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[過ぎてゆかない過去]の中で漂っている僕たちの21世紀から逃亡せよ。

[過ぎてゆかない過去]の中で漂っている
僕たちの21世紀から逃亡せよ。      
僕たちはもう、既に21世紀で生活しているというのに!!
―――ヨーロッパに於けるファッション環境の新しさを中心に。―――
 [過ぎてゆかない過去]の中で漂っている僕たちの21世紀からの逃亡。      
僕たちはもう、既に21世紀で生活しているというのに!!
―――ヨーロッパに於けるファッション環境の新しさ。
22th.AUG.’03
アントワープデザイナーの一人、ラフ・シモンズがここ3年来この学校の客員教授を行っているヴィエナ工科大学ファッションコースのコレクションのための審査からスタートした2ヶ月間あまりの旅を終え帰国。この間、巴里ではクチュール時期を利用してコレクションを発表した若手のショーとメンズコレクションそして、幾つかのファッションイベントへの参加とこの国を代表するファッションの専門学校スタジオ・ベルソーの卒コレを見た。これらの合間を見てアントワープを訪れこの学校の進級発表に立会い日本人学生の現実を知り、僕のギャラリーでワンナイトイベントを行う。又、イタリーのトリエスタで今年も行われた、IT’S#2の2回目のファッションコンテストにも参加。しかし、今回の多くはスイスのチューリッヒでの展覧会企画の仕事に始終した。

現在の様な生活形態を送っている僕の眼差しはある種の距離と位相を持ち得た状況から、僕独自の発想と視点で東京と言う都市の表層の差異が読み取れるので面白い。従って、毎回、帰国する度に東京をイイ意味にも悪い意味にも興味を持って[俯瞰視]が出来る。その結果が最近では嘆き憂う事の方が多くなっているのは僕が歳を取り始めたという事なのだろうか?
今回、一番に感じたことはこの東京は街そのものとそこで生活している人たちとものが作り出す環境と風景が知らない間に[より、悪趣味]化へ暴走していると感じたこと。(これは先週、大阪へも行ったのだがここの[悪趣味化]は東京のそれよりも尚悪いと感じた。)
例えば、環境と風景を考えた[調和]や自分と他者と社会を考慮した[調和]すら感じることが少なくなって来た。大半の日本人は自分たちのやりたいことや楽しい事、ハッピーな事は願望し現実化へ努力するが、出来る事なら[責任]は取りたくない、自分たちの行為に対しての[リスクとコスト]は出来れば、避けたいという群衆の溜まり場が都市化してしまったようだ。又、季節柄だからであろうか、路上を闊歩している若者達の服装から今や、[躾と恥じらい]が喪失してしまったようである。業界人たちがこれをファッションや流行またはカジュアル化個性化と思い込んでいるのなら大いに危惧する所である。思慮深い人が少なくなり思想亡き群衆が中流化からハイソを気取り始めたプロセスとその表情としてのこの街の様はファッションも含めて、[悪趣味]以外の何者でもない。多分、本来の[よき趣味]を知らない拝金主義者たちの群集がメデアにより、大いなる勘違いをしているだけなのだろうがこれからの、子供たちが成長し生活しなければいけない僕たちの国の将来を考えると恐怖を覚えてしまう。

