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2014年9月28日

速報、コムデギャルソンコレクション−1;

 『あらゆる種類の闘争と紛争の終わりは、又創造的芸術の事実上の終わり
(The visual & of creative art) を意味していた。
おびただしい数のアマチュアやプロのパフォーマーが現われたが、一世代に渡って、
文学、音楽、絵画や彫刻の真に傑出したあたらし作品は出現しなかった。
世界は、相変わらず、再び訪れる事等あり得ない、過去の栄光に依存していたのである。』

A.クラーク/「幼年期の終わり」から。
 案外、有名なこのクラーク小説の一文がいやに思い出される。

 「例えば、世界的巨匠と呼ばれる人たちに共通する事は「時代への批判精神』である。
立ち場はいろいろあっても、社会の光と闇を敏感に感じ取っていなければ、
人を感動させるものは作れない。」
 これは飛行機内で僕が読んだ岩波書店が出している「図書』と言う小冊子からの引用である。
筆者は赤川次郎だ。(図書/9月号/岩波書店刊/「失われたプライドを求めて」より:

 もう一方で巴里の友人デザイナーたちの川久保玲の行為についての眼差しは"She is so Bourgeois!"である。

 会場にはもの凄いノイズジーな音が溢れ返り、それと同時に“作品”が歩き始める。
今回の会場となった周辺はチャイニースたちがコピーしまくって作っている
小さな衣料品工場が溢れている界隈の元機械工場跡を探して来た。
今回のショーには必然である舞台環境だ。最近のこのブランドにしては久し振りに”会場と
そのテーマ性”が一致したロケーションだ。
 いつもの様に観客を押し込めてその中でヒエラルキィーを構築した座席へよく訓練された
スタッフたちの多くが、この時ばかりと今期モノの“Made by CdG"を着て、手慣れた誘導を
行なって約30分が過ぎた頃、やっとそのノイジィーな爆音が始まった。
 川久保玲は彼女が創り出した”エモーション”をこの環境と雰囲気とそして音響で”
共有してくれ”と言うのかそれとも、”拒絶をしたいのか”或いは、”呆れ返ってもらいたいのか”
多分、そんな事はかまっていないであろう。ただ、”遣りたいだけ”或いは、
”遣らなければならない”だけであろう。
 今シーズンはこのブランドの”主役”のもう一つ、良く使い捲って儲けもした、
”黒”と”白”のシリーズから、『赤のバリエーション』がコンテンツ。
彼女はこれ迄にも“赤”は沢山作品にした。オリジナル素材を使わなくなった時点からの
コレクションはその大半が”黒、白そして、赤”でエレメントを構成していた事を思い出させる。
 だから、”赤”なのか?或いは何か、訴えたい事、反逆したい事のためには是非、
”赤”だったのか?多分そうであろうが、不明。ここで、プレスに聞くのは野暮だ。
「これが今の彼女の気分なです。」とのプレスの答えが解る。
 次から次へと、淡々とこのノイズのさなかを出て来る彼女の気分を作品とした
服の様なものを着たマヌカンたち。ヘヤーと靴だけがいつも変わる。
が、”作品”の内容とそれぞれのエレメントはこれ迄の4シーズンのバリエーションのように
見受けられるものが多かった。当然、今回のコレクション用にお色直しをしたものもあるし、
新たに思いついての造作であろう数体を見る事も出来た。
 例えば、彼女が大好きであったオムコレクションの襟のディテールが“THINKBIG"で
現われた時には思わず嬉しく、微笑んでしまった。だが、その胸部は見事に切り裂かれている。
いろいろな素材で集められ作品となった”赤の集積”はその素材の違いで
”赤”のバリエーションが輝く。
見事な感覚であるが、やはり、赤は以前の黒や白に比べるとその効果は難しいようだ。
だから、エナメルレザーや合皮のピースが使われてもいる。
それに作品自体の構造をより、3ディメンションを強くしないとその効果が現われにくい事も
計算されている。
 もう一つ、目だった事は今シーズンは“Hanging"と言うアイディアを結構、使ってこれらの
”作品”を創り出している。
 "Wrapping"から”Covering"は“被服が持っている"Protects"と言う機能性への当たり前の手法、
しかし、彼女は以前、自分のコレクションでもやった事のある、"Hanging"を使って
その造型性のバリエーションを増やしている。これを使えば其れ也に、
何でも”付け足す”ことが出来る。と言う事はここには彼女の特徴であった造型に於ける
”潔さ”が無くなり、“作品”を創り出さなければならないと言う想いからの”足し算”手法が
感じられる。
 新たに加えられた作品では作られた“THINK BIG"の服に鋏を入れて切り込みテーブ状にして
その流れを愉しんだり、組み込んでの3D.効果を見せる。
それらは今迄の怨念も入っているのだろうか?と思う迄の大胆さと緻密な迄の野暴さだ。
珍しくこれらに混じって、あのバウハウスで行なったO.シュレンマーが出て来る。
これによって案外、このコレクションの”想像のための発想”或いは,“SOUCE OF THE INSPIRATIONS"の”隙き間”が見えてしまった。
この辺りが”ファッションの可愛さ”とでも言えるのだろう。

  巴里のデザイナーたちの眼差し、"She is a so Bourgeois!"であるが効果を持つ。
行為を行なう事によって堅持されるその彼女のこのモードの街での”立ち居場所”がより、
鮮明になる。従って、『パンクを売り物にしたファッションブルジョワ』である事が
このファッションゲットーの住民たちからウケるのである。
’77年、彼女はPUNK だったのか? 憧れたのか? 傍観していただけなのか?
ライブへ通っていたのか?“ドクターマーチン”を履いていたのか?云々、、、
そんな事はお構い無い。
 では、今の彼女の生活で、何を”プロテクト”しなければならないのか?
日本社会への”反逆心”があるのか? あらゆる種類の”闘争と紛争”へのこゝろの有り様が
あるのだろうか?
 
 人間、『川久保玲』はどのような日常を送っているのだろうか?
殆どの”社員”たちも知らないであろう。
 どの様に、彼女らしさで日常社会へ”コミット”しているのか?
だから故に、これほど迄の”闘争と紛争”心が沸き立つのか?
 それとも彼女自身の”存在”そのものに、”闘争と紛争”し続けたいのか?
これらの『根幹』が全く不明。まるで、何かを隠す或いは、拭い去りたい迄に不明である。
 彼女に取ってのPUNKとは、あらゆる種類の”闘争と紛争”への、
社会へ対してのラジカルな”らしさ”であり、その立ち居場所を保持するための”記号”でしかない。
 
 いつかの、N.Y.で開催された『PUNK FASHION展』へのあのS.メンケス女史の言葉がここでも引っ掛かる。
 「もう、今の時代のPUNKとは総てが,PUNKY,そう、”らしさ”でしか無い一つのコードだ。」

 若者が未だに、“PUNK T-シャツ”を着ているのと同じファッション倫理でしかないのだろうか?
若者たちが憧れるPUNKと、富豪が憧れるPUNKの差異とは?
その背景即ち、”社会”が違うだけで其れはお金さえあれば見えなく出来る時代である。
 ここに僕はこの「レイ-カワクボ』ブランドのビジネス観を見てしまう。
やはり、強かなビジネス戦略である。
 “凄さ”と”がんばり”をありがとうございました。
文責/平川武治:巴里市/28th.Sep.:

投稿者 editor : 03:09 | コメント (0)

2014年9月27日

速報、JUNYA WATANABE,Collection/ バイ、バイ、the 20's Fashions!!—その1

 君はあの、”ポリーマグー、お前は誰だ!”を知ってるかい?

