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2012年10月20日

ファッションデザイナーたちはファッションデザインで産業に寄与しているのだろうか? その為には“世界知らずにならない様に”も忘れず!!

 此れ程までにこのシーズンの巴里が寒かったとは殆ど記憶に無い。
そんな時期の巴里もファッション業界人が去ってしまった後は
風景が全く変わってしまった。
今週末から行われているアートフェアー“FIAC"でどれだけ、
この街の風景を塗り替えられるか?
ここにも,この国の経済情況の芳しくない情況が全てを見せてしまっている。

 * 
 しかし、僕たち日本人は母国の借金地獄がどれほどなのか?
約7000兆円もの借金と国債が繰り返され殖えて行っているだけのこの現実を知り,
理解し,今後の自分たちの國の将来へ何か,こゝろある決断や思想を持って
生きているのだろうか?
この7000兆円のツケは君たち若者が今後,背負う事になっているのです。

 国民とその国民が生み出した構造の働きにより,
国家が平均的に潤っているときは国民へものその潤いは平均的に寄与される。
此れが国家の根幹的な良い政治における構造である。
しかし,その国家が民力とその構造をうまく使えなくなり
経済の循環効率が悪くなり始めると国力は低下し,
民力の割に国民への潤いと循環が鈍化する。
政治が悪いと言われる発端はここにある。
従って,現在の様に国力が低下し,借金、国債地獄の国家になってしまうと
それなりの人間が自分たちの強欲を持って,国家予算をうまく自分たちに
廻ってくる様な構造や制度を作り、もっともらしく貧しい人をより貧しくして行く。
それなりの人間とは日本では政治家、官僚に多い。
此れは世界レベルでの現状である。
日本を含めた先進国という国々アメリカ、EU諸国は残念ながら自分たちの強欲によって
その殆どが”借金地獄国”である。しかし,そんな彼らたちの日本以外の国々は
戦後,イミグレーターたちを受け入れ、殖える。
これらの国々ではこの国家の貧しさを彼らたちイミグレーターにしわ寄せさせ、
それなりの階級の立場にある白人たちはここでも巧く立ち回っている。
しかし,戦後の日本の現実にはイミグレーターたちが国力の中に
内蔵されてしまっているためにただ,貧しい人たちがより,貧しくなる
構造を作りつつあるのが現在の日本という国の政治であり,現実であり従って、
政治力の貧しさであり,国力の弱さになってしまっている。

 グローバリズムは日本の国力を救わない。
グローバリズムとは強いものが勝つ嘗ての帝国主義列国の植民地政策主義でしかない。
この根幹を知らないで,グローバリズム、カッコいいでのレベルは
今後の日本の将来がない。
現在問題にしなければならない,TPPの問題もそうである。
最後には弱いもの即ち,貧しい者たちだけがより,貧しくなるための
世界戦術であると考えてこのTPP問題に向かい合って下さい。
これのTPPに加入してしまうと現在の日本の国力と政治力ではその後,
ますます中国にも追い抜かされて,アジアのただの國に成り下がってしまうしかない。
そのために,このTPPの周辺で個人のエゴで動き回っている輩たちの下心を見抜いて下さい。
 
 僕が立ち居場所としているモードの世界における日本の立ち居場所も、
この巴里ではもう完全に変質してしまって嘗ての、この巴里を騒がせたデザイナーたちが
こぞって日本人に笑顔と強かさを持ってすり寄って来たあの時代が
もう既に、終わってしまっている、殆ど無視されてしまっている。
そんな連中は器用に”中国”へその強かさを向けているだけである。

 そんな世界の現実があるのに,このモードの世界へ飛び込んで来る
日本の若者たちは物質的なゆたかな時代性と親の世代のコンプレックスから
海外留学も自由に選択出来る迄の当たり前さとプリミティブな判断によって、
変わらず“豊かなる難民”よろしく,それぞれが持ち得た育ちからの表層の
”夢”物語の多くを語っているにしか過ぎない。
自分たちの夢だからそれで良い、の考えから今だから、少し足を地につけた考えと行為を
自分たちの国を念い,決断するべきである。
即ち,僕たちは僕たちの國のために,社会のために、生活者たちのために何が出来るか?
どのような豊かさをこれから提供して行けるか?
その為にどのように産業や経済それに社会にコミットすればの良いか?
という様な成熟な考え方が必要であろう。

