>でも、あなたは日本人です。</p>

<p>結局は、自分の国へ戻ってこない限りは<br />
先ずは、何も出来ない、始まらないのです。</p>

<p>ぼくもそうです。</p>

<p>たくさんの旅をしています。<br />
外国を知り外国人の友人と多く関わる生活をしています。<br />
が、その経験を持って、<br />
自分のために<br />
自分の大切な人のために<br />
自分の国のために<br />
学んだことを持って、<br />
できえた『関係性』を大切に継続してゆくことしかありません。<br />
そのために外国で学ぶことはすばらしいことでしょう。</p>

<p>海外でいいチームが作れますか？<br />
すばらしい友に出会って一緒に「夢」を共有出来ますか？</p>

<p>金銭的な余裕がありますか？</p>

<p>自ら持ち得た『夢』に<br />
勇気とコストとリスクが<br />
ワールド・ワイドに張れますか？</p>

<p>もっと、自分自身の本質を見極めること。</p>

<p>そうすれば、今、何を選択し、<br />
何をしなければならないのか？ したらよいか？<br />
誰と出会えばよいか？<br />
どのようなことのために時間を使えばよいのか？<br />
何の目的のためにお金を使えばよいのか？</p>

<p>自分の一生のため？<br />
もしくは一時のため？</p>

<p>「浦島太郎」の物語をちゃんと読みましょう。</p>

<p>「本質」に目覚めましょう。</p>

<p>自分の人生の「本質」へ眼を向け<br />
そして、謙虚に学びましょう。</p>

<p>日本には高度に発達したいい素材があります。<br />
いい腕の職人さんがいろいろな分野でまだ、いらっしゃいます。<br />
工場もいっぱいあります。<br />
それが崩壊しつつはありますが、彼らたちは僕たちの見方に為ってくださるのです。<br />
そこには、お金儲けだけのための関係性ではありません。</p>

<p>メディアを利用して消費社会の学習も出来ます。<br />
今後のトレンドはより、日本のストリートからの影響が強くなります。<br />
不自由なくコミュニケーションが取れます。</p>

<p>僕たちの国にはファッション産業に関するインフラがいろいろ揃っています。</p>

<p>あの、ＣｄＧもこの状況を理解したうえでの海外戦略です。<br />
日本生産が100％に近いブランドです。<br />
素材も日本生産です。<br />
そして、ビジネスも日本国内で80％程を消化しています。</p>

<p>穏やかな心のあり方、他人を想いあう心、<br />
器用な手作業そして、自然に活かされている日本人。<br />
日本にはまだ湿りが残っています。</p>

<p>もっと、「本質」を知ってください。</p>

<p>例えば、もうアントワープなぞは終わってしまっていますよ。<br />
もし、外国の学校で学べる機会を持ったなら<br />
幸せだと感謝してください。<br />
そうして、思い切り、勉強し、<br />
その国でしか体験できないことを、<br />
『本質』を<br />
時間と出会いと経験を学んでください。</p>

<p>「Ｗスタンダード」を学んでください、身につけてください。</p>

<p>それを根拠性として<br />
自分の生まれた国を想い<br />
将来の母国のために役立ててください。<br />
堂々と勇気と誇りを持って、</p>

<p>そうすれば、もしかしたら、<br />
「服」を作ること自体が、全く、違って見えてくるかもしれません。</p>

<p>君たちは、全く『自由』と言う、大事なものを授かっているのです。<br />
その授かっている『自由』を思い切り、自分らしく使ってゆくところに、<br />
自分らしさと人間らしさが見えてくるはずなのですから。<br />
その『自由』をどのように、<br />
なにのために、使ってゆけるかのために、何を学ぶかですね。</p>

