discipline(2)

「11月13日のパリテロ事件」深読みすれば、

 この間のパリコレで訪れた巴里で、僕はこの街が苦しそうに模索している姿と雰囲気を感じていました。
 また、この街が新たな新興中産階級を構造化するために移民たちが住んでいる地域を都市開発し始め、貧しい移民たちを受け入れても底なしの世界を
構築し始め、パリ郊外へ追いやり始めたからです。ここにも「二極化社会」への布石が現実化しています。

 「11月13日のパリテロ事件」は案の定の事件ですが、とても悲惨な惨事でした。
この事件の根幹は当然ですが、現在のフランス国政のバランスの悪さと移民問題に隠れたイスラエル建国問題
(ピコ協定/’16年)から端を発して大河のごとく流れ続けている宗教紛争と民族闘争の現実の一先端です。
ですからこの惨事は「パーソナル化され始めた第3次大戦」でしょう。
それにここでは、新たにフランスはもう一つの軍事産業大国であることを改めて知るべきです。
 
 直接的にはシリアからの大量難民を受け入れたと同時に、シリア爆撃を開始したタイミングによって引き起こされたもの。事件現場はフランスの穏便派と称される中産階級の人々が多く集まる場所を狙ったこと。そして、サン・ドニの競技場はオランド大統領が観戦していることを情報として入手していたことによって競技場玄関での見せかけの襲撃現場としただけ。
 パリに隣接するサン・ドニ市はもう既に、彼らたちイミグレーターたちの”キャピタル”になっています。あのフットボール競技場をここに設けたのも、彼らたちの”エネルギィー”を吸い取るためのイミグレーターたち、X-Y世代たちの「ガス抜き装置」でもあります。
これがグローバリズムの現実の一つです。
 そして、バタクランやその他のエスニックレストランは”新興中産階級の子弟たち”即ち、国籍関係なく、ユダヤ人たちの若者が多く集まっていたところです。その事実、当日のバタクランでは決して、”RAP"のコンサートでは無かったこと。彼らは決して、無差別殺人を起こしていません。ちゃんと、自分たちのターゲットが誰であるかはしっかりと教育され、情報を得ての事件。
 その直後に起こったマリ・バマコでの高級ホテルテロもそうでしょう。
決して、現地人は泊まれない高級ホテルを狙ったのです。ちょうど、この時期のバマコでは
フランス文化庁が後援してマリ国の「秋の文化祭」的な催事が幾つも展開されていた時期です。
従って、ここでも、フランス人中心の”コロニアル主義”の延長の「文化の押し付け」関係者たちそのほとんどが
ユダヤ人たち、が招待されて宿泊していたホテルを狙ったのです。
実際に僕も’10年から2度ほどこの街で行われている”黒人写真家のための写真ビエンナーレ”
へ参加した経験から直感した眼差しです。
 今の巴里はまた、’90年代始めそして、グローバリズムが唱えられ始めた2000年終わりに行ったように、
貧しい移民たちが住んでいる地域を”都市開発”と称し彼らたちを郊外へ追い出し政策で都市が改造され始め、
現在行われている”都市開発”事業もこの一環です。
 その反面、”シリアからの移民受け入れ”を行っているのも彼らたちの”飴と鞭”でしかありません。移民、難民たちがパリへ新たな世界を求めてやって来ても結局は、住む所が十分に与えられず近郊の都市部へ追い込まれるように棲みつくしか仕方ない現実。
このキャピタルが”サン・ドニ市”なのです。

 今、世界中が”善”と”悪”の二極化によって政治がなされていることに僕は危惧しています。
現実社会は”0-1”の世界ではありません。出来過ぎたバーチュアルなコンピューターゲームではありません。
 現状の世界メディアは余りにも、表層過ぎます。そして、それを信じてしまうB層階級者たち。
今、世界の富をかき集めている連中は新たな世界、自分たちを選ばれしトップとしたヒエラルキィの”新世界”を構築し、”二極化社会”を構造化するためにそして、人口を減らすためその富を
使っています。すなわち、富める者たちの自我から生まれた未来問題です。
宗教闘争と民族闘争それに、国家闘争をただ絡めた「パーソナル化され始めた第3次大戦」です。そして、尚も、
富を求めている連中は”軍事産業”がどのように動くかのみがフォーカスであり、その結果が、今回であり、
これは今後も続くのです。
 このテロ事件以降大きく変わったことが確実にあります。
フランスも英国もアメリカもロシアも”軍事産業”を一国の一番の生業としている国家がより、 
「極右」が強くなり始めたことです。確実に”得をする者たちと損をする者たち”が今後、顕著に
現れその究極目的は”新世界”とそのための”二極化社会”構造発想での現実です。
 
 戦後の敗戦国日本ではまだこのような移民問題が現実になっていないために真相を完全に
理解することはできません。これが日本とフランスいや、戦勝国という国家間の現実距離です。
 それなのに、日本政府も事件直後に表層のヒューマニズムに迎合して、自称”大国”気取りで
直ぐ様”善悪”2極化のステートメントをまるで、”与えられたシナリオ”をここで言うべきだと
教え込まれたように読み上げる。このこと自体が日本の惨めさを感じ怖くなりました。
 この自分たちに与えられたシナリオによる言動と行為、倫理観なき、教養無き行動であり、
僕にはこの安倍内閣そのものが惨めで今後の日本国が恐ろしくなったのです。
 これはあの”原発問題”と同じシナリオでしかありません。
これからの新たな日本の国家産業の重要品目に「軍事産業」或いは「軍需産業」が控えています。
この戦後70年後にやっと飼い主アメリカからお許しが出、念願が叶う「軍事産業」を潤滑に
国家産業化させてゆくためにはその工業力のための”動力”問題があります。
そして、ここに新たな巨大「利権」が派生します。
 従って、”電力自由化”などと表層で謳いあげながら堂々と「原子力発電」事業を復活させ始めている
事実。これがこれからの「日本国の未来」の一端を生み出すシナリオ。

 今やこれからの日本の子供たちが自國をどのような理想国として教育されて生きてゆくのか?
2020年までの東京を中心とした国家の変貌と、2030年までの”直下型地震”そして、2045年からの”人工頭脳”の実現実化とライフスタイリング化。これらはもうすでに完全にプログラミングされています。これらを実際に生きる若い世代たちが教育で、家庭でどれだけこの事実やシナリオを教えられているか? 地球のことを念い合った未来が教えられているのだろうか?
宗教倫理も持っていない、家庭倫理も薄弱によって富を築いてきた戦後日本の70年がこれからどのような
「真の国際国家」を構築してゆくのか?
 こう言う視点で、今後の僕たちの国家を想像するとやはり、恐ろしさと不安ばかり。
しかし、この兆しを”豊かさ”から生まれ育った今のX-Y世代の若者たちは案外と冷静に見始めて
いるのでしょう。

 見えている美しい氷山の水中下には必ず、バランス/調和を保つ大きな塊があります。
その塊を国民の為に感じ読むことができるか? そして、何を為すべきか? 
これが真の政治というものでしょう。

 ここに、今年2月の”ル・モンド・ディプロマティーク日本語版”で掲載されたフランスに於ける移民問題の評論があります、ご参考まで。
http://www.diplo.jp/articles15/1502islamophobie.html
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2015年12月11日 08:19 | comment and transrate this entry (0)

web site "Le Pli" is information and archives of guerrilla report Le Pli on TOKYO collection.

greeting(37)

おしらせ ”VACANT- Le Pli会 ”残暑の宴”

VACANT- Le Pli会 ”残暑の宴。”

三伏の候のごあいさつ。
みなさま、お元気で今年の酷暑を
お愉しみになりましたでしょうか?
既に、半年はご無沙汰をしてしまっていた、
この原宿VACANTでのLe Pli会を開催させていただきます。

僕はと申しますと、
初夏の宵に慌てふためいた結果、
路上で膝の皿を割ってしまうという久し振りに、
僕にはちょっとした出来事がありました。
お陰で、暫くは動きも取れずその後も、杖に厄介になる日々を
2ヶ月半ほど過ごしておりました。
が、今ではたくさんのお気遣いで回復へ、
そして、
巴里からも帰国し再び、鎌倉で潜む生活を営んでおります。

今回の会では
僕の近況とそこから色々考えていたことをやはり、
”モード”の立ち居場所からこれだけはお話をした方が良いだろうと言う事のいろいろ、
そして、みなさまからのご質問とともに
この残暑を忘れる迄の豊饒な時間をと考えております。
よろしく、ご期待ください。

今回のコンテンツは
マタイ伝から、「あたらしい酒は、あたらしい革袋に」
そして、「あたらしい自由」です。
僕たちは「近代」の次なるを考える時代性が来てしまっています。
何故ならば、ル・コルビジュェがもう、既に、”世界遺産”になってしまったからです。
 
原宿VACANT-Le Pli会のごあんない。
開催日時;九月二日午後七時より。(会場は六時半~)
会費;一般/¥二千円、学生/¥千七百円。
休憩時にお茶とお菓子をご用意します。

ゲスト;中里唯馬氏;
先シーズンの巴里のHaute Couture Weekにてコレクション発表.

予約|info@takashiogami.com
*件名を「Le Pli」とし、お名前・人数・ご連絡先を明記の上、
上記のアドレスまでメールをお送りください。

相安相忘。
平川武治

投稿者 : editor | 2016年08月26日 10:04 | comment and transrate this entry (0)

greeting(37)

「在命退位」を自らお言葉になさった天皇は、

 『みなさん、日本の盛夏、お見舞い申し上げます。
どうか、酷暑に負けず、國体の行方を考え見守ってください。』

 一昨日の友人とのメール交換から、 
 「在命退位」を自らお言葉になさった天皇は、
昨今の安倍内閣が手がけようとしている
「憲法改正」についてご自身が危惧なさっていることへの一石を
ご自身の「立ち居場所」からのみ発せられる行為を
ご自身の”生”を賭けてこの機をお設けになっただけだと
僕は解釈しています。

 天皇は今現在では、自分たちの國即ち、これからの日本國民が
どのような國体における民族になって行くか、
自分たちの國土を自分たちで穢してしまった現在(もちろん現発で、)
そして、「第9条改定」へ、そのための「憲法全面改定」案。
ある意味で「神風」を起こそうと、
自分の國であるからという「責任こゝろ」という「覚悟」とともに。

 残念ながら、これらはすべて、小泉内閣以後の我が国の国政の根幹は、
合衆国からの「飴と鞭」版”シナリオ”によって演じさせられてしまっている現実でしょう。
その証拠は戦後の「日米安保関係3悪条約・同盟」が外されないままのシナリオです。

 天皇はこれを見破っていらっしゃいます。
よって、ご自身の「立ち居場所」でしか可能でないご感想発言。
ここには「日本民族」の”継承”という問題がもう一つにはありますね。

 8月15日を待たずして、広島と長崎の原爆被爆記念日の間の今日という日を
お選びになったそのおこゝろに、
国民である僕たちは関心を持って今後の国政のためにも、子供達のためにも、
一国民として向かい合って天皇のご「本意」を知ってください。
そして、反対論、賛成論やいろいろを論じ合ってください。
お願いします。
合掌。
平川武治:

投稿者 : editor | 2016年08月08日 06:40 | comment and transrate this entry (0)

greeting(37)

"DADAGLOBE" 今年はDADA100年の年。

 巴里がファッションピープルでがさつになる前に、友人のいるチューリッヒを訪れる。
この街で起こった"DADA Movement"、チューリッヒ・ダダが誕生したのが100年前。
 ロシアから降りて来たユダヤ系ロシア人たちがこの街で興したアヴァンギャルドムーブメント。その展覧会がこの街の美術館で行われていたので行く。
今回のDADA展は、当時この運動をバックアップした同人雑誌、”DADAGLOBE"を軸にして、この街でどのような人たちが、どのような関係性を築きながらこの前衛芸術を創生していったか。そしてその後、巴里へそして、N.Y.へどのように拡大していったか?がこの展覧会のコンテンツ。
 多くの日本人は知らないこの”DADAGLOBE"には興味ふかい写真が、ドローイングがそして手記と作品が連載されていた。この時代のバックグラウンドが戦争と不景気それにユダヤ人問題が重なり始めた複雑な時代性から生まれ出た”爆発!!”とても、現代の日本では起こりえないエネルギィイの集約とその憤りが一つの時代への芸術定義がなされたDADA。
 参考書籍/この出版社はいいものを出している。
http://www.scheidegger-spiess.ch/index.php?lang=de&page=books&view=lc&booktype=filter_5_title&subject=1&artist=all&author=all&pd=ss&book=706
 

投稿者 : editor | 2016年03月01日 18:44 | comment and transrate this entry (0)

article(60)

2ヶ月遅れの、今年の初めに。「”シュプレヒコール”は左翼崩壊までの子守唄だったのですね。」

「もう数日後にはまた、新たなるコレクションの流れが吐き出されるというこの場に及んで、書かなければならないこと。」
 新年に考え、念い込んでいた事は、僕たちの国が、これからの子供たちのためにどのような
こゝろの有り様を、念いを掛けているのか?とても、心配でなりません。
もう5年前の出来事位なってしまった天災災害を表層に押し出してその横で、金儲けを企んだ
大手企業。そして、その後ろへ追いやられてしまった実際の被害者たちと”原発企業事故”問題。
 彼等たちは今後の国土のこと、子供たちのことを心せず、自分たちの目先の”業”の世界を
目論むばかりでこの5年が来ようとしています。ここにもいわゆる「格差社会」の現実しか
読み取れません。
 戦後、70年を経てやっと、お許しを出してもらった「軍需産業」復活=工業立国化という
アメリカを中心にした軍需複合産業から与えられたシナリオの現実化が今の安倍政権の根幹。
その代償はUSAの軍事防衛費を軽減させ、なお彼等たちへの軍需発注の強化。
(昨年計上された予算の増額比率では軍事防衛費が年金福祉や教育費よりもダントツに増額トップという現実。)
 僕たちの国の現実の弱体化=国債国家を修復させるために選ばれた策「工業化立国」案。
そのための「軍需産業の復活」。そのためにも必需な「動力源」確保がこの「原発再稼働化」の根幹。ここで生まれる、新たな”利権=天下り”に有り着くための政治化と政治家たち。確りと
立ち直り始める”旧財閥”しかし、これからの彼等たちには戦後からの”ユダヤ資本”がべったりと既に、コバンザメのごとくひっついてしまっているのが見えそうで全く見ていない現実。
 メディアも既に、”節穴”、御用メディアもいいところ。
メディアの役割である「社会教育」も偏る一方。

 『あの、’60年代も終わりの頃の僕たちの”ヤジ”や”落書き”は何処へ行ってしまったのでしょうね。』
 時折、聞いてしまうジョー山中が切なく、悲しくしかし、心に溢れるように歌っている
「人間の証明」のテーマ曲。”あの麦わら帽子はどこへ行ってしまったのでしょう。”とともに思い出してしまうのですが、この歌を知っている世代も少なくなっていくばかり。
 結局は、敗戦という事実を切り札に「倫理観無き」輩たちに”ヤジ”や”落書き”は消され、
”カウンターカルチュアー”をすべて、王道の80年代消費産業のアイコンにし、売り飛ばした僕たちの世代。
 ”シュプレヒコール”は左翼崩壊までの子守唄だったのですね。
 ーーーなんてことを考えて迎えた新年でした。やはり、”歳”ですね。

 そして、10日も経ったん甘ぬるい正月ボケの脳味噌へD.ボウイが亡くなった、と。
僕のロンドン時代のリアリティがまた、一つ消えて逝きました。その悲しみとは、寂しさしきりで辛くもなりました。
 <F.B.へ書いたメッセージ>から、
『David Bowie(David Jones)が亡くなった。昨日、1月10日、彼の誕生日が幾日か前だった。

69歳を迎えて間もなく逝ってしまった、ガン闘病も虚しく。
 
どうか、安らかに永眠なさり、ご成仏ください。
 ’73年に彼と初めて出会った。
ロンドン郊外、GILFORDの路上でだった。彼のコンサートにわざわざ招待してくれた。
その後、”RED BUDDA"のロンドン公演のレセプションで再会し、東京のコンサートにも。
 悲しい。
彼は僕の青春時代の耀きの一つだった。
僕たちの青春にも老いが来、死が忍び始めた実感が
彼の死とともに感じつつ。  
生きることの一つに、 "Metamorphose"を人生の上で教えてくれた。
あの時代の彼のステージから、「存在感+行動+容姿」が
大切であることを彼の人生で教わった。
 悲しい。
たくさんの想い出に耽ります。
 どうか、燦然と輝く星に、
合掌。
 最近は、残された「Black Star」を聞いてしまっています。

 さて、モードの話をしなければ、 
パリのモードの世界はもう、すでに僕も発言しているように、「モードの世界=広告産業」という公然な公式になってしまい、その中での若いインデペンデントなデザイナーたちの必死に捥がく状況はひどくなり、狭くなる。
 この街もやはり『SPA』系がうまく儲けられる時代性とそこから儲けた資金によって新しい顔
つきを産み始めたからです。これは、日本のファッション産業も然り。
 ここ数年来、僕のファッションへの関わりの眼差しと視点は「ファッション産業」です。
日本におけるこの産業が今後、どのような状況を迎えることが良いのか?
そのためにはどのような視点とこゝろが大切なのか? 
”産業とデザイン”の何らかの新しい関係性が、これからのモードに興味を持って、
「仕立てる」ことを目指す子供たちへの好奇心へ繋がればというこゝろの有り様です。
 しかし、パリは”国策”に等しい方法でサンディカが中心になって若い才能と有望なスキルを
バックアップする側面も持ち合わせて、彼らたちの時代感から今後の「モードの巴里」の継続化に策を持ち始めていることも確かであり、始終している。これがこの国のうまいところであり、強く継続に拘る証である。
 例えば、数年前から始まった、サロン「DESIGNER APPARTMENT」サンディカが全面的に
バックアップし、選ばれる若手デザイナーたちはそのほとんどがあの”イエール出身”であり、
フランス素材と国内生産に拘ったデザインと工業性を展開している。

