web site "Le Pli" is information and archives of guerrilla report Le Pli on TOKYO collection.

greeting(38)

Hello President Mr.Trump!! "The world is the wall-paper that only the truthiness."

「The world is the wall-paper that only the truthiness.」
 「ーそう、世界は”真実っぽさ”で溢れかえってしまっています。」

/2005年S.コルベア(コメヂィアン)
 ある時期から政治家が合理性、証拠、さらには事実に基づいた議論に変わって、むやみに感情や「勘」に訴えるようになってきた現状を評したもの。現代社会とはこの”真実っぽさ”に寄って全てが構築されてしまている。

 「保守とリベラルの違いは、リベラルの方が合理的だとか、物事を考え抜くことに熱心とかいうのではない。リベラルの方が自己欺瞞に陥っているだけである。彼らたちは自分たちが合理的であると思っているが、その実、他の誰かと同じように感情的で直感に頼っている。このような思い込みはともすると驕りにつながってゆく。彼らは世界を予知し、支配し、変える自らの能力を過信する。このため、リベラルは人間の条件を改善すべく莫大な費用を要するのに無益な計画に従事し、みんなの暮らしを以前よりも悪化させるのが常である。人間行動の深遠な根幹を無意識の領域である直感的・非合理的な思考形態を素直に受け入れることは自己欺瞞に陥ることを防ぐであろう。」D.ブルックス/N.Y.Timesコラムニスト「人生の科学」(The Social Animal)
 参照/「啓蒙思想2.0ー政治・経済・生活を正気に戻すために」NTT出版刊/J.ヒース著:

 今回の President Mr.Trump陣営の一つの”ネタ本”、
 "Friendly Fascism"という本が1984年に出版されています。
参考文献/"Friendly Fascism"/「優しいファッシズム」by Bertram Gross/1984/01刊
http://www.thirdworldtraveler.com/Fascism/Friendly_Fascism_BGross.html
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/Friendly_Fascism&prev=search
 ベトナム戦争後に再び戦争に向かうアメリカ社会の内情を描いたものです。
グロスは、米国は依然として世界で最も裕福な国であると述べ、 資本主義は、まだ大衆のための快適さを作り出していました。安全安心を求める市民の欲求が政治的に利用され、いつの間にか自由を奪われた社会に向かっていく、というもの。当時は軍国主義は強権的政治が生み出すものと考えられていましたが、グロスは普通の市民が抱く感情がマスコミによって誘導されることで、容易にファシズムが実現できると警告したのです。

 ここでも「ナショナル・アイデンティティ」と「ネーション・アイデ ンティティ」のバランス化と言う「文化力」の根幹と本質が新たな「シン・人間性」を生み出すでしょう。
民族がもちえている「NATION IDENTITY」をどのように、マーケティングしてゆくか?
ここに「NATIONAL IDENTITY」と「NATION IDENTITY」のバランス力が
新たな”文明”そして、”国力”になる時代性の到来でしょう。
 この行為が「保守的」な関係性を生み出すか、あるいは「革新的」な関係性を生み出すか?
はただの方法論でしかなく、根幹はここに今後の合衆国の「賭け」があるでしょう。
 彼、President Mr.Trumpは不動産業とカジノ産業で儲けていましたね。
これら、「賭け」には「掛け金」が必要です。彼のこの「掛け金」の動かせ方が今後の
「経済」となる、やはり日本経済にとっても厄介なPresident でしょう。
日本の戦後の政治と社会とは”リスクとコスト”を回避することで成長してきたのですからね。
 しかし、このPresident Mr.Trumpの元においてはあるいは、「カウンター・カルチャー」
そのものが”リ・モデル化”され、芽生え激しい新しさを欲求する新たなコミュニティー運動の
可能性が見えるかもしれないし、その一端としての”州”の独立運動もありうる時代へ至るかも?

 M.ムーア曰く、
"However this ends, that's where we begin." /「これは終わりだが、始まりでもある」
 
 「トランプ大統領の誕生。」
”現実”とはこのようなものです。
この新たな”現実”によって、
今後のリアリティが生み出されてゆくのですね。
アメリカ国民の大きな賭けの時代が始まるでしょう。
賭けには「金」がつきものです。

そして、確実に「近代」は終わるでしょう。
その次なるのためのカードは?
そのカードとしての「価値観」とは?
その価値観を育む「プログラミングとシステム」

「保守」の時代性も変革が起こるでしょう。
これからのアメリカ人たちは「何が変わることに期待をしているのでしょうか?」
金の世界が生み出すヴァニティな世界は”薄っぺらなヒューマニズム/truthiness”を救うか?
これが彼流の”ファッシズム”あるいは、"Friendly Fascism"という名のナショナリズム”。

”0 or 1”の決断には金だけだはなく、経験そして、「勘」と「感情」が必須でしょう。
”ヤルか、ヤラナイか?”の世界が広がるでしょう。
今後のこの世界に決断できるのはもしかしたら、案外”エトランジェ”たちか
あるいは「黒人」たちもしれませんね。

リベラルを装う白人たちの”ヨオロピアン・コンプレックス”に変わって、
彼らたちの勘と経験からの価値観が決断を産めば、
その新しさは一つの時代を生み出す可能性があるでしょう。
例えば、彼らたちが吐き出すボキャブラリィーである
「ラップ」を聞けば理解できるでしょう。

彼らたちが選択する「近代」の次なるは、「脱・近代」なのか、「超・近代」なのか、
あるいは「シン・キンダイ」なのか?それが、「超・保守」なのか???
問題は「幸せ」という真実が蜃気楼であり、
ただの”真実っぽさ/truthiness”でしかなかったこと。
世界は「壁紙ワールド」。

しかし、President Trumpは「近代」と言う1頁を彼の"教養"/レベルで完全にめくるでしょう。
彼の武器はなんなのだろう?
そして、目指すは古き良き時代の「いにしえの帝国」と言う名の集合集団。
憂国の孤独から生まれる"Friendly Fascism。

今日までに既に、綻びかけていた「近代」は
グローヴァリズムによって全く”新しいルールとシステム”の必然性を知る。
ここに来て「金の力」で新たな「近代」が押し出されるでしょう。
そこにあるのは「真実っぽさ」が溢れかえっている不自由な社会。
「The world is the wall-paper that only the truthiness.」
合掌。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2016年11月18日 14:15 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

大切な蛇足、「あたらしい酒もふるい皮袋へ、」変わらぬ”猿山軍団”の惨めさ。

 「新しい酒は、新しい革袋に」/『新約聖書』マタイ伝第九章の一節。

 僕はこの言葉が好きで、「モードとその社会」が変革する時にいつも使ってきた言葉です。
思い出すと、80年代始めと80年代終わりそして、90年代半ばと21世紀へ入って間もない頃使いましたね。
 そこで、相変わらず、「ふるい革袋」で粋がっている若い「自称アーチスト・デザイナー」たちへ蛇足な一言。

 ”自称アーチスト”デザイナーや「古い自由」で権力や集団性にしがみ付いて、「壁紙デザイナー」振っている僕的には、自分のコレクションにおいて、”世界観”が出せなく踠いている帰国組デザイナー達が二宮君のショーへも見に来ていた。CdGメゾンのショーを見に来ることで自分達が出せない何かを”パクリ”に来たのか?”バカの学校”のネタにし、自分たちが彼ら達と同類に見られたいという「古い自由」による行動なのか?
 メディアに媚びを売るだけの「古い皮袋」発想の輩達のここ数シーズンの行動。

 誰もが、”よちよち歩きの時は自信はハナからないので心配でたまらない。誰かに頼る。そして、それなりに自分たちの目的に近くなるともう彼ら達はさも、「自分たちの実力でこのようになりました」と日本人の”徳”の一つである、”礼節”を欠いた「忘恩の徒」と成って、顔と態度が
変貌する。ここには彼ら達のこの世界の小賢しさと”生まれと育ち”としての「風土」がある。
 昨今の日本社会に見られる、敗戦後の生き方の一つである「倫理観の欠如」の”2代目”たちであろう。

 彼ら達は何を見に来たのだろうか?服を見に来たのか、なんのために、どのような目線でこれらのショーを見たのか?展示会へも行ったのだろうか?
そう、ケイタイで写真を撮っていたものもいたね。コレクション後、お礼を言っていないね、、、、、
 
 集団で僕の鎌倉へ”泣き”に来た。
彼ら達セント・マやアントワープ帰国組の連中男、7人が帰国後2年程もしない時もう、待てなかったのだろう。焦り始めていた時であった。結果、彼ら達は集団で僕の鎌倉へ”泣き”に来た。
ここでも彼ら達は”集団行”しか取れなかった。
 「僕たちは海外の有名校を出たのに、どうしたら僕たちは有名になれるのでしょうか?」という切羽詰まった質問の答えが僕から欲しくって来た彼ら達。
「僕たちは海外の有名校で学んだのに、どうしたら独り立ちできるのでしょうか?」
 僕のその時の彼ら7人への答えは、「一人で何もできないのなら、”海外組”ですよという”集団”で行為するしかないだろう。」であった。
 即ち、最も日本人的な行為である、”赤信号、みんなで渡れば怖くない”方式を授けた。
 その結果が、”コルク・ルーム”、”エスペランサ”そして、”バカの学校”へ、まるで、”猿山のボス”構造を日本のファッションメディアを丸め込み、構築した「使い古された自由」の行使でしかなかった。
 僕の経験から言わせてもらえば、彼ら達の売りは”海外の学校を出た”とDIESEL社の”客寄せパンダ・コンテスト、IT'S"での受賞でしかなかった。が、これらにまんまと引っかかったのが”外国人”や”海外校”にコンプレックスしか持っていなかった当時の文化系ファッションメディアとそのリタイア組みおばさん達そして、専門学校と、アートとデザイン関係性やそれらのたち居場所が社会にどのようにコミットしなければならないかを教える側が理解していない”雰囲気美術学校”、これらが加わっての”猿山構造”。この”猿山のアントワープ組”で言えば、彼ら達が在校中、どんな事をして来たか?、何を学んだか?彼ら達の親が卒業時にどのように”上手にカネ”を使ったか?ほとんど熟知している。
 そんな彼ら達もすでに「小さな嘘」の連続によって、その立ち居場所を設けてしまったが故に、今後の活躍となると大変!!変わらず”イカサマ”社会でやってゆくしかないであろう。
しかし、現代日本社会の表層とはそして、日本のファッション界も同様、このような小さな”イカサマ”で成り立ってしまっている世界でしかないから彼ら達は今後も、旨く立ち回るだろう。

 彼ら達を冷ややかな眼差しを持って、心地よい距離感を持って自分の”世界観”を生み出しているのが、巴里のA.アライアさんのところで頑張ってアシスタントを続けながら自分の「世界観」を作品に世界で発表し続けている瀬尾英樹君がいる。http://www.hidekiseo.net
 そして、東京で彼ら達から”つかず、離れず”、自分のたち居場所をしっかり持って活躍し始めたのが中里唯馬君であろう。自分が持ち得た「風土」から健全に、もうすでに自分のコレクションに「あたらしい自由」による自分の「世界観」を持ち得始めた”海外組”のデザイナーであろう。http://www.yuimanakazato.com
 この二人は「新しい酒であり、新しい皮袋」を自分達で探し出した僕が認めるアントワープ王立の卒業生である。
 
 自分のブランド・コレクションを世界で、巴里で行うということとは、「自分の持ち得た経験とスキルそれらに文化度と美意識を振りかけ、これらに人間性を加味し尚、”自心のこゝろの有り様”に正直に、自分の「世界観」を「あたらしい自由」とともに構築していくことである。
ここに現在では「素材」の新しさと人間性としての”ヒューマン・テクノロジー”が一つの時代の新しさ感を表す”言語”となっているのが今の時代感でしかない。
 何故ならば「自由」とは自分のこゝろの有り様に正直に行為することであるからだ。
よく言われる”自分らしさ”とはこの自分の「あたらしい自由」の表現にあり、それが一つの”世界観”をも構築していることに対して、自分の「ブランド・ネーム」をつけることが自分のブランドになる。
 そして、このブランドが発信する”世界観”が着る女性たちを魅了し、エモーションを与え、
彼女たちを時代の「あたらしい自由」に耀かせなければいけない”使命”までも考えるところに
現実モードの世界の素晴らしさがあり、凄さと大変な苦労が存在し、そこに面白さと愉しみと
カッコ良さが存在する世界である。そして、この”世界観”の塊のシーズンシーズンが”コレクション”と言われるものである。

 しかし、昨今の巴里でも日本と同様な「SPA」型のデザイナー・メゾン・ブランドが増えたために、彼らたちの”世界観”とはビジネス優先の”世界観”であり、これが多くなり、ここに”トレンド”が新たな「世界基準」として、より、世界の共通言語化し始めてきた。
 このような時代では経験豊かなそして企業規模があるブランド・デザイナー達は自分達の”世界観”によって「世界基準のトレンド」を編集していることである。ここには「自称アーチスト」ぶったCdGチルドレン達のお母さんブランドも現在ではこの手法で”自分世界”を継続するための
コレクションを行なっているに過ぎない。
 だが、自ら達が社会に”コミット”することを怖がってきた、実社会の経験未熟な”猿山軍団”たちが持ち得た、「風土」による”人間性”と”文化力”では到底”お母さんブランド”の”質”と”品”は
生み出せないし、そこから生まれるブランドの”世界観”が未だにない。当然、「品格」は皆無だ。

 これらを熟知しないで、「ふるい自由」な価値観と「ふるい皮袋」の中で、自分の自己満足のため、自己顕示のために”自称アーチスト”ぶったレベルで、大いなる勘違いの経験乏しい輩の郎党が”バカの学校”生み出した。そこへ、これまたより未熟な連中が「自由」とは何かの根幹さえ知らず、「赤信号、みんなで」方式で、勘違いしている仲間がいるので怖くない”セフティーネット”上でたむろする。結果、東京の「壁紙デザイナー」養成所レベルに至る。
 何故ならば、「自称アーチスト」たちが今では”デザインの世界”でどのように自分たちだけが”金儲け”をして”巴里詣”に行くかを算段し始めたからでしかない。

 さて、どのようにブロガーと称する”宣伝集団”たちを自分達の”小さな嘘”の上塗りでペテンして、今シーズンはどんな「壁紙」を貼り付けるのだろうか?これからも見せてもらおう、
 あの時、鎌倉へやって来た男7人たち「猿山軍団」のシリアスな惨めさを!
文責/平川武治:Morocco、Tanger市にて;

投稿者 : editor | 2016年10月22日 17:11 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

”NOIR”/二宮啓君のミニ・コレクション。

 僕が好きで、気にかけている二宮君の巴里でのミニ・コレクションが、
やっと見ることができた。

「エレガンス」は立ち居振る舞いから生まれる”しぐさ”を美しく調和感のある様のことである。

 最後発隊のこのメゾン・ブランドのオリジンは90年代初めに作った”CdG NOIR"。
ソワレや婚礼を意識して当時作られたブランドだったが、当然であるが、そのほとんどがメディアへのイメージング・サーヴィスで終わり、在庫となり、その多くは京都服飾財団へ寄贈された。しかし、ここにも川久保玲の”夢”を僕は見てしまっていたし、その後、ここで行われた
”THINK BIG"なこなしやディーテールは現在の川久保玲のコレクションへも引き継がれている。

 僕が初めて彼の展示会で見た少数の作品は全て、”手仕事”でまとめられた見事な”職人根性”で
作られていた。その名の通り、”黒”を使っての新たなブランドも3年目を迎える。
 このメゾン・ブランドでは出し得なかった何にか、”人間的な温かみ”を感じさせるまでの作品を、その最初の技法としての装飾は”刺繍”によってこの恵まれた若きデザイナーは生み出していた。
 幾シーズンかをこの技法を主としたのち、彼も僕的には”WITHOUT SEWING"プロジェクトのカテゴリィーに入る作品をレザーを使って手がけるようになった。僕はこの当時の彼の作品に 
”鎧”を感じ取っていた。
 
 僕は日本人の歴史において、戦国時代の”戦国武将”たちが身につけた”鎧”とは、その武将の
”地位と権力と強さ”をそして、矢や刃からも身を守る”機能”も考えられた”装身具”であり、見事に当時の”日本美意識”によってデザインされ作られた優れものであり、世界に類を見ないものとして色々な資料を漁っていた時期があった。西洋でも勿論、”鎧/ARMER"はあったが、実践的で
あり、機能優先がそのほとんどで装飾性における”美しさ”では、日本の鎧が見事に勝っていた。
 その後の、”江戸時代”に目を向けると”商人文化”が芽生え始め、利休による茶文化で生まれた美意識を根幹にいわゆる、”旦那趣味”へと、彼らたちは当時の金に糸目をつけず、茶道を軸に
花道、香道から、日常の生活美に至るまで日本美が何たるであるかを誇示するまでの”手工芸品”
を別注しその収集に勤しんだ。しかし、僕はこの江戸文化の美意識の根幹にあの戦国武将たちの
”鎧・兜”の美の世界があると感じている。
 江戸の町民文化が現実に求めたものは”兜・鎧”で使われていた素材と表面加工のバリエーションでしかなかった。”鎧”は竹であり、革・毛皮であり、金・銀であり、銅板・真鍮・鉄板であり和紙であり布とそして、漆加工や鞣し加工、象嵌から印伝加工や打ち出し加工、刺し子などと、
”組紐”や”マクラメ”によって全体を組み合わせていた。これらの素材と加工技術が江戸時代には当時の豪商たちの”生活工芸品”へと進化発展した。
 この時代による”美意識”の進展化を考えると今後のモードの世界にも「ミシンと糸と針」で
縫うだけの世界ではない”衣装”の世界が可能であること。しかもこの世界はほとんどが、1点制作であり、これは日本版元祖”クチュール”の世界であり、現代においては”コスチューム”の世界であるという視点が働き、”WITHOUT SEWING"プロジェクトを思いついたのである。
 当然この裏には、”ユダヤ人たち”がすでに制覇してしまっている世界のモード界そのものである"ファッション・ゲットー”から、出来るだけ遠く離れ、新たな世界そのものを構築しないと
これからのモードを目指す才能多き、ユダヤ人以外の若者たちの”たち居場所”はすでに限られてしまっているという僕の経験からの発想と思惑もあった。できれば、このアイディアを東京と上海でヴィエンナーレ方式で世界中の「あたらしい自由」をモードの世界に求める人種を超えた、今後の”カラード・クリエーター”たちが大いに活躍出来るチャンスを提案したいとまで考えていたプロジェクトである。

 話は少し、飛んでしまった、二宮啓君のミニ・コレクションへ戻そう。
彼のコレクションをこうして”ショー”形式で見せていただくとそこには「黒のバリエーション」という彼独特の世界が見えてくる。”黒”が色々な色に見えてくるのだ。
 この世界は、今では残念ながら見えなくなってしまった、かつてのCdGが挑戦した世界。
そこに彼の持ち得た”美意識”と”文化度”が、”手の器用さ”と”頑固さ”が彼、二宮啓の
「あたらしい自由」の世界を生み出している。
 そして、僕が彼を信じるところは日本人デザイナーがこの若さですでに「エレガンス」を
デザインできるまでのもう一つの才能を持ち合わせているからだ。
それらはショーで垣間見ることもできるが、展示会へ行き、バイヤーたちが実際のサンプルを
試着している折に最もよく判ることであった。「軽み」と「重み」のバランスを生み出すために造形していると感じるまでの世界がここにはある。パンチング、テーピング、モチーフ、ドット、メッシュ、工業用素材などを使い組み合わせられた世界は”パーツ オブ ボディ”の世界でもある。当然だがこれらの素材による小物の世界もいい。