さて、今回は僕が滞在していた時期に起こった事、考えた事のいろいろをトピックス的にヘッドライン化してみよう。


1)[21世紀のカジュアルウエアーはスポーツ、下着とセックス。
そして、そのコンセプトはネオ・プロテクション]
 ‘93年、当時、W&LTブランドを展開していたデザイナーW.V.ベイレンドンクにインタヴューした時の事をお互いが良く覚えていて先シーズンのパリでの彼のショールームでもその話が話題になった。あのときの僕の質問が彼のコレクションから、将来、21世紀のカジュアルウエアーは[スポーツ、ランジェリィ―とセックス]という発想を彼に問い掛けていた事が今年になっても彼は覚えていた。
僕にとっては‘90年代始まりまでの、かつてのモードは[ラッピング]がコンセプトであった。醜い身体つきをどの様に美しく見せるかの為のラッピング。そして、’92,3年ごろからのモードは[カヴァーリング]をコンセプトとして当時のモードを僕は読んでいた。着る人たちの身体つきが良くなったことからもう全身を覆い隠さないでも見せたくない所だけをカヴァーする事がモードの新たな役割になったという発想だ。それに、美しくなった身体つきをより美しく見せるためのスリム・チューブラインとそのためのシースルーで伸縮自在な素材がより多く開発され日常化された。
そして、21世紀も近くなった時、J.P.ゴルチェを筆頭に先のウオルターも[スポーツ、下着とセックス]を日常化し始めた。この時の僕のコンセプトが[プロテクション]だった。当然、これらの世界で使われている素材と縫製技術までを含めてこれらが新しいカジュアル化へと進化するという理論を展開していた。スポーツウエアーの身体の動きと外界に機能するプロテクションと下着の皮膚とこころに、気分に優しいプロテクションそして、セックスショップで売られているボンテージやフェチなコスチュームは着る人間の生物的性癖をプロテクトするものであるという視点での発想。
そこで最近の僕のモードに対する新たなコンセプトは[ネオ・プロテクション]
全てが不確実な時代、信じられるものは自分の身体。(TATOOの普及化もこの現象であろう。)そして、現代のプロテクション、[ネオ・プロテクション]とは安心、安全、癒し、快適、楽、性的などをキーワードとしたもので、決して守り囲うことだけのプロテクションから自分自身をより、自分らしく安心出来るためのモードに対する機能になったと見る事が出来る。現代の女性たちを見ていると以前のように[自由]を表現するためのモードではなくなり始めた事も考えられる。もう彼女たちの自由はすべて手に入るものになってしまいむしろ、安心出来るのであれば人と一緒でも良い、マークやブランドそしてメデアが提案する着こなしで自分たちの[属]が明確になること、プロテクトされる事がファッションを着る事であるというある種のパラドックス化状態ともう一方では、時代の雰囲気に遊び、楽しむための彼女たちの服選びでもあろう。
プロテクションには大きく分けると4つのカテゴリーがある。
自然、身体、社会的モラルそして心的安心。これらのプロテクションを[スポーツ、下着そしてセックス]でヴィジュアリチィに、ミュージュックマインドとヴィンテージテイストも忘れてはいけない安心の大きな要素としてどの様にバランスよくまとめコレクションを行うかが今のプレタポルテの時代性。そして、カジュアル性は日常性やウエアラブルを必然とするし、時代性ではこれらをどの様に贅沢観を持ってまとめ味付けをするか今後もより進展するだろう。従って、[消費するデザイン]としてはデイテールなデザインよりも素材と色調やプリントと分量がデザインにおける勝負。例えば、カモフラージュ。これも今ではアーミーで代表される自然と人間との距離感からの迷彩だけではなく、都市に生活している人間と都市風景との距離感で発想できる迷彩も必要。
20世紀は[距離の消滅]の時代であった。が、もう今では僕たちの日常生活では携帯やPCと言う情報機器の発達によって[距離の消滅が完了]が為され、これからの、この21世紀は[距離の再確認]と言う時代性をコンセプトにすればより、この[ネオ・プロテクト]と言うコンセプトが大切になるだろう。
やはり、モードの世界も[ポスト・モダン社会]の中で確実に人間的,
五感的に進化しているからうれしい。
Ex.ベルンハルト、ラフ・シモンズ、Dior、J.ガリアーノなどなど。
   ひも、コード、ベルト、尾錠、ボリューム、羽織る、巻きつける等。
   ラッテクス、光り物、
   イメージ・シンボルンとしてのプロテクトはポッチェルリの
[ヴィーナスの誕生]の右側の女性。
   [HOME IS Not A HOUSE] / Final Home,