 例えば,自分たちが持ち得た”夢”がその最終ではどのように役に立つのか?
自分が持ち得た夢は自国の産業に寄与出来るのか?しているのか?
夢とは最終的にどのような情況を,環境を作り得る事であるのか?
多分、殆どのデザイナー振りたくてこの世界へ下心持って飛び込んで来る
ノー天気な輩たちにはこの考えや発想が皆無であろう。
仕方ない事である,国の経済情況が好調なときは良い。
しかし,日本のファッションデザイン教育にはこの根幹が欠如してしまって
見切り発車してしまっている世界でしかない。
当然,この考えや思想は殆どが無関心なる世界であろう。
親も教えない、世間のジャーナリズムも無関心を装いメディア受けする表層のみを
でっち上げて来たこの20年程であろう。


 **
 頂いた若い人へのメールにこのように返事をしました。
 『如何ですか?
この現実は東京のファッションウイークとやらの現実レベルを見れば解るでしょう。
僕は巴里なので遠くから少し,垣間みるだけでも,センスが悪く,
自分たちの立ち居場所が解らず,ただ無闇にファッションデザイナーぶる事に
煩わされてしまっている殆ど、冒された輩のファッションゴッコショー、
変わらず,枯れ木も山の賑わいショーですね。
それにメディアと称する世界がただその下心として広告ビジネスを繰り広げている
この新たな構造における関係性しか読めません。
しかし,この構造はこの巴里でも同じ構造ですが,
未だ、そのスタンダードレベルが違うので,カッコ良くは見えているのでしょう。
でも,既に此の国のモードのラグジュアリーの世界は“金メッキ”の世界です。

 この様な日本のファッションの世界に,もうひとつ気になる情況は,
ファッションの世界には”学歴”は要りません。
 必要なのは“教養とファッションスキルと技術と経験と関係性”
それに,人間の品格でしょう。
それらを何処で,どの様にバランス良く身に付けたかが現実なのです。
 それ以上に今一番大切な視点は、今現在の僕たちの國が世界でどのような情況と
経済状態にあるかは日本人としてご理解為さって下さい。
それぞれがそれなりの貧弱な自分のエゴでモノを作っていても
その殆どは何も将来の日本に繋がらないでしょう。
ただの“客寄せパンダ”、自己満足のレベルとはこの事です。
 学んだ経験と世界観で実際の日本の社会にコミットし,産業に寄与する事が
考えられる謙虚な”こゝろの有り様”に必要でしょう。

 そうしないと今後の日本は世界からもアジアからも取り残されてしまうのです。
どれだけ自分の世界観で作ったものが社会のため,生活者のために
その為に、実産業にどれだけ寄与出来る様な,モノ造りとそのビジネスを考えて下さい。
そして,それを喚起出来る様なメディアや評論が出てくれば良いのです。

 そのために若い人たちのそれぞれの新しい立ち居場所があるのでしょう。
今の僕たちの母國日本は7000兆円の借金と国債ばかりが在る國になってしまったのです。
先ずは,国力をつける事、産業力と経済力ですね。
それが最後には自分のしたいことが出来る豊かさを再び,生む
可能性ある国家になるのです。
そのために身につけた,“教養とファッションスキルと技術と経験と関係性”
それに,人間の品格のバランス有る調和が大切でしょう。
それらが自心に自信と責任観念を生みます。

 それに依って,本来の好きなファッションデザインの世界で
どのようにカッコ良く愉しくその仲間たちと生きて行けるかでしょう。
 今の若者たちが先ずは,自国がどのような國になっているのか,
その國の将来を念い,考える所で,それぞれの立ち居場所を見つけて下さい。
その為にも”世界知らず、日本知らずなな日本人”にはならないで下さい。』