 この彼の実力は、外国で勉強しました猿軍団、東京「壁紙デザイナー」たちとの歴然とした、謙虚さと気骨が違う恵まれた環境から生まれる”差異”である。
 クチュールの仕立てが素晴らしいこととは、仕立て上げる過程で着る女性の”肉つき”を
パターンへ落とし込む回数が多いことがその価値の根幹である。 
 この”しぐさ”による「エレガンスな”様”」を生み出すにはパターンがうまくないと生まれない。パターンが出来ないデザイナーたちのものは平面的なデザインであり、薄っぺらい服になってしまう。いわゆる、”平面的な服”と言われてしまう世界でしかない。ここが僕が言うところの「壁紙デザイナー」の所以の一つである。
 このタイプのデザイナーに共通するところは”表層の装飾”が過剰になる。あるいは、テキスタイルに凝り、デザインに凝る世界、手工芸的な熟しだけに拘ってしまうものである。
 そして、着ると美しさがその着た人の立ち居振る舞いに現れない。最近のようにPCが発達してしまったこの世界でも、その結果はより表層的なるデザインがインジェクション・プリントや
異素材の組み合わせに依って成される傾向と、ショーがインターネットで見れることの功罰の
一つとして”正面”のデザインにのみ凝る。
 しかし、やはり、いい服とは「着た女性がどれだけ、癒された”エレガンス”な女性へ変身
出来るか?」でしかなく、”どれだけ目立つ”かではない。
 パターンが上手なブランドの服は動きを作り、着た”女性のしぐさ”を美しくするのだ。
すなわち、「エレガンス」が生み出せる世界を構築できることである。

 例えば、かつての”アパレル”ブランド、最近では”SPA"ブランドやフアスト・ファッションの
商品はこの”付加価値”が生み出せない。
 そこで、”プレタ・ポルテ”のデザイナー達はこのクチュールと既製服の距離感から
そのビジネスにおける”立ち居場所”を持ち得ることができたことがそもそもこの街で誕生した
”プレタ・ポルテ”の世界であった。巴里において60年代も終わりに近い頃、この世界を初めて提案したデザイナーが誰であるか?勿論、YSLであった。
 ここに彼の、この世界の「あたらしい自由」が生み出した素晴らしさと功績が潜んでいたはずだ。
 そして、未だにこの”クチュリエ・メゾン”が出す”プレタ・ライン”が、”ラグジュアリィー・
ブランド”と称してその商品価値を”金メッキ”に変換させてビジネスをしている状況もここに
由来している。現在の大半の”ラグジュアリィー・ブランド”の商品の生産工程も既に、”SPA"と
同じ環境で生産しているのがファッションの”グローバリズム”と言われる所以である。
 ここでのデザイナーの役割とは、”広告宣伝”のためのイメージングと話題つくりでしかない。そう、ラフ君や最近では、ヴェットモンたちのように。

 僕が好きな”NOIR”二宮啓くんの”世界には確実に、このメゾンにおける「あたらしい自由」が溢れている。
 今までにはこのメゾンでは少なかったであろう、”手が器用な”デザイナーであり、自分でコツコツ手仕事をするのが好きなデザイナーであろう。そのほとんどが当然であるが、川久保玲に
憧れてこのメゾンの戸を叩くであろう。が、このレベルでこのメゾンへ入るともう、
”負け”である。良くも悪くも”使われる”だけである。これは企業の倫理でもある。
 自分にあって、その環境には無いものあるいは、少ないものの世界へ挑むことによって、
そこに初めて、自分の”たち居場所”が生まれる可能性があるはずだ。
ここには「覚悟」と「勇気」が必要になる。
 例えば、帰国子女達の多くが、”外資系”なる企業へ就職したがる。
それがステータスであると言わんばかりに。しかし、この世界での語学はここで働く外国人達にとってのネイションランゲージである。したがって、少しばかりの語学力も彼ら達に
”扱き使われる”ためのものでしか無いレベルとなる。その世界そのものが外国語が当たり前な
世界でしかないからだ。
 ならば、外国語が最も程遠い世界でその喋れる外国語を使うことの方が価値があるし、
次なる可能性が生まれる。この考え方が現代日本人には少ない。
 
 彼の”Golden Hand"は次なるはどのような世界を目指すのであろうか?
もう”刺繍の世界”へは近づかないのだろうか?
この”刺繍の世界”は世界共通言語であり、人に、感動を与えられる世界であるはずだが。
 ”鎧”の世界と”刺繍”の世界のコラボ?に僕は彼の”Golden Hand"による
「あたらしい自由」を夢見てしまっているのだが、
文責/平川武治:Morocco、Tangerにて。

投稿者 : editor | 2016年10月19日 21:36 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

JUNYA WATANABE/パリ・コレクション’17 S/S ”モダン・テクノロジーとヒューマン・テクノロジー”のブリコラージュ

 ”モダン・テクノロジーとヒューマン・テクノロジー”のブリコラージュ
”パンキー& ニユー・エレガンス”コレクション。
 一つの判り易いコレクション・パターンを見せてくれた今シーズンのジュンヤ・ワタナベ。
彼はここ数シーズン、自分の世界をこれからの時代へチューニングするためのトライアルを新しさとしてコレクションに残してきた。僕は彼のこの姿勢が好きであったし、この彼のトライアルに勇気と覚悟が伺えるまでのとても素晴らしい、いいコレクションだったことを覚えている。
彼の”軽さと重さ”、”エレガンスと激しさ”が絶妙なバランスでまとめられていたからだ。
 それらは、僕が数年前から提案していた「WITHOUT SEWING」プロジェクトの一環に値する視点での新たな発想に基づいたコレクションに挑戦してきた。これは”モダン・テクノロジーと
ヒューマン・テクノロジー”のブリコラージュであり、”I.D"との”ラップ”。
時代の新しい自由さを感じさせるまでの美しさにまとめられ、着る女性を生き生きと伸びやかな姿にするマジックをこのデザイナーは既に、持っている。

 今シーズンの彼のコレクションもその延長上であった。
もともと平面である素材を彼も”3D"構造のメイン・エレメント・パーツに仕立て、
その3D.エレメントの連続性で”服”を仕立てるというマティマティックスな手法はここ3シーズンの継続コレクション。
 前々回のコレクションで、それまでの3シーズンほどを塩ビ素材を使ってエナメル加工したものも含めてそれらを平面のラウンドなパターン・ピースを作り、このピースを一欠片づつつなぎとめる手法で”服”を仕立て上げて来た。僕はこのシリーズは”ポリーマグー”的なイメージと新しさ、晴れやかさと爽やかさをエレガントに感じた。
 その後、彼は2シーズン、3D.のエレメントで”新しい自由”を提案した。
トライアングル・グリットによる”折り紙”あるいは、”ペーパークラフト”的発想で3D.エレメントを構成し、これらを使った世界をこれらも見事な、彼らしいい端正さと几帳面さが作品の品を表すまでの軽やかなコレクションを行なった。安い合繊素材そのものを先ず、”加工ー部品”化するすなわち、”I.D"の手法によって、この世界の延長、バリエーションが今シーズンだった。

 しかし、今シーズンはコマーシャルを意識したバリエーション。
この発想の初回のコレクションは、こんなアイディアでこれほどのコレクションが出来ますよという力の入ったシリーズー1。そして、2回目の先シーズンはこの発想をここまで広げられ
尚且つ、力を抜いて軽妙にまとめられますと言う迄の充実したエレガントなコレクション。
結果的には、このシリーズのコレクションとしては一番いいコレクション。
 今回はこの3D.エレメントを使い、売ることを考えられたところでまとめたコレクション。
”ナイン・インチ”の激しいリズムがコレクション中鳴り響くなか、颯爽と”パンキー& ニユー・
エレガンス”コレクション。
 このような発想のコレクションは、僕が提案していた”WITHOUT SEWING"でもそうであるが、これらの根幹には、”モード”と”インダストリアル・デザイン”のコラボ的発想の新しさが存在している。もっと、わかりやすく言ってしまえば、”レゴ・ブロック”世代へ共感する発想のオリジナリティがある。まず、パーツとしての”エレメント”を作る。次にそれらを組み合わせて人体に”装着”させるという発想だ。ここでは、”縫わない”で”組み立てる”という手法を”モード”の世界へ持ち込むという”新しい自由”の一つである。
 したがって、この”エレメント”を作る場合、機械加工に委ねるためそれなりのロットが発生しそこに”リスク”が生じる。そのため、それらの”エレメント”である”部品”を使いまわし、このコストを下げなければビジネスに繋がりにくい。
 新しいことをするために生じる”リスク”と”コスト”はいつの時代にもそれなりに派生する。
その”リスク”と”コスト”を工場が持った上での製品化が”インダストリアル・デザイン”の世界である。その結果、この世界は、その後の量産によって、売れれば売れるほどに”儲け”が生まれる。この現実は、かつての”I.MIYAKE"のプリーツシリーズが現在の”I.MIYAKE"ブランドを経済的に救ったことでも理解できる。
 
 今回3シーズン目の、この世界に挑戦した結果となったジュンヤ ワタナベのコレクションは
彼のセンスとまとめ方という”モード”の世界での経験とスキルが十分に生かされてまとめられたコレクションだった。
 ”軽さと雰囲気”を大切にしたコレクション・テーマでの彼が考えた”創造のための発想”は”パーツ オブ ボディ”であった。着たい女性の全身を”ラッピング”するのではなく、彼女たちの姿態の部分にこの”エレメント”を使って”装着”するというアイディア。その結果が、”エプロン”や”肩掛け”といったアイテムに見事に落とし込まれて彼、特有の世界観を生み出した見事に、心地よいコレクションだった。ここには”センスの良さと頭の良さ”が伺えるまでのコレクション。
 インナーは分かり易いBIG・メッセージT-シャツ。時代性としての”ストリート感覚”をベルリンの今では、”グラフィテー・アーチスト”に成り上がった連中とここでも”コラボ”。売るための時代感覚がここに織り込まれたコレクション。日本のストリート・ブランドの今ではこの感覚は若き”書道家”の登場になっているが、どちらが世界ウケするのだろうか?
彼ぐらいのデザイナーになれば、”ネイション・アイデンティティ”に堂々と挑戦することも
”義務”かもしれない。いつまでも白人たちへの眼差しを気にした目線から生まれる”PUNKY"
イメージはすでに、「カウンターカルチャー」では無く、寧ろ「ヤッピィー・カルチャー」でしかない。
 あの僕たち世代へ強烈なカウンターを放った、「B.ディラン」さんもノーベル平和賞の時代なのだから。
文責/平川武治:モロッコ、ティツアン市にて。

投稿者 : editor | 2016年10月19日 15:41 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

<追加編 >巴里’17S/S CdGコレクション展示会から、

CdGコレクション/追加編; 
 CdGショーで大切なことを付け加えるのを忘れた。
それは、今シーズンのこの世界観で、なくてはならないもの、時代感を感じさせ、新しさと
爽快感を与えたものがあった。それが、”ヘヤー”デザインである。
 ここで使われた素材は、”塩ビの透明チューブ”。
この素材が彼、ジュリアンのデザインによって見事に時代の顔つきにまでショー全体を高揚させたのである。
 今シーズンではこのヘヤー・アクセサリーが僕には一番のカッコいい、センス良いクリエーションであった。
ありがとう、ジュリアン!!

 そして、展示会で見せていただいた今シーズンのCdGのビジネス・コレクションは時代性と
いうより、今のビジネス状況を大いに加味して構成された巧いコレクション。
 基本的なデザインエレメントは、かつて見たことのあるもの。その根拠はショー・コレクションの”エレメント”そのものが使い回しのものが多いため、これらのショー・コレクションを
実際に着用できるまでにまとめた優れたものが今回のビジネス・コレクション ピース群。
 すなわち、ショー・コレクションの”プレタ”版と言う構造で構成されたもの。
従って、その殆どがいつか見たことのある素材と”アイテム”群。それらがプリント処理等の
後加工によって新しい顔つきを生み出した「CdGらしい」ビジネス・コレクション。
このブランドの崇拝者達にはやはり、日常で着て見たくなるもの。いくつかのアイテムとニットに今シーズンの”ソフト・グランジ”の施しがさりげになされているから売る側からも売りやすいシーズンであろう。
 特出ではショーにも出されていた”シューズ”。ナイキとのコラボによるソールを剥がすというアイディアによる”別注品”。
 この規模のワールドメーカーと、堂々とコラボができるこの企業の強さと立ち居場所を改めて知らされた1品。軽い、売れるであろう。
 今の若い人たちがモードへ入ってくるとき、
「おしゃれなものを買う」という行為は”シューズ”からである。
センスにうるさい連中は決して、上物やボトムから入ってこない。
 まず、”シューズ”である。シューズを決めてからそれに合う、”上物”となる。
この今流のファッション・プロセスを知っていなければ、今の時代、もう、カッコ悪い、
センスのないただの「壁紙デザイナー」でしかない。
 ということで、このCdGのビジネス・コレクションは全く、「コムデらしい」無難にまとめ
上げられたものだった。
文責/ 平川武治:巴里市ピクパス大通りにて。

投稿者 : editor | 2016年10月12日 21:49 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

変われないだが、堂々と胸を張った!!コム デ ギャルソン パリ・コレクション-2017/春・夏。

 「大衆は”モンスター”が好き。」
”The Century of the Self”より ; https://www.youtube.com/watch?v=eJ3RzGoQC4s

 K.ブロスフェルト曰く、「植物は、単なるつまらない機能主義に決して陥らず、論理と適合性に一致し、
その原始の力で最高の芸術的な形を達成する。」
『芸術の原型』/Urformen der Kunst,1928年より:

 『「戦う女」⇨「甲冑」⇨「ソフィスティケーティッド」⇨「シンク・ビッグ」⇨
「サンボリック」⇨「心を守る女」⇨「繭玉」⇨「輝きのもと、なお、蕾。」
⇨⇨「ジェンダー」又は「ソフト・プロテクション」』

 今シーズンのCdG、川久保玲のコレクションの結論的ロジック・コンテキストを僕はこのように読んだ。当然だが、僕にはこのシリーズにおける「創造のための発想」は変わらず、
”川久保玲”本人に重なって見えてしまう。
 このシリーズを始めてもう、10シーズン目を超えたであろう。
今シーズンは作品の造形度とまとめ方がソフィスティケートされその分、川久保玲の
「潔さと端正」が完成されたイメージを残したシーズンだった。
 使われた素材や色目はある意味では”CdGらしい世界”でまとめられていた。
過去のこのデザイナーのコレクションによく使われてきた色目と素材と読める。
若くは、”原反在庫”を利用したのだろうか?素材の上からの刷毛目染めによってのオリジナルも出しているし、ハート型のフロッキー・プリントもある。
 コレクションに於ける作品の80%ほどのエレメントは従来から使ったことのあるエレメントの登場であり、これらを素材とモジュール違いでまとめられている。
 ここまで続けるとこれによって、余計に”CdGらしさ”がこのシリーズで感じられるまでになった。ということはこのブランドの根幹である「特異性」という立ち居場所がより、明確になるがその「特異性」そのものは弱まった。
 ディテールのまとめ方は「シンク・ビッグ」という手法である。結果、堂々としているし、「サンボリズム」を感じる。この手法は80年後半のV.ウエストウッドが好んで使い、
先シーズンのUNDER COVERが使った手法である。
 個々のディーテールでは、このデザイナーが昔、よくブルーゾンの襟に使っていた、大好きな襟のラインを白であしらい、「シンク・ビッグ」によって「シンボリック」に構成されている。この辺りのディーテールの使い方と構成力はさすが彼女の好きな世界であり、働く女性としての「戦士」を美しく清楚にバランスよくまとめているのも見事だ。

 今回のコレクションの”ソース オブ イマジネーション”も「曾ての、ラ カンブル校の
クリフトル君」そして定番、「K.ブロスフェルト」などのお馴染みがラインアップ。 そして、
なぜか、「BORO,東北地方の貧農家の布団ドテラ」(?)までも。
 特に、この新即物主義写真家のパイオニアと言われる、19世紀末のドイツ人 K.ブロスフェルトからは川久保玲は以前から過大な影響を受けている。自分のファッション・デザイナーとしての立ち居場所を死守する方法論の師ともしている。
 彼も、植物だけを取り続けて35年。よく似てますね、このデザイナーの生き方と。 
 K.ブロスフェルト曰く、「植物は、単なるつまらない機能主義に決して陥らず、
論理と適合性に一致し、その原始の力で最高の芸術的な形を達成する。」と述べている。
そして、彼は30年以上に渡り同じ写真の技術を使い、植物写真のガラスのスライドを作った。が、それは全て「学生」のための教材としてでであった。彼の35年に渡る仕事としての
作品群からは、「機能性」を越えた「奇妙さ」という美が感じられるが、ここには川久保玲の
このシリーズ全体の根幹がある。
 そして、「彼は自らの写真は芸術的業績とは考えていなかった。」というK.ブロスフェルト
自身の心情も川久保玲にも共通するところであろう。
 5年前にこのシリーズを始めたこのデザイナーも決して、自分が創り出す世界は
”芸術”ではないという立ち居場所で始めたはずであろう。
 このモードの世界で、しかも”パリ”というただ、若い頃の”憧れ”であり、”夢”となった
このパリへ実際に上陸した自分。その後、”継続”することを願望し始めた以後に感じ始めた
ある種の孤独感とその恐怖。しかし、立ち向かわなければならない。
 自分自身が「戦士」の如く、潔く立ち向かわなければ”継続”は不可能。
そして、”二人三脚”だと信じていたパートナーの裏切り。頼っていた小指敦子さんの死。
その小指さんが残していった「SIX・マガジン」に既に使われていた、K.ブロスフェルトの写真群。ここに以後の彼女の「ソース オブ ザ クリエーション & イマジネーション」があるのも
当然であろう。

”Over thirty years, he used the same photographic technique. From his negatives he made glass slide to give his students an understanding of nature's forms and structures.”
"He did not consider his photo an artistic achievement."/Urformen der Kunst,1928
https://ja.wikipedia.org/wiki/カール・ブロスフェルト
 