 僕は今朝のJUNYA WATANABEの新作コレクションを愉しく読ませてもらった。
そこで想い出したのが、あの“ポリーマグー、お前は誰だ!”だった。
確か、’68年(?)、W.クラインの第2作目の映画だった事を想い出す。
’60年代を代表する否、この時代には早すぎた映画だった。
その後、この映画は“戦後のモダニズム”の多くのオリジナルになった。
映画は無論の事、グラフィック、アート、流行、アイロニィーそして、モードも。
 時は丁度、この街、巴里ではあの、パコ-ラバンヌが登場した時代だった。
この街で、メタルを使い、プラスティックを使いクチュールモードの世界へ一撃を
強烈に投げつけたフォトグラファー、W.クラインの快心の一作だ。
実は、この名前のバーが未だ、オデオンに存在しているのもこの街らしく面白い。
全く持って、全編が当時の巴里-モードを皮肉った映画。服、モデル、ジャーナリスト
そして、会場や音楽までもがその対称になり、アメリカ人がこの街の文化を多いに
アイロニーとユーモアでクールに讃歌した映画だった。

 冒頭のシーンは僕には『21世紀版ポリィーマグー』だった。
『全て、タギョール!!、もう20世紀のモードを引きづっていても何も、“新しいもの”は
出て来ないよ。』と言わんばかりのメッセージから始まった今シーズンの彼、
JUNYA WATANABEのコレクションは僕はもう歓喜の数十分だった。
 この街の連中は、A.D.J-P-グールドを思い浮かべるであろうが、その彼のオリジンには
この“ポリィーマグー”がある。マレーヴィッチ、S.ドローネさえも出て来る。
実にこゝろと頭が豊かなバランスで次から、次へと素晴らしい教養と感覚のバランス。
これは、実に教養深く、センスがいい1冊の『書物』、ありがとう、淳弥さん!

 どうなるのだ、これからのモードは?
そろそろ、僕が提言して来た『Without Sewing]』と言うコンテンツが
この世界でも見え始めて来たので余計に嬉しい。

 『今の時代、こんなに沢山のものがある時代、何を創作するか?
そこに“エモーション/感情”が感じられそれが共有出来るものであること。』
 これは昨日のUNDERCOVERを見ても想った事。
そして、今朝のJUNYA WATANABEも然り。
しかし、残念な事に、Anrealageには感じられなかった。
「見せてやるぞ!!のコレクションはもういらない。」
文責/平川武治:

投稿者 editor : 20:23 | コメント (0)

2014年9月26日

Anrealageの事をもう一度、確りと書留めておこう。何しろ、初コレクションで、本人も力を入れたコレクションだったのだから。

 その遅れて来た『コムデギャルソン症候群』の独りが一昨日、
憧れの巴里コレクションデビューした。

 ANREALAGEの初ショーは、オーナー社長デザイナーの自己満足を満足させるものだった。
所謂『電気仕掛けのマジックショー』。
昔は人間なるマジシャンがすぐれたデザイナーであった時代があった。
が、今ではこの様な機械仕掛けマジシャンや或いはイメージングの上では
バーチャルマジシャンたちが登場し始めた。
 若いブロガーレベルは喜んだでしょう。内容がそのレベルの驚きをもたらしたのだから。
しかし、こちらのジャーナリストたち(プロ)の連中は、少し、引いていました。
日本の素材メーカーのためのプロパガンダと言う受け取られ方が一つの評価でしょう。
デザイナーとしての服ではその『ネタ元』が読まれてしまったショーでした。
それに、外国人ジャーナリストが少なくブロガーが多かった事も今であろうか?
 ”デスコンストラクション”が何を今、現在へ提言するのか?現在の日本社会なのか?
世界構造なのか?“ズレ”が時代感なのか?ある意味で、”時間概念”をズラす迄を
コンテンツとすればもっと、深みが在っただろう。或いは、ただのトレンドか?
そして、『日光写真』のプロセスを見せてしまったので、
これからの実力とセンスとスキルがどれだけこの街で通じるか?
どれだけ、ユダヤ人たちとの関係性へ即ち、メディアとビジネスへ広がるか?
 しかし、バイヤーたちへの手みやげ『客寄せパンダ』から始めなければならない
立ち居場所を選んだのだから今後は”売れる、売りたい服作り”のお手並み拝見が
彼らたちの本音であろう。ここが、例えば、SACAIとの違いである。
 この程度の自己満足を満足させるには自費でやるレベルである。
この自己満足を継続させる事で次なるステージへ上るためにも、それ位の企業の奥行きが
必要である。そうしないと次からがかなり質が落ちて当然であるからだ。
 しかし、現代日本のモノ作りにおける「何が”ジャポネズムか?”」と言う問いでは、
“素材が面白い”が”モード”レベルではないが、その問いの答の一端にはなっていた。

 過去3シーズン来、このデザイナーが日本素材の新しさを自分のコレクションに利用する
方法を自分のコレクションの手法のメインとしてしまった。
が、この場合のこのデザイナーの手法は利用でしか無く、“利用”はただ、単にその日本素材の
凄さと言う”情報”を見せびらかしただけのテリトリーでしかない。
この“情報”を自分の立ち居場所で”モード”にはクリエーションしていない。
若しくは、未熟である。
 この辺りが巴里と日本の”モードの世界”の現実の視点のレベル違いであろう。
“モード”としてどの様なクオリティあるものが作られるか?
ここがこの街の持っている眼差しであり、その強かさである。
ここに、この街が極めつけとしているのが”エレガント”と言う”格”である。
 翌日、あるショーでUAの栗野氏と同席した際に話題になり交わした際の『同意』であり、
お互いが長い間この街のモードを見て来た経験からの見解であり、この辺りが、
東京ファッションシーンにおける、最近の”ブロガー”たちとのレベルの違いでもある。

 これは先シーズンもそうであり、僕は彼へ進言した事である。
彼のプロパガンダの根幹は先シーズンと同じであり、進化していない。
今の若者が得意がる”こんなの僕知っている”レベル、所謂“情報集め”でしか無いのが
このデザイナーの貧しさである。
 “知っている事”と”考えること”は違う。
又、”知っていること”と”創造する事”は全く世界が違う事である。
 遅れて来た『コムデギャルソン症候群』で川久保玲に憧れ、その道を望むのであれば、
もっと深く、彼女が何を”創造”して来たか?を感じその根幹を学ばなければならない。
彼女は、その彼女の立ち居場所を巴里モードにおける30数年と言う時間を費やしながら
”モードの世界を創造”して来たのである。決して、”情報”だけを見せてはいない。
作られる彼女の作品には既に『品格』が創造された世界である。
残念ながらAnrealageのデザイナーがデザインしたと言う”商品”にはそれが未だ感じられない。
とても薄っぺらい、平面な服でしかない。(これは多くの若手日本人デザイナーの欠陥である。
この理由は自身の手を動かしてプロとして服が作れない連中の仕事であるからだ。)
 故に、僕はこの遅れて来た『コムデギャルソン症候群』のデザイナーの今回の仕事は、
『現代日本素材の素晴らしさと凄さ』をプロパガンダした行為でしか無く、
それ以上でもなく、それ以下でもない。
 彼が持ってしまった”自己満足”を焦って、満足させるものでしか無かった
デビューイベントだった。

 最後に、『これは感心すべき事なのか或いは未だ、こんな考えでファッションデザイナーに
収まっていたいのか?』と言う、そもそもの疑問が拭い払えない。
 『もう古く、しんどい考えではありませんか?』
 『未だ、この様な自己満足を満足させたいのですか、なぜ?』
 『多くの善意ある人たちの、他人の褌をかき集めて、この街で"来歴”を作るために
やって来た、その根幹は何なのですか?』