<p>与えられた『自由』を<br />
勇気がないからと言うだけで放棄するのなら<br />
最初から、高望みはしないほうがいいです。</p>

<p>海外の学校へ行っても『マニュアル』はありません。</p>

<p>海外の学校で学べることに感謝をし<br />
どうか、自分が日本人であることを忘れずに<br />
『真こころ』ある行動を為さってください。</p>

<p>人生は永いです。</p>

<p>ご自愛とご活躍を。<br />
ひらかわたけはる：</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>『　あなたは自分が生まれた国を深く、静けさの内なるへ想いを込めたことがありますか？　』　　　　　　　　　　　　　　新たな年、平成二十一年の初めへのご挨拶。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2009/01/post_25.html" />
<modified>2009-01-02T06:56:19Z</modified>
<issued>2008-12-31T16:49:23Z</issued>
<id>tag:lepli.org,2009:/discipline//1.150</id>
<created>2008-12-31T16:49:23Z</created>
<summary type="text/plain">　　あけましておめでとうございます。   『　美はすでに精神である。ものの命を求...</summary>
<author>
<name>take.Hirakawa</name>

<email>take@lepli.org</email>
</author>
<dc:subject>greeting</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://lepli.org/discipline/">
<![CDATA[<p>　　あけましておめでとうございます。<br />
 <br />
<strong>『　美はすでに精神である。ものの命を求道するという上で、美観はまた道徳でもある。贅沢という富の誇示ではない、つつましく敬虔な奉仕である。美、精神、それは道、道徳への謙虚な奉仕である。　』　</strong></p>

<p>『美術は大抵の時に、くらしの飾りものの一つである。しかしわが国のくらしでは、くらし自身が美しかったので、応接室に富を誇示するための美術品の展示は許されなかった。　千利休といふ人が、若干さういふ法式をつくったが、その精神には依然として、虚飾を否定する見識があった。』　　保田與重郎著『日本の美術史』より：</p>

<p><em>「　みなさま、昨年もいっぱいの感謝　ありがとうございました。<br />
あらたへの　自由性を信じたい今年、<br />
大切な関係性に真こころある１年でありますように。<br />
私の自由とは　人間のカオスの揺らぎ。　」　</em></p>

<p>あなたは自分が生まれた国を深く、静けさの内なるへ想いを込めたことがありますか？</p>

<p>謙虚、誠実、爽やかと感謝。』<br />
平川武治　/ 平成二十一年正月元日。<br />
鎌倉市西御門１丁目１６番地８号：<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>いらないものは捨てましょう。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2008/06/post_24.html" />
<modified>2008-06-18T04:59:35Z</modified>
<issued>2008-06-18T04:26:03Z</issued>
<id>tag:lepli.org,2008:/discipline//1.139</id>
<created>2008-06-18T04:26:03Z</created>
<summary type="text/plain">いらないものは捨てましょう。 学べるときは学びましょう。 学んだことを携えて 勇...</summary>
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<name>take.Hirakawa</name>

<email>take@lepli.org</email>
</author>
<dc:subject>article</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://lepli.org/discipline/">
<![CDATA[<p>いらないものは捨てましょう。<br />
学べるときは学びましょう。<br />
学んだことを携えて<br />
勇気ある、責任を伴った<br />
愛溢れる経験を<br />
堂々とやってゆきましょう。</p>

<p>自分らしい自由な眼差しで<br />
もう少し上を、遠くを、深くを<br />
ある時は広く、高く俯瞰しながら<br />
自由な心と<br />
豊かな精神を養って。</p>

<p>自分たちだけのことを考え過ぎないで<br />
人のこと<br />
社会のこと<br />
そして、国のことを想い合いませんか?</p>

<p>想いあう、こころある<br />
大切な関係性を<br />
より良い方向へ継続してゆきませんか?<br />
そのためにも、<br />
『政治』に関心を持ちませんか？<br />
謙虚で思いやる心を忘れないために、<br />
『信仰心』に心を向けませんか?<br />
『あるべき道』に関心を。</p>

<p>みなさんのそれぞれの立場で<br />
少しでも<br />
自分の国を<br />
家族のための国を<br />
日本人のための国を<br />
世界のための日本を<br />
思う、想い愛が出来る心で<br />
『関心』を持ってくださいませんか?</p>