 現代社会における”モードの世界”で「新しさ」へ挑戦することとは、「服」の形態や形状
すなわち、デザインとしての造形の範疇で次なる新しさを探しても、もう見当たらない。
 この時代で「新しさ」を探すには、先ず「あたらしい自由」を持ち得なければならない。
これがよく言われる「見方を変えましょう。」発言です。
 しかし、もう見方を変えただけでは”バリエーション”の世界しか生まれ得ません。
それがこのモノに溢れてしまった資本主義・消費社会時代の現実でありますね。
 このブランドそして、川久保玲のコレクションの後、それなりの人種たちが一様に発する
「凄いでしたね!」とは、その根幹はなんなのでしょう? 何が「凄い?」のだろうか?
 この5年間ほどのシリーズを彼女の「あらたな自由」の発見と考えると、僕は川久保玲の
「凄さ」とは、4つある。
 『いつも彼女自身の「ボキャブラリィー」を持ち続けていることそして、その持ち得た
”ボキャブラリィー”によって、自分の「立ち居場所」を変えないこと。
この”立ち居場所”を変えないための「ビジネス」をしっかりと考えていること。
そのための自分の”ボキャブラリィー”が通じる「人材」を周りに置いていること。』
 これらの4つに加えて、このシリーズへ変革した発端とは「このモードの世界の従来の
”ボキャブラリィー”を彼女自身が自ら変えて、常に、”川久保玲のボキャブラリィー”によって
自らの世界観を変革させ、「語り始めた」こと。
 そこに、彼女の「あたらしい自由」が生まれることを熟知している「凄さ」がもう一つの
「凄さ」であると言い切れる。
 パリ30数年で、自らが体験し、身につけた”ボキャブラリィー”によって、
自らの”リスクとコスト”を背負い込んで「覚悟」ある新たな自分のモードの世界を語り始めた。
 このことそのものが川久保玲の「凄さ」でしかない。 
 彼女は、彼女自身で、「モードのボキャブラリィー」を新たな自由で語り始めたことが
「凄い!」のである。
 作品とはその結果でしかない。作品を生み出し、残すことが目的ではなく、常に、
「自分のあたらしい自由」を見つけ出したいデザイナーでしかない気骨ある稀なる
デザイナーである。ここが、昨今の「自称アーチスト」や「壁紙デザイナー」たち輩との
人格と品格の違いである。

 
「ありがとうございました、川久保さま」:
文責/平川武治:巴里市ピクパス大通り:

投稿者 : editor | 2016年10月11日 02:52 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

パリ・コレクション-ここ3シーズン、成長し続けるUNDER COVER/2017/春・夏コレクション。

「モードのキャピタルは”RAP・WORLD"に色目を使い始めなければならない。」
 景気の悪さがストレートに見えてしまうのが、巴里のファッション・ウイークの怖い
ところだ。ジャーナリストたちはプロが少なく、バイヤーたちは古参が多い。
その中で、ブロガーと称する若者たちが”すきあらば”と言わんまでのセルフ・プロパガンダで
会場の前だけは異様な空気と盛り上がりを見せる。が、”ゲットー”の中は変わらずのこの世界
独特な淀みしか感じられない。当然だが、この空気感はその後、始まるランウエーのコレクションの表情と顔つきにも漂う。

 街の顔つきも当然だが30年前とはすっかり、変貌した。
判りやすく街の表層は”綺麗になった。”だが、昔の否、本当の「巴里」を生きてきた人たちに
とってはその全てが本当に”遠い、いにしえ”の風景になってしまったと嘆く。
 これは何も巴里という街の変化だけに限ってはいない、この街のモードを同じように30年も
見続けている僕のようなものには”モードのキャピタル”も同じベクトルで変化し始めなければならないと感じ始め、一つの時代を脱皮しようと、変わり始めたシーズンだった。

 「誰が、新しい顧客なのか?」「誰に売れば、モードとして輝きが廃れないか?」
「誰が金持ち新興スノッブ人種なのか?」「誰がパリ・モードを美しく着こなせるのか?」

 
 そんなこの街のメタフォルモォゼの近い過去として一番、ノスタルジックにメランコリックに思い起こさせてくれるのが’60年代半ばの”ジャズ イン サン・ジェルマン”だろう。
 例えば、既に、YSLが亡くなり、つい先月もS.リキエルも亡くなった。彼れらたちの時代が
どんどん遠ざかってゆく。それはオーディエンスも然りである。
 こんな懐かしい時代のアトモスフェールとジャズをテーマ・コンセプトにとてもハッピーな
コレクションだったのが、UNDER COVER、高橋盾が見せてくれた世界だ。
 素材が勝負の時代にジョニオ君が選んだのは”ニールド・パンチング”による異素材の組み合わせという、こちらのデザイナーにはまだ高価でこの手法が一般化されていない世界。
ここで、白人デザイナーたちから1歩リードを取った。
 ローブやトップスにこの手法で”JAZZ AGE"なるモチーフで彼のポジティフな世界を見せてくれた。ここに漂っていたのは「メランコリー」「ノスタルジア」そして重なる、「ロマンティック」や「ポエジック」が表層に転写によってデコされてた世界。極め付けのアイテムはこのデザイナーの凝り性な性分がレザーブルーゾンに現れる。あのM.レイの写真に見られる音符記号などが嵌め込み手法で丁寧に、豪華にブルーゾンになる。全体的には”ストリート・テイスト”をラグジュアリィーにまとめたシーズン。そこにも彼が提案する”ストリート・エレガンス”が溢れる
うまさ。このうまさは、彼のコレクションが年々、評判を呼ぶまでの上手さの証であろう。
 彼が上手いもう一つはいわゆる、”小物類”のデザインセンスとそのまとめ方である。これらによって、より、「UNDER COVERの世界」が耀く。
 フィナーレはこのメゾンも「トランス・ジェンダー」、メイクもすっかり変え、スーツの素材も打ち込みのしっかりしたメンズ素材で仕立てられたボディーフィットしたスリムなボーイッシュ・スーツ。カッコいい!!
ありがとう、ジョニオ君。
文責/平川武治:巴里、ピクパス大通り。

投稿者 : editor | 2016年10月11日 02:15 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

’16/’17・ 秋冬のコムデギャルソンのコレクションと「裸の王様」

 実は、この原稿は先シーズンのCdG,川久保玲のコレクションを見た後の、後味の悪さと心のざわめきによって書いたものでした。
 その後、しばらくまとめることができず放置しておいたのですが、先シーズンのオム・コレクションで、再びこのCdG・HPがやってくれたのがこの童話「裸の王様」を一つのコンテンツとしたコレクションだったので驚いた。

 
 <今回、彼女の自身のコレクションがもうすぐ、ここパリで行われるので再読し、
まとめたものです。>

 皆さんは童話「裸の王様」を読んだことはありますね。
 デンマークの童話作家、アンデルセンが1837年に発表。原題 "Kejserens nye klæder"であり、日本語に直訳すると「皇帝の新しい服」となるいわゆる、二人の服飾ペテン師の話です。
 アンデルセン自身もユダヤ人でしたからこの童話は多くの比喩がなされていますね。
この童話の幾つかの比喩が現在のファッション・ビジネスの世界を構築している根幹の全てです。
 この童話が世に出たヨオがロッパ世界の1837年には、あのモールスが有線信号を実用化し、「産業革命」という言葉が初めて使われ始めたのもこの年からであり、ヨオロッパで新たな市民社会が躍動し始めた時期だったのです。「衣装品」の世界も手工芸の機織りから機械生産が、そして1840年にはミシンが誕生しいわゆる、量産が可能になり始めた時代でもあったのです。
 だから、僕が見てしまった40年間ほどのファッションの世界も未だに、この童話「裸の王様」の世界であり、社会環境というよりは”技術”の発達と進化によって齎された生活環境が変化しただけであって物事の”善悪”と人間の”業欲”の根幹はほとんどこの時代によって構築されたもので、以後、これらは”普遍的”でしかありません。

 *
 "The fashion is always in fake."と僕はよく発言します。
が、この発端は僕なりのこの「裸の王様」の読後感とその後の経験からの言葉で、この”FAKE”で成り立っている世界そのものがやはりファッションの世界なのでしょう。
 これは作り手であるデザイナーや売り手であるセールスマンそして、作られた作品としての服がこの”FAKE”で成り立っている世界だということです。
 そのファッションの世界が今では、広告産業と化してしまったということもこれで納得がいくでしょう。広告産業の根幹もこの”FAKE”ですからね。”FAKE”をイメージやクリエーションと訳せば事は簡単です。
 そうすれば、「アート」の世界をこのファッションの”FAKE”側に立っている人たちが渇望することも理解できますね。現代美術とはユダヤ人たちが作り上げた”芸術”という構造の上に立った20世紀最後の一番、知的で教養あるそして、巧妙な”FAKE”ビジネスの世界だからでしょう。
 その世界を見習ったファッションの世界の作り手であるデザイナーたち自身の立ち居場所とその”来歴”には多くの ”FAKE”が見つけられます。
 これは僕のパリモード30年の経験で言える事です。当然ですが、日本人デザイナーたちの多くもこの部類の人たちです。何かしら、自分の経歴や来歴それに、育ちや環境について、学んでいないのに学んだようにまた、自分が作っていないのに自分の創造のように発言したりと平気で偽りの厚塗りを行ってその立ち居場所を虚構している人たちです。
 僕が自分の立ち居場所であるこの”ファッションの世界”の人たちとの関係性を世界レベルで30年以上見てきた経験と体験からやはり、「この世界の人たちで、”尊敬”できる人たちが少ない。」と言い切っている根幹はここにあります。あまりにも彼らたちの多くが”小さな嘘”を当たり前のように吐く。
 そして、彼らたちのセンスと教養をより、上塗りしなければならないために、解ったふりして
”持ち上げている”人種たち、ファッションメディアとその周辺での傍観者たちがファッション・ジャーナリストと呼ばれている殆ど、”パラサイト”な人種たちです。
 この虚構構造を企業構造として”カネと小さな嘘”でジグソウパズル・ゲームよろしく”上書き”
を絶えずしながら「壁紙」を堂々と強かに且つ、楽しみ、カッコつけが厚顔に出来る現在の立ち居場所に君臨してしまっているデザイナーたちが”巨匠”的存在になるのもこの世界の特徴でしょう。ここには「純金の輝きから、鍍金の輝き」になってしまったビジネス社会の表層と現実があります。
 この多くの事実の根幹は周りから「自由な発想でカッコよく、出来れば少し、知的に見られればいい。」のレベルでの”FAKE”です。だから罪にもならないのでしょう。例えば、このFAKE構造のためのシナリオを書いたり、自分たちのデザイナーをより、”鍍金の輝き”にするためにプロテクトする立場の人たちが”プレス”という職域の人たちと彼らたちに”パラサイト”している先述のファッション・ジャーナリストたちで構成されているのがこの「裸の王様」をコンテンツとした世界であると実体験してきたのが僕のモードとの関わりの30年でしょう。
 もうひとつの世界とは、この「裸の王様」では”イカサマ”をした彼らたちが関わらなかった、実際に「服」というモノ=消費財を生み出す世界、”生地屋さんと縫製工場”の世界があります。
しかし、多くのジャーナリストと呼ばれる側の人たちもこの実世界には立ち入らないしまた、
入れない。この世界では”作る”ことが勝負の世界ですからどれだけの”モノ”を作れるかという
”実世界”なのです。だから、この世界へ立ち入るのは”業界”メディアとされている、より専門的な視点とスキルと経験を持った殆ど、”職人的”なあるいは、より専門的な職域なのです。
現実には”素材”や”縫製技術”を語れる経験と教養とスキルを持ったジャーナリストという立場の人たちが少数でありまた、”メディアという広告産業+e-コマース”の発達でほとんど必要なない世界になってしまっていますね。
 したがって、この世界はデザイナーたちがどれだけの”金の卵”を生み続けられるかによって、
この構造の規模が違ってくるだけであって、”ピン”は世界のラグジュアリー・ブランドのデザイナーたちから、”キリ”は東コレ構造にパラサイトしているデザイナーたちの現実状況でしょう。従って、プレス業務とはそのためにどのようなメディアとお付き合いをするか?あるいは、どのようなジャーナリストたちとお友達関係を築くか?が具体的なお仕事ですね。
 この現実も世界に出てみるとファッション産業の世界はほとんどがユダヤ人民族で構成されているという事実に関係しているでしょう。彼らたち民族の秀でた特性の一つに”美意識”が高い事と”無いものを在るように見せることが上手く”そして、白人にしては”手先も器用”です。この彼らの特性は「アート」の世界やファッションの世界に特出した特性なのです。
 例えば、「付加価値」という言葉、確か’80年代のマーケティングの世界で言い尽くされてきましたが、彼らたちはこの広告業界の根幹コンテンツ、「付加価値」の創造が秀でて上手いこと
でしょう。そして、「ユダヤ人世界」という普遍的なる”関係性”を堂々と使いこなせるもう一つの強みを持っている民族だからでしょう。
 例えば、この歴史的現実を学ぶには、二十世紀の当時の新しい学問であった”精神分析”と”心理学”から大衆と少衆たちをどのようにマインドコントロールしてきたかのプロセスとその結果、広告産業を生み、政治へ利用し、中産消費社会構造を誕生させたプロセス。この二十世紀における資本主義社会に何が重要な課題であったかとともに、これらをドキュメントフィルムにまとめられた素晴らしい、力作があります。
 原題は"The Century of the Self"、「自我の世紀」という訳されたもので、G.フロイトから戦後の”消費資本主義世界”がどのように彼らたちによって、コントロールされて二十世紀という時代が生み出されてきたのか?約3時間以上に上る英国のBBC放送局が制作したこの世界のドキュメントフィルムの素晴らしいものが現在でもユーチューブで見ることができます。
(興味深い英國BBC制作のドキュメントフィルム:参考/"The Century of the Self":
https://www.youtube.com/watch?v=eJ3RzGoQC4s
 ここでみなさんは理解されたでしょう、「実際に、服が作れなくても、作らなくても、さも自分が作ったような顔つきを上手に、したたかに素早く権力者にあるいは、お金持ちたちに取り入れば、関係性を構築すれば、自分たちは美味しいものと女たちにありつける環境が手に入る。」この実際の世界を比喩したのがアンデルセンの"Kejserens nye klæder"「裸の王様」という”童話”ですね。ここには、それなりの人たちがファッションの世界に憧れる根幹がすでに、コンテンツ化され、学び、深読みできる童話になっていますね。

 **
 昨年来、敗戦後の日本が根幹の「倫理観無き世界」が原因の不祥事が続々と表層化し、メディアが面白がって過敏に、過熱報道し始めています。現在ではその渦中にいるのが「舛添東京都知事の倫理観無き行為」でしょう。(早いものですね、今では、もう誰も語らなくなりましたね、わずか10ヶ月前の不祥事ですが、)彼の場合も”世代”と”育ち”にありますね。”世代”は戦後の荒廃期そして、”育ち”は自分から「在日」をカミングアウトをしてその立ち居場所を両義性あるものにする。ここには「ユダヤ人」たちの手法と同類性を見てしまいます。
 敗戦後のあの瓦礫の世界から1日も早く生え抜け出すためには「倫理観」ほど無力、無益なものはなかったのが現実でした。これは”敗戦後”を実体験して生き抜いてきた世代の人たちの現実/リアリティでした。従って、”戦後日本”の”中産階級”構造を現在のような「B層」構造に構築化してしまった元凶は「取り合えづは、、、」という言葉と「倫理観無き世界」の「根性論」構造が産み出したもの。この世界で多くの彼らたちは自分たち家族のための「ガンバリ」を、戦前の日本にはあったはずの含羞を捨て去り、根性で生き抜いてきた人たち”育ち”の賜物でしょう。それが70年を経た今、「舛添東京都知事の倫理観なき、反省なき行為」でしょう。
 戦後日本のファッションの世界を省みても彼らたちの戦後の功績は実業界と芸能界やプロスポーツ界のみならず、案外とファッションの世界にも多いのです。彼らたちの「ガンバリ」と「根性」によって、自らの”立ち居場所”を「革新」できるという敗戦後の「自由」の社会が存在し、その「自由」を謳歌した人たちが60年代後半に生まれた世界、”マンション・メーカー”から始まりその後の、東京デザイナーたちへ引き継がれていますね。次なるは、彼らたちのこの世界へ当時の”カウンターカルチュアー”を読み込み、”カッコイイ”と憧れてやってきた「団塊の世代」たちによって事実上、模倣されたファッション・ヤッピーたちのもう一つの現実が日本のファッションの二つの構造世界を構築してきました。

***
 コムデギャルソンのデザイナーである川久保玲の先シーズンは彼女の高齢化とその立ち居場所を死守するというこの世代のデザイナーが誰しも向かう”最後の困難”へ挑戦した。この至難な困難さは前シーズンに既に、その兆候が見られた。
 その大きな一つは、もう彼女が作り出す”創造の世界”のエレメントが使い古され始めたこと。8シーズン程も続けたこの彼女の変わらぬチャレンジ・シリーズもある種の、マンネリ化をもたらし始め、見る者に新たで強烈な時代感が感じられるまでには至らなくなった。使いまわされ始めた”エレメント”をファッショントレンドで出された素材でまとめ上げられるという手法に陥ってしまった。かわらづ続けて見せていただいている僕にはここにエネルギィイの欠如感とソースオブザクリエーションが新しくなくなってしまたと感じる。
 ここにはこのシリーズになってから常に変わらずに登場する一つのパターンがあった。2008年にアメリカで行われた展覧会で刊行された「MASK」は彼女のコレクションのソースブックであったろう。また、2012年にドイツで発行された、C. Fregerがまとめた東ヨオロッパにおける民族サイトその衣装写真集、「Wilder Mann」からも最近では影響が見られ始めた。この「MASK」からの1体は前シーズンまで使う素材をそのトレンド性に合わせながら引き継がれ使われているし、多くのインスピレーションを「Wilder Mann」からも感じ取れるコレクションが多くなってきた。
 確か3シーズン目では、僕はこのデザイナーは自分の「自伝」を作品によって語り始めたのであろうか?と言う迄のかなり、辛く、苦しいピアーなエレメントをメタファーすることが出来たが、次なる前シーズンはその激痛はなく、先シーズンはでは、どのようになるのだろうか?が僕の一番の関心であった。
 そして、先シーズンの彼女のコレクションはより、蛇足的になり、わかりやすい”ファッショントレンド・アート的コレクション”でしかなかった。使われたエレメントも時代との関係性からは、全く創造的な価値観は無くなり、今シーズンの新たな新しさとして若手デザイナーたちからぼつぼつ登場し始めた、「without sewing」の世界観までをも感じられた。
 僕的なる視点では彼女の制作チームが変わり、この制作チーム力が”弱い”あるいは、”若い”もしくは、彼女がやりたいことが十分に伝わりきれずに”発車”してしまった。なので、「このままでいいもですか?」という気持ちが後に残ってしまったのが先シーズン。
 「CdGの川久保玲で在り続ける」こととは、これが今の彼女の”こゝろの有り様”であろう。
実際に彼女が取り始めた戦略とは、「特異性」の維持であろう。
 当時、このブランド名からしても、”巴里大好き!”な、憧れであったモードの街、巴里へ進出して以来のブランド・デザイナー川久保玲の見られ方は、決して、この街の”ファッション体制”
に媚びない。という一点であっただろう。そのためにどのような服作りとイメージ作りをして行けば良いか?そのための”資金”も必要。この時に彼女が採った立ち居場所は「パリに居て、巴里から遠く離れて、」というまでの「特異性」を構築することであったはず。
 その結果と、延長が現在の彼女の最近の作品群と方法になってその”立ち居場所”を今も堅持している。この「凄さ」は凄い。先シーズンの作られている作品を見る限り、一つの見方は”リアリティ”がなくなり始めた。という視点である。このデザイナーが持ち得た”リアリティ”と実際の作品との関係性が普遍性になってきているからだ。この根拠はやはり、彼女の最近の「特異性」にもファッショントレンドが重なり始めているからであり、その「創造のための発想」の拠り所が
”机上”からのものが多くなってきていると感じられるからである。
 以前のこのブランドの「凄さ」とは「リアリティ」に所在していた。時代に対してのリアリティ、着る女性が感じたいリアリティとしての「リアリティある」あるいは、「リアリティを感じさせる」までのフェミニズムを軸にした「特異性」があったが、それがなくなってしまったという見え方である。ヨオロッパの多くのファッション・スクールの審査をやらせて頂いて来た強かな経験の僕にはしたがって、コレクションのクオリティが下がるとその見え方は「スクール・コレクション」の域になってしまう。ここ2シーズンの彼女の「特異性」は残念ながらこのように見えてしまった。
 彼女の”実生活”からどのような時代観やそれに対する「カウンター」を持ち得ているのか?
が見えないし、感じられない。しかし、僕がこのブランドのコレクションを'85年来の長い間見せていただいている限りでは、川久保玲というデザイナーは以前からこのような”自身のボキャブラリィー”での「カウンター・カルチャー」は持っていなかったのが現実だ。寧ろ、周りのメディアによって意味付けされてきたものを良い処取りする手法を使ってきた。例えば、「寡黙なデザイナー」で代表している風潮がこれを物語っている。多くのデザイナーたちがメディアに映り出されることが大好きで、喋らなくてもいい事を喋ってしまう現実からの距離感を持つこと。それが「特異性」という手法でしかなく、ここには彼女自身のボキャブラリーによる発言は存在していない。ここで、「彼女の作品が全てを語っています。」方式のプレス対応が可能で有効打であった。彼女がメディアへ語ることは”時代の優柔不断さ”や自身の立ち居場所における不満足な状況を嘆く程度でしかない。
 しかしながら、今の若い世代のコレクションに共通する不足分も、彼ら世代が現実の社会や時代性にどのような、どれだけの「対抗意識と感覚」を持っているのだろうか?ということである。彼ら世代からも、使い回され、もう古くなったかつての「カウンター・カルチャー」から、自身のボキャブラリィーによる「カウンター」を感じることが少ない。ほとんどが時代に”サーフする”ことあるいは時代の”壁紙”であることに始終しているレベルのコレクションである。
 この現実ではやはり、現存、活躍するデザイナーではやはり、CdGの川久保玲の仕事は異色であり、狙いの「特異性」を大いに感じさせられるまでの「自我」がある。それが、殆どのオーディエンスがショー後の嘆きにも感じられる「凄いですね。」が全てとなる。どの様に、なぜ「凄い」のかは不明のまま。そして、この「凄い!」は結局は彼女の「特異性」への”頑張り”に至ってしまう。
 今、この彼女の「特異性」に何の意味があるのだろうか?
そして、この彼女の”ガンバリ”とは極論、自分のため、自分たちのためのそして、このデザイナーを崇拝する人たちへの「頑張り」でしかない。だが、ここにこのデザイナー個人の「風土」としての時代観を感じてしまうのは僕だけであろうか? 
 当然、日本人がこの街で、この世界でこの”立ち居場所”を堅持し続けるには彼女が為すこと、全てが至難なことである。大変な「リスクとコスト」を払わなければならない。従って、ここで、現在のこの計算し尽くされた”企業形態と構造とその構成”が大いに世界の「ファッション・シンジケート」においては役立っていることも確かである。現在、若いデザイナーたちが見習うべきこととは、このCdGというファッション企業のビジネス形態とその構成とそれから生まれる「関係性」そのものが必須である。
 しかしながら、未だにこのCdGの表層に影響された「コムデギャルソン・チルドレン症候群」を持った遅れてきた若者たちの「自己満足世代」がこのパリを訪れてくる。