 ***
 ファッションイベント”東コレ”の本質が変わらぬ,
“ファッションコレクションごっこ”で在る事の一番の原因はここに顕在するでしょう。
自分たちの世界観でデザインしたものが最終的に大げさに言ってしまえば,
国家の産業にどれだけ寄与するか?社会にどれだけコミットしているのか?
惹いては,豊かなる国家にコミット出来るか?
という大きなる視点と志が皆無に等しい輩たちがデザイナーと称して
”ごっこ”をやっているに過ぎない。ある見地からでは,税金の無駄使いでもあろう。

 しかし,今だから,僕たちファッションデザインに関わりを持って
生きて行きたい人間が感じ持たなければならない”責任観”とは?を
もう一度問う事も必要な時代性であり,問わなければならない時期である。
 今,僕たちは,あの“3.11/FUKUSHIMA"以降の日本を見てしまった現実を
嘆くのであれば,先ず,その現実を熟知すること。
21世紀の日本がまだ”戦後”が終わっていないこと、
構築して来た”日本システム”の何が破れてしまったのかの認識、
メディアとはこんなにご都合主義だったとかに問題意識を持つこと。
次には、僕たちの国の復興とは”国力を強くする事であろう。
先ずは,国内における経済的再発展を考える事である。
僕たち国民性には戦後の復興という実際の自信がある。

 そのためには先人たちの苦労を土壌に豊かにしてもらったこの日本で、
自分たちが望む事を,好きな世界で大げさに言ってしまえば,
ファッションによって”国家”とどのような関わりが出来るのだろうか?
ファッションデザインの力によって社会を、生活者たちをどれだけ豊かに出来るか?
どれだけ経済効果を上げるか? ファッション産業へ寄与出来るか?
 僕たちが持った教養とスキルと経験と技術と関係性で持ち得た世界観を武器にして,
デザインというカテゴリーを使って日本の産業をすばらしい情況へ復興,寄与出来るか?

 本来,アートと違い、デザインする事とは?の意味と本意がここに在り,
嘗ての、’30年代以降のアメリカで興った”近代デザイン”運動の根幹もここが
発端である事を今想い出してみる必要がある。

 ****
 視点を大きく変えてみよう,
例えば,このレベルのファッション餓鬼どもがいちおうに口にし、
この世界を解ったふりしているあの、“CdG凄い”の川久保玲の今後は?

 どのように彼女の持ち得た嘗ての”夢”の世界から新たな”夢”へ、
どのように完結為さるのだろうか?
 立ち続けて来た自分の立ち居場所を動かず、“特意性”豊かな創作に励み,
富も,地位も名声も関係性も全てを、スタイリストを辞めて好きなファッションの
作り手世界へ友人3人と始めたブランドの当時の夢はもう既に
総て、手中に為さっているのだ。
 この43年間の継続とは,持ち得た”夢”次なる,新たな”夢”へ,
彼女も又,自分が持ち得た世界観を”教養とスキルと経験と技術と関係性”を意識し、
それらが自分にしかない武器である事に気ずき、自分の望むバランス観で
調和し昇華させるために,全ては理性と努力と勤勉と責任感と決断力、
それにこの人の極めて明解な正確であろう,”潔さ”を持って、
もう一つ、”教養ある上手なお金の使い方”で創作と経営を
バランス有る調和力を身に付け持ち得た、200%の自我を
ここ迄集約,集中し継続して来た結果なのであろう。
 
 では,そんな川久保玲のこれからの”夢”若しくは、それに変わるブランド継続の
大きなモチベーションとは何なのだろうか?
 僕の結論は以前にも書いた事があるが,
川久保玲という人間が持ち得た“人間のがんばり”である。
彼女にはこの“人間のがんばり”が持ち得た責任感の強さと、
とてつもない決断力と潔さのバランスで依然,カオス状態でエネルギィイ源になっている。
此れに僕は彼女の人間としての深さそのスケールを他に見られない凄さとして感じ
リスペクトするのだ。
 インデペンデントなデザイナーブランドでは
多分、日本一のファッションビジネスを展開しているだろう。
(世界レベルでも’09年の統計では、既に世界で19位のメゾンブランドだった。
/Xerfi700より,)よく並び称される”イッセイや幼時”にはこのがんばりが少ない。
残念だが,単純な理由は男性デザイナーだからというより仕方ないだろう。
 
