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article(129)

高田賢三さん、やすらかに! 御冥福をお祈りいたします。

高田賢三さん、やすらかに! 御冥福をお祈りいたします。
 今日の未明に、この悲しいニュースを知った。
また、このモード界の悲しいニュースで在る。
 「賢三様、心から、お悔やみもうしあげます。
どうか、やすらかにご自身の美の世界にたっぷりと戯れてくださいませ。」

 彼は本当に「モードの美しさと素晴らしさ」を求め知りそして、信じ、自らも楽しむ為に
”モード スティリスト”になられた珍しい、尊い人だったのです。
 大好きなモードの世界にどっぷりと浸かるために、’65年、単身自費でパリへ渡り、
’70年にはご自分のブランド" KENZO"とショップを”JANGLE JAP"を立ちる。
 彼はこの街で生活なさり、友を持ち、彼らたちに愛され囲まれて、
その大好きなパリでの生活環境とリアリティに自らが浸ることよって
益々、彼が抱き続けてきた、彼が”夢”としていたその純粋世界が
「モードの美しさと素晴らしさ」へより、自由な感性と優しさと言う美意識を深め
昇華させながら自らのブランド”KENZO"を20数年間世界へ創造発信なさってこられた。
 彼は常に、自分の”わきまえ”を持って、踏み外さず来られた”気骨”ある日本人でもありました。
そして、僕が始めてパリへ行った、’72年には
既に、パリの”プレタポルテ モード界の寵児”でした。

 僕は以前にも書いたことがあるのですが、
日本の現在までの「デザイナー ファッションビジネス」の世界は彼、高田賢三さんが
いらっしゃらなければ、「10年以上は遅れていたであろう。」と認識している一人なのです。
 高田賢三さんが「モードの都、パリ」で活躍なさった事が、その後の日本からの
「ファッションデザイナー」の多くを輩出する多いなるモチベーションになったのです。
イッセイも、トキオ クマガイやヨウジ、CDGも、そして、ファッションメディアとしての新星、
今年、創刊50周年を迎えた雑誌「anan」も誕生していなかったと言うことです。
 例えば、この時期の”CdG川久保玲”は、まだ、当時新たな”シャネルの再来”と騒がれパリを
一世風靡していた女性デザイナー、”SONIA RYKIEL"の猛お勉強でビジネスをしていた時代でしたね。

 彼、高田賢三さんが創り出した世界とは、
ロシアン プリントの花柄を選び、ベッチンプリントやコーデュロイプリント、デニムなどをも
使い、「ロマンティックに、ポエジックに、ファンタジックにそして、シックに、エキゾチック
に纏め上げる世界観」を生み出した。
 即ち、着る女性へ、「夢を着る。」実際に着れる素晴らしい服をあれほどまでに沢山デザイン
してきたデザイナーも少ないであろう。

 70年といえば、このパリでも新たなモードの世界が誕生し始めた時代。
”プレタ ポルテ”という「高級既製服」の黎明期が始まった時代であった。
それまでの「服」のビジネスの世界は、”オート クチュール”/高級仕立て服の世界か、
大量生産による”アパレル”/「吊るし既製服」の世界それに、「制服」と「古着」の世界でしか
なかった。
 この世界に60年代終わりからあの、YSLがDiorから独立して始めた彼らたちの”新らしい
モード・ビジネス”として誕生させた”リヴ・ゴーシュ”の影響によって、70年からはこの
”プレタ•ポルテ”/「高級既製服」という新らしい”小ロット多様式”なファッションデザインの
世界へ多くの若いファッションデザイナーたちがその「夢」と可能性を求めて、挑戦し始めた
時代でもあった。
 この新しさの背景には、「’68年5月」以降、この国の女性たちも「高学歴」を習得して、
社会の”キャリア”の一員としてそれなりの仕事を持つことが「新らしい女性の生き方。」という
改革の時代になり、今で言う、”キャリアレディー”が誕生し始めた。そして、彼女たちをパリの
モードの人たちも”新たな顧客”にしたのがこの登場し始めた”プレタ•ポルテ”だった。
 そして、特筆すべきことはこの時期の”プレタ•ポルテ”デザイナーのその多くが女性デザイナー
たちであったこと。S. リキエル、E.カーン、A.M.レベッタ、M.プレモンビル、S.トーマスなど等
 この様な「時代の変革期」に丁度、彼、高田賢三さんの”パリ登場”がリンクしたことは
その後の彼の活動と活躍には大きな揚力となった。
 
 この時期の日本国内も、「68年」の学生運動以降、70年の大阪万博後、「大衆消費社会」
構造が誕生し始めた。そして、今まで”百貨店”だったのが”デパート”化され、モダンなイメージを
即ち”横文字”ビジネス、職種そして、商品がこの”元百貨店”に溢れかえるようになり始めた。
そこで、各”デパート”も従来までの「衣料品•おしゃれ服売り場」が”ファッション”売り場に
変わり、ここでそれぞれの”デパート”がこのパリで誕生した当時の新しいファッションとして
”プレタ•ポルテ”ブランドを競って導入した。その後、商社が暗躍して、これらのパリ発”プレタ•
ポルテ”ブランドのライセンスビジネスを日本のアパレルやリテーラーへ売り込んで現在の日本の
ファッションビジネスの基盤が創設された。大丸のジバンシー、高島屋のP.カルダン、西武の
YSL,S.リキエルそして、「KENZO」などはその代表だった。
 この新しい時代の流れに、「パリで活躍する日本人デザイナー高田賢三さん」の存在と彼の
ブランド「KENZO」はやはり、大きな役割と使命のモチベーションになったのも確かであった。

 僕が彼、高田賢三さんを信じた幾つかがある。
その一つは、彼はあれほど、パリで有名な一流ファッションデザイナーの存在になられたが、
生涯、決して、”プレタ•ポルテ”というファッションカテゴリィーからは逸脱なさらなかった。
自分の立ち居い場所に対する”わきまえ”を生涯通されたことである。
 その後、多くの日本人デザイナーたちがパリを訪れ、プレタポルテのカテゴリィーでショーを
するも、「アーティスト振ったり、クチュールデザイナー振ったり」いつの間にか、自分の業欲
によって”勘違い”するデザイナーが多いこの世界を、直接見てきた僕は高田賢三さんを信じる
ことが出来る。
 ということは、彼、高田賢三さんが作る服は全て、女性が「着れる」服であるということ。
即ち「夢を着る」ことが出来るのが「服」の一つの大切さであること。というここには彼の思想
が読み取れる。そして、本心ファッションがお好きな人だったんだと。

 最後に、あのLVMH社による’93年のブランド「KENZO」”売却事件”はもう一つの現実が
明るみに出た転期の結果となりましたね。いくつかの「負」が重なることは人生であることです。
 ”新居の建設と伴侶の死”という天国と地獄もやはり「金次第」が現実を処理します。
この結果、「買収劇」というよりは「乗っ取り劇」だったでしょう。
 この件にしても、本人は決して公言できないような契約条項が課せられた結果の現在です。
ビジネスの世界も戦争と同じですから、「生きるか死ぬか?」です。
 LVMH社は当時、プレタポルテ出身の有名デザイナーブランドが欲しかったのです。
トータルアイテムブランド化し当時、台頭しはじめて来たイミグレーターたち新興成金を標的
とするブランド計画をしそして、見事に達成し現在の「KENZO」ブランドの顔になりました。
 従って、「KENZO」買収後すぐに彼らが行った事は、例によって、「KENZO」香水の発売で
したね。これによって、この企業グループが持っている”DFS"/免税店ビジネスでラグジュアリィ
ビジネスへのイメージングと高級化に成功しています。以後、この「KENZO」ブランドは新興
イミグレーターたちの御用達ブランドに広がる。
 しかし、この企業は以後、「KENZO」ブランドのデザイナーに誰一人、「日本人デザイナー」
を起用していないことに僕はこのLVMH社に好意を持って関われないのです。
 彼らたちは決して、「日本人デザイナー」へのリスペクトが無い、「白人目線」の遅れた企業
だと感じるだけです。しかし、この企業が企画している”LVMHアワード”に諸手を挙げて参加して
いるのも現実の日本人ファッション関係者たちですね。
 
 高田賢三さんの生前、「KENZO」ブランドが全盛時代、自宅などに飾られる投げ花の毎月の
お花代が百万円近く使われていたと言うエピソードを聞いたことがある。自分の好きな世界
あるいは、美意識を自分で現実化するための「コスト」である。もの凄い現実ですね、
これが可能な収入と使える自由さ。やはり、世間で「成功」すると言う事はこう言う事なので
あろう。では、例えば、東京の「御三家デザイナー」と言われる三宅さんや川久保さんや
山本さんは、彼らの成功報酬をどのように、何に使われていらっしゃるのだろうか?
 彼らたちもご高齢デザイナーであるが、全く彼らたちの「私生活」を見せない事も或は、
日本的「成功」の証なのだろうか?

 高田賢三さん、ごくろうさまでした。
どうか、やすらかに「夢の中へ」
 ご冥福をお祈りいたします。
合掌:

文責/ひらかわたけじ:
初稿/令和2年10月05日:

 
 


投稿者 : editor | 2020年10月05日 11:45 | comment and transrate this entry (0)

The ARCHIVES Le Pli Since 2002~(10), lepli(13)

新しく、「The ARCHIVES Le Pli」/この”平川武治のノート-ブログ”に新たに、今までの掲載分から選択したアーカイブ集を始めました。「The ARCHIVES Le Pli」

 「時の流れは実に早く、しかも我々は時の中を後ろ向きにしか進めないのです。」
P.ヴァレリー: 

「いつも拝読、ありがとう。このような時世です、
思うように進まぬ”明日”を考えるために、過ぎ去った”昨日”へ、後ろ向きに進んでゆく。
P.ヴァレリィーの言葉を想い出して。」
 
 その始まりが、2002年だったでしょう。
ほぼ、20年近くの時間が既に、このブログにも堆積してしまっています。
 そこで、この機を利用し、以前に書いた僕のこのブログ集から、改めて僕が自薦し、
少し校正を入れた”拙筆文集”を作りました。
 これがこの、”平川武治のノート-ブログ”/「The ARCHIVES Le Pli」”です。
変わらず、ご一読くだされば、嬉しい限りです。
合掌。

 はじめに; 
 このユダヤ人たちのファッションビジネスの世界で言い伝えられている、
「”トレンド”についての定説があります。」
 その一つが、「トレンドは20年サイクル説」です。
単純に、「20年前には、何がファッション以外でも、”トレンド”になったか?」と言う
視点です。
 20年前に流行った、展覧会は?音楽は?映画は?芝居は?バレーは?
あるいは、バカンス地は?インテリア・カラーは?そして、ファッションでは?等、などを
思い出すことです。
 これはこのような汎デジタル時代になった今でもこの世界では確かな定説になっています。
例えば、ここ1、2年前では、20年前にヒットした、映画「レオン」がストリート
ファッションの”センス オブ トレンド”になりました。
 「レオン」の主人公の少女確か、A.ジョリィーのデビュー作だったでしょう。
この映画での彼女が、”アイコン モチーフ”です。
 この映画を二十歳代で見て、好きだった人たちはぜひ、思い出してください。
そして、この映画を知らない世代の人たちは、一度見てください。
その詳細は述べるよりも「一見、必須!」です。 

 さて、今回からのこの僕の、”平川武治のノート-ブログ”/「The ARCHIVES Le Pli」”を
始めますが、このブログの”ミッション”の一つが、
”ユダヤ人たちのファッション トレンド、20年周期説”のために色々その当時を思い出すための
参考情報になればと言う念いを込めて。
ひらかわ:

 「The ARCHIVES Le Pli」/01;
 まずは、「ブログを始めるにあたって、」と言うご挨拶から始めましょう。
投稿日/2002-10-16 :再校正/2020-09-18:
 ***
 はじめに、
 遅まきながら、”平川武治のノート・ブログ/The Le Pli”を
周りの友人たちのお陰で立ち上げました。今後、よろしく御付き合いください。

 永年、ファッションジャーナリストという立場をインデペンデントに活動して来ましたが、
やはり、我が国のジャーナリズムが気骨無き「御用ジャーナリズム」と化してしまっていること
に微力ではあるが抵抗したくこれを立ち上げました。
 ジャーナリズムが本来持ちえている「第4の権力」的立場の復活と、ジャーナリズムがある種
の「社会教育」を担っていると言う視点からこのホームページを始めます。
 そして、この”LE PLI”を媒体にして、多くの人たちと好きなモードの世界を中心に 
コミュニケーションが持てればうれしいです。

 この初回は日記風に、僕がパリを軸にしてどのような行動をしているかも交えて書き始めます。
 8月の終わりから東京を離れて先ずはこの街、巴里へ。
そして、アントワープ、巴里、アントワープ、チューリッヒ、アントワープそして、コレクション
のために再び巴里へ。これが今回の現在までの僕の行動。

 8月27日:成田発巴里へヴィエンナ経由で出発。
未だ、バカンスから戻っていない閑散とした巴里も一つの顔。8月も第4週の週末になると流石
この街のバカンス好きな巴里ッ子達もこの街へ戻って来始める。彼らたちを直接的に巴里へ呼び
戻すのがこの街に多くあるアートギャラリィーである。彼らたちが売り出したい作家たちの新作
展覧会のオープニングレセプションである。残念ながら、ファッションは2の次だ。
 今年からちょっと洒落た趣向を凝らしてのオープニングはアート好きな若者たちを喜ばせた。
多くのギャラリィーがあるマレ地区の一角で、ご近所のギャラリィーが共同でオールナイト・
オープニングレセプションを催したことだ。僕も30,31日の週末にはこの催しへ顔を出す。
中でも面白かったのは『BINGO』展。幾人かの若手アーチストたちのポップでガゼットな作品を
同じテーマで界隈のギャラリィー数軒が共同企画での展覧会。古くからの友人で、日本にも幾度
かコレクション写真を撮りに来た事があるフォトグラファー、クリストファー君が全く、新しい
作品で、アートの世界へ登場し、今回の新人展で見事にデビュー。写真とコンピューターを
使って微妙な皮膚感を人工的に合成した写真は医学写真の新しさの様で面白く興味を持った。
 この後、彼はヨーロッパ写真家美術館でアービング・ペンの新作展と共に、ニュー・ジェネレ
ーションの世界をここでも披露している。彼に話しを聞いてみると、彼の作品に興味を持った
この美術館が制作費用を持ってくれて今回の展覧会になったという。よいものを見る眼とその
よい作家を誕生させる公共の構造がこの街には確りと出来ていて、新人であろうが彼らたちの
眼に止れば今回のクリストファーのようにデビューが出来る仕組みが結局、この国の文化の新陳
代謝になっているのだろう。

 「マルタン・マルジェラ・ブランドがイタリーのヂィーゼルへ身売り。」
 コレクションを1ヶ月後ほどに控えた9月の始めにこの意外なニュースが、この街のファッシ
ョン雀たちの口角を賑わせた。今、モードの世界はクリエーションよりビジネスのほうが面白い
と言う典型なニュースである。
 今、我が国では海外デザイナーブランド物ではバッグのLVには及ばないが、服ではこの
『M.マルタン・マルジェラ』が一番良く売れている、人気度の高いブランドが身売りをした。
しかも、あの、イタリーのデニムメーカーの『ヂィーゼル』にである。発表されたのはこちらの
ファッションビジネス紙の『ジャーナルド・テキスタイル』紙。それをニュースソースとした
日本的なが報道が「センケン」紙と「WWDJapan」紙に発表された。当然だが、これらの記事は
余りにも表層しか書かれていない。勿論、当事者たちも余り多くを喋りたくない。しかし、
面白い事件である。結果、こうなってしまったかと言う感じが僕にはした。
 なぜかと言うと、ここ3シーズン来、彼のクリエーションは今、一つだった。
一時の覇気が無くなっていた。丁度、東京にやっとの事で世界での1番店の直営店がオープンし
た頃から、その感じが匂い始めた。そして、多くの彼とそのチームの友人たちにそれとなく話を
いろいろ聞き始めていた結果が、コレだったのかと。

 アントワープのロイヤルアカデミィーを卒業し、J.P.ゴルチェの元で3年半、働きその後、
独立したのがマルタン・マルジェらである。彼が未だ、ゴルチェの所にいた時には幾度か会って
いる。体格がよくいつもキャスケットを被っている物静かなで、ナイーフな青年だった事が印象
にあった。‘87年の3月コレクションを最後にゴルチェのアトリエを去り1年半の期間をその
準備期間として自らのブランド「M.マルタン・マルジェラ」を発表したのが’88年の10月の
コレクション。このコレクションはよく今でも憶えている。
 彼のデビュー・コレクションを見た事によって、僕はこの仕事をしていて良かった、幸せだと
感じたからだ。僕が、マガジンハウスの春原さんを誘って友人のフランス人ジャーナリストに
教えてもらって行ったその会場には日本人ジャーナリストはいなかった。ポンピドウーの裏に
今でもある小さなライブハウス的なところ、「ラ・ガラージュ」が彼の歴史的なデビューをする
場となった。屋外で既に、小1時間は待たされた事、その時あのJ.P.ゴルチェもみんなと同じよう
に待っていた姿が印象深く記憶にある。
 M.M.マルジェラはこのコレクションを機に、僅か5年間で高イメージを築き上げるまでの見事
なクリエーションとショーを僕たちに見せてくれた。デビューコレクションは当然、資金が無い
ため素材はコットンのみ。永く待たされた後に登場したのがトップレスのマヌカンたち。
胸を抑えて出て来た彼女たちが穿いているのがロングのタイトスカート。それから、次々に
上ものがコーディネートされ、スーツになってタイトでスリムな、健康な若い女性の肩がまるで
はじけ出るのではないかと思わせるようなタイトなコットン・スーツそして、僕たち日本人に
見覚えのある地下足袋を改造したシューズ。
 彼が近年に無いデザイナーだと知ったのは僅か5年間で彼自らのパーマネントコレクションを
古着を使ってクリエートしてしまった事だ。これは近年のデザイナーにはいなかったことだ。
そして、次の5年間で自らのクリエーションを定番化しコマーシャルラインの#6、#10など
を完成させた。このコマーシャルラインが売れた。イメージもどんどん昇華した。そして、
第3期の5年目で、エルメスのデザイナーと東京に直営店第1号を持ち、ブリュッセルと6月に
はこの街巴里にも直営店を出店した。この、僅か13年足らずで彼、マルタン・マルジェラは
巴里のプレタポルテ、クリエイチィブデザイナーの頂点に達した。多くのデザイナーや学生たちが
彼の影響を受けた。モードの流れを完全にストリートへ引き落としたのも彼だった。
 ショーイングのアイデイアや会場選択にも彼が新しい流れを創った。そして、14年目を迎え
ようとした時にこの事件(?)である。

 「ディーゼル社、社長がマルタン・マルジェラの株式の過半を取得。」
このタイトルはセンケン新聞のものであるが現実はこうである。
 話は約1年半前ぐらいから起きた。当時、マルタンの生産を請負っていた「スタッフ・インタ
ーナショナル社」が2年前に倒産し、その後デーゼル社が買収した。ここで先ず、マルタンと
ヂィーゼル社の関係が出来た。東京1号店の直営店が出来た頃からお互いのビジネス戦略上で話
し合いが持たれ始めた。店舗を拡張しビジネスを拡大してゆくには「資金」「生産背景」そして
「物流」の充実が必要になる。ここで、「生産背景」はヂィーゼル社の小会社が請負っているの
だから「資金」も「物流」もこのヂィーゼル社が望むのならこの組み合わせが一番明解な組み合
わせである。その結果がこうだとはちょっとおかしくないだろうか?
 「この"M.M.M."自身がブランド拡大を本心から希望したのだろうか?」という疑問から
僕はこれが『真意』ではないという発想から調べまくった。あんなにも確実に5年単位で自らの
クリエーションとイメージングを昇華しながら地に足を着けたビジネス戦略をキャフルに展開し
てきたこのメゾンの本当の問題は何なのだろうか?その結果がこのような状況を創るのが一番の
方法だったのか?誰が一番儲けたのか?エルメスはどのような態度をとったのか?

 確か、昨年の12月頃にかなり多くのスタッフ、7人ほどが辞めた。この中には事実上、
コレクションラインをデザインしていた女性もいた。彼女の場合も、円満退社ではなかった。
一方、マルタン自身は旅行に凝っていて、多くの時間を好きな旅行に費やしていると聞いた。
ここ3シーズンほど、コレクションラインがコマーシャル化し始めてきた。一方、相変わらず、
コマーシャルラインの#2、#6、#10等の売上は伸びていた。ショップが出来てからかなり
店頭MDが入たものが店頭にはまってきた。最初から大好きで見て来ている僕にとってはこの変化
を感じるのは易しい事だった。何か、このメゾンの内部でも”変化”が起こっていると思い始めた
のが7月だった。

 マルタンがJ.P.ゴルチェの元から独立してバッカーを捜して約1年半後に出会ったのがマダム 
ジェニィー・メイレン。それまでの彼女はブリュッセルでかなり大きな洋品店を2店舗を経営して
いた。ギャルソンも売っていたし、ヨウジも扱っていた。彼と出会った彼女は今までの成功して
いた洋品店を処分して彼、マルタンに掛けた。
 いつか,彼女はインタビューで、『彼が私の夢を持って来てくれたのです』と語っていた。
そして、‘88年10月のあの衝撃的なデビューコレクションとなる。以後、彼らたちは2人3脚
でがむしゃらに働いた。特に最初の5年間は20年分以上のエネルギーを使ってチームワーク良
くやって来たから現在があるのだろう。コマーシャルラインのレデイースを見るとその殆んどが
マダムジェニィーが似合う服ばかりである。だからこのブランドがその後、彼女のような多くの
キャリアウーマンに人気があったことが伺える根拠がここにあった。

 一番儲けたのはヂィーゼル社の社長、レンゾー・ロッソ氏である。
彼らたちの約70%の株を買い占めたからである。これからこのようなブランドを新たに造ると
したら、当然、造ろうとしても不可能ではあるが、これ以上の資金と才能とセンスが必要になる
からだ。マダム ジェニィーとマルタンはデザインコンサルタントとして年契約をした。
結果、いつでも辞めたい時に辞められると言う立場を、やっと得た。

 エルメスが買ったら良かったのにと言ったのは僕と元ジャルダンデモード誌のマダムアリス・
モーガンだけだったと後でエルメスのスタッフから聞いたが、何故そうならなかったのだろう?
この一件はここにも一つの鍵があったように思った。エルメスとの契約は後数年残っている。

 当然であろうが、物凄く時期、タイミングを計算した結果の出来事であった。
"M.マルタンマルジェラ・ジャパン"の「ここのえ」はマルタン側と三菱商事との合弁での会社で
あるが、これがこのように整理されるまでこのM&A契約は発表されなかった。
 当初の『ここのえ』はマルタンと三菱そしてオリゾンチィ社との3社間で始まった。その後、
直営店プロジェクトが始まるとこのオリゾンチィ社に力が無い事が解り、オリゾンチィ社を
外そうと持ち株の分担を減らした。が、そうこうしている間にやはり、このオリゾンチィ社が
倒産という行き着く結果を迎えた。その後、このオリゾンチィ社の親会社W系もこの放蕩会社を
手放した。その先が、ライセンスビジネスの伊藤忠。
 従って、三菱はこの数10%ほどの株を伊藤忠から 買い戻さなければならない羽目になった。
そして、それがちゃんと終わった段階でこの買収契約が発表されている。
それに、仙台の最初からの大口取引先である『レボリューション』がマルタンのオンリィー
ショップをオープニングした後での、事の次第でもある。
 全て、計算された結果の行動である。これは当然であるがこれ程迄に計算された結果の本意
には裏が、何かがあるはずだ?