 では、東京の多くのインデペンデントであると自称しているデザイナーたちの状況はいかがであろうか?
 僕の目から見たら、この日本のデザイナーと彼らたちを取り巻くファッション産業そのものは
ここ30年はほとんど変化なし。ただ、同じレべルのデザイナーたちが入れ替わっただけである。
 彼らたちが得た社会での立ち居場所に立ち続けるための”discipline"がその彼らたちの作品と称する商品からもデザインスキルからもほとんど見られない。ここには”デザイン”とは何かの
根幹が意識として、彼らたち「壁紙デザイナー」には希薄でありまた、ただ間違った未熟なボキャブラリィーとして「アートとファッション」の二枚舌を使うのみ。
 このレベルのファッションデザイナーを取り囲む世界にもこれらの知識がほとんどなく、
古い80年代のデザイナービジネスにどっぷり浸かりきっているだけである。従って、
”東コレ参加”にぶら下がり「デザイナーぶる」ことに拘り、わずらわされている大勢の輩たちは
僕から見ると残念ながら、「壁紙デザイナー」として頑張っているのみ。
 デザインの役割には「社会と産業」にどのように関わって行くか?という使命がある。
そこに、商品としてのクオリティや価格のつけ方が見えてくるのであるが、作り手の一方的な
思い込みと”志”低い夢の勘違いから彼らたちの商品を街で見受けることができず所詮、自己満足の世界での「デザイナー」という立ち居場所を守っているだけの現実である。「東コレ」という恒例イヴェントに参加することでその彼らたちの立ち居場所が確保される構造が出来上がっている。主催者たちの予算獲得のための員数確保の自己防衛とメディアによる広告を期待しての持ち上げ報道構造とデザイナーたちの自己満足な「壁紙デザイナー」の堅持という三位一体化が蔓延しているだけの「東京ファッションウイーク」という”ゴッコ”が変わらず、30年近く続いているだけでしかない。
 変わったこととは、時代の変革によって、従来の「アパレルメーカー」がその土俵から”ファストファッション産業”に蹴落とされ、入れ替わった「SPA」型のブランド企業に完敗し、
エネルギィー切れでこの土俵から撤退しただけ。

 そう、今回は見せていただいてまだ僕が正式にこのブログに書いていなかった先シーズンのパリのファッションウイークで気にかかったデザイナーのことを書かなくてはいけない。
巴里ピクシム大通りより。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2016年03月01日 01:38 | comment and transrate this entry (0)

article(60)

少し、気になる「芸術とデザイン」の関係性を考えてみよう。

「芸術とデザイン」の関係性を考えてみよう。(1)
 昨今、「ファッションとアート」の際もラップされ始めてきた。
その”際”がより、不明瞭になり始めるまでの「物質的豊かさ」というリアリティが齎した新しい価値観の一旦だろうか?或いは大いなる自己満足の一旦のみ?
 その証拠に、日本で発信されるこの作品群はその殆どが、「手工芸の世界」でしかない。
”どれだけ、手間暇をかけました。でも、自分自身ではやって居ません”レベルの代物がほとんど。

1)まず、日本のファッションデザインの現状について、
 実際、ここ10年間ほどの日本のファッションアパレル産業はそのビジネスの展開においも、
実績に於いても然程の成果を見せていない。当然であるが、この直接的原因は”ファストファッション”の登場である。即ち、”低価格”と”トレンド性”そして、”資金力”と”生産インフラ”などが
主なる敗因であろう。極論すれば、海外から押し寄せた”黒船” =”ファウストファッション”と
日本発の”ファストファッション”のそれらによってグローヴァルな販路においても負けている。
 従来までの日本のアパレルファッションの販路はその殆どが彼らたちの育ちと同じように
”百貨店”であった。その”百貨店”ビジネス本来が生活の豊かさという社会の変化に気付きその
ビジネス戦略を変革してからは余計にアパレルファッションのビジネスは苦境に陥った。
 しかし、巴里においても、アメリカやまた中国においても、ファッションを確かな一つの国を興すための産業と考えられた國策のもとで新たなブランドファッションビジネスが表層化されている。その結果、このデザイナーファッションビジネスの高トレンド化とそれをより魅力に商品化する工業力と広告宣伝のイメージ力を伴ってここ数年来、彼らたちは”百貨店”ビジネスで確立させたイメージング&ビジネスを”路面店ビジネス”へシフトをし始め、確実にこのゾーンでのビジネスをも伸ばしている。
 一方、”ラグジュアリーファッションビジネス”はその取扱品目を増やす方向でビジネスを広げてきたがその広げ方が今後、課題になってきたのが現在である。即ち、毎シーズン、新しいトレンド性を重視したメディア-ウケを狙った商品群をこれでもか、これでもかとデザインしてゆくには
”リスクとコスト”が掛かり過ぎることに懸念し始め、疲れて来た。そこで従来からのブランド定番商品をどのように周辺商品、コスメやバッグやジュエリーアクセサリィーとシューズ等に
よってその新しさを広告によって編集拡大してラグジュアリーのイメージを保ってゆくか?へ
シフトし始めた。ラグジュアリーブランドのトレンドモノを購入するのはアジアンマーケット、それもやはり、日本しかない。という現実を’90年代で学んだ彼らたちはそのビジネス戦略を
再び、日本へ向け直し始めた。そして、この日本が”観光立国化”戦略を新たな経済戦略の大きな柱としたこととリンクして最近の街の風景がラグジュアリーブッティクと共に変わり始める。
 では、日本のインデペンデントなデザイナーブランドビジネスはどのように進化しているのかあるいは退化してきたのか?結果は”変わらぬ自己満足の現状維持”化でしかない。
 日本のファッション産業のインフラを熟知し、それらと良い関係性を直接持って自分たちの
世界観でデザインしているブランドはそれなりに延びているし、少しは右肩登りで継続している。しかし、自分たちの倫理観と狭軌な”夢”の範疇で自己満足してしまっているデザイナーブランドは現状維持が精一杯であり、当然であるが今後が大変になって来た。
このレベルでの彼らたちは自分の世界観を好きなファッションの世界で、どのように表現すれば誰が買ってくれるのか?ここが見えないか、見ないでモノ造りをやっているのか、それに自己中心な人間性が加わっての現実でしかない。
 ほとんどのファッションメディアはスポンサーとの関係性で成り立っている世界である。
売れて来たブランドが何処なのか、どんな理由で売れ始めたのか?そんなことには無関係に近い。広告主ブランドとの協労によってあるいは、売れる為の情報をそれらしく仕込んでメディア化し売り上げを作り、広告費を確りと取る。この構造が現代ファッションの”広告産業ビジネスの由来である。そしてこれに、ファッションの世界で重要なウリである”トレンド”をどのように
”味付け”をしてゆくか?ここに、現代では”読者モデル=隣のトレンド=リアリティ”というアイコンを生み出し、そのシーズンの”売りたいアイテム”をメディア化”しているのが彼女たちファッション誌編集の生業である。そこへ訪れた、”パリコレ”情報を耳年増的に囁く。
 多分、日本にも人間的に確りと地に足を着け、自分の好きな世界でリスクとコストを掛けて踠いている若いデザイナーたちもそれなりに居るのだろうが、極小である。表層のメディアとその周辺の喧騒に侵されている彼らデザイナー、勘違いさせられてしまっているデザイナーたちが
目立つ。僕的には身勝手な自己満足のレベルを一つの”夢”としている輩たちがメディアにゴマを擦り、モテ騒がれてしまって、ちゃんと自分の世界観で時代を表現し、好きな服にこゝろの有り様を入れ込み気宇し、社会にどのようにコミットさせなければならないかを真撃に考えているデザイナーが少ない。
 この原因の一端は彼らが学んだデザイン教育にある。”デザインとは何か?”という根幹が理解されづ、解らず、教え込まれずに来てしまったこと。”モノ作りとデザイン”の関係性の意義と目的とその根幹が世界レベルで認識されず、ここにも戦後の日本の欠陥教育である”表層”の情報と模倣を教える、根拠なき世界を構築してしまった諸環境が原因。

 嘗て、経済恐慌とともに芸術を弄んでしまったヨオロッパ。
 その芸術から智と感覚を得たデザインによってその国を富める国に成し遂げたのが30年代からのアメリカでありここから近代ヨオロッパの没落が始まった。この現実には”アールデコと流線型”の違いがあり、これが”近代デザイン”の源流である。(デザインそのものの発端はイギリスにおける第1次産業革命からで、当時の機械生産化によってもたらされた量産と低コスト素材の誕生がその機であった。)
 今、またそれぞれの国家の経済現実は非常に貧困と弱体化し始めた時代が現在の国際社会の
一面でもあり、それぞれの国はデザインの自由な豊かさとその力によって自国の工業力と経済力を復興させる時代でもあり、発展途上国の工業化も加わり”インダストリアルとデザイン”の
新たなる現実が現代社会の先端である。
 先に述べたように、巴里もサンチェ系アパレルがそのほとんどのパワーを持ち始め、
ラグジュアリー系も彼ら達の歴史とルールを周到して確実に、富を築こうと”インダストリアルとデザイン”の関係性を広告産業化し始めたのも現実です。また、この国のインデペンデントな若手デザイナーたちを優先した国策的なショールーム(designers apartment)をサンディカが協力してここ数年来、催していることもこの国のファッションデザイン産業への新たな決心であろう。
ここへ招待してもらえるデザイナーたちはフランス素材使用とフランス生産が必修条件になっている正に、インデペンデントなフランス人デザイナーたちである。
 
 何れにせよ、日本のデザイン教育においては”デザインとは”、”近代デザイン”とはのデザイン理論の基礎根幹を蔑ろにしその教育の殆どを”表層”を模倣して形つくることに始終して来た。(いわゆる、専門学校教育のレベルである。)そして、”デザインとアート”の差異の根幹も理解せずに無知ゆえ、無闇にアートをもて囃しているファッション業界誌メディアとその媚びた周辺がこの日本のファッションデザイン産業を余計に中途半端な倫理観なき国家に増長させ、
”デザインと産業”によって新たな国力を生むまでには至らず、そのパワーは低下してしまったのがこの10数年のファッション産業であろう。政府が援助する”税金”がしっかりと産業にまで還元されず、先ほども言った、狭軌な小さな個人の”夢”と”倫理観なき自己満足”の変わらずの低レベルの継続化に使われているだけである。(最近の”戦後のツケ、デザイン編”はその殆どの根幹がここに所在していますね。)
 もう既に、「時代の豊かさ」はリアリティを持ちました。インスタ等の「リアジュウ」、そのリアリティからどのように社会とコミットし、産業化し、富と力を産む出せるのが”デザイン”という新たなパワーです。 そして、ファッション産業特有の「過去を消費してゆく」事をいかに、意匠化して行くかを考える時代性でもある。ここでのインデペンデントなファッションデザイナーたちの課題とは、”クオリティ、価格、生産構造、物流、ディストリビュート、イメージング、ターゲットなど等”は全て、”関係性とその勤勉なる開発努力”が根幹であるということの再認識化とそのための謙虚な努力であろう。
 持ち得たコンプレックスから、『無闇にデザイナー振ることに煩わされ、やっていないこともやったように、知らないことも知ったように学んでいないことも学んだようにイメージング』
する構造と立ち居場所はもう、”20世紀のトイレットペーパー”でしかない。
 彼らたちのブランドにおいての現代における”ブランド・インベンティブ(独創性)”とは?
従来のように、”いいモノ、クオリティの高いモノ”を作りことも大切だが、ここにはまってしまうと通例な、それなりのブランドで終わってしまう。”リアジュウ”な現代ではそれなりのカッコ良さやクオリティが良い事は普通なのである。従って、日本が持ちえた高度な”ファッションインフラ”/生地・素材と生産工場、メディア等をどのような関係性によって自分たちのブランドとその
世界観の中に落とし込んだ”モノつくり”が挑戦でき、可能に出来るかが課題でしかない。
 そして、ブランドの考え方やイメージングや美意識や音楽感覚や時代感にブランド・インベンティブが特化しているブランドとしての”インデペンデント”を考えることが今という時代のリアリティであろう。
 そして、今年で言えば、やはり、「ニュース」が新しさを提供しましたね。
国家の政策が変われば、それなりの新たな法律が生まれその法律が新たなる生活習慣を生む。
そうすれば、新しさが生活に自然に必需される。このような視点でデザインするとは?が、
インデペンデントな若いデザイナー諸君が持つべき創造の眼差しであろう。ここでは”外国人コンプレックス”だけでの発想では今後の日本のリアリティに生き残れないであろう。
 ”集団自衛権、東京オリンピック、カジノ、女性の社会化、移民受け入れ、軍需産業、道交法、
そして、観光立国化などは確実に今後の日本のファッションシーンを変貌させられる新しさで
ある。それに、”ゆとり教育”以降のZ世代の新たな価値観とヴァーチャルテクノロジーの共存化。
 そして、「WITHOUT SEWING」と「WEARABLE」は新しいキーワードとなった。
文責;平川武治: 

投稿者 : editor | 2015年12月21日 08:30 | comment and transrate this entry (0)

article(60)

安藤忠雄と川久保玲。あるいは戦後の”横文字産業”とは、

 巴里のファッションウイークが始まった。
僕なりの感触は”低調”。何か、”から騒ぎ”を感じてしまう。
本当は、”ショーどころ出はない”と言うのが本音であろう時代のシーズンに感じる。

 この街へ入る前に、コムデギャルソンのプレスヘインビテのお願いをした。
まず、その時に書いたメールから紹介しよう。
『”10コルソコモ”の件、
”やっぱり、来たか!”という想いで嫌なニュースとして僕は受け取ったのです。
僕はもう巴里へ着きました、どうか、お気をつけていらっしゃってください。
楽しみにしております。』
 この”10コルソコモ”の件とは、WWD N.Y.が(9月12日)書いた一文出ある。
http://wwd.com/business-news/financial/10-corso-como-tax-10220661/
『10 Corso Como Said Facing Big Tax Bill By WWD STAFF
MILAN – Concept retailer 10 Corso Como may be facing financial troubles. According to media reports, the store created by Carla Sozzani allegedly owes 4.67 million euros, or $5.27 million at current exchange rate, to Italy’s tax office Equitalia.

While Sozzani’s lawyers contend the retailer has asked to repay this debt in installments, Equitalia deems the store is unable to do so and is requesting Milan’s courthouse to declare its bankruptcy. A first hearing in the trial is expected on Wednesday, according to the online version of magazine L’Espresso, which also states that 10 Corso Como had requested Italy’s tax commission to allow an additional extension to repay its debt. The commission has yet to decide on the issue.
Executives for the retailer could not immediately be reached for comment.』

 この街へ来て調べるも、そのほとんどの日本人は知らない。日本からの人たちも知らない。
でも、この街では当然出あるが、一般紙にも報じられ、TVにも放映された。
それなりの”不祥事”である。
 僕たち、日本人から見ても”関係”は少なからずある、コムデギャルソンとの関係である。
一時は、東京での出店時には彼らたちは共同で会社を起こしていた。
川久保玲の夫とカルアさんとは同じユダヤ人コミニティでの大の仲良し。
彼、エイドリアンが現在のように”DSM”へ至ったのには彼女からの指導と教えがあっての今。
そんな彼女に、このような「脱税疑惑」と裁判所がついに動いた。
また、時が重なり、エイドリアン自慢のあのロンドンの"DSM"も移転を迫られ、
ドーバーストリートでは無い場所へ"DSM"は移転しなくてはならない羽目にもなる。 
 なのに、日本のファッションメディアはこのスキャンダルを皆目知らない。
決して、偶然ではなく、そのタイミングは当然、”狙われた”のかもしれませんが、長い時間、
かかってコードされていた案件。僕も、東京での”10コルソコモ”出店時に調べてこの状況は
知っていた。この裏には、カルアさんファミリィーがイタリーでの力あるファッション
ファミリィーであり、その力を少しでもという魂胆もあったからです。
ここには”ユダヤ人コミュニティ”の商法の極端さがこれほどまでに膨らんで出た事件であり、
この根幹は彼らたち、ユダヤ商法における”倫理観”の問題でしかない。
 多分、川久保さんも内心、心配なさっていたことがこのように表層化したまでのこと。
自分たちは当然のように”これ見よがしな生活ぶり”をし、行うべきことを知って居ながら、
怠る。この”倫理観”はかつての日本にもありましたね。この手法で大きくなってきた戦後の
日本企業はたくさんありましたし、その多くも”在日系”で在ったことは僕は知っています。
 今、戦後の日本の根幹が面白いほど”暴露”され始めています。               
安藤忠雄の件や佐野氏の問題によって、いろいろ、考えもつかなかった”横文字産業”が
この現実を一手に浴び始めました。この世界では案外と”当たり前”のように黙認されてきた
現実レベルの”倫理観なき、仁義なき”戦後のドサクサがまた一つ表層化されたのでしょう。
 この時代を手のひらを返したように生き延びてきた人たちの一つの時間の象徴です。
戦後の”横文字産業”はそのほとんどの根幹が”パクってなんぼ”という商法。
外国雑誌を手元に、読めない英語に囲まれて、ネタ探しをする。
 これが、”カッコイイ!!”と言われた”横文字産業”の全て!ファッションは全てが”パクリ”
から始まった当時の新業種でしたね。グラフィックも、フォトグラフィーも、雑誌も。
 この70年代のコムデギャルソンの根幹も、ブランド名が示すように当時の
”ソニアリキエル”日本版からの出発でしたね。