2)[21世紀を意識して動き始めたヨーロッパの都市が面白い。]
僕が今回訪れた都市はヴィエナ、巴里、アントワープ、チューリッヒ、バーゼル、ブラッセル、ロッテルダムそれにトリエスタ。これらの都市では20世紀まではそれぞれの国における都市であったのが現在ではEUの都市になってしまった。そこでこれらの都市ではここに来て自分たちの都市は自分たちで独自に活性化し、21世紀の今後のためにも経済面だけではなく文化の領域に於いても自分たちの都市の伝統と共にアイデンテイテイを大いに生かしてゆこうという積極的な動きが各都市で始まったこと。特に、モードの世界ではこれらの街はベルリンやアムステルダムも含めて以前より活発化し始めている。
各都市や政府が自分たちの国の若いデザイナーたちをバックアップし、ファッション研究所を設立したり、サイトを立ち上げ自国のデザイナーたちと巴里へ進出している他国のデザイナーたちとの情報交換を企画したり、ファッション・コンテストやイベントを都市を挙げて行い、学校関係者たち自らがセレクト・ショップを始めるなど。又、モード系の展覧会企画を国立の美術館が主催して行う機会も多くなってきているしモード雑誌がここに来て多く発刊され始める。これらの動きに共通する事は学校関係者たちと産業界そして、市や国にまでも抱え込んだ動きを取っている。そして、これらの殆んどが若い人たちが意欲と責任を持って率先して携わっている。
 東京では何が為されているのだろうか?

  3)[早ければ来春かもしくは来秋には中国からの巴里コレ参加デザイナーのコレクションが見れそう。]
中国のデザイナーたちもかつての日本人デザイナーたちと同じように、巴里でコレクションをやりたがっている連中が増えてきている。毎年我が国を訪れるサンデイカの理事長グランバック氏も東京の前か後には北京上海を訪れている現実。そこで彼から聞いた話では、遅くとも‘05年をめどに中国人デザイナーのコレクションが巴里で見れるようだ。現実は多くのデザイナーたちが希望しているのだが彼らたちの殆んどは未だその水準に達していない事を理由に延ばし延ばしにされている。そのため、巴里サイドは毎年、春に南仏のイエール市で行われているファションコンテスト[フェステイヴァル・イエール]を利用して一度、このコンテストで彼ら中国人デザイナーたちを受けその後、パリコレ登場を企て、このコンテストを中国で開催をも考えている。これは若手デザイナーたちをこの国の生産環境へ紹介するためでも在る。
かつての日本人デザイナーがこの街へ参入して来たときの‘72年以降の事を思い浮かべてみよう。[憧れのパリコレ参加]後、当然の様にメイドインフランスのデザイナーブランド商品が堂々と日本市場へ登場しその後、日本企業とのライセンスビジネスもスタートした。現在のファッションビジネスと市場構造と状況の全てが、この[憧れのパリコレ参加]時点以降始まった記憶は忘れてはいけない。[文化は武器]と発想した彼らたちフランス人の強かな所である。この戦略は最近では’90年代後半からのソ連崩壊後のロシア市場への参入とブラジル市場参入があった。そして、中国。‘08年と’10年、オリンピックと万博という経済戦略のための国際イベント以後の中国へ日本企業はどのレベルでどのような規模で参入可能なのだろうか?