<p>　　　<strong>確実に時代は</strong>、<br />
ここに来て悲しい変貌の兆しを多く、語り始めました。</p>

<p>YSLの、彼の死もその一つでしょうが、</p>

<p>僕たちの国では<br />
いま、<br />
奇妙で恐ろしいことが<br />
たくさん起こり始めています。<br />
それらが表層化し始めています。</p>

<p>人間が<br />
人間をいとも簡単に殺す。<br />
死体を放置、隠蔽そして、切り刻むまで<br />
人のお金を、国のお金を<br />
平気で無断、不誠実に使う。</p>

<p>豊かで恵まれた、幸せそうな<br />
『消費文化社会』という名の元に、<br />
その表層の<br />
『虚飾な』薄皮を<br />
勇気を出して1枚めくってみると、</p>

<p>子供たちが息苦しくなり、<br />
少年たちが既に閉塞感を持ち、<br />
成年たちが社会への着地に戸惑いと不安を体験し、<br />
大人たちは社会への不誠実さを生きる術とし<br />
国を想い愛する心を見失い<br />
人間が人間を慈しむ心さへも既に何処かへ、<br />
置き忘れ</p>

<p>生きてゆくための『義務と責任』の所在が<br />
虚飾に惑わされて喪失。<br />
『楽だ!』という<br />
水が高い所から低いほうへ流れる様に、<br />
例えば、<br />
「自分たちの家族には嘘をつかないが<br />
社会では嘘をついて生きる」<br />
何かを忘れて、捨ててたどり着く『小市民』的<br />
お手軽ヒューマニズムの蔓延。</p>

<p>誰を想い、慕って<br />
何を信じ、求めてよいか<br />
迷ってしまっています。<br />
頼れる社会、想える国が<br />
今、ありません。<br />
混沌としてしまっています。</p>

<p>自分独りでは<br />
生きてゆけないのが人間です。</p>

<p>僕たちは、<br />
新たに来たる未来という時間をどのように、<br />
幸せに、実りある豊かな<br />
そして、より、人間のがんばりとともに<br />
歴史からその輝きを学び、贅沢な時間へ、<br />
僕たちが持ちえた『関係性』が大切であれば、<br />
その大切な『関係性』を豊かに謙虚に継続させてゆくための、<br />
『CARE』がより、今後は必要になってゆくでしょう。</p>

<p>思いあう心と<br />
想うことによって必要になる責任と勇気が。<br />
そのためのオープンな心と精神と知恵が<br />
そこに始めて<br />
『自由』が芽生え始めます。</p>

<p><br />
　　　<strong>ただ、現在の僕たちの国、『日本』を、</strong><br />
その現実に起こっていることの<br />
表層と深層を少し、思慮深く、『CAREFULに』見つめると<br />
僕は恐ろしさを感じ始めました。</p>

<p>余りにも、無意味な、無教養な羞恥心なき表層は<br />
ハリボテ世界の、『虚飾の上塗り』社会。</p>

<p>今の日本が日本人として、<br />
その与えられ預けられた２０００年以上の美意識と時間観を持って、<br />
世界に誇れるものがどれ位あるのでしょうか?<br />
心あるものがどれだけ残り<br />
受け継がれているでしょうか?</p>

<p>日本人としての僕たちの祖先が<br />
継続してきたはずの『形態言語』が、<br />
言霊が、<br />
精神性の内なるところで健全に、居心地良く<br />
明快に発する事が、<br />
そんな気概が残っているでしょうか?<br />
そのための気骨があるでしょうか?<br />
そのための大儀が探せるでしょうか?</p>

<p>戦後に育ち<br />
勤勉さとまじめさでその『前後』を想い考え始める余裕さを<br />
持った僕たちは、<br />
この４０年間で<br />
完全に何かが　『去勢』されてしまった。</p>

<p>美しさや勇気を愛として<br />
いっぱい持っていた筈の日本人の伸びやかな自由なこころは？</p>

<p>僕たちの国の若者たちは<br />
戦後の、アメリカの政治経済軍事戦略によって<br />
完全に『インポテンツ』にされてしまったとお感じになりませんか?</p>