 僕はこの2シーズンのコレクションでは同じようにある種の「コムデギャルソン・チルドレン症候群」を持って訪れたはずの”UNDER COVER”の高橋盾のこの2シーズンのコレクションに大いなる拍手を送り、軍配をあげたい。特に先シーズンは見事にあるレベルを超えてしまった彼のピジティフな「凄さ」と「リアリティ」を体感した。デザイナーのジョニオくんが持ち得た若い頃からの”リアリティ”がうまくコンバインされ、ブリコラージュされ始めたことが一つの素晴らしさを生み出す大きな要因になっているところが、CdGの現在と違うところであろう。彼自身に大好きなものへの「癖」と「嗜好」が詰まっているからだ。
 見せていただき、感動と幸せ感がいっぱいだった。ありがとう。

****
 そして、先の6月のシーズンのCdG・H.P.のコレクションに現れた童話「裸の王様」。
いや、参りましたね。このロジックがここに現れたかというまでの見事さ、新鮮さと可愛らしさ、ある種の”マジック”。アイディアは以前、'96年頃だったかと思うのですが、A.P.C.のジャンが既に行ったシリーズ。ここで彼は既に、大胆に”塩ビ”を素材にブルーゾンなどを発表していた。(その実物を僕は大好きな服の一つとしてコレクションしている。)
 これの同じブランドの”オムコレクション”を見てしまうと、このブランドの女性物と男性物は誰がいったいデザインしているのか?という、また僕らしい、いやらしいく、穿った考えが横切ってしまう。

 では、明日のショーでは、どのような世界で「特異性」を見せてくださるのだろうか?
招待状が未だ、届かないパリピクパス大通りにて、平成28年9月30日:
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2016年09月30日 18:13 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

ありがとう、中里唯馬くん。彼が生み出した「あたらしい自由」とは、

 第2部;
 その彼が持ち得た他者たちとの「差異」とは先ず、彼の「生まれと育ち」にあり、それは
”EVERYTHING SO SPECIAL"であった。
 ご両親が、自分達が持ち得た「美意識」を持って、必要なる環境を自分たちが信じるその
「美意識」と「価値観」に委ね自分達で想像し、造形し作り足してゆくという「生活環境」そのものを生み出してこられたご両親である。彫刻家であるお父さんは”家”という生活住器”を、お母さんは”生活雑器”と”食物”をそれぞれが担当分担した生活環境で大事に育てられた。この彼が持ち得た”風土”としての”生まれと育ち”はこの世界の、この時代感では結構、大切な要因である。
 表層の豊かさすなわち、物質的豊かさの環境を持ち得た人たちがこの世界に入って来やすくなった時代性では、どこか人間個人の"癖”が必然な世界でもあるからだ。ある時代までは”逆境”という状況が一つのエネルギィイを生み出す環境状況であったが、現代の日本社会の日本的なる豊かさで生まれた”液化状況社会”では当然ながら”生まれと育ち”は大切である。
 例えば、戦後の”在日系”の人たちは自らの新たなその立ち居場所を彼らたちの”ガンバリ”で金と知名度によって求めた。最近では、”ふとん屋の息子”はアカデミーで、”ふとんカバー”をネタにし、”髪結い亭主”然とのらりくらりと虚言と金の力を必要として戯れている輩もいれば、新興宗教のお陰で育った人は新興宗教に委ねている。農民中産階級の出身者たちは何か在るモノがなければ生む出せない。また、職人の息子たちは職人的器用さと細やかさと頑固さを持っている。
これらはいい意味で日本人的なる精神癖であり強みであり、これらがその後のものつくりに大いなる影響をもたらす。よって、自分の”生まれと育ち”をよく吟味することも、自分世界を創造するためには大いなる根幹である。この育ちを偽って為されることのすべては”本物”ではないだろう。どこかで、自分ではないことをやっているという不安感が横切るがこれらが”ガンバリ”になっていることが実際であり、そのレベルが現実を生んでいる。
 「自由」とは身勝手なことをすることではなく、本来の「自由」とは”自心のこゝろの有り様”に正直に行為すること。なのであるからだ。例えば、ファッションを学んできた人たちが
「アート・コンプレックス症候群」に陥る原因はこの「自由」の根幹を理解しないまま成長した人種たちである。
 そこで彼らたちはつかないでいい”小さな嘘”をつき始める。だいたい「俗物」と言われてしまう人間タイプはこれが多い。彼らたち「俗物」がメディア受けするのが現代メディア社会である。彼らたちは構造という名の”セフティー・ネット”が張り巡らされた社会の中でうまく飼いならされて生きているためである。自分たちの”生まれと育ち”という「風土」を自覚していないであろうし、自認したくない人たちもいる。そのような世代人はもう古い人間タイプでしかない。現代社会では新たな若い人たちの間で”風土回帰”としての”ふるさと創生”が歌われ始めている。
 ”創造”するとは自分の好きな世界で、自分の”世界観”を生み出すことである。したがって、
このような時代では自らの「風土」である”生まれと育ち”である持ち得た自らの”アイデンティティ”そのものが大いなる武器にもなり得るということだ。
 巴里のモードの世界はこのようなそれぞれの”階級社会”との関係性から生まれた美意識と技量と教養が備わっていなければならない”職人”たちが築き上げてきた世界だった。が、この世界がそれぞれの「マーク・ブランド」さえ付いていればメディアが喜ぶという世界へ変革してしまったのが現代の巴里のモード社会の弱さであろう。

 話を、中里唯馬くんに戻そう。彼には、モードの世界ではない世界での”特技”がある。”ヨーヨー少年”だったのだ。この世界でチャンピオンにまでなった経験を持っている。これとは、「自分の好きな世界で、競い合ってそして、見られることの世界観を体験している」と僕流には翻訳できる。したがって、”見られる”ことがどのように人間の心にある種のエネルギィイを生み出すか、即ち「見られる快感」とはどのような根幹なのかをも知っている彼が今度は”見られる人”のために作り出す世界を選んだこと。
 それが、今の彼の収入源である「コスチューム」作りである。これを為すことでも学ぶべきことは学び、自分の世界観の中にひとつのスキルとしてまた、技術として受け入れている。「見られる」という場合の”立ち位置”や、「歌う」という時の”身振り”とは?
 ここにも前述の僕なりの簡略な「風土」論が存在してる。多くの日本人デザイナーたちはこの「見られる快感」を体験していないでただ、「自己顕示欲」のみでそれなりの格好付けをして粋がっている輩がほとんどである。自分たちのセンスの悪さや洗練さのない行動、「フェミニズム」も理解されていない男たち、など等、、、
 唯馬くんが出発した彼の「世界観」はこのように僕的な読み込みをすれば当然の立ち居場所であろう。1枚の塩ビシートから始まる彼の新しさとしての「without sewing」というコンセプトで生まれた”モード・クチュール”。今後の可能性は沢山詰まっている。自分たちが覚悟を持って、堂々と掘って行けば、多くの新しい鉱脈が発見される。この世界がこれからの「あたらしい自由」の世界の一つへ繋げるであろう。
 今回の作品を”フォーマット”化しそのバリエーションをより、新たな感覚でまとめあげて行けば、無数の彼の「風土」から生まれた世界の可能性と新しさが生まれる。また、もう一つの世界、”コピーライト”へも届くであろう。
 ”一つの物質”である素材に新たな加工を加え新しい顔つきにする。その”1枚”のシート状のモノを立体化する。そこへ無尽蔵なまでのカットワークを入れ込む。これを”3D”化する。それを一片のピースとして、レゴブロックのように人体に構築してゆく。バランスを考え動きを考えそして美しさを構築してゆく。
 これらの行程はまさに、これからの「オートクチュールの世界」そのものであろう。
日本に古くからある「折り紙」の世界や西洋の「ペーパークラフト」の世界の合体と、古いローテックな手法と、PCを使ってのハイテックな手法と、人間個人のパーソナルな感性と技術をはい・ブリットさせたところで生み出される彼の「あたらしい自由」による世界。
 創造の世界におけるこの「あたらしい自由」のための数式とは、「ヒューマン・テクノロジー+サイエンス・テクノロジー+パーソナル・エクスペリエンス」であろう。

 「現代社会における”鎧”や”甲冑”とは?その新たな優しい必然性とは?」ここに、今後のモードの新たな可能性が垣間見られる。たとえば、女性にとっての「コルセット」はその時代においては一つの”鎧”や”甲冑”であった。では、現代社会から俯瞰可能な未来社会における”鎧”や”甲冑”
とは??? 「身体に着せるとは、肉に着せるのか、骨で着るのか或いは、皮膚に着せるのか?
または、心に着せるのか?虚飾に着るのか?立場に着せるのか?」
 もう一度、モードも、”生まれと育ち”としての「風土」であるこの根幹を再考する時代性が「あらたな自由」への始まりのように感じる。
ここから、モードの面白さが再び始まる。
 消費社会での豊かになった生活のための”生活衣料品”はファスト・ファッションに委ねればいい。

 ありがとう、中里唯馬くん。
来シーズンも君の「あたらしい自由」の世界を見せてください。
文責/ひらかわたけじ:

投稿者 : editor | 2016年09月28日 17:22 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

中里唯馬くんのクチュールの世界、 ”眼から鱗が落ちる 。”

『見えるものが実在するとは限らず、触れるものだけが実在する。』
大森荘蔵著/『流れとよどみ』より:
 
 先日のLEPLI-VACANT会で中里唯馬くんに参加していただき、彼の”あたらしい自由”による、彼が発表したクチュールの世界の誕生を語っていただき、僕は”眼から鱗が落ちる ”までのリアリティを味わった。「嬉しかった、ありがとう、唯馬くん。」

 「眼から鱗が落ちる 」とは新約聖書「使徒行伝」第9章からの引用のことわざである。
「何かがきっかけになって、急に物事の実態などがよく見え、理解できるようになる」が意味である。最近のTVコマーシャルでも、このコピーはよく使われ始めているらしい。
 
 僕が今回の彼の作品の世界を彼自身から話を聞き、学ぶ機会を得たことで、”眼から鱗が落ちた” 一つは僕が3年ほど前に提案していた”僕自身のための『Without Sewing』”プロジェクト案とそのコンセプトが既に、”彼の新たな創造のための発想と努力と覚悟によって”見事に、美しくその世界を彼は創造してしまったという新しい出来事”の事実でであった。
 もう一つは、現実のファッションの世界が極論すれば、世界レベルで「日毎に、詰まらなくなってゆく」この現実に、彼が齎した”あたらしい自由”によってこれからもやってくるであろう
モードの世界が若い人たちによって再び、エモーショナル豊かな「美の創造」がこの世界で未だ、多くの”可能性があるという前向きな大いなる希望が与えられたことである。
 僕の長年の体験と経験から、このモードの世界は既に、”ユダヤ・コミュニティ”で構築され、ビジネス構造化されてしまっている世界である。したがって、日本人であれば、彼らたちユダヤ人との例えば、結婚やゲイ関係という手段を使って余程の強力な信頼か、金儲けにおいて関係性が確立されていなければそれなりのところで、それなりに扱われてしまう世界でしかない。
言い換えれば、日本人がいくら頑張ってもそれなりのところで”ウエイティング”が掛けられてしまうという現実であること。
 これはこのモードの世界における”創造性”においても然りである。
例えば、モードの素材の殆どは布であり皮革であり、縫製はミシンである以上はこの現在のある種の”ユダヤ・ルール”は不変であり、”世界基準”であることには変わりがない世界である。
 そこで、ではどのようなコンセプトと手段を持てば、彼らたちと一線を持って肩を比べまた、彼らたち以上に日本人としての特徴である細やかな美意識と表現手段が”ヒューマン・テクノロジー”と高度なる日本人の”サイエンス・テクノロジー”の合体によって創造され、それらをよりハイ・イメージングとスーパー・リアリティによって生み出される世界が可能であるか?ここで、日本の多くの若者たちは”大いなる勘違い”をその未熟な教養によって”アート”の世界へ逃げ足早く逃げ込むものが多いことである。特に、中途半端に海外の学校を卒業して、していないことをさも、出来るようにメディアにタレ込んだ帰国組の連中にこの現実が多い。ここでは、”アート”という詭弁を無教養に使ったもの勝ちという変わらぬ日本人村社会での現実であろう。
彼らたちは、”デザイン”とは?に対しての教養とスキルの根幹が教育されていなく心は”アーチストコンプレックス症候群”。”デザイン”の世界がなぜ、1919年に突然のように当時の社会へ登場したのかの意義もわからず。これは日本のデザイン教育の一端の表れと責任でもある。
 少し、話が逸れましたが、この問いへの僕なる回答が、「では、針と糸あるいは、ミシンを使わないで作る衣装」という”創造のための発想”が生まれた。ここでのモードに対するコンセプトは「着る」ことではなく、身に装うことである「身体装着」という発想である。
 そこで、日本の歴史を顧みると、「鎧と兜」の世界があり "experience・mode"の世界である。昔、アントワープ・アカデミィーの海外審査員をやっていた折に、いつも1年生の作品が新鮮で自由で楽しい世界を創造していたことも思い出した。その理由は彼らたち1年生の作品課題が"experience・mode"だったからであった。
 また、丁度この年より、日本にも”3D"プリンターが登場したこともこの僕の突飛な発想に
拍車をかけた。その結果が、この"Without sewing" というコンセプトになった。
 
 中里唯馬くんの話を聞く前までは、巴里のオートクチュールでわざわざ日本からショーを見せるためやって来た彼のコレクションを見る機会を持ったが、その体験では僕の評価は低かった。
 遠見で見せていた僕は暗闇から”輝く、蛍光&発光”体の塊が女性を装っているにしか見ることができなかった。このような塊だけであれば、もっと斬新な発想で使え見せることができるであろうとも考えた。この素材はどこかの日本の素材企業が考案した新しい技術によるもので、それを使っての世界観だろうという失礼な見方をしてしまっていた。結果、実に愚かで恐ろしい自己満足な見方であった。
 そして、今回の打ち合わせのため、彼のアトリエへ伺った時にその僕のうがった見方そのものが間違っていたことを思い知らされた。
 彼の今回の想い秘められた世界観の「コトの次第」は”1枚の塩ビ・シート”が発端であった。
 例えば、日本人は「神=紙」を上手に敬い扱って、関わってきた民族である。
ここには平面から立体へ変身する「かたち」の世界が存在した。今回の唯馬くんが想像した彼の世界観はここが根幹であろう。日本人がもつ単純で明快な原理構造を知っている若者が”あたらしい自由”によって為し得た、新らたな造形の感覚の素晴らしいさと頭の良さが生み出した世界感である。この彼の新しいものを創造する”覚悟と行為” これらに僕は見事に「眼から鱗が落ちた 」のである。
 素材としては、決して高価ではない、”塩ビ・シート”。これを、作業上における経済寸法を出してその寸法でシート化する。このシートに一定文様に近い切り込み線を入れてカッティングし、このカッティングの目を幾重にも織り込んでシートを”3-D"構造化してゆく。この作業によって、”1枚の塩ビ・シート”が小さなブロック上の立体ピースに加工される。すなわち、”レゴ・ブロック”の構造と同じ発想ともいえるであろう。この折り返しを”立体化”する時に小さな留め金具で一箇所づつこれも、手作業で止めてゆく。あとは、このブロックを人体に構成してゆく作業である。ここで”クチュリエ”本来の感覚と繊細さと持ち得たファッション・スキルとそれなる経験が必然となり、それを具現化してゆく”チーム”が必要でもある。ここが”農協デザイナー”や”壁紙デザイナー”たちとの歴然とした「差異」を彼は持ち得ていたのである。(後半は後日、)

投稿者 : editor | 2016年09月27日 17:35 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

『ファッションがつまらないくなったという声がよく聞かれます。』

 「あり得るべきはずの、”距離感”がなくなり始めた”世間”というリアリティ」 
ブルータス依頼原稿初版版より/平成28年八月記:

 『ファッションがつまらないくなったという声がよく聞かれます。』
 そうですね、つまらなくなったというよりも、魅力が無くなった或いは、面白く無くなリ、
ファッションが醸し出すキラキラしたときめきが日本の現代社会には必要とされていない
のかもしれません。
 嘗ての”原宿”で、風変わりな目立った格好をした「ファッション出たがり」や、たまに乗る
電車の中にも、もう「ファッション・バカ」は居なくなり寂しくなりましたね。
 そんなにファッションがダサくなってしまったのでしょうか?
或いは、世代が変わったことによって消費者の願望が変化してしまったのでしょうか?
或いは、現代社会ではファッションでカッコつけなくっても女の子にモテる時代になったので
しょうか?又は、 世間から”はみ出したい”からファッション・バカになるのが手取り早かった
そんな時代が終わってしまったのでしょうか?
 
