2010年08月22日

『三伏の候、お見舞いを申し上げます。ご興味を持たれた方はこのサイトをご参照ください。』


投稿者 : editor | 2010年08月22日 14:06 | comment and transrate this entry (0)

2010年08月20日

「生まれて半歳の平川武治が体験した終戦日とは、 その時の祖母は、母は?」

 今日,8月15日になるといつもこの事を憶い、考えてしまうのです。
ここが、平川武治即ち僕が、自分の存在を認められるのか認められないのかのカオス。

 今年の残暑の異常ですね、お見舞い申し上げます。

 ———へんな天候、へんな行為、へんな存在、へんな社会、へんなこゝろ使い、へんなヒューマニズム、へんなお洒落、へんな男、へんな女そして、へんな人間たちに気が付く事が日常的になってしまった最近の僕の周辺と環境。
 日本人本来の美しさへのこゝろの在り方や想い方やその優美さの根源は何処ヘ忘れてしまったのだろうか?———

 これは僕がここ、25年間の持ち得た生活環境が日本と外国とを約2ヶ月毎に行き来しているという中途半端な現実も手伝って見える僕の極めて個人的なる眼差しでしょう。
しかし、この僕の視点で,自分のボキャブラリーとして表現すると、帰って来る毎に同意される人たちが増えています。

 これが今の僕たちの住んでる國の、へんな時代ですね。
みんな、”へんな”で括れてしまえる”へんな日本”の現実です。

 ”なぜ、へんなのか?”を考える前に、
「”へん”とはなにか?」って考えたり、思ったりした事がありますか?

『へん-偏』とは 偏っている事ですね。
ちょうわ、『調和』『バランス』が成されていないこと、
考えられていないこと、取れていないこと、無いことに尽きます。
そして、何のための、何との、『調和』かも考えられていないからでしょう。

『不自然さのさま』の事ですね。
そう、「自然」でない事なのです。

 ここに、日本民族の”こゝろの在り方と置きどころ”が在ります。

僕たち、日本人は知らぬ間に、いつも、何かあれば理由無く、
それこそ、自然な思いつきと行為によって、
『自然』を中心軸としたバランスの取り方をし続けて来た民族なのです。

 日本民族のこゝろのバランサーは『自然』なのです。
近くの池や川、海や山、雑木林、拾い上げる小石、道端の花、虫、鳥、
土そして、日と月。
生とし生きるものが自然。
天の、天地の恵みを享けて初めて育まれたものが『自然。』
その”自然の恵み”によって生かされて来た僕たちとご先祖さまたち。

 この『自然』が変化した事、変化させられてしまった事によって、
僕たちの『こゝろのバランサー』が”へん”になってしまったのです。

 戦後の、この65年間での現実的な価値は
『金』と『モノ』でしたね。
自然を愛おしむこゝろや他者を想い敬い合う
こゝろの在り方では無かった事は確かでしょう。

 『貧しかったからでした。』が出発点だったからです。

だから、このような『自然』そのものが変化し、
僕たちのこゝろのバランサーを歪にしてしまった
『へんな』國になってしまったのです。

[たとえば、考えられる今様図式/
『金』+『モノ』+『驕り』=LUXURY=VANITY=KITSCH=『へんな』
これは全くのファッションの世界ですね。それが、いつの間にか、??????]

 戦後も65年が経てば、
一つは、勤勉で真面目な僕たちはがんばって、
少しは、豊かさを味わい始めました。

もう一つは、
戦後に敗戦國だからという理由だけで押し付けられた
アメリカ合衆国という国家の”エゴ”が
そして、後ろでこの国家を動かしている集団が
又、その小間使いをさせられ,
番犬宜しく飼いならされてしまっている一部の日本人たちの、
彼らたちの「本心」が
どのようなレベルの
どんな目的の
誰たちの為の、
”エゴ”だったのかが解り始めて来ましたね。

解らない人は成熟してください。)
 
そんな、彼らたちの”エゴ”が唯一的、正論的に、
今後も続けば、
どのような環境になるか、どのような地球になってしまうのかも
そして、『自然』がどのように”へん”になるかも、
もう、僕たち自心で想像がつくようになりました。

これも戦後65年の彼らたちの”エゴ”のお陰でしょう。
学ばせて頂きました。
ありがとうございました。

 
 だから、もう『アメリカ印の日本』を卒業して
『日本印の日本』を再生し始める時期に来てしまったのです。

もう、アメリカの表層事をいっぱい喋る事が恥ずかしい時代になりましたね。
それよりも僕たちが僕たちの国を想うこゝろを伝えあう事の方が
気概を感じる迄の時代が始まります。
そういう時代を迎えませんか?
  
 みなさんも『へんな』ことに、
いっぱいの『へんな』事に気が付き始めたのですから。

 『気が付けば、知ってしまえば、それに対して何が出来るか?
何をしなければならないか?』

”成熟する”という事は
この行為の為に学び、努力を持って
自心で誠意ある行為をする事ですね。

これ以上、
”へんな”ことが当たり前にならない前に
『へんな國』にならないうちに!
気概ある真こゝろを携えて
自心の成熟を。

ありがとう。
平成二十二年八月十五日/65回目の終戦記念日に。
ひらかわたけはる:
(この続きが在ります。ご興味の在る方は、サイト内をお探しください。)

投稿者 : editor | 2010年08月20日 17:32 | comment and transrate this entry (0)

2010年07月02日

お知らせー2/日仏シンポジウム:より良い共生が可能な社会を目指して、

もう一つ、このようなシンポジュームがあります。
日仏会館7月スケジュールより:
(http://www.mfj.gr.jp/agenda/2010/07/index_ja.php