4)[工場に主導権が再び握られ始めたEUファッション産業界。]
‘90年代初頭、ベルリンの壁崩壊以降のロシアと東ヨーロッパの変動は当然、このファッションビジネスにも大きく影響を与え新たな産業構造を再構築し始めた。東ヨーロッパ地区が新たな生産地として認識され活性化し始めた。又、ポスト・モダン社会以降、このモードの世界も幾つかの大きな変革があった。[普遍的物語]としての独創性豊かなファッション・クリエーターと彼らたちのクリエーションの終焉によりファッションデザイナーの質とタイプが変質した。もう一方ではメデアの高度な発達によるヴィジュアル化社会の進展によるイメージの高度化と進化の結果ファッションデイレクターや最近ではオリジナルとコピーの境界意識が希薄なシュミラクールとしてのファッションDJさえもが登場して[大きな物語から小さな物語]へ、多くの団栗の背比べ的なデザイナーが増殖した状況になってしまった。言い換えれば情報のスピードとその量の進化によって、誰でもがデザイナーになれる環境と何でも有り状況がこのモードの世界の現在。こんな時代であるからデザインする側より実際にモノとしての服を製造してくれる工場が今までよりも大きな力をもちはじめ政治的にも発言権を持ち始めたのがここ最近のEUのモード環境。幾らすばらしいデザイン発想力やアイデアを持っていても工場が作ってくれなければ実ビジネスにならない。この状況によって、最近では才能あるアントワープデザイナーたちが消え始めていることやオランダ勢が想ったより伸びない事も現実。最近、パリのファッションビジネス・エリートを育てる学校IFMではサンディカ理事長でもあるムッシュ グランバックが30名ほどの生徒たちを連れてイタリーとイギリスの工場見学を行い、生徒たちと工場とのコミュニケーションが図られた。
今思うに、’80年代も後半、バブル経済期にカシヤマが今は亡くなられた故中本氏のアイデアでイタリーのジボ社を買収した事、彼の時代を読む眼と発想が無ければ今の世界に於けるカシヤマの存在は決して実現していない。造る環境が在ればその中に必要なソフトとしてのデザイナーは自分たちが主導権を持って選び放題である事をこの事実は教えてくれる。それに、ZARAやMGOを代表とするモードに於けるグローバル化が定着したのも工場在っての現実である。実際、モードの環境がここまで変革して来た。この反動として、[手作りもの、リ・メイクもの]がクオリテイー・アップした事は事実である。
現実としての日本のファッション環境と構造を日本的21世紀型へ、再考しなければならないだろう。

5)[誰が21世紀のYSLになるか?真剣に探し始めたパリ。]
  老舗エルメスがJPゴルチェを次期デザイナーにした事はこの街にとっても正論過ぎるほどに正論であった。今、巴里のモード関係者たちは誰が次のYSL的存在になれるか、誰を推そうかと必死になっている。言い換えればフラン人デザイナーで、フレンチテイストをフレンチモード的に演出できるYSL的中心デザイナーを物色しているのだが殆んど誰もいない状況に気が付き始めたのも今。フランス人、フレンチテイスト、フレンチエレガンスそして若手ゲイ。これが条件であろうがG・ユーキヴィッチやアレキサンダー・マチュ―でも未だ不十分、では誰?
 エルメスにおけるJPゴルチェは既に同系列会社のデザイナーであるため最も当たり前すぎるほどの選択。しかし、彼を推すしか今は若手が居ないというのが現実。僕も次期デザイナーの件ではエルメスの友人へ僕なりの候補デザイナーリストを作ったのだが、この時もゴルチェは彼の作風から言っても本命中の本命で面白くなかった。
 日本の21世紀のモードを背負って立つポスト川久保玲を育てる気はあるのだろうか?または、もう必要ないのだろうか?

   6)[ゲイマーケットが冷め始め変革を迫られているメンズファッション界。]
確実に2シーズン前から世界のメンズマーケットが変化し始めた。この10年以上の間、そもそもは‘85年来、ゴルチェが登場し[オムオブジェ論]をコンセプトにメンズ界の教祖的存在になって以来、特に’90年代の若手メンズデザイナー達は自らたちもそうであって当たり前のようにゲイマーケットをターゲットとしてビジネスを行ってきた。だがここに来て、エイズ以降彼等ゲイたちの生活様式が変化し始め健康スポーツ志向へ向い高級ジムでの身体造りに励む事が彼らたちのライフスタイルでのプライオリチーになる。続いて、CD,DVDとコンサートそして、旅行にハイテク機器と料理とインテリア関連と続く。ファッションはH&MでO.K. その結果が[ノーマルな男たちへの普段着を贅沢にオシャレさせよう]が再び、メンズマーケットのメインになり、着易くコンファタブルなジャケット中心のシンプル&ラグジュアリ―がキーワードのコレクションへと変化。その兆候として、女性デザイナーたちが、川久保玲、エルメス・オムのヴェロニック、V.ブランキーノ、S.リキエルたちが造るメンズ服が熱くなった。
 日本では[オカマ]マーケットが登場するのだろうか?