 彼女の”人間のがんばり”には三つの寄与があり、
此れが彼女の”夢”への最後のモチベーションであり真の立派さである。
 一つは此れだけのビジネスを行う事による日本のファッション産業界への寄与である。
素材やプリントの開発,デザイン性や生産工程への無数なる感性と技術の調和による
産業寄与そして、それらは99%は国内生産品(小物革製品を除けば,)であり、
使っている素材も多分、全てが国産製品であるという迄の産業寄与を行って現在がある。
イタリー製とか中国製という世界はこのブランドには無い。
(海外デザイナーたちでさえ例えば,あのP.スミスブランドの嘗ては,
その全てが自国,英国素材を使ってのブランドビジネス。)
 それから,彼女の世界を好きで買って着てくれる消費者たちの欲望への
満足度や喜びや安心感や豊かさを与えている寄与。
 もう一つはその結果によって,共に働いてくれている仲間即ち,
600人と言われている社員たちとその家族たちの生活保証という
現実への責任ある寄与である。

 この“人間のがんばり”というエネルギイにはその最終着点は無く、
カオスであり,在るのは独りの人間の死でしか無い。
従って多分、本人は当然であろうが独りの人間としてどのように与えられた生を
自分の世界観の内なる立ち居場所で全うするか。
そのためには以前と変わらぬ自分自身の世界観を調和させる事。
その立ち居場所で彼女にとってはそれが日常性となってしまっているであろう,
“200%”の自我の世界へ変わらぬ”特意性”を感じる迄の創作活動を続ける努力と
忍耐の日々が無事に繰り返される、その継続そのものが今の彼女の”夢”であろう。

 この“夢”とは三つの寄与、産業のため,社会のため,生活者のためにという
自由なる生き方を選んだ人間たちが求めなければならない、為さなければならない
”夢”の最高度なる最終段階であろう。
従って,CdG,川久保玲は人間本来が持つべき当たり前の
崇高なるレベルに迄達してしまっている希有なそして,とても幸せな人である。

 努力するとは?,何に努力するか?
それは持ち得た自分の自我の成就に対するために為さなければならない
責任感と誠実さによる諸行為の不連続な連続へであろう。
従って,可能であるならば,可能にするだけの勇気と決断があるならば,
持ち得た”自我”は人より多く持つ方が良い。

 おわりに−1;
 先ず,この様な時代性と借金多き僕たちの母国である。
この国のためにみなさんの世界観をデザインに落とし込み,
好きなファッションの世界でファッション産業に寄与する事
そして,どのように社会にコミットするか,
デザイナーの役割であるかを認識してからデザイナーぶって下さい。
 
 そのためにはデザイナーという立ち居場所に居るものは
何を夢の根幹にして行けば良いか?
自分の持った夢のために最後は健全なるビジネスの継続である。
自分の作った世界観あるものが自分以外の人たちに買われて使ってもらえる事の
嬉しさと幸せさを思い,それを使った人たちが少しはこゝろが豊かになり,
しあわせ感や喜びや優越感や安心を持って下さる。彼らたちの生活が豊かになる。
この当たり前さである。
この当たり前さを僕は以前からデザイナーのこゝろの有り様に,
"May I help you?"が必要だと言い続けて来た。

 これが,日本のファッションデザインの世界に欠如している
意識とこゝろの有り様である。
自分の世界観とは,自分が学びデシプリンをし,
持ち得た”教養とスキルと経験と技術と関係性”のバランス有る調和を言うのである。
ただ,人と違った特殊性を見せびらかすのではない。
このレベルは所詮、現代では誰にでも可能なるガキのはしゃぎ行為でしかない。


 おわりに−2;
 もし、”世界知らづになりたくない”のであれば、
自分の中で比べるものの”根幹”を持つ事が教養の第1か条です。

今回はこのサイトをご覧下さい。
そして,”TPP加入問題”を自分世界ではどのように認識するか?
又,村田光平氏の著書,「原子力と日本病」も是非!!