 3ヶ月前には既に、それなりの社員たちには話があったという。
では、M.M.M.ジャパンの『ここのえ』には同じように話があったのだろうか?

 このブランドも然りである、多くの巴里発の海外ブランドの企業成長に我々日本人は
どの国よりも貢献し、愛し、尽くしてきた。
 彼ら、M.M.M.の14年間のサクセス・ストーリィーも同様である、日本は最大の理解者で
あった筈なのに。本当に今後の企業発展のための結果でこうなったのなら、何故、日本企業にも
アテンドが無かったのだろうか?また、エルメスと組まなかったのか?
 その最大の原因は? 

 しかし、彼らたち、M.マルジェラとマダム ジェニーをリーダーとした、彼らチームの見事な
”仕事”である。やはり、彼らたちはプロ中のプロであった。
 スマートでクレバーなファッションピープルたちが駆け抜けた14年間だった。
当然である、マダム ジェニィーとマルタン マルジェラは膨大なお金を手に入れた。
 「輝きそうな石。きっと、輝くと思って一生懸命磨き上げれば、
それはダイヤモンドになった」というアントワープらしいお話。
 彼らたちは、「M M.マルジェラ」と言う”ファッション・キブツ”を構築し、そこから無限の
可能性を育て上げた。
 その後、この”ファッション・キブツ”で働いていたと言う連中の多くが、他のブランドへ
侵食して行った事だろうか?
 
 「あんなにも彼らたちの売上に貢献した日本人たちは、マルタン自身が誰であるかも
知らないままだ。ーFashion is always in fake.」
文責/平川武治:
投稿日/2002-10-16 :


 

 
 

投稿者 : editor | 2020年10月01日 15:22 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

Christopher Nemethの10回忌だった、9月22日。

「時の流れは実に早く、しかも我々は時の中を後ろ向きにしか進めないのです。」
P.ヴァレリー:
 *
 先日の9月22日は僕がリスペクトできる数少ないデザイナー、Christopher Nemeth
さんが亡くなられてから、もう10年が経つ日となりました。
 本当に、時が過ぎるということはそれぞれの想い出の深みや重みにもよるだろうが、
早いものであり、しかも我々は時の中を後ろ向きにしか進めないものですね。

 今でも鮮明に覚えているあの時のことが、
その知らせは、パリのタワーエッフェルのイルミネーションが見えたアパルトマンで、
友人からの知らせで知った。

 僕がなぜ、Christopher Nemethが好きか?
それは、ベタに言ってしまうが、
「全てに、カッコいいデザイナーであったからだ。」

 僕の経験が育んだ視点から見ると、
決して、東京の”自称デザイナー”と称しているその8割強は大変無礼であるが、「なりすまし」
ファッションデザイナーである。賞をもらったり、コレクションをやっているがそのほとんどの
デザイナーたちは「なりすまし」ファッションデザイナー先生となる。

 戦後の我々、日本人が憧れ、自由だからと求めた”横文字職業人”と彼らたちが築いた
”消費文化社会”そのものが僕流に行って仕舞えば、「なりすまし文化」社会でしかないだろう。
その根幹は敗戦後という時代状況のもとでその根幹は、日本人に”なりすまし”たい人たちの多く
によって、彼らたちの「根性と頑張り」で築かれた”大衆消費社会”だからだ。
 
 が彼、Christopher Nemethはそんな、”なりすまし”レベルの”ファッションデザイナー”では
なかった。勿論、「彼の創り出した、彼にしか出来なかった世界。」を創造したからである。 
 この彼が創り出した世界とは、”服”だけではなかった。
彼が想像した”自分の世界観”とその中心軸となった”服”には、彼の創造の世界の全てが存在して
いたからだ。
 「パターンの特異性と巧さから生まれた"ネメスのバランス観”。」そして、「素材の選び方
とグラフィック センス。」「靴とサックとキャップとソックス」そして、「バッジ」にまで。
 そして、それら「彼の想像のための器としてのショップ」のインテリア全てを、彼は創造の
当事者として、彼自らがその内装の全てを施工した。
 30数年前でも又、その後も、ここまでやりたい若者は多くいたであろうが、その大半は
彼が為した”創造のための現実”に成就しないところで挫折したものが殆んどだったはずだ。
 もう一つ、僕が彼、Christopherをリスペクトする理由は、
「彼の創造の世界そのものに、「嘘/虚実」がなかったということである。」
その証拠が、彼がデザインした”服”は、彼が一番似合う、誰が着るよりも一番カッコよく、
自分が似合う”服”を創っていたことである。これは僕を一番信用させた事実でもあった。

 彼が東京へ、そして、表参道の裏、現在のヒルズの裏でショップを開き、10年間ほどは
殆んど、知る人ぞ知る、カルトでコアな”Nemethファンとチルドレン達”にしか、深く静かに
知られていなかった。その一因は、当時の日本のファッション雑誌の編集者たちが彼の存在と
その世界を知らなかったあるいは、不勉強だったからでしかない。
 そして、’95年以降に、東京に古着屋経由組や、DJたちの「裏原デザイナー」たちの登場で、
少しずつ、”Christopher Nemeth”は知られるようになる。
 90年代が始まる頃に当時の繊研新聞に「川久保玲、C.ネメスをパクる!」という見出しの
原稿が掲載された。
 実は、これは僕の寄稿原稿であり、「C.ネメスのパンツ ポケットの”ヘムデザイン”をCdGは
レディースで御頂戴した。」というミュアンスで書いたものが、繊研新聞の編集者がこのような
見出しをつけて掲載してしまったために起きた騒動だった。結果、僕は2シーズン程、CdGから
のショーチケットが来なかったというお仕置きを課せられてしまった。
 これは、「川久保さんがC.ネメスのショップへお買い物に行き、”ワンラック分”ほどの
お買い物をした」ことを確かめた上で書いたことだったのだが。
 そんなCdGとの現在の関係性は僕からすれば、
「そうなんだやはり、川久保さんも”Christopher Nemeth”が好きだったんだ。」の世界でしか
ない。

 以下の文章は、10年前の僕の”アーカイブ寄稿文”です。
この機に、「Christopher Nemethさんの冥福をお祈りすると共に、改めて僕たちは、時の中を
後ろ向きにしか進めない者たちが出逢い、その存在を忘れない迄に、念いあいましょう。」
合掌。
 **
"We are deeply saddened at the death of Christopher Nemeth. He was an amazing, influential talent",
Terry and Tricia Jones.

 それは友人からの知らせで知った。
すぐには
信じられなかった。
辛かった、信じる事が。
本心は
今でも認めたくない!

 何も知らづに、
随分とノー天気な僕でした。
だから、余計に無念と悲しみが、
深く。

遠くより、
心からご冥福をお祈り申し上げます。
I am deeply saddened at the death of Christopher Nemeth.

 僕にとって、数少ない、
人間として尊敬出来る創造者でした。
優しさと頑固さを持った

誰よりも、彼は彼自身が一番、似合う服を作っていた
本当に、ピュアーでチャーミングな人でした。
あの、彼自身が作った総て、
その空間での
彼の笑顔が忘れられません。

横にはけいこさんが、
愛犬と戯れる彼の優しさと
缶ビール片手に
恥ずかしそうにしか喋れない自分の世界、
でも、それが総ての自信の彼、
こんな風景が、僕にとってのネメスさんでした。

僕のモードの25年間では
その殆どの人たちはVANTY"な世界を
メディアの入り口を見つけ
お金の方へ駆け寄って行く
逃げ足のはやい人たち。

そんな世界の中に在って、
自分の道をまっすぐ歩いた
大切な人
本当に純粋でした。
そして、貴重な存在でした。

"He was an amazing, influential talent".

テリージョーンズが見てました。
長きに渡り、25年間。
90年代の原宿ファッションキッズたちや
CdG, J.Galliano, A.L.Mcqueen & more,so on
多くの着る事を楽しむ
服好きな人々へ、僕も含めて
彼の世界へ訪れました。
そして、
職人魂の感動とその大いなる存在を
地球を廻る程までに
彼らしく穏やかに
激しく影響を与え残した。

彼は自分の居場所を知っていました。
自分が立つべき世界をそして、
自分の好きな服を、靴を、ドローイングを
自分が生きる道を
しっかりと信じ摑まえていたのでしょう。

「Ancient Briton」
彼の’85年の倫敦でのデビューコレクションのテーマでした。
今でも古びない世界観。
由緒あるイングランド魂は不屈
クラフトマン精神を自らの術(すべ)とし,自信として
純粋に生きる事を求めたロマンチィスト。

自分に純粋に、与えられた生を生きるとは、
無論、独りでは至難の事
けいこさまとお二人のお嬢さま
素晴らしいご家族を持たれて
守られて過ごされた25年たらずの異国。

その異国は
本当に彼に取ってどうだったのでしょう、

天国で本当の穏やかさを
缶ビール片手に煙草を吸ってください。
見守ってあげるべき人たちをお見守りください。

いっぱい、
本当にたくさん、ありがとうございました。
Mr.Christopher Nemeth.

どうか、
健やかにお眠りください。

平川武治:平成二十二年九月二十五日/イルド-フランスにて、

追伸/
 僕は
僕の無力さに
あなたとのお約束を守れなかった事に
自分の惨めさと
無様さを
残された時間、念い生きます。
けいこさま、みなさまにおわびこゝろと共に。
相安相忘。
ひらかわ:
文責/ひらかわ:
初稿/2010年9月25日:

投稿者 : editor | 2020年09月25日 20:38 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

保田與重郎に「絶対平和論」と言う著述がある。75回目の終戦記念日と言う今日に捧げる。

  75回目の終戦記念日に想う事。
これからの「新しい普通」で想うそれぞれの”しあわせ”観を考えよう。

 ”戰爭”とその後の”敗戦生活体験者たち”が年々、少なくなって行く。
それに、今年の終戦記念日はこの時世である「新型コロナ」騒動の隙間に入り込んでしまった
ような記念日になってしまった。
 
 
 「今日の”終戦記念日”に、自分たちの國の将来のことを、子供たちが迎える未来とは?等など、
何か、考えたでしょうか? 思い巡らし、会話する時間がありましたか?」

 「新型コロナ」騒動によって、時代が変わるのであれば、僕たち日本人は今日のこの記念日を
思い出す事で、話し合うことで、日本人としての”國を思うこゝろ”をもう一度、刷新して欲しいと
想うのは、ウザッタイことでしょうか?

 国政に従事する輩たちも団塊世代以降の謂わゆる、「ジュニア代議士」が多くなる。 
結果、先日の長崎被爆記念日時の安倍晋三首相の読み上げた追悼文、然りの「上書き」貼り
合わせの文章が現実となって読み上げられてしまう。彼の世代の日本人はまだ、白人外国人の
それなりの人たちとぎこちなく、笑って写真を写すことを望む世代でしかないでしょう。
 そして、この世代の人たちの多くは、”保田與重郎”も知らないヤッピーたちであろう。

 ここで、今日の”終戦記念日”に因み、そして、「お盆」であることから、「日本人の信仰心」と
言う一冊の本から”保田與重郎”の一部分をそして、「やまとこゝろ」を感じていただきたい。
(著者/前田英樹/筑摩選書刊/2010年発行)
 *
 昭和二十四年九月、雑誌「祖国」が創刊された。
 (http://www.rinsen.com/books/sokoku.htm)
 「我等は思考法と情勢観の曖昧状態を文化と呼ぶ者と、権力と利権の伝達様式や妥協
のからくりを政治と称へるものを合せて否定し、我が生民の実態に於て、そのあるべき本質を
貫道するものを解明せんとする。」

との理念のもと、正しい国民感情を思想に高め、あわせて真の文明の原理としてのアジアの道義
の恢弘を目指した雑誌だった。
 今現在、この”理念”を熟知して、国会議員になっている輩たちが何人いるであろうか?
”国会議員”になるにも、まず、それなりに”MD”を仕掛け、メディアを使い、資金をかき集めて
からのご登場がこの世界の昨今の”立身出世”という成功例であろう。

 そこで、保田與重郎に「絶対平和論」と言う問答体によって書かれた著書があるので、
75回目の敗戦記念日の今日にこれを紹介しておこう。
 この本は保田與重郎がまだ、公職追放中の身に在った、昭和二十五年に、彼を慕う青年たちが
雑誌「祖国」に無著名で掲載されたものである。
 当時は新憲法の制定をめぐり世論は混乱していた時世であった。
この保田與重郎の「絶対平和論」は、新憲法が掲げる「戦争放棄」の条文に向けて保田によって
ひっそりと放された彼独自の強靭鋭利な矢のようなものであった。
 
 彼、保田與重郎が論じた「絶対平和論」とは?その根幹をなすものは何だったのか?
 『そもそも、日本が敗れた戦争とは何であったか?
日本がアジアの侵略に迷い込んで行った”近代戦争”であった。
「侵略」とは”近代”の概念であり、その根幹は、欧米からアジアへ向かって為された行為を意味
している。
 ”近代”は欧州で生まれ、欧米にあり、アジアには無かった。あればそれは、悲しみ笑うべき
模倣でしかなかった。
 ”近代戦争”に向かっての日本の慌ただしい準備は、たとえ自衛の目的があったにせよ、
”近代”そのものが持つ本質において、”侵略”の方に入り込む他はない。

 保田が言う”近代”とはどう言うものなのだったか?
簡単に言えば、それは18世紀後半以降の「産業革命」に端を発し、最も端的に現れている。
西洋が東洋を侵略する立場に到ったのは、この時代の「産業革命」によって誕生した種々の技術
革新に依る。このことは明らかであろう。もう少し、歴史を遡れば、「火薬と鉄砲」の発明が
あろう。この残酷で非自然的な武器を発明し、多量に使用し始めたのが「近代」の西洋社会で
あった。それからたった、四百年で”近代国家”は、相次いで原子爆弾の製造に成功する。
 ここには、同様な発想の、全く直線的な”進化”が読み取れる。
それは、動物を食べる動物が、知性によって行なってきた”軽量”、”簡易”、”予測”、”平均化”の
恐ろしい”進化”/”発展”の蓄積である。
 では、新憲法が掲げる「戦争放棄」は、”近代戦争”の放棄であるならば、それはアジアによる
”近代”そのものの拒絶を根幹にしなければ意味がないない。
 ”近代技術”がもたらす生活の快適に憧れ、執着しながら、一人、「戦争放棄」を唱えることは
不道徳でさえあるだろう。
 このような態度は、今も着々と”近代戦争”を準備している特定の勢力を利することにしかなら
ない。戦後の「文化的最低生活」なるものをお人好しに求める新憲法の精神とは、「戦争放棄」
の理念と根幹から矛盾する。
 とは言っても、”近代”を拒絶することではない。その反対である。
”西洋近代”の文明とは、メカニックな技術による自然界の征服と加工を本文としている。
この種の”加工”や”征服”が”武器”の製造に最も役立つことは歴史が示している。
それから、様々な労力の省略に、多数のものの短時間での生産に役立つ。このような”文明”は、
諸文明の中の極めて偏狭な一事例でしかないだろう。
 「新憲法」が依っている”文明観”は、このたった、一つの事例に基づいた現実でしかない。
このたった、一つの事例の”文明”の実現のために「恒久の平和を念願」すると言っているのだ。

 要するに、世界に”文明”の理念はただ一つしかないと言う軽率な考え方に立脚し、”近代”の
考え方を唯一のものとして発想、考えた”思想”の表現です。これは実に困ったことですが、
結局は”事大主義”の現れなのです。”文明”の理念は世界に一つしかないものではありません。
 全然、系統の異なる理想と文明は幾つも相対抗して存在しているのです。』
(保田與重郎著/「絶対平和論」より。)
  
 正に、この考えは現代白人社会が「グローヴァリズム」と称した、ごく最近の汎地球主義の
理念の一つであろうが、保田は既に、70年前に提言しているのだ。
 地球上には、それぞれの民族が存在していて、それぞれの民族が文明を持ち得ている。
例えば、「近代」に誕生した美意識の中に「異国趣味/エキゾティズム」があるがこれは
白人至上主義が齎らした視点であり、彼らたちはこの美意識を持って「異文明」を犯して来た。
 
 「”文明の理念”はただ一つでは無い。」
もう一度、今の僕たちがそして、子供たちが考え、見直さなければならない根幹視点です。
これは現代日本の”教育”に欠如してしまっている”視点根幹”でもあるでしょう。 
 その証拠の一端には、最近の「英語」の”義務教育化”もあるでしょう。
 そして、「近代」が終焉を迎え始めた、現代社会が抱えてしまっている現状の国際社会問題の
諸問題の大半の”病原体”の根幹はここからが発端でしょう。
 例えば、現実ではこの視点がなければ、今、流行のボキャブラリィーである、
「サスティナブル」はただの白人文化人たちのいつもの”なりすまし”或は、それなりの人たちが
握る”利権”の新たな根幹になってしまうだけでしょう。
 彼らたちの21世紀の「グローヴァリズム」の現実は、”近代”を誕生させるもう一つの
モチベーションであった、「植民地政策主義/コロニアリズム」の”上がき”版でしかないのです。
 だから僕は、「21世紀の「グローヴァリズム」の現実は”ネオ-コロニアリズム”だと、断言し
て憚らない根幹がここにあるのです。

 もう少し、この前田英樹著の「日本人の信仰心」を参照して行こう。
 『この観点から見ると、近代文明は”恒久平和”を望むどころでは無い。
”戦争”によって、他の人間を<食う>ことに最大目標を置いて来た文明ではないか。
それは、生き物の中でも動物の、動物の中でも脊椎動物の、脊椎動物の中でも肉食哺乳類の
”知性”が、最大限まで発展して生まれて来た”文明”である。
 「戦争放棄」と”無軍備”とが、日本憲法の中の最も重い点、
「信義を解する協賛者の必ず、守るべき第一のもの。」(「絶対平和論」より。)
だと言うことは疑いがない。
 しかし、「戦争に反対すれば、戦争がなくなり、戦争がなくなれば平和な生活が来る。」と
言う考えは”幼稚と不誠実”が入り混じった空想、或は「似非ヒューマニズム」に過ぎない。
 ”平和生活”は戦争状態の反対物とは違う。
”平和生活”は、それ自体が”絶対物”として成り立つ”原理”を持っているものである。
その原理は、政治のそれではない、”生”が取る根本の形態であり、生態である。
 このような”原理”に根差した”生活”が建てられるなら、”戦争”は廃されるものではなく、
私たちにとっては、ただ”無関与なもの”、”あるはずのないもの”になるだろう。

 今更ではないが、世界には「全く、系統の異なる理想と文明」がいくつも存在している。
それは地質、地形、天候の著しく異なった”自然の所与”を前にして、人間が生きるために建てる
”問いと回答”は事実、無数にある。と言うことを意味している。
 限りないその多様性の中で、東アジアに”水田耕作”を生活基盤とした「理想と文明」が形成さ
れたことは、非常な僥倖である。石油が噴出する砂地を与えられるより、遥かに大きな僥倖なの
である。なぜなら、水田耕作には動物の知恵が植物の生に導かれて育つ自然経路がはっきりと
存在するからである。動物的傾向と植物的傾向とが、互いを助けあって、自生する生活即ち、
「共存共棲」の道がハッキリと開かれているからだ。
 保田與重郎が論じた「絶対平和論」の原理は、このような生活の道の中「共存共棲」で始めて
明かになる。これは、保田が幾度も幾度もくり返し語った、アジアの「道徳の本義」が明かに
なることでもあった。

 これは、東アジアの、或は日本の優越を主張することであろうか?
”主張”と言うような闘争的態度は、保田にとっては一切無意味である。
在るのは、”水田耕作”を可能とさせる神々へ年毎に更新される”感謝”しかない。
 この感謝は、それ自体で尽きることのない”思想”であり、”信仰”であって、領土が囲う国家も、
組織された民族も必要としていない。
 例えば、我が国では、”祝詞”が示す祈年と新嘗の祭は、こうした感謝が”道徳、文芸、芸能、
政治”となった形を記録しているだけである。
 そして、安田は説く。「平和とは、戦争がなくなった状態のことではない。平和は、神々を
助け、神々に助けられて行う生産生活の本質で在る。」 
「生き物が生きることにとって、一体、何が現実的なことなのか?「近代」生活が生産する欲望
の総体こそが、覚めることのない陰惨な夢ではないか?」
 保田の「絶対平和生活」とは、「”夢”を見ず、”神”を見る生活のことである。』
(参考書籍/「日本人の信仰心」:著者/前田英樹/筑摩選書刊/2010年発行より。)

 ここで僕が皆さんへ発言したいことは、
これからの「新しい普通」が継続することで生まれる「新しい日常」にとっての
みなさんが想う、「しあわせ」とは?をこの機に考えて頂きたいのです。
 
 もう、決して、「お金」や「モノ」がそのトップでも無く、それぞれが思い求める
「しあわせ」とは? 何なのでしょうか?それが自らの生きる”目標”になるのですから、
自分にとっての「しあわせ」観を早熟に、意識してください。

 「近代」と言う時代が消滅し始めた事で、「新型コロナ」以降の「新しい普通」が始まり、
それぞれが念う「しあわせ」観にも、新たな価値観が芽生える事でしょう。
 そして、この地球上には決して、西欧諸国の白人たちの「文明」だけでは無く、幾つもの
「異文明」が継続されている事、そして、それらの「異文明」を”継続”してゆかなければ
いけない事即ち、「共存共棲」がただ、「一個しかない地球」を守ってゆくためにも、必然で
在る事にも気が付き始めているからです。

 70年前に保田與重郎が論じたこの「絶対平和論」も現在の「近代」が消滅し始めて来た潮流の
中では、彼の言わんとする「平和」への想いとその根幹に気が付く世代が増えることでしょう。
 なぜならば、「近代」が”夢”として誕生した、「拝金主義」「物欲主義」に未だ、埃まみれに
ドップリと漬かり切ってしまっている世代たちには、まだ見るべき”夢”が多く在るからです。
 しかし、「自由」と「豊かさ」の中で誕生し、育ち、教育を受て来た世代たちにとっての、
彼らがこれから求める「豊かさ」とは、「自由」とはなんであろうか? 
 彼ら世代の”夢”とはなんであろうか?
そして、彼ら世代は”夢”と”しあわせ”は同意語ではなくなって来ているだろう。

 MD的発送も、「新たな日常」における「しあわせ」観はファッションの世界でも、
ここが今後の、「こゝろの置き所」であり、根幹でしょう。クリエーションがなされ、
ビジネスがなされる拠り所だと念うのです。
 
 **
 あとがきらしきもの;
 今回このような、保田與重郎が論じたこの「絶対平和論」は「ファッションに興味ある人間」
にとっては最も”DISTANCE"が、或いはまったく”無知なる世界”のことを、敢えて書いてみた。
 なぜならば、ファッション大好きタイプの人たちはどれだけ「一つの文明」に”同化”するかの
立ち居場所で生きてゆくことが「カッコ良い!」「自己満足」レベルであり、それが現在も続く
「ファッション ビジネスの世界」そのものでしか無いからだ。
 保田が70年前に言うところの「悲しみ笑うべき模倣」はより、現実化されてそれそのものが
「ビジネスの世界」になってしまった”日本の大衆消費社会”の70年間であっただろう。
そして、これらを”生業”として継続してゆくことが「文化人」と自認してゆく”なりすまし”人種の
誕生もこの70年間の戦後日本の”進化”と”発展”でもあろう。
 結果、ここにはおよそ、「やまとこゝろ」からより、Distanceな”人種たち”がこの戦後日本の
”社会構造”を構築して来たとも読める。