7)[一ファッション企業Dieselのプロモーション事業でしかなかったファッションコンテスト、IT’S#2]
  昨年、イタリーの国境の街トリエスタで始まったファッションコンテスト“IT’S”に僕も昨年の第1回目の審査員でそして、今年はプレスとしての招待で参加。ここで判った事はこのインターナショナルな規模のファッションコンテストはEUで幾つか行われている、代表的なものはフランスのイエール、コンテストとその最終目的が違っている。考え様ではこれも21世紀型といえよう。その多くがインデペンデントなデザイナーへの登竜門的性格のコンテストか(イエール)、自分たちの国のファッションレベル・アップの為(スイスのGWAND)や素材メーカーがバックアップして自分たちの素材を若いデザイナーたちに使ってもらい新たな可能性を問うため(イタリーのミッテルモーダ)等の類のコンテストなのだが、このIT’S#2はスポンサーであるイタリーのDiesel社の広告販促と自分たちの企業へ、世界レベルで才能ある可能性豊かな人材を探し、見つける為が目的のファッションコンテストなのである。そのために、世界中のファッションデザインスクールの学生や新卒者を対象にし、彼らたちを選ぶ審査員も世界中から招待した雑誌を中心にメデア関係者、有名バイヤー、ヘッドハンテイングオフィスそれにデザイナーたちを巻き込んだ規模のもの。従ってこのコンテストをオーガナイズしているのは地元の広告代理店と元、ミッテルモーダでオーガナイズをしていた女性がDiesel社と組んでのなかなか強かな構造を構築してのもの。この規模でこの様なファッションコンテストが出来るDiesel社は今、手中にした地元イタリーの幾つかの生産工場とマルタン・マルジェラブランドそれに、メインのデニムラインが好調な印なのであろう。ここにも生産背景を手中にした企業が強い証拠を見せてくれている。この勢いで行くとDiesel社はここトリエステに[Dieselタウン]を作って、ファッションとストリート・スポーツとアートそれに勿論音楽、ゲームをエンジョイさせた21世紀型の[ファッション・アミューズメント・タウン]を環境化してしまえば面白いのにと考えてしまう。
 本当は,日本にこの様な21世紀発想の新しいファッション環境が街ぐるみの規模でプロジュースされれば面白いし、今後の対中国戦略とアジアのファッションキャピタルとしての可能性が考えられるのだが。21世紀も10年を過ぎる頃には僕たちの国、日本は今後、[観光立国]としてしか立場が無くなるであろうから余計である。
 東京アパレルが自分たちの新たな人材を捜す時にこれだけの心意気で[規模とリスクとコスト]を掛けてやるだけの企業が在るだろうか?

8)[みやげ物ブランドを考える価値がある東京アパレル。]
  僕の思い込みでの将来の日本は先にも書いたように[観光立国]化するしかないであろうと真剣に想っている。勿論[日本的新・観光国]である。ファーイーストとしての、伝統的なる日本、世界遺産の日本各地、ポスト・モダンの先進国としてのハイテク・日本そして、アニメ・ゲームと風俗をも含めた東京・アミューズメントこれに新たな産業、お台場カジノがやがて加わるであろう。この根拠は2008年の北京でのオリンピックゲームと2010年の上海での万博以降の中国がかつての日本よろしく、確実に[大衆消費社会]構造へとイデオロギィー関係なく、様変わりをしてゆくと呼んだ時にこの発想が一つ考えられる。僕は世界のラグジュアリー企業の東京進出によるこの街の様変わりはその殆んどが対中国へのサンプル都市化状態しているだけと理解している。
 最近、日本のみやげ物の実態をTVで見た。全国のみやげ物菓子で一番が歴史的にも古くから在るお伊勢名物の[赤福]で年商約90億円。続いて比較的歴史の浅い戦後の商品、北海道の[白い恋人たち]、これも年商約85億円。すごい事である。東京の[東京バナナ]も新興みやげ物ではトップ。これらはワンアイテム・ビジネスである。もしかしたら[消費されないデザイン]というコンセプトが適応されるであろう世界だ。これをファッション業界で考えてみたらどうだろうか?多分、[裏原]ブランドが僕はこの分類に入ると想っている。この街へ来たら買って行くT―シャツそして、馴染みになるブランドそのもの。言い換えれば、[街ブランド]である。そして、この手の元祖は大川ひとみの[MILK]であろう。その証拠に今の[裏原]系ブランドのデザイナーと称されている藤原ヒロシを始めとした連中はひとみさんに可愛がられて社会へ出てきた連中ばかりである。当然、彼らたちのメヂィアとの関わり上手も手伝ってではあるが。
40年近くの歴史を持ってしまったこの国のファッションアパレル産業にも気が付いてみると未だ、[ナショナルブランド]といえるブランドが無い。大手アパレルが売上を競っても所詮ワンブランドの最好調期は3,4年周期でしかないのが現実である。生産背景と素材メーカーがそこそこ構造化されている状況を環境として発展してきた戦後アパレルとそれらに続くデザイナーブランドとキャラクターブランドそして、裏原系の1発屋ブランドに至るまで、最近ではその生産背景を中国方面へ発展させたものつくりを行い、ワンシーズンにより回転数を多くし、実質の売上を伸ばして来た。そのための情報としてのMDは今ではより消費者へ近く、店頭MDが大切な方法論にもなっている。しかし、我が国のファッション産業の最終コンセプトは40年経っても[消費されるデザイン]と[差異としての時間差的価値観]でしかない。この辺でファッションデザインも[消費されないデザイン]というコンセプトで新たなビジネス方式を考えてもよさそうである。

