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「近代」という時代の終焉が見え始める? 6月巴里オム・F.W.体験から感じ取れるもの。

『やはり、「近代」が崩壊し始めていますね。』
なぜ、これに僕がこだわるかといえば、次世代の「シン・近代」(仮称)は白人たちだけで
構築すべき或いは、白人たちだけがイニシアティブが取れる世界では無くなってきたこと自体が
「近代」の崩壊状況であるということです。
この眼差しを、前回の巴里で行われたメンズファッションウイークから深読みしてみよう

19世紀終わりからの「第1次産業革命」によって始まった「近代」は白人階級社会の業と欲を
軸にした都合の良さで構築されたもの。その根幹は「人間至上主義」が謳われ、それまでの
「神至上主義」が科学進化と発展によって成され生み出された機械文明社会と共に「神」の手
から「人間」の手へ時代が変わった。神に変わって人間に委ねられ、何でも可能だと言う哲学と
資本主義と共に近代という時代が誕生した。
だが、この時代における「人間至上主義」とは、やはり、「白人至上主義」であった事も認識
しておく必要がある。これが今後の新たな時代を構築するときの大切な主題であり「近代」が
綻びて来た第1の汚点であるからだ。

しかし、その「人間至上主義」が次々と自分たちがより、進化させた科学技術等の進化と発展
とその結果の経済発展により、全てが「金次第」と言う「個人至上主義」的なる現実がその実態
を表し始めた。現代では、その「個人至上主義」が構成する“集団”が“企業化”になり、その企業
倫理が今では“政治”の手法に取って代わられてしまったのが「近代」の現状。
だから、来たる次なる時代に対してどのような変革が必然かを考えると、次なる
「シン・近代」構築にはもう、「人間至上主義」=「白人至上主義」と言う根幹は通用しなく
なり、僕たち日本人の精神構造が必然である事を認識する教養を持ち日本人、僕たちがまず自認
しなければならない。そして、その必然性を白人たちとコミュニケーションを取り合って
「シン・近代」構築の共有性と責任を持たなければならないということが僕が言いたい今後の
世界視点と義務だと考えているのです。
なので、これを日本人が認識するためには「”教育“と教育者たちの志と視点がその大きな一端
を担っている。」という認識が教育関係者たちに理解してほしいという願望でもあります。

単純な言い方をしてしまうと、「もう、何でもかんでも、白人たちの行為がすごい!!という
時代は終わっている‼️」と言うことである。”C.ゴーン・スキャンダル“でもそれは理解で出来る
だろう。

モードの世界の人たちは、やはり早く世の中の動きを感じその動きの大切さを予知している。
これが「モードの世界」の真の面白い根幹でしょう。「少し先の、世の中が感じられること。」
即ち、「予知力」が養われる世界でもありまた、彼らたちはJ.コクトー曰く、「逃げ足が早い」
連中でもある。(J/C.著「大股開き」より。)

今シーズンの僕の好奇心を煽った眼差しの先には、東京のF.W.のコレクション群では皆無
だった、「ジェンダー/LgbtiI」に対してのモード界のリアクションです。
今回の巴里はもう、これがメインの”キーワード“でしたね。そして、続くファム・コレクション
もこのシーンが様々なアイディアで見ることができる楽しいシーズンでもあるでしょう。

モードの世界では、従来=近代は「男&女」世界であったのがようやく、”ゲイ“が表層化し
始めてきたのが、80年代後期からでした。その後、20数年を経てこのグレーゾーンであった性の
領域が世界的な「ジェンダー」旋風によって広く社会化、認識され具現化されて来たのが
ここ10年来でしょう。
この現代の表層の新しい動きを流石、モードの世界は素早く味方にしました。
その根幹は白人たちによって新たにウエルカムされ始めた顧客である黒人たちへのMD戦略も
当然、踏まえた新たなマーケット戦術でしかありませんが、大事なことは「男&女」という
「0:1」の世界からその中間領域である“CAMP”を認識し始めたことです。
これそのものが「近代」そのものが揺らぎ始めたと読める証と僕は感受したシーズンでした。

過去の、白人たちはキリスト教分裂の発端時のある時代に、それまでの「天国&地獄」の
間に、「煉獄」という中間ゾーンを設けたプロテスタント/新教誕生がありましたね。
現在では実社会にリアリティとして表層化し始めたこの「ジェンダー/LgbtI」が近代後の新しさ
を生む根幹の「中間ゾーン」の発端になる。と僕は今後の「シン・近代」を夢見ています。