 或は、僕自身の”自己反省”又は、”懺悔”へも勿論、繋がる事である。
そして、あの「3.11以降」、「僕は日本人である。」事自体が僕にとっての”しあわせ”だと
思える生活に焦がれ求め始めたからだ。そして、学び、生かされている。
 そして、敢えて、" I'm a Yellow."と言う言葉を使うようになった。

 75年目の”終戦記念日”に記する。

 「三伏の候、呉々も、ご自愛ください。」
合掌。
文責/平川武治:
○参考文献/「日本人の信仰心」/前田英樹著;筑摩選書刊/2010年発行)
 
 追伸:
 もし、芸術に興味がある人は、保田與重郎の著書、「日本の美術史」の必読をお勧めする。
「異国趣味/エキゾティズム」と言う美意識では無く、「やまとこゝろ」と言う美意識も理解し
てください。/「日本の美術史」 (保田与重郎文庫)/
 

 

 

投稿者 : editor | 2020年08月15日 18:10 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

「山本寛斎さんが亡くなられた。」ご冥福を申し上げます。

山本寛斎さんが亡くなられた。 
この知らせがYAHOOニュースで開かれたままだった iPadに流れた。
今日、07月27日、午後01時03分だった。
しかし、亡くなられたのは、7月21日だったようだ。

 「どうか、ご成仏ください。」

この時、僕は古いPCで「二人のデーヴィッド」を調べていた時だった。
此処で、”一瞬に幾つかの過去”が繋がった。

 昨夜はプライムヴィデオで、「D.Bowie The last 5 years」を見て、ベルリンの友人の音楽家へ
メッセージを入れた、「この映画を君と一緒に観るとより、愉しいね。」と。
そして、昨夜見ていたフィルムから「二人のデーヴィッド」が気になり、今日また再読していた
矢先だった。そこで見つけたのが、二人のデイビッドに挟まれた、若き山本寛斎さんのいい写真でした。https://the.kyoto/article/d3c5cdd7-2586-44b2-aca3-35703a23dd9a

 この山本寛斎さんの訃報を聞いて”繋がった”僕の過去とは、
[ 山本寛斎=D.ボウイ= ツトム ヤマシタ=D.キッド=森本康義=J.グラックそして、
ひらかわ]という”繋がり”で、僕の'60年代終わりからの10年間ほどの出会いと繋がりだった。

 山本寛斎はD.ボウイの’73年の日本公演の舞台衣装でKANSAIの名前をロンドンから世界へ
認知させた。この作品は歌舞伎衣装の”引きぬき”という手法を用いステージでの「早や変わり」
という演出に生かされた。衣装はステッチワークとともにエネルギィイの流れを表すかのような
左右対称の構築が力強く、舞台晴れする見事な衣装を彼はデザインした。この衣装はボウイ自身
も気に入ってその後の倫敦公演でも使っていたし、’76年の”アラジン セイン”の衣装も担当され
た。多分これらの作品の幾つかはロンドンのV&Aのミュージアムピースになっているはずだ。
この当時は、日本人ファッションデザイナーが世界で勝負するにはやはり、自らの「ジャポニズ
ム」をどのような時代感と世界観で自分流にまとめあげるか?が先ずは、勝負どころであった。
海外で名を馳せるには今もこの手法は基本的には使えるアイディアの一つであり、現在も変わっ
ていない。

 D.ボウイと山下ツトムは’70年には、”ロックスターと現代音楽家”という音楽ジャンルは違った
が、当時のロンドンのカウンターカルチャーの騎手としてすでに、交流があった。
そして、ツトムが’72年から活動を始めた、劇団「RED BUDDHA」の倫敦公演をボウイは
アンジーと共に見にきている。その後も彼らは交流が続く。映画「地球に落ちてきた男」
(監督、N.ローグ;’76年)で”俳優と音楽家”という関係で一緒に仕事もしている。
直接的に”京都”+”David KID”を結びつけたフィクサーのはツトム ヤマシタであっただろう。

 「二人のデーヴィッド」であるD.BOWIEとDAVIDE KIDさんは、"京都ー九条山繋がり"
である。’60年代には前衛芸術家グループの「具体」のメンバー作家たちが集いその後、70年代に
なってから芦屋から移り住み着いたのがD.キッドさんだった。通称、「九条山桃源洞」。
残された写真を見てもわかるが、すばらしい本格的な日本邸であった。
僕はキッドさんが芦屋に在住中に彼らの棲家を訪れた経験があったがそこも、「前庭と長屋門
そして、中庭」を配した純日本式の邸宅を借りて住んでいたことを覚えている。
この「九条山桃源洞」も写真で見る限り彼ら達の美意識が見事に空間化された邸宅だ。
そして、彼らはその空間に著名な外国人旅行者も混えた顧客を招き、中国、チベットの古仏像を
はじめ書画仏具を外国人流日本式のおもてなしで展示即売が彼、キッドさんと森本さんの職業だ
った。
この「二人のデーヴィッド」の出会いは、’72年が最初だっただろう。その後、ボウイの最初の
日本公演来、彼らの関係がはじまったのだろう。日本の仏教文化とその思想に興味を持っていた
ボウイには以後、もってこいのフィロソフィカルな”師匠”であっただろうD.キッドさんだ。
’80~’90年代は度々、お忍びも含めてこのキッド邸を訪れていたボウイは、’96年にキッドさんが
ハワイで亡くなられるまで続く。’92年には再婚したイマンを連れて新婚旅行としてここ、
「九条山桃源洞」を訪れている。そして、キッドさんが69歳で亡くなった20年後に、ボウイも
同じ享年69歳で亡くなった。僕はここにもこの「二人のデーヴィッド」の因縁を感じている。

 森本康義氏は彼が外語大学時代にD.キッドさんと出会って以後、キッドさんが'96年に亡くなら
れるまで一緒に暮らし、共にビジネスをなさってこられた伴侶だった。
僕は彼らが芦屋時代の’70年頃に幾度かお会いした事を覚えている。

 D.キッドさんとJAY.GLUCKさんは共に来日した”仲間”であった。
彼らは戦後間もない’40年代終わりに来日した。それぞれが学校の先生をした後、北京に住んだ
経験から専門は中国美術と、イスファハンに在った東洋磁器研究所勤務の経験からペルシャ美術
愛好家という触れ込みで、和歌山経由で芦屋に住み着いた。二人とも当時としては超豪邸然も、
本格的日本家屋をそれぞれ借りて住み、ビジネスを始めた。戦後当時でもそれなりの資産を持っ
ていた日本人富裕層たちを顧客として彼らは古美術を商った。一人は中国チベット仏教美術品で
あり、もう一人はペルシャ陶器とラグ、古民芸布を扱ったが、この根幹には、当時の日本人のお金
持ちが見事に陥った「シルクロードコンプレックス症」をターゲットとした、戦後の財界富裕層
に近づくための諜報的匂いが漂っていた。勿論二人はユダヤ人であり、一人は同性愛者であった。 
 
 J.グラックさんと僕の出会いは、僕が丹波の窯元で3年間、陶芸を学び戻ってきた芦屋時代の
滴翠美術館だった。当時、僕は近所にあったこの滴翆美術館で陶芸科の助手をしていた。
ある時、ここで彼のコレクションであるペルシャ古陶器類の展覧会があり、これが僕とグラック
さんとその家族との縁を産んだ。彼の奥さんは愛嬌深い可愛い聡明な日系人だった。彼も芦屋の
元山県有朋のご令嬢の嫁ぎ先のお屋敷を借りて住み、その見事な日本式大広間をシルクのペルシ
ャ古絨毯を引き詰めた空間にしつらい、自らのコレクションの数々、古ペルシャ陶磁器類を並べ
見事な演出で展示即売していた。そんな彼が、自分のコレクションのための助手を探していた時
に僕は出会った。以後、J.グラックさんのところで僕は彼のコレクションのペルシャ古陶器の整理
や展覧会の準備などの書生仕事をさせて頂いていた。
昼間は彼の自宅で普段では実際に触る事が困難な高価な価値のあるペルシャ陶器の無彩陶器や
金彩ミナイ手磁器類の古美術を触り、夜は滴翆美術館で窯を焚くという書生生活だった。
この2年間は恩恵と好奇心の日々だったことを想い出す。が、この無理によって次の26歳の僕は
1年間、国立貝塚千石荘という結核療養所生活を強いられた。

 ツトム ヤマシタと僕の出会いは京都の友人の紹介だった。
1年間の思いもよらぬ結核療養所生活は僕に新たな決心を、と言うより新たな自由を目覚めさせ
てくれた。後ろへも戻らず、前にも進まない1年間という時間は結局、僕に”不自由さ”と言う空白
が現実となっただけだった。その現実を教えてくれたのはこの療養所でたまたま一緒に暮らした
幾人かの先輩患者たちだった。入院後、最後の半年に同室だった老人は人の良いスローな男だっ
たが、どこかが崩れてしまっていて、もう社会復帰することを彼自身が拒否してしまった生活を
この結核療養所で40数年間営んでいた。僕の26歳はそんな、在って無かったような1年間で終わ
ってしまったために、’72年の誕生日をこの空白で過ごした後、退院した。
 18歳で渡米し、その後前衛的な技法での打楽器演奏によって既に、名声を博していたツトムは
’70年の大阪万博にはアメリカから帰国していて、西ドイツ鉄鋼館で行われたシュトックハウゼン
のコンサートに姿を現していた。また、当時のTV 番組で朝のニュースショー番組にも出演したり
して、所謂、時代の寵児だった。友人達と彼の多種な打楽器類を京都から車で運んだことを覚え
ているので、僕がツトムと出会ったのはこの時分だったと記憶している。
今覚えている彼の第一印象は「爬虫類の様な人」だった。兎に角、全身が繊細な神経と自由な想
像力で弾力感に溢れた存在だった。’72年には、武満徹が帰国したこの若き打楽器奏者ツトム
ヤマシタのために作曲した「カシオペア」が指揮者、小澤征爾でEMIによってレコーディングされ
「幻の名盤」とされ、この曲は武満作品の中でも指折りの傑作とされている。
http://blog.livedoor.jp/a_delp/archives/1055681304.html
が、実はこの「カシオペア」によって、その後のツトム ヤマシタは”武満ー小澤”によって見事に
日本のクラッシック音楽界においての彼の活動が完全に阻害されてしまうと言う事件を起こして
いる。
 今思うと大変稀で貴重な体験が’72年の7月13日から始った。
ことの始まりは、当時のフランス文化庁の招聘で南仏のアヴィニヨン演劇祭に参加しその後、
幾つかのバカンス期のフランス避暑地で行われていた音楽祭とそして、イタリーのローマと
スポレートの音楽祭へもニューヨークのリンカーンセンターのデイレクターのバックアップで
招聘されてツアーリングを行った。そのための”劇団メンバー”を探していたツトムと出会ったの
が春頃だっただろう。そこで僕は衣装担当で参加させていただいた。
これが劇団「RED BUDDHA」のオリジナルメンバーとなり、” THE MAN COME FROM
EAST”と言う題名で”ツトム ヤマシタの音の世界”をステージ上でヴィジュアル化した新しい演劇
パフォーマンスが作品化され、’72年の7月13日に確か、ミュージシャンと裏方の12,3人で巴里へ
旅立ち、これらの演劇祭といくつかの音楽祭に初陣参加した。
そして、秋の終わり頃にはこのツトム ヤマシタ&劇団「RED BUDDHA」はパリへ戻り、
S.モンフォール女史が(https://en.wikipedia.org/wiki/Silvia_Monfort) 彼女自らの劇場を、
マレイ地区の今は立派になって再生されているピカソ美術館の真向かいに小劇場を新設し、その
柿落としから数カ月を此処で公演した後、渡ったのが倫敦であった。’73年にはこの” THE MAN
COME FROM EAST”のライブレコードがロンドンのISLANDレーベル(L35092)からリリースさ
れた。
 アヴィニヨン演劇祭では、P.カルダンがサポートしてくださり、のちに仏文化相になった当時
まだロングヘヤーだったJ.ラング氏がこのフェスティバルのオーガナイザーの一員で何かと面倒を
見てくださった。スポレート演劇祭では、このフェスティバルの提唱者の一人である、
L.ヴィシコンティ監督も「マノンレスコー」を既に、車椅子に乗ってディレクションされていたの
も覚えている。僕にとっての劇団「RED BUDDHA」での1年余りの経験は全てが、僕が結核療養
所で求めていた「自由なマインドで生きる」ことそのものであり、好奇心の塊の不連続な連続の
初体験だった。後に、僕はこの体験は「僕の万博だった!」とよく表現して人に語っていたほど
だった。そして、僕と劇団「RED BUDDHA」との付き合いはロンドン迄で終わった。
実は、次なる公演が”ブラジル公演”と決まっていたので僕はここまでこの劇団「RED BUDDHA」
つまり、ツトム ヤマシタとつき合うつもりでいたのだが、この時期、ブラジルの政権が交代した
ために公演が流れてしまった。ツトムは第2作目の「RAINDOG」を創作して’75年にアメリカ公
演へ出掛けたが、僕はロンドンに残り、親父になった。これが'73年の僕のロンドンだった。
劇団「RED BUDDHA」を退団した僕はそのままロンドンに残って息子が誕生した。
また、この'74年には東京からの友人であった立花肇君がロンドンの僕のフラットに一時逗留しに
やってきた年でもあった。彼はこの旅の始まりに、シベリア鉄道を利用してロンドンに辿り着い
たのだがこの時、彼は東京公演の帰路のD.ボウイ一行とこのシベリア鉄道で出会うという強運を
持ち合わせていた。それが、後の彼らたちのあのクール モダンなグループ、 ”プラスティック”へ
と続く。
 僕は、この’74年の早い時期に日本公演から倫敦に戻ってきたD.ボウイに会った。
友人が住んでいた、ギルフォードという田舎街を訪れた際に、一台のロールスロイスと遭遇した
このロールスにD.ボウイが乗っていた。そこで、彼がこの街でコンサートをやることを知った
僕は厚かましくボウイにメモを渡した。結果、彼は僕と妻をミキシングの横に座らせてくれ、
この地の彼のコンサートをビッグプレゼントをくださった。

 最後になってしまったが、山本寛斎さんと僕は”リセフランコ”繋がりだった。
彼のご長女と僕の愚息が同じ時期に飯田橋に在った、「リセ フランコ ジャポネ」校の生徒だった
からだ。そして、僕が最後に彼に会ったのは確か、「3.11東北大震災」後の、2012年だったと
思う。その前に、蔵前にある大東京博物館のある展覧会を見に行った折に偶然に出会う。
この時、ご一緒に写真を撮っていただいた覚えもある。そして、震災後にお会いしに伺ったのは
彼の青山1丁目にあったオフィスだった。僕はあの「3.11東北大震災と東電福島原発事故」の
ショックで、それまでの巴里生活に終止符を打つ決心をし、アパートを引き払い以後、パリ通い
の生活にとなった。そして、僕のブログにも書いた「いらないものは捨てましょう。」と言う
散文詩を持って寛斎さんにお話に伺ったのが最後。
 勿論、同じファッションの世界が生業だったので、それなりのつき合いはあったがまた、
それ以上の付き合いも無かった。むしろ、彼の印象は頭を緑に染めたスキンに近い姿だった京都
で出会ったことの方が未だ、衝撃深く覚えている。また、僕が上京してお世話になったアパレル
「アンバーハウス」の社長だった故矢田由親氏が「レマン」と言うマーケティング会社時代に
彼、山本寛斎さんが出入りされていたと矢田さんから伺っていた。この’63年の広告代理店
「レマン」には若き浜野安宏氏も高橋靖子さんも在籍して、まだ世間に、「マーケティング」と
言う言葉が流行っていなかった時期のすご〜いお話だ。僕はこの矢田さんから多くのことを学ば
せていただいた一人、感謝のみです。ありがとうございます。
(http://www.mogeworkshop.com/blog/blosxom.cgi/diary/archives2007/article09/article08/
20070819.html)

 余禄として二つ、
 僕の寛斎さんはいつも晴々とした、素晴らしい笑顔の人でした。
僕も、”笑顔”が大切なボキャブラリィーだと思っている人間なので彼の寂しさも感じました。
もう一つ,寛斎さんに関して思い出しました事。’70年に入ってからの渋谷西武の地下駐車場にあっ
た『BーIN」とその後の、渋谷西武本館の中2階の「カプセル」と言う売り場。
‘71年、寛斎さんがロンドンでのショー後この「カプセル」で、山口小夜子さんのデビューと共に
謂わゆる、”凱旋ショー”をなさった曰くのスポット。この「カプセル」では三宅一生の入れ墨
プリントTシャツも記憶が蘇りますね。しかし、この入れ墨プリントTシャツは当時、京都美大を
卒業したての皆川魔鬼子さんのオリジナルでした。J.ヘンドリックス+J.ジョップリンの'70年の
死でしたか?そして、確かその後、寛斎さんと一生さんはこの「カプセル」後、確執が生まれ
寛斎さんのブランドは少しづつ西武から遠のき始め、ファッションビジネスとしては差がつき、
寛斎さん自身もその後、イベントワークへ自らの自由さと魅力を感じ始められたのでしょう。
 
 もう一つは、僕はこの時期、彼、ツトム ヤマシタと出会った事はその後の僕の人生に大きな
そして、広々とした自由な可能性と知的好奇心を与えてくださった人物である。
 なのに、「カシオペア」以降の”日本村”のクラッシック音楽の世界と日本のメディアはその後
のツトム ヤマシタ/山下勊 (https://ja.wikipedia.org/wiki/ツトム・ヤマシタ)を完全に葬ってしま
った。
 何故もこれ程に無視されてしまったのだろうか?
あるいは、無視、続けねばならなかったのだろうか?
 同じ京都が舞台であるのに、今回の「二人のデーヴィッド」を探していても、彼の名前が皆目
見つからなかった。ツトム ヤマシタは、’71年だっただろう、あの嘗ての「TIME LIFE」誌が
戦後、何人目かの日本人表紙をカヴァーした程の人物であった彼を???
 
 おわりに、
プライムヴィデオで、「D.Bowie The last 5 years」を見て、改めて、D.ボウイの自由を変わらぬ
根幹としたメタモルフォーゼな生き方とその覚悟に再び、惚れ込む。結果、あのような最期の
仕事と死に方にボウイのクールな美学を学び、彼の人生を再確認し、感動してそして、
ギルフォードで出会ったあの日のボウイと重ね想い、以前から少し、関心と興味を持っていた、
「二人のデーヴィッド」をさらに深く調べ始めていた矢先に、山本寛斎さんの訃報を知ったので
す。
 「これは誰かからのそして、何らかの"メッセージ”だ」と受け取った僕。
そして、この「繋がり」を僕なりに辿り帰して見たくなった。
この歳にならなければ、出来ない行為の一つであろうと自負しつつ、
 
 山本寛斎さんはこの時世をあの明快な笑顔と共に逝かれた。

お悔やみ申し上げます。
笑顔と共に、ご成仏ください。
南無阿弥陀仏。

 今年から僕は亡くなった母親以上の年齢を生かされる機会をいただいた。
「死ぬために、一勝懸命生きる。」と言う年齢が始まったばかりの今年、
この、「コロナ以降」の”あたらしい普通”と言う時世の到来。
それは、辛うじて生きのびている者のつれずれなる戯れあるいは、罪滅ぼしの日々という現実。
 僕はどのような”しあわせ”を求めて生きてきたのだろうか?
合掌。/

山本寛斎さんと二人のデイヴィッドの写真があります。
https://the.kyoto/article/d3c5cdd7-2586-44b2-aca3-35703a23dd9a
分責/平川武治:鎌倉裏八幡にて。

投稿者 : editor | 2020年08月02日 19:40 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

"Act The I"への返事。/「コロナ以後」のファッションはどの方向へ?

