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2012年5月31日

『今僕が考えているモードのこと。』の幾つか。/先日5月4日、VACANTで話した事。

 これはVACANTで話しをした事のデジュメ的なるものです。
 東京は変わらぬ”消費社会の坩堝”、
世界でも類をみない“長いものに捲かれろ!”的な世界へ進化するだけの都市。
あの、鳴り物入りで,煽るだけメディアを煽ってオープンした、DSM-GINZAに”新しさ”はありますか?
 そこで、
 『再び、ファッションを通じて、“新しさへの可能性”を考えるための幾つかの提言。
そのための”発想のためのコンセプト”として、最もベーシックな事、”モードの根幹”を考えてみよう。』

 はじめに)
 「みなさんのこゝろの中で”何が変わったのか?”の確認をして下さい。」
 昨年のあの“3.11”体験によって、本当に「変わった事」とは何か?
「気ずいた事」は何か?そして、「知ってしまった事」は何か?
気が付かない人たちの遅れて来た外国人コンプレックスによる
”変わらぬ、消費社会の過剰商業施設”はいつ迄続くのでしょうか?

 みなさんそれぞれが再確認と再認識を忘れないで下さい。
そして、カタログメディアに惑わされないで、みなさんの”こゝろの様変わり”が何かを忘れないで下さい。
大いなる犠牲を今後の”より、おおいなる可能性へ”ポジティフに
転換させるための”分かち合う”行為の根幹にして下さい。
 ここから新しい可能性が生まれるはずです。

1)人間も”哺乳動物”でしかない。
 21世紀になっても、30世紀になっても人間は変わらず、”哺乳動物”でしかない。
これを人間の根幹として再確認して、”服”を着る人間の感覚に付いて考えてみる。
“五感”とその“五感”のバランスに付いて。
そして、新たの時代性へ向けての”感覚の解放とそのバランスの組み替え”を試みる必要性に気付くべきである。
“臭覚”、”触覚”、“味覚”、“視覚”そして、”聴覚”と言う”五感”の今後のテイクバランスとは?
その目的とは、”哺乳動物としての人間”が備えなければならない新たな『身体機能の拡張の原理』です。
ここにはもう一つの感覚としての”共通感覚”と言うものもあります。
そして、ここに『Nation Identity』に気付く事が必要になります。
 今後の迎え得られる”可能性”についての大切な根幹発想です。

 それは現在の白人優位の文明が生み出した現実の社会構造と環境それによって生み出された文化文明が、
より進化すると言うことは、科学技術と現在の時代性に委ねた現実社会の進化とは、
人間本来が持っているべき“五感のアンバランス化”へ進展するだけと言う見解があります。
そして、白人優位主義者たちが“視覚”に頼る発想のもう一つの役割には
“欲望のリビドー”から”支配のリビドー”への願望があります。
参考/
 今現在、巴里のキラブラリィー美術館で開催されている”Maitres de Desordre展”や“J-P-WITKIN展”、
昨年のN.Y.出の写真展”MASKE",ギリシャでの”NOT A TOY展”やカルチェ財団での展覧会、”呪術展”
シュバンクマイエル夫妻が提案した、“触覚主義/TACTICISM"、
U.C.の素晴らしい、’05/コレクション“BUT BEAUTIFUL "にも見られた。


2)創られた”服”は誰が着るのか?
 創られた”服”は誰が着るのか?誰に着てもらいたいのか?着るのは“人間”が着る人間の軀が着る。
人間の軀はどのような構造で出来ている?此処でも、究極、”肉”と”骨”そして、”皮”で着る。
此処から“服”を作る、即ち人間が着るモノとしての”服”を考えてみる視点です。
今一番の僕が興奮して感じ、考えている事です。
”骨”-“肉”そして、”皮”、この関係性は?”骨で着る”="肉で着る”=”皮で着る”モノが被服であると言う
根幹を知る事です。即ち、此の関係性です、
”肉”=wrapping=円筒=3D.=西洋服 /“骨”=covering=1枚の布=平面=和服 /”皮”=tube=袋=3D
=肌着と言う関係性。そして、“切る”=“折る”=”縛る伸びる”―――着る=織る=伸縮。
此れが、西洋=東洋=原始社会(ボンテージ/プリミティフ)/ 物質世界=精神世界=呪術世界。
人間が、服を”着る”という世界もここまで来ていますね。
 これらの身体構造に於けるカテゴリーでは「”皮で着る”=袋/skin.=”伸びる”=身体拡張」が
今、一番鮮度あり、可能性高きカテゴリーでしょう。
此れが今の新しさの趣きを出す愉しい一つの”創造の為の発想”です。
例えば、最近の映画、『私が、生きる肌』の世界もここに面白さと可能性への愉しみな視点が有ります。
この世界は以前は“プリミティフ世界”には既に存在していたもの、例えば、”シャーマニズム”も、
”フェッチシズム”や“オカルティズム”もまた、僕は“全身マスク”と言って楽しんでいる日本の幼稚さからの
ユーモアたっぷりな”着ぐるみの世界”もこの世界の表層化の一つでしょう。
従って、視点を変えてみる事で又新たな可能性が見えるのです。
 