 このファッションの世界とは”作り手”と”売り手”そして、”買い手”とその人たちの”世間”と
”時代”で成り立っています。この何れかがズレ始め、これらのバランスが崩れてしまったから
でしょうか?
 そうです。僕流に言ってしまえば、「あり得るべきはずの、”距離感”がなくなり始めた」のが
原因だと思っています。これは”ケイタイ以後”の現象ですね。
豊かさを持ち得た20世紀の人間が「あり得るべきはずの、”距離”の短縮化=文明の進歩
・発展」という命題にのめり込み過ぎた世紀の終焉、「距離の消滅」の完了によって齎された
「時間のパラドックス」が根幹でしょう。
 以後、”時間”はだんだんスローになっていきましたね。この当りの面白さは、
2000年にR.パワーズが書いた小説、「舞踏会へ向かう三人の農夫」(みすず書店刊)は
かつての山本耀司によって、彼のメンズファッションのネタ元にされたA.ザンダーを
主人公にして描かれれいるので余計に面白い小説でしたね。
 
 この”距離感”は”作り手”であるデザイナーにもそして、”売り手”であるディストリビューター
にもそして、”買い手”という消費者たちにも在ったはずのそれなりの”距離”が
無くなってしまったからです。
 当然、彼らたちが生活している”世間”にもその「あり得るべきはずの、”距離感”」は
無くなってしまっていますね。でも、”世間”ではこのような社会が望まれ、このような社会を
目指してきたのが戦後71年の目標だったのではないのでしょうか?
 これが時代や社会が”豊かに”なったということなのでしょう。或いは、”豊かに”なったから
このようなフラットでリキッド化した”世間”になったのかもしれません。戦後の日本社会は
合衆国によって「押しつけられた或いは、飼いならされた”普遍性”」によっていわゆる、安心、安全、快適という”セフティーネット”が見事に張り巡らされてしまった”世間”が成立しいます。
 敗戦後、解体された”日本の階級社会”はその後、倫理観無き輩たちによって「大衆消費社会」が構造化され、”消費者”と呼ばれる人たちもこの与えられたセフティネットの中で何を選ぶかの”自由”に戯れているだけの差異無き現状というリアリティですね。従って、ファッションと
その機能である装うこともこの管理社会の中で普遍性を持ってしまいました。
 この一因はファッション産業そのものが変革し、世界規模の大衆消費社会を対象とした
「SPA方式」による”ファースト・ファッション”が誕生し、これが予想外に”世間”に受け入れられたことですね。
 ここでのキーワードは”トレンド”は無くならずより、フラットな「世界水準」になって
しまったということです。また、人間の身体構造が不変故、ファッションデザインそのものも
100年以上を継続して来て、”作り手”は全く新しい創造性が生み出しにくくなったこと、
その必然性もなくなったこと。何よりも、作り手が持つべき”自由”に「あり得るべきはずの、
”距離感”が無くなり始め」どこかで見たもの、誰かが持っているものの方が”売れる”という、
”Variations of the Archives"の世界に佇み、”模倣”が”習慣”を生み出すというベタな、
G.タルドが既に、1890年に「模倣の法則」で指摘した時代性に至ってしまったことは
興味深いですね、ここにも”メビウスの輪”が見える世界観です。
 生活が”豊か”になるということは、その生活における価値観が変わりました。
例えば、ファッションという言葉の意味合いもその広がりや機能さえも、豊かさを享受してからは服だけの世界ではなく生活様式そのものへ広がりましたね。従って、服で装うだけでなく、
生活環境を装うという余裕も生まれたのでしょう。また、”豊かさ”ゆえに方法論としての術は
何でも有りの世界になってしまいました。ここには”作り手”と”買い手”にも、あり得るべき
はずの、感覚的な”距離感”も無くなってしまいましたね。
 従って、資金さえ十分にあれば、誰でもがそれなりの「壁紙デザイナー」に成れる、何でも
可能な時代性になってしまったことも”距離感”がなくなった一因です。
 かつて、オタクと呼ばれた”豊かなる難民”だった世代が今では社会の中枢へそして、まだこの
世代の一部は”自己顕示欲”が旺盛であった世代ですが、その後の世代は”豊かさ”の充足に伴い、性欲と同じなのでしょうか、”自己顕示欲”も減退し彼らたちは「自己確認世代」ですね。
従って、”繋がる”ことも踏まえた自己確認をSNSやインスタを駆使してヴァーチャルな上での
「ウオリー君を探せ」に勤しんでいます。ですから、彼らたちの足元のシューズを見れば
どれだけファッション・トレンドを潜在的に意識しているかの閃きが伺えますが、ここにも、「あり得るべきはずの、”距離感”」を寧ろ、無くするベクトルでその”世間”という塊に委ねた
生活者となっています。従って、彼ら世代にとってのファッションは彼らたちのそれぞれの
”塊”における”ユニフォーム”的発想のものでしかなくなったのでしょう。
 このような典型的な保守の進展という時代の追い風に立ち向かって行くにはそれ相当の
”覚悟”がいりますね。かつての、僕たちの時代には自分たちの持ち得たリアリティから
”はみ出す”すなわち”距離感”を持つ或いは、”ズレる”ために”覚悟”して生み出したものが
「カウンターカルチュアー」でした。
 このビートニック&ヒッピィー文化と称されたものが現在でも尚、使い古されています。
その検証的展覧会が今、巴里のポンピドゥー美術館でタイミングよく開催されています。(BEAT GENERATION展)
 そして、現在ではこのビート&ヒッピィー文化を生み出した”コミューン”形態が”野外フェス”で模倣、継続されそれが日常生活の新たな習慣になろうとさえしていますね。ここには、
その表層は同じようですが、”ドロップ・アウト”し、”距離感”を持つことで既存社会にアンチ
テーゼを示すことを生んだ「カウンターカルチャー」と、時代のトレンドとしての”スロー・
ライフ・スタイリング”という”距離感”無き根幹とに、その覚悟の相違が読めるのです。
 今の若者たちにとっての「カウンターカルチャー」とは何なのでしょうか?
”ストリート=パンク”というのももう古いでしょう。音楽がまた80年代初めのラップが流行り始めたことからそろそろ、グラフィティも出てくる兆しを感じるのですが。
 そして、やはり時代の風に立ち向かって行くには個人が持ち得た「文化度」が必然となるでしょう。
 日本からの若い「壁紙デザイナー」たちが巴里へやってきましたが、彼らたちの世界には
「情報のザッピング」と「見せかけのリアリティ」がちらつくだけでその奥に在るべきものが
見えないものがほとんどでしたね。この在るべきものとは、デザイナーというよりも、人間個人が持っているべき「文化度」ですね。それにブランドが持っている「文化力」さえも”壁紙
程度”、これではCdG HPとは勝負ができませんね。
 悔しいですが、このCdGという企業にはこの「文化度」があり、常に意識したファッションの
世界観を結果、その特異性を持って構築している、未だに「距離感」がある企業であり、
ブランドであり、デザイナーなのです。彼らはこの「文化度」を生み出すための「文化力」を
日頃から精進して「文化度」をどのようにセンスよく、その時代性に差異化し発表出来るか?
そのための企業力も凄い、その結果でしょう。

 最後に、僕が言いたかったのは、この時代の追い風に向かい合うためにはそれ相当の”覚悟”が必要であることと、そのための特異性を取り戻すには、「文化力」豊かな、「文化度」が
必要であり、その文化力が現代のファッションにおける新たな”機能”となり、”自由”を生み出し
その”自由さ”が新しさを感じさせるまでの世界を、そのブランド”らしさ”という言葉で
見せてくれる、ということです。
 僕がこの30年間、巴里で好きなファッションを見続けてきた愉しさと気概とは、
彼らたちが散らつかせる文化力に痺れ、「文化度」に喜びと感動を感じて来たからです。
この「文化度」は一夜漬けでは生まれないものです。日頃の教養と経験と持ち得た謙虚なる
リアリティと人間的なる倫理観から生まれ得る例えば、”メタファー””レトリック”
”アイロニィー”"アレゴリィー””ペーソス””ユーモア””メチサージュ”
そして、”エステティック”と”エキゾチズム”などなど、のものですね。
 これらは「壁紙デザイナー」には無縁なもの、だから彼らたちは”アート”をカッコ良いと
嘘ぶってしまうのでしょう。彼らたちが立っていたい場所とは、「消費文化」の情報量だけが
拠り所での立ち居場所でしかないようですね。
 だから、『ファッションがつまらないくなった。』とは、”あたらしい自由”を感じさせない
デザイナーたちの「文化度」の貧しさそのもので、自分善がりもいいところでしかないのです。 そこで結論的には、「あり得るべきはずの、”距離感”がなくなり始めた”世間”という
リアリティ」へ新たなバランス感覚ーまさに”NEW BALANCE”ですね、ここでも消費財が
その新たなバランス感よりも先に、リアリティを生み出してしまった消費文化しか生まれない
東京、、、、だから、「あたらしい自由が見つけ出せない壁紙デザイナー」と「あたらしい自由を必要としない消費者」という”世間”とそれらを煽るメディアが我が物顔になってしまった
ことが元凶の日本のメンズ・ファッションの世界でしょう。
 巴里まで行って「壁紙デザイナー」の世界を見ることは僕にとってはただの”ノイズ”でしかありませんね。

 現代日本の社会には、「あり得るべきはずの、”距離感”がなくなり始めた”世間”という
リアリティ」のみが漂っているだけなのでしょう。
 ファッションの世界も"あたらしい自由”によって、新たな立ち居場所を教養と経験と勘と
そして、文化度によってまず、次なる時代を見つけるべきであり、そのための歴史を知り、
明日を夢見るアドベンチュアーヘ覚悟ある始まりを探さなければならないでしょう。
 
 何故ならば、もうすでに「近代」はル・コルビジュェが”世界遺産”になってしまっている
からだ。
文責/平川武治:

参考/
G.タルドの*「模倣の法則」/河出出版新社刊、2007年初版:

                                     

 

投稿者 : editor | 2016年09月02日 15:32 | comment and transrate this entry (0)

greeting(38)

おしらせ ”VACANT- Le Pli会 ”残暑の宴”

VACANT- Le Pli会 ”残暑の宴。”

三伏の候のごあいさつ。
みなさま、お元気で今年の酷暑を
お愉しみになりましたでしょうか?
既に、半年はご無沙汰をしてしまっていた、
この原宿VACANTでのLe Pli会を開催させていただきます。

僕はと申しますと、
初夏の宵に慌てふためいた結果、
路上で膝の皿を割ってしまうという久し振りに、
僕にはちょっとした出来事がありました。
お陰で、暫くは動きも取れずその後も、杖に厄介になる日々を
2ヶ月半ほど過ごしておりました。
が、今ではたくさんのお気遣いで回復へ、
そして、
巴里からも帰国し再び、鎌倉で潜む生活を営んでおります。

今回の会では
僕の近況とそこから色々考えていたことをやはり、
”モード”の立ち居場所からこれだけはお話をした方が良いだろうと言う事のいろいろ、
そして、みなさまからのご質問とともに
この残暑を忘れる迄の豊饒な時間をと考えております。
よろしく、ご期待ください。

今回のコンテンツは
マタイ伝から、「あたらしい酒は、あたらしい革袋に」
そして、「あたらしい自由」です。
僕たちは「近代」の次なるを考える時代性が来てしまっています。
何故ならば、ル・コルビジュェがもう、既に、”世界遺産”になってしまったからです。
 
原宿VACANT-Le Pli会のごあんない。
開催日時;九月二日午後七時より。(会場は六時半~)
会費;一般/¥二千円、学生/¥千七百円。
休憩時にお茶とお菓子をご用意します。

ゲスト;中里唯馬氏;
先シーズンの巴里のHaute Couture Weekにてコレクション発表.

予約|info@takashiogami.com
*件名を「Le Pli」とし、お名前・人数・ご連絡先を明記の上、
上記のアドレスまでメールをお送りください。

相安相忘。
平川武治

投稿者 : editor | 2016年08月26日 10:04 | comment and transrate this entry (0)

greeting(38)

「在命退位」を自らお言葉になさった天皇は、

 『みなさん、日本の盛夏、お見舞い申し上げます。
どうか、酷暑に負けず、國体の行方を考え見守ってください。』

 一昨日の友人とのメール交換から、 
 「在命退位」を自らお言葉になさった天皇は、
昨今の安倍内閣が手がけようとしている
「憲法改正」についてご自身が危惧なさっていることへの一石を
ご自身の「立ち居場所」からのみ発せられる行為を
ご自身の”生”を賭けてこの機をお設けになっただけだと
僕は解釈しています。

 天皇は今現在では、自分たちの國即ち、これからの日本國民が
どのような國体における民族になって行くか、
自分たちの國土を自分たちで穢してしまった現在(もちろん現発で、)
そして、「第9条改定」へ、そのための「憲法全面改定」案。
ある意味で「神風」を起こそうと、
自分の國であるからという「責任こゝろ」という「覚悟」とともに。

 残念ながら、これらはすべて、小泉内閣以後の我が国の国政の根幹は、
合衆国からの「飴と鞭」版”シナリオ”によって演じさせられてしまっている現実でしょう。
その証拠は戦後の「日米安保関係3悪条約・同盟」が外されないままのシナリオです。

 天皇はこれを見破っていらっしゃいます。
よって、ご自身の「立ち居場所」でしか可能でないご感想発言。
ここには「日本民族」の”継承”という問題がもう一つにはありますね。

 8月15日を待たずして、広島と長崎の原爆被爆記念日の間の今日という日を
お選びになったそのおこゝろに、
国民である僕たちは関心を持って今後の国政のためにも、子供達のためにも、
一国民として向かい合って天皇のご「本意」を知ってください。
そして、反対論、賛成論やいろいろを論じ合ってください。
お願いします。
合掌。
平川武治:

投稿者 : editor | 2016年08月08日 06:40 | comment and transrate this entry (0)

greeting(38)

"DADAGLOBE" 今年はDADA100年の年。

 巴里がファッションピープルでがさつになる前に、友人のいるチューリッヒを訪れる。
この街で起こった"DADA Movement"、チューリッヒ・ダダが誕生したのが100年前。
 ロシアから降りて来たユダヤ系ロシア人たちがこの街で興したアヴァンギャルドムーブメント。その展覧会がこの街の美術館で行われていたので行く。
今回のDADA展は、当時この運動をバックアップした同人雑誌、”DADAGLOBE"を軸にして、この街でどのような人たちが、どのような関係性を築きながらこの前衛芸術を創生していったか。そしてその後、巴里へそして、N.Y.へどのように拡大していったか?がこの展覧会のコンテンツ。
 多くの日本人は知らないこの”DADAGLOBE"には興味ふかい写真が、ドローイングがそして手記と作品が連載されていた。この時代のバックグラウンドが戦争と不景気それにユダヤ人問題が重なり始めた複雑な時代性から生まれ出た”爆発!!”とても、現代の日本では起こりえないエネルギィイの集約とその憤りが一つの時代への芸術定義がなされたDADA。
 参考書籍/この出版社はいいものを出している。
http://www.scheidegger-spiess.ch/index.php?lang=de&page=books&view=lc&booktype=filter_5_title&subject=1&artist=all&author=all&pd=ss&book=706
 

投稿者 : editor | 2016年03月01日 18:44 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

2ヶ月遅れの、今年の初めに。「”シュプレヒコール”は左翼崩壊までの子守唄だったのですね。」

「もう数日後にはまた、新たなるコレクションの流れが吐き出されるというこの場に及んで、書かなければならないこと。」
 新年に考え、念い込んでいた事は、僕たちの国が、これからの子供たちのためにどのような
こゝろの有り様を、念いを掛けているのか?とても、心配でなりません。
もう5年前の出来事位なってしまった天災災害を表層に押し出してその横で、金儲けを企んだ
大手企業。そして、その後ろへ追いやられてしまった実際の被害者たちと”原発企業事故”問題。
 彼等たちは今後の国土のこと、子供たちのことを心せず、自分たちの目先の”業”の世界を
目論むばかりでこの5年が来ようとしています。ここにもいわゆる「格差社会」の現実しか
読み取れません。
 戦後、70年を経てやっと、お許しを出してもらった「軍需産業」復活=工業立国化という
アメリカを中心にした軍需複合産業から与えられたシナリオの現実化が今の安倍政権の根幹。
その代償はUSAの軍事防衛費を軽減させ、なお彼等たちへの軍需発注の強化。
(昨年計上された予算の増額比率では軍事防衛費が年金福祉や教育費よりもダントツに増額トップという現実。)
 僕たちの国の現実の弱体化=国債国家を修復させるために選ばれた策「工業化立国」案。
そのための「軍需産業の復活」。そのためにも必需な「動力源」確保がこの「原発再稼働化」の根幹。ここで生まれる、新たな”利権=天下り”に有り着くための政治化と政治家たち。確りと
立ち直り始める”旧財閥”しかし、これからの彼等たちには戦後からの”ユダヤ資本”がべったりと既に、コバンザメのごとくひっついてしまっているのが見えそうで全く見ていない現実。
 メディアも既に、”節穴”、御用メディアもいいところ。
メディアの役割である「社会教育」も偏る一方。

 『あの、’60年代も終わりの頃の僕たちの”ヤジ”や”落書き”は何処へ行ってしまったのでしょうね。』
 時折、聞いてしまうジョー山中が切なく、悲しくしかし、心に溢れるように歌っている
「人間の証明」のテーマ曲。”あの麦わら帽子はどこへ行ってしまったのでしょう。”とともに思い出してしまうのですが、この歌を知っている世代も少なくなっていくばかり。
 結局は、敗戦という事実を切り札に「倫理観無き」輩たちに”ヤジ”や”落書き”は消され、
”カウンターカルチュアー”をすべて、王道の80年代消費産業のアイコンにし、売り飛ばした僕たちの世代。
 ”シュプレヒコール”は左翼崩壊までの子守唄だったのですね。
 ーーーなんてことを考えて迎えた新年でした。やはり、”歳”ですね。

 そして、10日も経ったん甘ぬるい正月ボケの脳味噌へD.ボウイが亡くなった、と。
僕のロンドン時代のリアリティがまた、一つ消えて逝きました。その悲しみとは、寂しさしきりで辛くもなりました。
 <F.B.へ書いたメッセージ>から、
『David Bowie(David Jones)が亡くなった。昨日、1月10日、彼の誕生日が幾日か前だった。