 "Act The I"とは、巴里のモード研究所である「I.F.M.」がやっているプロジェクトである。
彼らたちが、この「コロナウイルス以後」のモードの行方をいろいろな人から聴いているのが
今回のテーマ。そして、それに対しての僕の返事が以下である。

 『極論を言うと、「デジタル封建主義」あるいは、「サイバー独裁」と言う時代性が
近づきましたね。
 そうですね、ファッションビジネスの今後もどのようになってゆくのか?
そして、そのビジネスのための創造性とプレゼンテーションの手法も再考が必然でしょう。

 ファッションビジネスもグローバリズムの到来と共に、大きく変化し、生産地が変わり、
クオリティが落ちその分、ヴァニティなイメージングがより、派手になり、それぞれのメゾンの
ショーはより、それぞれのブランドの「包装紙」の役割を担ってしまうまでに派手になり、
若手のインディペンデントなデザイナーたちは肝心のファッションにおける創造性に新しさが
求められなくなり、所詮彼らたちが選択したのは、「アーカイヴコレクションのザッピング
あるいは、リ・メイキング」と言う袋小路へ逃げ込んでしまった為に、このコロナ騒動で余計に
彼らたちはこのモードの二つの袋小路から抜け出せないでしょう。
 創造性に対しては以前よりも抜本的な創造の手法を求めるしかないでしょう。
それは僕が5年ほど前から発言してきた、”The without sewing”と言う発想がありますね。
もう、ミシンと糸とアイロンで仕立て上げる服にはほとんど「創造性」の可能性はありません。
全てが、「ヴァリエーション オブ アーカイヴス」の世界になってしまう時代性だからです。
ですから、「衣装」はより、「衣装」になり、「ユニフォーム」はより、「ユニフォーム」と
なるでしょう。そして、その中間領域だけが今後の大いなる「モードの為のモードな包装紙」。
 ではどの様なユニフォームが?
僕の答えは、「リアリティのユニフォーム」と言うコンセプトを提言しています。
「新しい普通」、その連続性が「新しい日常」を誕生させます。
この「新しい日常」のリアリティのためのユニフォームです。
ー「快適性、着やすさ、着心地の良さ、利便性それにカッコ良さ」と、
自分たちが「繋がっている」世界のユニフォームという考えです。
 たとえば、「Distance」というキーワードをコンセプトに考えられる、「ユニフォーム」も
ありですね。

 キャピタリズムが崩壊し始めると、「大量生産と大量消費」のためのファッションビジネスの
構造は、「トレンド」と「在庫」そして、「納期」をリスクヘッジしたより、効率よく
儲けられるかのビジネス手法が再考されます。見かけは「ファッションアイテム」を製造販売して
いるように広告宣伝とイメージングで見せかけておいて、実は「衣料品」の大量生産と大量販売
で儲けている「UNIQLO 」の様な、「なりすまし商法」が、ハイエンドブランドでもビジネス
中心を考えてより、進化するでしょう。ここでは、”オリジナルブランド”というマーク付の
ちょっとお洒落着の世界でしょう。たとえば、CdGの「PLAY」のレベルですね。
 したがって、F.W.もコスト削減になり、今様のヴァーチュアルイメージングによってビジネス
向けのイメージング手法がより先鋭化してゆくでしょう。
 僕はパリのコレクションを見せていただき、35年が過ぎましたが、
この「パリのコレクション」とはこのフランスの文化を育ててきた「サロン」の一部でもあると
感じて結果、35年間も通い続けてきたのですが、やはり、最近のコレクション風景には
この「パリのサロン」と言う香りがなくなり始めていましたから、これも、この「コロナ騒動」
後は、もっとなくなってしまうでしょう。そして、ただのビジネスのためのプレゼンテーション
と考えると、今後はその機能は、ヴァーチュアルテクノロジーに委ねた方が新しくも見え、
面白い可能性が生まれるでしょう。
 従来のモードの世界は、「着る人の衣装」によって階級/クラスを保持してきたでしょうが、
今後は、「着るユニフォーム」によって、その人たちの「日常」と「繋がり」をそして、
「Distance」という”リアリティ”を表層化するでしょう。』
合掌。
文責/平川武治:


投稿者 : editor | 2020年06月01日 16:36 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

(番外編)コロナウイルス”と言う「テロ」に向き合うと言うこととは-、番外編

🟠改訂版;
 (番外編)「やぶ睨み、ユニクロ系列がお金に変えている”差異”とは?
或は、“なりすまし“・ファストファッション」

 
 当然であるがこの「新型コロナウイルス/COVID-19」騒動は、
世界レベルの災いとなり、現在まで継続している。
そして、未だに、完治する”治療用ワクチン“は開発されていない。
 この「新型コロナウイルス/COVID-19」騒動は現在進行形である。

 この騒動が終焉を迎えるタームがきた時には、確実に「時代」が変革する。
戦後の70数年で「時代が変わる」という実因と実感はポジティフな視点で
「潤沢な社会」がもたらして来た結果である。
 しかし、今回は「疫病」という悪魔がもたらした
ネガティブなパンデミックと経済危機である。
従って、謙虚に、「潤沢な社会」を省みるある種のゆとりを
各人が持たなければいけないであろう。
 これからの迎えるべき”未知なる時代”への願望と発展のための、
「反省と目標」或いは、「復習と対策」のためであり、
言われるままに、“Stay Home”を行っている人たちの義務でもあろう。

 そこで、僕の立ち居場所での持つべき眼差しとしての好事例を話そう。
 僕は1ヶ月ほど前に、
 「UNIQLO系列は今回のコロナウイルスの影響下、今期の営業利益も44%減の1450億円と、
従来予想(5%減の2450億円)から下方修正した。」

というニュースを知って、考え込んでしまった。(日経:2020/4/9 15:38版)

 ここで僕なりの「やぶ睨み、ユニクロ系列がお金に変えている”差異”とは?」
その実態とは何なのだろう?と。
 僕のような、“デザイナーファッションビジネス”の先端を
40年ほど携わり、見て来た者からすると、
「どのようなマジックを使うとこのような営業利益が算出出来るのか?」と、
この時世故、今更考え込んでしまったのです。

 この企業グループがこれだけ儲けられる「差異と力」とは、何なのか?
「ファッション・クリエーション & イメージング」を差異の根幹とした
デザイナーブランド・ビジネスでは到底考えられない世界です。
 そこで、敢えてこの企業の“差異”が何であるかを考えてみると、
その根幹は所詮「スケールバリュ/量的価値」であり、
既に、綻び始めて来た「資本主義社会のオールドスクール」しかないだろう。

 「どれだけ自分たちが必要とする
大量の生地を手配し、安く仕入れて、
どれだけ多く工場発注し、どれだけ安く納品でき、
どれだけ多くの直営店で、どれだけ大量に売るか!」

 言っておくが、このグループの売り物である
「ヒートテック」という素材も、
この企業が開発した素材ではない。

 この”The Value of volumes “の根幹で、
「どれだけの儲けが算出出来るか?」の世界が
このユニクロ系列企業の「ビジネス根幹」でしかない。

 これで言えば、売っているものは生活”衣料品“である。
が、その作り方と売り方、そして、儲け方は
すなわち、ビジネス業態の根幹は
「大量生産の工業製品」を売っているのだ。
 
 ファッションビジネスの様に見せ掛けた、
「百均ビジネス」の変形業態でしかない。

 日本のメディアとファッションメディアは
決して、このユニクロ系列のビジネス実態を
この様な目線で報じたことは無かった。
むしろ、「ファスト・ファッション」と称し、
この旧体然したスケールメリットを持ち上げた
報道しかなされて来なかった。
 
 海外の”ファスト・ファッション“と呼ばれている、
H&M, ZALA, Mangoなどのレベルと
同等なカテゴリィーでは決してない。
 
 彼らたちの世界では、
ファッションビジネスの宿命である
「トレンド」と「納期」のリスクがある。が、
ユニクロ・カテゴリィーにはほとんど
実ビジネスに影響を与えるまでの
この2つのリスクは皆無である。

 という事は、このファッションビジネスにおける
最大のリスクである「納期遅れ」と「在庫過多」が無い。
しかし、ビジネス構造は「ファッションビジネス」構造である。
という事は、
他の物販ビジネスには無い「粗利益」が取れる
ビジネス構造そのものの商売である。

 世間へ“ファッション製品”だと思わせる為の
「イメージングと広告戦略」と白人デザイナー起用という
虚業産業のオールドスクールが実態と読める。
 
 更に、ここにリスクヘッジに商社機能を呼び込み、
「国際フリ屋」として、
世界規模の低コスト生産地をクルージングする、
”グローバル・サウス”へのしわ寄せであり、
グローバリズムという“新・植民地政策主義”にサーフしただけの業態ビジネス。

 このビジネス業態の根幹で「44%減で営業利益1450億円?」
というビジネスが可能なのであるから、ある意味で、凄い!!
「ファスト・ファッション」と言う“なりすまし“業態。

 所詮、海外戦略において、かつてから、
「ブラック企業」と評価されたことも決して、忘れてはいけない。
 日本の若い、本当にファッション・クリエーションが好きな
デザイナーたちへの援助もなければ、
彼らたちへ夢を与える企業でもない。

この2ヶ月、「マスク」にも手を出さない。
矢張り、何処かおかしいであろう。

 今回の「新型コロナウイルス騒動」に対しても、
海外のそれなりのラグジュアリィ・ファッションビジネス企業は
何らかの救済ボランティアを早々に始めたが、
このユニクロ系列は未だ、
何も救済事業を行っていない。
むしろ、この機を利用して儲けているだけである。
 
 この企業グループオーナーの“氏育ち“によって
ほとんど、“独裁者”的存在であり、
この企業の倫理観や宗教観の欠如が如実に現れている。
 
 海外のユダヤ人たちのこのレベルの企業には
「Give & Take」と言う倫理的ルールがあります。
 例えば、
 参照/New York Times;
“Should Coronavirus Face Masks Be a Fashion Statement? - The New York Times”
‪https://www.nytimes.com/2020/04/22/fashion/coronavirus-fashion-face-masks.html‬

 僕の様なファッションの立ち居場所にいる者は、
この種のビジネスには共通する、
『あるべきビジネスバランスを顧みず、
「顧客を見下げ、需要と供給のあるべき倫理観」の喪失。』が
ビジネス成功の実態と読んでしまう。

 そして、資本主義の鉄則の一つである、
「金さえあれば、全てが“本意”となる。」の典型方式。
「金さえ使えば、何でもが、可能である。」方式の「あきんど/商人」。

 この企業がこれほどまでに巨大化したのは、
「上手なお金の使い方」と言う「商人」の鉄則を
「時代の追い風」と共に
為して来たからであろう。

 「地方創生」「グローバリズム」「観光立国」「インバウンド」「E-コマース」等などと、
「潤沢な社会の誕生」にMD (昭和の”公設市場の特売”レベル、)を特化させた、、、、。
決して、“デザインファッションビジネス”ではない。

 従って、「44%減で営業利益1450億円?」というビジネスが可能なのであろう。

 さて今後、今回の「新型コロナウイルス・パンデミック」後、
彼らたちは如何ほどに「上手な金の使い方」が出来るのであろうか?
 「ポスト・近代」という時代にも、
戦後の混乱期に誕生したこの様なビジネスの
根幹は今後も、
どれだけ「資金次第」で通用継続するのだろう。
 
 「完全封鎖」後に現れるであろう、
‪一時‬的「爆買い」を既に、読み込んだ
「今期の営業利益、44%減の1450億円?」ビジネスは
今後登場する「シン・スタンダード」にサーフ出来るのか?
或いは、「シン・保守」な時代観にチューニングするのだろうか?
「国民的“なりすまし“ユニフォーム」企業化するのだろうか?

 僕は「緊急事態宣言」後、
“Stay Home”で“ユニクロ系列の儲け方とは?”を「営業利益、1450億円?」
ビジネスの根幹とはをこの様に深読みして考え込んでしまった。

 この「新型コロナウイルス」によって促されるであろう、
「近代」の崩壊とは
即ち、”キャピタリズムの崩壊“という発想。

 では、「差異と力」は
「差異=力=金」が、やはり、全てだという時代も緩和されるであろうか?

 新型コロナウイルスが収束したのちに現れるであろう「新しい時代」では、
これまでの資本主義社会が求めて来た、
「大量生産/大量消費」といった在り方が反省され、
利潤だけを追い求める事より、
人間が中心である「環境問題」としての
「地球環境危機」や「気象危機」などに、
「サスティナブル」にどれだけの関心と為すべき事を、
どの様に具現化してゆくか?

 そのために考えなければならない、
「生産の次元」が決定的により、重要になるでしょう。

 企業における生産過剰によって現実となっている
“エネルギィ消費”や“二酸化炭素排出量”等の
環境危機と気象危機の根幹に関わっているからです。
これらはこの「新型コロナ騒動」以前の
実問題であった事を忘れてはなりません。

 江戸時代の「商人」たちがその商哲学とし、
「倫理観」と「道徳観」から実践されていた「三方良し」。

 「作り手+商人+買い手」のそれぞれが良しと言う商売哲学が
今後、新たな時代としての「ポストキャピタリズム」では、
「自然環境良し+資金周り良し+労働者生活良し」と言うまでの
「三方良し」な関係性の再考がこゝろある商人/あきんどであろう。

 すなわちこれらが、
「繋がる」社会構造や経済構造を考えることが
次なる「ヒューマニズム」であり、
ここに、“人間主義”発想が問われるでしょう。

 やはり、このユニクロ系列企業が求める、
「営業利益、1450億円?」ビジネスの根幹とは?
「大いなる時代錯誤ではないだろうか、」 と言う新しい時代が到来するだろうか⁉️

 「ポスト・近代」と言う、「ポスト・キャピタリズム」。
或は、「マルクス主義とエコロジー」を学美、謙虚なる根幹があるだろう。
 参考文献/「資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐点」
斉藤幸平編: 集英社新書0988A刊:2019年8月発行:
(出来れば、第三部のポール メイスンから読み始めると馴染みができるでしょう。)
「大洪水の前に、ーマルクスと惑星の物質代謝」斉藤幸平著/堀之内出版刊:
「ポスト・キャピタリズム」ポール メイソン著/ 東洋経済新報社刊: 
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年05月02日 15:29 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

(4)コロナウイルス”と言う「テロ」に向き合うと言うこととは-4:

🟠改訂版;
(4)子供たちがこの”招かざる禍い“をどの様に体験をし、
今後の自分たちの人生のために何を学ぶのだろうか?
 
 「飽食消費社会構造」そのものへの「警鐘」!!!
一方では、もっと現実的には、
「ワクチン強制摂取と言うM.チップスの埋込」と
世界の「人口減少化作用」そして、「新世界/N.W.O.」の樹立化。

 そのための新たな経済構造構築化としての
「デジタルマネーの日常普及」へ、
そして、新たな「國体」が必然となると言うまでの
世界シナリオを読んでしまうのですが。
 参照/ <ビル・ゲイツ 人類の敵。/‪https://youtu.be/PdKqMzzaVH8‬ >

 「ただ、人々を新自由主義に向かわせればいい。
*愚かな人間どもは、やがて自らの欲望によって破滅するのだ。」

 これは、フィリップ・ロスチャイルドに寵愛された、
アイン・ランド/Ayn Randによって書かれた小説、“Atlas Shrugged”からの一文です。
(この本は、世界支配のアジェンダをコード化した小説とされている。)
 参照/<『Atlas Shrugged/アトラス・シュラッグド』Ayn Rand著より:
‪http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=334081&pgh=2‬ >

 これがそれなりの世界の人達が持っている
わかりやすい、 価値観であり、今回の“パンデミック”の根幹ですね。
そして、これが戦後の日本人へも向けられ、
仕掛けられたコンテンツの一つでも有りました。

その結果が現在の日本人の
「長屋の金持ち衆」の自由主義と個人主義思想(?)
そして、「物欲消費社会」という豊かさの享受。
政治は「新・自由主義」と言う民力依存と社会保障減少化と
格差社会を生み出す緊縮政策化。

香港のデモの完全消滅。
B.ゲイツの突然のマイクロソフト社退陣。
1918年のスペイン風邪のパンデミックが「ドル通貨へのシフト」、
今回は「デジタル通貨へのシフト」でしょう。など等、、、、、、
 
 「真実らしい」ことばかりで、
決して、これらは「真実」ではないと言うまでの「なりすまし時代性。」

  誰でもがそうでしょう。
「罹りたく無い」ー「他者に移したくない」ー「死にたくない」ー「生きていたい」。
 では、なぜ”生きたい”のか? この機会にもう一度、考えてみる。

ならば、どのような生き方をしたいのか?
どんな希望や目標があるから生きたいのか?
どのような人たちと、 愛ある関係性と共に、
どのように与えられた人生の時間を
どの様に使って行きたいのか?
どのように、人の為になりたいのか?等など、、、、、、

 ならば、この“機”に今後、どのような人間として、
どのような価値観を持って、
どのような意義と役割を再認識し
どんな人生を歩みたいのか?
 
 “自分の生き様”へのプラクティスに、
この“機”を使うこともありでしょう。

 そして、今後への「再生・自分らしい世の中の為になる生き方」を
考えるにはこの時間は稀に見るスローな流れですから
大いに豊かに、有意義に
考え、使えることでしょう。

 このような時世ですから
どうか、表層の情報に惑わされず、
自分が持ち得た知性と倫理観と経験に委ね、覚悟と共に、
リズムある日常として、呉々も安心なる日々を、
笑顔を忘れずに、“With COVIO-19”を
謙虚に力強く!!生き延びてください。

 どうか、「情報のパンデミック」にうつつを抜かさず、
ただ、ただ、無知と怠慢は不幸を生み出します。
より、謙虚に地球と自然から多くを学んでください。
 第4部終わり。
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年05月02日 14:48 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

(3)コロナウイルス”と言う「テロ」に向き合うと言うこととは-3

🟠改訂版;
(3)では、この様な「新型コロナ ・パンデミック」の収束後は
確実に、人心と経済観念が変わるでしょう。そして、世相が変革するでしょう。
結果、人生の価値観にも影響が及ぼすことでしょう。
 
 そこで、改めて『私たちが望む「豊かさ」とはなんだろう?
「しあわせ」とは何か?』という眼差しが、再考されることでしょう。

 では、今後も何のために「服」を作り売るのか?
究極は、それぞれが持ち得た「自由の裁量」と
そこから生まれるそれぞれの「しあわせ度」への
“May I help you for happiness?” と言う視点が
「ジェネレーション-Z」たちを含む
新しいマーケットを生み出せる可能性でもあるでしょう。

 もしかしたら、”芸術“の世界が然りでしょう。
ならば、それぞれどのような「自由」と「しあわせ度」を選び求められるか?
そこには、より、”人間性“や”人格“と言う倫理観を伴った根幹になるでしょう。

 また、現代の時代観の一つであった、
「簡素な生活と虚飾な生活の何れかを選ぶ “贅沢”が許されている文化と豊かさ」
のバランス観も変化し、それによる新しさが
「新しい普通」をニーズとする時代性も有りでしょう。

 ここには「ユニフォームではない、ユニフォーム」的なニュアンスが
キーワードの一つになるでしょう。
「ファッションではない、ファッション」や、
「服でない、服」等、など。
ファッションの世界そのもののが、
「なりすまし」である事を忘れてはいけませんね。

 僕が提案出来る収束後の“トレンド“とは、
「リアリティのユニフォーム」。
そして、「新しい普通」と言う時代性に登場する
「新しいモノ」の誕生は、
「モノ・余り」+「リ・メイク」+「コラボ」=「ネオ・ハイブリッド・クラフト」、
「手作りではない、手作りモノ」というまでのオブジェ/ガゼット感覚、
「何何ではないが、何々である。」と言う「なりすまし・コンテンツ。」

 多くの高齢者たちが老後の夢としていた
彼らたちの求めた「しあわせ度」の
一つであった 「豪華客船/クルージング」が
あんなモノなのかと言う 覚めてしまった目線、
或は、憧れの「ラグジュアリィ」ブランドも
実は、”Made in China”だった?
これでは「ラグジュアリィ」の鍍金も
剥げてしまう事も起こり得る
今後のモード界でもありますね。

 ラグジュアリィ企業である“L.V.M.H.社“の
ラグジュアリィーの実態に一端が解るサイトです。
是非、ご一見を‼️
 参照/サイト;
 ●ディオールのドレスはインドの奴隷職人によって作られる/N.Y.Times
https://courrier.jp/news/archives/198276/
 ●ルイヴィトンの靴は世界最安のルーマニアで生産/
https://courrier.jp/news/archives/96224/?utm_source=article_link&utm_medium=textlink&utm_campaign=articleid_198276

 気がついて調べてみると、
この地上で、”The Fashion Week“は 既に、
世界中、25都市以上で、 同じシステムで
コントロールされているのが現実です。
ここにも、ある種の「利権」ビジネス構造が
メディア界を軸にしてそれなりの人種たちによって
構築されてしまっています。

 中身のファッション・クリエイションは
その大半が、「過去のアーカイブスのザッピング」。
従って、ショー自体が”エンターテイメント“。
演劇化やダンス化それにコンサート化や「男装ザ・タカラヅカ」
結果、シャンペン業界も賑わうという“Luxury・ビジネス“構造。

 まるで、映画、「OZの魔法使い」のドロシーたちが
“芥子畠”でひと眠りしてからやっと辿り着いた
“OZの塔/クリスタル・タワー”さながらの現実が
「ガラ・パーティ」としてより、盛んになるでしょう。
グランドフロアーでは、派手でヴァニティなパーティーの賑あい、
その上層階では??? (ぜひ、カルト映画、“wiz“も併せて観てください!)
この現実がいよいよ、より肥大化してより、現実に。
 参照/“WIZ” / ‪https://ja.m.wikipedia.org/wiki/‬
%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%BA_(%E6%98%A0%E7%94%BB) 

 どうか、みなさん自粛生活を笑顔と共に、愉しんで下さい。
“Please, enjoy your life of the self-discipline with cool smiles.”
合掌。
文責/ 平川武治:

投稿者 : editor | 2020年05月02日 02:19 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

(2)コロナウイルス”と言う「テロ」に向き合うと言うこととは-2;

🟠改訂版;
 「新型コロナウイルス以後」、「新しい普通」が始まると、
蔓延する一つのコンテンツは
映画、「オズの魔法使」のコンテンツの一つである、
"There's no place like a home.”でしょう。
 戦後のアメリカのセールスマンからはじまった 「物販」業、
そして、大衆消費社会構造の根幹コンセプトが
この、"There's no place like a home.”です。
 
 終息後の新たな時代への「物販」も
今後も変わらぬ根幹でしょう。
ここに白人社会のキリスト教徒信仰の
根幹が存在しているからです。
ですが、ITと言うテクノロジーの発展により、
これからの「新しい普通」は決して、
“オールド・スクール”の “リヴァーシブル”ではありません。

 「家にあるべきモノと、なくてもいいモノ」
ここから新たな「シン・ベーシック」の根幹が見えてくるでしょう。
この視点は既に、ジェネレーションーZ世代以降の若者たちには
「何が豊かさなのだろう?」と言う“豊かさへの懐疑“から始まり、
「何が本当に必要なモノなのか?」への眼差しの変化、
彼らたち世代の、当たり前の「自由」のカテゴリィーがより、発展するでしょう。
 参照/映画「365日のシンプルライフ」:http://365simple.net/
(ヘルシンキの26歳の青年がある日、彼女にフラれた事をきっかけに
自分の部屋のモノの多さに幸せは無いと感じ、自分の持っているモノを
全てリセットする実験を決意し、実行するドキュメンタリー映画です。
今見ると、タイムリーな映画でしょう。)

もう一つ、再発見しなければならない価値観として、
「地産地消」と言う価値観がありましたね。
かつての、「地方創生」政策時に搭乗した、
自分たちの国で作ったものを、自分たちが消費すると言う
「消費における倫理観」的考えと方法論ですね。
これが、「ポスト・グローバリズム」のリ・コンセプト。

 そして、収束後のファッションビジネスが
どのような対応と「新たな価値」を見つけ出せるか?
一つの新しさへの挑戦と好奇心を生み出せるか?
どのようなエモーションを顧客へ提供できるか?
そのための「モノ作り」とそれらの「販売」とは?
そして、これらの新たな「経済価値」が
どの様な仕組みと関係性で生み出せるか?