 これらが素材技術とプリント技術の進化によって、ミックスされた新しい世界が
これからのファッションの世界に確実に新しさをもたらす可能性の根幹になる。
この根拠は、「人間の美しさとは均整あるボディーシルエット」という西洋美学的発想に於いても頷ける事。
”バランス観”がよくなる事が文明の進化であると言う視点へ”こゝろと軀と知恵”を向ける事に尽きるでしょう。
http://www.yankodesign.com/2011/09/16/seamless-wear-of-the-future/
少し古いものでは、http://www.kotaro269.com/archives/51098852.html
映画/http://www.theskinilivein-movie.jp/
オリヴィエのディレクションで巴里で最近行なわれた、
着る女性のプロポーションが美しく進化すれば、と言う逆視点で行われた興味深いショー
http://dianepernet.typepad.com/diane/2012/04/models-at-work-directed-by-olivier-saillard-part-4.html

3)もう一度確認してみよう、”創造性”に必要なこととは?
なぜ、”創造性”が必要なのか?
創造とはどのような”こゝろの有り様”による行為なのか?
創造によって他の人間へ“感動”を与えられる。
そして、その創られたモノと作り出した人の”立ち居場所”が世界を創る。
従って、創造にはその人間が持ち得た”自由”と”自由性”が
人を感動させる迄の世界を創る事が可能である。
“自由”について、此処で再確認してみよう。
 例えば、”ファッションヒッピィー”とファッションヤッピィー”の違いは?
ビートニック=ヒッピィー=ヤッピィー
“安心と安全と健康そして、快適さ”を得た後の”自由”とは?

 みなさんの世代に於ける”自由”とはどのようなこと?
それと”創造”とを結びつける発想と創意工夫とその為の技術ある努力が
”クリエーター”と呼ばれる立ち居場所を持ちたい人たちの創造の為の根幹である。
合掌。
相安相忘。
文責及び、著作権/平川武治:

投稿者 editor : 15:37 | コメント (0)

2012年5月25日

『見て下さい!世間知らずならぬ、”世界知らず”に成らない為に,』

 
 http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI&feature=related
 
 『世間知らずならぬ、”世界知らず”に成らない為に是非、これを見て下さい。
出来るだけ、若い人がこれを見て、現実のそして、これからの世界がどのような世界へ、
どの様な人たちによって生み出されようとし始めているかを、
先ず、知るべきみなさんの義務です。
 
 自分たちの現時点の世界における”立ち居場所”を認識してください。
これがこれからのあなたたちが自分らしく、自由におおらかに調和のとれた生活をしてゆく為の”責任”であり、
与えられた”生”に対しての誠実さの一つの行為です。

 どうか、少し長い映像ですが、大変解り易く親切に作られた映像です。
自分一人でもいいでしょうし、友人たちや恋人とまた、ご家族のみなさんとご一緒に見て下さい。

 そして、先ず現在の“世界”とはどの様になってしまっているかのを知って下さい。
ここが僕たちが棲んでいる地球上に構築されてしまった”世界”と言う根幹です。

 どうか、”世界知らず”な,無知な消費ボケの日本人に成らないで下さい。
僕たち、”日本人”がこれを見、何が出来るか? 
何をしなければ?を問うてみて下さい。

 ここにこれからのあなたたち若い人たちの”可能性”の総てが在るはずです。
”未来”をそして、”夢”を分かち合う為の“Nation Identity"が喚起出来るはずです。
ありがとう、
合掌。
相安相忘。
文責/平川武治:平成二十四年五月二十五日:
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI&feature=related

投稿者 editor : 14:17 | コメント (0)

2012年5月17日

『Paul Jorionさんのインタヴューの日本語翻訳が出来ました。

 始った、サイト、”Yellow Culture Club”で本邦初めて紹介する
Paul Jorionさんのインタビューの翻訳文が掲載されました。
是非、ご一読ください。

http://yellowcultureclub.com/yellowcultureclub/tittle.html

彼、P.Jorionさんも発言なさっていらっしゃる、
 “原発企業事故ーFUKUSHIMA"について、

 『日本だけではなく、世界のこの現実を知ってしまった若者は
激怒すべきであり、その彼等たちの”激怒”が次のムーブメントを喚起させる全てで在る。』

 現在の現実段階ではこのような“絵に描いたような“状況が投げかけられています。
僕たちは“激怒”しつづける責任があります。
未来の日本を担ってくれる”子どもたち”の為に、
これからの僕たちの國を愛してくれる子どもたちの為にも。

 黙って、”原子力ムラ”住民に無駄金をバラまき、飼い馴らして来た資金提供者でもある
“東京電力”始め、電力企業という国策企業の言いなりには、
“電気代金の値上げ”とはこの事件を”風化”させる彼等流の手段なり。
 彼等、金権資本主義企業とかわらぬ我が国の政府の
のらりくらりな気骨も含羞も,国民主体の国体無き政策に
“激怒”し,そのこゝろの有り様を,”激怒”したこゝろを行為にして下さい。
合掌。
相安相忘。
文責/平川武治:平成二十四年五月拾七日。

投稿者 editor : 12:50 | コメント (0)