69歳を迎えて間もなく逝ってしまった、ガン闘病も虚しく。
 
どうか、安らかに永眠なさり、ご成仏ください。
 ’73年に彼と初めて出会った。
ロンドン郊外、GILFORDの路上でだった。彼のコンサートにわざわざ招待してくれた。
その後、”RED BUDDA"のロンドン公演のレセプションで再会し、東京のコンサートにも。
 悲しい。
彼は僕の青春時代の耀きの一つだった。
僕たちの青春にも老いが来、死が忍び始めた実感が
彼の死とともに感じつつ。  
生きることの一つに、 "Metamorphose"を人生の上で教えてくれた。
あの時代の彼のステージから、「存在感+行動+容姿」が
大切であることを彼の人生で教わった。
 悲しい。
たくさんの想い出に耽ります。
 どうか、燦然と輝く星に、
合掌。
 最近は、残された「Black Star」を聞いてしまっています。

 さて、モードの話をしなければ、 
パリのモードの世界はもう、すでに僕も発言しているように、「モードの世界=広告産業」という公然な公式になってしまい、その中での若いインデペンデントなデザイナーたちの必死に捥がく状況はひどくなり、狭くなる。
 この街もやはり『SPA』系がうまく儲けられる時代性とそこから儲けた資金によって新しい顔
つきを産み始めたからです。これは、日本のファッション産業も然り。
 ここ数年来、僕のファッションへの関わりの眼差しと視点は「ファッション産業」です。
日本におけるこの産業が今後、どのような状況を迎えることが良いのか?
そのためにはどのような視点とこゝろが大切なのか? 
”産業とデザイン”の何らかの新しい関係性が、これからのモードに興味を持って、
「仕立てる」ことを目指す子供たちへの好奇心へ繋がればというこゝろの有り様です。
 しかし、パリは”国策”に等しい方法でサンディカが中心になって若い才能と有望なスキルを
バックアップする側面も持ち合わせて、彼らたちの時代感から今後の「モードの巴里」の継続化に策を持ち始めていることも確かであり、始終している。これがこの国のうまいところであり、強く継続に拘る証である。
 例えば、数年前から始まった、サロン「DESIGNER APPARTMENT」サンディカが全面的に
バックアップし、選ばれる若手デザイナーたちはそのほとんどがあの”イエール出身”であり、
フランス素材と国内生産に拘ったデザインと工業性を展開している。

 では、東京の多くのインデペンデントであると自称しているデザイナーたちの状況はいかがであろうか?
 僕の目から見たら、この日本のデザイナーと彼らたちを取り巻くファッション産業そのものは
ここ30年はほとんど変化なし。ただ、同じレべルのデザイナーたちが入れ替わっただけである。
 彼らたちが得た社会での立ち居場所に立ち続けるための”discipline"がその彼らたちの作品と称する商品からもデザインスキルからもほとんど見られない。ここには”デザイン”とは何かの
根幹が意識として、彼らたち「壁紙デザイナー」には希薄でありまた、ただ間違った未熟なボキャブラリィーとして「アートとファッション」の二枚舌を使うのみ。
 このレベルのファッションデザイナーを取り囲む世界にもこれらの知識がほとんどなく、
古い80年代のデザイナービジネスにどっぷり浸かりきっているだけである。従って、
”東コレ参加”にぶら下がり「デザイナーぶる」ことに拘り、わずらわされている大勢の輩たちは
僕から見ると残念ながら、「壁紙デザイナー」として頑張っているのみ。
 デザインの役割には「社会と産業」にどのように関わって行くか?という使命がある。
そこに、商品としてのクオリティや価格のつけ方が見えてくるのであるが、作り手の一方的な
思い込みと”志”低い夢の勘違いから彼らたちの商品を街で見受けることができず所詮、自己満足の世界での「デザイナー」という立ち居場所を守っているだけの現実である。「東コレ」という恒例イヴェントに参加することでその彼らたちの立ち居場所が確保される構造が出来上がっている。主催者たちの予算獲得のための員数確保の自己防衛とメディアによる広告を期待しての持ち上げ報道構造とデザイナーたちの自己満足な「壁紙デザイナー」の堅持という三位一体化が蔓延しているだけの「東京ファッションウイーク」という”ゴッコ”が変わらず、30年近く続いているだけでしかない。
 変わったこととは、時代の変革によって、従来の「アパレルメーカー」がその土俵から”ファストファッション産業”に蹴落とされ、入れ替わった「SPA」型のブランド企業に完敗し、
エネルギィー切れでこの土俵から撤退しただけ。

 そう、今回は見せていただいてまだ僕が正式にこのブログに書いていなかった先シーズンのパリのファッションウイークで気にかかったデザイナーのことを書かなくてはいけない。
巴里ピクシム大通りより。
文責/平川武治:

投稿者 : editor | 2016年03月01日 01:38 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

少し、気になる「芸術とデザイン」の関係性を考えてみよう。

「芸術とデザイン」の関係性を考えてみよう。(1)
 昨今、「ファッションとアート」の際もラップされ始めてきた。
その”際”がより、不明瞭になり始めるまでの「物質的豊かさ」というリアリティが齎した新しい価値観の一旦だろうか?或いは大いなる自己満足の一旦のみ?
 その証拠に、日本で発信されるこの作品群はその殆どが、「手工芸の世界」でしかない。
”どれだけ、手間暇をかけました。でも、自分自身ではやって居ません”レベルの代物がほとんど。

1)まず、日本のファッションデザインの現状について、
 実際、ここ10年間ほどの日本のファッションアパレル産業はそのビジネスの展開においも、
実績に於いても然程の成果を見せていない。当然であるが、この直接的原因は”ファストファッション”の登場である。即ち、”低価格”と”トレンド性”そして、”資金力”と”生産インフラ”などが
主なる敗因であろう。極論すれば、海外から押し寄せた”黒船” =”ファウストファッション”と
日本発の”ファストファッション”のそれらによってグローヴァルな販路においても負けている。
 従来までの日本のアパレルファッションの販路はその殆どが彼らたちの育ちと同じように
”百貨店”であった。その”百貨店”ビジネス本来が生活の豊かさという社会の変化に気付きその
ビジネス戦略を変革してからは余計にアパレルファッションのビジネスは苦境に陥った。
 しかし、巴里においても、アメリカやまた中国においても、ファッションを確かな一つの国を興すための産業と考えられた國策のもとで新たなブランドファッションビジネスが表層化されている。その結果、このデザイナーファッションビジネスの高トレンド化とそれをより魅力に商品化する工業力と広告宣伝のイメージ力を伴ってここ数年来、彼らたちは”百貨店”ビジネスで確立させたイメージング&ビジネスを”路面店ビジネス”へシフトをし始め、確実にこのゾーンでのビジネスをも伸ばしている。
 一方、”ラグジュアリーファッションビジネス”はその取扱品目を増やす方向でビジネスを広げてきたがその広げ方が今後、課題になってきたのが現在である。即ち、毎シーズン、新しいトレンド性を重視したメディア-ウケを狙った商品群をこれでもか、これでもかとデザインしてゆくには
”リスクとコスト”が掛かり過ぎることに懸念し始め、疲れて来た。そこで従来からのブランド定番商品をどのように周辺商品、コスメやバッグやジュエリーアクセサリィーとシューズ等に
よってその新しさを広告によって編集拡大してラグジュアリーのイメージを保ってゆくか?へ
シフトし始めた。ラグジュアリーブランドのトレンドモノを購入するのはアジアンマーケット、それもやはり、日本しかない。という現実を’90年代で学んだ彼らたちはそのビジネス戦略を
再び、日本へ向け直し始めた。そして、この日本が”観光立国化”戦略を新たな経済戦略の大きな柱としたこととリンクして最近の街の風景がラグジュアリーブッティクと共に変わり始める。
 では、日本のインデペンデントなデザイナーブランドビジネスはどのように進化しているのかあるいは退化してきたのか?結果は”変わらぬ自己満足の現状維持”化でしかない。
 日本のファッション産業のインフラを熟知し、それらと良い関係性を直接持って自分たちの
世界観でデザインしているブランドはそれなりに延びているし、少しは右肩登りで継続している。しかし、自分たちの倫理観と狭軌な”夢”の範疇で自己満足してしまっているデザイナーブランドは現状維持が精一杯であり、当然であるが今後が大変になって来た。
このレベルでの彼らたちは自分の世界観を好きなファッションの世界で、どのように表現すれば誰が買ってくれるのか?ここが見えないか、見ないでモノ造りをやっているのか、それに自己中心な人間性が加わっての現実でしかない。
 ほとんどのファッションメディアはスポンサーとの関係性で成り立っている世界である。
売れて来たブランドが何処なのか、どんな理由で売れ始めたのか?そんなことには無関係に近い。広告主ブランドとの協労によってあるいは、売れる為の情報をそれらしく仕込んでメディア化し売り上げを作り、広告費を確りと取る。この構造が現代ファッションの”広告産業ビジネスの由来である。そしてこれに、ファッションの世界で重要なウリである”トレンド”をどのように
”味付け”をしてゆくか?ここに、現代では”読者モデル=隣のトレンド=リアリティ”というアイコンを生み出し、そのシーズンの”売りたいアイテム”をメディア化”しているのが彼女たちファッション誌編集の生業である。そこへ訪れた、”パリコレ”情報を耳年増的に囁く。
 多分、日本にも人間的に確りと地に足を着け、自分の好きな世界でリスクとコストを掛けて踠いている若いデザイナーたちもそれなりに居るのだろうが、極小である。表層のメディアとその周辺の喧騒に侵されている彼らデザイナー、勘違いさせられてしまっているデザイナーたちが
目立つ。僕的には身勝手な自己満足のレベルを一つの”夢”としている輩たちがメディアにゴマを擦り、モテ騒がれてしまって、ちゃんと自分の世界観で時代を表現し、好きな服にこゝろの有り様を入れ込み気宇し、社会にどのようにコミットさせなければならないかを真撃に考えているデザイナーが少ない。
 この原因の一端は彼らが学んだデザイン教育にある。”デザインとは何か?”という根幹が理解されづ、解らず、教え込まれずに来てしまったこと。”モノ作りとデザイン”の関係性の意義と目的とその根幹が世界レベルで認識されず、ここにも戦後の日本の欠陥教育である”表層”の情報と模倣を教える、根拠なき世界を構築してしまった諸環境が原因。

 嘗て、経済恐慌とともに芸術を弄んでしまったヨオロッパ。
 その芸術から智と感覚を得たデザインによってその国を富める国に成し遂げたのが30年代からのアメリカでありここから近代ヨオロッパの没落が始まった。この現実には”アールデコと流線型”の違いがあり、これが”近代デザイン”の源流である。(デザインそのものの発端はイギリスにおける第1次産業革命からで、当時の機械生産化によってもたらされた量産と低コスト素材の誕生がその機であった。)
 今、またそれぞれの国家の経済現実は非常に貧困と弱体化し始めた時代が現在の国際社会の
一面でもあり、それぞれの国はデザインの自由な豊かさとその力によって自国の工業力と経済力を復興させる時代でもあり、発展途上国の工業化も加わり”インダストリアルとデザイン”の
新たなる現実が現代社会の先端である。
 先に述べたように、巴里もサンチェ系アパレルがそのほとんどのパワーを持ち始め、
ラグジュアリー系も彼ら達の歴史とルールを周到して確実に、富を築こうと”インダストリアルとデザイン”の関係性を広告産業化し始めたのも現実です。また、この国のインデペンデントな若手デザイナーたちを優先した国策的なショールーム(designers apartment)をサンディカが協力してここ数年来、催していることもこの国のファッションデザイン産業への新たな決心であろう。
ここへ招待してもらえるデザイナーたちはフランス素材使用とフランス生産が必修条件になっている正に、インデペンデントなフランス人デザイナーたちである。
 
 何れにせよ、日本のデザイン教育においては”デザインとは”、”近代デザイン”とはのデザイン理論の基礎根幹を蔑ろにしその教育の殆どを”表層”を模倣して形つくることに始終して来た。(いわゆる、専門学校教育のレベルである。)そして、”デザインとアート”の差異の根幹も理解せずに無知ゆえ、無闇にアートをもて囃しているファッション業界誌メディアとその媚びた周辺がこの日本のファッションデザイン産業を余計に中途半端な倫理観なき国家に増長させ、
”デザインと産業”によって新たな国力を生むまでには至らず、そのパワーは低下してしまったのがこの10数年のファッション産業であろう。政府が援助する”税金”がしっかりと産業にまで還元されず、先ほども言った、狭軌な小さな個人の”夢”と”倫理観なき自己満足”の変わらずの低レベルの継続化に使われているだけである。(最近の”戦後のツケ、デザイン編”はその殆どの根幹がここに所在していますね。)
 もう既に、「時代の豊かさ」はリアリティを持ちました。インスタ等の「リアジュウ」、そのリアリティからどのように社会とコミットし、産業化し、富と力を産む出せるのが”デザイン”という新たなパワーです。 そして、ファッション産業特有の「過去を消費してゆく」事をいかに、意匠化して行くかを考える時代性でもある。ここでのインデペンデントなファッションデザイナーたちの課題とは、”クオリティ、価格、生産構造、物流、ディストリビュート、イメージング、ターゲットなど等”は全て、”関係性とその勤勉なる開発努力”が根幹であるということの再認識化とそのための謙虚な努力であろう。
 持ち得たコンプレックスから、『無闇にデザイナー振ることに煩わされ、やっていないこともやったように、知らないことも知ったように学んでいないことも学んだようにイメージング』
する構造と立ち居場所はもう、”20世紀のトイレットペーパー”でしかない。
 彼らたちのブランドにおいての現代における”ブランド・インベンティブ(独創性)”とは?
従来のように、”いいモノ、クオリティの高いモノ”を作りことも大切だが、ここにはまってしまうと通例な、それなりのブランドで終わってしまう。”リアジュウ”な現代ではそれなりのカッコ良さやクオリティが良い事は普通なのである。従って、日本が持ちえた高度な”ファッションインフラ”/生地・素材と生産工場、メディア等をどのような関係性によって自分たちのブランドとその
世界観の中に落とし込んだ”モノつくり”が挑戦でき、可能に出来るかが課題でしかない。
 そして、ブランドの考え方やイメージングや美意識や音楽感覚や時代感にブランド・インベンティブが特化しているブランドとしての”インデペンデント”を考えることが今という時代のリアリティであろう。
 そして、今年で言えば、やはり、「ニュース」が新しさを提供しましたね。
国家の政策が変われば、それなりの新たな法律が生まれその法律が新たなる生活習慣を生む。
そうすれば、新しさが生活に自然に必需される。このような視点でデザインするとは?が、
インデペンデントな若いデザイナー諸君が持つべき創造の眼差しであろう。ここでは”外国人コンプレックス”だけでの発想では今後の日本のリアリティに生き残れないであろう。
 ”集団自衛権、東京オリンピック、カジノ、女性の社会化、移民受け入れ、軍需産業、道交法、
そして、観光立国化などは確実に今後の日本のファッションシーンを変貌させられる新しさで
ある。それに、”ゆとり教育”以降のZ世代の新たな価値観とヴァーチャルテクノロジーの共存化。
 そして、「WITHOUT SEWING」と「WEARABLE」は新しいキーワードとなった。
文責;平川武治: 

投稿者 : editor | 2015年12月21日 08:30 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

安藤忠雄と川久保玲。あるいは戦後の”横文字産業”とは、

 巴里のファッションウイークが始まった。
僕なりの感触は”低調”。何か、”から騒ぎ”を感じてしまう。
本当は、”ショーどころ出はない”と言うのが本音であろう時代のシーズンに感じる。

 この街へ入る前に、コムデギャルソンのプレスヘインビテのお願いをした。
まず、その時に書いたメールから紹介しよう。
『”10コルソコモ”の件、
”やっぱり、来たか!”という想いで嫌なニュースとして僕は受け取ったのです。
僕はもう巴里へ着きました、どうか、お気をつけていらっしゃってください。
楽しみにしております。』
 この”10コルソコモ”の件とは、WWD N.Y.が(9月12日)書いた一文出ある。
http://wwd.com/business-news/financial/10-corso-como-tax-10220661/
『10 Corso Como Said Facing Big Tax Bill By WWD STAFF
MILAN – Concept retailer 10 Corso Como may be facing financial troubles. According to media reports, the store created by Carla Sozzani allegedly owes 4.67 million euros, or $5.27 million at current exchange rate, to Italy’s tax office Equitalia.

While Sozzani’s lawyers contend the retailer has asked to repay this debt in installments, Equitalia deems the store is unable to do so and is requesting Milan’s courthouse to declare its bankruptcy. A first hearing in the trial is expected on Wednesday, according to the online version of magazine L’Espresso, which also states that 10 Corso Como had requested Italy’s tax commission to allow an additional extension to repay its debt. The commission has yet to decide on the issue.
Executives for the retailer could not immediately be reached for comment.』

 この街へ来て調べるも、そのほとんどの日本人は知らない。日本からの人たちも知らない。
でも、この街では当然出あるが、一般紙にも報じられ、TVにも放映された。
それなりの”不祥事”である。
 僕たち、日本人から見ても”関係”は少なからずある、コムデギャルソンとの関係である。
一時は、東京での出店時には彼らたちは共同で会社を起こしていた。
川久保玲の夫とカルアさんとは同じユダヤ人コミニティでの大の仲良し。
彼、エイドリアンが現在のように”DSM”へ至ったのには彼女からの指導と教えがあっての今。
そんな彼女に、このような「脱税疑惑」と裁判所がついに動いた。
また、時が重なり、エイドリアン自慢のあのロンドンの"DSM"も移転を迫られ、
ドーバーストリートでは無い場所へ"DSM"は移転しなくてはならない羽目にもなる。 
 なのに、日本のファッションメディアはこのスキャンダルを皆目知らない。
決して、偶然ではなく、そのタイミングは当然、”狙われた”のかもしれませんが、長い時間、
かかってコードされていた案件。僕も、東京での”10コルソコモ”出店時に調べてこの状況は
知っていた。この裏には、カルアさんファミリィーがイタリーでの力あるファッション
ファミリィーであり、その力を少しでもという魂胆もあったからです。
ここには”ユダヤ人コミュニティ”の商法の極端さがこれほどまでに膨らんで出た事件であり、
この根幹は彼らたち、ユダヤ商法における”倫理観”の問題でしかない。
 多分、川久保さんも内心、心配なさっていたことがこのように表層化したまでのこと。
自分たちは当然のように”これ見よがしな生活ぶり”をし、行うべきことを知って居ながら、
怠る。この”倫理観”はかつての日本にもありましたね。この手法で大きくなってきた戦後の
日本企業はたくさんありましたし、その多くも”在日系”で在ったことは僕は知っています。
 今、戦後の日本の根幹が面白いほど”暴露”され始めています。               
安藤忠雄の件や佐野氏の問題によって、いろいろ、考えもつかなかった”横文字産業”が
この現実を一手に浴び始めました。この世界では案外と”当たり前”のように黙認されてきた
現実レベルの”倫理観なき、仁義なき”戦後のドサクサがまた一つ表層化されたのでしょう。
 この時代を手のひらを返したように生き延びてきた人たちの一つの時間の象徴です。
戦後の”横文字産業”はそのほとんどの根幹が”パクってなんぼ”という商法。
外国雑誌を手元に、読めない英語に囲まれて、ネタ探しをする。
 これが、”カッコイイ!!”と言われた”横文字産業”の全て!ファッションは全てが”パクリ”
から始まった当時の新業種でしたね。グラフィックも、フォトグラフィーも、雑誌も。
 この70年代のコムデギャルソンの根幹も、ブランド名が示すように当時の
”ソニアリキエル”日本版からの出発でしたね。