貨幣構造もゆくゆくは電子マネーの時代へ変革され、
「資本主義+社会主義」という新たなる構造が
どのようなバランスシートと比率によって政策化されるか?
ここに、「ポスト・キャピタリズム」の価値観と
その時代がより、近づいてしまったようです。
合掌。
文責/ 平川武治:

投稿者 : editor | 2020年05月02日 02:08 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

(1)コロナウイルス”と言う「テロ」に向き合うと言うこととは-1

 改訂版;「コロナウイルス”と言う”テロ”に向き合うと言うこととは」-1;
文責/平川武治: 令和2年4月末日:

 4月も終わり、僕が帰国してから約2ヶ月が立ちました。
コロナウイルス騒動は依然、僕たちの国は未だ、収束の目処が立たず、
安倍内閣の気骨無く、覚悟なき決断により、余計に医療崩壊と経済危機いう
多重迷路へ国民の不安を誘っているだけのこの2ヶ月でした。

 さて、僕も3、4日遅ければ、 パリの都市封鎖に引っかかるところでしたが、
運良く、3月11日には鎌倉へ無事に帰国。
 でも、僕は平素から「自宅待機」と変わらぬ 自分の生活リズムで、
いつも通りの日々をおおらかに、独りと1匹でこの竹藪の中で過ごし、
時折の街へ買い出しへ。
 しかし、やはり収束後の経済不安と子供達への変化と影響を考えてしまうと神経は病みます。 そして、いろいろ考え深読みを始めています。
 今回は、僕のこの「新型コロナウイルス」による、「緊急非常宣言」下の体験で感じたこと、
考えたことを皆さんへお話ししましょう。

🟠
1)はじめに;
  僕の本心は、一昨年来、僕が発言してきた「近代」と言う時代の終焉が
この様な形で「御和算」を求めて来たと言う心境です。
 「飽食消費社会と資本主義」への最終警告の機が来たと謙虚に受け止め、
今後への新たな世界ルールとしての「ポスト・キャピタリズム」を意識しなければいけい
“機”だと感じています。
 *参考/< P.メイスン著「ポストキャピタリズム」:
‪https://en.m.wikipedia.org/wiki/PostCapitalism‬
 < 斉藤幸平著/「大洪水の前に」:
‪https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E5%B9%B8%E5%B9%B3‬

 今回の「新型コロナウイルス騒動」も、
そして、忘れてはならない現在の地球上で起こっている”負“の現実のいくつか、
「気候危機と自然災害」これらを根幹にした「食糧危機」や「富の偏り」などは、
20世紀の我々が「近代」が選択し構築した「資本主義と消費主義」、
その発展為の「利益主義」を継続し、「利潤の拡大化と飽食化」へ
唯、謙虚さ無き進展を走り求め過ぎた結果の、
『“民”への「神からのペナルティ」』と言う、
大いなる犠牲を伴った警告だとこゝろしています。

 僕が昨年来、発言している「近代」の終焉が
この新型コロナウイルスによるパンデミックで、
完全に白人至上主義の元での 「近代」が生み出した
”キャピタリズム“そのものが 「破綻」して
「ポスト・近代」の誕生へ近づく事でしょう。
 そして、「新たな近代」としての経済構造や生活モラルが
「新しい普通」を待望する事でしょう。

 また、僕が発言する「シン・スタンダード」論は
“There's no place like a home.”が
再び、より真実味を憶える時代が到来するからです。
 この「シン・保守性」は
バイオテクノロジィとアルゴリズムとIoTによって操作される
一歩間違えば、危険極まりない保守性です。
或は、「サイバー独裁」もしくは、「デジタル封建主義」と言う、
あの、G. オーウエルの「1984」の電脳版社会に類似した
未来予測になる可能性も大いにありでしょう。

 そして、あらゆるモノの創造はこの「第3次産業革命」後における
“Made in Internet”が主流となり、
“IoT+Cloud Com. +Big Dater”が生み出す
監視性を内蔵した保守性でもあるでしょう。
 参照/映画「ザ サークル」:SNSが国家機能となり強制的に加入させられて
政治の多数決に利用される恐怖手段となると言うストーリー。
https://movies.yahoo.co.jp/movie/361586/

 収束後の今後の「モノ作りの世界観」は、
この新たな技術に委ねたMade in Internetの世界、
或は、これにどれだけ隔たりを持った世界、
もう一つは、この世界観にどれだけ、人間味をミックスしたところでの世界、
という三つの方法論的現実が発想できますね。

 そこへ、"There's no place like a home.”
「家の外にないものはどんなに遠くへ行ってもない」 と言う
あるいは、「お家が一番!」論。
 1939年に出版された、「OZの魔法使い」のドロシーの言葉がまた、
騒がれ始めましたね。(先日はスピルバーグもこの映画を取り上げていました。)
 昨今の状況はまさに、”There's no place like a home with the P.C.”の世界。
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年05月01日 23:10 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

NINOMIYA NOIR コレクションで感じてしまった事。

「NINOMIYA NOIR 」コレクションで感じてしまった事あるいは、覚めてしまった事。
 このデザイナーの当初から持ち得た“純朴な発想と仕事ぶり”が大好きな僕である。
なので、彼のデヴュー以来そのほとんどのコレクションを見続けて来た。
そんな僕が今シーズンのコレクションで感じたことを正直に書こう。

 今シーズンも変わりなく、とても彼らしい世界観と華麗なコレクションであった。
いや、今回はより、変わらず、力作のもの凄いコレクションであった。
 既に、2016年から8シーズン続いて巴里でもコレクションを行い、今シーズンから
公式カレンダーに組み入れられた。それによって新たなジャーナリストたちが見る機会を得た
シーズンでもあった。
 だから、力が入ったものとなったのだろう。今までのオーナメンタル-エレメントにフェザーと
メタルワイアー等という新たな“物質”素材が加わったのが際立った。
 そして、全体が大きな有機物の塊に見えてしまう程の“力作”のオンパレードなショーだった。
又、珍しく、今シーズンはこの企業のそれぞれのビッグ・ブランド、CdGとJUNYAが共通して
出した、“吊り下げる”というコンセプトがこのブランドでも幾体か見られた。
 僕が発言している、「服でない服」の登場。所謂、「サスペンダー」タイプのものである。
そして、今シーズンの僕の眼差しは、「The Armor’s Objects for the Vanity.」である。

 僕がこのデザイナーの存在を知った5年程で彼のコレクションは成長しているのだろうが、
今シーズンを見ると、すべてがそうとは言えないと感じた。
 ”大きな塊“の存在感だけが目立ったからでもあろうか、彼の持ち味であるはずの繊細さが
隠れてしまったのか、この手のコレクションになると、どれだけ、繊細なエレメントによる、
ほとんど手作業による完成度でしかない。使われる素材が違っても基本的には“手工芸”の世界で
ある。
 では、このデザイナーがこの街のモードの主軸である“オートクチュール”と言うカテゴリィー
で発表しないのか?と言う疑問も湧いてくる。が、この街のクチュール世界が持っている規約に
不十分であるからであろうか? あるいは、この“古くて新しい”世界への挑戦はこの企業その
ものが許さない。その理由は”企業内ヒエラルキィー“が存在しているからであろうか?あるいは
このデザイナーの立ち居場所が日本的に“不明確な”ことによって起こるビジネスに託しているの
だろうか?
 というような現実的なことを顕著に、この企業の体質を熟知している僕が考えてしまった
コレクションでもあった。
 
 諸手を挙げて「凄いでしたね!!」は殆ど素人的視点でしかないであろう。
もっとも今日の”ファッションジャーナリスト“として観ている観客の多くはブロガーであり、
SNS、インスタ.の世界の若者が多い。そういう観客には、「凄いね!!」という所謂、
「インスタ映え」効果だけで十分な世界に成り下がってしまっているのが現実でもあるからだ。
それなりの従来からの新聞や雑誌の編集者たちも、書くことと言えば、「業界スズメ」的なる
話題で読者へこの世界の裏側を寸視させる事を始終し始めて久しい。もう、このモードの世界が
行なっている「ファッションウイーク」とは完全なる一つの「エンターテイメント」業であり、
入場料を取らない代わりに、思い切り沢山、“インスタ”で繋げて下さい。そして、「売り上げに
も出来れば、ご協力ください。」という構造でしか無くなってきた現実がこのメゾンの“力作”
コレクションにも感じてしまったのである。
 
 僕は「ファッションデザインとアート作品」は違うと言い切っている。
創造物をアート作品にするには、あるいは語るにはそれなりに「哲学」を学び、美意識をより、
深めて自らの生活の日常からにして欲しい。

 では、このデザイナーはこれ程までの、“力作”をこれ程までの数を何の為に発表するのか?
女性こゝろにあるそれぞれの変身願望、「花になりたい!」「鳥になりたい!」
「綿玉になりたい!」「スモッグになりたい!」あるいは、「オブジェになりたい」etc.,,,
このような女性たちの変わらぬ「乙女こゝろ」へ向けて創作されたのであろうか?
 このコレクションを着たくなり、欲しがり、買えるまでのリアリティある層が現実にどれだけ
想像出来るか?(特に、この“プレタ”の世界では如何なものであろうか?)
 また、作り手は自分が造る世界を誰に着てもらいたいか、誰に売りたいかを想像してこれ程
までの手作業(?)と時間を費やしているのだろうか?
 
 これだけの作品群を作り出すこととは、それなりの人の思いとアイディアと願望と欲望が先ず、
働く。あとは準備と手作業にかかる所要時間と体力とそして、これらを現実にするための
ヒエラルキーと大切なのがやはり「金力」である。それなりの「資金力」が必要であり、それに
よってこのコレクションがなされている。
 と言う事は、現代社会に於いては「お金があれば、なんでも出来る」と言う時代観故の
コレクションなのか?とも、感じてしまった。
 彼個人が持ち得た「自己願望と欲望」それらが企業のビジネスのための「イメージングと
諸戦略」等と重なれば良いと言うまでの「聞き分けの良い、お利口さんデザイナー」なので
あろか?あるいは今の日本人の若者のほとんどがそうであるように、「自己弁護」の為の聞き
分けの良い「お仕事」なのだろうか?
 
 デビュー当時はこのブランド名である「NOIR」と言う立居場所が明解にあり、それがこの
デザイナーが心使う“繊細さ”を表し、「黒」と言う有彩色の世界を美しく新しいバランス観で
表現されていた。使われたエレメント類を引き算しても、そこには「服」という“美しさ”が確実
に存在したブランドであった。
 だか、今シーズンのこのデザイナーの“力作”コレクションからは、僕にとってのこれらの
「ファッション」の大切なものが見え辛く心痛めた。

 「安全ピン」「タータンチェック」「黒/赤」「鋲打ち」「イミーション」、、、、、、
これらはこの企業のそれぞれのショー・ブランドが“売り物”にしている「PUNK あるいは、
PUNKらしきさ或は、リアリティなきPUNK」が見事にこのブランドにもエディケーションが
なされているシーズンでもあった。
 
 従って、この企業グループもそろそろ「固まり始めて来た。」と読んでしまったのは
この企業を35年間見続けて、熟知していると自惚れた僕の深読み過ぎるのであろうか?

 最後に、このコレクションを見た「generationーZ」世代の女性に感想を聞いてみたが、
その本音は、「美しい、凄いコレクションだけど、、、、」「何の為に?」「誰のために?」と
いう言葉がやはり、帰ってきた。
 
 「もう、あの時代ではないのだ!!」
僕も気をつけよう。
合掌。
文責/平川武治;巴里ピクピィス大通り。

投稿者 : editor | 2020年03月02日 20:54 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

UNDER COVERとMIYASHITASOLOISTから読む新たしさとは⁉️

「UNDER COVERとMIYASHITASOLOISTとの違い。」/
今シーズンの彼らたちは共に、映画からインスファイアーされたコレクションを創り上げた。
 「蜘蛛巣城」と「ジョーカー」と言う、相容れない映画がその発端となった。
が、一つ特記すべきは、それぞれが「病院と戦場」と言う世界観で創造がなされたことである。
ここには「ユニフォーム」が現存している世界である。彼らたちはそれぞれのユニフォームから
インスファイアーされて、自分たちの美意識によって世界観を構築したスーパー・クールな
コレクションに仕上げたことに僕は感嘆する。
 
 UNDER COVERのコレクションには僕も驚いた。
というのも、僕が5年ほど前に、今後のモードの新しさを創造するには「ミシンと糸」と言う
縫製工程を考えないで考えられるクリエーションが今後の全く新たなモードの創造性になると
言い切って、その僕の発想の根幹が「甲冑」であったからだ。
 戦国時代の武将たちが装着したそれぞれの地位に見合った意匠と機能性に凝った
甲冑をインスパイアーした所での「WITH OUT SEWING」プロジェクトを発言していたからだ。
 この「甲冑」はユニフォームとしての機能性があり、着る武将たちのそれぞれの地位を
象徴した「装飾」が施され、異素材とその後加工、漆や板金によってマクラメでまとめあげられ
ていることである。そして、昨今にわかに注目を浴び始めた、アフリカン・ブラックたちの
戦闘時に身につける“衣装/コスチューム”もこの範疇に根幹がある。
 ここに、現在のモードの世界が辿り着いた「衣裳と制服」の根幹が読める。
こんなことも、今シーズンの彼らたちunder coverとMIYASHITASOLOISTのコレクションから
諭されたことであった。
 今のような世間になると、「壁紙の上塗り」と言うデザインは誰でもが出来るご時世である。
外国ブランドの、外国人デザイナーたちが大枚を払って“広告代”を使ってメディアで騒がれた
からと言って、その「上書き/トレース」が巧いと言うメディア報道はもう過去のレベルでしか
ない。自分たちの持ち得た「美意識と文化度」でどれだけ、心に触れたコレクションに対して
「深読み」が出来るか?これが評論というものであろう。

 もう一つ、今シーズンのパリのメンズで面白い事が起こった。
それは、奇しくも、もう1人この「甲冑」をコレクションアイテムとして発表したデザイナーが
いた事である。彼の名は”Yoshio KUBO”である。N.Y.在住で頑張っているYellowなデザイナー。
 多分、ほとんどのメディアは報じないであろうが、Tokyo からと、N.Y.から機を同じにして
「甲冑」が白人社会のもとで発表された、こんな時代がやっと、やってきたと目論見僕は喜んでいる。
 1年前のCdG、川久保玲のコレクションで、彼女が初めてシリコンラバーを使って創作した
アイテムに「甲冑」があった。しかし、彼女の「甲冑」は西洋のそれであり、やはり、今回の
under coverの覚悟と勇気はそれより、「あたらしく、Super Cool」であった。

 MIYASHITASOLOISTで感じるこのデザイナーのもう一つの美意識とセンスの良さ、
そして、考えこみの深さを商品に落とし込んでいる発想に惚れ込んでいる。
彼が継続してやっている「A parts of the Body」というコンセプトに注目し、時代性を読む。
 ネックカラーであり、今回のハーフ・ベストであり、この彼の発想はやはり、古くて、新しい
コンセプトになってモードの先端を今後ゆくであろう。
 もう、トータルコーディネートをワンブランドでという甘いビジネスにはほとんど無理が始ま
る時代でもある。また、こんな着こなしは、「着こなし」とは言わないダサさであろう。
 そこで、「服でない服」或は、「ファッションでないファッション」という新しい
カテゴリィーを読む。この「服でない服」を寄せ集めて「服」にしていたのが、M.マルタン・
マルジェラの手法の一つにあった。

 この僕の発想視点は、先日のベルリンでのクラブ、“BERGHAIN”での体験であろう。この世界
の最先鋒を誇り、一番入るのが難しいクラブBERGHAINで感じた事が、”What’s means the
Fashion?”であった。僕が今までに見てきたファッションが全くない。
 ほとんど、80%が”ネイキッド“および、それに近い装いなのである。
彼ら彼女たちは、自分たちが「隠したいいところ」或は、「見せたいところ」への”装い“でしか
ないのである。しかしここでも、多くの彼らたちから「ユニフォーム」という視点は読める。
 「個人主義者+自由主義者」たちが求める彼らたちの「自由」は「快楽」を求める。その彼ら
たちがそれぞれ求める「快楽」の為の「ユニフォーム」なのである。その時に”ブランドもの“を
めかしこむ事が既に野暮であるという現実。ここでそんなユニフォームに味方をするのが、
「A parts of the Body」と言うコンセプトが、スーパー・クールなのである。
https://www.berghain.berlin/en/

 MIYASHITASOLOISTの純白なカラースカーフだけ。あとは、”ネイキッド“という想像は
僕を夢心地にした。
 次回訪れる機会が、もし僕の生涯で未だ、あれば、「これで決めてやろう❣️」

※追記:
 しかし、時代は動いている。こうしているうちに今度は全く異質な顧客が登場し、彼らたちを
新たなターゲットにしなければならない時代がもう目前でもある。
 その新たな顧客とは「GENERASIONーZ」である。
プレタポルテのデザイナーたちはこの世代へのアプローチへの考えは皆無である。
ほとんどの彼らたちはいつも、自分たちの目先の動きしか読んでいない。
あるいは、余裕がないのである。モノとしてのファッションにどれだけの心を動かすか?
あるいはそれなりの価値を見て今までのように高価なものを買う顧客なのか?
 この新しさは女性服の世界ではより、大きく影響を与えるであろう。
例えば、昨年の、パルコのリニュアルで登場させた、「CdG girl」はこの新たな世代を
予知させるこのメゾンだから出来る「先手必勝」MD戦略であろう。
 が、本来は自分たちのブランドを“2階たて”に構造変革が必要になろうがここに来ての、
「コロナウイルス」による中国生産の痛手は大きくこのモードの世界にもブレーキをかけて
しまった。したがって、それぞれの世界での新たな世代へ向けての「スタンダード」と言う
ミッションが価値を生みだろう。
 はじまった、F.W.Parisでは、どのような反応或は読みもしくは企みを読ませて頂けるか⁉️
或は、「A parts of the Body」と言うコンセプトが発信されるのか?
合掌。:
文責/平川武治:巴里ピクピィス大通りにて。

投稿者 : editor | 2020年02月25日 18:53 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

Paris Fashion Week Homme 20/21 A/Wの新しさを読む。

「先月の巴里・20/21 A/W メンズ・ファッションウイークから時代感を読む。」
 
 1)はじめに、一つの提言;
 「もう、皆さんも気がついていらっしゃるでしょう、
白人至上主義によって構築された「近代」のパラダイムはこの200年ほどで
綻びが出始めてきた現実を。
 白人が白人たちのために構築された「近代」のパラダイムの根本原理は植民地政策主義と
産業革命から始まった、「自由主義+個人主義」者たちの「富」への願望とその為の
「二者択一」が主構造。この構造は彼らたちの宗教感覚からの根幹でしかありません。」

 これが既に、今の時代の速度とスケールに持ちこたえられなくなってきました。
ここで新たな次世代のための「近代」の構造を構築するには僕たちのような宗教観の違う
民族の知恵と価値観も混合せねばならない”ワールドマインド・ミックス」な時代性でしょう。

 2)俯瞰私論;
 今シーズンのパリでは、その多くのデザイナーたちは、自分たちの立ち居場所の、そのエッジ
に立ち止まってしまって、”向こう側“へ行けず、誰かが、その向こう側への“架け橋”或いは、
“後ろ“を押してくれるのを待ってしまったことによる無様な“立ち往生”のシーズンであった。
 その為か、その立ち往生を誤魔化すための余剰的な演出のショーが多かった事でも読める
までの、誰かが、「明日」を指差してくれるのを待っている惨めな「壁紙デザイナー」たちが
より、目立ったシーズンでした。
 多くの白人デザイナーたちはまだ自分たちの古ボケてしまった「近代」に固執し続け
「近代ボケ」故に、自分たちの立ち居場所さえ確認できずに今までの「近代」のZAPPING・
COLLECTIONSしか為す術がなかったシーズン。
 また、白人デザイナーメゾンはここ数シーズン来、“黒人たち”と言う新たな顧客に熱い
ビジネス的な眼差しを投げ掛ける事に始終専念した為にメンズモードの世界もただ、
”キッチュ“な、”CAMPな”世界を展開し、ここにも“エレガンス”と言うモードが持ち得るべき
形容詞が見当たらないシーズンが続く様になった。
 そんな中での今シーズンはやはり、UNDER COVERとMIYASHITASOLOISTのコレクションは
他のデザイナーたちを抜きん出、白眉でそれぞれが素晴らしい世界観を見せてくれたシーズン
だった。
 この様な現実に嫌気を覚え、時代観を読み込んだコレクションを行ったのがまずは、
UNDER COVERであり、僕はジョニオくんの時代を読む感の鋭さと勇気とその根性に驚き、
次には称賛した。
 もう一つが、MIYASHITASOLOISTの今シーズンだった。MIYASHITAも彼らたちをあざけ
笑う様に、その自信と熱意と根性によって、すばらしい”GENDER・ELEGANCE”なコレクション
を見せてくれた。
 ショーの会場選び、その空間を見事に使いこなした演出と自分が焦がれるモードへの想いを
音でも見事に奏で雰囲気をもちろん、キャスティングとメイク&ヘヤーデザインも自分が
イメージングした確かな世界観に基づいて完璧な世界観を生み出し、見事なまでの美しい
コレクションだった。
 35年間、パリのモードを見続けている僕が久々に、マヌカンが白い耀きの影の向こうから
現れたオープニングで肌の毛穴が全開してしまって、或る種のアレドナリンが出たのを
今だに覚えている。実際、このパリでも、この様なコレクションランウエーを見ることは
ほとんど少なくなってしまったから余計であった。

 3)私視点ー1;
 『ユニフォームをどれだけエレガンスに、コスチュームをどれだけユニフォームに、』
 この根幹はここ数シーズン来のモードの世界に顕著に現れた「GENDER MIX」旋風である。
 モードが始まって以来、”女性服と男性服”だけの領域の世界に新たに登場したこの中間領域は
これからの新しい社会を生み、新たな可能性をもたらし始めている。
 そして、この中間領域そのもの登場が「近代」が綻び始めた一つの現実でもあることを
認識しよう。
 「女性服」は“コスチューム”のカテゴリィであり、「男服」は“ユニフォーム”と言うモードの
世界の構造は「近代」と言う時代とその社会を背景にほぼ、200年ほどが継続されてきた。
 しかし、60年代後半からの、「CAMP論」そして、80年代の「ジェンダー論」から現実社会の
「GENDER MIX」の登場によってこのモードのカテゴリィーも重複するまの変化と“新しさ”が
この世界の創造性そのものになり始めた。
 そこでモードの世界で具現化されたこととは、「女らしい男」と「男らしい女」というCAMP
な性的ゾーンへのアプローチである。
 よって、考えられるのが、前述した、
『 ユニフォームをどれだけエレガンスに、コスチュームをどれだけユニフォームに、』
と言う新しいコンセプトである。これは今シーズンも過大な影響を残した。
 しかし、この傾向を多くのデザイナーが顕著に表したのは服のデザインではなくランウエーの
モデルのキャスティングであり、メイクやあのブランドの様に物議を醸し出したヘヤーデザイン
によるところが多かった。
 しかし、MIYASHITASOLOISTに登場したそのメインアイテムの”拘束服“からのトップスは
全く、「ユニフォームを美しく着れるエレガンスに、」創造されていたのは注目に値した。
 そして、このような時代になると、メンズ・ファッションのメインアイテムである“カジュアル
スポーティウエアー”はより、着る人間の豊かさが渇望するまでのニュアンスを考慮した、
”コージー・ウエアー“と言う新らたなカテゴリーが考えらる。
 或いは、「ニュアンスのユニフォーム」とでも呼べるあらたな「ユニフォーム」の世界が
このメンズの新しさを創造始めた。
 
 4)私視点ー2;
 今シーズンにおける、所謂「トレンド」の代表の一つに、「グラフィズム」がある。
 「素材感+オーバーサイズ+レイアード+パッチ・ワーク+グラフィズム+ZAPPING」が
挙げられるトレンドだったが、中でも特に、目立ったのはそれが分かり易いからであろうか、
“グラフィズム”はいろんなデザイナーがその趣を凝らしていた。
 中でも、僕の印象では、UNDER COVERのとCdG H.P.のグラフィズムが世代間相違の
良い例になろう。
 先ず、CdG H.Pはこのブランドらしさを演出しただけで、何も新しさはなく、無難なビジネス
を過度に考慮したの範疇のグラフィズムであった。その根幹に80年初めにミラノで一世を風靡し
た“メンフィス・デザイン”とそのバリエーションでしかなかった。これでは若い世代は彼らの
無知も含めて新鮮にも伝わらないし、僕たちの世代からはもう使われすぎて古い感じしか残ら
なかった。ただ、”CdG H.Pらしさ“と言う範疇のコレクション。むしろ、コレクションで印象に
残ったのは、未だ短めのパンツ丈とそこから覗かせた“ソックス”だった。スニーカーが下火に
なってきた昨今では、僕の好きな古いタイプのソックスが復活しましたね。
 それに比べれば、UNDER COVERのグラフィズムは素晴らしかった。そして、上手かったし
新しかったと言える。
 ここでも「古ぼけた近代」を蹴落として、あえて、白人世界へ挑んだ彼の「YELLOW MIND」
に拍手。中でも、彼の今回のコレクションで見せたジョニオくんが全てを手掛けたグラフィズム
観は白人世界も含めた“ミレニム世代”にはたくさんの「共通言語」を与えた。彼らたちは、
「ゲーム世代」でもあるからだ。当然“漢字”を使ったグラフィズムである事、読めない漢字を
彼らたちのゲーム世代に共有するグラフィズムに仕上げられている。
結果、これはCdG H.Pのそれとは大いに差異がついた新しいものとなった。
 CdG H.Pブランドも日本ブランドとされているが、現在のように極論すれば、派手さと
「ユダヤ人ウケ」を狙ったデザインコンテンツが今後、どこまで通用するか?僕は疑問に感じて
しまったシーズンであった。
 もう、CdG H.PやJUNYA-MANそれに、RAF、L.V.、O.W.では無い、UNDER COVERや
MIYASHITASOLOISTという“YELLOWなオタク”メンズ・デザイナーの時代到来と感じた。
文責/ 平川武治; 