 この夏、墓参で大阪へ行き、神戸、京都の
40年来の友人を訪ねるという旅をし始めました。
この時、神戸の北野町を訪れ、あの”ローズガーデン”を見に行きました。
建屋は残っていましたが悲惨な状態です。”メッキ”が剥げ落ちてしまったというまでのもの。
 川久保玲とこの”ローズガーデン”はご存知ない世代になり始めたが、色々、ありましたね。
まだ、彼女も若かったから激しさを持っていらっしゃった。
僕の友人が大阪でCdGに勤務し、大阪はパルコ、京都はBallそして、神戸はこのローズガーデンを拠点にすべく、猛烈に働かされていたのを思い出す。
その友人はその後、死へ急ぎ、間も無く亡くなった。
 この”ローズガーデン”は’77年完成だったので、’76年にはすでに、川久保玲は安藤忠雄と
出会ってる。否、その数年前に、あの”フロム1st.”ですでに、出会っている。
この”フロム1st.”も本当は安藤忠雄が基本設計までを手がけていて、彼はやる気満々でしたが、
その後急遽、ロンドンから帰っていらした、山下和正さんに変わった代物でした。
ここでも、川久保玲はこの”フロム1st.”にはこだわった。白という色にこだわり、タイル張りの内装になった。その後、スタイリストとして活躍なさっている堀越さんがここで働いていらっしゃった。懐かしいいい、時代でした。
 しかし、安藤忠雄はこの山下さんのレンガの使い方の上手だった、”フロム1st.”からその後
”ローズガーデン”のエスキースを頂戴してしまっています。
 そして、この二人はその後、一度だけ対談をした。どちらもが乗り気のない対談だったことを覚えています。
が、川久保玲はその後、もう2度と彼と一緒には表立ってメディアへは出ない。
 しかし、その後、安藤忠雄は彼の建築事務所を”ブランド化”し始めました。
その後、多くのファッション系の商業施設を”浜野商品研究所”を営業部門とし手掛けました。
そして、今の立ち居場所の第1期を構築しました。
この発想は建築家自身が設計しなくても、その名の事務所がすればいいという方式です。
これは当時の建築界では考えられない形でしたが、これが見事その後の”安藤忠雄”へ進化して
現在へ至ったのですから凄いですね!!僕流に言えば、彼は”建築界の小保方方式”で、
建築事務所を”ブランド化”したことが今の立ち居場所を築き上げたのです。
「ル・コルビジュェ+カルロ・スカルプ」=長屋の家を始めとする彼の”外装”+”内部空間”のミニマルなマニエリズム的な混成、或いはブリコラージュは
コムデギャルソンのその後のクリエーションの根幹にも通じるところがありますね。
 そして、安藤忠雄の事務所も今は確か、外資ユダヤ系が資本投資しています。

 僕も神戸大学建築科の知人だった、貴志雅樹氏が彼の事務所へ入り、その後は、安藤忠雄の
デビュー作を始め多くの”ゴーストライター”をしていました。否、させられていたのでしょう。
彼は神大から手土産を安藤事務所へ持って行ったモノがあったからでしょうか?
 その彼、貴志氏が今年の1月に亡くなられました。
あの国立競技場の一件が表層化し、安藤忠雄は出るべき時期にメディアへ出れなかった原因は
ここにありました。ですから、安藤忠雄も死んだのと同様です。
 最後に目論んだこの、ハッザとの連携プレーで、文化勲章は手中にしたものの、国家建築を
手がけられなかった現実と、彼の”倫理観”も’60年代のどさくさと同じでしかない”育ち”。
 今回のこの問題において安藤は官僚たちによって、完全に葬られたと言って良いでしょう。

 しかし、僕はこの問題の根幹には”評論の不在”があると考えています。
戦後、’80年代以降からから現在に至っては全く”評論”は存在していません。
ちょうど、時代が”大衆消費化社会”を歓迎し、全てを”消費”の中へ納めることで経済が上手く
回って行くという論法とその後ろで活躍した広告産業と代理店という構造がありました。
その後の日本流文化即ち、”広告文化あるいは消費文化”がこの構造で構築されて行ったのです。
 従って、戦後の”横文字産業”はこの時流に如何に要領よく外来イメージをパクって、巧く
広告業界と連係プレーをカッコよく都合よくやって行けば、サーフすれば成功というシナリオが戦後の日本のデザイン界の本性であり、正体でしょう。ここには”評論”の正論は必要なく、
”評論”の不在が都合よく良かったのです。この現実が今回、表層化され始めようとされ始めた
いい機会でもあろう。
 
 安藤忠雄についての的確な評論も見当たらないです。
大阪にいらした二川幸夫氏を頼ってのメディア進出でしかありませんでした。
その後、二川氏はあの”GA”ギャラリィーと出版社を始め共に、ブランド”安藤忠雄”を素材に
外国へ売って出た現実がありましたね。余談ですが、この辺りは、何か、川久保玲と亡くなられた故小指敦子さんを思い出します。
 今の日本の評論の世界はすべてが、浅はかな”感情と情緒”を拠り所とした、”良い、悪い”の
価値判断でしかなく、メディア受けと、向けなるデモストレーションだけです。
デザイナーたちとお友達になりたいという感覚レベルでしかない所詮、変わらない戦後からの
”横文字ごっこ”の世界です。
 従って、メディアの人間も学んでいない。勉強をしていない。ただ”知っている”レベル。
そのほとんどが僕に言わせれば、”御用インタビュー”と”御用記事”提供者としてのデザイナーからの一方通行記事ばかりでしょう。従って、今回の”10コルソコモ”のスキャンダルも日本メディアは何も知らないで、いつものように”フロントロー”に座ってイキがっている輩ばかり。
僕から見れば、彼らたちへの悲しさと哀れさしか見えない変わらないここにも、まだ、戦後の
”横文字産業”状況でしかない惨めさが現実。
 
 ”すごいですね!”
で代表される”感情と情緒”だけでの価値判断。
この言葉はCDGのショー後の世界で尋常のように聞かれる言葉ですね。
この言葉にすべてを”委ね”てのメディアコントロール、これが今現在のコムデギャルソンの
メディアコントロールの手法、川久保玲の世界観。
 
 この手のプロパガンダにはもう、僕にはしんどくなりました。
"EVERYTHING TOO MUCH!!TOO HEAVY!!TOO PAINFUL!!
THAT'S YOUR LIFE、THAT’S TRUE YOU ???"

 僕も、そろそろ、本音で日本のファッションの”根幹”を語ってゆこうと今、学習中です。
この続きは次回。
巴里MARAIS街にて;

投稿者 : editor | 2015年10月05日 17:17 | comment and transrate this entry (0)

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三伏の候/ 繋がるための誠実さとは、映画『繕い裁つ人』から。

 少し古い話になりますが、多分、見られた方は多いと思いますが、今年の1月後半に
封切られた映画『繕い裁つ人』。

http://tsukuroi.gaga.ne.jp
 今の日本に無くなってしまったものや消されてしまったこゝろなどを”繋げられる”だけ
繋げて作られた映画ですが、清々しさと、こころが洗われたような気分に浸してくれたそして、
忘れていた何かを、それがとても生活の質を感じるためには大切なものとはをも、
思い出させてくれた映画でした。そして、僕がよく20代後半に歩き回った神戸の北野町界隈も
ロケ地として使われ僕にとっては懐かしさも相当なものでした。
 あの映画に登場する衣装としての服と主役としての服、これらが素晴らしさのそのものでは
無く、登場人物の生き方であり価値観であり、美意識でありその根幹になっている倫理観と
そこから生まれた誠実な生き方の断片がジグソーパズルのように物語を構成していたから
この映画はある種の洗練さを醸し出せたのでしょう。勿論、それらを理解した上での衣装であり
服でありスタイリングでもあるのですが、結果、この映画では”人の繋がり”という温もりと
大切さをテーマにしていた。僕がよく言っている「関係性」の”繋がり”の発端を作リ出すのも
「モノを作る」人の役割であるという根幹。ここに、「デザインとはコミュニケーション」
という役割の所在があることもわかります。
 よく当たり前のように言われる、モノを作ることとは「自分を表現すること。」だけでは
ない。ましてや、有名になるため、カッコつけるためだけそして、儲けることなど、自我欲と
自己表現のみの安っぽい「自由」ではないことをこの映画は爽やかに、含羞を込めて作られて
いた映画だと僕は感動したのです。
 もう一つ、この映画でモノの存在を確かに再認識させてくれたモノがありました。それは、
”ミシン”です。その姿と、それを使う人との関係性そしてその行為によって聞こえて来る”音”、
足踏みミシンの音は僕も幼い時を思い出しました。よく母が隣の部屋でミシンを踏んでいる。
その隣で無心におもちゃで遊ぶ僕。ここにも、母親と子供の「関係性」を”繋ぐ”音がありました。
その音は母の言葉に変わって、安心と安らぎをそして、安心を醸し出すまでのものでも
あったことを思い出させてくれたのもこの映画でした。
その後の僕には、”轆轤”を廻して聞こえる音もこの種類の、生活の中で聞こえる音でした。
今のように、テレヴィジョンやケイタイやiPODがなかった時代でしたので、
ここにも人のこゝろを繋ぐ”エピソード”が静かに幾重にも優しく絡み合っていた時代性でした。
 僕はこの映画を劇場へ観に出向き、映画の途中から重なってくるこのような幾つかのことが
ありましたが、もう一つ、一昨年に、東京で亡くなったC.Nemethのチャーチセレモニィーへ
お招きいただきロンドンへお伺いした折に、久し振りに会った長島悠介君でした。
それまでの長島君=アントワープという僕の中での繋がりが完全にもう、違うシーンになって
僕のこゝろを打ったのでした。とても成長なさっていた。
 ”理屈作りと見せ方作り”をメインに教え込むアントワープから遠く離れて長島君は自由に
使える英語を一つの安心道具として再びロンドンへ戻り、「手の温もり」を感じて生きてゆく
道を選んだ。この発端までは知っていたのですが、その後、数年間はご無沙汰。
そして、再会がC.Nemethのセレモニーが行われた教会ででした。これも、僕には何かの”縁”を
感じました。なぜか、この映画『繕い裁つ人』を見ていて思い出した人が彼でした。
 『倫理観が洗練さを生む』は作られたモノもそうですが、そのモノを生み出す”作り人”にも
言い得ることです。”理屈作りと見せ方作り”に忠実にいやそれ以上に上手に都合良く立ち回って
いる輩たちがその殆どである彼らの固まりからは遠くに立ち居場所を持ち、謙虚に自分の求め、
目指した道を堂々と歩んでいる一人が長島君であり、彼をこの映画からたくさん思い出して
しまったのです。
 その長島悠介君が帰国なさると伝えられた僕は是非、彼からたくさんの「作り人」のお話を
皆さんの前でお伺いし、交わしたいと。
 この9月01日の原宿VACANT-LEPLI会が決定しました。ありがとうございます、みなさん。
http://www.vacant.vc/d/241
 是非、実際のロンドンテーラリングとは?教わり学ぶこととは、仕事をするということとは、
服を作るということとは、人との繋がりを作ることとは、等など,
いろいろ、皆さんのご質問と共にたくさんの経験話をご一緒にお伺いしませんか?
 
 余談になりますが、この映画で出てくる神戸、北野町にはコムデギャルソンが’76,7年に
神戸に初出店したF.C.ストアーがあったのです。そして、この”ローズガーデン”をデザインした
建築家が、あの安藤忠雄がまだ、建築家に成っていない時代の作品でした。
この”ローズガーデン”で同世代の川久保玲と安藤忠雄というこの世代人の共通した幾つかが
重なり共に二人の接点が始まったのです。
此処にも,”モノを作りだす人”が繋げる世界が現実になっています。
 当時、川久保さんはこの”ローズガーデン”をとても気に入り、出店を可能にするために
もう一つランクの上の”繋がり”をこの不動産管理会社と持ったのも事実でした。
 先日のお盆休みに、墓参を兼ねて関西へ出かけました。
神戸では以前お世話になった金沢の21世紀美術館にいらした平林さんが横尾忠則美術館へ
転職なさったのでこの機会にご挨拶をとお伺いし、そのついでに北野町界隈を昔の友人の
アトリエや”サブ編集室”という友人の雑誌編集室を思いつつこのローズガーデンを探し、
映画の世界へもこゝろ入れ、”繫がる”エピソードを繋げていましたが、
この”ローズガーデン”は見つからなかったのでした。
見つかったのは映画で美味しそうに食べるチーズケーキの場面のコーヒー店でしたが、
その日は休日で残念ながら、僕とは”繋がり”ませんでした。
文責;平川武治:

 長島悠介君のロンドンのショップサイト;
www.connockandlockie.com

投稿者 : editor | 2015年08月26日 18:04 | comment and transrate this entry (0)

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プロローグ或いは、”桑沢合同ゼミ+もう少し、プロ的な視点、”

 もう少し、ファッションプロ的なる時代へのまなざしを付記しておきましょう。 
 昨年は僕は「新らたなローカリズム」を考え、デザインの世界が今後、どのような新たな可能性を持っているか?あるとしたらそれはどのような根幹が必要なのかを学んでいました。
 一つは、昨年来からの「政治」を読むこと、知ることそして、政治を感じた場合、
どのように自分たちのこれからの國や社会へ向けてのなすべき行為が可能か?
僕たちの國に、豊かさと強さを増して行くために、どのように若い人たちは
社会へコミットして行く可能性があるのか?
”自己満足”という閉塞感な世界へ逃げ込まずに!
 この眼差しは、ファッションのみばかりではなく、”デザインの世界”においての今後の、
若い人たちが持つべき、”デザインするとは”の新たな根幹と”視点”であろうと考えています。

 ここでは、もう一度「近代デザイン」が具体的に誕生し、社会にコミットし始めた時代へ
ワープしてみる必要があります。ここには現代という時代性の根幹がこの時代観にチューニング
され始めたからです。ファッションの”トレンド”も一昨シーズンから”’30年代”が来ています。
今シーズンでは、あのS.メンケスが「流線型/streamline」という言葉を使い始めています。
ここにはその時代が願望する新しさとしての”合理化や能率的や簡素化そしてスピード化”などが
時代のボキャブラリィーとして込められていたのです。

ラジグジュアリィーが方向転換; 
 東京の街の様が昨年秋頃より、様変わり始めましたね。
また、ラグジュアリィー系ブランドのブティックが我が物顔をし始めました。  
 ’70年、プレタポルテシステムが誕生して以来、’90年代終わりまでは、「プレタポルテ
ファッションデザイナー」たちがその自由な才能を武器にクチュリェたちを脅かすまでの
主役であった。彼ら、才能と才気豊かなプレタポルテデザイナーたちの創造性に影響を受け
モード産業は勢変を遂げてきた。’90年の湾岸戦争以後事実、クチュールの顧客が減って、
”ラグジュアリィー-マークビジネス”という新たな括りでモードビジネスの新しさをミラノの
老舗*が見つけた。しかし、モードの新しさを生み出すのはまだ、プレタポルテデザイナーたちであったこの時代が、グローバリズムの到来と女性の生き方が家庭へ戻り始めることそして、
ファウストファッション登場で新たな局面を迎えた。
 ここには、”世界観と女性のポストジェンダー化と価格破壊”という”新しい波”が押し寄せ以後、時代性そのものが変革した。これによって、まともにこの新しい波を被り被ったのは資本力の
弱いプレタポルテデザイナーたちであった。一方、資本力が安定している”ラグジュアリィー-マークビジネス”は服を売り、コスメを売り、靴バッグそして、ジュエリィと最近では時計を商い品目として、日本へ上陸その後、2000年以降は総てのメゾンが、新しいマーケット”としての
中国へそのビジネスの可能性を求めて方向転換した。
 そして、約10年が過ぎた昨年来、かれらたち、”ラグジュアリィー-マークビジネス”の商人
たちは中国マーケットへの限界を知り始めた。同じアジア人でも、日本人と中国人のマーケットモラルが違うことを知った彼らたち。
 ここで、昨年秋以降再び、”ラグジュアリィー-マークビジネス”の商人たちは日本へその矛先を
転換し直した。ここに来ての、表参道界隈の”ラグジュアリィー-マークビジネス”ブチックの
乱立はこの証拠である。かつての手法、日本にブチックを作り、中国人たち観光客顧客を煽る
処方である。
 例えば、昨年末に行われた、DIORのショーと展覧会がこの”ラグジュアリィー-マークビジネス”の新たなビジネス展開の手の内を見せた。ショーには中国からの上顧客と中国ジャーナリストを招待。展覧会では、デザイナーではなく、ディレクタ-RAF君とそれを助ける”アトリエ”の
チームクチュリエたちが主役という新たな構造を自慢した代物でしかなかった。
 従って、”デザイナー”よりも、”ディレクター”へ、という構造が生まれた。
”VARIATIONS OF THE ARCHIVES”で価値ある多くのアーカイブを持っているメゾン系が
今後の時代のモードリーダーとなり、そのメゾン内で実際に働きてた”アトリエチーム”たちが
リアルビジネスのクリエーションの主役へ躍り出る。
 ここで、新たなモードビジネスは”チームワークビジネス”であることへの構造とシステムの
転換が行われ始める。この”ラグジュアリィー-マークビジネス”のU-ターン現象の根幹は今後の
東京の新しさ”カジノ”を目論み、新たなターゲットにまでその射程距離を広げた
陽動作戦であろう。

モードビジネスが変わった。;
 ”ラグジュアリィー-マークビジネス”が中国から日本マーケットへシフトし直したことの
根幹は、モードビジネスも大きくは”スーベニィールビジネス”であるということ。
 ”ラグジュアリィー”のイメージとクリエーションを実質ビジネスにつなげているのが、
巴里では”サンチェ系”と呼ばれていたデパートをメイン顧客として、コピーブランドを束得ている
アパレル勢である。MAJE,SANDOR,をはじめに、KOOKAI,KOOPLE,いろいろ、
彼らたちは確実にラグジュアリィーに負けずとリアルビジジネスをリードし始めている。
 そして、彼らたちのもう一つのフランスにおける「モード産業界」へ、サンディカ(オート
クチュールプレタポルテ組合)が大きくバックアップを始めた。
 彼らたちへの人材育成機関として、従来はクチュールのお針子さん養成学校であったこの組合付属の学校を”サンチェ”に隣接移動し、授業内容も、ミシンを使ってのアパレル向けカリュキラムへ変更。そして、サンチェ系出身のプレタポルテデザイナーメゾンのコレクション参加も大いにその門を広げた。これらの方針は確実に、ファストファッションへのビジネスプロテクトであり自国のファッション産業の経済効果を拡大するための手段である。
 もう一つは、やはり、EUにおける日本よりも遅れていた”ITファッションビジネス”の進化。
プレタポルテデザイナーのネット通販ビジネスへの参入、NETーAーPOTERやイタリアンヴォーグ社の“the corner.co.”とYOOXとのコラボビジネスも始まる。
 あのH&Mが始めたファストファッションのシニア版ブランド”COS”が好調な売り上げを上げている。このブランドのマーケティング戦略はうまい。
例えば、同じ、スエーデン発のプレタポルテブランド”ACNE”をターゲットに絞り込んだ戦略で
40代ターゲットを軸にクオリティもそれなりのデイリィーウエアーにまとめ、抑えられた価格帯とともに見事に成功している。東京にも昨年11月に1号店が出来た。
 このブランドによって、パリサンチェ発の”MAJE”もここに来て脅威を感じ始めた。
今後、このゾーンが激戦になるラインである。”ラグジュアリー”から”プレタポルテ”や”サンチェ系”が影響を受け、”COS”で下限を囲われてしまっているのが今の巴里のファッションビジネスの現実である。
 最後に、もう一つ、このモードビジネスがグローバル化した証拠。
面白い現象は、今まではフランスでモードの仕事をするには、当然のように”フランス語”が
必要であったが、今では、この”フランス語”よりも”英語”が本格的なビジネス語となり始めた。
フランスのファッション企業で働くためには英語で面接されるところも出てきた。
ここにも、ITビジネス化の余波を感じる。