合掌。
相安相忘。
文責/平川武治:巴里19区にて,

投稿者 editor : 21:13 | コメント (0)

2012年10月12日

川久保さまのお誕生日のお祝いと彼女のパリ-コレについて。

 今日は川久保さまのお誕生日です。
不躾ですが、この様な場を借りて、お誕生日のお祝いを申し上げます。
どうか、お元気で変わらぬファッションクリエーションと
ビジネスにその絶妙なるバランスを持って、
エナジーと人間のがんばりが重なるまでの調和を。

 そのためのおこゝろの安らぎと激しく豊かな迄の好奇心をいつまでも。
 お誕生日、おめでとうございます。
そして、変わらないおこゝろ、いつもありがとうございます。

ひらかわたけはる:


 ***
 コレクション記;
 僕の好きな映画監督、D.クローネンバーグの作品に”CRASH" というのがある。
確か、J.G.バラードの小説を映画化したものだった。
その内容は、交通事故は性的な絶頂が存在し、
車自体が人間的な要素を持っているという内容で語られていた映画で、
交通事故をショー化した挿入部も有った。
 そして、この"crush"は"crash”と“clash"もほとんど同意語として英語には有る。
押し潰される、挟まれて潰されると、衝突である。
又、最近ではPC用語としても使われている。ハードディスクドライブの破損であり
この場合はデータ破損と物質破損を意味している。
 
 いつもの変わらぬ顔ぶれの人たちがそれぞれの興奮を携えてショー後の
バックステージへ押し掛けていた。僕も今回も強烈なパンチを喰らったので、
興奮と昂りが冷めやまないうちにバックステージへ行って待っていた。
列の殆どが居なくなった後、今シーズンのCdG,川久保さんは
ショーのコンセプトが"CRUSH"だと教えて下さった。
 僕の長い間の体験からでは、この様に彼女から言葉を発せられる事は
滅多になかった事だと瞬時に思い起こした。
そして、この彼女の稀な行為に、僕は即座に当惑をしながら
この彼女の言葉から幾つかの事を感じたが、
それ以上に僕のこゝろが明るく軽くなり、感動し素直に嬉しくなった。

 当然だが、コレクションが始まりだすと血液が充満してくる。
この充満度によってコレクションの善し悪しが感じられ、以後、見ている間中、
僕の軀に感覚としての言葉、”CRUSH“が充満。
先ず、パンクミュージュックの"CLUSH"。
そして、冒頭のD.クローネンバーグ監督の映画“CRASH"次に、
この街の嘗て、’60年に結成した”ヌーボーレアリズム”の芸術家たちの幾人か、
セザールとアルマンを思い出した。彼らたちの作品は日用品や廃棄物を
大量に集積した作品で知られ、当時の時代においては見事に現代という”未来”を
予知した次元の作品を生み、その作品が持つコンセプトは現代社会への
新たな変わらぬテーゼでもある。次に、彼らたちの亜流として、
解り易く今回もその役割を果たした、若手イギリス人でDSMにも関わっている
作家の作品だと言う解読し易い若しくは、これが発端で展開し始めたかの様な
ヘッドアクセサリーの表情を確認し、セザールやアルマンの作品を思いつつ、
最終的には、僕は僕たちが日本人である以上、彼らたちの時代よりも、
さらに現代に強烈に未来を示唆するあの昨年の天災後の惨事な風景へと
想いと眼差しが移り始める。
軀で感じられる迄の創造性というものが在る。
それに意味をつけようとする思考と、次から次へと現れて軀へ押し寄せて来る
塊の物体を僕は遂に”瓦礫”と認識した。
 そして、これらの”瓦礫”をどうにかして”服”それも、”MODE"と認めようと
繰り返し、繰り返しまるで、災害時に喪失してしまった生活を共にしていた
大切なモノの探し物を”瓦礫”の中から探す行為の如くに、
その僕が最後に決めてしまった”瓦礫”の中から
何処に“服”化された仕掛けが在るのだろうと。
 その僕が探していた大事なものが何なのかが解り始めたのは
“黒”のシリーズが出て来てからだった。
やっと、そうなんだ、これはモードのコレクションなのだ。
そうだ、CdGのショーなのだという安心が生まれそれと同時に
今迄の探し物をしていた疲れも感じてしまった。