投稿者 : editor | 2020年02月23日 23:41 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

MIYASHITASOLOISTのショーに撃たれた衝撃という快楽。

ーーー「本当は、もっと早くに書けていた原稿だったのに。」
「MIYASHITA THESOLOISTのショーに撃たれた衝撃という快楽とは、
ーーー”今日も楽しい道化仕事。“」

 ー「かまって欲しい。」;
 『 “生きもの”は全て、
「かまって欲しい」と言う
欲望あるいは、願望を持っている。
その生が激しいものだけに
あるいは、激しく生きるのもだけのに許された
強欲でもある。
そして、この究極は、
「温もり」を求め、“愛”というこゝろの有り様に
行き着くだろう。』

ーーーーーー
僕の私生活。
今、年老いた猫と共棲生活を
させてもらって、もう10ヶ月ほどになる。

共棲生活で知った事は
「かまって欲しい」がために
生きていると思わせるまでの日々の彼女である。
多分、彼女は「人間に成りたがっている猫」なのであろう。

飼い主を喪った経験からか
「孤独」と「危なさ」言う時間が長かったからか
身についた生き方なのであろう。
何しろ、彼女は、
「かまって欲しい」珍らしい猫なのである。

ーーーーーー
『ジョーカー』と言う映画があった。
主人公、アーサーの人間味の根幹は、
「かまって欲しい」人間が
世間で生きようとしたが為に、
“ニヒリズム”と言う快楽を感知したと読んだ。

「孤独」と「寂しさ」は違う。
その差異の根幹は人間が持つべき
“自己の強さ”でしか無いだろう。
あるいは、その求め方が違うのであろう。

「孤独」は自らが自らを求める。
「寂しさ」は他者に自らを求める。
そして、「孤独」は“繋がり”を生み出すが、
「寂しさ」は“群がり”を生むまでしかない。

ーーーーーー
それは
「ドア」の外、
「白い耀き」。
あの“ラストシーン”が
プロローグで始まった、
“MIYASHITA THESOLOIST”のランウエー。

とてつもなく、せつないが
それ以上に優しさというロマンティズムが
風のざわめきのように
人間に纏いつきながら漂う。

「かまって欲しい」人間が発する
“美意識”とはこんなに儚く、切ないものなのかと
人生における、
一度限りに見せる想いと覚悟。
全てに、細やかな神経と湿りまでも触れる
優美過ぎたショー。

“The life is comedies.”
”ファッシズム”が
ヨオロッパに台頭し始めて来た‘30年代初め、
C.チャップリンの言葉が
繊細にそして、このデザイナーの拘りが
白という空白に
市川孝典と共に手掛けたグラフィズムが
燻し銀に仕上げられる。

「世間」と「病院」という関係性。
或いは、「仮面」と「ユニフォーム」という関係性。
ー “The mental illness。”

拘束衣という”白衣“と拘束手袋たち、
“自由”を封じ込めるための衣装具。
或は、“自由”を目覚めさせるための衣装具。
解体されて生きながらえるであろうベスト
そして、ソックス。

ジョーカーがこゝろに携えていた
アイロニックな「黒い薔薇」或いは、
オマージュとしての「黒い薔薇」。
そして、アイライン。

これらを丁寧に
敢えて選んだ MIYASHITA が欲する“ニヒリズム”が
綺羅りと。
その耀きが一瞬にして、
彼の美意識と願望を魅せるまでに
煌めいたコレクション。

「 “ユニフォーム”をどれだけ“エレガンス”に!
“コスチューム”をどれだけ“機能美”に!!」

MIYASHITA はこの現代の価値観を確りと掴んでいる。
綻びて来た「近代」と言う時代性に
”Don’t serious“と投げかける。

ーーーーーー
“My life is joking” と生きている僕。
僕は”人間“になれるのか?

現代のような時代、
「安全のファッシズム」或は、
「キャンプなファッシズム」な世間は、
多くの人間の願望に、“ジョーカー願望”があるだろう。

貧しさ故の「願望」と、
富を持ち得たが故の「ジョーカー願望」。
この現代社会を玩んでいる現実は後者たち。

「何が真実」が解らなくなって
「真実っぽさ」だけが充満してしまた
この“世間”という現世は、
決して、誰もマジに「かまってくれない」。
 「今日も楽しい道化仕事。」』

P/S;
“ People expect you to behave as if you don't ”

ーーーーーー
「余談らしきもの、」
僕が「ジョーカー」を見てわかった事、
「母一人、子1人」というミニマムな家庭。
アーサーの育ちが同じだという事。

僕の青春には
こんな幸せな時があったのだ、
「左には道化者。
右には厄介者。
真ん中に挟まれた俺たち。」(70年代のソング/挿入歌の一つ。)

今の僕は、
「落ち葉は風を恨まない。」(座頭市より。)

 「おわりに、」
 僕の不祥事でこんなに遅れてしまった原稿、
宮下くん、すみません。
 時間が経って、想い出すほどに、本当に、美しい時間だった。
選ばれた空間と演出された空間も、音楽の選曲も、コーディネートのエレガンスさも、
僕には、全てが“SUPER COOL !!”であり、
確実に、世界は新たな日本人デザイナーを認めたであろう、ありがとう。

 巴里でIPadが故障し、頭脳が止まり、
伯林のクラブ『Berghain』での数時間で
脳味噌は完全に蕩け、時間も止まってしまったが、
 “世間”の時間は止まらず「不確実な事」がいつものように、
メディアによって「真実っぽく」煽られ拡大している。
 「コロナウイルス」。
誰も未だに、「確実な事」が判っていない、「真実」が語られていない。
 誰かが、「これはテロである。」と叫ばない!?
「ジョーカー」に憧れるが、
誰も、「ジョーカー」にはならないという真実が時代性???

合掌。
文責/ 平川武治;巴里ー伯林ー鎌倉ー巴里:

投稿者 : editor | 2020年02月20日 00:47 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

『 The Club BERGHAIN in Berlin.で彷徨う。THE HAPPY CHAOS !! 』

『 ベルリンのクラブ “The Club BERGHAIN”彷徨記。』

 このクラブ “BERGHAIN”は世界で最もその存在価値を耀かせているベルリンならではの
“Super Extra Cool”なクラブである。
<https://www.berghain.berlin/en/>

“People seek their respective hedonism.”
/29th. Jan. ‘20:

『 この中は
一つの大きな街。

無機質で無表情な空間。
かつては人間が生活の一部が
営まれていた空間とは思えない深い空間。
そして、自らを映し出す術のない空間。

絶え間なく続く激しさの一つのリズムに
委ねられた波動は身体をより捻るが如く
ただ、身体を液状化する。
かつての音は耳が機能したように
ここでの波動は内臓を機能する。

その存在を保って、個人主義者たちが、
自由を求めて本能のままに
自分たちが欲するリアリティをつくる。
ここではヒエラルキィがない、
虚飾がない、
仮想空間でもない、
SNSもない、
繋がらない、ここだけの世界。

ここにはファッションはない。
外の世界のあるべきものとしての
虚飾なるファッションの世界は皆無。

この空間では、ファッションとは皮膚&スキン。
かろうじて、選ばれて身につける一片だけが
ファッションと呼ばれるもの。
自らが見せたい自己、
自らが隠したい自己。
そのための究極のミニマリズムが
この世界でのファッション。

彷徨い疲れた個人主義たちは、
持ち得たと思う自由を術に、
より、真淵なる
それぞれの自由を求め探すために
この世界へ辿り着くのであろうか。
或いは、旅発つのだろうか?

究極なる自由とは
それぞれが求める快楽?
あるいは、ここでしか求められない自由、
それが快楽, ”HAPPY CHAOS”.

人間はそれぞれの属性を求める。
それは国籍ではなく、民族でもあり、
寧ろ、生き方に由来し始める。
彼らたちの生き方の最終レベルには
それぞれが求める、快楽がある。

モードの最終的行方も
この“快楽”にたどり着く。
「快楽のためのユニフォーム」という
古くて、新たなカテゴリーが生まれる。
生殖感覚が研ぎ澄まされる。

ただ、自分たちが探し求める自由のための
人はそれを快楽と呼ぼうが、
快楽のカテゴリーに対してのユニフォームが
今後のファッションの根幹。

全く、このTHE BERGHAINは、存在するメトロポリス。

とにかく、すごかった!!
新しいもう一つの国を見たような、
僕は少年のような老人になってしまった。 』

***
“People seek their respective hedonism.” 
/ 29th. Jan. ‘20:

“ In this
 One big city.

 An inorganic, expressionless space.
 In the past, humans were part of life
 A deep space that you can't imagine as if it had been run.
 And there is no space to reflect yourself.

 One rhythm of incessant intensity
 The entrusted wave will twist your body more
 Just liquefy the body.
 The old sound was like the ear worked
 The waves here function the internal organs.

 In keeping with its existence, individualists
 Instinct for freedom
 Create the reality you want.
 There is no hierarchy here,
 There is no fake,
 Not a virtual space,
 No SNS,
 A world just here, not connected.

 There is no fashion here.
 As what the outside world should be
 There is no fancy fashion world.

 In this space, fashion is skin & skin.
 Barely, only one piece selected and worn
 What is called fashion.
 The self that I want to show,
 The self that you want to hide.
 The ultimate minimalism for that is
 Fashion in this world.

 The wandering and tired individualists,
 Using the freedom you think you had,
 More deep
 To look for each freedom
 Will we get to this world?
 Or will you leave?

 What is ultimate freedom?
 The pleasure that each seeks?
 Or the freedom required only here,
 That's pleasure, "HAPPY CHAOS".

 Humans seek each attribute.
 It's not a nationality, it's a nation,
 Rather, it begins to derive from a way of life.
 The final level of their way of life
 There is pleasure that each seeks.

 The final destination of the mode
 We reach this "pleasure".
 "Uniform for pleasure"
 Old and new categories are born.
 The reproductive sensation is sharpened.

 Just for the freedom we seek
 People call it pleasure,
 Uniforms for pleasure categories
 The foundation of future fashion.

 Indeed, this Berghain is a metropolis that exists.

 Anyway, it was so cool & amazing !!
 Like seeing a new country,
 I have become an old man like a boy.  "
/ By Taque.HIRAKAWA:

※後記;
    この衝撃の体験から数日後、僕は76歳の誕生日を迎えた。
この75年間、こうして健康で僕の好きな世界に身を委ねられ、生きてこられた僕の人生と言う
“リアリティ”とは多くの人たちの優しさと愛によって助けられ、支えられ後ろを押して頂いて
来た“不連続の連続”と言う恵まれた時間の流れと関係性の繋がりの賜物でしかありません。
 改めて、この誕生日という記念の日に皆様に感謝と御礼を申し上げます。
そして、僕は先日のベルリンでのこの“The Club BERGHAIN”へゲストで連れられ、
彼のガイドで異空間を彷徨った経験を新たな歳の始まりの儀礼として
今後への” The force of Curious Chaos“として、こゝろに残し、
母が生きれなかった時間を自分らしく豊かに生きたいと誓うのみです。
合掌。
平川武治:

※ Postscript;
 A few days after this shocking experience, I reached my 76th birthday.
The life I have been able to survive and live in my favorite world for the past 75 years
"Reality" is helped by the tenderness and love of many people, supported and pushed back
It is only a gift of the connection between the blessed flow of time and the relationship that has come.
 I would like to thank and thank everyone again on this anniversary of this birthday.
 And I was taken to this "The Club BERGHAIN" in Berlin the other day as a guest
and with him.
 I want to leave the experience of wandering in a super cool space as a ceremony of the
beginning of a new age as “The force of Curious Chaos” in the future,
and to leave the time when my mother could not live richly like myself I only swear.
Gassho/ The Deep Prayer.
Taqueji Hirakawa:03 Feb. ‘20:

投稿者 : editor | 2020年02月11日 22:01 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

UNDER COVER, 三十周年目のコレクション、”動き! 蠢き!! そして、創生!!!“。/其の一:

『 ”動き! 蠢き!! そして、創生!!!“した。』

 “caught in wretched obsession in this world of carnage from past to present.”
「それ執心の修羅の道、昔も今もかわりなし。」

「 30年間も続けて来た者だけが発せられるこゝろである。
60回以上のコレクションを創生して来た当事者しか持てない覚悟である。
そして、自ら生きてきた時間の2/3をすでに費やしてきた
人間しか想う事ができない念いでしかない。

その、こゝろと覚悟と念いがコレクションとなって昨夜、演じられた。

彼、高橋盾とそのチーム、“UNDER COVER”だから持ち得た
“リアリティ”と“関係性”によって成されたコレクションだった。
新たな“魂”を見せてくださって、
ありがとう、ジョニオ君。
ご苦労さま、”UNDER COVER”。

彼もやはり、既に
白人至上主義の元に構築された「近代」と言う時代のパラダイムが
完全に綻び始めているリアリティを感じてしまっている
未だ、多感繊細なる独りの日本人である。

嬉しく、震え、僕の内なる”YELLOW”が歓喜した。
30年という彼しか持ち得なかった、時間、
記念すべきリアリティに
このような、”こゝろと覚悟と念い“溢れるコレクションを為した
彼へ畏敬の念を感じた。

高橋盾は
”動き! 蠢き!! そして、創生!!!した。“
次なるに迎える「シン・近代」の彼方を、、、」
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年01月16日 16:36 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

「補足版/[ Homo Deus ] 新たな「近代」を念い、考えるために。」

『 [ Homo Deus ] 私的読書感と共に、』をより、理解していただく為に、
「近代」がどの様にほころび始めてきたかをモードの世界はどの様に捉え始めたか?を論じる。


 僕は唐突に同じ著者の1冊、「ホモゼウス」を紹介し、この本を叩き台として
僕が危惧する今後の“近未来”の世界が、「近代」と言う時代の“パラダイム”では、
もう全てが、政治、経済そして、民主主義と地球環境危機と気象危機それに、富の格差や人口
減少化などの現代社会が持ち得てしまった諸問題が既に現実になりつつ、諸限界に達している
と言う視点をモードの世界の最近の変化から読み込んだのがこの補足版、『[ Homo Deus ] 私的
読書感と共に、』である。

*はじめに、/
日本では昨秋に翻訳本が出版された、2冊の本を紹介しておこう。
2015、16年に出版された「サピエンス全史」(上下2巻)と「ホモ・デウス」は(上下2巻)は
最近では珍しくヨオロッパにおいて三十万部を越えるベストセラーを記録した本である。
著者は2冊ともユヴァル・ノア・ハラリで、彼は’76年生まれのイスラエルの歴史学者であり、
TEDでも喋っているし、「サピエンス全史」はNHKでも特番が組まれたから既に、既読された方
も多いであろう。
 僕は「ホモ・デウス」に興味を持ったが、やはり、「歴史家」という傍観者が書いた情報量
満杯の「データー至上主義」に未来を委ねたい白人が書いたとても乾いた、“近未来歴史書”と
いう印象は免れなかった。
 世界でも、「近代」と言う時代が既にほころび始めてきた事を容認する人たちが増えて来て
いる。今春、ひょんなことから鎌倉の自宅を訪れてくれたトム・サックスと話した折も最後は
この話題になり、彼はもうすでに綻びどころか、破れ始めていると言う旨のことを話して帰って
いった。きっと、彼も、このハラリの本を読んだのであろう。(?)
 「近代」の次なる時代とはどの様な時代が到来するのか?その時の「人間の存在価値とは?」
あるいは「人間の役割とは?」または、「人間らしさとは?」に疑問と想像を求める迄も無く、
アルゴリズムとテクノ宗教を信仰する「白人至上主義者」の一人が書いた本である。

*モードの現在に眼差しを置くと、/
ほころびて来た近代のルールとシステムを未だに根幹にした現在の行為は今後変わらず所詮、
「上塗り」作業でしかなく、世界を変えるまでの新しい世界を生み出すシステムでは無い。
ここでは、ただのヴァリエーションを増やすだけの世界。ということは、無駄と複雑さを蔓延
さすだけの行為。そしてここでは、彼らたちしかこの「近代」構造システムによって得られる
「利権/ライセンス」或いは、「コラボレーション」を発展増長するだけの世界でしょう。
最終的にはこれら「利権」を持っているものが一人勝ちしている世界でしかない。
 そして、そんな彼らたち、その多くは「ラグジュアリィ・ファッションビジネス」でこの世界
をリードしている白人社会は、ここに「文化度」を付加・構造化するために、モードの世界も
新たに「FOUNDATION・BUSINESSES 」の世界を構築してしまいましたね。
 ここでは売れなかった「在庫」も選ばれて、諸サンプルズを自社内で保管しておくことより、
保管場所を変えること即ち、「FOUNDATION」を設立しここで保管すると言う手法ですね。
 ここには、ブランドビジネスの根幹である、「イメージ」+「来歴」によって全く、「新たな
価値」が生まれると言う手法を見つけ出したのです。
 この手法は何も全く新しくはなく、むしろこの手法も彼ら、白人至上主義者たちが「近代」を
構築した際に生み出した、「アートビジネス」が根幹でしょう。
「ないものを、あるように見せかける」為の仕組みと装置を構築し、「ないもの」から付加価値
と呼ばれる“価値”を生み出す装置である。このビジネス構造の根幹は「文化は武器である」と
言うまでのある種、白人文化至上主義者たちの予見の見事さが功を生み出した強かなビジネス
モデルの世界です。僕がよく言っている、“The fashion is always in fake.”が根幹だからです。

*オークションハウス「サザビーズ」の場合或いは、これからの“ブランドビジネス”の
新しさとして、/

 例えば、あのアート・オークションを商っているご存知「サザビーズ」は、80年台代はじめに
アメリカの不動産業で富裕層に成り上がったアルフレッド・ドーフマンが買収しその後、彼の
新しいアイディアによって、現代のような「アートビジネス」構造が構築されたと言う事実を、
日本でも、昨今のアートキュレターと称している輩たちはどれだけ彼の事を知っているか?
 それまでの「絵画作品」はその殆どが「骨董商」的商い手法で、古い「ファイン・アート」と
称される絵画を発掘品と宝石装身具と室内装飾品類を骨董商よろしく、商っていたこの商売も
例に漏れず、「関係性ビジネス」です。その後、この世界をオークション方式を採用して商って
来たのが「旧・サザビーズ」。そして、買収後の「サザビーズ」のA.ドーフマンによって現在の
規模と構造とシステムに生まれ変わった。当然ここには新たな商材としの「現代アート」と言う
分野がパリから、‘68年以降のN.Y.C.へ移って来たことも由来しているでしょう。
 ここで、この当時ロンドンの「サザビーズ」を買収して、新たな「アートビジネス」を構築した
A.ドーフマンが成した新しさを紹介しよう。ここには、現在の「ラグジュアリィ・ブランド
ビジネス」の新たな行方が読み取れるからです。多分、LVMH社のM.アルノーは彼から多くの
知識を学習したのであろう。
 まず、彼が幾らで「サザビーズ」を買収したか?
その買収価格は1億3900万ドル(当時のレートで、)でした。
 そして、彼が自分の会社になって為したこととは、これまで排他的だった美術市場へ新規参入
者たちをウエルカムし始めた。当然、この世界は先にも述べた、「関係性」が信条のビジネス
だからです。
 しかし、彼はそれまで、閉ざされていた”顧客の窓“を開いたが、決して「玄関戸」は変わらず
閉じている。そして、新たな、美術品投資家を開いた窓から入ってくる作家とともに、新たな
顧客層として育成化した。その根底に彼は、芸術を商う事も、“小売店で扱う日常の商品の一つ
と見なしていた”と言う。
 そして、具体的に彼がイノヴェーションした事とは、
1)資金融資システム
2)保険システム
3)修復、保管等のサービス & システム
4)メセナのためにスタッフたちをアートに関心のある企業への派遣システム
5)オークション前の“下見会ツアー”システム
6)宣伝、キャラバン等のプレス広報活動
 これらが代表とされた改革事項であった。結果、美術市場を”ブランド化”させたのである。
彼が目指した、”ブランド化“とは、「商品/モノ」と実際の価格の関連性をいかに、世の中に
強く定着させるか?そして,新たな”価値”を生むこと。その為には、"Provenance/”来歴”という
作品のアイデンティティをリアリティ化する事であり、その役割とプロセスが大切な機能となる
ことを読んだ強かさな発想であろう。
 “Provenance means the origin or history of something.”by John Myatt:
このアートビジネスの世界では、”絵画作品“の所有権の移転歴が作品の価値を生む最も重要な
ファクターであることの事実を認めた上での、” 移転歴連鎖記録“の作成に務めた。
 ”来歴“とは、『画家のアトリエから美術館へ、オークション会社からコレクターへ、絵画が
どのように動いたのか、その軌跡を明らかに示す一連の書類―受領書や送り状、手紙展覧会の
図録―と云ったものが事実上の作品の芸術的価値を構成する。その年記の中に著名なギャラリィ
やコレクターが仲介していた事を記録出来ればいい。作品の名声は作品自体の質だけに基づく
のではなく、その血統によっても決まってくる。』これが彼が構築したロジックな”来歴”論で
ある。そして、コレクターの心理とは『その絵画が持ち得た”神話”の一部を共有する事に優越感
を持つ事である。』と、読む。
 では、美術館の仕事とは、その一つは、作品の展示展観。即ち、プレゼンテーション&
プロパガンダ。そして、教育と保管管理と作品の情報制作とその管理と広報である。
 それに,美術館のもう一つの重要な仕事として,“来歴”の作成がある。この”来歴記録リスト“
の作成と保管する人が、立場の高い「ARCHIVIST/アーキヴィスト」と呼ばれる人たちである。
 結局、彼、A・ドープマンが為した根幹とは、「美術の世界での3つのポイント」を熟知した
教養と経験値が現在の「サザビーズ」をイノベーションしたのである。
 その3つとは、「1)敷居の高さへの挑戦。2)価値/ヴァリュウ。3)流動性。」であろう。
これらは、”窓を開けて新たな空気を入れ替える“ことに他ならないだろう。
ただし、「玄関ドアは閉めておけ!!」である。(これはユダヤ人しかわからない。)
 さて、これでお解りであろう、モードの世界はもう既に、この「アートビジネス」の一端が
「ラグジュアリィの世界」へも押し寄せて来た現実。90年代も終わりから、プラダをはじめ
とした各ラグジュアリィ・ブランドの“ファッション・ファウンデーション”の設立がここ10年間
ほどのファッションビジネスの新しいリアリティである。
 自分たちが選んだアーカイヴスはメゾンで保管していればそれらは全て、課税対象となるが、
“別棟”を構築してそこで保管すれば、課税対象にはならず、むしろ、新たな価値が生まれる。
その選ばれたアーカイヴスの価値は先述の「アート・ビジネス」に寄り添えるまでの価値を
生み出す。そして、昨今のSNS機能を駆使すれば、アーカイヴスの“来歴”が飛び交い”流れる“。
と言うことは、「美術の世界での3つのポイント」がクリアー可能な構造なのである。
 例えば、より具体的な仕組みでは、昨今の「コラボレーション」と言うビジネス形態である。
どこのブランドと“コラボ”をしたということが“来歴”となって、そのデザイナーブランドの“名声
=価値”が創成される。ここにもユダヤ人特有の「関係性ビジネス」の根幹が漂っている。
 ここまで書くともう,お解りでしょう。
今後のモードの世界もこの方向性が必然性を持って来ます。
そうです,“ARCHIVES"の世界をどのように"PROVENANCE"して行くか。
 ここで,モードの世界にも”ARCHIVES”を記録し,それを管理活用して行く ”ARCHIVIST
/アーキヴィスト”という新たな役割が必要になるのがこのモード産業の近未来でしょう。
 未だ,日本のファッション産業は“市場”構造でしかありません。
作られた鮮度のあるものをその賞味期間中にどれだけ売り切るか?そして、後は,見切り、
セール販売にかける。この繰り返しですね。
 今、この”アーキヴィスト”に近い実ビジネスを始めたのが、青山にあるヴィンテージショップ
でしょう。ランウエーでそのシーズンの「壁紙」になったデザイナーモノのオリジナルをネット
や古着屋からかき集めてきてそれなりの高価な値段をつけて「リース&セールス」と言う商いを
始めています。パリからのそのレベルのデザイナーたちが東京へきたら訪れるこの手の”有名店”に
なっています。例えば、ヴァレンシャガアのデザイナーが探していたものは90年代までのM.M.M.
モノ。これらのオリジナルがここでは買えると言う迄のビジネスです。
 この商いの新しさは“ アーキヴィスト”的でしょう。
ここで,やはり,“モードビジネス”ということを新しさとして考える必要がありますね。
デザイナーは誰でもがなれる時代性になってしまった、この「近代」の崖っぶち現象の一つで
しょう。