 彼は好奇心の旺盛さと繊細さを持って、”より、次ぎなる”を求めるであろう。
その時、“May I help you?"と言う彼のこゝろの有り様が”商品”の顔つきになってほしいものだ。
 ご苦労様でした。
文責/平川武治:

投稿者 editor : 08:17 | コメント (0)

2014年9月25日

HAPPENINGと言うハプニングを愉しもう。

ファッションが好きな皆さんへ、
『 閉塞感のみがただ溢れ流れるさまの大東京。
今後は無様な、品格無き閉塞感だけが彷徨い現われるのは“金権格差社会”。
そこで行なわれる”東コレ”とは?ここにも”表”と”裏”の世界。
彷徨っている”二枚舌デザイナーたち”がその閉塞感から抜け出そうと
もがいているようでもがき足らない連中の吹きたまり場。
いつの間にかの生温い”慣習”の中でのマンネリ化。
辞められなくなったファッションで社会にコミットしているのだろうか?
そして、誰が儲けているのだろうか?(そんな事は野暮である)
 そんな組織と彼らたちから遠くは慣れたところで
自分たちの若き情熱に畏敬を持って自らの世界に歓喜している連中がいる。
 そんな”HAPPENING”と言う連中に、皆さん、温かい想いと好奇心を持って
見守ってあげようではないか?
 僕も巴里から想いを馳せています。』

文責/平川武治:


http://your-happening.com
http://camp-fire.jp/projects/view/1257

投稿者 editor : 16:17 | コメント (0)

2014年9月17日

倫理観を考えるとき、企業コムデギャルソンと川久保玲の場合は、

『もう少し、ファッションビジネスの倫理観を企業コムデギャルソンから
考えてみよう。』

 ——「例えば、コムデギャルソンはファッションの世界では凄い(?)けれど、
一体、社会の為に、どれだけの事を、何をして来た企業なのか?」
この友人の素朴な質問に、同じ世界に居た僕は考え込んだ。

 前回書いた企業、コムデギャルソンと川久保玲の活動とは、僕の眼差しは、
『結局は、自分の夢への現実から始まりその後は業と会社存続と利潤追求のためだけの
30数年でしかなかった。
 ここに、この『CdGは凄い!!』という根幹があるようだ。
その為に、どれだけの努力ある”虚言”をイメージングした時間とお金と人を
使って来たのだろうか?
 ”人間”としての川久保玲は何処で生きているのであろうか?
どれだけ、日本と言う国の実社会にコミットして来たのだろうか?
この人の実生活のリアリテはもう既に、オープン出来ない構造の元で生きて来てしまっている。
もっと、『倫理観』ある行為が為されてのこの30数年であれば、
晩年、あれほど迄の作品は作らないであろう。と、僕はあの作品群を見て感じる。
 これほど、”富”に恵まれながら、その富をどの様に社会へコミット為さって来たのだろうか?
在るようで無い”家庭”。或いは、”家庭”を必要として来なかった人生。
ただ、自らがイメージングして来た、”世界のトップ-ファッションデザイナー”として
その立ち居場所を堅持するためにのみのこれ迄の人生だったのだろうか?
その為の”企業”であり、“夫”であり、”社員たち”に君臨し続ける努力とがんばり、
その多くは『倫理観』少なき同業者たちからの見られかただけを意識しての今日迄であろうか?
 この様な生き方自体がもう古くなってしまっているのではないだろうか?
今の若い世代に共鳴する生き方だろうか?』
 友人と語り合った普遍なる時間の経過と、その会話だった。———

 この様な発想が出来る。
日本におけるファッションビジネスの世界に於けるクリエーションとはその大半、
約90%以上のデザイナーブランドものは『パクってナンボ』の世界で登場し、
そこで儲け、そこで立場を作り、恰好付けて着た世界でしかない。
彼らはこの世界を『イメージ』だとか『感覚』だとか『うちのデザイナーが言っているから』の
虚業のコンテンツで生きて来た世界であり実業である。
 だから彼ら同業者たちからすると、コムデギャルソンのその全てが『凄い!!』なのである。
『凄い!』と言う言葉がこの世界の挨拶の様なものである事がこれで解ろう。
そう言っておけばこの世界の住民で解っていると思われるからである。
これは編集者は勿論、ジャーナリストと称する人種も皆同じ釜の烏合の衆でしかない。
これでこの日本のファッションの世界が存在するからである。
これは何も、CdGだけではない。
文化勲章を取った一生にしても、耀司にしても他の有名とされるデザイナーの全てであり
彼らたちが吐く「当たり前の”虚言””虚業”」で持っている世界でしかない。
 だから、あの世界観を創造し続けて来た川久保玲、CdGは『凄い!』となって来る。
 僕の立場で言えば、そのフェイクの仕方がどれだけ上手いのか、センスあるのか、
品があるのか、時代感を感じる、人間性を感じさせる迄のものなのかそして、
教養があるのか売れるのかの視点と眼差しで見ていたに過ぎない。
僕が巴里の友人たちに言った言葉、“The fashions always in fake."はその後、僕への距離感が
変った友人が居た事でも理解出来る。 
 余談ながら、あのアントワープのユダヤ人7人組たちも、
’85年に日本へ大使館経由でのショーをしに来たがそのリアクションは散々足るもので
惨めなものでしかなかった。
その時、彼らが学んだのがこの当時の『カラス族』の流行の現実を見せつけられただけだった。
だから、その後のアントワープ派と呼ばれる連中もこの『業におけるMEIZM』が彼らたちの
クリエーションの根幹にもなった。そして、時代性もその様な時代であった。
 そして、ここからの帰国組も『遅れて来た,業によるMEIZM』でしか無いのが
彼らたちの願う世界の根幹である。ここではもう既に時代は先へ動いてしまって、
もう遅れてしまったこゝろの有り様でしかない。
従って、“育ち”とは恐ろしいものである。幾ら『パクって』儲けても、
それなりのブランドに成ればなるほど、結局は“育ち”へ戻り、又、そこからのスタートと言う
繰り返しでしかない。これがこのレベルのファッションビジネスなのである。

 僕が思うコムデギャルソンにおける『倫理観』を考えるとき、
海外のこのレベルのユダヤ系企業であればどのような事を為してその自分たちが置かれた
立ち居場所へコミットするか?である。
この違いの根幹は日本のファッションビジネスと海外のファッションビジネス界の相違でもある、
『宗教倫理』があるか、無いかのレベルの大いなる相違である。
これは戦後の日本人が失ってしまった若しくは、取り上げられてしまった現実と、
この時期の在日系の人たちの新たな社会環境への適合手段として、手のひらを返した
彼らたちのがんばりにも在った結果によるものでもあろう。
 彼らユダヤ系ファッション企業はやはり、『飴と鞭』を上手にスマートに使い分ける。
その為のお金の使い方が『上手なお金の使い方』になり、即ち、自分たちが関係する世界社会へ
どのようにコミットするか、そのセンスと行動と目的が彼らたち世界での”格付け”にもなる。
歴史を持ったラグジュアリィー系ファッション企業も美術館を持ったり、いろいろな催事イベントへ
チャリティ協賛し、エイズ基金や多種に及ぶ基金救済への参加、学校やファッション研究所、
ファウンデーション設立等への資金援助等々を行なっている。
ここに、世界のファッション産業が『文化』の領域へ入れてもらえる根拠がある。
その内容と成果にはいろいろな意見があるが、この根幹はやはり『宗教倫理』へ繋がった行為でしかない。