9) [21世紀の新しい環境とランドスケープとしてのプラダビル]
  六本木ヒルズビルが出来たが、これは残念ながら[遅れて来た20世紀のショッピングテナントビル]でしかない。何一つ、21世紀を予言し、それを環境化してはいないし又21世紀の風景をもたらしてはいない。強いていえば、ここに出来た映画館群のみである。だからここだけはやっていけそうな状態だと聞く。規模が大きいだけで環境もアクセスも都市機能もそして、テナントとそのデベロップメントも20世紀型でしかない。
遅れて出来上がった[プラダビル]は21世紀の顔をしている。ビルそのものだけではなく、使っているマテリアルもそうだし、敷地の使い方、ユーチィリテイ―としての空間の使い方そのものが新しい。幾つかの勾配斜面を作り上手にゾーニングし、決して大きくない敷地を見事に新しい[ランドマーク]化している。地元の従来からの風景を、横裏に当たる所に在るマニマンダラのハーフチェンバー様式の建物を上手に取り込んでもいる。そして、僕が1年前に提案していた「垂直のガーデニング」をここではモスをネット上に仕込んだバイオ・タイルを作ってこの敷地境界面をゾーニングしている。強いて、欠点を言えば地下への導入部のエントランスのデザイン的こなしと素材感が今一貧弱である。ここの設計はバーゼルの建築家ユニットが請負った。これから、表参道は日本人建築家の作品ラッシュになる。伊東豊雄のTOD’Sから黒川記章に妹島和代のDIORそれに向かい側に安藤忠雄。さて、どんな21世紀を彼らたちが環境とランドスケープとして見せてくれるのであろうか? 決して、東京をニューヨーク化する事が21世紀ではないことに気が付かなければならない。

   番外) [次期パリ・コレでのトレンドは‘92,3年が再び???]
  湾岸戦争、ジェンダー、フリーダガーボ、レゲエミュージュック、パンキー、不確実性、不安、グランジ、リ・メイク、厚底、デ・コンストラクション、フィット&ルージイ―、プリント、ニュー・迷彩等などと何でも有りの環境とランドスケープ。そして、クリエイチィブ・コンセプトは[ネオ・プロテクション/ネオ・カモフラージュ]

[終わりに]
もう一度、再確認してみよう。
僕たちは既に、21世紀に生きている事を。そして、僕たちの未来を豊かに、ポジテイフに考えイマジネーションし、[新しい環境とランドスケープ]を想ってみよう。そして、それから逆算して今を考えたとき、本当に今、ファッションデザイナーは何をデザインしなければいけないか?そのときの新たな方法とは?この発想と順序付けが大切。
これが[アヴァンギャルド、再び!!]の真意である。

“[過ぎてゆかない過去]の中で漂っている
僕たちの21世紀から大きく窓を開け、未来をポジチィフに かつ、
思慮深く感じ考えてみよう。“

相安相忘。

投稿者 : take.Hirakawa | 2003年08月26日 20:37