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COMME des GARCONS とDIANE ARBUSそして、LISETTE MODEL: 2011春夏パリコレクションから;パートー2 .

COMME des GARCONS とDIANE ARBUSそして、LISETTE MODEL:
激しく生きた二人の女性写真家たち。
2011春夏パリコレクションから;パートー2/

 このメゾンのショーの帰り道、
とてもファッションに気を使った
お洒落な日本の若いファッション学生なのだろう
3人組のお嬢さんたちに話し掛けられる。
「私たち、日本から来たのです。」
「どうでした、ショーは?」
「もー、すごかったです!!」と興奮気味に。
このブランドのショーの印象に
この「すごかったです!!」は定番であろう。
学生さんから、プロと自任している日本のジャーナリストたちに至る迄、
「もー、すごかったです!!」が言い得る最大級の誉め言葉なのである。
では、なぜ、凄いのか?
これ迄を語れる人たちが少ない。
これが日本における『裸の王様』的環境と状況の
モード-ジャーナリズムの世界である。

 「重い」,「暗い」、「辛い」,時として「悲しい」。
これらがこの街に集まって来た若いモードの関係者たちが感じた言葉である。
「CdG,what was happened?」

 しかし、ちょっと、今シーズンのトレンドとの距離を読むと理解出来る。
これらの言葉は総て、
今シーズンのトレンドが必要としているボキャブラリーと
対峙するところのものである。
「軽い」「明るい」「耀き」「ハッピネス」など等。

 今シーズンのトレンドのベーシックなキーワードの一つに、
『’40年代』が在る。
大戦に挟まれた時代。
第2次大戦直前とその後。
ハリウッドとその時代のシーンの様な。
リフォームウエアーとユニフォーム。
合繊のはしり。
リアルクロージングのモード化。
麻と綿のシャツ生地。 
そして、クレア-マカーデル。

 しかし、このメゾンデザイナーは
’40年代=Lisette Model & Diane Arbusを選ぶ。

 同じ生き様として、この2人の女流写真家に共鳴する。
大戦直前からの、この時代性が持ち得た
不安にさせる多様な恐怖感を
彼女たちが非常に深い精神的な立場から
それぞれが被写体を移し込んだように
このデザイナーはコレクションを創る。

 黒の合成皮革によるたっぷりとボリュームのある
プリーツスカートをはじめとする
分量感あるアイテムのイメージングはL.Modelから。
異素材による「3オン1ウエアー」の発想は
D.Arbusのツインズの少女。
それに、
多くの影響を受け、つい2週間程前に亡くなった
C.Nemethへのレクイエム。

 結果、 当然であるが
「重い」,「暗い」、「辛い」,時として「悲しい」
イメージのコレクションとなる。
戦後の焼け跡の様な空間とグレゴリオ聖歌が加われば
トレンド『’40年代』からは
遠く離れて一人歩きする。

 そして、彼女の夫であり、
彼女のコレクションのコンセプトアドヴァイザーでもある
彼の口から通訳と称して出る言葉が同胞に伝わる事で
総ては、一人歩きする。

 この様なイージーな種明かしは
このデザイナーから一笑されて、
馬鹿にされるであろうが
コレクションを見てこのように考える事は
このデザイナーへの
一種の尊敬の念から生まれ,共有したい
『創造の為の発想』への空想旅行であり、
愉しい知的な遊びである。

 残念乍ら、最近のこのデザイナーの『創造の為の発想』には
トレンドという安全装置が仕掛けられたところでの
イマジナリーボヤージュなのだ。

 そこには、
何か未来を彷彿させ、訴える
新しさのコンテンツと激しい心意気と悶えまでの
深いエモーションが感じられなかった。
未来へ向けて
開く窓が重く
開けられなかったのだ。

 ”革新/Avant-Garde”に見せかけた
飽食な時代の行為でしかない。
そのオリジナルコンセプトは
’40年代の二人のユダヤ人女性写真家の生き様から
影響を受けたとしても。
この様な発想は
”飽食の時代性”からしか生まれないからである。

 革新/Avant-Gardeそのものではなく、 
『革新/Avant-Gardeへのアイロニー』だと
感じてしまった由縁がここにある。


 このメゾンの他のデザイナーたちのコレクションも
今シーズンのトレンドの要素を巧く振り分けての展開である。

 JUNYA WATANABEは
もう一つのキーワードである’70年代を。
その時代のデザイナーS.リキエルに習って
ボーダーを使っての誠に見事な,
彼女以上に器用な素晴らしい
新たなアイテムをデザインする事も忘れていない
お利口さんなコレクション展開。

 この若さと早さで
既に、”ELEGANCE"を表現出来る迄になった
今シーズンのTAOが僕は好きだった。

 シンプルさと
そのシャーリング効果が巧く出る迄のミニマリズム。
蕾であり、青い性であり
イノセントな危うさが美しくエレガンスに。

 何処かに”プレ-ラファエロ派”のイメージが
ロセッティーやミレーの世界の女像が現われ
アルルカンのキュートさも、
ロリィータの危ういさも、
みんな華そして、蕾。

ありがとう。
文責/平川武治:イル-ドゥ フランスにて。

投稿者 : editor | 2010年10月07日 08:15 | comment and transrate this entry (0)

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