最後に、目立つ問題点;
 このような時代性になるとアーカイヴからコレクションを作る場合、今の若いデザイナーたちにはその持ち得た”リアリテ”がない。殆どが、サイトやブログそれにインスタ等の”ヴァーチュアルリアリティ”の世界でモードにも関わってしまっているからだ。
 そのため、フラットな平面性、ヴィジュアルからのデザインになる。
故に、”分量”のデザインが出来にくい或いは、出来ない。表層のシルエットのコピーは出来るが、今の”時代の分量感”に置き換える”ニュアンスのデザイン”ができないデザイナーと、パターン力の低下が目立つ。
 学ぶ方法は、教養を深め、歴史と学ぶ、古着を触る、古い映画を見る、自分の育ちを省みる。
そして、熟練者の仕事を敬い、学び、オープンマインドであること等など、、、
 案外、”ファッション学歴振り回し族”たちはこのディシプリンがない。
彼らたちは、もう終わっている。

トレンドについて考えると;
 ここ数年来トレンドのキーワードは変わっていないと読める。
トレンドの根幹は不変であり、その”意味付け”だけが変化させているということである。  
[メイントレンド+サブトレンド+ホロ-トレンド
=新規トレンド+継続トレンド-1+継続トレンド-2,,,]

終わりに、”問題”はその次に起きることだ。
 「自民党は憲法9条の改正に動き、自衛隊の海外派遣をどんどん実現できるようにするだろう」
安倍政権の目論見は明らかだ。日本の国の姿をかえることにある。したたかにこの国の風景を
変質させていく青写真の作り手たちが蠢きはじめるだろう。
 ’20年の「東京オリンピック」や「カジノ」を出来る限り、経済効果として利用し、
この広告産業の一つを今後の歴史的契機と、安倍政権が変えようとしている國体とは、
それぞれの社会体制システムによって構築されてしまったアメリカ合衆国の属国としての
「社会」が、『再-安保改定』により、もっともらしく残るが、嘗ての日本國が持っていた
「日本人としての気骨」や「気概」ある國体、「世間」は喪失してしまう。
 安倍の渡米によりアメリカへ、5千億円以上のアメリカ軍事産業への武器類の購入があった。
安倍政権の目論見によって、彼らの論理で言えば、「何時、玉が飛んで来るか解らない自衛隊に対しての」僕たちの國家の防衛費予算の増加率は世界1位になり、('64年を基にした軍事予算の
増加率は、54.5%である。出典/日経新聞5月09日付け、「世界はこう変わった」より、)
「平成の大軍拡」の現実を皆さんはどれだけ、認識しているのだろうか?
解ったふりして、投票に行かず、政治のことを発言するのは一番悪い。親の筋をかじって
カッコつけているからこれでいいのか?
 「1月14日に閣議決定した平成27年度(2015年度)政府予算。そのうち防衛省予算は前年度比2.0%増で過去最大の4兆9801億円となる。しかし、補正予算案に盛り込まれた防衛費(2110億円)と合計すると5兆1911億円となり、「5兆円」という大台に乗る。「平成の大軍拡」と言っていいだろう。」出典/東洋経済オンライン/2015年01月26日より抜粋。
http://toyokeizai.net/articles/-/58914
 そして、「カジノ法案」もそうであろう。これらの発案の根幹に何が蠢いているのか?
結局は「金/カネ」でしかない。在日系の人たちによって、より「格差社会」が「ギャンブル依存症」が増加するだけのごとく変わらず、”倫理観なく”構築されてゆく、そのための「利権」政治を、与えられた”シナリオ”を棒読みしているだけが、今の”安倍政権”の実態である。
 これはグローバルな日本企業にも、地方自治にも言える警告である。
「問題はその次に起きることだ。」
文責/平川武治;平成27年5月;

投稿者 : editor | 2015年06月05日 14:28 | comment and transrate this entry (0)

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『人生、90年』プロジェクトを広めよう!!

パーソナルプロジェクト「人生90年」とは
  『大衆が求める”イメージ”とは、いつの時代も、あり得るべきこれからの生活とそのスタイリングを”夢”としたものである。ファッション産業とは、そのあり得るべき生活と
そのスタイリングへときめきを与えるものに変わりはない。』

 今年の僕のパーソナルプロジェクトがこの「人生90年」プロジェクトなのです。
このパーソナルプロジェクトを持って、今年の前半はパリ、アムステルダムそして、ロッテルダム等の友人たちとそれぞれの立ち居場所でコミュニケーションを取り始めています。
そして、日本でもアパレル企業との協労が進んでいます。

はじめに/私案『人生、90年』プロジェクトとはなんだろう?
 20世紀が終わったように、「人生、60年」という時代観はもうすでに終わっています。
戦後の日本人が不器用に、敗戦という恥を背負って必死に一生懸命に生き抜いて来たのが
”昭和”という時代であった。ここではまだ、”ライフプラニング”や”ライフスケジュール”という
言葉は殆ど、存在し得なかった。そんなゆとりや豊かさをまず自分たちの生活に、という時代の流れが「人生、60年頑張れれば幸せだね。年金も貰える」だったこの70年です。
 そしてやっと、このような戦後を生き抜いてきた世代から3世代を経て、現在の僕たちの国の社会が表は「モノの豊かさ」を現実にし、裏では「社会保障のホコロビ」ももたらしたのです。
 今年の新-成人世代はそんな「人生、60年」時代を生き抜いてきた彼らたちの”第3ジェネレーション”。 彼らたちが國家の新しい主役に参入し始めるのです。
 従って、戦後の、「人生60年」という時代の社会システムそのものが無理な状態になり
ほころびてきていることは昨今の多種多様な出来事としての事件でも理解できるでしょう。
最近では、この”システムのほころび”へ、合衆国のエゴが剥き出しに入り込み始めていますね。
 本プロジェクトは日本が世界に先駆けて迎えたこの「少子多老化」という時代社会への撃つ
べきポジティフな一撃です。このプロジェクトの根幹は「少子多老化社会」という”未来現実”を
決して、ネガティフな捉え方ではなく、ポジティフな視点で考え対峙し、今後の新たな
「社会システム」を産業化するまでの発想の元で考えてゆくものです。
 その理由の一つには、我が国が迎える「少子高齢化社会/少子多老化社会」は今後、他の先進国も足並みを揃えて迎えなかればならない近い、未来社会の構造変化であるためです。
 白人先進国の戦後は今、大きく問題化されている「移民」たちを彼らたちの宗教倫理とともに受け入れたことによって「移民」たちを受け入れたことの清算が、日本よりは遅れて迎える
現実状況の違いであり、いずれ、世界の先進国と言われている諸国が「少子多老化社会」なる時代が来てしまう。その先鋒を日本とドイツが迎え始めた。という認識下で、この社会状況の先端を行く我が国はこの「少子多老化社会」をこれからの国力と生活環境の「あり得るべき豊かさ」を創生するためのコンテキストとしてポジティフにそして、格好のチャンスとして発想し、実践して行こうというプロジェクトです。
 そして、この『人生、90年』プロジェクトはファッション産業が関わらなくてはならないプロジェクトの一つであり、新たな可能性の一つとして、「ファッションによる、ときめきあるクオリティオブライフスタイリング」を提案、構築するためのファッション産業には大いに可能なるプロジェクトなのです。そして、当然ですが、今のファッション産業の不況と腐心を拭うことの一案にもなるものです。
 閉塞感が浸漬する現状から今後の新たな”豊かさ”へ向かっての可能性が日本社会への大いなる、有意義な先駆けをなすものであるという考えです。
 そのために必要な新しい「社会システム」検討し、開発構築し,できればそれらを今後の
新たな日本の成長産業として捉えるまでのプロジェクトを考えています。
 
 この現実の視点を変えてみると、これからの日本社会への新たなる国力になり得るまでのこの「少子多老化」を”ジェロントロジー/加齢学”として、新たに社会に認知させること。
そして、それによって世界の先進国に先駆けて激しい「少子多老化社会」を迎える日本は、
この現実認識とその社会化とインフラ整備を考えることとは、”新たな国家=共同体”を構築する
ことであり、今後の「地域再生構想」にも大いなる可能性”の一つです。
 今後、世界がこの方向へ多くの国が向かっていくのですから、これは大いなる可能性でしかありません。
高高齢者と、高齢者そして,セカンドジェネレーション、サードジェネレーションとのまた、
移民外国人たちとのいわゆるコラボ-プロジェクトなどがこのファッション産業が関わるべき
『人生90年プロジェクト』の根幹です。
 決して、倫理観乏しき、”目先のニンジン”を追いかけるためのプロジェクトではありません。

*『人生、90年』プロジェクトコンテキスト;
 日本が世界に先駆けて迎えた
 ジェロントロジー
 少子多老化社会
 ポジティフな視点
 新たな「社会システム」の構築と産業化
 ときめきあるクオリティ オブ ライフスタイリング
 ニュースタンダード
 スローソサエティー=スローライフ+スローファッション+スローアーキテクト
 マインドフルネス

”ジェロントロジー”『人生90年プロジェクト』を考える。;
 ”ジェロントロジー”とは、人間の老化現象を人間に関わる、生物学、医学、社会学、
人間関係学、心理学、サイエンス、自然環境学、生活環境学そして、政策立案にいたるまで
多面的、総合的に研究する学問で邦訳は「老年学・加齢学」。
 これからの高齢化の問題は一国の社会問題なのですから、一つの領域だけで解決することは
出来ない、新しい社会環境とそのためのルールとインフラ整備等など、「社会システム」に至り考えように因ると、もう一つの新しい共同体即ち、新しい価値観に元ずくコミュニティ共同体を発想した”新-社会創生”となる。
 高齢化・エイジングを根幹に、関わるあらゆる領域の「知」と「経験」と「関係」を結集して、 課題解決に臨むことがジェロントロジーの特徴であり醍醐味となる分野です。
 皆さんが「人生、90年」と思い込めれば、どのような「夢」を持つでしょうか?
どのような関係性の元で安心して、より、クオリティの豊かな幸せな生活を望むでしょうか?
そのためには、何が要らなくて、何が必要なのか?、残すものは何か?引き継ぐものは何か?
消去させるものは何か?などを学際科学と産官学民と連携しながらの実学が
”ジェロントロジー”です。
 このジェロントロジーの視点での『人生90年プロジェクト』は新しい価値観による、
新しい共同体をデザインするまでのプロジェクトです。

 ○実際に現在行われ始めているジェロントロジーのフィールドワークは、;
生理面/遺伝子、細胞、臓器骨格、栄養、運動ほか、
高齢者医療/慢性疾患、臨床、薬、退院支援、医療コストほか、
介護/予防、アセスメント、ケアプラン、サーヴィスモデル、公的、私的保険、青年後見制度ほか 
心理/記憶力、性格、達成感、価値観、時間観念ほか、
死-倫理/死の定義、準備、送る側の準備、死後の諸事、尊厳死、ホスピスほか、
政治/政治への関心、投票行動、投票動機、高齢者団体の行動理論ほか、
経済/所得格差、税制、社会保障、生活保障、シニア市場、近代化理論ほか、
社会-文化/若者の高齢者観、メディアの高齢者観、公益法人制度改革、構造機能主義ほか、
生活行動/時間の使い方、余暇活動、同世代相談、生涯学習ほか、
人間関係/夫婦関係、親子関係、兄弟姉妹、友人関係ほか、
労働-退職/働くことの意味、退職と健康、定年制の是非、定年起業、ワークシアーほか、
家計/収入、支出、貯蓄動向、資産運用、相続ほか、
住居/どこに誰と住むか、買い替え、住み替え、バリアフリー、リバースモーゲージはか、
 
 これらは総体に、”ネガティフな発想”によるそして、打算的なるものが多い。
その証拠なのだろうか、ここには「ファッション産業」および、「デザイン産業」が
加わっていない。

ファッションの視点から「人生、90年。ときめきのある長寿生活とは、」を考えてみる。;
 しかし、新たに迎えるはずのこの社会問題に、ファッションの世界から視点を定めて社会への提言が為されていません。そして、今日までも、ファッションの世界は変わらず、”20世紀の
価値観”を根幹にした、「人生60年」のルールと方法論そして、”アーカイヴィス”の
諸バリエーションの世界でしかありません。この現実が昨今のアパレル産業の衰退でもあるでしょう。作る側も、報じる側も、商売をする側もそして、教育する側も、論じる側もこ
”20世紀の価値観”とイメージングとシステムによってもう既に、30年以上が経っています。
即ち、その生活意識の根幹は依然、「人生60年」感覚でしかないのです。
このファッションの世界からこそ、新たな共同体を構築するという視点での
『人生90年プロジェクト』が必然ではないだろうか? 
 戦後日本がこれほどまでの”ファッション大国”になった実力と経験と情報を駆使して、
世界が羨む”超高齢社会”を”少子多老化社会”をカッコよく築き上げるチャンスでもあります。
 参考サイト/
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2012/no389.pdf
https://www.nissay.co.jp/kaisha/csr/chiiki/shakai/pdf/gerontology.pdf
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/jp/research/study_groups.html
空き家問題/
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2014/no416.pdf

○幾つかの現状参考数値。
*2030年/高齢者所帯のうち、約40%が独居世帯+約30%が夫婦のみの世帯となる。
*2012年からは、高齢者が年間100万人づつ増えている。
 ということは、昼間から彼らたちは地域に止まって生活をしている。
*地方社会では、地域の過疎化と高齢者による限界集落が増加。
*2005年来、出生率より、死亡率が増加。
*少子化は国力の低下衰退へ繋がり、労働人口は2030年には約1000万人の低下により、
5600万人ほどになる。
*「老老介護」が現実化する。
*「空家」の増加。現在で約800万軒の空き家がある。 
○今後の人口推移;/マクロで見ると、
2020年には/0-14歳:14,567千人(11.7%) 2010年は16,803千人 
2020年には/15-64歳: 73,408千人(59.2%) 2010年は81,031千人
2020年には/65歳以上: 36,123千人(29.1%)内75歳以上:18,790千人(15.1%)  
2010年は夫々29,245千人・14,072千人
  そして2022年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になります(3割以上が要介護)。
総人口は124,099千人(2010年は128,057千人)と余り減ってはいないのですが、
「少子多老化」が猛烈なスピードで進行します。
介護・医療に要する費用だけで国の税収をほぼそのまま使い切ってしまいます。

○”ジェロントロジー”『人生90年プロジェクト』をすこし、具体的に考えてみる。
 では、新たなローカリズムを根幹にした『人生90年プロジェクト』のための
共同体/コミュニティとは、その根幹は、”Aging in quality of life”
穏やかに、おおらかに暮らせるもう一つの共同体を考えることでしょう。
 目的は、「安心で活力ある豊かな長寿社会」の構築。
1)『人生90年』にふさわしい「真に長寿を喜べる生き方」
/ライフデザイン分野。
→生きる目的がある事と、身体が衰えても、QOLを維持できること。
2)安心で活力ある超高齢者社会の創造、”Aging in Place”の現実化。
/ライフエンヴァライメント分野。
→住み慣れた自宅や地域で最後まで自分らしく老いることができる共同体を考える。
3)健康長寿の推進と本来の安心を提供する「共同体ケアーシステム」の構築。
/医療ケアー分野。
→”寄り合い”システムなど、ローカリズムとしての”長屋”共同体が成し得るケアーシステムを考える。

○ここで僕たちファッション産業人がより、直接的に関われる分野とは?
「価値観、趣味、関係性、経験値、スキルなどで編み込まれ、重ねられた新たな環境としての
「共同体」を構築し、その共同体で生活すること、楽しむ事自体が”新-市場”となるような
”交流と触れ合いと学びと遊びと愉しみと安心と穏やかさのサーヴィス&ホスピタリティ”を、
マインドフルネスを根幹に考えた”CARE & CURE”のための倫理観から生まれる”品性”や
”品格”、”洗練さ”がシャワー効果となるまでの”緩やかな時間消費”環境を考えることでしょう。
→男女消費/文化消費/観光消費/学習消費/CARE & CURE消費/セキュリティ-福祉消費/
伝統回帰消費/ノスタルジア消費/エピソード消費/夢消費/マインドフルネス消費等など、
これらをどのように「ゆったりとした時間観」の中で実環境化して行くか。

○考えるべきミッションとその順序は、
→コミュニティ環境を構築する。そのための共有出来る価値の創生。
→新たな消費環境を”いりこ構造化”する。そのための新たな”風土”魅力をデザインする。
→ときめきあるQOL.のためのサーヴィス&ホスピタリティ”と”マインドフルネス”。
そのための人材エヂュケーションを行う。
→『人生90年プロジェクト』のための商材編集とプロダクツディレクション。
そのためのマーケティング。
→仮想空間を構築し、汎世界戦略を行う。そのためのC.G.テクノロジーと
デザインディレクション。

○そこでこの新しい時代に考えるべき問題の一つが「倫理観」です。
 ”お金の豊かさ”を「倫理観」の第一義としてきた戦後70年は、”THE END"です。
これからの「あり得るべき規範」としての”新たなる豊かさ”を"、QUOLITY OF LIFE"を目指し、
『人生90年プロジェクト』のための生活や社会にコミットさせるために、
今まで置き忘れられてきたこの「倫理観」を再考する時代性が今年です。
この根拠は、30数年間、パリモードを中心軸にモードに接してきた僕の結論的発想の一つに、
「成熟された倫理観が洗練さを生む」という信念を持っています。