<p>かつて、『ノン・ポリ』（ノンポリシー）と称されていた人々が築いた国とは<br />
望んだ国とは<br />
このようなものなのでしょうか?</p>

<p><br />
　　　<strong>僕たちの国には『国体』があるのでしょうか?　</strong><br />
誰が僕たちの『国体』を考えているのでしょうか?<br />
戦前には日本人が想い考えた『国体』がありました。<br />
それを考えていた人たちがいました。<br />
今、誰にこのことを尋ねればいいのでしょうか?　</p>

<p><br />
　　　<strong>『消費文化』とは</strong><br />
最近のように<br />
人間の命そのものを粗末にしてしまえるまでのことを言うのでしょうか?<br />
不必要なものばかりが表層を埋め尽くし、<br />
モノの値段ばかりが上がり、<br />
人間の命の価値は下がるばかりではないでしょうか?</p>

<p><br />
　　　<strong>『メディアの役割』として</strong><br />
これからの僕たちの国、<br />
日本の『国体』を考えるための<br />
新たな価値観が、美意識が、<br />
勇気と気骨ある心と謙虚さの調和で<br />
深層部から<br />
世代を超えて、リニューアルしなければ<br />
たいへんな時代へ向かってしまうでしょう。<br />
だから、し始めなければなりません。<br />
今以上に<br />
例えば、『国体・リニューアル革新化』には<br />
大切な機構であり、機能です。</p>

<p>例えば、<br />
こんなシナリオが想像出来ます。</p>

<p>問題の憲法第９条は<br />
日本国憲法の全面改正という戦略的フレームの中で<br />
部分改定がなされ<br />
防衛庁が防衛省になってしまった後は<br />
自衛隊が日本国の軍隊になり、徴兵制度も始まる。</p>

<p>これらは僕たちの国が持つべき目的もビジョン無く、<br />
決断危うく、明晰にせぬままに</p>

<p>現代の世界状況の中では<br />
憲法改正も別におかしくはないかもしれません.<br />
ただ、アメリカの軍事産業の復興化即ち、アメリカの国体維持化ため<br />
新たな、古ぼけてしまった『新・東西冷戦均衡化』のための国連機能に、<br />
NATO軍的発想なる『北東アジア共産軍』の防衛に向けて、<br />
この変わらぬシナリオにしがみつくしかない<br />
現状の日本とは　?</p>

<p>その結果が、<br />
いつの間にか『軍隊』が制度化され<br />
その先には『徴兵』制度が待ち受けて、<br />
２０１３年ごろまでには現実になるでしょう。</p>

<p>いとも簡単にその目的や本意や気概さえも<br />
明確に、明晰にされないままに<br />
ただ、ただ表層のみの行動で<br />
軽薄な気概無き、気骨無き『右化』へ向かう若者の姿も想像がつきます。</p>

<p><br />
　　　<strong>戦前には戻れません。</strong><br />
が、その時代の人たちには考えられ、求めた『国体』がありました。<br />
そして、戦後がどのように戦勝国アメリカによって<br />
『歴史』が捏造されてしまったかを<br />
僕たちは知る必要が、責任があるはずです。<br />
なぜ、『大東亜戦争』が『太平洋戦争』になってしまったのかを、</p>

<p>だから、し始めなければなりません。<br />
考えなければなりません。<br />
対話しなければなりません。</p>

<p><br />
　　　<strong>若者が病んでいます。</strong><br />
もう、『豊かなる難民』が生まれない社会を、<br />
世界を考えませんか?</p>

<p>必要の無いものが巷に溢れ過ぎています。<br />
人間が人間らしく生きてゆくためには<br />
そんなに多くのものは必要ありません。<br />
それに気づく為の<br />
知恵であり、<br />
教養であり、知識でありメディアであるはずです。</p>

<p>今の僕たちの社会は‘68年からの数年間に<br />
勇気を持った、早熟な<br />
若者たちが苦悩し、希望した<br />
ラジカルな芽生えの多くの諸問題のルーツが<br />
40年経った現在<br />
世代を経て表層化し、社会化された時代です。</p>