※[Adolph Alfred Taubman /アルフレッド ドープマン:A&Wオーナー/(born January 31,
1924): American real estate developer and philanthropist.
Taubman bought the ailing British auction house, Sotheby's, in 1983.]
参照/https://en.m.wikipedia.org/wiki/A._Alfred_Taubman

*ファッションの世界も「近代」という時代の産物です。/
 1832年にミシンが発明されファッションの産業化が促進発展した。(シンガー1号は1850年に
開発された。)その現実は「男性」と「女性」という二項対立の世界観をこのファッションの世界
でも確立し、社会的存在価値を尊ぶ「男性」世界と”求められる女性観“がその存在価値である
「女性」世界にモードの世界もそれぞれの領域を築き、「Femme Objects」を根幹として
「進化・発展」を「近代」という時代の表層を被覆化して来たのがヨオロッパにおけるモードの
世界でした。
 20世紀も終わりの15年ほど前に初めて登場した、“ジェンダー論”と当時の「GAY」たちへの
讃歌をこのモードの世界も歌い始めたが、その現実の「男性」服と「女性」服の関係性は事実上
現在まで変わらず依然、「メンズ」&「レディース」というカテゴリーで展開されて来ている。
 しかし、最近のモードの新しさとは、ここ数シーズン来、社会的に問題化され始めて来た
「ジェンダー/Lgbti」を新たな顧客として意識しイメージングにも取り扱われ始めたことです。
これは従来からの「男性」と「女性」の性的カテゴリィーが崩れ始め、新たな“ゾーン”が認めら
れ始めたという“新しさ”でしょう。
 気がつくと、「男性」と「女性」の間に、「GAY & LESBIAN」が参入しそして、現在では
その“グレーゾーン”であった性的ゾーンそのものが社会的な衆目を浴びるまでに至り、「男性」
と「女性」の中間ゾーンを新たなモードの領域とした創造性が現れ始めた事です。
 「男性」モードは、「ユニフォーム」(スクール、スポーツ、ミリタリー、ワークスそして、
ホワイトカラー)というカテゴリィーであり、「女性」モードは「コスチェーム」(民族衣装、
歴史衣装と舞台衣装)というカテゴリー でその“2項対峙”のバランスを図って来たのが現在までの
「モードの近代」の根幹でした。
 しかし、先シーズンのパリ・メンズコレクションに於いてもこの「ユニフォーム」と
「コスチューム」がビミョーに重なり始めました。
(この好事例はやはり、「CdG H.P.」のオペラ”オーランドの衣装“コレクションでしたね。)
そのコレクションにおける現れは、アイテムやコーディネートそして、使われる素材そして、
後加工としてのプリント、イメージングとしてのヘヤーやメーキャップに顕著に”新しさ“を
コレクションでランウエーさせたのが昨年の6月のパリメンズ F.W.のランウエーの楽しさでも
ありました。
 この、“「ユニフォーム」と「コスチューム」がビミョーに重なり始めた”ことによって,
先シーズンのパリは、僕は「ニュアンスのユニフォーム」と「キャンプなコスチューム」という
新たなボキャブラリィーを創出した程です。
 従来は、「ユニフォーム=機能性」と「コスチューム=エレガンス」の世界でしか無かった
このモードに新たに、「気分やニュアンスのユニフォーム」と 「ビミョーな存在感ある=CAMP
なコスチューム」という発想が幾人かのデザイナーたちのランウエーから感じ取ることが出来、
それそのものが面白く、新鮮さが感じられたのです。
 ここでのMD的発端はその数シーズン前から白人たちがイエローに続く新たな顧客として、
“黒人”たちを自らが呼び込んだ事でこの現代の表層の新しい動きはより、その可能性が広がり
モードの世界は素早く“黒人”たちと“GENDER”たちを両方味方にし、「時代の壁紙」としての
“CAMPな新たなマーケット”戦略が生まれたと読める。こもう一つ、の流れを素早くクールに
仕掛けたのが、ブランドLV.だったことで余計にその流れに勢いがついたのが現在のパリ。
 もう一つ、僕はこの新しさは、「近代」そのもののある根底が中和・溶解され始めた証と
感じ、「近代の終焉」が 近づき始めているという視点をも改めて感じたのです。
 
*おわりに、/
 しかし、モードの世界は常に、“逃げ足の早い”世界です。いわゆる、時代の「壁紙」をデザイン
する「壁紙デザイナー」とは、「はったりと逃げ足の早さ」のタイミングの旨さがデザイナーの
身上、良し悪しを決定していることも確かです。
 故に、彼らたちは、まだ「近代」のパラダイムの中でただ、時代の表層の「壁紙」を張り替え
「近代」の綻びを繕う作業を繰り返すだけなのかあるいは、根幹から「近代」を創生する作業
例えば、「縫わなくてもいい服」や、「サスティナブル/シリカル」をチョイスするのか?
或いは、これらが“共生“された世界を求めるのか? 
 これらの処方の選択は、持ち得た生活のリアリティを服作りの根幹にして、自分の世界観と
倫理観ででブランドをディレクションしてゆく、新たな「ファッション・ディレクター」に
委ねるのか、自分が気になる探し求めたイメージやSNSによって服作りを変わらず繰り返している
「ファッション・デザイナー」に未だ、委ねなければならない世界なのか?
このモードの世界の現在点は、例えば、現在世界の幾つかの都市、香港やパリで起こっている、「終わらないデモ集会」と言う”リアリティ“がやがて、”イメージによる政治体質“を変革させ、
「近代」のパラダイムが、これからの”地球との新たな「関係性」“を構築すると言う迄の世界観
に通じるのか?
 僕が見続けてきたこの35年のパリモードの世界はこのような視点からは然程、変化がない、
変わらず閉ざされた世界だと言うことでもありますね。言い換えれば、モードの世界の「進化」
とは、新たな創造性が消滅し始めたためにその速度が年々、スローになって、「昨日が新しい」
という迄の世界で戯れているのでしょう。
 「次なる近代」のモードの、その作り手とは「A.I.」たちに着せる服をデザインする輩たちが
斬新なデザイナーと言うまでの世界なのでしょうか⁉️
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年01月15日 08:31 | comment and transrate this entry (0)

article(129)

[ Homo Deus ] 私的読書感と共に、新たな「近代」を思い考えるために。−第二部/

[ Homo Deus ] 私的読書感と共に、新たな「近代」を思い考えるために。
第二部;
初稿/令和元年八月:
参照/「ホモ・デウス(下)ーテクノロジーとサピエンスの未来」/著名;ユヴァル・ノア・ハラリ
(株)河出書房新社;2018年発行/

 *とはいえ、本書を締めくくる第三部では、
この人間至上主義の夢を実現しようとすれば、新しいポスト人間至上主義のテクノロジーを
解き放ち、それによって、ほかならぬその夢の基盤を損なうだろうと主張することになる。
 人間至上主義に従って感情を信頼したおかげで、私たちは代償を払うことなく現代の契約の
果実の恩恵にあずかることができた。
 私たちは、人間の力を制限したり意味を与えてくれたりする神を必要としない。
消費者と有権者の自由な選択が、必要とされる意味を全て提供してくれるからだ。
 それならば、消費者と有権者は断じて自由な選択をしていないことに私たちがいったん
気づいたら、そして、彼らの気持ちを計算したり、デザインしたり、その裏をかいたりする
テクノロジーをいったん手にしたら、どうなるのか?
 もし全宇宙が人間の経験次第だとすれば、人間の経験もまたデザイン可能な製品となって
スーパーマーケットに並ぶ他のどんな品物とも本質的に少しも違わなくなったときには、
一体何が起こるのだろう。

 *個人主義と人権と民主主義と自由市場という自由主義のパッケージに支配されている。
とはいえ、二一世紀の科学は、自由主義の秩序の土台を崩しつつある。科学は価値にまつわる
疑問には対処しないので、自由主義者が平等よりも自由を高く評価するのが正しいのかどうか、
あるいは、集団よりも個人を高く評価するのが正しいのかどうかは判断できない。
 一方、自由主義も他のあらゆる宗教と同じで、抽象的な倫理的判断だけではなく、自らが事実
に関する言明と信じるものにも基づいている。

 *そもそも「欲望」を選ぶことはできるか?(P-106)
私は自分に欲望を選ぶことは出来ない。欲望を感じ、それに従って行動するにすぎない。
魂など存在せず、人間には「自己」と呼ばれる内なる本質などないことを一旦、受け入れれば
「自己はどうやって自らの欲望を選ぶのか?」と問うことに意味なさなくなる。
「本当に生き物に自由意志がないならば。」生き物の「欲望」を操作し、意のままにさえできる
可能性がある。
 より、日常的な自由主義の目標を達成するためにも、自分の脳内の電気回路を操作する
だろう。人は外部から気を散らされて、自分の最も大切な真の欲望に気づき損ねることが多い。

 *「思い出」を消去できるシステム。(P-123)
私たち人生における重大な「選択」ーパートナー、キャリア、住まい、休暇などの選択の大半は
物語る自己が行う。
 経験する自己と物語る自己は完全に個別の存在ではなく緊密に絡み合っている。
物語る自己は重要な原材料として私たちの経験を使って物語を創造する。すると、その物語が
経験する自己が実際に何を感じるかを決める。自分を物語る自己と同一視する。
 私たちが「私」というときには自分がたどる一連の経験の流れではなく頭の中にある物語を
指している。
 自由主義の疑わしい信念は、私たちが生まれてから死ぬまで変わることのない単一の
アイデンティティがあるという感じを常に維持することから生まれている。

 *国家や貨幣や神と同様に自己もまた想像の物語である。
自分の見た映画や、読んだ本、耳にした演説、耽った白日夢と混ぜ合わせその寄せ集めの中から
自分が何者でどこからきて、どこへ行くのかにまつわった物語を織り上げる。
 この物語が私が私に、何を好み、誰を憎み、自分をどうするかを命じる、すべてただの物語に
過ぎない。

 *それならば、人生の意味とは?何なのか?(P-130)
自分に自由意志を使って自分の人生ばかりではなくこの世界全体の意味を生み出すべきなのだ。
現代の自由主義者たちは、個人の自由な選択が人生に意味を与えてくれると信じているが、
どちらも同じような妄想でしかない。(=映画「アギーレ、神の怒り」もそうだった。)
 「個人の自己は幻想である。」

 *「宗教的信念と政治的制度の全く新しいパッケージが必要になる。」
民主主義と自由市場と人権は今後の、テクノロジーによって個々の人間に自由意志など全く
許さない時代にどのように生き延びられるか?

 *二十一世紀の後半には、一人一人の人間が比類のない価値のある個人であり、
その自由な選択が権威の究極の源泉であるという信念は脅かされる。
(P-132)
・人間は経済的有用性と軍事的有用性を失い、そのため、経済と政治の制度は人間にあまり価値
を付与しなくなる。=従来の人間が持っている価値が変質する。
・経済と政治の制度は集合的に見た場合の人間には以前として価値を見出すが無類の個人として
の人間には価値を認めなくなる。=集団化>個人
・経済と政治の制度は、一部の人間にはそれぞれ無類の個人として価値を見出すが、彼らは人口
の大半ではなくアップグレードされた“スーパー”という新たなエリート層を構成する。=新階級

 *近代における「自由主義」が成功したのは、
政治的にも経済的にもそして軍事的にも、一人一人の人間が必然であり大切であったからであり
人間全員に価値を与えることが理に適っていたからである。
 すべての国民には等しい価値と等しい政治的権利(参政権)がることを認め、人々に政治的
権利を与えれば、動機付けや自発性が高まり、それが戦場と向上の両方で役立った。
 
 *女性に参政権を与えたことも同様である。
産業化戦争においては女性が不可欠な役割を果たすことに気付いた結果であった。(=日本の18
歳の参政権はこのルールによってなされた、政府の遅れてきた陰謀)21世紀の戦争と経済におい
ては男も女もそれぞれの価値が失われるからである。

 *戦争手段は極めてゲーム的にテクノロジーに一握りの専門家とアルゴリズムに委ねたものになる。
したがって、多くの人間は戦争に役立たなくなり、ただの盾的な役割になってしまった。

 *「経済」の領域でも、人権と自由を守るのは、
道徳的な義務であると同時に経済成長のカギであった。「経済と人権と自由」を自由化した国家
が戦争に勝利した。(=フランス、イギリスそして、アメリカ)

 *最近の専制君主国がクーデター後に行ったこととは
これらの自由主義化であった。その理由は道徳的理由ではなく、経済的理由からであった。
 
 *一般大衆が経済的重要性を喪失すれば道徳的理由だけで人権と自由が守れるだろうか?
新たなエリート層と政府は経済的な見返りが無くなった大衆の一人一人の人間を尊重し続ける
か?(今の中国を見ればいい。)

 *過去には人間しか出来ないことが沢山あった。
だが、これからの時代にはA.I.とP.C.が間も無くほとんどの人間の仕事で人間を凌ぐ可能性が強く
なると、人間は直ちに、経済的な価値を失う危機に直面する。
 なぜなら、知能が意識と分離しつつあるからだ。
今日まで、高度な知能は常に発達した意識と密接に結びついていた。より、高い知能を必要と
する仕事は意識のある人間にしか出来なかった。が、現在ではそのような仕事を人間よりも
はるかに上手くこなせる意識を持たない新しい種類の知能が開発されているからだ。
 これらは、総て、パターン認識に基づいた、意識を持たないアルゴリズムがこれらのパターン
認識を行い、人間の意識を程なく凌ぐからだ。

 *人類の歴史は、生物の進化は意識の筋道に沿ってのろのろと進んできた。
だが、非生物であるP.C.の進化はそのような流れをそっくり迂回してスーパーインテリジェンスへ
と続く全く別の早道を辿るかもしれない。

 *知識と意識では、どちらの方が本当に重要なのか?(p-138)
二十一世紀の今後では、軍と企業とにとっては答えは単純明快で、知能は必須だが、
意識はオプションに過ぎない。そして、人間の経験や多くの大衆たちの仕事を消去するだろう。
(参照/マターサイト・コーポレーション)(P-146)

 *21世紀の最も重要な課題は、
膨大な数の余剰人口と人員をどのようにするか?あるいは、彼らたちはどのように生き延びる
か?(P-147)

 *従来からの「農業<工業<商業<サービス業」という求人の流れが変わる。
機械よりも人間の方がうまくこなせることが常にあった時代、人間には身体的なものと認知的な
ものという2種類の基本的な能力がある。この身体的な能力の面だけ機械が人間と競っている限り
は人間の方がうまくこなせる認知的な仕事が多くあった。ところが、パターンを認知記憶そして
分析したりする点においてもアルゴリズムが人間を凌ぐようになると、何が起こるか?
・生き物はアルゴリズムである。あらゆる動物は膨大な歳月をかけた進化を通じて自然選択に
よって形つくられた有機的なアルゴリズムの集合体である。
・有機的アルゴリズムに出来ないことは非有機的アルゴリズムでは可能。

 *「心を持たないアルゴリズムが人間よりも上手に教えたり、診断したり、デザインをし
たり出来るようになれば人間はどうしたらいい?

 新しい世代のA.I.は人間の助言よりも機械学習を好む。

 *過去の人間はずーと、「専門化」を進化させて来た。
A.I.が人間を求人市場から締め出すには特定の職域が要求する特別な能力で人間を凌ぎさえば
良いことである。アルゴリズムが人間を求人市場から押しのけて行けば、富と権力は全能の
アルゴリズムを所有する、ほんの僅かなスーパー・エリートたち、大富豪たちの手に集中して
空前の社会的、政治的不平等社会を生み出し、新たな独占社会の可能性もある。(すでに一部の
世界では現実となりつつある。)
 また、アルゴリズム自体が所有者になるかもしれない世界、アルゴリズムが「法人」を所有
することも可能である。アルゴリズムは人間の主人の思い通りになる必要はなく、自ら巨大な
ベンチャーキャピタルファウンドを所有できる。

 *現在の地球の殆どは、既に、人間でない共同主観的なもの、すなわち、国家と企業に合法的
に所有されている。
(EX.土地はその国家が総て所有している実態。)
 産業革命によって、新しい労働階級が生まれ彼らたちの前例のない欲求と希望と恐れによって
誕生したのが都市プロレタリアートだ。

 *21世紀には私たちは新しい巨大な「非労働者階級」が誕生するかもしれない。
経済的価値や政治的価値、さらに、芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに
何の貢献もしない人々、ほとんどが雇用不能な「無用者階級」の登場である。
 例えば、2030年ごろまでには、例えば、「ヴァーチャル世界でのデザイナー」のような新しい
職業が誕生するかも知れないが、人間がアルゴリズムよりも上手くこなせる新たな仕事を見つけ
出さなければならないだろう。

 *教育においても、今日、既に子供達に何を教えて良いのかがわからなくなって来ている。
現在子供たちが学校で習っていることの大半は、彼らたちが40歳の誕生日を迎える頃には
おそらく時代遅れになっているだろう。

 *「人間は何をするか?」
このような時代になれば、人間は何をするか?何かする必要がある。
することがなければ頭がおかしくなる。
 「薬物とP.C.ゲーム」というのが一つの答えかも知れない。あるいは、3Dのヴァーチャル・
リアリティの世界で時間を費やすことも多くなる。
 夢の国で人工的な経験を貪って日々を送る無用の怠け者たちの、どこがそれほど神聖なのか?
このような生き方は、人間の人生と経験は神聖であるという自由主義の信念には致命的であろ
う。

 *自由主義は人間の価値を信じているし、個人主義も信奉している。
よって、軍事的にも経済的にも無用になるという脅威と,人間は必要とされても個人は必要と
されない時代が来る。政治と経済の制度は個人から権威と自由を奪う。

 *生き物はアルゴリズムの集合体である。(P-161)
人間を構成しているアルゴリズムはみんな自由ではない。
 二十一世紀のテクノロジーのおかげで、外部のアルゴリズムが人間内部に侵入して自分より、
自分についてはるかによく知ることができるようになる。
そこで、自由主義はシステムが自分自身以上に自分の事を知るようになったときには崩壊する。

 *二十一世紀の新しいテクノロジーは、人間至上主義の革命を逆転させ、
人間から権威を剥ぎ取りその代わり、人間ではないアルゴリズムに権限を与えるかもしれない。
 生き物はアルゴリズムであると生物学者たちが結論した途端、彼らは生物と非生物の間の壁を
取り壊し、コンピューター革命を純粋に機械的なものから、生物学的な大変動に変え、権威を
個々の人間からネットワーク化したアルゴリズムへと移し た。
 
 *個人というものは、宗教的な幻想以外の何物でもないことが明るみに出るだろう。
現実は生化学的アルゴリズムと電子的なアルゴリズムのメッシュとなり、明快な境界も、個人と
いう中枢も持たなくなる。

 *自由主義に対する三つの実際的な脅威のうち、
その第一は人間が完全に価値を失うこと、
第二が、人間は集団として見た場合には依然として貴重ではあるが、個人としての権威を失い、
代わりに、外部のアルゴリズムに管理され、ポスト自由主義の世界となる。
 自由主義に対する第三の脅威は、アップグレードされた人間の、少数の特権エリー ト階級と
なることだ。 ほとんどの人はアップグレードされず、コンピューターアルゴリズムと新しい超人
たちの両方に支配される劣等カーストとなる。

 *自由主義のイデオロギーの基盤が崩れる。
自由主義は、社会経済的な格差とは共存できる。自由主義は平等よりも自由を好む。
自由主義は、人間は全て等しい価値と権限を持っていることを、依然として前提としている。
 社会的不平等に対する自由主義の解決策は、異なる人間の経験に等しい価値を与えることだ。
世界の最高富裕層62人の資産を合わせると。最貧層の36億人の資産の合計に匹敵する。
 将来は、アップグレードされた上流社会と、社会の残りの人々との間に、身体的能力と認知的
能力の本物の格差が生じるかもしれない。

 *医学は途方もない概念的大変革を経験している。
二〇世紀の医学は、病人を治すこ とを目指していた。
だが、二一世紀の医学は、健康な人をアップグレードすることに、しだいに狙いを定めつつある
 病人を治すのは平等主義の事業だった。
健康な人をアップグレードするのはエリート主義の事業だ。卓越した記憶力や、知能、最高級の
性的能力を望む。
 二〇世紀に医学が一般大衆のためになったのは、二〇世紀が大衆の時代だったからだ。
二〇世紀の軍隊は何百万もの健康な兵士を必要とし、経済は何百万もの健康な労働者を必要と
した。国家は公衆保健サービスを創設し、万人の健康と活力を確保した。最大の偉業は、
大衆保健施設の設立と、集団予防接種活動と、集団感染の根絶だった。

 *大衆の時代は終わりを告げ、二一世紀には無用の三等車を置き去りにして、一等車だけで
突き進むのが最も効率的な戦略となりうる。

 新しい超人のカーストを生み出し、科学的な発見とテクノロジーの発展が大量の無用な人間と
少数のアップグレードされた超人エリート層に分割したなら、権限が人 間から知能の高い
アルゴリズムの手にそっくり移ったなら、その時には自由主義は崩壊する。

 *テクノ宗教が幸福や平和や繁栄、さらには永遠の命さえ約束する。
テクノロジー の助けを借りて ? 新しいテクノ宗教は、テクノ人間至上主義とデータ教という
二つの主要なタイプに 分けられる。
 人間を森羅万象の頂点と見なし、人間至上主義の伝統的な価値観の多くに固執する。
テクノ人間至上主義は、はるかに優れた人間モデルであるホモ・デウスを生み出すために、
テクノロジーを使うべきだと結論する。
 *ホモ・デウスはアップグレー ドされた心身の能力も享受する第二の認知革命を引き起こせる
かもしれない。