 では、年商トータル220億円企業であり、2/3日本企業、1/3はユダヤ企業であるところの、
今では世界企業になったこの企業、(株)コムデギャルソンはどのようなこゝろの有り様とセンスで
社会へコミットして来たのだろうか?ご存知であろう、コムデギャルソンは非上場企業である。
所謂“ファミリィービジネス”系態である。
 三宅一生も山本耀司も嘗て、”御三家”と称されたこれら企業も未だに、非上場企業でしかない。
例えば、広島の青果店の息子がその後の事故による障害が被爆であるとされているにも関わらず、
被爆都市広島に何を為されたのだろうか?自衛隊の音楽隊の制服のデザインは為さったと言うのに。
一方では、倒産当時の自己資産が倒産額と同額であったのに、自分の傲慢と怠慢で会社を潰す迄の行為等々。
これらの同業企業に比べればコムデギャルソンは潔い企業である。
だが、その潔さは結局は”自分を守る”事のために、自我と企業存続とのために潔いだけである。
だから“コムデギャルソンは凄い!!”のだ。
 
 以前、僕はこの様な提言をした。
 海外企業の様に、『ファンデーションコムデギャルソン』なりを設立為さって、
今後の日本のファッション産業のモノ作り、素材開発、人材開発と関係開発および、ライブラリィー等を
機能としたファウンデーションを設立為さっては如何なものでしょうか?と。
 これからファッションの世界に”夢と希望と憧れ”を持っている若い人たちのため、
現役デザイナーやファッション学を学びたい人たちのために役立つ知識の集積としてのライブラリィー等の
機関を設立して下さい。そうすれば、今後の企業コムデギャルソンの存続にも一役も二役も
その利用価値と存在価値はあるはずでしょうと。ここには、彼女が好きな、
“人と違った事、誰かがやらないこと”の日本初が誕生する。
そして当然、今後の日本人が世界のファッション界で大いなる可能性と自信が学べる迄の
”イメージ、テクノロジー&スキル”構造のファッション文化機関になり、世界のファウンデーションになろう。
これが今後の日本のファッション産業には必然である。
彼女が収集して来られた本だけでもそれを一般公開する様なライブラリィーだけでもかまわない。
 この発想は『文化は武器だ』を実感して経験し熟知している人間にのみ限られた選ばれた行為でしかない。
そして、今現在の日本人ファッション関係者でこれが現実化出来るのは川久保玲しか居ないと僕は思っている。
 年商の1割程がオーナーデザイナー社長の年収とすれば、川久保玲はかなりの富豪である。
彼女の日常生活が見えない分、彼女は儲けたお金をどのように使って来られたのだろうか?
下世話なレベルで考えて仕舞うといろいろ膨らんで来る。
多分、”自分を守る”=”自我高揚と企業存続”のためと、最近では世間並みに、”健康と美容”のために
その殆どが使われて来ているのであろう。
 独りの人間が当たり前の生活を、彼女が望む様に”潔く“暮らすためには
そんなに多額の生活費は必要ないであろう。
で在るとすれば、どの様に、今後日本社会へコミットするかを
或いは、しないのかはもうそろそろ考える時であろう。
 多くの『コムデギャルソン症候群』なるファッション人間が誕生した。
彼らたちは未だに『コムデギャルソンは凄い!』病に掛かってしまっている。
彼らたち若者に又、コムデギャルソン、川久保玲の辛苦を苦受させるのは可哀想である。
もう既に、そんな時代は終わっている。
 『コムデギャルソン症候群』の若者たちが彼女の様な世界のデザイナーになりたいと望むならば
やはり、ユダヤ人と組まなければならない事は現実である。彼らたちとの関係性を作る事である。
僕でも彼らたちとの関係性を持つことが出来たからこのような立ち居場所が持てたのである。
彼らたちとどの様な”手持ちのカード”で勝負するかである。才能、教養、センス或いはお金、育ち。
 彼女がユダヤ人と組んだ事によって、その後の彼女の世界は全て変革した。
彼女が創り出すとされている服作りにも、そしてそれを売る構造と目的も即ち、
クリエーションもビジネスもそして、メディア対応も変化してしまった。
で在るならば、今後、お金の使い方にも変化が在るだろう。
今後の、ユダヤ系企業としての次なるランクを目指すためにも。
ここ迄、潔き決断をしなければこの様な世界企業へのオープンドアは難しい現実が
この世界のファッション界である。
文責/平川武治:

投稿者 editor : 22:41 | コメント (0)

2014年9月10日

カルーセルに乗ってしまった以上、語らなければいけないのだろうか?

 “ 語らなければいけないのだろうか?
最近のコムデギャルソン、川久保玲のコレクションを??
――もうすぐ、次のパリコレが来るという前に、やはり語っておかなければならない事。”

 嘗て、ロランバルトは言った。
『神話はかたりの形式であり、内容の物語ではない。
神話の形式には限界があるが、内容には限界がない。
どんな内容であっても、神話的な語り口を持ってすれば、全て、神話になるのであると。
思えば、神話的な語り口というのは貧慾なのもである。』

 このような昨今の“ファッショングローバリズム”が生み出したファッションビジネスの
レアリズムを享受した結果、此処からどれだけ”距離”を持ち、新たなブランド戦略としての
“継続可能なる”立ち居場所を築き始めようとしているのが、敢えて言ってしまうが、
『ブランド-レイ-カワクボ』である。
 ここ数年間、多分過去4シーズンにあろうかブランド、コムデギャルソンのデザイナーで
あった川久保玲はまた新たな野心と大いなる業によって自分の立ち居場所を
先シーズンのコレクションから露にし始めた。その彼女が行ない始めたのは、
前述の”モード-コレクション”の諸根幹を悉く無視した所での
”アート”と呼ばれたいコレクションを巴里モードのランウエーで行ない始めたのだ。

 たいした精神力と度胸である。70歳を既に、超えた彼女に何がそうさせるのであろうか?
ここ迄来るともう、『女の凄さと恐ろしさ』を感じてしまう。多分、その根幹の一つは、
『生涯現役』という創始者が持ってしまう迄のがんばりであろう。
中途半端な事はしたくないという美学であろうか?僕が彼女の全盛時代に感じていた
彼女の素晴らしさの一つ、美意識としての『潔さ』はここには見当たらない。
 想い、感じてしまうこのコレクションからのイメージはやはり、彼女、
「川久保玲が歩んでいた”時間”とはこんなに重かったのだろうか?」であり、
そして、「彼女は『美』に対して何を想い、感じ何を求めていたのだろうか?」

 最近の川久保玲が作っている世界とは、”季節感や機能性など無視。着れなくてよい。”
しかも、”売れなくて良い。”ただ、川久保玲が作り続け、残し続ければ良い世界。
だから、コレクションピースはショーピースしか作らない。
受注を受ければそのショーピースを売ればいい。即ち”作品”を売る事である。
今的な言い方をすれば、『私はもう、アートスベニィールは作らない』と言う
新たな立ち居場所をお披露目したのだ。
 
 ショー会場でお披露目をして、お友達ジャーナリストたちを
ファーストローに座らせて『凄い!!』に極めの解説を付けてもらえば良い。
まるで、あの『裸の王様』の世界がここでも現実化し始めたとも感じた。
受注会ではその『凄い!』が陳列されてブランド企業のアイデンティティが錆び無ければ
良い世界。在庫にならずして、シーズン中に売らなくてもいい、着てもらわなくていいものを
作り続けるエネルギィイとは?何のためののだろう?