<p>成熟したはずの社会が<br />
静かに、大きく深く<br />
歪みを見せ始めてきました。</p>

<p><br />
　　　<strong>かつて、『未来』に心を委ねた</strong><br />
例えば、『ヒッピー』たちは<br />
『共生』を関係性のユートピアとしました。<br />
この精神に共鳴し、共感し、共有しあう先に<br />
ユートピアが輝いていると<br />
『ＯＺの魔法使い』宜しく。</p>

<p>それが、気がつけば<br />
その後の４０年の生き方でした。</p>

<p><br />
　　　<strong>新たな国を慈しむ、想う心が必要です。</strong><br />
例えば、<br />
大川周明が、小林秀雄が、三島由紀夫が、<br />
多くの有名、無名な人たちが、<br />
イデオロギィーに振り回されないところで<br />
これからの『国体』を想い巡らしていました。</p>

<p>かつての、彼らたちのように<br />
想い、発言し、対話して行かなければ、<br />
行為しなければ<br />
無恥な人たちの群集化によって、<br />
この国はぼろぼろの国に、<br />
世界の中では<br />
ただ、『パシラサレル国』　日本になってしまいます。</p>

<p>若者たちは<br />
自分の国、『日本』が<br />
これから１０年先、２０年先がどのような国に<br />
世界の中でどのような役割を気概として持つべき<br />
国になってゆくのかさえも、<br />
責任ある発言の皆無な状況の中で<br />
本心、子供を生むことさえ<br />
そして、<br />
『夢』を持つことさえ躊躇してしまう<br />
若者たちが増えています。</p>

<p>病んでいます。<br />
迷っています。</p>

<p><br />
　　　<strong>『豊かなる難民』を</strong><br />
救うためには<br />
これ以上増やさないためにも<br />
僕たちの国、日本の『国体』を考え、掲げましょう。</p>

<p>僕たちの言霊で、<br />
堂々と、気骨ある心と気概を持って<br />
いい呼吸をしてゆけるように。</p>

<p>気概ある夢を<br />
愛とともに持ち続けましょう。</p>

<p><br />
　　　<strong>そのためには、</strong><br />
いらないものは捨てましょう。<br />
自分らしい自由な眼差しで<br />
自分たちだけのことを考え過ぎないで<br />
想いあう、こころある<br />
大切な関係性を<br />
より良い方向へ継続してゆきませんか?</p>

<p>そうしたら<br />
何かが見えてくるはずです。<br />
そうしたら<br />
何が大切か、が感じられるはずです。<br />
そして<br />
対話しませんか?<br />
そうして、<br />
行動してくださいませんか?</p>

<p><br />
　　　<strong>何か、『発端』を</strong><br />
創ってゆきましょう。<br />
僕も迷ってしまっています。</p>

<p>もうそろそろ、<br />
好き／嫌い、カワイイだけの世界から卒業して、<br />
ウザッタイかもしれませんが。</p>

<p>どうしたらよいかを教えてください。<br />
そのための対話をしませんか?<br />
時間はいっぱいあります。<br />
急ぎすぎないで<br />
『日本』という大事な現実を、<br />
見失わないために。</p>

<p>　　　<strong>「お願いします。」</strong><br />
ここまで、読んでくださったあなたの勇気と優しさに感謝!!!<br />
　　　<strong>ありがとう。</strong></p>

<p><br />
『モードの話』が語り辛くなってしまったのです。<br />
文責／平川武治：</p>

<p>（注）『国体』；国のあるべき姿、かたちだと思っています。<br />
広辞苑では、国家の状態、くにがら、くにぶり、<br />
国家の体面、国の体裁、<br />
主権または統治権の所在により区別した国家体制。</p>