○本プロジェクトのコンテキスト;
倫理観ある共同体。
→経験、スキル、資産、労働意欲、
コミュニティ、みんなが國力。
→高齢者が増えると集い、集まり、消費時間もスローに穏やかな流れへ。
目指せ、あり得るべき新たなるニュースタンダード、”クオリティオブライフ/QoL”の改善と
向上。
→生きがいと幸福感が増す。”昔取った杵ずか”の多重層異文化集約型ミルフィーユ効果。
みんなで価値観を共有し、一体となって連携、協労することそして、マインドフルネス。
現実の状況を正しく認識すること。悲観的な状況であろうと、現状を出来るだけ定量的にかつ、先入観なく客観的に見ること。
 課題を明確にした上で、その解決策を立案し具体的な計画を立て、行動する。

 参考文献/ 「2030年,超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする」:東京大学高齢社会総合研究機構刊
 文責/平川武治:平成27年3月:無断転載等を禁じる。必要な際にはご連絡をください。

投稿者 : editor | 2015年06月04日 17:22 | comment and transrate this entry (0)

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桑沢合同ゼミ-19MAY’15で話したこと−3、

3)改めて、ファッションにおける”新しさ、アヴァンギャルド”とは、”創造”とは?;
  ファッションとは、何時の時代もその時代を生き生きと生きる先端の女たちを
”ミューズ”とし、彼女たちの生き方とリンクしてその時代時代の女性たちへ”アヴァンギャルド”というイメージングによって、ファッションの創造が展開されていた。

 20世紀のモードとは、産業革命以降の機械工業化社会=量産化の始まりによって、”新興中産階級”が登場しその新たな階級の新たな女性たちの自由な愛の生き方をアイコン化することから
始まり、2つの大戦を経て戦後は’60年後半からの新しさとして、教養ある女性たちの生き方と社会化=知性とともに強さと自由さを”象徴”化するためのイメージイング作業とその社会化が
高級既制服という”プレタポルテ”の世界を生み、この世界は時代の先端を生きる女性たちへ
”ミューズ性”を与え、讃えることによって、それぞれの時代における 新しさ=アヴァンギャルドを生み出してきた。そして、時代の進化という、20世紀の”豊かさ”(=消費社会化=物質的なる)の急激な進展とメディアの社会化により「あり得るべきイメージ」から「あり得るべきリアリテ」のための消費社会構造が誕生すると、その社会性のための”フアストファッション”が誕生
する。21世紀に入って時代がもたらした新しさとは、情報という”バーチャルリアリテ”による
ライフスタイリングのサンプリング化すなわち、”リアリテ”のバリエーション化でありこれはIT
モバイル社会による情報量の普遍化の象徴である。
 これらによって、実生活におけるイメージとリアリテが”逆転”し、新たにバーチャルリアリテが加わった世界、例えば、最近のディズニー映画の世界は”あり得るべきすべてのヴィジュアリィティ”が、[リアリテ+ヴァーチャル+3D+アニメーション]というミックスメディアであり、現代の新しさでもあり、醍醐味でもある。そして、「あり得るべきリアリテ」としてのイメージング即ち、望むべき手本であるQoLのライフスタイリングが新たな目標になる。そして、ファッションは物量と情報量によって、その実マーケティングの”速度”を減速しつつ、イメージング作業の一つとして時代のキーワードである「安心、安全そして、快適」のための”ユニフォームのアヴァンギャルド”化が始まる。
 その手法はファッションサイクルの中で”模倣=バーチャル”という手法を使って”時代の習慣”
=リアリテを生み出すことであり、ここ数シーズンでは、かつてのアヴァンギャルドを、例えばPUNKをコード化し始める。という事は、新たな新しさではなく、かつて在ったものからの選択と編集作業がクリエーションになる「Variation of the Archives」という世界の登場である。
 従って、情報も創造のための情報から”選択と編集という”ブリコラージュ”のための情報量に
変質した。

4)では、ファッションの最前線とは、;
  今、モードの新しさとは?について、はっきり言えることは、「モード産業は広告産業である。」(広告を産業化する時代のヴァリエーションの一つ。このカテゴリィーには
産業スポーツも入る。)
 時代性はより、『家で、みんなで安心、安全そして、快適に!』なる時代。
従って、モードの世界もこの現代という時代性の王道を行く、”工業製品のプライド”の復権の
時代でしかない。
 クチュール/手工芸の世界と、ラグジュアリィーファッションをトップとした”既製服”の世界
そして、ファストファッションの棲み分けが、あるいは、”ミュージアムショップ”と”スーベニールショップ”というクオリティの差異化がこの21世紀前半の”スタンダード”であろう。
(ノームファッションの登場もこの世界のヴァリエーションでしかない。)
 そして、モード産業とは、クチュール+ラグジュアリィ+プレタポルテ+アパレル
+ファーストファッションから、新たな産業化として、”スローファッション”のカテゴリィーが
生まれ、ヴィンテージの世界とリ-プロ/リ-メイク/リ-サイクルという手工芸化が加わる。
そして、ラグジュアリィレベルでは、個人デザイナーからアトリエチーム主体型へ、そして、
彼らたちをディレクションできる”ファッション-アースティックディレクター”志向へ時代は流れ始めた。
 一方、従来型のアパレルやファーストファッションにおけるビジネスでは、”生産企画&管理”
職が重要な構造になり、ファッションの世界も”リアリティ+ヴァーチュアルリアリティ
+イメージング”の三位一体化構造へ進化した。

 もう一つ、ファッションのクリアティビティとしての『新しさ』の規範が変化した。  
JUST NEWからSOMETHING NEW + OLD NEWへ、そして、”FRESH NEW”へ、あるいは、
今シーズンのコレクションに多く現れた”EPISODE NEW ”へ。
 従って、基本的なクリアティビティの根幹は、”VARIATIONS OF THE ARCHIVES”であり、
過去の集積から今の時代の空気感を感覚でセレクトし、そこへ新しさとしての”素材+色
+プリント”それに、”一味/ひとあじ”を加える、ニュアンスのデザインが重要な仕事となる。
ビジネスを考えると、大事な作業としてはプルミエールヴィジョン(1年先の素材を売り込む
ための素材見本市)が発信する”トレンド情報”のフレームからセレクトし、当て嵌め込んで行く
作業であり従って、”デザイナー”よりも、”ファッション-アーステイックディレクター”が重要な時代性であり、DIORのRAFやS.L.のHEDIEなどがその代表選手となった。(例えば、日本では”instagram”からパクってカッコつけているデザイナーブランドもある。)
 基本的な、”技術開発”が無ければこのファッションの世界のクリアティヴィティは
”モノのヴァリエーションの時代”が蔓延るだけである。
そのモノのヴァリエーションの世界に意味性と嗜好性と時代性を味付けするには
”エモーション”や”ノスタルジィ”と”妄想力”がキーワードとなる。
 もう一つの確実な新しさは、”スローファッション”の進展であろう。
このコンテキストは「使える物はみんなでより、使う」であり、時代の感覚と技によって、
全くの違った世界を、妄想力とともにリアリティへ落とし込む世界はM.Mのジョンの登場と
共に、これからの若い人たちへのより、現実の新たな可能性である。

*そして、今の時代におけるデザインすることとは;
 ファッションの世界で普遍的になった機能性を含む諸コードをレイアウトすることである。
そして、”時代の空気感”をデザインし、ライフスタイリングの”ニュアンス”をデザインする。
それらをデザインするための時代の感覚的新しさとは、”リアリテをイメージング”することであり、”イメージのリアリティ”化ではない。
 従って、時代の感覚的新しさとしては”素材+色+プリント=質感=3D感”が
形骸的なエゴ-デザイン性よりも、プライオリティを持つ。そして、ビジネスを考える場合は
”トレンド”を自分たちのマーク&ブランドの世界観とイメージでデザインすることである。
*ファッションをディレクションすることとは;
 自分たちのマーク&ブランドの世界観でモノとイメージをマーケティングディレクションが
できること。
 そのための”手法”とは、ファッション-アーカイヴからのバリエーションをブリコラージュすること。その根幹は、”時代の空気感”をイメージングし”ニュアンス”をモノと広告の世界で
ディレクションすることである。そして、デザイナーよりも”知性とスキルと創造性と感受性と
美意識と好奇心”の特化が必要とされる。
*ファッション-アーカイヴとは;
 ファッション世界におけるビジネスとクリエーションにおける”基本コード”の集積化である。
イメージングされたそれぞれの時代における女性の生き方の”コード”の堆積化である。
 ファッション-アーカイヴには、”スタイル+パターン+素材+色+ディテールとバランス
そして、イメージと概念の諸コード”があり、それらが堆積されている巨大な世界になっている。即ち、1860年以降、ワースがパリで初めてクチュリエのブティックを創業し,約200年余の
”ファッションリアリテ”の集大成である。
 ここに、それぞれの時代の出来事や生活情景をヒストリカルにラインアップさせ、
”ビッグーデーター”化し、マドリックス化すればあとはこのファッションの世界も
”確率”のでクリエーションがなされる時代が来るだろう。

*これからの時代にデザインするということとは、
  もう一つ、普遍的なることでは、人間が何かを「産み出す」ためには、
他の動物が持っていない、人間しか持ち得られない、違うことを組み合わせて、産み出すため、継続させるためのエネルギィイにすることである。
 ブランドビジネスにもこれは大切なことです。個人が持っている或いは、ブランドが持っている
『知性+感受性+創造性+美意識+好奇心』の五角形のバランスを知ること高めることです。
このためには「学ぶ」という構造とプロセスが必要です。
文責/平川武治:


投稿者 : editor | 2015年06月04日 16:42 | comment and transrate this entry (0)

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桑沢合同ゼミ-19MAY’15で話したこと−2、

2)妄想という自由なる発想から、現実の先端/アヴァンギャルドへ、;
 「さまざまなものが遠くに逃げていくという感覚に包まれて、現代の私たちは生きている。
家族もそのひとつだろう。家族と縁が切れたわけでもないし、関係が悪化したわけでもない。
モノにも恵まれている。それなのに、少しずつ少しずつ遠い存在になっていく。それは自分自身にたいしても起きていて、日々活動をしているこの自分が自分自身であるはずなのに、それは頭でわかっていても、感覚の世界では、自分自身もまたどこか遠くにいるつかめない存在なのである。」
引用文献/ [新・幸福論「近現代のつぎにくるもの」] / 内山 節著/ 新潮選書:新潮社刊:
 
 この哲学者はこのような現象を「遠逃現象」と呼んでいますが、僕はこのような世界観から生まれる「妄想力」は現代の日本人が誇れる想像力のブリコラージュだと感じています。
日本が誇れるコンテンツビジネスの根幹であるアニメや漫画世界はその殆どがこの「妄想力」がイメージの根幹です。ここには想像力以上の雑草的パワーを感じます。「妄想力」が次には
ヴァーチャルイメージを喚起させ、持ち得たIT技術によって他国に誇れる新たなるパワーになり
これが、現代日本の産業のリアリティの一つにもなっています。この世界は漫画、アニメから
始まり、ゲームアプリとパチンコの世界を征服してしまっています。
 では、ファッションの世界ではどうでしょうか?そして、I.D.の世界はどうだろうか?
僕の専門のファッションの世界を見る限りではもう、”自由の産物”であったファッションにおける創造性は全く変質してしまっています。 結論を言ってしまえば、現在の”マーケットありき”の
ファッションの世界でのクリエーションとは、「Only Variation of the Archives」の世界でしかありません。ここでは”新しさ”が変質してしまったのが最大の原因でしょう。
 ”生活の豊かさ”とともにファッションの情報量とスピードの速さが「安心、安全そして、快適」のためのシステムを構築し、持ち得た豊かな生活によって、その時代の”価値観”が変化し、実生活としてのファッションの楽しみ方はバリエーションをどのような”雰囲気”で楽しむか?
これがファッションな最前線です。この実生活というリアリティは、ここでもその普遍性が生まれた事によってファッションの世界の新しさは「Variation of the Archives」から編集再構成する
”ブリコラージュ”な世界になり、妄想という自由な発想でのファッションの世界は辛うじて、
”コスプレ”の世界や”リメイク”の世界がその市民権を得て面白い”妄想”からの創造性が楽しめるまでの可能性が今という現実の先端/アヴァンギャルドなのでしょう。
文責/平川武治;

投稿者 : editor | 2015年06月04日 16:24 | comment and transrate this entry (0)

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桑沢合同ゼミ-19MAY’15で話したこと−1。

テーマ:「閉塞感」と「自由」、「安心、安全と快適」と「傷み」というアバンギャルド。
 このような時代、これからの新たな時代のために、もう一度、”服やモノをデザインすること”とはを考えてみませんか?---

 『(大半の?)結婚と同じく、安全と自由はお互いがいないと存在できないが、
その共存は容易でない。自由のない安全は束縛に繋がり、安全のない自由は慢性的な不確実性に繋がり、神経衰弱に陥る恐れがある。万が一、パートナー(あるいは、もう一人の自分)と
帳尻を合わせたり、関係の修復を図ったり、なだめたりする試みがいずれも不調に終われば、
安全も自由も、熱烈に求められる価値から眠れない夜の悪夢へと変わる。安全と自由はお互いに独立していると同時に排除し合っている。それらはお互いに目盛りの異なる秤を持って引き合い反発しあっており、これらの矛盾する感情の相対的な割合は、その頻繁に起こる(日課とみなされくらい頻繁に起こる)「中庸」からの逸脱と足並みそろえて変化するため、それらの間で幾度も妥協が図られる。(なが続きしないことが多いが、)ー中略ー安全と自由の共生は、
常に激しくて緊張をはらんだものとなる。その本来的で解決しがたいアンビヴァレンスこそ、
無尽蔵な創造のエネルギーと強迫的な変化の源泉である。』
参考文献/「リキッド化する世界の文化論」
(ジグムンド バウマン著/青土社刊)

1)はじめに、ー「閉塞感」ー「安心、安全そして、快適」ー「マニュアル」
 よく、”今の時代は「閉塞感」を強く感じる。”と言われる時代のようですがそれは、
なぜなんでしょうか?こんなに、モノも食べ物もそれに、情報もなんでもある時代なのに、
なぜ、「閉塞感」が忍び込むのでしょうか?
時代が悪い、社会が悪い、政治が悪い、企業家たちが悪い、いろいろな原因はあるでしょうが、その本当の原因はどこに? 
 この現代社会の一つの普遍性とでも言える「閉塞感」は人間本来の、人間しか持っていない「自由」という権利を脅かし、それは知らぬ間に「飼いならされてしまった集団」化へ追い
込まれ当然ですが、「創造」する世界へも大きな障害を与え始めています。
 僕はその大きな要因の一つに、ヴァーチャル社会が進化しより、複雑に高度に広がり始める
ことで、「あるべき筈である”距離の消滅”の完了」が社会化されてしまっていること。即ち、
ヴァーチュアルなリアリティが現実社会になり始めたこと。これは”ケイタイ”と”PC”を現実社会に進化させた”サテライト産業”が根幹でしょう。当然ですが、もう一つには、「人間性」の根幹があるでしょう。言い換えれば、ヒューマンマインドとヴァーチュアルマインドの差異とそれぞれのテクノロジーのその強制的なる調和が”ノイズ”を生み出した結果の精神不安と社会現象の一つ
でしょう。モノにも人にも社会にも国にもすべて、”あるべき距離”があります。この距離を”自由に楽しめる”ようになることが次なる時代の人間に課された”豊かさ”、あるいは”プライド”ではないのでしょうか?そして、”価値観”なのでしょう。
 むしろ、短縮したり、ショートカットすることだけでは既に、終わっている”20世紀の価値観”でしょう。

 僕は田舎に住んでいます。時折、利用する電車での光景、プラットホームへ入ってきた電車に
急いで我先へと乗り込む人たちとは、どのような世代の人が多いのか? 観察してみると、
オヤジ世代もいるのですが案外、若い世代が多いのです。彼らたちは自然に目は”空席”を探し、
身体はもう座ることへ動き始めています。たとえ、周りにご婦人やご老人たちがいても、周りの
ことにはほとんど神経を使わなくこゝろ配らずただ、自分が座ることのために行為する。
そして、座ってしまうと決まったようにケイタイを取り出して安心し、次なる行為を行う。
これがほとんどの停車駅で乗ってくる人たちの、今では当然になってしまった、当たり前の行為と仕草の風景です。 
 ここで、僕の現代社会の読み方は、彼らたちは車内でも自分が安心できる場所の確保がもう、自然な行為として為されている。まず、安心と安全を確保する。そして、ケイタイで”繋がり”を
探す。あるいは、ゲームをする。”安心と安全そして、快適”なる時間を少しの時間の合間でも確保したいという願望がなせる行為が日常化されてしまっているのが現実社会。
 これも日本の戦後70年が持ち得た”豊かさ”という現実の一断面でしょう。多分、その「安心、安全そして、快適」ために、築かれた”社会システム”即ち、「マニュアル」をお利口さに読み込み行為することが長けてあたりまえになってしまった世代と、現代の日本社会の構造はこの
「安心、安全そして、快適」のために、築かれた”社会システム”すなわち、各々のそのための
「マニュアル」が非常に高度なシステムと構造で消費社会に組み込まれた構造のマニュアル社会になってしまった、世界に類を見ない「安心、安全そして、快適」な国なのです。
 しかし、この裏は「戦後の国民を巧く、おとなしく平均的に集団的に飼い慣らす」という戦後のアメリカにより、政府が与えた”シビリアンコントロール”のための社会システムのとても優秀な
実践結果の現実でもあります。
 多分、皆さんのほとんどはこの”社会システム”を自分自身の教養で”点検”しないで与えられた
システムを疑いもせず社会に巧く、順応してしまっている世代でしょう。だから殆ど、自然に
本能的にこのシステムを使って「安心、安全そして、快適」に社会で生きている。このシステムに順応することがもしかしたら「自由」な行為であると考えているのかもしれません。
 このように立派におとなしく飼いならされた日本国民を最近やっと、一部のメディアは「B層」と呼び、まだ、ほんの一部ですが、この集団を危惧し始めました。
 僕は「大衆とは思想なき群集」であると言い切っていますが、多分、今の自民党へ投票する人たちは世代関係なく、この「B層」の人たちが大半なのでしょう。 
 例えば、みなさんが、3日間”ケイタイなし生活”をある種の自分探しのゲームとしてやってみるとわかるでしょう。”ケイタイなし生活”で遭遇することとは、”不安””不信””不便”が殆どで、
そして、それぞれを行為するためには”時間”が必要であることも体感し、理解できるでしょう。
特に、体験した「不便そして、遅い。」はこれからの時代の生活には大切なるもう一つのキーワードでもあります。そして、”不安””不信”は勘と覚悟と勇気とコミュニュケーションによって
その殆どは修復されてしまうものです。あとはどれだけのこゝろある教養を持ち得ているか?
でしょう。
 このゲームによって、もしかしたら皆さん世代が「安心、安全そして、快適」を”モノの豊かさ”の次に求め始めたことによって、失われ始めている大事なことがあることに気が付くかもしれません。それが改めて、「自由」です。
 「自由」とは最も人間的なる、創造の根幹です。自由なこゝろの有り様が在って初めて、自分らしい創造が可能であるという根幹です。そして、「閉塞感」を打ち破ることができるのもこの
「自由」です。またこの自由の「軽さ」や「行き過ぎ」が閉塞感を生み出す要因でもあります。
 今の日本は「保守の進展」という時代性。グローバリズムを機に大衆消費社会を軸にして進化しているのが、ここ15年来の現実で、「保守化」=「中庸」でしかありません。自分たちだけの「安心、安全そして、快適」のためにマニュアル化人間になって終えば、当然このリスクとしての「閉塞感」は感じてしまう。従って、今みなさんが感じている「閉塞感」の原因と根幹は個人にも存在しているということです。個人が、より、オープンスタンスで堂々と生きてゆけば、
社会も国にも現在のような「閉塞感」はかなり、少なくなるでしょう。
 ヴァーチャルコミュニケーションも必要でしょうが、やはり、リアルコミュニケーションが
人間の「五感」へコミュニケートする最短、最良の方法でしょう。ですから、「窓は開けておくほうがいい。」ですね。そして、”「デザイン」の根幹は「コミュニケーション」”ですから
「閉塞感」を持ってしまった、日常ではデザインの豊かさへも関わってくる問題ですね。
文責/平川武治;

投稿者 : editor | 2015年06月04日 16:01 | comment and transrate this entry (0)

greeting(37)

恒例 VACANTーLEPLI会 新学期編おしらせ。4月26日夕刻より、

  こんにちは!
今年初めての、VACANTーLEPLI会を開きますのでご案内をいたします。

タイトル:『閉塞感とは自らが生み出している怠惰なる生き方の状況結果でしかない。』
1部;「新入生でもわかる、パリのモードの新しい風とは、
Nouvelle Vague La Mode Paris」ーーモード産業の構造が変わり、クリアティビティが変わり、
ラジグジュアリィーが方向転換をし、モードビジネスが変わった。そんな、新しい風とは?