 此処では、もうかれこれ10年前に『もう、壱抜けたと、』あれほど迄の創造性と
イメージングで当時のCdGをも窮地へ追い込み震激させ巴里の最先端を行っていた
メゾンドゥ.M.M.と比較すると面白い。
今では本人は僅か、14年間にして生涯生活出来るだけの富を持って
時折、巴里のフリーマーケットで古着を売って愉しんでいる。
一方でこんなに潔く、痛快なカッコいいファッションヒッピーと言う輩がいるというのに、
彼女は今もがんばっている。
否、僕には失礼だが、苦しんでいるとしか言えないモノ作りを行ない始めた。

 『レイ-カワクボ』コレクションはそれなりに”お金”が有って出来るコレクションでしかない。
企業CdGの売り上げが使える。それに彼女には”社員”と言うなの優秀な“手”が有る。
CdGという”金看板”を利用すれば何でも使える。それらを使っての結果としての晩年の
コレクションシーン。これらを自分の意のままに使ってのコレクションは「凄い!」
だけど、「重い」「暗い」「辛い」そして、作品のトーンが「ネガティフ」である。
これらの言葉がショーが終わって巴里の友人たちそれぞれに感想を聞くと出て来る共通する
感想のコメント群である。
 人生も最終コース。彼女自身のこれ迄の生き方が、あんなに好きだった”オシャレ”が
ある男との出会いと、共有出来た”夢”とその為の共同二人三脚作戦その結果、
巴里の「ファッションデザイナー」という旅に出たが故に、
こんなところに迄辿り着いてしまったのだろうか?
 彼女自身が持っていた「潔さ」や「がんばり」や「躾け」「エスプリ」そして、
「軽やかさ」や「コケティッシュ」が煌めいていた時代が有ったはずなのに、
ある時期からは「人と同じ事は否」と言う迄の「特異性」に固執したようなモノ作りへ
変貌し始めた。巴里での自分の立ち居場所を実感し、その世界に固執し始めてからで有ろう。
若しくは、次なる男が違った血の掟を言葉にし、その言葉に酔い深けてしまったのだろうか?

 巴里での展示受注会へ伺うとその中身の思惑が読めるので面白い。
ブランド“CdG”がこのような「レイ-カワクボ」ブランドになってしまってからの”CdG”は
より、このブランドらしさをたっぷり沁み込ませ、”トレンド”をフレームとしたブランドに
なっている。所謂、バイヤーが売りたくなるものをデザインしてこの会場だけでビジネスを
取り仕切っている。これらはショーには殆ど出ない。
バイヤーたちをビジネス的に喜ばせるものでしかない。
ショーを見るだけでお仕事をする有名ジャーナリストと言われている輩たちは、
実際、ブランド“CdG”はどのようなものをデザインして売っているのか知らないで
ショーピースとしての「レイ-カワクボ」だけの事を書く。
ここにも『表と裏』の世界が構築されている。

 このような実際のビジネスの為の“CdG”が素晴らしいブランドとして構造化出来るのは
この企業の生産面の充実した経験からで有る。所謂、「工場さんとの付き合い」から
生まれるもう一つのこの企業の強さである。
ここにはこのブランドの生産ディレクターという役割の揺るぎない存在がある。
それに、この企業の生産背景はその大半が“made in Japan”という強みがここに来て
より、この企業の“モノ作り”の根幹をしっかりと築き継続している凄さである。

 ある時期から、”オリジナル素材”を使わなくなった。
この企業も“原反在庫過多”と言う非常事態に陥った時期が有った。
ここで登場したのが今のビジネスカップルの相手である次なる男の登場であった。
以後、彼のアイディアによって原反在庫と商品在庫を減らすべきに“ゲリラショップ”が登場し、
”CdG.HP”も作風が変った。以後、原反在庫量が落ち着き始めるとそれ以後、
ブランドCdGは「粗利の稼げるデザイン」の為の素材を中心にしたデザインへと変貌した。
その多くが”プラスティック系”の生分解されない合繊繊維が使われる。
 ここ迄来るともう、この企業『コムデギャルソン』は真の世界レベルのラグジュアリー
ブランドメーカーとなった。
 結果、昨年、11月のファッションサイトBOFでエイドリアン氏が語った
“CdG International"の総年商は220億円と発表される迄に至った。
http://www.businessoffashion.com/2013/09/adrian-joffe-rei-kawakubo-tending-the-garden-of-comme-des-garcons.html

**
 ではその「レイ-カワクボ」ブランドのクリエーションとは如何ようのものなのだろうか?
僕のこれ迄のモード経験から、30年程、毎シーズン見せて頂いて来たCdGコレクションからは
やはり、その“conception for the creations”も“image of the creations”もそして、
”source of the inspirations” も違う。それは当然であろう、『モノを作る』と言う根幹に於ける
自らの立ち居場所が変わってしまったのであるから当然である。
 前出した、『季節感や機能性など無視。』『着れなくてよい。』『売れなくて良い。』
ただ、『川久保玲が作り続けられるだけ、残し続ければ良い世界』に固執しての
”モノ作り”であれば良いのである。
と言う事は、彼女の今後の立ち居場所は“企業コムデギャルソン”の今後の即ち、
川久保玲の死後に、どの様に自分の作品が関わり、それがこの企業を今後も
“世界企業、コムデギャルソン”であり続けられ尚、この企業が変らずの発展継続のための
現在の彼女に残された使命とした行為でしかない。言い換えれば、彼女の死後、
この企業は彼女のビジネスパートナーであるエイドリアン氏が総統となる日本発の
”ラグジュアリィーブランド”と言う進路へ向かうしかない。
その為の、企業存続のための”モチベーション作り”としてのコレクションであると
読めてしまう迄の作品作りである。
 
 川久保玲の育ちも日本である以上、彼女のモノ作りの、”source of the inspirations”も
彼女自らが初体験として見たモノであったり、自らが強烈に感動体験したモノからの
インスピレーションが良いコレクションを発表して来た。
所謂、彼女が当事者としての経験からの”source of the inspirations”と、
彼女が傍観者としての経験からの”source of the inspirations”の深度とその振れは
当然だが違っていた。
 過去に於いて、彼女が”当事者”としてインスピレーションを得てのコレクションは
初期では、ポルトへの旅からの『黒』のシリーズやあの「瘤」コレクションや
「sexy」コレクションは印象に残っている。また、素材開発と共に行なって来た
オリジナル素材を使っていた時期のコレクションは素材の面白さ、特意性から素晴らしい
コレクションになったものも多く記憶にある。
僕の場合は ’85年’から88年位迄の数年間が最も印象に残っているコレクションであり、
この時期はこれでもモードか、こんなもの迄がモードかと感じる迄の見事な
『モード-マジシャン』の仕業であった。
 ’88年の秋、M.M.M.がこのファッション-ゲットーに登場して以来、
彼女はM.M.M.の服作りの根幹に煽られ始めた。
結果、力強いコレクションも見られた時期だった。

 後の多くは、彼女のモードに対する誠実さと真剣さと熱心さそして、勤勉さに因る
『人と違ったもの、同じものはやりたくない』と言う自由さと意志の強さに因って
もたらされた”傍観者の眼差し”からの”source of the inspirations”によって構成された
コレクションであろう。そんな中では、多くのカッコ良かったロンドンストリートテイスト、
タータンチェックの使い方と”パンク系”コレクションやC.ネメスを知った直後の
コレクションも美しい強さを感じられるものになり、その印象は強い。
 