<p>大川周明／岩波選書刊／『大川周明』松本健一著）<br />
小林秀雄、三島由紀夫／多数の著書が、<br />
ＹｏｕＴｕｂｅ／三島由紀夫インタヴュー<br />
とても戦後の日本が良くわかる本に、<br />
『日本国憲法の２００日』　半籐一利著／文芸文庫刊　があります。<br />
</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>イヴサンローランが亡くなられた。　ついに、</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2008/06/post_23.html" />
<modified>2008-06-03T11:40:14Z</modified>
<issued>2008-06-03T06:25:19Z</issued>
<id>tag:lepli.org,2008:/discipline//1.138</id>
<created>2008-06-03T06:25:19Z</created>
<summary type="text/plain">『　イヴサンローランが亡くなられた。 ついに、イヴサンローランも亡くなった。 　...</summary>
<author>
<name>take.Hirakawa</name>

<email>take@lepli.org</email>
</author>
<dc:subject>article</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://lepli.org/discipline/">
<![CDATA[<p>『　イヴサンローランが亡くなられた。<br />
ついに、イヴサンローランも亡くなった。</p>

<p><br />
　ご冥福をお祈りいたします。</p>

<p>永い間、ご苦労様でした。<br />
巴里の“エレガンス”を<br />
僕のようなものに<br />
教えてくださったのはあなたでした。<br />
ありがとうございました。</p>

<p>燦然と、<br />
その輝きが一等星の如きの輝きも遂には朽ちてしまった。</p>

<p>　残されたものの使命の一つは<br />
自らの醜さを曝け出すこと。　』</p>

<p><br />
彼も、早熟であった。</p>

<p>その美しすぎる早熟さで<br />
このモードの世界を駆け抜けた。<br />
逃げ足の速かった彼も<br />
駆け抜けようとしたが、<br />
後年<br />
彼の美しい、しなやかなかでか細いその足は<br />
もたついた。<br />
其の時は、<br />
もう、既に彼が駆け抜けてきたグランドの土ではなくなっていた。</p>

<p><br />
　僕はどうしてもK.Lを好きになれない。<br />
好みの問題だけではないらしかった。<br />
いつも、イブサンローランと比べていたからであった。<br />
　ベルナール・ビュッフェに失恋をしたP.ベルジェが<br />
どうして<br />
こんな繊細で美形の若者をすぐに捜し得たのだろうか？<br />
ある本を読んだ。</p>

<p>J.コクトーが<br />
当時、逗留していた南仏の銀行家の別荘に<br />
それまでは、<br />
ベルナール・ビュッフェを伴って訪れていた彼、P.ベルジェが<br />
新しい彼、『若く美しすぎる青年』を伴って来たと言う。</p>

<p>僕はP.ベルジェの審美眼を信じる。<br />
そして、僕はどうしてもK.Lを好きになれない。<br />
ただ、あまりにも、違いすぎる。</p>

<p>　第２次世界戦争が終わってほっとした<br />
５０年代も半ば、<br />
この美しすぎる才能を秘め込んだ青年は<br />
都に現れた。<br />
『美』と『自由』を『才能』で突き刺す<br />
早熟性を持ち備えて<br />
三人の、出会うべき男に出会った。<br />
Michel de Brunoff, Christian Diorその後、Pierre Berge。</p>

<p><br />
　‘６８MAY。<br />
この街にも<br />
革新な、大きな波のうねりが起こった。<br />
４０年前の、その出来事が<br />
今のパリの、フランスの新しさの全てへ通じている。<br />
決して、政治的なる事象だけではなかった<br />
男と女の関係性も、<br />
女性の生き方、社会とのかかわり方も、<br />
生活様式も、モラルも<br />
そして、モードの世界も。<br />
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は<br />
この兆しを読み取った２年前に<br />
左岸で誕生。<br />
’６８MAYのうねりに捻じ込まれ<br />
カルチュアームーブメントへ、<br />
この街のモードの世界が<br />
囲われた階級者たちから解放され<br />
新たに、『プレタポルテ』が生まれる。<br />
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は<br />
この新たな時代性を切り開らく。</p>

<p>今、多くのこの街の書店には<br />
『‘６８MAY』の本が並ぶ。<br />
N.サルコジも元闘士だった<br />
４０年前を省みる時間の年。</p>