 CdGのコレクションで、僕のコレクション-ノオトに書いたコレクションンの
始まりのキーワードが“CRASH"そして、最後に書いた言葉が”瓦礫”。
僕にとっては、これは正に”モードの瓦礫”と”人間”という”二抗対立”のコンセプトを
読んだのである。
そして、あの天災と人災の1年後にこのようなコンセプトを強烈に堂々と発信する。
初めて、日本人ファッションデザイナーが正面切ってあの“3.11/FUKUSHIMA"と
向かい合って潔く、自分の世界観へ落とし込んだ強靭な
すばらしいコレクションだと感激した。
だから、僕には今回のコレクションでは軀で感じられる迄の創造性というものが
在るという事を実感させられたコレクションでもあった。
 
 何処のアトリエでも目にする溜まり尽くした”モードの瓦礫”、
パターン紙、チーティング、原反在庫、トワレ後のシーティング類、
切れ端の布切れや裁断途中で捨てられた未完成な部分箇所、チュールや糸切れ等等、
この様な多くの何処にでも服を造るアトリエには日常、主役として存在している
空間と環境に詰め込まれ積み重なっている“モードの瓦礫”。
これらに潰されそうにまた、潰されない様にと、どのように使ってやれば良いか?
の戦いの連続がこの30数年間というこの環境での時間でしかなかった。
その結果から生まれたものが作品であったという
僕なりの”妄想/delusion"な発想を最後にしてしまった迄の、
それ程強烈な、すばらしいパンチ力が未だ、十分に効き残っている
今シーズンのCdG,川久保玲のコレクションだった。

 川久保さんの“CRUSH"よ!!を聞いて喜んだ僕は、
コレクションノオトを取りに戻って、川久保さんとエイドリアンに
僕の”CRASH"と書いたノオトを見せる。
彼が、「“CRUSH"、“A”ではなく“U"だ!」とすぐに指摘する。
僕はすかさず、
『僕は“瓦礫”だと、最後には“瓦礫”になってしまいました。』と切り返す。
川久保さんの『えっ、”瓦礫”???、違うはよ!!!』が聴こえ、フェード-エンド。


 ** 
 では、なぜ、このブランドだけがこのような”特異性”が強烈な
コレクションで出せるのか?

 勿論、この入り口へ到達するには,
それなりの長い旅路の努力と経験を積んで来たからである。
その結果の集大成がこの“新たな入り口”の前に立つことが出来,
その立ち居場所で尚,今でも上質な”特異性”を自分の世界観の上で
生み出して来たという現実が在るからだ。

 ”トレンドでもなくって良い、着れなくっても良い、売れなくっても良い、
そして、高くっても良い、”この4つのいい”は今迄では全くの
MD違反のモノ造りである。
こんな服をシーズンごとに創作していれば会社はどうなるのだ?
当たり前の疑問である。
 これをクリアーした所に、現在のこのブランド、コムデギャルソン、
川久保玲の凄さと、がんばりと、特意性に拘ったモノ造りと、
継続という経験とそこから生まれた関係性が在り、
彼女の決断がこの新たな”入り口”を開かせたのである。

 この入り口とは、従来迄のファッションビジネスにはなかった入り口である。
即ち、従来のビジネスカテゴリーには無かった今の時代だから生まれた
新たな入り口なのである。この入り口を出入りしたいのであれば、
先の”4つのいいでつくられた服”でないと
なかなかこの入り口を通る事は必死のわざである。
そして、この様な時代性に成ったから生まれた入り口でもある。
これは、”トレンド”というこの産業の特殊な構造がスローに緩んで来た時に
始めて表層化し始めた入り口である。
だから、現代は“アーカイブ”が価値を生み始めるという時代性を呼び込んだ
コンテンツの新たなもう一つのファッションビジネスの登場である。
そこでは、ファッション産業に実際的に寄与したブランドが、
そのデザイナーの世界観を持って、アート的な発想で自分しか出来ない
”特意性”高い服作りを継続してきた経験を持ったブランドと
そのデザイナーしか通れない入り口である。
この入り口とは、”ミュージアム”という入り口である。
“ミュージアムピース”に選ばれるか?という新しい入り口がここに在る。