もう、白人社会が100年以上も死守して来た「0:1」/「良い・悪い」「YES & NO」などの
「二項対峙」的な世界観そのものが揺らいでしまったのです。この構造のままで資本主義が続行
されてゆくその先は変わらず、「富める者VS貧しい者」の進化と選榮化のヴァリエーションの
時代でしか無いでしょう。この世界的現代の武器の一つが、「P.C.」の登場でしょう。
これが現在にように“世界基準機器”になってしまってからはこの速度と範囲は急速にグローバル
になり、彼らの都合の一方的な方向へ流れるようになったのも現実ですね。

これは50年ほど前にすでに当時の白人たちが予知し、ローマンクラブにて提案し決議された
「成長の限界」論だったのです。当時はまだコンピューターが現在のように進化していない時代
だったために、その後の50年間彼らたち白人社会の主流は目先の自分たちだけの「業と欲」に
プライオリティを置きこの「成長の限界」説を都合良く置き去りにして現在に至って来ました。

ほころびて来た近代のルールとシステムを根幹にした現在の資本主義社会の行為は今後、
変わらず所詮、「上塗り」作業でしかなく、新しい世界を生み出すシステムでは無い。
ここでは、ただのヴァリエーションを増やすだけの世界が”PC &モバイル“機器を使ってより
短時間と広範囲に地球規模で「人間至上主義」から「個人至上主義」へ進化発展させ可能化
されたのがグローバリズムと言う現代。ということは、「近代」の無駄と複雑さを蔓延さすだけ
の行為でしか無い時代性とも読める。そして、ここでは殆どその構造が変革されない限り、
彼らたち「人間至上主義」=「白人至上主義」者たちしかこの「近代」構造システムによって
得られる「利権」を発展増長し続けるだけの世界でしょう。

ここで、これから考える、「シン・近代」社会の基本になるであろう、「共生/共棲社会」
構築に、この「0:1」以外の新らしさが認められるべきであり、東洋思想とされている地球を
思い愛し、自然や動物そして、他者への思い遣りとともに生活する日本人が潜在的に持っている
多重な宗教観から生まれる「宗教哲学」が新しい人間の生き方の根幹の一つになるでしょう。
「環境」とは自分たちの都合の良い状況トテリトリィーを生み出すだけのこれらも白人社会が
植民地政策主義時に考え出した言葉でしかなく、その後の「近代」を支えて来たキーワードで
ある「環境を守り、進化と発展」は今後先ず、「地球を守る」ことから考え「自然と共生」する
為の諸行為を覚悟も新たに実践してゆかなければなりません。

ここで僕の一つの“愛国心”的な願望を今後迎えるべき新たな時代へ提言したいと考え始めて
います。
先ず、日本人である僕たちの多重構造的な宗教観そのものがファジーである事。よって、
CAMPな感受性や美意識を持った優しさと思いやりが、豊かな日本人の精神性が新たな“近代”を
構造化するためには大いに参与すべき時代である。
例えば、近代社会が“自動車”と言うマシーンと共にモータリーゼーションで発展充実した過去
があるように、今後は「一家に一体のA.I.」時代の到来があるでしょう。今後、20年後にはこの
現実が「新たな人間至上主義」を迎えると仮想した場合に、今後の人間の「新たな人間性」を
考慮し構築して行くためにも僕たち日本人たちは覚悟ある発言しなければならない。

このような新たな第3次産業革命後、今後の人間がA.I.と共棲するようになる時代とは?
このシーンの想像予測はすでに多くの人たちが予言的なことも含めて提言され、多くの本も出版
されているが、その殆どは科学技術面での可能性論とA.I.そのものの性能を人間と比較した考察
論でしか無い。このような時代になった場合の「人間至上主義」とは?あるいは、
その「人間至上主義」に変わる新たな人間存在論とは?を論じたものは皆無に等しいのが
現実でもある。

この「第3時産業革命」以後の実生活における「新たな人間性」とは?その「価値観とは?」
そして、「人間の役割とは?」という視点が今、僕が若い人たちへ大いに、プロパガンダすべき
大切なことであると長い外国人社会との関係性から実感しています。
合掌。
<前編完。>
文責/平川武治:令和元年盛夏八月、鎌倉にて。


投稿者 : editor | 2019年07月30日 18:50 | comment and transrate this entry (0)

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