 この夏、墓参で大阪へ行き、神戸、京都の
40年来の友人を訪ねるという旅をし始めました。
この時、神戸の北野町を訪れ、あの”ローズガーデン”を見に行きました。
建屋は残っていましたが悲惨な状態です。”メッキ”が剥げ落ちてしまったというまでのもの。
 川久保玲とこの”ローズガーデン”はご存知ない世代になり始めたが、色々、ありましたね。
まだ、彼女も若かったから激しさを持っていらっしゃった。
僕の友人が大阪でCdGに勤務し、大阪はパルコ、京都はBallそして、神戸はこのローズガーデンを拠点にすべく、猛烈に働かされていたのを思い出す。
その友人はその後、死へ急ぎ、間も無く亡くなった。
 この”ローズガーデン”は’77年完成だったので、’76年にはすでに、川久保玲は安藤忠雄と
出会ってる。否、その数年前に、あの”フロム1st.”ですでに、出会っている。
この”フロム1st.”も本当は安藤忠雄が基本設計までを手がけていて、彼はやる気満々でしたが、
その後急遽、ロンドンから帰っていらした、山下和正さんに変わった代物でした。
ここでも、川久保玲はこの”フロム1st.”にはこだわった。白という色にこだわり、タイル張りの内装になった。その後、スタイリストとして活躍なさっている堀越さんがここで働いていらっしゃった。懐かしいいい、時代でした。
 しかし、安藤忠雄はこの山下さんのレンガの使い方の上手だった、”フロム1st.”からその後
”ローズガーデン”のエスキースを頂戴してしまっています。
 そして、この二人はその後、一度だけ対談をした。どちらもが乗り気のない対談だったことを覚えています。
が、川久保玲はその後、もう2度と彼と一緒には表立ってメディアへは出ない。
 しかし、その後、安藤忠雄は彼の建築事務所を”ブランド化”し始めました。
その後、多くのファッション系の商業施設を”浜野商品研究所”を営業部門とし手掛けました。
そして、今の立ち居場所の第1期を構築しました。
この発想は建築家自身が設計しなくても、その名の事務所がすればいいという方式です。
これは当時の建築界では考えられない形でしたが、これが見事その後の”安藤忠雄”へ進化して
現在へ至ったのですから凄いですね!!僕流に言えば、彼は”建築界の小保方方式”で、
建築事務所を”ブランド化”したことが今の立ち居場所を築き上げたのです。
「ル・コルビジュェ+カルロ・スカルプ」=長屋の家を始めとする彼の”外装”+”内部空間”のミニマルなマニエリズム的な混成、或いはブリコラージュは
コムデギャルソンのその後のクリエーションの根幹にも通じるところがありますね。
 そして、安藤忠雄の事務所も今は確か、外資ユダヤ系が資本投資しています。

 僕も神戸大学建築科の知人だった、貴志雅樹氏が彼の事務所へ入り、その後は、安藤忠雄の
デビュー作を始め多くの”ゴーストライター”をしていました。否、させられていたのでしょう。
彼は神大から手土産を安藤事務所へ持って行ったモノがあったからでしょうか?
 その彼、貴志氏が今年の1月に亡くなられました。
あの国立競技場の一件が表層化し、安藤忠雄は出るべき時期にメディアへ出れなかった原因は
ここにありました。ですから、安藤忠雄も死んだのと同様です。
 最後に目論んだこの、ハッザとの連携プレーで、文化勲章は手中にしたものの、国家建築を
手がけられなかった現実と、彼の”倫理観”も’60年代のどさくさと同じでしかない”育ち”。
 今回のこの問題において安藤は官僚たちによって、完全に葬られたと言って良いでしょう。

 しかし、僕はこの問題の根幹には”評論の不在”があると考えています。
戦後、’80年代以降からから現在に至っては全く”評論”は存在していません。
ちょうど、時代が”大衆消費化社会”を歓迎し、全てを”消費”の中へ納めることで経済が上手く
回って行くという論法とその後ろで活躍した広告産業と代理店という構造がありました。
その後の日本流文化即ち、”広告文化あるいは消費文化”がこの構造で構築されて行ったのです。
 従って、戦後の”横文字産業”はこの時流に如何に要領よく外来イメージをパクって、巧く
広告業界と連係プレーをカッコよく都合よくやって行けば、サーフすれば成功というシナリオが戦後の日本のデザイン界の本性であり、正体でしょう。ここには”評論”の正論は必要なく、
”評論”の不在が都合よく良かったのです。この現実が今回、表層化され始めようとされ始めた
いい機会でもあろう。
 
 安藤忠雄についての的確な評論も見当たらないです。
大阪にいらした二川幸夫氏を頼ってのメディア進出でしかありませんでした。
その後、二川氏はあの”GA”ギャラリィーと出版社を始め共に、ブランド”安藤忠雄”を素材に
外国へ売って出た現実がありましたね。余談ですが、この辺りは、何か、川久保玲と亡くなられた故小指敦子さんを思い出します。
 今の日本の評論の世界はすべてが、浅はかな”感情と情緒”を拠り所とした、”良い、悪い”の
価値判断でしかなく、メディア受けと、向けなるデモストレーションだけです。
デザイナーたちとお友達になりたいという感覚レベルでしかない所詮、変わらない戦後からの
”横文字ごっこ”の世界です。
 従って、メディアの人間も学んでいない。勉強をしていない。ただ”知っている”レベル。
そのほとんどが僕に言わせれば、”御用インタビュー”と”御用記事”提供者としてのデザイナーからの一方通行記事ばかりでしょう。従って、今回の”10コルソコモ”のスキャンダルも日本メディアは何も知らないで、いつものように”フロントロー”に座ってイキがっている輩ばかり。
僕から見れば、彼らたちへの悲しさと哀れさしか見えない変わらないここにも、まだ、戦後の
”横文字産業”状況でしかない惨めさが現実。
 
 ”すごいですね!”
で代表される”感情と情緒”だけでの価値判断。
この言葉はCDGのショー後の世界で尋常のように聞かれる言葉ですね。
この言葉にすべてを”委ね”てのメディアコントロール、これが今現在のコムデギャルソンの
メディアコントロールの手法、川久保玲の世界観。
 
 この手のプロパガンダにはもう、僕にはしんどくなりました。
"EVERYTHING TOO MUCH!!TOO HEAVY!!TOO PAINFUL!!
THAT'S YOUR LIFE、THAT’S TRUE YOU ???"

 僕も、そろそろ、本音で日本のファッションの”根幹”を語ってゆこうと今、学習中です。
この続きは次回。
巴里MARAIS街にて;

投稿者 : editor | 2015年10月05日 17:17 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

三伏の候/ 繋がるための誠実さとは、映画『繕い裁つ人』から。

 少し古い話になりますが、多分、見られた方は多いと思いますが、今年の1月後半に
封切られた映画『繕い裁つ人』。

http://tsukuroi.gaga.ne.jp
 今の日本に無くなってしまったものや消されてしまったこゝろなどを”繋げられる”だけ
繋げて作られた映画ですが、清々しさと、こころが洗われたような気分に浸してくれたそして、
忘れていた何かを、それがとても生活の質を感じるためには大切なものとはをも、
思い出させてくれた映画でした。そして、僕がよく20代後半に歩き回った神戸の北野町界隈も
ロケ地として使われ僕にとっては懐かしさも相当なものでした。
 あの映画に登場する衣装としての服と主役としての服、これらが素晴らしさのそのものでは
無く、登場人物の生き方であり価値観であり、美意識でありその根幹になっている倫理観と
そこから生まれた誠実な生き方の断片がジグソーパズルのように物語を構成していたから
この映画はある種の洗練さを醸し出せたのでしょう。勿論、それらを理解した上での衣装であり
服でありスタイリングでもあるのですが、結果、この映画では”人の繋がり”という温もりと
大切さをテーマにしていた。僕がよく言っている「関係性」の”繋がり”の発端を作リ出すのも
「モノを作る」人の役割であるという根幹。ここに、「デザインとはコミュニケーション」
という役割の所在があることもわかります。
 よく当たり前のように言われる、モノを作ることとは「自分を表現すること。」だけでは
ない。ましてや、有名になるため、カッコつけるためだけそして、儲けることなど、自我欲と
自己表現のみの安っぽい「自由」ではないことをこの映画は爽やかに、含羞を込めて作られて
いた映画だと僕は感動したのです。
 もう一つ、この映画でモノの存在を確かに再認識させてくれたモノがありました。それは、
”ミシン”です。その姿と、それを使う人との関係性そしてその行為によって聞こえて来る”音”、
足踏みミシンの音は僕も幼い時を思い出しました。よく母が隣の部屋でミシンを踏んでいる。
その隣で無心におもちゃで遊ぶ僕。ここにも、母親と子供の「関係性」を”繋ぐ”音がありました。
その音は母の言葉に変わって、安心と安らぎをそして、安心を醸し出すまでのものでも
あったことを思い出させてくれたのもこの映画でした。
その後の僕には、”轆轤”を廻して聞こえる音もこの種類の、生活の中で聞こえる音でした。
今のように、テレヴィジョンやケイタイやiPODがなかった時代でしたので、
ここにも人のこゝろを繋ぐ”エピソード”が静かに幾重にも優しく絡み合っていた時代性でした。
 僕はこの映画を劇場へ観に出向き、映画の途中から重なってくるこのような幾つかのことが
ありましたが、もう一つ、一昨年に、東京で亡くなったC.Nemethのチャーチセレモニィーへ
お招きいただきロンドンへお伺いした折に、久し振りに会った長島悠介君でした。
それまでの長島君=アントワープという僕の中での繋がりが完全にもう、違うシーンになって
僕のこゝろを打ったのでした。とても成長なさっていた。
 ”理屈作りと見せ方作り”をメインに教え込むアントワープから遠く離れて長島君は自由に
使える英語を一つの安心道具として再びロンドンへ戻り、「手の温もり」を感じて生きてゆく
道を選んだ。この発端までは知っていたのですが、その後、数年間はご無沙汰。
そして、再会がC.Nemethのセレモニーが行われた教会ででした。これも、僕には何かの”縁”を
感じました。なぜか、この映画『繕い裁つ人』を見ていて思い出した人が彼でした。
 『倫理観が洗練さを生む』は作られたモノもそうですが、そのモノを生み出す”作り人”にも
言い得ることです。”理屈作りと見せ方作り”に忠実にいやそれ以上に上手に都合良く立ち回って
いる輩たちがその殆どである彼らの固まりからは遠くに立ち居場所を持ち、謙虚に自分の求め、
目指した道を堂々と歩んでいる一人が長島君であり、彼をこの映画からたくさん思い出して
しまったのです。
 その長島悠介君が帰国なさると伝えられた僕は是非、彼からたくさんの「作り人」のお話を
皆さんの前でお伺いし、交わしたいと。
 この9月01日の原宿VACANT-LEPLI会が決定しました。ありがとうございます、みなさん。
http://www.vacant.vc/d/241
 是非、実際のロンドンテーラリングとは?教わり学ぶこととは、仕事をするということとは、
服を作るということとは、人との繋がりを作ることとは、等など,
いろいろ、皆さんのご質問と共にたくさんの経験話をご一緒にお伺いしませんか?
 
 余談になりますが、この映画で出てくる神戸、北野町にはコムデギャルソンが’76,7年に
神戸に初出店したF.C.ストアーがあったのです。そして、この”ローズガーデン”をデザインした
建築家が、あの安藤忠雄がまだ、建築家に成っていない時代の作品でした。
この”ローズガーデン”で同世代の川久保玲と安藤忠雄というこの世代人の共通した幾つかが
重なり共に二人の接点が始まったのです。
此処にも,”モノを作りだす人”が繋げる世界が現実になっています。
 当時、川久保さんはこの”ローズガーデン”をとても気に入り、出店を可能にするために
もう一つランクの上の”繋がり”をこの不動産管理会社と持ったのも事実でした。
 先日のお盆休みに、墓参を兼ねて関西へ出かけました。
神戸では以前お世話になった金沢の21世紀美術館にいらした平林さんが横尾忠則美術館へ
転職なさったのでこの機会にご挨拶をとお伺いし、そのついでに北野町界隈を昔の友人の
アトリエや”サブ編集室”という友人の雑誌編集室を思いつつこのローズガーデンを探し、
映画の世界へもこゝろ入れ、”繫がる”エピソードを繋げていましたが、
この”ローズガーデン”は見つからなかったのでした。
見つかったのは映画で美味しそうに食べるチーズケーキの場面のコーヒー店でしたが、
その日は休日で残念ながら、僕とは”繋がり”ませんでした。
文責;平川武治:

 長島悠介君のロンドンのショップサイト;
www.connockandlockie.com

投稿者 : editor | 2015年08月26日 18:04 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

プロローグ或いは、”桑沢合同ゼミ+もう少し、プロ的な視点、”

 もう少し、ファッションプロ的なる時代へのまなざしを付記しておきましょう。 
 昨年は僕は「新らたなローカリズム」を考え、デザインの世界が今後、どのような新たな可能性を持っているか?あるとしたらそれはどのような根幹が必要なのかを学んでいました。
 一つは、昨年来からの「政治」を読むこと、知ることそして、政治を感じた場合、
どのように自分たちのこれからの國や社会へ向けてのなすべき行為が可能か?
僕たちの國に、豊かさと強さを増して行くために、どのように若い人たちは
社会へコミットして行く可能性があるのか?
”自己満足”という閉塞感な世界へ逃げ込まずに!
 この眼差しは、ファッションのみばかりではなく、”デザインの世界”においての今後の、
若い人たちが持つべき、”デザインするとは”の新たな根幹と”視点”であろうと考えています。

 ここでは、もう一度「近代デザイン」が具体的に誕生し、社会にコミットし始めた時代へ
ワープしてみる必要があります。ここには現代という時代性の根幹がこの時代観にチューニング
され始めたからです。ファッションの”トレンド”も一昨シーズンから”’30年代”が来ています。
今シーズンでは、あのS.メンケスが「流線型/streamline」という言葉を使い始めています。
ここにはその時代が願望する新しさとしての”合理化や能率的や簡素化そしてスピード化”などが
時代のボキャブラリィーとして込められていたのです。

ラジグジュアリィーが方向転換; 
 東京の街の様が昨年秋頃より、様変わり始めましたね。
また、ラグジュアリィー系ブランドのブティックが我が物顔をし始めました。  
 ’70年、プレタポルテシステムが誕生して以来、’90年代終わりまでは、「プレタポルテ
ファッションデザイナー」たちがその自由な才能を武器にクチュリェたちを脅かすまでの
主役であった。彼ら、才能と才気豊かなプレタポルテデザイナーたちの創造性に影響を受け
モード産業は勢変を遂げてきた。’90年の湾岸戦争以後事実、クチュールの顧客が減って、
”ラグジュアリィー-マークビジネス”という新たな括りでモードビジネスの新しさをミラノの
老舗*が見つけた。しかし、モードの新しさを生み出すのはまだ、プレタポルテデザイナーたちであったこの時代が、グローバリズムの到来と女性の生き方が家庭へ戻り始めることそして、
ファウストファッション登場で新たな局面を迎えた。
 ここには、”世界観と女性のポストジェンダー化と価格破壊”という”新しい波”が押し寄せ以後、時代性そのものが変革した。これによって、まともにこの新しい波を被り被ったのは資本力の
弱いプレタポルテデザイナーたちであった。一方、資本力が安定している”ラグジュアリィー-マークビジネス”は服を売り、コスメを売り、靴バッグそして、ジュエリィと最近では時計を商い品目として、日本へ上陸その後、2000年以降は総てのメゾンが、新しいマーケット”としての
中国へそのビジネスの可能性を求めて方向転換した。
 そして、約10年が過ぎた昨年来、かれらたち、”ラグジュアリィー-マークビジネス”の商人
たちは中国マーケットへの限界を知り始めた。同じアジア人でも、日本人と中国人のマーケットモラルが違うことを知った彼らたち。
 ここで、昨年秋以降再び、”ラグジュアリィー-マークビジネス”の商人たちは日本へその矛先を
転換し直した。ここに来ての、表参道界隈の”ラグジュアリィー-マークビジネス”ブチックの
乱立はこの証拠である。かつての手法、日本にブチックを作り、中国人たち観光客顧客を煽る
処方である。
 例えば、昨年末に行われた、DIORのショーと展覧会がこの”ラグジュアリィー-マークビジネス”の新たなビジネス展開の手の内を見せた。ショーには中国からの上顧客と中国ジャーナリストを招待。展覧会では、デザイナーではなく、ディレクタ-RAF君とそれを助ける”アトリエ”の
チームクチュリエたちが主役という新たな構造を自慢した代物でしかなかった。
 従って、”デザイナー”よりも、”ディレクター”へ、という構造が生まれた。
”VARIATIONS OF THE ARCHIVES”で価値ある多くのアーカイブを持っているメゾン系が
今後の時代のモードリーダーとなり、そのメゾン内で実際に働きてた”アトリエチーム”たちが
リアルビジネスのクリエーションの主役へ躍り出る。
 ここで、新たなモードビジネスは”チームワークビジネス”であることへの構造とシステムの
転換が行われ始める。この”ラグジュアリィー-マークビジネス”のU-ターン現象の根幹は今後の
東京の新しさ”カジノ”を目論み、新たなターゲットにまでその射程距離を広げた
陽動作戦であろう。

モードビジネスが変わった。;
 ”ラグジュアリィー-マークビジネス”が中国から日本マーケットへシフトし直したことの
根幹は、モードビジネスも大きくは”スーベニィールビジネス”であるということ。
 ”ラグジュアリィー”のイメージとクリエーションを実質ビジネスにつなげているのが、
巴里では”サンチェ系”と呼ばれていたデパートをメイン顧客として、コピーブランドを束得ている
アパレル勢である。MAJE,SANDOR,をはじめに、KOOKAI,KOOPLE,いろいろ、
彼らたちは確実にラグジュアリィーに負けずとリアルビジジネスをリードし始めている。
 そして、彼らたちのもう一つのフランスにおける「モード産業界」へ、サンディカ(オート
クチュールプレタポルテ組合)が大きくバックアップを始めた。
 彼らたちへの人材育成機関として、従来はクチュールのお針子さん養成学校であったこの組合付属の学校を”サンチェ”に隣接移動し、授業内容も、ミシンを使ってのアパレル向けカリュキラムへ変更。そして、サンチェ系出身のプレタポルテデザイナーメゾンのコレクション参加も大いにその門を広げた。これらの方針は確実に、ファストファッションへのビジネスプロテクトであり自国のファッション産業の経済効果を拡大するための手段である。
 もう一つは、やはり、EUにおける日本よりも遅れていた”ITファッションビジネス”の進化。
プレタポルテデザイナーのネット通販ビジネスへの参入、NETーAーPOTERやイタリアンヴォーグ社の“the corner.co.”とYOOXとのコラボビジネスも始まる。
 あのH&Mが始めたファストファッションのシニア版ブランド”COS”が好調な売り上げを上げている。このブランドのマーケティング戦略はうまい。
例えば、同じ、スエーデン発のプレタポルテブランド”ACNE”をターゲットに絞り込んだ戦略で
40代ターゲットを軸にクオリティもそれなりのデイリィーウエアーにまとめ、抑えられた価格帯とともに見事に成功している。東京にも昨年11月に1号店が出来た。
 このブランドによって、パリサンチェ発の”MAJE”もここに来て脅威を感じ始めた。
今後、このゾーンが激戦になるラインである。”ラグジュアリー”から”プレタポルテ”や”サンチェ系”が影響を受け、”COS”で下限を囲われてしまっているのが今の巴里のファッションビジネスの現実である。
 最後に、もう一つ、このモードビジネスがグローバル化した証拠。
面白い現象は、今まではフランスでモードの仕事をするには、当然のように”フランス語”が
必要であったが、今では、この”フランス語”よりも”英語”が本格的なビジネス語となり始めた。
フランスのファッション企業で働くためには英語で面接されるところも出てきた。
ここにも、ITビジネス化の余波を感じる。