<p>そんな時に<br />
彼は去った。<br />
もう、戻って来ない</p>

<p><br />
逃げ足速く、走り抜けるはずだった<br />
早熟な、美意識豊かな少年は<br />
何処かで、<br />
自分が奔り抜くべき道が違ってしまったことに勘付き<br />
居心地の悪さを知ってしまった。</p>

<p><br />
ゆっくり、<br />
おやすみください。<br />
おもうぞんぶんにおねむりください。<br />
そうじゅくであったころを<br />
ゆっくり<br />
ねむるじかんもなかった<br />
あのときの<br />
たいようのかがやきをおもいだして<br />
ゆっくりと<br />
おねむりください。</p>

<p><br />
このまちは<br />
ぼくに『エレガンス』をおしえてくれた。<br />
あなたは<br />
そのかおりを<br />
かぐわせてくださったおかたでした。</p>

<p>ご冥福を深く、かさねがさね。</p>

<p>『　Going on means going far. Going far means returning.　』</p>

<p>平川武治：２００８年０６月０２日夜更けに：</p>

<p>　　</p>

<p><br />
     追伸；<br />
終わった。<br />
確実に、<br />
一つの時代が終わった。<br />
そして、<br />
確実に時代は変わった。</p>

<p>あの時、彼がこの街に現れなかったら<br />
この街のモードの世界も<br />
閉塞感のみが蔓延した遅れた世界。</p>

<p>プレタポルテも誕生が遅れただろう。</p>

<p>はやく、<br />
新たな価値観を<br />
このモードの世界の新たなる価値観を見つけなければ、</p>

<p>どこかに、<br />
早熟で<br />
美しく、<br />
逃げ足の速い<br />
時代のアイコンに<br />
辿れ着くことまでが出来る<br />
赤子が生まれたに違いない。</p>

<p>星が流れる。</p>

<p>武治著/</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>ある質問に答える。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://lepli.org/discipline/articles/2008/04/post_22.html" />
<modified>2008-04-08T12:56:12Z</modified>
<issued>2008-04-07T20:58:03Z</issued>
<id>tag:lepli.org,2008:/discipline//1.136</id>
<created>2008-04-07T20:58:03Z</created>
<summary type="text/plain">【世界で騒がれている一流ファッションデザイナーたちは、女性の美しさを定義して、表...</summary>
<author>
<name>take.Hirakawa</name>

<email>take@lepli.org</email>
</author>
<dc:subject>article</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://lepli.org/discipline/">
<![CDATA[<p>【世界で騒がれている一流ファッションデザイナーたちは、女性の美しさを定義して、表現できるのか？】</p>

<p>　ファッションデザイナーという職業の、彼らたちは<br />
ある意味、『選ばれたる人』に成りたい為または、<br />
成りきって独断と偏見を自分流に定義して、<br />
その時代時代の身勝手な女性像を作り出して来ました。<br />
その多くの根拠は、<br />
それぞれが持ち得た「時代観と社会性そして、モラル」が基盤です。<br />
そこにデザイナーという当事者たちが持ち得た<br />
知性と教養と文化そして、美意識と問題意識が<br />
それに、大切な個人の人間性が拠り所に<br />
彼らたちの極めて個人的な「眼差し」が存在しているはずです。<br />
それらを自分たちの好きな世界、<br />
それが『モード』というステージの上で<br />
自分たちの好きな又は興味ある女性たちへ<br />
『服』という消費財に表現しているのでしょう。<br />
そこでは、<br />
ビジネスがより大切だと考えるデザイナーたちは<br />
与えられた『トレンド』というフレームの中で<br />
自分たちの世界観やイメージをデザインするのです。<br />
彼らたちはトレンドを造りません。<br />
デザインするだけです。<br />
　<br />
これが僕が３０年以上の経験で得た、理解出来た<br />
「ファッションデザイナーとは？」の教科書的な答えです。</p>

