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1、2月の行動記。

●ベルリンのファッション

 ドイツのベルリンで、一昨年の秋からファッションフェアがはじまっています。中でも規模が大きいのが「ブレッド&バター(B&B)」、いわゆるファッショントレードショーで、多くの人が注目しています。そしてこれを中心に、若い人が参加できる「プルミエール」や既製服のフェアも含め、5つくらいのファッションフェアが3日~1週間の期間で行われています。

 92年に壁がなくなって、二つの構造を持った都市がひとつになり、世界では最も大きい都市です。メトロポリスの割には土地単価が安く、まだ空きがあります。さらに、ドイツはもともと既製服に強く、工場が沢山ありました。工場があれば、素材屋も多く、フランクフルトでは今も素材の見本市が行われています。また、ファッション科を有する国立の工科大学が街の両端に2つ、他にも私立の学校など、ファッション教育の環境もあります。戦後のベルリンは、歴史的観点から言えば、ナチの関係で一番ユダヤ人のいない街でしたが、60年経って、現在は元どうり以上のユダヤ人たちの大都市になっています。そのような、歴史的環境の従来からあったユダヤ人産業のひとつとしてのファッション産業に彼らたちのジュニア世代が当然のように音楽を中心にしてストリートカルチャーの一つとしてファッションに興味を持ち、返り咲いてきたわけです。

 B&Bのテイストは、ストリートカジュアル。来客は、イタリア、東欧、北欧人が中心。日本のバイヤーも、それなりのお店は、ここまでバイイング・ウオッチングに来ています。今年はユナイテッドアローズやミッドウエストなどや巴里・三菱なども来ていました。日本のジャーナリストはほとんどが未だ、行っていないのではないでしょうか。なぜイタリア人が多いのかというと、今、イタリアでもシューズとストリートカジュアルが前に出てきていて、そのブームを起こそうとしているファッションピープル達が、興味とジェラシーをもって訪れて、サンプル買いしているのではないかと思います。もしかすると、70年代後半イタリアカジュアルのように、ベルリン・カジュアルムーブメントが起こる可能性がありそうです。この背景には「アジダス」と「Y-3]それに、巴里で活躍し始めたドイツ系デザイナーたち、B.ベルンハートやブレス、ルーツたちが大きな存在になっていることも確かです。

 関心したのはやはり、ひとつのファッションイベントをやることによって、都市の経済的効率が伸びるということです。ベルリン市自体がファッションフェアを大々的にバックアップしているので、海外のバイヤーが沢山来ます。またEUでは今、都市のプライオリティを競い合っています。フランスにおけるパリからユーロにおけるパリ、イタリアにおけるミラノからユーロにおけるミラノ、となってくると広い範囲での経済競争が起こります。競い合いながら、産業経済をどう回していくかということが大事で、そこでファッションもいい対象素材になってくる。多分このベルリンもひとつのアイデアとして、ファッションで都市のプライオリティを上げたいということだと思います。

 ベルリンの街は成長段階にあって、沢山の可能性を持った街です。この4~5年、近代建築がどんどん建っています。また、グラフィティや音楽など、彼らなりのユースカルチャーも盛んで、ストリートカジュアル・ファッションを形成する要素が整いつつあります。
 自由な発想で、自由なインフォーメーションで作りたいものを作る環境があります。例えば、セントマーチンで勉強した日本人の青年は、卒業後イタリアで2年間で細々と自分のものづくりをしていましたが、ベルリンの方が自分の発想を具現化できるという現実的な条件から去年の暮れからベルリンに移り住んで可能性をいっぱい感じて活躍し始めています。


●グローバリゼーションとローカリゼーション

 ファッションの見方として、グローバリゼーションとローカリゼーションのバランスというのが、発想面とビジネス面、全てにおいて重要になっています。ベルリンが自分達のローカリゼーションを軸としてフェアをやって、結果的にはグローバルな市場に組み込まれていくというこの関係が、経済の発展発達のモデルだと思います。ファッションとは、都市環境に左右されるものです。それからモードとしての様式即ち、ここではストリートカジュアルファッションがこれらの環境から必然的に誕生するという現実が面白い経済関係になっています。