最後に、目立つ問題点;
 このような時代性になるとアーカイヴからコレクションを作る場合、今の若いデザイナーたちにはその持ち得た”リアリテ”がない。殆どが、サイトやブログそれにインスタ等の”ヴァーチュアルリアリティ”の世界でモードにも関わってしまっているからだ。
 そのため、フラットな平面性、ヴィジュアルからのデザインになる。
故に、”分量”のデザインが出来にくい或いは、出来ない。表層のシルエットのコピーは出来るが、今の”時代の分量感”に置き換える”ニュアンスのデザイン”ができないデザイナーと、パターン力の低下が目立つ。
 学ぶ方法は、教養を深め、歴史と学ぶ、古着を触る、古い映画を見る、自分の育ちを省みる。
そして、熟練者の仕事を敬い、学び、オープンマインドであること等など、、、
 案外、”ファッション学歴振り回し族”たちはこのディシプリンがない。
彼らたちは、もう終わっている。

トレンドについて考えると;
 ここ数年来トレンドのキーワードは変わっていないと読める。
トレンドの根幹は不変であり、その”意味付け”だけが変化させているということである。  
[メイントレンド+サブトレンド+ホロ-トレンド
=新規トレンド+継続トレンド-1+継続トレンド-2,,,]

終わりに、”問題”はその次に起きることだ。
 「自民党は憲法9条の改正に動き、自衛隊の海外派遣をどんどん実現できるようにするだろう」
安倍政権の目論見は明らかだ。日本の国の姿をかえることにある。したたかにこの国の風景を
変質させていく青写真の作り手たちが蠢きはじめるだろう。
 ’20年の「東京オリンピック」や「カジノ」を出来る限り、経済効果として利用し、
この広告産業の一つを今後の歴史的契機と、安倍政権が変えようとしている國体とは、
それぞれの社会体制システムによって構築されてしまったアメリカ合衆国の属国としての
「社会」が、『再-安保改定』により、もっともらしく残るが、嘗ての日本國が持っていた
「日本人としての気骨」や「気概」ある國体、「世間」は喪失してしまう。
 安倍の渡米によりアメリカへ、5千億円以上のアメリカ軍事産業への武器類の購入があった。
安倍政権の目論見によって、彼らの論理で言えば、「何時、玉が飛んで来るか解らない自衛隊に対しての」僕たちの國家の防衛費予算の増加率は世界1位になり、('64年を基にした軍事予算の
増加率は、54.5%である。出典/日経新聞5月09日付け、「世界はこう変わった」より、)
「平成の大軍拡」の現実を皆さんはどれだけ、認識しているのだろうか?
解ったふりして、投票に行かず、政治のことを発言するのは一番悪い。親の筋をかじって
カッコつけているからこれでいいのか?
 「1月14日に閣議決定した平成27年度(2015年度)政府予算。そのうち防衛省予算は前年度比2.0%増で過去最大の4兆9801億円となる。しかし、補正予算案に盛り込まれた防衛費(2110億円)と合計すると5兆1911億円となり、「5兆円」という大台に乗る。「平成の大軍拡」と言っていいだろう。」出典/東洋経済オンライン/2015年01月26日より抜粋。
http://toyokeizai.net/articles/-/58914
 そして、「カジノ法案」もそうであろう。これらの発案の根幹に何が蠢いているのか?
結局は「金/カネ」でしかない。在日系の人たちによって、より「格差社会」が「ギャンブル依存症」が増加するだけのごとく変わらず、”倫理観なく”構築されてゆく、そのための「利権」政治を、与えられた”シナリオ”を棒読みしているだけが、今の”安倍政権”の実態である。
 これはグローバルな日本企業にも、地方自治にも言える警告である。
「問題はその次に起きることだ。」
文責/平川武治;平成27年5月;

投稿者 : editor | 2015年06月05日 14:28 | comment and transrate this entry (0)

article(70)

『人生、90年』プロジェクトを広めよう!!

パーソナルプロジェクト「人生90年」とは
  『大衆が求める”イメージ”とは、いつの時代も、あり得るべきこれからの生活とそのスタイリングを”夢”としたものである。ファッション産業とは、そのあり得るべき生活と
そのスタイリングへときめきを与えるものに変わりはない。』

 今年の僕のパーソナルプロジェクトがこの「人生90年」プロジェクトなのです。
このパーソナルプロジェクトを持って、今年の前半はパリ、アムステルダムそして、ロッテルダム等の友人たちとそれぞれの立ち居場所でコミュニケーションを取り始めています。
そして、日本でもアパレル企業との協労が進んでいます。

はじめに/私案『人生、90年』プロジェクトとはなんだろう?
 20世紀が終わったように、「人生、60年」という時代観はもうすでに終わっています。
戦後の日本人が不器用に、敗戦という恥を背負って必死に一生懸命に生き抜いて来たのが
”昭和”という時代であった。ここではまだ、”ライフプラニング”や”ライフスケジュール”という
言葉は殆ど、存在し得なかった。そんなゆとりや豊かさをまず自分たちの生活に、という時代の流れが「人生、60年頑張れれば幸せだね。年金も貰える」だったこの70年です。
 そしてやっと、このような戦後を生き抜いてきた世代から3世代を経て、現在の僕たちの国の社会が表は「モノの豊かさ」を現実にし、裏では「社会保障のホコロビ」ももたらしたのです。
 今年の新-成人世代はそんな「人生、60年」時代を生き抜いてきた彼らたちの”第3ジェネレーション”。 彼らたちが國家の新しい主役に参入し始めるのです。
 従って、戦後の、「人生60年」という時代の社会システムそのものが無理な状態になり
ほころびてきていることは昨今の多種多様な出来事としての事件でも理解できるでしょう。
最近では、この”システムのほころび”へ、合衆国のエゴが剥き出しに入り込み始めていますね。
 本プロジェクトは日本が世界に先駆けて迎えたこの「少子多老化」という時代社会への撃つ
べきポジティフな一撃です。このプロジェクトの根幹は「少子多老化社会」という”未来現実”を
決して、ネガティフな捉え方ではなく、ポジティフな視点で考え対峙し、今後の新たな
「社会システム」を産業化するまでの発想の元で考えてゆくものです。
 その理由の一つには、我が国が迎える「少子高齢化社会/少子多老化社会」は今後、他の先進国も足並みを揃えて迎えなかればならない近い、未来社会の構造変化であるためです。
 白人先進国の戦後は今、大きく問題化されている「移民」たちを彼らたちの宗教倫理とともに受け入れたことによって「移民」たちを受け入れたことの清算が、日本よりは遅れて迎える
現実状況の違いであり、いずれ、世界の先進国と言われている諸国が「少子多老化社会」なる時代が来てしまう。その先鋒を日本とドイツが迎え始めた。という認識下で、この社会状況の先端を行く我が国はこの「少子多老化社会」をこれからの国力と生活環境の「あり得るべき豊かさ」を創生するためのコンテキストとしてポジティフにそして、格好のチャンスとして発想し、実践して行こうというプロジェクトです。
 そして、この『人生、90年』プロジェクトはファッション産業が関わらなくてはならないプロジェクトの一つであり、新たな可能性の一つとして、「ファッションによる、ときめきあるクオリティオブライフスタイリング」を提案、構築するためのファッション産業には大いに可能なるプロジェクトなのです。そして、当然ですが、今のファッション産業の不況と腐心を拭うことの一案にもなるものです。
 閉塞感が浸漬する現状から今後の新たな”豊かさ”へ向かっての可能性が日本社会への大いなる、有意義な先駆けをなすものであるという考えです。
 そのために必要な新しい「社会システム」検討し、開発構築し,できればそれらを今後の
新たな日本の成長産業として捉えるまでのプロジェクトを考えています。
 
 この現実の視点を変えてみると、これからの日本社会への新たなる国力になり得るまでのこの「少子多老化」を”ジェロントロジー/加齢学”として、新たに社会に認知させること。
そして、それによって世界の先進国に先駆けて激しい「少子多老化社会」を迎える日本は、
この現実認識とその社会化とインフラ整備を考えることとは、”新たな国家=共同体”を構築する
ことであり、今後の「地域再生構想」にも大いなる可能性”の一つです。
 今後、世界がこの方向へ多くの国が向かっていくのですから、これは大いなる可能性でしかありません。
高高齢者と、高齢者そして,セカンドジェネレーション、サードジェネレーションとのまた、
移民外国人たちとのいわゆるコラボ-プロジェクトなどがこのファッション産業が関わるべき
『人生90年プロジェクト』の根幹です。
 決して、倫理観乏しき、”目先のニンジン”を追いかけるためのプロジェクトではありません。

*『人生、90年』プロジェクトコンテキスト;
 日本が世界に先駆けて迎えた
 ジェロントロジー
 少子多老化社会
 ポジティフな視点
 新たな「社会システム」の構築と産業化
 ときめきあるクオリティ オブ ライフスタイリング
 ニュースタンダード
 スローソサエティー=スローライフ+スローファッション+スローアーキテクト
 マインドフルネス

”ジェロントロジー”『人生90年プロジェクト』を考える。;
 ”ジェロントロジー”とは、人間の老化現象を人間に関わる、生物学、医学、社会学、
人間関係学、心理学、サイエンス、自然環境学、生活環境学そして、政策立案にいたるまで
多面的、総合的に研究する学問で邦訳は「老年学・加齢学」。
 これからの高齢化の問題は一国の社会問題なのですから、一つの領域だけで解決することは
出来ない、新しい社会環境とそのためのルールとインフラ整備等など、「社会システム」に至り考えように因ると、もう一つの新しい共同体即ち、新しい価値観に元ずくコミュニティ共同体を発想した”新-社会創生”となる。
 高齢化・エイジングを根幹に、関わるあらゆる領域の「知」と「経験」と「関係」を結集して、 課題解決に臨むことがジェロントロジーの特徴であり醍醐味となる分野です。
 皆さんが「人生、90年」と思い込めれば、どのような「夢」を持つでしょうか?
どのような関係性の元で安心して、より、クオリティの豊かな幸せな生活を望むでしょうか?
そのためには、何が要らなくて、何が必要なのか?、残すものは何か?引き継ぐものは何か?
消去させるものは何か?などを学際科学と産官学民と連携しながらの実学が
”ジェロントロジー”です。
 このジェロントロジーの視点での『人生90年プロジェクト』は新しい価値観による、
新しい共同体をデザインするまでのプロジェクトです。

 ○実際に現在行われ始めているジェロントロジーのフィールドワークは、;
生理面/遺伝子、細胞、臓器骨格、栄養、運動ほか、
高齢者医療/慢性疾患、臨床、薬、退院支援、医療コストほか、
介護/予防、アセスメント、ケアプラン、サーヴィスモデル、公的、私的保険、青年後見制度ほか 
心理/記憶力、性格、達成感、価値観、時間観念ほか、
死-倫理/死の定義、準備、送る側の準備、死後の諸事、尊厳死、ホスピスほか、
政治/政治への関心、投票行動、投票動機、高齢者団体の行動理論ほか、
経済/所得格差、税制、社会保障、生活保障、シニア市場、近代化理論ほか、
社会-文化/若者の高齢者観、メディアの高齢者観、公益法人制度改革、構造機能主義ほか、
生活行動/時間の使い方、余暇活動、同世代相談、生涯学習ほか、
人間関係/夫婦関係、親子関係、兄弟姉妹、友人関係ほか、
労働-退職/働くことの意味、退職と健康、定年制の是非、定年起業、ワークシアーほか、
家計/収入、支出、貯蓄動向、資産運用、相続ほか、
住居/どこに誰と住むか、買い替え、住み替え、バリアフリー、リバースモーゲージはか、
 
 これらは総体に、”ネガティフな発想”によるそして、打算的なるものが多い。
その証拠なのだろうか、ここには「ファッション産業」および、「デザイン産業」が
加わっていない。

ファッションの視点から「人生、90年。ときめきのある長寿生活とは、」を考えてみる。;
 しかし、新たに迎えるはずのこの社会問題に、ファッションの世界から視点を定めて社会への提言が為されていません。そして、今日までも、ファッションの世界は変わらず、”20世紀の
価値観”を根幹にした、「人生60年」のルールと方法論そして、”アーカイヴィス”の
諸バリエーションの世界でしかありません。この現実が昨今のアパレル産業の衰退でもあるでしょう。作る側も、報じる側も、商売をする側もそして、教育する側も、論じる側もこ
”20世紀の価値観”とイメージングとシステムによってもう既に、30年以上が経っています。
即ち、その生活意識の根幹は依然、「人生60年」感覚でしかないのです。
このファッションの世界からこそ、新たな共同体を構築するという視点での
『人生90年プロジェクト』が必然ではないだろうか? 
 戦後日本がこれほどまでの”ファッション大国”になった実力と経験と情報を駆使して、
世界が羨む”超高齢社会”を”少子多老化社会”をカッコよく築き上げるチャンスでもあります。
 参考サイト/
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2012/no389.pdf
https://www.nissay.co.jp/kaisha/csr/chiiki/shakai/pdf/gerontology.pdf
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/jp/research/study_groups.html
空き家問題/
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2014/no416.pdf

○幾つかの現状参考数値。
*2030年/高齢者所帯のうち、約40%が独居世帯+約30%が夫婦のみの世帯となる。
*2012年からは、高齢者が年間100万人づつ増えている。
 ということは、昼間から彼らたちは地域に止まって生活をしている。
*地方社会では、地域の過疎化と高齢者による限界集落が増加。
*2005年来、出生率より、死亡率が増加。
*少子化は国力の低下衰退へ繋がり、労働人口は2030年には約1000万人の低下により、
5600万人ほどになる。
*「老老介護」が現実化する。
*「空家」の増加。現在で約800万軒の空き家がある。 
○今後の人口推移;/マクロで見ると、
2020年には/0-14歳:14,567千人(11.7%) 2010年は16,803千人 
2020年には/15-64歳: 73,408千人(59.2%) 2010年は81,031千人
2020年には/65歳以上: 36,123千人(29.1%)内75歳以上:18,790千人(15.1%)  
2010年は夫々29,245千人・14,072千人
  そして2022年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になります(3割以上が要介護)。
総人口は124,099千人(2010年は128,057千人)と余り減ってはいないのですが、
「少子多老化」が猛烈なスピードで進行します。
介護・医療に要する費用だけで国の税収をほぼそのまま使い切ってしまいます。

○”ジェロントロジー”『人生90年プロジェクト』をすこし、具体的に考えてみる。
 では、新たなローカリズムを根幹にした『人生90年プロジェクト』のための
共同体/コミュニティとは、その根幹は、”Aging in quality of life”
穏やかに、おおらかに暮らせるもう一つの共同体を考えることでしょう。
 目的は、「安心で活力ある豊かな長寿社会」の構築。
1)『人生90年』にふさわしい「真に長寿を喜べる生き方」
/ライフデザイン分野。
→生きる目的がある事と、身体が衰えても、QOLを維持できること。
2)安心で活力ある超高齢者社会の創造、”Aging in Place”の現実化。
/ライフエンヴァライメント分野。
→住み慣れた自宅や地域で最後まで自分らしく老いることができる共同体を考える。
3)健康長寿の推進と本来の安心を提供する「共同体ケアーシステム」の構築。
/医療ケアー分野。
→”寄り合い”システムなど、ローカリズムとしての”長屋”共同体が成し得るケアーシステムを考える。

○ここで僕たちファッション産業人がより、直接的に関われる分野とは?
「価値観、趣味、関係性、経験値、スキルなどで編み込まれ、重ねられた新たな環境としての
「共同体」を構築し、その共同体で生活すること、楽しむ事自体が”新-市場”となるような
”交流と触れ合いと学びと遊びと愉しみと安心と穏やかさのサーヴィス&ホスピタリティ”を、
マインドフルネスを根幹に考えた”CARE & CURE”のための倫理観から生まれる”品性”や
”品格”、”洗練さ”がシャワー効果となるまでの”緩やかな時間消費”環境を考えることでしょう。
→男女消費/文化消費/観光消費/学習消費/CARE & CURE消費/セキュリティ-福祉消費/
伝統回帰消費/ノスタルジア消費/エピソード消費/夢消費/マインドフルネス消費等など、
これらをどのように「ゆったりとした時間観」の中で実環境化して行くか。

○考えるべきミッションとその順序は、
→コミュニティ環境を構築する。そのための共有出来る価値の創生。
→新たな消費環境を”いりこ構造化”する。そのための新たな”風土”魅力をデザインする。
→ときめきあるQOL.のためのサーヴィス&ホスピタリティ”と”マインドフルネス”。
そのための人材エヂュケーションを行う。
→『人生90年プロジェクト』のための商材編集とプロダクツディレクション。
そのためのマーケティング。
→仮想空間を構築し、汎世界戦略を行う。そのためのC.G.テクノロジーと
デザインディレクション。

○そこでこの新しい時代に考えるべき問題の一つが「倫理観」です。
 ”お金の豊かさ”を「倫理観」の第一義としてきた戦後70年は、”THE END"です。
これからの「あり得るべき規範」としての”新たなる豊かさ”を"、QUOLITY OF LIFE"を目指し、
『人生90年プロジェクト』のための生活や社会にコミットさせるために、
今まで置き忘れられてきたこの「倫理観」を再考する時代性が今年です。
この根拠は、30数年間、パリモードを中心軸にモードに接してきた僕の結論的発想の一つに、
「成熟された倫理観が洗練さを生む」という信念を持っています。

○本プロジェクトのコンテキスト;
倫理観ある共同体。
→経験、スキル、資産、労働意欲、
コミュニティ、みんなが國力。
→高齢者が増えると集い、集まり、消費時間もスローに穏やかな流れへ。
目指せ、あり得るべき新たなるニュースタンダード、”クオリティオブライフ/QoL”の改善と
向上。
→生きがいと幸福感が増す。”昔取った杵ずか”の多重層異文化集約型ミルフィーユ効果。
みんなで価値観を共有し、一体となって連携、協労することそして、マインドフルネス。
現実の状況を正しく認識すること。悲観的な状況であろうと、現状を出来るだけ定量的にかつ、先入観なく客観的に見ること。
 課題を明確にした上で、その解決策を立案し具体的な計画を立て、行動する。

 参考文献/ 「2030年,超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする」:東京大学高齢社会総合研究機構刊
 文責/平川武治:平成27年3月:無断転載等を禁じる。必要な際にはご連絡をください。

投稿者 : editor | 2015年06月04日 17:22 | comment and transrate this entry (0)