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“JUNNYA WATANABE” AW18コレクションを評論する。

先ず、僕の結論はここ、2シーズンが低迷であったJUNYA WATANABE コレクションの
今シーズンには一つだけ彼らしさの力量を持って自分らしさの世界に挑戦した世界があり、
いいコレクションだった。

勿論、ビジネスをも考えなければならない立ち居場所上、ヴィンテージセーターや
そのリメイク的こなしをいつものパンキュッシュなイメージングによって、しっかりと
そのお役目も含めた”Good job”をしたのも好感がもたれる。

大事な今シーズンの視点はやはり、「分量のバランス感」だった。
渡辺淳弥はパターンメイキングでは素晴らしい腕を持っている職人肌のデザイナーである。
このような職人はいつも自分自身に挑戦する難しさを正面から迎え撃っている。
それが自分のプライドとなる“腕”を磨くことであることを熟知しているからだ。
彼の今シーズンの新しさへのチャレンジもここにあった。
僕が感じた彼の今回の“source of the new balance”の根幹は先シーズンのオムでもトレンド
アイテムの一つであった”ポンチョ“だ。このポンチョが持っている肩に乗せるだけで生まれる
ボリューム感が生み出すシュルエットに注目したのではないだろうか?
彼はこの時のシルエットとボリューム感を今シーズンのテーマの一つになった
「袖周りへの新しさ」へ彼のパターン力を駆使した造形へチャレンジしたと観た。
僕は袖と袖下に造形の新たな空間を見つけ出した彼の眼差しに感心した。
そのほとんどの白人デザイナーは今シーズンのこのテーマを表層の足し算のデザインで逃げ、
フリルをつけ、プリーツを使いあるいはシンクビックと。しかし、彼は過去からも多くの
デザイナーが避けてきたこの新しさへ職人気質で向かい合ったシーズンだったと感じた。

今シーズンのパリのモードの欲求には、「もう、90年代のアーカイブからのブリコラージュ
だけでは感動がない」という新たな欲求が感じられた。そこでやはりモードの造形の根幹である
「分量のバランス感」が問われ始めた。新たな分量のボリューム観によってのシルエット、
そのバランス感でどのようなシルエットを生み出すか?にあった。この欲求にはリスクが
多くある。すなわち、「売れるか、売れないか?がはっきりとビジネス上で数字で現れるから
だ。」従って、このトレンドに真っ向からいぞんだデザイナーは少なかった。ラグジュアリィー
は無論、若手と称される4シーズン目に入ったデザイナーまでこのトレンドを避けた
コレクションがほとんどだった。ここではパターンメイキングの基本力が問われるからであり、
今の大半のデザイナーたちはこの能力が皆無に等しいからだ。

身体を「表と裏/左右対称」しか考えない西欧人たちの美意識の根幹。
その上でのバランス観から始まり、非対称そして脱構築とジェンダーレスまでがこの西洋美學に
基づいたモードの世界の創造性の変換であり、現在へと至ってきた。
この世界へ刺激ある現実を持ち込んだのが82年のCdG・川久保玲であり、それに刺激と影響を
見つけたのが後のマルタン マルジェラだった。
その後、90年代はじめには多くの若いデザイナーたちが、
H.ラング、M.シットボン、J.コロナ、A.L.マックイーン、H.チャラヤン、V. & L.たちが
このモードの世界を芳醇、豊饒な新たな世界へと革新した。
その後の多くは所詮、彼らたちの「チルドレン」たちでしかない。
そんなこのモードの世界観の遍歴を考えると、今シーズンの渡辺淳弥のコレクションには
新しき視線が感じられ、その挑戦への自信が読み取れて僕は心地よかったのだ。
「ありがとう。」
文責/平川武治:パリ市ピクピュス大通り:平成30年3月5日初稿。

投稿者 : editor | 2018年3月11日 20:04 | comment and transrate this entry (0)

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