 ビジネスにおいて、具体的には’92年グッチ以降のグローバリゼーション。GAP、ZARA、H&MなどSPA企業が巨大なメーカーになっていることを見ても明らかです。一方、クリエイティビティの分野では、ローカリゼーションの視点が大事になってきます。自分達のローカリティーをどのような形で作品化、オリジナル化するか。今は「パリから距離」を持った人達がものを作った方が面白いと言えます。ここ10年間でアントワープの人達がパリの仲間入りしたという勘違いをしていることが目につき始めていますが、拡散したところで自分達のアイデンティティを表現することが大切です。日本人も、自分達のローカリゼーションをしっかり持った上でヨーロッパへ進出するのであれば、それは彼らの活路を見出すのに有効な方法かもしれません。

 作る側のグローバリゼーションの好例としては、前回のメンズコレクションは、コム・デギャルソン・オム・プリュスとジュンヤワタナベ、コム・デ・ギャルソンシャツが挙げられます。山岳ウエア、スキーウエア、カーウェイ(雨合羽)など、全天候型のスポーツ、アウトドアものをモードに落とし込んでいます。いかに異業種とリンクして彼らたちの培ってきた技術を共有して、自分達の新しさを持ち得ていくかという方法論を体現しました。


●パリモードの方向性 

 パリのモードの人たちが、その方向性を変えようとしています。

 現在、ラグジュアリーブランドでは、確実に服でイメージを作って、そのイメージの効果で、コスメ、靴、バッグ、貴金属としてのジュエリーと豪華な時計、を売っています。彼らのその全ての広告塔の役割が服です。どこも広告素材としてモードがあり、商材としては前述の雑貨、コスメが中心となっています。ほとんどが服では儲けていないと言い切れるくらいです。

 そこで、パリのプレタポルテをディレクションするサンディカの人達が、クチュールテイストを形に出来る若い人材を前に出していこうとしています。パリがモードのキャピタルとして存続するには、自分達が歴史をもって作り上げてきたオートクチュールの世界を死守していくしかないのです。その為には、新しい感覚を持った、オートクチュール予備軍デザイナーを育てることが必要なのです。パリのファッション業界では、アントワープ的=コンセプチュアルなものよりは、純粋にエレガントなオートクチュールを体現できる人を求めているのが現在です。もっと言えば、ただ昔と同じことをやるのではなく、「クラシックな手法・技術を新しいコンセプトにどう持ち込むか」。新しい手法を新しいコンセプトでやっても、もはや新しくない。例えば、現在の「デジ・カメ」が良い例でしょう。技術の発達によって、誰が撮ってもピンボケがしない。これはある意味でクリエーションではなく、新しくはありません。ファッションの世界での創造は、すでに人間の体の形が変わらない限り、造形的に新しいものはありません。だから、現在のモードにおける新しさとは、「素材感とバランス感」が大切な発想になっているのです。


●ヨーロッパのコンテスト

 フランスの南、コートダジュールで行われる「フェスティバル・ド・イエール」は、今年で20年目。10年目から運営委員をやっている連中が、サンディカのチェアマンやボードメンバーとリンクするようになり、以後、ここがパリのデザイナーの登竜門的なコンテストとなっています。日本人も審査に残るようになってきていますし、最近では大手企業が協賛し始め、200万円単位で賞金を出しています。(LVMH,YSL,ロレアルグループ、123、など) 面白いのは、審査員がジャーナリスト、デザイナー、アタッシュドプレス、バイヤーたちで独立した時に知っていなければならない人たち、職種の連中がイメージングなどを大切にした、プレゼンテーションを中心にしたコミュニケーションをとっての審査。例えば、昨年の11月にはパリのサンディカの連中は、今後進出するべき中国へ向けて、自分達はこれだけの若い優秀なデザイナーを有しているということを北京でプレゼンテーションしていますが、そのほとんどの若手デザイナーは先ほど述べて、クチュールテイストがこなせるこのフェステイバル出身のデザイナーたちでした。