*ゲストスピーカー:工藤雅人氏;若き、モード評論家。大妻女子大学ほか、非常勤講師。

2部;「人生90年プロジェクト」
ーージェロントロジィー*(gerontology)をより、ポジティフに考え新たな未来への提言。   
近未来社会のために考えてみるこれからの日本における”ファッション産業”のための
コンテンツ。世界諸国に先駆けて迎えてしまった、”少子高齢化社会”を、
よりポジティフな発想のもとで再考し、必要なる新たな社会システムまでを構築し、
それらを産業化してゆく発想のプロジェクト。スローライフ、スローファッション
そして、スローアーキテクトについても考えてみよう。
       
*ジェロントロジィー(gerontology)
加齢にかかわる諸問題を研究する学問領域。生物学医学などの自然科学と社会科学を
統合して研究する。老年学。老人学。加齢学。
    
会場;原宿VACANT/ 担当;大神
開催日時;平成27年4月26日:早い夕刻より、
会費;一般:2000円 / 学生割引:1700円
ティーブレイクあり。

 「久しぶりのヨオロッパを、パリーバルビゾンーアムステルダムーロッテルダムそして、
再び、パリと旅歩く。
 多くの人たちと再会を果たし、彼らたちが一応に考えてしまっている「閉塞感」とは?
その正体とは、なんなのだろうか?を僕なりの眼差しで探す旅でした。
 行動すること、そのために、来るべき時代性読むこと、そのための価値観を
新たに探し持つことそして、やはり、それぞれが”オープンマインド”であり、
多くの人たちとコミュニケーションを交わすこと、そのための自分の考えを持つこと。
「あなたたちは”パーソナルボキャブラリィー”を持っているか?」という問い。
 モードの世界からの立ち居場所と眼差しを持って、少し先の時代、僕たちの国が、
そして、ファッションの世界が今後、皆さん世代の時代のためにどのような伸展を
もたらすのだろうか?
 20世紀戦後の価値観のまま、構造化され、マニュアル化されてしまった、
現代日本の社会システムは確実に綻び始めていますね。
 このような事を皆さんと考え対話ができればという会です。」
 好奇心と時間があれば、ぜひ!!
いらしてください。
よろしく!! 
合掌:
文責/ 平川武治:

投稿者 : editor | 2015年04月25日 01:01 | comment and transrate this entry (0)

article(60)

Paris collection’15~’16A/Wを読む- 1/COMME DES GARCONS

 Paris collection’15~’16A/Wを読む、-1 COMME DES GARCONS
「春が熱病のウイルスのように。」
文責/平川武治;

 『遥かに行くことは、実は遠くから自分にかえつて来ることだつたのだ。
これは僕に本当の進歩がなかつたことを意味してはないだろうか。それとも本当に
僕の「自分」というものがヨーロッパの経験の厚みを耐ええて、更に自分を強く表わし
はじめたのだろうか。今僕はこの質問に答えることが出来ない。(中略)
ただ僕は、自分の中に一つの円環的復帰が始まつたことを知るのである。よかれあしかれ
これが自分だというもの、遥かに行くことは、遠くから自分にかえつて来ることなのだ、
ということである。』森有正著/”流れのほとりにて”から引用。

 僕とこの本とは縁がある。
僕が5年ほどのヨオロッパ生活から帰国した折に偶然に出会った本である。
以後、しばらくは森有正の著作を読むことを帰国後の心と体験を自心の有り様へ沈めるための
”師匠”とした。TAO CHINGの言葉でもこの内容の言葉を覚えていて以後、メールにも
使っている言葉である。(“ Going on means going far. going far means returning. ”)
 先日、帰国後の落ち込みがひどい時に、偶然に町の古書店で再び遭遇し、早速再読した。
ちゃんと通読するのは’77年以来であるから38年ほどの時間が経過している。
なので余計に、面白味と好奇心と縋りを感じた遭遇だった。
 

 さて、久しぶりのブログ記載である。多分、今年最初であろう。
幾つもの、書かなければならないことが、思い出しておかなければならないことが
あったというのに、ちょうど、今年の僕の頭の中と同じようで、多くの好奇心が
散漫しているだけなのである。
それらをまとめるまでの好奇心と集中力に欠けていたのかもしれない。
その原因も自分では解っているから仕方ない。諦めと怠惰という僕の中の人間性の
一つに陥ってしまっただけである。そして、巴里から戻ってきて、約1ヶ月が過ぎた。
しかし、この諦めと怠惰はより、一層怠惰であり、殆ど僕のこゝろの隅の方から虫食い
始めているらしい。
 ”天然ボケと老人ボケとそして、時差ぼけ”という僕特有の3大ボケが久しぶりに重なって
一つの”調和”を僕の身体に兆したようだ。そんな僕の”3大ボケ”で浸食された身体の
大事な部分に一つの膿のような痼りが強烈に残っているものがある。
 それがこの間の巴里でのコムデギャルソン、川久保玲のコレクションである。
      
                                      
『自伝を書く川久保玲』或いは、コムデギャルソンという”ラッピングペーパー”;
 一言でそして、結論を言って仕舞えば、「このデザイナー、川久保玲は自分が持ち得た、
自分にしか使えないそして、自分にしか納得できないボキャブラリィーで自らの、自らを
語り始めた。」と言うことだ。
 彼女の人生特に、この”巴里”という大きな森へ迷い込んでしまった者のみが、来てしまったが
ために背負い込んでしまった”覚悟”と”リスク”と”コスト”をその主なるボキャブラリィーとして
”寡黙”という外ずらを踏まえて、全体は慎重に、細部に至っては執拗にそして、大胆に語り
始めたのだ。
 否、もしかしたらもう既に語り始めていたのかもしれない。
”3大ボケ”で浸食された僕が気ずくことに時間が掛かっただけなのかもしれない。
このデザイナーの創造の根幹の一つである、「人と同じことはしたくない。」を根底にして
始まった最終章の2、3シーズンはいつものように、僕なりの経験とスキルと教養で何かを
読み取ろうとしてきた。だが、虚しさだけが残った。その虚しさとは、向こう側としての
或いは、傍観者としての虚しさであった。通じない、向こう側へ辿り着かないまどろっこしさ。
しかし、この原因は僕の中に在ったもの潜んでいたものによってであった。
 そして、このシリーズになって今回初めて僕の身体の内部にも彼女が発している
ボキャブラリィーがかすかに、感じることができた。このようなコレクション様式に
なってからもう多分5シーズン目であろう。「鶴の恩返し」から「自らを語り始める」
コレクションとは?
 あらゆる、コムデギャルソンというコード、そして、川久保玲というコードのカオス。
有機的なまでのスタイルを取りながらこのデザイナーが身につけてしまった”巴里に於ける
自らの立ち居場所”で立ち続けるが為に身につけたコード、そのカオスと時間が堆積され、
服化されているコレクション。
 その”不調和なる調和”のマテリアルは”レース”であった。使われたレースには多くの
為すべき所作が為されそのレースを使って、ここ数シーズンに見られるディーテールが
繰り返し使われている。繰り返す事によってそのアヴァンギャルド性は模倣されると同時に
普遍化も辿る。僕が今シーズンの川久保玲のコレクションから撃たれた衝撃とは、
幾何学的にまで綿密な彼女しか使うことが出来ない、諸コードの技巧そのものから実に、
深い精神的雰囲気が溢れていることだけを言つておこう。
 そして、表層的なる眼差しで感じられる妄想は、
「巨大なる宇宙空母艦、その巨大さが故に戻れぬ、戻るところへ戻れない悲しみという名声。
向こうに白い太陽の白き輝きを望みつつ、真白きカオスに閉じ込められ守られつつ、」

 「共感こそはあらゆる種類の模倣の〔…………〕第一の源泉である」
習慣は自己による自己の模倣として自己の自己に対する適応であると同時に、
自己の環境に対する適応である。流行は環境の模倣として自己の環境に対する
適応から生ずるものであるが、流行にも自己が自己を模倣するというところがあるであろう。
われわれが流行にしたがうのは、何か自己に媚びるものがあるからである。
引用文献/『模索する美学ーアヴァンギャルド社会思想史』/塚原 史 著/論創社/2014年:

 僕が今シーズンの川久保玲コレクションを『自伝を書く川久保玲』と感じる発端は、
ランウエーの初め1/3ぐらいからのマヌカンたちの所作からであった。
(このシーンは実に美しいシーンが見られるのでぜひ、見て欲しいです。)
今シーズンのこのブランドで、僕が一番感動したこととは、川久保玲本人の想いと
ディレクションによってそれが為されたと後で、プレスの担当者に伺ったら教えていただいた
のですが、この独りが通れるが、二人は”袖触れ合うも人の縁”的なるそのランウエーでの
マヌカンたちが行き交うシーンであった。その細く設えられた独りは十分に通れるが、
二人は接触しながら、しないようにと気をつけて相手を見つめながらしかできない
交わるという所作。
 ここに、彼女が経験してきたこの世界でのこれまでの”関係性”の根幹を。
そして、千利休の”茶道の所作”にまで通じる美意識を感じ、ここに僕はこれは、彼女本人の
”セルフポートレート”である。と言う迄のもう一つの美しさを感じ知り、こゝろ密かに、
感動したのです。
 ここに、川久保玲という日本人の美意識と優しさと共に、彼女の”特異性”を再び、
久しぶりに感じたのです。

 『 しかし魂は、心は、自分一人で成熟することは出来ない。
このことを僕は痛切に感じている。そしてこの自分ではない他のものは、芸術品や
優れた文学作品では充すことが出来ないのだ。
偉大な作品を見、また読むのは一人でなければいけない。孤独の中に自分を
置かなければいけない。僕はこれまでこのことを痛切に感じて来た。
しかしそれと同時に、同じ程度に痛切に、孤独ではどんな偉大な作品も
心を充すことが出来ないこと、そこにそのことを知り、この孤独の心を知りつつ、
それをやさしく見まもるもう一つの存在、もう一つの眼が必要なのだ。
それがない時、孤独な心は自己を食み、自己を堕落させるのだ。
孤独は孤独であるがゆえに貴いのではなく、運命によってそれが与えられた時に貴いのだ。』
森有正著/”流れのほとりにて”から引用:

文責/平川武治;
 *蛇足的追記;
 1)ショーの後、展示会へお邪魔して驚いた事、今シーズンはこれらの川久保玲の
作品群にはちゃんと丁寧で上手な絵型が添えられてビジネスにも対応されていた事。
事実、そろそろ、個人のコレクションピースとしてのオーダーがあるという。
ここにも、このメゾンのビジネスにおける強かさが現実化されている。
実に、いつも時代の王道を数歩先を行っている、凄さ!
 2)ここ数シーズンの川久保玲、CdGコレクションをブリコラージュし、
音と幾語かの言葉を入れて編集すれば、この寡黙な女性の、
「川久保玲」らしい”セルフポートレート”フィルムが出来上がるだろう。

投稿者 : editor | 2015年04月24日 19:01 | comment and transrate this entry (0)

greeting(37)

HAPPY CHAOS 2015

 新年、平成二十七年のご挨拶。

”白被せ 何を見せるか 雪風情”

 新たな、めでたき年の始まりにお祝いを申し上げます。
「あけまして、おめでとうございます。」
みなさまへ、良き、穏やかなる1年でありますように。

 昨年も多くの皆さんにお世話とご声援をいただき、ありがとうございました。

 今年の僕はモードの眼差しで、”ジェロントロジー『人生90年プロジェクト』”です。
これからの僕たちの国体に大いなる影響を与える”ジェロントロジー”。
しかし、新たに迎えるはずのこの社会問題に、
モード/ファッションの世界から視点を定めて社会へ提言が為されれいません。

 新たな年を迎えた、今日までも、
モード/ファッションの世界は変わらず、”20世紀の価値観”を根幹にした、
ルールと方法論そして、”アーカイヴィス”の諸バリエーションの世界。
作る側も、報じる側も、商売をする側もそして、教育する側も、論じる側も
この”20世紀の価値観”とイメージングで、もう既に、30年以上が経っています。

 これからの日本社会へ新たなる国力になり得るまでのこの視点、”ジェロントロジー”
特に、世界の先進国に先駆けて激しい「少子高齢化社会」を迎える日本には、
この現実認識と社会化は”大いなる可能性”の一つです。
 
 そこでこの新しい時代に考えるべき問題の一つが「倫理観」です。
”金の豊かさを「倫理観」の第一義としてきた戦後70年は、”THEEND"です。
これからの「あり得るべき規範」としての”新たなる豊かさ”を"QUOLITY OF LIFE"を
目指し、生活に、社会にコミットさせるために、
今まで置き忘れられてきたこの「倫理観」を再考する時代性が今年です。

 30数年、パリモードを中心軸に、モードに接してきた僕の結論的発想の一つに、
「成熟された倫理観が洗練さを生む」という信念を持っています。
この経験的発想と眼差しとセンスをこの迎えるべき新たな社会へ
僕が為すべき方法と実践でコミットして行きたく、今年のお正月を迎えることができました。

 この視点、”ファッション-ジェロントロジー”に興味、関心ある皆様、
バックアップとご指導を今年もよろしくお願いいたします。     合掌。
相安相忘。
平川武治;
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 ”When I walked o the small street out side museum in Vienna,I had find this graffiti.
It's a so cool!!
& Keep in touch!!!,Taque." / 03rd.Jan.2015

投稿者 : editor | 2015年01月04日 15:56 | comment and transrate this entry (0)

greeting(37)

久し振りの『VACANT-LEPLI会』のお知らせ。

 ご無沙汰をしています。
久し振りで、『VACANT-LEPLI会』のおしらせをさせて頂きます。

 『ファッションゲットーから遠くへ、』
 コレクションが終わった巴里をすぐ後に、大好きなバス旅行で車窓の美しいフランスの
アルザス地方の農地を見ながらヴィエナへ辿る旅の今回。
 オールドマスターとオペラを見る旅のヴィエナ。堪能してから又、バスでプラーグを経て
ベルリンへ。途中、”裏月食”をバスの車窓から見る。
 ベルリンでは森と動物園とバウハウスを再び検証する旅。
’57年にこの街で開かれた”西ドイツ住宅博”の跡地住宅の素晴らしい集合住宅に住む
旧い友人宅に逗留。
 中日には、大好きなB.W.とヴィエナのクンストで先生をしているクリストファーたちと
憧れのドレスデンへ、ここでもマスターピースを見る旅。昔読んだ、J.コクトーとL.アラゴンが
ここのクンストの収集作品をネタに論じあう評論本、とても知的な興奮を与えてくれた
対話集の影響。結果、フェルメールの作品を又3点、新たに視た。
 旧い、文化を持つ都市だけが持っている独特の佇まいとにほいに酔った1日。

 何を隠そう、僕ももう既に、”ファッションゲットー”に住み着いてしまって30年以上が立った。
もういい、と想いながらも巴里へ行く。
 が、今回も来てみるとそのガサツさと薄さと品の無さとオーディエンスの軽薄さが
見え透くだけのシーズン。なので、「ファッションゲットーから遠くへ」の逃避行でした。

 そこで、久し振りの『VACANT-LEPLI会』です。
以前も大神さんからご親切にお声を掛けて頂いていたのに、僕はすっきりしない自分が有って
のらりくらり。
 なので、今回は、『VACANT-LEPLI会-1』と『VACANT-LEPLI会-2』と言う少し、
乱暴な程のスケジュールで2回の会を開催いたします。喋りたい事は沢山あります。
 『みなさま、ご興味と好奇心をVACANTへ、』