 そして、オリジナル素材が使われなくなった以降のコレクションは即ち、結婚以後の
彼女の作品は所謂“大向こう”、お友だちジャーナリストたちを意識し始めた
コレクションとなって行った。ここからは自分の巴里での立ち居場所としての”特異性”、
巴里モードのスポットライトが当たる、ギリギリの際に立ち続けると言う綱渡りを
しかも堂々と始めた。”巴里モード”との距離の確立と位置に心掛け、嘗ての袂を分けたはずの
友人の様に決して、”オートクチュール”へは近づかなかった。
 また多分、この時期とは身内の渡邊淳弥ブランドが立ち上がって彼のコレクションも
全く違った眼差しで巴里の”大向こう”を多いに唸らせ始めた事に気が付き始めてからであろう。
彼のコレクションが良い刺激となり始めたと言う事だ。
 
 そして、時の流れは現在の様に自分のブランドでは売り上げをとらなくても良い状況と
境遇に入ってしまった。依って、そのコレクションは却って、“苦しみ”や”悶え”さえも感じる
結果のコレクションに読めてしまう。
 今のモード界に於ける『凄い!!』とはどれだけのリアリティあるクリエーションなのか
また、それにどのような意味合いがあるのだろうか?
(僕の体験からは、多分無いであろう。業界用語の一つでしかないからだ。)
 
 僕が’97年来ヨーロッパのファッション学校の卒業コレクションに呼んで頂いて
彼ら学生の作品群を数多く見て来た日本人もいないであろうと自負出来る。
アントワープ、ラカンブル、アーネム、ベルリン、ヴィエナ、バーゼルそしてバロセロナ、
トリエスタ、スイスと巴里、イエール。結果、これらの学校やコンテストを10年間程
卒業コレクションヒッピィーをさせて頂いた。僕の様な若い人たちの可能性を感じる事が
嬉しく即、素晴らしいエネルギィイになる様な者にはモード体験として実に愉しかった、
稀有で贅沢な時間の流れであった。(みなさま、ありがとうございました。)
 この時期の学生だった多くの者が今ではそれなりのメゾンのデザイナーをやっていたり、
自らのコレクションを大変ながら継続している。
 なので多くの素晴らしい学生コレクションを覚えている。
この経験が実は、『レイ-カワクボ』コレクションを読み解くすばらしい教養になっていると
自負してもいる。彼女のコレクションから感じられる僕にとっての”負”のイメージは
彼女自らが歩んで来た時間の姿なのか?若しくは、彼女の自心のこゝろの有り様からは
程遠いところで”source of the inspirations”を探している様が感じられるからだ。
 それが学生の自由で青い闊達な世界や勿論、ユーモラスな”プリミティブなアート”からも
”source of the inspirations”を探し彷徨っている。

 老いてゆくと言う事は、若さが無くなる事だと言う、確かに”身体”の機能低下は免れない。
しかし、若さは歳とは関係ない。僕もそんな年頃になったので言えるのだが、
老いてゆくとはそれ迄に無尽蔵の様に在ったはずの”好奇心”が無くなり始める事であろうと
僕自身は理解してしまっている。“好奇心”が無くなり始めるとは、
自心のこゝろの有り様に堆積しているカオスが整理分類され、テンプレート化されて来ると
もう“好奇心”が芽生える”隙き間”がなくなる。
 “時間”とは今しかないものであると言う。
今在ると信じられる”時間”をどの様に消費するか、使うか、それが今と言う”時間”を
生きると言う事であり、その今が在れば、昨日も存在するし、
又、明日をも思い巡らせることが出来る。これは先月読んだ『14歳のための時間論』から
改めて、教えてもらった事の一つである。/『14歳のための時間論』:佐治晴夫著/春秋社刊:
 この本を14歳で読んでいれば、その後の何十年かの人生に大いに役立つ“時間論”の本である。
ですが、現在の僕が読んでもこの本で再び知った”時間”を後、
何年役立てられるか?の違いが在る迄の事です。
 
 今、人間川久保玲はどのような”好奇心”を持っていらっしゃるのだろうか?
残念ながら、見えない。想像がつかない距離も存在してしまった。
 プレスに聞くと、勿論今後の会社の事、社員の事を思いその為に良いコレクションを
続ける事です。と言う王道な答えが返って来るだけであろう。
勿論この“王道”は必要である。
もう一つの顔、社長、川久保玲と言う立ち居場所からの義務であって、”好奇心”ではない。
 
 僕は最後迄、彼女の性格の一端である『人と同じことはしたくない。違った事がしたい。』
と言う、”大いに、自由なる好奇心”を自心のこゝろの有り様として、
今迄の全てに、”努力”と言うラベルが張ってある”時間”が自心のこゝろの有り様の中で
発光する迄の『見た事のない美しい白い光』を探し求める”好奇心”の旅へ、
そんな想像のためのカオスへ彷徨って下さい。
 『ありがとうございました。』合掌:
文責/平川武治:

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2014年9月 7日

そして、話をモードの世界へ

 『思想なきラディカルは名声を得る事で自己防衛へ廻るだけだ。』

 『その美は人間の欲望、奢侈、快楽、快適さを満足させてくれるものとしてのそれであった
と言えた。つまり、現実的欲求の範囲内のものであった。
 それに対し『自由』と結びついた『美』は現実の欲望を超越し、それとは無縁の地平で
求められるべきものであった。』
『芸術崇拝の思想ー政教分離とヨオロッパの新しい神』/松宮秀治著/2008年/白水社刊より。

 前回は、『アートとデザインの根幹の差異とは?』について述べた。
端的に言ってしまえば人間もそうである様にただ、“生まれ育ちが違う”事である。
どれだけ深く、自心のこゝろの有り様と言うカオスに自由に、本能ある美意識を持って
作品制作の為の“A source of the inspiration”を持ち得るか、その深度であり、そこにどれだけの
”倫理観”が介在しているか?でしか無い。結果、”パクる、パクらない”の世界は倫理であり、
大衆資本経済主義における”広告産業”との関係性が大いにこの“育ち”の違いを露にする。
 だから、また、『アートとデザイン』における造型の違いがそれぞれの世界観を面白く
”作品”として表層化しているのも戦後日本の育ちの悪さであり、特質でもあろう。
 
*そして、話をモードの世界へ
 本来、モードのコレクションとは、個別性としての「個性ある好きなデザイナーの作品」
時代の流行感としての「シーズンのトレンド/流行モノのシュルエットと色と素材」
そして、時代の空気感として、「愉しく、気分軽やかにカッコ良く」あと現代では
時代の特化性として「着てみたい素材が気に入った手法で使われている」。
即ち、モードとはいつの時代に於いてもこれら『個別性』+『流行性』+『空気感』+
『特化性』が根幹であり、それぞれのシーズンへ向けての作品世界を発表する。
ここにデザイナーたちが競いあうべき才能が彼らたちの美意識によって昇華され、
調和ある美しさや快適さを感じさせる服に仕立てられているかを問う世界でもある。
 2000年代迄に多様多感であった、ファッションの世界に於ける「作り手の思想概念」は
対象が”人体”と言う限定と、“豊かさ”というリアリテが肥満化し、
イメージがバーチュアルなデューンへ吸い込まれ、『距離の消滅』が完了。
 以来、その造型性の限界が即ち、此処でも20世紀のコンテンツの一つであった
『あり得るべき距離』が消滅した事により「モードの普遍化」を招き、
もう一方では「モードのグローバリズム」によってその資本主義経済の
ポリテカルパワーにこのモードも殆どが飲み込まれ、気が付くと
『ファストファッション』と言う新たな了解の登場。
 そして、少しづつモードは”過去”そのものが新しさを感じさせる“スロー”な時代感に
チューニングされてゆく。
その現実はただの“Variation of the Archives"が広告産業と化し、コマーシャリズムを
喜ばせるだけの世界になった。これが2010年以降のモードの現在点である。
 従って、ある時期まで存在したモードの世界の根幹の一つであった“新しさ”と
そのための”クリアティビティ”、その一つとしての造型性は“豊かさ”と言うリアリティの中で
孵化された情報量の過剰さによって埋没或いは消滅し辛うじて、その新しさのコードは
使われる素材とその質感そして、それらを処理するべき手技法性に残されてしまっているのが
現在のモードのクリアティビティでしかない。
 故に、モードの世界に於ける行為、”デザインする”と言う事はより、”服”であり、
”消費財”であり得る様になる。
即ち、それなりの”豊さ”を所有した大衆にとっての”ファッション”とは、
『服』=『身体』+『機能』+『時代の空気感』+『ブランドの世界観』+
『ブランドが提案する美意識=イメージング』=『豊かさの満足感』であり、
同時代に豊かにみんなで生きていると言う迄の共有イメージングの集合体コードでしかない。