 その他にも、ヨーロッパには、いいコンテストが沢山あります。スイステキスタイルが中心となって主催してい「GWAND」。ここも審査員をやっていますが、ロイヤルアカデミー、スタジオ・ベルソー、アントワープなど、世界のファッション・スクールの代表者が競い合う部門と、スイスの若手デザイナーのコンペティション部門で構成されています。ここでは、昨年では、ラフシモンズ、ソフィア・ココサラキ、ハイダー・アッカーマン、イーリー・キシモトも参加しています。それから、イタリアのトリエスタでは、ディーゼルが主催する「IT'S」があります。このコンテストは世界中のファッション学生を対象としたもので、ここでも、毎年、日本人が何人か入選しています。先月、ここのデッィレクターが東京を訪れ学校を回っています。


●日本デザイナーの海外進出

 パリ、ミラノその他海外でファッションショーをやってみたいという人は増えていますが、まず日本で儲けて、その使い方としては、海外進出もあるだろうと私は思います。誰にも可能性はありますが、それが世界で通用するかという次の問題になります。 日本の留学生がよく勘違いしているのは、向こうの学校へ行ったら現地で就職できると思っていることです。教育機関は外国人を歓迎するかもしれませんが、ビジネスではそうはいきません。外国人に対しては厳しいです。極論すると、日本人一人を雇えばフランス人が一人失業することになります。それでも必要とされる高い能力がないと難しい。

一方、ビジネスだけを考えた展示会参加はまた別の次元です。

 ユーロが高く、ヨーロッパ市場が活発でない中で、世界のファッション市場は、アメリカ、アジア、特に日本となっています。個人の夢で海外に行っても、才能があって目立つ存在となれば、ファッションマフィアに食いつぶされる危惧もあります。夢でなく現実の成功のために行く。だけど現実を知る情報、教育機関もないのが現状の日本です。


●なぜ日本のモードは文化となり得ないか

 そもそも「今の日本の文化とは何か?」と問われても不明です。消費することが文化だと言われていますが、そうではない。可能性があるとすれば、日本のオリジナリティーが感じられるアニメ・ゲーム産業の分野くらいです。今、新しい豊かさのスタンダードを作らないと、日本的な強さは生み出せないでしょう。物質的豊かさを享受した今の若者は「何でもあり」「何でも出来る」である為に、やりたいことにフォーカスが絞りきれず、逆に「何にも出来ない」状態、自由さを放棄した状態が多いと想う。

 まずは、インテレクチュアルな発想があってデザイナーであるべきです。情報と流行、サンプルさえあれば、生産背景がある為に作ることはできます。例えばジャン・コクトーを読んでいなくても、ボードレールを知らなくても、日本ではデザイナーになれる。そして、それなりのものが作れれば、ある程度儲かる。ある程度儲かればメディアを抱きこめてしまうのです。

 それから、センターポールとなるいい人が出ても、ジャーナリズムによって食いつぶされてしまうケースがあります。それらをしつこくガードしてきたからギャルソンは生き残っているのです。日本においては、世界に通用するデザイナーとしては川久保玲の一人勝ちです。

 売れる仕掛けを作るのがデザイナーです。そのツールとしてデザインがあるだけ。今、日本市場を制覇しない限り、資本は稼げません。日本人は国内で売れる仕組みこそ作るべきなのです。その上で、世界に通用するファッションビジネスマンを育てる必要があります。パタンナーは優秀な人が多く、実際世界で通用しています。まずビジネスを強化すべきです。ビジネスが分かれば、文化が必要だということが分かるはずです。

投稿者 : take.Hirakawa | 2005年03月03日 08:25