 *WEIRD、「西洋の、高等教育を受けた、工業化された、裕福で、民主的な」という
意味の英語の語句、

平均的な人間の平凡な経験を神聖視するようになった。
(「Western.educated,industrialises,rich and democratic」)
 ハーヴァードで心理学を学ぶ学生の精神世界を記した詳細な地図はあるものの、
アメリカ先住民のシャーマンや仏教の僧侶やイスラム教神秘主義者の精神世界については、
解っていることがずっと少ない。(WEIRDは学ぶ必要性を感じていないから?=白人至上主義)
 医師や技術者や消費者が、精神疾患の治療とWEIRD社会での生活の享受に専念しているかぎり
標準未満の精神状態とWEIRDの心理を研究していれば、私たちの必要は十分満たされたのかも
しれない。(=白人至上主義)
 ところが今後、30世紀の幕開きの頃、自由主義的な人間至上主義がテクノ人間至上主義に道を
譲り、医学が病人の治療よりも健康な人のアップグレードに次第に的を絞っていく中、私たちは
完全に異なる種類の課題に直面している。
 心のアップグレードは主にWEIRDの人々の標準的な精神状態や標準未満の精神状態の
スペクトルなので、どんな目的地を目指せばいいのかすらわからない。

 *超標準の領域は、科学にとって概ね人跡未踏の地のままだ。
私たちは全く地図を持たずに突き進み、現在の経済や政治の制度が必要とする心的能力をアップ
グレードすることに的を絞り、他の能力は無視したり、ダウングレードしたりさえするかも
しれない。例えば、太古の人間はおそらく、嗅覚を幅広く使っただろう。 現代の人間はFOMO
(見逃したり取り残されたりすることへの恐れ)に取り憑かれており、かつてないほど多くの選択肢
があるというのに、何を選んでもそれに本当に注意を向ける能力を失ってしまった。  
 <FOMO/https://www.gqjapan.jp/life/news/20140829/fomo_momo>
 匂いを嗅いだり、注意を払ったり、夢を見たりする能力が衰えたせいで、私たちの人生は
貧しく味気ないものになったのだろうか?
 経済と政治の制度にとっては、十分価値があった。
人間の心に対する将来のアップ グレードは、政治的な必要性と市場の力を反映する可能性が
高い。 私たちは首尾良くアップグレードできるかもしれないが、その過程で心を失いかねない。
 
 *テクノ人間至上主義は人間をダウングレードすることになるかもしれない。
能力を強化されたチンパンジーだった。だが将来は、特大のアリになるかもしれない。
 テクノ人間至上主義は、私たちの欲望がどの心的能力を伸ばすかを選び、それによって未来の
心の形態を決めることを見込んでいる。
 
 *今後、テクノロジー の進歩のおかげで、
その欲望を作りかえたり生み出したりできるようになったら、 何が起こるのか?
 不満だらけの結婚生活にはまり込んだ女性は、その生活が提供する経済的な安心感を失うのを
恐れる。シプラレックス(抗うつ薬)生化学的な不均衡と神経疾患の産物。

 *汝自身に耳を傾けよ!という、人間至上主義の第一の戒律は
もう、自明ではなくな った。内なる声のボリュームを上げ下げすることを学ぶと、
本物の自己への信仰を捨てる。

 *自分の意思をデザインしたりデザインし直したりできるようになった日には、
あらゆる意味と権威の究極の源泉と見なすことはできないだろう。

 *人間至上主義によれば、人間の欲望だけがこの世界に意味を持たせるという。
もし自分の欲望を選べるとしたら、いったい何に基づいてそうした選択ができるのか?
私たちが自分の欲望を厄介に感じることがあっても、テクノロジーはそこから救い 出してくれる
ことを約束する。

 *テクノ人間至上主義は、
人間の意志がこの世界で最も重要なものだと考えているので、人類を促して、その意志を
制御したりデザインし直したりできるテクノロジー を開発させようとする。つまるところ、
この世で最も重要なものを思いのままにで きるというのは、とても魅力的だから。
とはいえ、万一そのように制御できるようになったら、テクノ人間市場主義には、その能力を
使ってどうすればいいのかわからない。
 神聖な人間もまた、ただのデザイナー製品になってしまうからだ。

 *テクノ宗教は、
人間のような存在の欲望や経験を中心に回ったりはしない世界を予見している。

 *意味と権威の源泉として、欲望と経験に何が取って代わりうるのか?
その候補とは、情報だ。最も興味深い新興宗教はデータ至上主義で、宗教は神も人間も崇める
ことはなく、データを崇拝する。

 *生命科学では生き物を生化学的アルゴリズムと考えるようになった。
データ至上主義はこうして、動物と機械を隔てる壁を取り払う。そして、ゆくゆくは電子工学的な
アルゴリズムが生化学的なアルゴリズムを解読し、それを超える働きをすることを見込んでいる

 *すべての科学者に共通の言語を与え、
学問上の亀裂に橋を架け、学問領域の境界を越えて見識を円滑に伝え広める。
音楽学者と経済学者と細胞生物学者が、ようやく理解し合えるのだ。

 *人間はデータを洗練して情報にし、
情報を洗練して知識に変え、知識を洗練して知恵に昇華させるべきだ。

 *データ至上主義者は人間の知識や知恵に懐疑的で、
ビッグデータとコンピューターアルゴリズムに信頼を置きたがるということだ。

 *生物学がデータ至上主義を採用したからこそ、
コンピューター科学における限定的な躍進が世界を揺るがす大変動になったのであり、
それが生命の本質そのものを完全に変えてしまう可能性が生まれたのだ。

 *経済とは欲望や能力についてのデータを集め、
そのデータをもとに決定を下す仕組みなのだ。本質的には、競合するデータ処理システムだ。
 資本主義が分散処理を利用するのに対し、共産主義は集中処理に依存する。分散型データ処理
が集中型データ処理よりも巧くいくからだ。

 *二一世紀に再びデータ処理の条件が変化するにつれ、
民主主義が衰退し、消滅さえするかもしれないことを意味している。
 データの量と速度が増すとともに、選挙や政党や議会のような従来の制度は廃れるかも
しれない。それから非論理的だからではなく、データを効率的に処理できないからだ。(P. 216)

 *一九世紀と二〇世紀には、
産業革命がゆっくりと進展したので、政治家と有権者はつねに一歩先行し、テクノロジーの
たどる道筋を統制し、操作することができたのだ。
 「政府というカメはテクノロジーというウサギに追いつけない。」
アメリカのNSA(国家安全保障局)は私たちの会話や文書を全て監視している。
テクノロジーが政治を出し抜く。AIとバイオテクノロジーは間も無く私たちの社会と経済を
ーそして体と心もーすっかり変えるかもしれない。

 *権力がみなどこへ行ったか誰にもわからないというのが、悲しい真実なのだ。
イギリスがEUを離れても、トランプがホワイトハウスを引き継いでも、権力は一般の有権者の
もとには絶対に戻らない。

 *二一世紀初頭の政治は壮大なビジョンを失っている。
政府は単なる管理者になった。国を管理するが、もう導きはしない。彼らの狙いがごく限られて
いるからだ。
 混沌としたシステムでは視野が狭い方が有利に働くし、億万長者の権力は彼らの目標と緻密に
釣り合っている。

 *二一世紀に、従来の政治の構造がデータを速く処理しきれなくて、
もう有意義なビジョンを生み出せないのならば、新しくてもっと効率的な構造が発達して
それに取って代わるだろう。そのような新しい構造は、民主主義でも独裁制でもなく、以前の
政治制度とは全く異なるかもしれない。唯一の疑問は、そのような構造を構築して制御するのは
誰か?だ。
 もはや人類がその任務を果たせないのなら、ひょっとすると誰か別の者に試させることに
なるかもしれない。

 *データ至上主義の視点に立つと、
人類という種全体を単一のデータ処理システムとして解釈してもいいかもしれない。
一人ひとりの人間はそのシステムのチップの役目を果たす。
1    プロセッサーの数を増やす。
2 プロセッサーの種類を増やす。
3 プロセッサー間の接続数を増やす。
4 既存の接続に沿って動く自由を増やす。

 人類は過去七万年間に、まず拡散し、その後別々の集団に分かれ、最後に再び一体化した。
それぞれの集団はそれまで集め、発達させてきた独自の考えと道具と行動の遺産を持ち寄った。

  [ Homo Deus ] 私的読書感と共に、新たな「近代」を思い考えるために。
第二部/終わり:
参照/「ホモ・デウス(下)ーテクノロジーとサピエンスの未来」/著名;ユヴァル・ノア・ハラリ
(株)河出書房新社;2018年発行/
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2020年01月11日 03:27 | comment and transrate this entry (0)

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最終回/[ Homo Deus ]私的読書感と共に、新たな「近代」を思い考えるために。

[ Homo Deus ] 私的読書感と共に、新たな「近代」を思い考えるために。
最終回:令和二年正月:
参照/「ホモ・デウス(下)ーテクノロジーとサピエンスの未来」/著名;ユヴァル・ノア・ハラリ
(株)河出書房新社;2018年発行/

 この次なる「近代」を探るための、僕のイマジナリィ・ボヤージュとしてのハラリ著のこの本
< Homo Deus > の私的読書感も終わりの巻へ、
 
 どのような新たな「近代」を僕たちは、この時代を生きる子供たちへ何を残すべきか
そして、何を消去し、どの様な新しさを構築可能か?そのための自分たちの選択肢をしっかりと
持って、そのミッションと共に次世代の「当事者たち」とランディングが可能であるか?
 考えられることの多くと、始めなければならない事柄をもうそろそろ、意識し始めませんか?
 その為には、「みんなが読んだ本だから、」と言うベストセラー・マニア的なる読み方では
無くどうか、どのように自分なりに読み込み、どのような自分なりの読書感とそこからの一つの
“新しい流れ”と“可能性”を見つけ出せるか?或いは、自分なりの”疑問“を幾つ持てるか?
自分なりの知識の新しいの“枝葉”を育てるか?と言うまでの読書をして下さい。

 *資本主義同様、データ至上主義も中立的な科学理論として始まったが、
今では物事の正邪を決めると公言する宗教へと変わりつつある。新宗教が信奉する至高の価値は
「情報の流れ」だ。
人間は全ての「モノのインターネット」を創造するためのたんなる道具にすぎない。

 *データ至上主義は、情報の自由を何にも優る善として擁護する。
人間至上主義の革命が勃発し、人間の自由、平等、友愛という胸躍る理想が唱えられ始めた。
その新しい価値とは情報の自由だ。
 情報の自由と、昔ながらの自由主義の理想である表現の自由を混同してはならない。
表現の自由は人間に与えられ、人間が好きなことを考えて言葉にする権利を保護した。
これには、口を閉ざして自分の考えを人に言わない権利も含まれていた。
 それに対して、情報の自由は人間に与えられるのではない。情報に与えられるのだ。
しかもこの新しい価値は、人間に与えらえれている従来の表現の自由を侵害するかもしれない。
 そこで、より良い世界を作り上げたいなら、そのカギはデータを自由にすることにある。

 *自由市場資本主義者が市場の見えざる手の存在を信じているように、
データ至上主義者はデータフローの見えざる手の存在を信じている。
 人はデータフローと一体化したがる。データフローの一部になれば、自分よりもはるかに
大きいものの一部になるからだ。今やデータ教は、あなたの言動の一切は大量のデータフローの
一部で、アルゴリズムが絶えずあなたを見守り、あなたのすること、感じること全てに関心を
持っている。

 *人間のデータは価値を持つ。
私たちは自分自身やデータ処理システムに、自分にはまだ価値があることを証明しなければ
ならない。そして価値は、経験することにあるのではなく、その経験を自由に流れるデータに
変えることにある。(“流す”ことがミッションである。)

 *データ至上主義は、自由主義的でも人間主義的でもない。
今度はデータ至上主義が人間至上主義に向かって同じことを言う。
「そうです。神は人間の想像力の産物ですが、人間の想像力そのものは、生化学的なアルゴリズム
の産物にすぎません。」
 データ至上主義が世界観を人間中心からデータ中心に変えることで、人間を主役から外すかも
しれない。

 *人間中心からデータ中心へという世界観の変化。
「生き物はアルゴリズムだ。」
 もとになるアルゴリズムは、初めは人間によって開発されるのかもしれないが、成長するに
つれて自らの道を進み、人間がかつて行ったことのない場所にまで、さらには人間がついて
いけない場所にまで行くのだ。

 *最初は、データ至上主義は人間至上主義に基づく健康と幸福と力の追求を加速させるだろう。

 *人間はその構築者からチップへ、さらにはデータへと落ちぶれ、
ついには急流に呑まれた土塊のように、データの奔流に溶けて消えかねない。

 *歴史を通して、人間はグローバルなネットワークを創り出し、
そのネットワーク内で果たす機能に応じてあらゆるものを評価してきた。
それらは重要な機能を果たしていたので、ネットワークの功績を自分の手柄にして、自らを
森羅万象の頂点とみなした。

 *私たちには未来を本当に予測することはできない。
なぜならテクノロジーは決定論的ではないからだ。

 *人間は、自由市場や群衆の知恵や外部のアルゴリズムへと、権威を明け渡している。
1 生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理でありという教義。
2 知能は意識から分離しつつある。
3 意識を持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが間もなく、私たちのことを
知るようになるかもしれない。

 ◯「ホモ・デウス」エピローグ/
そろそろ、この論もある種の限界が見え始めたようだ。
最後に、この著者は言う。

 私たちには未来を本当に予測することはできない。
なぜなら、テクノロジーは決定論的ではないからだ。そして、現在の科学の教義が正しくないと
考える余地が残っている点だ。と言う。
 
 *生き物はただのアルゴリズムではない可能性、
生命はデータ処理だけではない可能性と、意識が知能よりも重要である可能性は今後も真剣に
研究・検討していく価値がある。

 *そして、更には冒頭に示した本書への根幹と根拠について彼自らが次なる疑問を読者に
差し出す。

1/ 生き物は本当にアルゴリズムに過ぎないのか?
そして、生命は本当にデータ処理に過ぎないのか?
2/ 知能と意識のどちらのほうが価値があるのか?
3/ 意識は持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが、私たちが自分自身を知るよりも
よく私たちのことを知るようになったとき、社会や政治や日常生活はどうなるのか?

 ◯おわりに、「私感的に、」;
 僕達、イエローであり、彼らたちとは異教徒である日本人にとっては少なからず、以下の疑問は
持つべきである。
 「現在の科学の教義が正しくないと考える余地が残っている点。そして、生き物はただの
アルゴリズムではない、また、生命はデータ処理だけではない可能性そして、意識が知能よりも
重要である可能性などは今後も真剣に研究・検討していく価値があり、それによって初めて、
ただのテクノロジーの発達による近未来観ではなく、「近代」の延長でもない新たな「近代」は
決して、見えてこないだろう。
 そうしない限り、この「ホモ・デウス」におけるあるいは、僕が持ったこのような次なる時代
への人間に対する存在疑問、『人間とは?人間の役割とは?あるいは人間が持つべき新たな
価値観とは?』は悲劇的な妄想へ彷徨うしかない。
 ***
 この著作でも理解できるように彼らたちは幼い時から、家族からそして学校から刷り込まれた
「宗教観」のその強さは残念ながら現代日本人のメンタリティには皆無に等しい。
 僕たちの神道・仏教を含めた世界民族に於いては非常に稀な“宗教の多重構造”の宗教観も徳川
幕府の240年間で完全に幕府の政治力によって押さえ込まれ、それらはただの「ご利益宗教」と
化してしまった事。その後の明治政府による「廃仏毀釈」と「黒舟到来」後の「文明開化」政策
又、その後の大いなる勘違いが始まってのアジア圏への「帝国主義政策」と「敗戦」を迎えた
我が國家のこのヨオロッパにおける「近代」化と同じ時代の歴史は「仏教」どころか、寧ろ、
「外国崇拝」的なその流れを構築してしまった。
 例えば、敗戦後の僕たちの世代が刷り込まれた一つに「Give me Chuing-Gum!!」があり、
これが一つの根幹となって、その後の「大衆消費社会」構造を構築させられ現在に至ってきた。
 その為、「仏教哲学」の領域が西洋のそれらに比べるとほとんどと言って、この時代には“哲学
的進化“の痕跡がない。故に、日本人が元来持つべき、世界へ発言すべき「宗教心」を基盤とした
ロジックが現実的ではなく、情緒性と単なる個人の内なる妄想に収まってしまっていることも
現在では「イエローの弱体」あるいは、「外人コンプレックス」に繋がり、世界における
「日本思想」や「日本文化」とは未だに、変わらず「美意識」も含めて、ただの「異国趣味/
エキゾティズム」の領域でしかないのが海外においてのYellowに対する現実認識であろう。
**
 なぜ僕がこの「宗教心」にこだわるかといえば、彼のこの本を読んでも理解できるように、
彼らたちの「近代」創成の根幹は「宗教心」がその根幹であり、彼らたち白人至上主義者と
僕たちが持ち得た「差異」とは何かといえば、日本人として持ち得た「世界に類を見ない多重
構造としての宗教観」でしか無く、この差異は今後の新たな時代としての「近代」あるいは、
「シン・近代」を構築するには必須な哲学であり、日本人しか持ち得ていない根幹としての
「差異と力」であると信じているからである。
 即ち、現在の僕たちは既に、彼らたちと渡り合い、使えるオリジナルな“武器”を持って
いない。或いは、その数は非常に少ないのが現状である。例えば、「第3次産業革命」の主役で
あるPCも「0:1」が根幹の世界共通武器である。

 そこで僕が頼るのは一つは、やはり、このようなコンプレックスを刷り込まれてきた同胞世代
では無く、全く新しい世代としての、冒頭にもある世界で活動者し始めたポジティフな「14歳」
を軸とした次世代たち、「GENERATION-Z」世代たちである。彼らたち世代が持っている
「ポジティフな自信過剰」と今までになかった、「早熟さ」と「正義感」そして、「知りたい・
学びたい心」と言う素直さに託したいのです。
 この「GENERATION-Z」世代たちは既に、アメリカにおいては「新たな消費社会の上顧客」と
して多くがマーケティングがなされ始まった世代でもあるが、それらはまだ「アルゴリズム」
への情報は未完でありそれゆえ、彼ら世代の人口も含めて、“パワー/力”が行為を起こし、
“新たな差異”を生み出すであろうと言う想いが僕には強いからです。
 もう一つは、やはり世界で通用する日本人の「差異と力」を考えると現在では日本発の“オタク
文化”が生み出した「マンガ/アニメ」の世界でしょう。この日本初の世界は既に、全世界における
一つの新しい「共通感覚/コモンセンス」であり、「共通言語」と言うボキャブラリィーになって
しまっているからです。
 この世界が生み出せる「差異と力」が今後の新たな「近代」の、「シン・近代」を構築出来
得る世界観と可能性を持ち得ていると認識し、世界でも通用する「差異」を持っていると考えて
いるからであり、それらが今後の「近代」への大きな「力」であり、一つの例えば、「削岩機」
かも知れないとも考えます。ここには「妄想勝ち」と言うヴァーチュアルな世界観も含めた
“彼方“が読めるからでしょうか?
 そして、僕はもう一つ「希望の星」を付け加えるのが若き三十一歳の哲学者、「斎藤幸平氏」
である。彼のドイツ・フンボルト大学の論文でもあり、処女作『大洪水の前に、ーマルクスと
惑星の物質代謝』の思想が今後の「民主主義」を政治的、経済的な立場で論じられ、新しい
「近代」のための「新たな民主主義」を模索し始めたミレニアム世代人であるからです。
 彼、斉藤幸平氏は、既に、あのマルクスが「物質代謝」という生理学概念で”エコロジー“を
論じていたとう根幹を視点として書かれたのがこの本であり、本書の”はじめに“を少し長いが
引用させていただこう。
 「マルクスの経済学批判の真の狙いは、エコロジーという視点を入れることなしでは、正しく
理解する事ができない。」と言うテーゼを投げかけた。
 そして、資本主義における惑星の普遍的物質代謝の亀裂を批判し、持続可能な未来社会ー
「エコ社会主義」ーーを構想するための方法論的基礎を与えてくれるものなのである。」
(参照/『大洪水の前に、』”はじめに“より、)
 そして、「最終的には、資本は自然的世界の諸制約から自由になることはできないのであり、
その矛盾がー経済危機ではなくー環境危機として現れてくる。」と言う現在点を見事に指摘して
いる眼差しがここにはある。
 マルクスの有名な警告が今再び、現実味を帯びる様になてきた現代社会ゆえのタイミングと
指摘である、『大洪水よ、我が亡き後に来れ!これが、すべての資本家、すべての資本家種族の
スローガンである。』
 「大洪水よ、我が亡き後に来れ!」と言う態度は、グローバルな環境危機の時代において、
ますます支配的になりつつある。将来のことなど気にかけずに浪費を続ける資本主義社会に
生きる我々は大洪水がやってくることを知りながらも、一向に自らの態度を改める気配がない。
とりわけ、1%の富裕層は自分たちだけは生き残るための対策に向けて資金を蓄えているし、
技術開発にも余裕がない。だが、これは単なる個人のモラルに還元出来る問題ではなく、
むしろ、社会構造的問題である。それゆえ、世界規模の物質代謝の亀裂を修復しようとする
なら、その試みは資本の価値増殖の倫理と抵触せずにはない。今や、「大洪水」と言う破局が
すべてを変えてしまうのを防ごうとするあらゆる取り組が資本主義との対峙なしに現実できない
ことは明らかである。つまり、大洪水がやってくる前に「私たちはすべてを変えなくてはならな
い。」だからこそ、資本主義批判と環境批判を融合し、持続可能なポストキャピタリズムを構想
したマルクスは不可決な理論的参照軸として二十一世紀に復権しようとしているのだ。」
(参照/『大洪水の前に、』”はじめに“より、斉藤幸平著/堀の内出版‘19年4月刊。)

 これらは僕の35年以上にわたるモードを通じた海外諸國とその國の人たちとの関わりの経験値
から投げかけられる、新たな近代構築へ参画すべき日本人が持っている「差異と力」であると
信じています。
 だが、モードの世界では未だに白人至上主義者たちが構築した「ラグジュアリィーブランド」
へのもろもろなるコンプレックスを拠りどころに自分たちだけが生きのびられると思い込む世界
で”虚飾“を商材とし商って、”虚飾“なゴシップに戯れている世界でしかありませんね。
 今回の、僕が危惧する『大洪水前の、』新たな「近代」へのパラダイムを考えるための私論 
「ホモ・デウス(下)ーテクノロジーとサピエンスの未来」を試読し、
辿り着いた「根幹と視点」です。
合掌。
まとめ・文責/平川武治:

※参考/「ホモ・デウス(下)ーテクノロジーとサピエンスの未来」/;ユヴァル・ノア・ハラリ著
(株)河出書房新社刊/ 2018年発行:
※ 参考/『大洪水の前に、ーマルクスと惑星の物質代謝』/斎藤幸平著/堀の内出版‘19年4月刊。

投稿者 : editor | 2020年01月11日 03:05 | comment and transrate this entry (0)