 このモードの街,巴里に於いて,なぜ,モードが文化のそれも,
アートの領域に置かれたか?
 ファッションをアートだと大いなる勘違いをしている浮ついた若者たちは
この事を自分の教養として学んだ事が在るだろうか?
 巴里はアートの街だと言われている。
この巴里で行われている『サロンドートンヌ』という
その名の通り,毎年、現在も行われている由緒ある秋の芸術展が在る。
この“Salon d'Automne"の1919~1925年迄の間、モードが参加出展する事が
許された時期が在った。
 以後,此の国のモードの世界が,文化の領域へそして,
それなりの仕事をした当時のクチュリェたちがアート化された。
当時はこの”入り口”を通過する事で,モードがアートに変換出来た時代であった。
この時期とは巴里のオートクチュールの世界が誕生し,
オートクチュールビジネスの発展期であり,
新しい産業として社会にコミットし成立し始めた時期であった。
この時期に『署名』化即ち,ブランド化という方法がシステム構造化された。
仕立てられた服に『サイン』を入れその独創性を保証する事によっての,
広く認められた顧客に支えられるオートクチュールメゾンビジネスの構造である。
 例えば,’24年にはマルセル-レルビェ監督の映画『人でなしの人々』によって
この時代の映画というもう一つの新たな産業が発展途上のモードの世界を
プレゼンテーションしバックアップした事によって
更に、この街巴里が『モードのキャピタル』構造を産業として構築した。
そして,それが現在迄価値を持ち続けている発端である。

 この入り口を自分の方へ向けてしまった、コムデギャルソンの
川久保玲というデザイナーの本質的な凄さであり、
見事な業の終着点であり尚かつ、
今後のビジネスへ繋がる迄のエターナルな可能性を残し始めたのが
ここ4シーズン位前からである。
この彼女の動き、これに気ずき、これにシフト出来る企業とそのブランドと
デザイナーが未だ少ないのが現実の日本のファッションの世界のレベルである。
この入り口を堂々と通れるのは個人のアート振った低い自我を撒き散らす
個人作家のレベルではない。
どれだけ、社会や産業とコミットし、生活者の豊かさへ寄与した仕事をして来た
ブランドのデザイナーがウエルカムされる入り口である。

 この新たな入り口を頻繁に出入り出来るブランドとそのデザイナーは
例えば,そのデザイナー個人が死んでもデザイナー名とブランド名は
永遠に残り、その元でのファッション産業ビジネスの継続という
新しいコンテンツでの今後のファッションビジネスの可能性が
エターナルに手中に出来る事にもなる。
勿論,このための”庭師”が新たなLe Jardin des Modeに
必要である事には変わりない。

 という事は今後,この株式会社コムデギャルソンという
日本発のファッションデザイナーブランド企業は、
日本最初の”レグジュアリィファッションハウスメゾン”として
世界に残れる可能性をほぼ,手中にし始めた。
このブランドが新たな独自の戦略へ、ここ4シーズン程前から
打って出て来たと読めるから愉しい。

『ドロシーがトトと一緒に,ライオンや案山子やブリキの木こりたちと
やっと、長い旅路の後たどり着いたOZの塔の前に,』OZの魔法使い/ボーム著:

 *
 今シーズンもこれだけの“特異性”あふれた世界観を見せていただき
ありがとうございました。
僕が幸せなのは、好きなモードを好きな街、巴里で26年間も実際に
当事者として見る快感と優越感を今日迄、経験し続けて来れた事であろう。
合掌。
文責/平川武治:巴里市19区にて、平成24年10月11日:
        
 

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