 『VACANT-LEPLI会-1』では、
 今の日本で現実になっている”ニュース”を読み込み、考えこれからの日本の表層が大いに
変革する状況を、“ニュースを読み、考えジグソウパズルをしよう。”と言うタイトルでお話を。
 そして、後半は、今回第2回目を開催された“HAPPENING"の発案の独りである
スタイリストの伏見京子さん他にゲストで来て頂き、『HAPPENINGとは何ぞや?
どうしたいねん?云々、、、』を又、『何が”東コレ”を面白くなくさせているか?』等も
お話が出来ればお聞きし、出来れば、僕もこの30年の”巴里-ファッションゲットー”体験からの
スキルと関係性を何らかのかたちで日本のこれからの若い世代へ大いに、
利用してもらえればといろいろお話を交わすオープンディスカッションの会。
 ぜひ、皆さんのご意見も参加させて下さい。盛り上がりましょう。

 『VACANT-LEPLI会-2』では、
もう2年程前から僕が提言していた、『WITHOUT SEWING』と言うコンテンツを軸に、
これからのファッションに“新しさ”が有るのか?を話し合おうと想っています。
 前半は、僕の今のファッションに於ける新しいテーマは『スローファッション』です。
この辺を、僕も原宿で20年程前に“古着屋”をしていた経験から
『自分で捨てたゴミは自分で拾え!!』プロジェクトを旧くて新たなファッションビジネスの
一つとしてお話をします。
 後半は、雑誌WIRED-3号で特集されている
『ファッションはテクノロジーを求めている』の編集長、若林恵さんとの
この特集についてのキッカケ等をお伺いし、対談をいたします。
 又、若林さんのご経験やお仕事柄ではの『”新しさ”とは何か』を、
その誕生に必要な”評論”の現在性とは、そもそも、現代に“評論”が必要なのか?等も
ジャンルを超えたところでご一緒にお話が出来ればと愉しみにしております。
 http://wired.jp/magazine/

 ご興味有るみなさま、好奇心を揺さぶりたい人たち、どうか、この様な時代性です。
社会の閉塞感は個人が持ちえた閉塞感が解き放されないと風穴が開きません。
 その為にも、脳みそを軽くして、のんびりとシャッフルしてみませんか?
現代ファッションと言う閉ざされ始めてしまった”習慣世界”から逃避するためのキッカケに
ご利用下さい。
 僕も元気になりましたので、久し振りでお会いしましょう!よろしく。
                                  合掌。
相安相忘。
文責/平川武治:

 おしらせ;
 「VACANT-LEPLI会 - 1」

2014.11.9 (sun)
at VACANT
13:30 open / 14:00 start

テーマ「ファッションの現在は?」
噺人:平川武治(ファッション評論家)
客人:伏見京子(スタイリスト)

 「VACANT-LEPLI会 - 2」

2014.11.14 (fri)
at VACANT
18:30 open / 19:00 start

テーマ『フィーチャーファッションの可能性』
噺人:平川武治(ファッション評論家)
客人:若林恵(『WIRED』日本版 編集長)

入場料:
一日券|一般¥2,000 / 学生¥1,500
通し券|一般¥3,000 / 学生¥2,000
(休憩時、お茶と菓子付)

予約:http://www.vacant.vc/d/130(VACANT)
*予約フォームは、イベントページ下部の〈RESERVE〉ボタンより立ち上がります。
備考欄に希望日をご記入ください。

 

投稿者 : editor | 2014年10月30日 18:19 | comment and transrate this entry (0)

article(60)

CdGパリ展示会を見て/考え想った事、なぜ、『凄い!』のか?

CdG速報―2/展示会を見て、考え想った事、「なぜ、『凄い!』のか」その根幹は?
 [『 ブランド『レイ-カワクボ』は訂正せねばならない。
今シーズンのブランド『コムデギャルソン』は又,もとの立ち位置へ戻った。]


 『模倣と習慣とはある意味に於いて相反するものであり、
ある意味に於いて一つのものである。
模倣は特に外部のもの、新しいものの模倣として流行の原因であると言われる。
流行に対して習慣は伝統的なものであり、習慣を破るものは流行である。[、、、、、、]
しかし、習慣も其れ自身一つの模倣である。其れは内部のもの、旧いものの模倣である。
習慣に於いて自己は自己を模倣する。自己を模倣するところから習慣が作られて来る。
流行が横の模倣であるとすれば、習慣は縦の模倣である。』

*引用/『人生論ノオト』三木清著/新潮文庫’54年初版;「習慣について」より:

 展示会へ訪れる。今シーズンのこの企業の展示会は見るべきものが多くあるシーズンだ。
CdG,J.W.は勿論、僕の古くからの友人で大好きなA.ウオーカーと今シーズンから
新たな巴里へ向けてのショーコレクションのプレを行なった、noire.
 
 先ずは、『コムデギャルソン』からだ。
会場へ入った瞬間の印象は、そこそこ映画に煩い人であれば、昨年リメイクされた
定番ホラー映画の王道中の王道、”キャリー”を思い出す。
昨年のリメイクでこの手のカルト映画が又新しい世代にウケた事も思い出す。
 今シーズンの”赤”のラッシュも読めた。
王道な発想である、“黒”“白”そして、”赤”。単純にこのデザイナーが好きで、使う事に
慣れと安心そして、自信を持っていると言う定説ともう一方では、このブランドが
過去30数年で儲けられて来た色合いがこの3カラーであるからだ。
 結論的予測になるが、この流れで、次回を予測すると、“タータン-チェック”であろう。
“タータン-チェック”もこのブランドは好きで、定番になり、使う事にも自信と上手さを持ち、
ここ30数年でやはり、儲けて来た素材だからだ。

 少し、”箸休め的なる”余談をすれば、
例えば、この”コムデギャルソンブランドとPUNK"の関係である。
ブランド、”コムデギャルソン”の立ち上がり期、’70年代中頃迄は所謂、
”巴里、大好き!”だから、このネーミングそして、“ソニアリキエ、”大好き!!”で始まった
コピーブランドが川久保玲のブランド黎明期。
その後、山本耀司と交際、この交際はお互いの“夢”を話し合い、彼らたちの“願望”を
共有し合うことから始まった。そして、この二人の関係の根幹は、”パリ上陸成功作戦”。
これの第1作戦が 国内での’70年代最後の年からの”黒の旋風”。
見事にお互いのブランドが共同戦略を張って、同じ様な世界観を創り出しそして、
“プレス陽動作戦”に出た。これは、当時のファッション雑誌では単独コーディネートか、
“Y"さんと一緒であればと言う作戦でファッションメディアを制覇した。
当時の新メディアとしての“anan"を利用し、その新雑誌のスタイリスト、慶應後輩の
原由美子さんや、元CdG販売員でその後、’70年代後半に既に、巴里へ出掛けた堀越絹衣さんたち
Topスタイルストたちを巻き込んで見事に成功。
 もう一方のこの世界のメディア、文化出版局が’72年に発行した“HIGHT FASHION"誌へは
耀司の名声を借りやはり、文化服装学院の「“文化”の耀司利用戦略」と共に、この時期の
2大ファッションメディアを手中にした。
 この戦略の根幹は「自分たちの”イメージング”は自分たちの”業”でコントロールする」と
言うものだった。これらの作戦も共同作戦であった事で可能になったものでしかないのだが、
この当時スタイリストだった人たちが必ず、悔しい思いで貸し出しを断られた事は
有名な神話に迄なった。
この”メディアコントロール”が川久保玲を『寡黙なデザイナー』『顔写真を出さないデザイナー』
『黒のデザイナー』等の『神話』をこれらメディアが勝手に作り上げ形成、構成され今日迄、
これらのエピソードが語り継がれ、現在の存在観の大きな原動力の一つにもなった。
 ここでかれらの“夢”であった、”パリ上陸成功作戦”の資金が捻出される事になった。
彼らたち二人の共通項の一つに『慶應出のインテリデザイナー』と言うのがあり、
その代名詞を地で行く様な“上手なお金の使い方”をこのタッグチームは見事に知的に実行した。
そして、国内での当時の流行語に迄なる迄の巨大なビジネスで充分に儲けた元手が
”パリ上陸成功作戦”の具体的な軍資金になった。
 そして、”巴里上陸作戦”がこの2人の当時、日本を代表するファッションデザイナーと言う
肩書きと伴に、成功を巴里でも収め始めた頃、耀司はその夢を”巴里クチュールの世界”へ。
川久保玲はここ、巴里で得た新たな自分の”立ち居場所”をよりラジカルなところへと、
メディアが作った『神話』を昇華すべき方向性を新たに求め、探し始めた。
立ち上がり当時は、先述の様に”ソニアリキエル”のコピーブランドでしかなかった
このブランドが、’77年の"LONDON PUNK"にどれだけ、直接的にこの時期の彼女が
狂れたかは解らないが横を向いたら、当時のロンドンストリート発の“PUNKファッション”の
存在とこの時代のテイストを持ってロンドンを代表するデザイナーになっていた
”ヴィヴィアン-ウエストウッド”に大いに、インスパイアされたことはその後の彼女が
”タータンチェック”を使い、黒のフエクレザ―とエナメルを使っての”PUNKYSH"な
スタイルとテイストに憧れオムコレクションと伴に多くのシーズン、コレクションを
行なって来た事でも理解出来る。
 この頃、実際に東京で“PUNK"を東京の路上へその種を撒いたのはあのブランド”MILK”の
大川瞳さんだった。UNDER COVERの高橋盾が現在在るのも彼が、文化時代に大川瞳さんに
可愛がられていた時代があったからであり、彼らたちが”東京セックスピストルズ”なる
コピーバンドをやっていたのも、彼女、大川瞳との出会いで、現在がある。
『ヴィヴィアンーヴィヴィアンーチルドレン―大川瞳―高橋盾』と言う流れが東京の路上へ、
'70代始まりから’90年代中頃迄続いた”東京パンク”であり、実際の“PUNK-FASHION"を
仕掛けた源流であった。川久保玲はこの東京での流れには当時殆ど、無関係であった。
 『ストリート+アナーキー+破壊+パッション+心意気+ノンフレンチ+ロンドンテイスト
+アウトオブモード』そして、カッコいい。
多分、これらの幾つかのキーワードによって川久保玲は自分のコレクションのレッテルの
一つとし、のめり込んで行ったのであろう。
 しかし、ここには、巴里に於ける自身の立ち場所継続のための冒頭、三木清の
『模倣と習慣』の関係性でしかない。決して、彼女のPUNKはパンキィシュでしかなく、
『当事者』でもなく遅れて来た『傍観者』の眼差しであり、その“負い目”を
巴里モードの”際”へもって来たが故に、今に続いている。
だから彼女にとっての“タータンチェック”は“PUNK”と言う記号に過ぎず、コードであり
アナーキィなレッテルでしかないと言うファッションレベルの造型性をモードへ
持ち込んだ事が巴里のジャーナリストたちにもウケたのである。

 さて、主題へ戻そう。展示会で拝見した今シーズンのコレクションは冒頭の一文である。 
『ブランド『レイ-カワクボ』は訂正せねばならない。
今シーズンのブランド『コムデギャルソン』は又,もとの立ち位置へ戻った。』
 基本的にはショーピースもそれなりのものはガーメントとして販売している。
その分、コレクションの根幹はここでも“BALANCE OF THE ARCHIVES”の世界である。
ここ4シーズンをベースにし、以前のコレクションでも既に、見せびらかしたエレメントが
”赤のバリエーション”という世界でブリコラージュされただけのコレクション。
 従って、今回の多くのモチーフエレメントも2000年早々の学生作品が"souceof the inspiretions"。
特に、アントワープ卒のA.F.やラカンブル卒のC.C.等はプンプン匂う。
結果、このデザイナーは若しかしたら本人は見ていないかもしれないホラー映画
”キャリィー”の世界観に何よりからも近くなる。
 “黒”や”白”のバリエーションより分量感が出し辛い“赤”を使わなくてはならなかった分だけ、
その分量感を演出するのにいろいろな、嘗ての”原反在庫”の素材”赤”をリボン状にして使った。
その為多くの”赤いリボン”を使い、パターンによる造型ではなく“トリミング”による立体感を
用いた。
 もう一つ今シーズンのこのデザイナーのコレクションに於ける”造型”に新たな救いの手を
差し伸べたのが、“背負い込む”と言う手法であった。この手法も以前のコレクションで
既に行なって来たが、今回はこのデザイナーの”立ち居場所”を堅持するために又、大いにその
“アート的”なる見栄えのために大変重宝した手法であった。
 “ラッピング”“カヴァーリング”そして“プロテクション”のバリエーションの一つとして
この“ハンギング”が身体そのものを覆い隠するのでなく、なんの機能性もなく見た目の
造型のみに即ち、どれだけ”芸術的に見えるか”のために用いられた手法でしかない。
 ”重いであろう。辛いであろう。しんどいであろう。”
このエレメントの手法はまるで、このデザイナー川久保玲の過去から現在迄のもう一つの
正直な憶いを表すものであろうか?とも受け取れる。
 又、この手法を使った事によって、“着る”と言う行為から“装着”すると言う行為へ、
ファッションの造型性を拡大解釈したと言っても良い。
しかし、このコンテンツも川久保玲が初めて試みたという手法とコンテンツではない。
もう一度言っておくが、これらは既に、アントワープのファッション学生の’90年代終わりには
多く見ることが出来た手法とエレメントであった。
ここにも僕の経験からの視点で言うならば、ここにも“当事者”の眼差しは存在しない。
 何も、今更ホラー映画”キャリィー”コレクションでもあるまいと思ってしまうが、
ここに一つ、大きな見落としては行けないアウトフィットが登場する。
それが“O.シュレンマー”のパクリモノである。
この”キャリィー”の中に2~3コーディネートのあのバウハウスのO.シュレンマーの
舞台衣装が登場する。
 今、ベルリンに滞在しているので、この街の僕が好きな『BOUHOUSE ARCHIVES』美術館へ
足を運び確かめる。
 数日前から始まった『モホリ=ナギ展』の素晴らしさとその作品群の”新しさ”に圧倒されて
しまったが、次回の展示が『オシュカーシュレンマー展』である事も知り残念がるも、
ここバウハウスアーカイブ室で見れるO.シュレンマーの作品の動画は今ではYOUTUBEでも
見ることが出来るし、学生コレクションにもよく見られるネタである、そんな時代だ。
 この同じエレメントが数シーズン前にも登場した事があった。
この時も既に、“HANNGING"と言う手法でコレクションに登場させている。
若しかしたらこの“HANNGING"という発想はここがネタ元であろう。
そして、ここでは“赤”に交えて”白”を加えている。このアウトフィットだけが所謂、
“パターン”による立体構成を行なった今シーズンでは数少ない異質なものになっている。
しかし、このネタ元があの”バウハウス”の”オシューカーシュレンマー”と言うだけで、
マスコミ受けする要素は確かにある。この辺りがこのブランドの上手い演出であるが、
今回の巴里でのコレクション’15年S/Sではこのブランドも“Variation of the Archives"コレクション
と言う当世流行の手法(?)を摂るに至ったのである。
 ランウエーでは“キャリィー”コレクションとしか見えないが、
展示会では売るものがいつものコムデギャルソンの顔つきで顧客を待ち受けている。
これは変らず、見事であるし、この顔つきがクオリティよく生産出来るこのブランドの
生産企画力が素晴らしく、この企業の立ち居場所とビジネスの継続の原動力となっている。
 “黒”がやはりメイン。そして“白”これらはここ3シーズンの継続トレンドでも有り
売れるものだ。“ビッグ―シルエット”、マスキュリンからフェミニン迄の相対性、
アンビギューティなアイテムとそれらをブリッジするインナー類のスポーツテイストや
ワークステイストがこのブランドでの顔つきのこなしで上手いもの。
 ランウエーしか視ないで論じる海外のお友だちジャーナリストたちからはこんなものが
売れるのだろうか?と言う質問は出ないのであろう。
勿論、日本のジャーナリストと称している”レポーター”たちからは直接は出ない、
だからランウーでイメージングをプロパガンダし、展示会で実を生み出す、
このビジネス手法も変わらない。
 実際には、もうこの様なビジネス手法が行なわれるにはそれなりの”資金”が必要であるが、
其れは大丈夫である。川久保玲はもう富豪になっているからであり、この会社の社長であり、
デザイナーであると言う立ち居場所に君臨しそのヒエラルキィー構造も出来上がって
しまっている。が、若しかしたら錆び付き始めているかもしれないという迄の
ここでも”習慣”が出来上がっている企業体質になっているので余計にこの様なコレクションを
川久保玲本人が未だに、プロパガンダしなければならないのであろう
否、やり続けるしか無いのであろう。
 ここで、このブランドとそのデザイナーへの賛美『凄い!』が生まれる。
“解らない”或いは”解りたくない”、だから『凄い!』である。

 ではこの『凄い!』は誰が実際に作っているのだろうか?
川久保自身がトワレで造型して行く事はないであろう。
選ばれたスタッフが基本形を構築し其れを見ながらこのデザイナーは
『ああだ、こうだ、こうして欲しい、こうしよう等等、、、』が発せられての製作行程で
あろう。
 彼女自身が最初の発想から全体のエレメントを構成する迄を独りでする事はないであろうし
このデザイナーはスタイリスト上がりそして、長沢節モードセミナーでモードイラストを
学んだだけで所謂、実際には自分の”手”は動かせられないデザイナーである。
 だから、最近のこのメゾンにはノアールを任されたアントワープアカデミー2年中退生が
入社し、そのレベルの使い勝っての良さからその後、多くの海外ファッション学校卒業生が
就職を許されている。この傾向は今迄になかった事でもある。
僕の親友デザイナーが先生をしていたヴィエナからさえも新入社員として2人、入社している。
 ある意味で、このブランドも多くの刺激ある海外レベルの”学生作品ネタ”を持参してくれる
構造が必要になり、作ってしまったようだ。この構造は嘗てのドリスを代表とする
アントワープデザイナーに多く見られた構造であった。

 70歳半ば近く、富豪でありながら、”自分の立ち居場所”を堅持継続させておく必要性とは
或いは、必然性とは?
このエネルギィイとは?問題意識とは?、この根幹は何なのであろうか?
これについては前回の僕のブログの、”コムデギャルソン”で既に書いた事。
 『何にご不満があるのですか?現代社会にどのような憤りやラジカルな視点を
お持ちなのですか?』
『巴里ではあなたはもう既に、ブルジョアデザイナーだとの評判ですのに、これ以上、
何にお怒りをお持ちなのでしょうか?世界の動きにですか?政治にですか?社会にですか?
経済状況にですか?男たちにですか?』
 これほど迄の”反骨精神”とは、何に反骨してのエネルギィーなのだろうか?
嘗てから、30年以上のコレクション継続に於いてこのデザイナーが自らのイデオロギィーを
持って自分の立ち居場所を示した事は全く皆無であった。
 なのに、”ファッションゲットー”の中ではこれほど迄に“反骨のデザイナー”として
騒がれていられるその要因と魅力とは何なのだろうか?
 ここに『創造性』と言う不思議さが存在し、それに取り憑かれてしまった、
その魅力を体感してしまった人間の『業』なのであろう。

 そして今、展示会を見せて頂き、解っていてもこの様な質問が湧いて来る。
僕は『ご苦労様です。大変ですね、ありがとうございました。』と。
そして、『一度、”ファッションゲットー”の外に出られては如何ですか?
ゆっくりと、美しい蒼空を眺めてみられては如何ですか?そして、深く、深呼吸を為さっては
如何ですか?美味しい味噌汁を作られては如何ですか?』
或いは、『なぜ、そんなに”社員たちを”信用出来ないのですか?』
そして、『あなたなりの、川久保玲流、”社会へのコミット”の仕方があるでしょうね。』
 『会社のため、社員のためのがんばり』と言う言葉は
以前、“Y"さんが倒産騒ぎを為さった折に彼との違いを言い表すのに僕が使った言葉。
それが今ではこの企業の標語の様になって社員の多くから反対に聞かされる言葉になっている。
 ここにも今ではこの企業の恐ろしさ否、個人が持ってしまった”コンプレックス”の
恐ろしさをその裏で感じてしまう。
 だから、コレクションが“キャリィー”だったのだろうか?