<p>では、着る女性たちはなぜ、ファッションに興味を持って<br />
これらのデザイナーと称する人たちが造った『服』を着るのでしょうか？<br />
結局は、自分自身の為です。<br />
自分自身の『存在』の在り方や有り様の、見られ方の為でしょう。<br />
少し前迄は自分自身の生き方を表現出来るという迄の<br />
価値観の世界も確かに、存在し必要でした。<br />
今ではもっと端的に<br />
そう、総て、自分の為です。<br />
それを身じかには家族や友人たち、仕事の世界でそして、男友達たちと恋人たちへ。<br />
それに自分自身の為に。<br />
『ときめきたい』<br />
という感情がより強い拠り所になりました。</p>

<p>しかし、それらの美の根拠は、女性の美しさは、感情は<br />
着る女性その人自身が作り出すものです。</p>

<p>従って、着る女性は自らの『美意識』を持っている必要性が大切でしょう。<br />
優しい心の在り方も必要でしょう。<br />
それを拠り所に、自分の『在り方や有り様』を身近に、<br />
自分流に日替わりメニュー宜しく<br />
プレゼンテーションが出来得る日常的な消費財が<br />
今のファッションのレベルなのです。</p>

<p>もう少し、レベルを高くして言えば、<br />
いわゆる、西洋社会ではキリスト教をベースにしたキリスト世界の価値観とモラルと<br />
そして、美意識を哲学化した【西洋美学】による、美と文化があります。<br />
仏教を基盤とした世界での仏教美学もあり、其れを拠り所とした美意識も美もあります。<br />
当然ですが、文化もあります。<br />
きっと、アラブの世界でもそうでしょう。<br />
アフリカのマサイ族の世界も、ピグミー族の世界も、<br />
アンデスのインディオたちの世界にも。<br />
（ナショナルジオグラフィックの世界です。<br />
決して、ヴォーグだけの世界ではありません。）<br />
各地域の言語がある限り、文化もその数だけあり、美意識、美も違ってあるでしょう。<br />
美人もその数だけいるのが当たり前です。<br />
（少数民族の女の人たちの美しさを想い起こしてください。）</p>

<p>ファッションデザイナーたちはペテン師か道化師か手品師たちです。<br />
自分たちの形態言語と技を駆使して<br />
上手な嘘を誰もが判るようにまた、判らぬように<br />
上手にカッコ良く『虚』（Vanity）を造る。<br />
其れが結果、<br />
幸せや喜びを呼ぶ事に通じれば<br />
役割であると自負する、<br />
技を持った職業人たちです。<br />
これを自らが判ってやっている人たちが<br />
世界のメディアを騒がせられる「有名ファッションデザイナー』たちです。<br />
彼らたちはポジティフに楽しんでやっています。</p>

<p>それらに拍手を送る人たちとは<br />
有識階級（クラース）の人たちから、<br />
今では大衆へ<br />
中身の無い人たちが、<br />
その中身の無い事を知られたくないので<br />
お手軽に彼らたちのペテンや道化に乗かって、<br />
メディアを通じて拍手喝采。<br />
自らが内蔵してしまった『張りボテ人形』を<br />
知られたくなく<br />
どうやって、カッコ付けてイキがって自分の『在り方や有り様』を<br />
身近に、と気にしている人たちが大半になって来たようです。<br />
結果、「ブランド」（銘柄）モノへ走ってしまっているだけの大衆消費者たち。<br />
これが現実のモードの保守化のレベルであり<br />
社会そのものでしょう。</p>

<p>『水は高きから低きへ流れます。』</p>

<p>本人が輝いて下さい。<br />
その輝きがより、他人を輝かせます。<br />
その結果が笑顔になります。<br />
其れが美しさです。</p>

<p>『自灯明塔』</p>

<p>造られたものの中で、<br />
造られたものばかりを観ていないで下さい。</p>

<p>自然には未だ、変らぬ美しさがあります。<br />
自然を観てください。<br />
自然を大切にしてください。<br />
自然になってください。<br />
ここに日本人の<br />
こゝろのともりがあります。</p>

<p>自分が輝いて下さい。<br />
その為には何が大切か？<br />
考えるという行為を。</p>

<p>読んでくださって、ありがとう。<br />
華かすむ鎌倉で、<br />
文責／平川武治：</p>]]>

</content>
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