**もう一つの側面であるビジネスは
 このファッションのもう一つの側面であるビジネスは故に、近年のデザイナーブランドと
称するカテゴリィーの世界も再び素材産業企業が情報発信した『トレンド』と言う
フレームがファッションビジネスの”安全パイ”と再度、なり始めている。
昨今の巴里-プレタポルテコレクションに於いても参加デザイナーの90%程が
この”安全パイ”としての「トレンド」のフレーム内でのデザイン活動である。
コレクションデザイナーでは、I.マラン、ACNE等を始めとする日本的に言えば、
大手資本のデザイナーブランドと巴里サンチェ発(フランスのデパート向けアパレルの俗称)の既製服のブランド、
マージュ、サンドロほか”キャラクターブランド”とそれらのコピーものである
”ファストファッション”の世界が売り上げを延ばしているだけだ。
 では、なぜ、シーズントレンドを素材産業界が発信しているのか?
答えは1年先のビジネスの正に、”安全パイ”としてである。
僕たちが未だ、創造性豊かなブランドだと思い込んでいる多くの世界レベルのブランドも
今、売れていると言われているSACAIもこの素材業界が発信した「トレンド」という
安全パイの中でそれぞれが築いて来た”世界観”をこなしているから売れるのである。
よって、メディアも取り上げるのである。
この現実はファッション産業そのものが何らは世紀前と変っていないという事実でしかなく、
この産業界で誰が一番儲けているのか?の根拠ともなっている。
 僕たちは、その表層の華やかなメデイアに煽られたコレクション=ランウエーの表情に
理屈を付けて、一喜一憂するのがファッション評論と信じているが実は、彼らたち
デザイナーを後で支えているのが素材産業であり、素材メーカーと付属部材メーカーが
一番儲けており次に、デザイナーとそのブランド企業が儲けている世界である。
現在でも、縫製工場は発展途上国に多くあって、双方の利幅の調整機構にもなっている。
此処にも”グローバリズム”故の必然的なるポリテカルな構造の根幹が見られる。
 という事は、やはり此処にユダヤ人世界が俯瞰視されるのだ。
どれだけ、”巴里”でイメージ気高く、ラグジュアリィーにプレゼンテーションを行ない、
レッドカーペットを利用し、広告メディア産業とブロガーたちとの駆け引きそして、
どれだけ”巴里”から遠くで生産してその“距離”性によって新たな儲けある世界を
構造化するかが現在のファッションビジネスのレアリズムである。
 ここには既に、彼らユダヤ人世界が構造化した、開発途上国との関係性が
「21世紀版コロニアリズム/新たなる植民地主義」化されているだけでしかない。
実際この構造によって”ファストファッションが新たに、登場出来たのである。
この現実は近刊書、『ファストファッション-クローゼットの中の憂鬱』を熟読すれば
もう一つのファッションの世界を知ることが出来る。
『ファストファッション』/エリザベス-L.クライン著:’14年7月/(株)春秋社刊;
文責/平川武治:

投稿者 editor : 04:22 | コメント (0)

2014年9月 1日

『アーチストとデザイナー、その差異の根幹とは??』その壱、;

『現代世界は反倫理的な構造によって支配、管理されている。
この根幹を世界システム化したのは白人たち。
そんな白人たちに未だ、コンプレックスを埋め込まれてしまっている
従順な多くの日本人若者たちよ。』

 前回の眼差しのデジュメは、 
 『若者たちは”東京オリンピック”までに自分たちのこれからの立ち居場所を、
その学んだ知識とスキルと技術を持って自分の世界観を現実化出来うる可能性を現実社会で
探し、事を為すことが今の時代の一番の面白さである。
 即ち、これから、2020年までが今後の人生において大いなる可能性を直接的に見つけ出せる
タームオブチャンスである。これを意識した生活行為によって仕事も、金儲けも人生までも
決まるであろう。この5年間でどのような自分未来の世界が見つけ出せるか?
 ”カジノ”と言う新たな都市構造が構築される東京がどの様に変貌し、”オリンピック”と言う
国家イベントが今後の東京をそして、日本をどのように変革させるか?
 ここに関われるか、関わらないか、無知であるか?の選択チャンスの時代が現代の面白さ
であると言う視点。
 建築やインテリア、ファッションの世界も同じであり、それらのクロスオーバーな
パラサイト発想が新たな商業形態を生み、東京を変貌させるであろう。』

 *プロローグとして、昨年読んだ本の中の1冊から、 
 「大事なはずの様々なものが遠い存在になって行く。
リアリティという物質的なる豊かさは、その豊かさ故に持つことが出来るイメージの世界
でしかない。遠い存在になって発生するイメージの世界と、
それゆえに自分が関われると感じられるイメージの世界。
こうして自分の生きる世界のイメージ化が進んで行く。」 
 戦後の豊かさによって、
「何が変ったのか?イメージである。なぜなら、人はイメージによって作られた先入観に
従って物事を認識するからである。そうすると、戦後の豊かさという作らされたイメージに
よって与えられたイメージは虚像で在り、その虚像という先入観によって物事を
認識するという図式が僕たちの戦後日本の高度成長後に一般社会化されてしまった。
イメージ/虚像に包まれて物事を認識し、その認識を正しいと感じる事が自由も平等も
手に入った。」/「新-幸福論」から;内山節著/新潮社刊:

**昨今、”自分アーティスト”が急増している。
 巷に溢れる“文化系”輩たちは、「自分デザイナー、自分アーチストそして私フォトグラファー」
云々がより多くなったようだ。
 この傾向の根幹は彼らたちの生まれた世代観即ち、戦後日本版”豊かさ”が
生み付けてしまった「自分が関われると感じるイメージの世界。」の選択の結果であろうか? 
或るいは、逃避でしかないだろう。
 そして、「イメージ/虚像に包まれて物事を認識し、その認識を正しいと感じる事によって
自由も平等も手に入った。」世代のジュニアたちが彼らたちである。
が、ここも、以前から僕が発していた”豊かなる難民”たちの所謂、日本的『族』化でしかない。
あのヤンキーたちでさえも“ユルキャラ化”し、”マイルドヤンキー”なる新たな『族』へ進化した
時代性と同類のアーチストと言う名の『族』化であろう。
 そんな”族”の輩たち、多くのファッション人間や自分アーティストたちは無造作、無節操
そして、無価値に『イメージ』という言葉を使う。
ただ、彼らたちが一同、一辺倒に使っているそれら『イメージ』という言葉の意味は、
真意は?彼らたちはその本意を何処まで理解して使っているのだろうか?
 彼らたちが使う『イメージ』という言葉自体も彼らそれぞれのレベルでのイメージであり、
それらをイメージ的に使っているのが現実だろう。ここには“イメージのコピーによる
上塗りがイメージ?”という彼らたちの軽い空気感なのであろうか?
その根幹は『虚像しか知らない虚像者による虚像のための虚像』と言うイメージであろう。
従って、この言葉の本意を知らずとも、個々によって意味様々に使われている可能性が高い。
 これも”豊かさ”が蔓延した結果の現代日本社会のリアリテのワンシーンであり、
その様な多くの“自分アーチスト”たちの立ち居場所は彼ら自身が“創造者/作り手”と感じ、
”自信と自心”無きユルイ、イメージの“族”の世界なのであろう。