 多分、現在では日本人ジャーナリストの中では、と言う事は世界のジャーナリストの中でも
このブランド、コムデギャルソンと川久保玲の創造とビジネスの経過と言う
”巴里での立ち居場所”の現実経緯を30年に渡り見続けているジャーナリストは
このモードの世界では僕しかもう居ないはず。
僕が一番永く見続けているジャーナリストになってしまったと言う現実と責任感。
だから、こんなことを実直に無礼に又、不躾に、僕の人生の想いをも願って発言してしまう、
又は、出来るのでだろう。
 そんな時代に至ってしまったのです。

 さて、今の時代『新しさ』はどの様に考察され誕生可能なのであろうか?
ここで、1917年、アポリネールの「エスプリヌーボーと詩人」と言う講演で、
彼は既にこの様な趣旨の事を発言している。
(これが”エスプリヌーボー宣言”とされている一つである。)
『新しさの二つの基本的性格は、新しさを生む”組み合わせ”と”驚き”である。
そして、”奇妙”である事と”馴染みのある”ことは常識的には対立するが、
それらを組み合わせる事によって出現する”驚き”から”新しい流行”が生まれる。』
 ここに、モードと習慣の奇妙な関係性が存続する。
 
 関係者皆さん、ご理解あるお許しを。
文責/平川武治;ベルリンにて:


 

投稿者 : editor | 2014年10月13日 17:47 | comment and transrate this entry (0)

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速報、コムデギャルソンコレクション−1;

 『あらゆる種類の闘争と紛争の終わりは、又創造的芸術の事実上の終わり
(The visual & of creative art) を意味していた。
おびただしい数のアマチュアやプロのパフォーマーが現われたが、一世代に渡って、
文学、音楽、絵画や彫刻の真に傑出したあたらし作品は出現しなかった。
世界は、相変わらず、再び訪れる事等あり得ない、過去の栄光に依存していたのである。』

A.クラーク/「幼年期の終わり」から。
 案外、有名なこのクラーク小説の一文がいやに思い出される。

 「例えば、世界的巨匠と呼ばれる人たちに共通する事は「時代への批判精神』である。
立ち場はいろいろあっても、社会の光と闇を敏感に感じ取っていなければ、
人を感動させるものは作れない。」
 これは飛行機内で僕が読んだ岩波書店が出している「図書』と言う小冊子からの引用である。
筆者は赤川次郎だ。(図書/9月号/岩波書店刊/「失われたプライドを求めて」より:

 もう一方で巴里の友人デザイナーたちの川久保玲の行為についての眼差しは"She is so Bourgeois!"である。

 会場にはもの凄いノイズジーな音が溢れ返り、それと同時に“作品”が歩き始める。
今回の会場となった周辺はチャイニースたちがコピーしまくって作っている
小さな衣料品工場が溢れている界隈の元機械工場跡を探して来た。
今回のショーには必然である舞台環境だ。最近のこのブランドにしては久し振りに”会場と
そのテーマ性”が一致したロケーションだ。
 いつもの様に観客を押し込めてその中でヒエラルキィーを構築した座席へよく訓練された
スタッフたちの多くが、この時ばかりと今期モノの“Made by CdG"を着て、手慣れた誘導を
行なって約30分が過ぎた頃、やっとそのノイジィーな爆音が始まった。
 川久保玲は彼女が創り出した”エモーション”をこの環境と雰囲気とそして音響で”
共有してくれ”と言うのかそれとも、”拒絶をしたいのか”或いは、”呆れ返ってもらいたいのか”
多分、そんな事はかまっていないであろう。ただ、”遣りたいだけ”或いは、
”遣らなければならない”だけであろう。
 今シーズンはこのブランドの”主役”のもう一つ、良く使い捲って儲けもした、
”黒”と”白”のシリーズから、『赤のバリエーション』がコンテンツ。
彼女はこれ迄にも“赤”は沢山作品にした。オリジナル素材を使わなくなった時点からの
コレクションはその大半が”黒、白そして、赤”でエレメントを構成していた事を思い出させる。
 だから、”赤”なのか?或いは何か、訴えたい事、反逆したい事のためには是非、
”赤”だったのか?多分そうであろうが、不明。ここで、プレスに聞くのは野暮だ。
「これが今の彼女の気分なです。」とのプレスの答えが解る。
 次から次へと、淡々とこのノイズのさなかを出て来る彼女の気分を作品とした
服の様なものを着たマヌカンたち。ヘヤーと靴だけがいつも変わる。
が、”作品”の内容とそれぞれのエレメントはこれ迄の4シーズンのバリエーションのように
見受けられるものが多かった。当然、今回のコレクション用にお色直しをしたものもあるし、
新たに思いついての造作であろう数体を見る事も出来た。
 例えば、彼女が大好きであったオムコレクションの襟のディテールが“THINKBIG"で
現われた時には思わず嬉しく、微笑んでしまった。だが、その胸部は見事に切り裂かれている。
いろいろな素材で集められ作品となった”赤の集積”はその素材の違いで
”赤”のバリエーションが輝く。
見事な感覚であるが、やはり、赤は以前の黒や白に比べるとその効果は難しいようだ。
だから、エナメルレザーや合皮のピースが使われてもいる。
それに作品自体の構造をより、3ディメンションを強くしないとその効果が現われにくい事も
計算されている。
 もう一つ、目だった事は今シーズンは“Hanging"と言うアイディアを結構、使ってこれらの
”作品”を創り出している。
 "Wrapping"から”Covering"は“被服が持っている"Protects"と言う機能性への当たり前の手法、
しかし、彼女は以前、自分のコレクションでもやった事のある、"Hanging"を使って
その造型性のバリエーションを増やしている。これを使えば其れ也に、
何でも”付け足す”ことが出来る。と言う事はここには彼女の特徴であった造型に於ける
”潔さ”が無くなり、“作品”を創り出さなければならないと言う想いからの”足し算”手法が
感じられる。
 新たに加えられた作品では作られた“THINK BIG"の服に鋏を入れて切り込みテーブ状にして
その流れを愉しんだり、組み込んでの3D.効果を見せる。
それらは今迄の怨念も入っているのだろうか?と思う迄の大胆さと緻密な迄の野暴さだ。
珍しくこれらに混じって、あのバウハウスで行なったO.シュレンマーが出て来る。
これによって案外、このコレクションの”想像のための発想”或いは,“SOUCE OF THE INSPIRATIONS"の”隙き間”が見えてしまった。
この辺りが”ファッションの可愛さ”とでも言えるのだろう。

  巴里のデザイナーたちの眼差し、"She is a so Bourgeois!"であるが効果を持つ。
行為を行なう事によって堅持されるその彼女のこのモードの街での”立ち居場所”がより、
鮮明になる。従って、『パンクを売り物にしたファッションブルジョワ』である事が
このファッションゲットーの住民たちからウケるのである。
’77年、彼女はPUNK だったのか? 憧れたのか? 傍観していただけなのか?
ライブへ通っていたのか?“ドクターマーチン”を履いていたのか?云々、、、
そんな事はお構い無い。
 では、今の彼女の生活で、何を”プロテクト”しなければならないのか?
日本社会への”反逆心”があるのか? あらゆる種類の”闘争と紛争”へのこゝろの有り様が
あるのだろうか?
 
 人間、『川久保玲』はどのような日常を送っているのだろうか?
殆どの”社員”たちも知らないであろう。
 どの様に、彼女らしさで日常社会へ”コミット”しているのか?
だから故に、これほど迄の”闘争と紛争”心が沸き立つのか?
 それとも彼女自身の”存在”そのものに、”闘争と紛争”し続けたいのか?
これらの『根幹』が全く不明。まるで、何かを隠す或いは、拭い去りたい迄に不明である。
 彼女に取ってのPUNKとは、あらゆる種類の”闘争と紛争”への、
社会へ対してのラジカルな”らしさ”であり、その立ち居場所を保持するための”記号”でしかない。
 
 いつかの、N.Y.で開催された『PUNK FASHION展』へのあのS.メンケス女史の言葉がここでも引っ掛かる。
 「もう、今の時代のPUNKとは総てが,PUNKY,そう、”らしさ”でしか無い一つのコードだ。」

 若者が未だに、“PUNK T-シャツ”を着ているのと同じファッション倫理でしかないのだろうか?
若者たちが憧れるPUNKと、富豪が憧れるPUNKの差異とは?
その背景即ち、”社会”が違うだけで其れはお金さえあれば見えなく出来る時代である。
 ここに僕はこの「レイ-カワクボ』ブランドのビジネス観を見てしまう。
やはり、強かなビジネス戦略である。
 “凄さ”と”がんばり”をありがとうございました。
文責/平川武治:巴里市/28th.Sep.:

投稿者 : editor | 2014年09月28日 03:09 | comment and transrate this entry (0)

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速報、JUNYA WATANABE,Collection/ バイ、バイ、the 20's Fashions!!—その1

 君はあの、”ポリーマグー、お前は誰だ!”を知ってるかい?

 僕は今朝のJUNYA WATANABEの新作コレクションを愉しく読ませてもらった。
そこで想い出したのが、あの“ポリーマグー、お前は誰だ!”だった。
確か、’68年(?)、W.クラインの第2作目の映画だった事を想い出す。
’60年代を代表する否、この時代には早すぎた映画だった。
その後、この映画は“戦後のモダニズム”の多くのオリジナルになった。
映画は無論の事、グラフィック、アート、流行、アイロニィーそして、モードも。
 時は丁度、この街、巴里ではあの、パコ-ラバンヌが登場した時代だった。
この街で、メタルを使い、プラスティックを使いクチュールモードの世界へ一撃を
強烈に投げつけたフォトグラファー、W.クラインの快心の一作だ。
実は、この名前のバーが未だ、オデオンに存在しているのもこの街らしく面白い。
全く持って、全編が当時の巴里-モードを皮肉った映画。服、モデル、ジャーナリスト
そして、会場や音楽までもがその対称になり、アメリカ人がこの街の文化を多いに
アイロニーとユーモアでクールに讃歌した映画だった。

 冒頭のシーンは僕には『21世紀版ポリィーマグー』だった。
『全て、タギョール!!、もう20世紀のモードを引きづっていても何も、“新しいもの”は
出て来ないよ。』と言わんばかりのメッセージから始まった今シーズンの彼、
JUNYA WATANABEのコレクションは僕はもう歓喜の数十分だった。
 この街の連中は、A.D.J-P-グールドを思い浮かべるであろうが、その彼のオリジンには
この“ポリィーマグー”がある。マレーヴィッチ、S.ドローネさえも出て来る。
実にこゝろと頭が豊かなバランスで次から、次へと素晴らしい教養と感覚のバランス。
これは、実に教養深く、センスがいい1冊の『書物』、ありがとう、淳弥さん!

 どうなるのだ、これからのモードは?
そろそろ、僕が提言して来た『Without Sewing]』と言うコンテンツが
この世界でも見え始めて来たので余計に嬉しい。

 『今の時代、こんなに沢山のものがある時代、何を創作するか?
そこに“エモーション/感情”が感じられそれが共有出来るものであること。』
 これは昨日のUNDERCOVERを見ても想った事。
そして、今朝のJUNYA WATANABEも然り。
しかし、残念な事に、Anrealageには感じられなかった。
「見せてやるぞ!!のコレクションはもういらない。」
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2014年09月27日 20:23 | comment and transrate this entry (0)

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Anrealageの事をもう一度、確りと書留めておこう。何しろ、初コレクションで、本人も力を入れたコレクションだったのだから。

 その遅れて来た『コムデギャルソン症候群』の独りが一昨日、
憧れの巴里コレクションデビューした。

 ANREALAGEの初ショーは、オーナー社長デザイナーの自己満足を満足させるものだった。
所謂『電気仕掛けのマジックショー』。
昔は人間なるマジシャンがすぐれたデザイナーであった時代があった。
が、今ではこの様な機械仕掛けマジシャンや或いはイメージングの上では
バーチャルマジシャンたちが登場し始めた。
 若いブロガーレベルは喜んだでしょう。内容がそのレベルの驚きをもたらしたのだから。
しかし、こちらのジャーナリストたち(プロ)の連中は、少し、引いていました。
日本の素材メーカーのためのプロパガンダと言う受け取られ方が一つの評価でしょう。
デザイナーとしての服ではその『ネタ元』が読まれてしまったショーでした。
それに、外国人ジャーナリストが少なくブロガーが多かった事も今であろうか?
 ”デスコンストラクション”が何を今、現在へ提言するのか?現在の日本社会なのか?
世界構造なのか?“ズレ”が時代感なのか?ある意味で、”時間概念”をズラす迄を
コンテンツとすればもっと、深みが在っただろう。或いは、ただのトレンドか?
そして、『日光写真』のプロセスを見せてしまったので、
これからの実力とセンスとスキルがどれだけこの街で通じるか?
どれだけ、ユダヤ人たちとの関係性へ即ち、メディアとビジネスへ広がるか?
 しかし、バイヤーたちへの手みやげ『客寄せパンダ』から始めなければならない
立ち居場所を選んだのだから今後は”売れる、売りたい服作り”のお手並み拝見が
彼らたちの本音であろう。ここが、例えば、SACAIとの違いである。
 この程度の自己満足を満足させるには自費でやるレベルである。
この自己満足を継続させる事で次なるステージへ上るためにも、それ位の企業の奥行きが
必要である。そうしないと次からがかなり質が落ちて当然であるからだ。
 しかし、現代日本のモノ作りにおける「何が”ジャポネズムか?”」と言う問いでは、
“素材が面白い”が”モード”レベルではないが、その問いの答の一端にはなっていた。

 過去3シーズン来、このデザイナーが日本素材の新しさを自分のコレクションに利用する
方法を自分のコレクションの手法のメインとしてしまった。
が、この場合のこのデザイナーの手法は利用でしか無く、“利用”はただ、単にその日本素材の
凄さと言う”情報”を見せびらかしただけのテリトリーでしかない。
この“情報”を自分の立ち居場所で”モード”にはクリエーションしていない。
若しくは、未熟である。
 この辺りが巴里と日本の”モードの世界”の現実の視点のレベル違いであろう。
“モード”としてどの様なクオリティあるものが作られるか?
ここがこの街の持っている眼差しであり、その強かさである。
ここに、この街が極めつけとしているのが”エレガント”と言う”格”である。
 翌日、あるショーでUAの栗野氏と同席した際に話題になり交わした際の『同意』であり、
お互いが長い間この街のモードを見て来た経験からの見解であり、この辺りが、
東京ファッションシーンにおける、最近の”ブロガー”たちとのレベルの違いでもある。

 これは先シーズンもそうであり、僕は彼へ進言した事である。
彼のプロパガンダの根幹は先シーズンと同じであり、進化していない。
今の若者が得意がる”こんなの僕知っている”レベル、所謂“情報集め”でしか無いのが
このデザイナーの貧しさである。
 “知っている事”と”考えること”は違う。
又、”知っていること”と”創造する事”は全く世界が違う事である。
 遅れて来た『コムデギャルソン症候群』で川久保玲に憧れ、その道を望むのであれば、
もっと深く、彼女が何を”創造”して来たか?を感じその根幹を学ばなければならない。
彼女は、その彼女の立ち居場所を巴里モードにおける30数年と言う時間を費やしながら
”モードの世界を創造”して来たのである。決して、”情報”だけを見せてはいない。
作られる彼女の作品には既に『品格』が創造された世界である。
残念ながらAnrealageのデザイナーがデザインしたと言う”商品”にはそれが未だ感じられない。
とても薄っぺらい、平面な服でしかない。(これは多くの若手日本人デザイナーの欠陥である。
この理由は自身の手を動かしてプロとして服が作れない連中の仕事であるからだ。)
 故に、僕はこの遅れて来た『コムデギャルソン症候群』のデザイナーの今回の仕事は、
『現代日本素材の素晴らしさと凄さ』をプロパガンダした行為でしか無く、
それ以上でもなく、それ以下でもない。
 彼が持ってしまった”自己満足”を焦って、満足させるものでしか無かった
デビューイベントだった。

 最後に、『これは感心すべき事なのか或いは未だ、こんな考えでファッションデザイナーに
収まっていたいのか?』と言う、そもそもの疑問が拭い払えない。
 『もう古く、しんどい考えではありませんか?』
 『未だ、この様な自己満足を満足させたいのですか、なぜ?』
 『多くの善意ある人たちの、他人の褌をかき集めて、この街で"来歴”を作るために
やって来た、その根幹は何なのですか?』

 彼は好奇心の旺盛さと繊細さを持って、”より、次ぎなる”を求めるであろう。
その時、“May I help you?"と言う彼のこゝろの有り様が”商品”の顔つきになってほしいものだ。
 ご苦労様でした。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2014年09月26日 08:17 | comment and transrate this entry (0)