 ちなみに辞書で『イメージ』を引くと、以下の様に出て来る。
 image(名)
① 心の中に思い浮かべる姿や情景。心象。形象。イマージュ。「美しい―を描く」
「インドは暑い国という―がある」
② 心の中に思い描くこと。「―していたものと実際は全く違った」
③ 〘心〙 目の前にない対象を直観的具体的に思い描いた像。「視覚的―」
松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』より:

***で、”アーチスト”と”デザイナー”の違いとは?
 この双方の”根幹の違い”を現在の日本の教育機関は正直に教えてい無いだろう。
従って、彼らたちは大いに自分勝手に自由と言う名で勘違いを愉しむ。
そこで、それぞれが”自由”という合い言葉と”平等”という彼らたちレベルでの自己肯定に
於いて、浅薄かな表層に戯れ、「自分が関われると感じるイメージの世界。」へ
観光客よろしく彷徨い始めた豊かなる難民たちの自称、自分アーチストたち。
 此の様な日本のファッションの世界の人たちも自薦他薦によって“アーチスト”になりたい
輩が急増して来た。これも“表層平和”のユルキャラの一つであり、
直接的には、最近の川久保玲の仕事の影響であろうか?或いは、モードのリアリティを
リスクとコストを張って経験-体験していない嘗ての、インドを知らない仏教気触れたちの
“オーム真理教団”的自薦教養人の”ファッション-論評ゴッコ”の悪影響であろうか?
 最近の東京ファッションにおける彼らたちの行為に僕は嘗ての あの“教団”の矛盾を
感じてしまう。ファッションを言葉だけで論じている傾向は実際、着る服と向かい合わず
頭だけで論じているセンスの悪い輩たちの自己満足的なる行動の原型と見てしまった。
 彼らたちが『ファッション学』と言う新たなジャンルを構造化する、リスクがはれる
『族』であれば、その役割が見えてくるであろう。
この分野は従来の日本文化に於いて遅れていた分野でもある。『被服学』や『衣装学』そして
『服飾史』が女子大系で教え込まれていた『服飾学』の進化であろう。
だから、日本におけるファッションを文化の領域へ広げられる迄の新たな
『ファッション学』が構築されれば彼らたちの学んだ知識と活動が役立ち初めて”教養”となり、
その社会的な役割も存在するだろう。

 では、アートティストとデザイナーの違いとは何なのだろうか?
互いにモノを作り出すことを立ち居場所とする彼らたちの相違は?
 その結論は、 それぞれの立ち居場所による“A source of the inspiration”の差異と位相である。
“アーチストと”デザイナー”の立ち居場所の違いとはそして、その作品の違いとは
何なのだろうか?
この発端は後述する、最近の”川久保玲の仕事”に誰も辛辣な直言をしていない事にも
由来するだろう。
 その根幹は当然であるが、それぞれの立ち居場所で何らかの”モノを作る”という行為を
仕事としている職業人である。では、彼らの“モノを作る”為の閃きや発端は同じなのであろうか?
そう、
「両者の“A source of the inspiration”が何処に由来し、所在した作品であるか?」
というところに尽きるのではないだろうか? 
 ”アート/芸術”と言われる世界で活動して、優れた作品を残した人たちの創作の発端、
彼らたちの作品の“A source of the inspiration”は“自心のこゝろの有り様”そのものからである。
“自心のこゝろの有り様”と言うカオス/混沌からのイメージやゆらぎ。
即ち、自分自身の日常性とそこから築いた”世界観”から、その為の教養と経験と美意識や
問題意識と関係性を自分らしく調和させ、醸造醗酵させた結果の創造世界である。
そして、彼らたちはこれが肉体の欲求と同調/シンクロした時に緊張感あるエネルギィイが
生ま得れる世界でそれなりのリスクを張って生き、創造している人たちである。
 では、デザインの世界を立ち居場所にしてモノをデザインしている彼らたちの根幹、
“A source of the inspiration”は所詮、何処かで見た事やモノ、または見慣れたモノ、
誰かがやっていた事などからの発端や閃きでしかない。
何処かで、何かで見た、聞いた、知っているというレベルの、最近では溢れれんばかりの
“情報の世界”からの”イメージ”も含めた“A source of the inspiration”が彼らたちの根幹である。
このデザインの世界では却って、この発端レベルが次にはビジネス的に”ウケル”という
表舞台が待っている。従って、その“A source of the inspiration”を見てしまった、
知っている人たちからは“パクった”と言われる迄の、何処かに “ネタ”がある世界が所詮,
デザインの世界の根幹なのである。従って、”パックっても”その結果がお金に成る世界や
メディア化される世界が待っているから彼らたちはそこを”下心”としていつか、何処かで
もしくは、誰かがやった事を自分たちの”A source of the inspiration”として”ネタ”を選択し
アレンジする事をイメージングしている世界の人たちである。

 例えば、人は誰でも旅をする。時たま、自らが体験や体感する事によって
自心のリアリテの領域を広げる旅もある。その結果としての”こゝろの有り様”の衝撃や
動揺やパッションが創作への発端になる。これを”精神世界或いは肉体世界への旅”と言う。
 他方、鎌倉に住んで街中へ出ると”観光客”の人ゴミである。
他人や情報が美しい、美味しいと宣伝された“ネタ”を拠り所に、名所と言う場所、
土産物というモノそして、ご当地グルメと言う食べ物に群がる。そして、写メをとる。
彼らたちを”旅人”とは言わない、ただの“観光客”である。
 この違いである。極論を言えば、アートを立ち居場所にする人とデザインを立ち居場所に
する人の根幹の違いがこの”旅人”と”観光客”の違いであると考えられる。
 もう一つ、金銭的に裕福な人たちの旅の仕方というものもある。
金が有るから為せる旅というものである。このような時代になれば金さえ有れば宇宙へも
行けるから何処へでも行ける。最近の川久保玲のコレクションを見ていると感じるのが
”金が有るから為せる旅”でしかなく、その金を使った”旅”は、”金看板”を今後もどのように
持続継続させるか。の為のこのブランド特有の現実肯定と定義の為の変らぬビジネス中心の
自己防衛的なる処方でしかない。
 
 ここも『表と裏』の娑婆世界。
 ファッションの世界の輩たちや広告代理店と絡んで仕事をして来た輩たちの『作品=モノ』
にはやはり、その根幹に深みが無く、軽薄さと表層が身上だけにモノの根幹やリアリテを
熟知している者にはそれぞれの”ネタ割れ”が当たり前である。
 ここでの、その手法の殆どは所謂、“小保方さん”方式でしかない。
(蛇足であるが、物理化学の、”仮説—実証実験—結果”と言う世界で彼女がこの方式を
用いた事自体が問題であり、そこから本当の結果が生まれ得るのか?が世間で騒がれ、
問題視されたのだろう。建築界にこの手法を堂々と持ち込んだのが安藤忠雄の存在だった。)
文責/平川武治:

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