[ 日仏シンポジウム ]
(同時通訳付き)
日時: 2010年07月10日(土) 9:00 - 17:30
場所: 1階ホール
シンポジウム開催案内[PDF]
プログラム[PDF]
発表者略歴・発表要旨[PDF]
7月スケジュールより:
(http://www.mfj.gr.jp/agenda/2010/07/index_ja.php

開会の言葉:
マルク・アンベール(日仏会館 UMIFRE 19 CNRS-MAEE)
発表者:
アラン・カイエ(パリ第10大学,Mauss,Pekea)
フロリアン・クルマス(ドイツ日本研究所)
ギルダ・ファレル(欧州評議会)
井上泰夫(名古屋市立大学)
勝俣 誠(明治学院大学)
草郷孝好(関西大学)
セルジュ・ラトゥーシュ(パリ第11大学名誉教授,Mauss,Pekea,Entropia)
丸山真人(東京大学)
中野佳裕(立命館大学)
西川 潤(早稲田大学)
ミシェル・ルノー(レンヌ大学)
サミュエル・ティリオン(欧州評議会)
パトリック・ヴィヴレ

主催:日仏会館
後援:フランス国立科学研究センター、欧州評議会、作品社、PEKEA、立命館大学
* 参加者限定の研究セミナー等を除き, 特に記載のない限り, 日仏会館フランス事務所主催の催しはすべて一般公開・入場無料です. ただし, 席数の都合でご入場いただけない場合もありますので, 予めご了承ください.参加申込はメールで(contact[の後に@mfj.gr.jp] まで)どうぞ.

日仏シンポジウム:より良い共生が可能な社会を目指して
[ 日仏シンポジウム ]

(同時通訳付き)
日時: 2010年07月11日(日) 9:00 - 18:00
場所: 1階ホール
シンポジウム開催案内[PDF]
プログラム[PDF]
発表者略歴・発表要旨[PDF]

発表者:
アラン・カイエ(パリ第10大学,Mauss,Pekea)
フロリアン・クルマス(ドイツ日本研究所)
ギルダ・ファレル(欧州評議会)
井上泰夫(名古屋市立大学)
勝俣 誠(明治学院大学)
草郷孝好(関西大学)
セルジュ・ラトゥーシュ(パリ第11大学名誉教授,Mauss,Pekea,Entropia)
丸山真人(東京大学)
中野佳裕(立命館大学)
西川 潤(早稲田大学)
ミシェル・ルノー(レンヌ大学)
サミュエル・ティリオン(欧州評議会)
パトリック・ヴィヴレ

主催:日仏会館
後援:フランス国立科学研究センター、欧州評議会、作品社、PEKEA、立命館大学
* 参加者限定の研究セミナー等を除き, 特に記載のない限り, 日仏会館フランス事務所主催の催しはすべて一般公開・入場無料です. ただし, 席数の都合でご入場いただけない場合もありますので, 予めご了承ください.参加申込はメールで(contact[の後に@mfj.gr.jp] まで)どうぞ.

投稿者 : editor | 2010年07月02日 20:16 | comment and transrate this entry (0)

2010年06月30日

decroissance(脱成長、縮退)理論の提唱者、セルジュ・ラトゥーシュ氏『穏やかな脱成長のための概論』/来日公演会があります。

 お元気でいらっしゃいますか?

僕は今、盛夏の真っただ中の巴里。
このような講演会があります。
でも、僕は今回は残念乍らいけません。
そこで、皆様へお知らせをいたします。
僕が提唱している『共棲資本主義』にも関係しているこの動きにご興味あるお方は是非、どうぞ!!
そして、『分かち合いのデザイン』がより、深く確実に想像されてくればうれしい次第ですね。

フランスの『ル・モンド・ディプロマティーク』日本語・電子版よりの転載です。
       http://www.diplo.jp/

 このサイトはジャーナリズムの本質を垣間見たい方にはおすすめサイトです。
どうしてなのでしょうか、このようなジャーナリズムが日本には育ちませんね。
『欲望消費』の世界のみでのジャーナリズムはいっぱいあり過ぎるのですが。
理性と気概を喚起させるまでのものが残念乍ら見当たらない。

-------------------------------- お知らせ ---------------------------------

・日本語版でも何度か御紹介した decroissance(脱成長、縮退)理論の提唱者、
 セルジュ・ラトゥーシュ氏が来日します。東京日仏会館にて公開の講演会とシン
 ポジウムがあります(http://www.mfj.gr.jp/agenda/2010/07/index_ja.php)。
 ほかにも講演会等が行われる模様ですが、詳細スケジュールや公開の是非等は、
 近日刊行の邦訳書の版元である作品社、または東京日仏会館にお問い合わせいた
 だければと存じます。

 関連記事:http://www.diplo.jp/articles09/0908-4.html
      http://www.diplo.jp/articles04/0411-4.html

投稿者 : editor | 2010年06月30日 22:47 | comment and transrate this entry (0)

2010年03月31日

4月3日に此の様な会へ出させて頂きます。

 お元気ですか?
この週末には桜が賑わう頃でしょう,
鎌倉はもう,夜桜が心地よく。
そのような土曜日の夕刻から清澄白河でトークイベントをやらせて頂きます。
出来れば,『東コレ』についてお話が出来ればと考えております。

ご興味のある方,お時間の許せる方,いらっしゃいませんか?
詳細は,
http://snac.in/?p=127

ひらかわ:

投稿者 : editor | 2010年03月31日 01:36 | comment and transrate this entry (0)

2010年03月26日

此の様な会をいたします。

春も足踏み。
皆さん、お元気ですか?
大変な,東コレも一段落の27日に此の様な会をいたします。
ご興味あればご参加を!!
http://cet-trip.com/2010/03/co-net-5.html

 今回、東コレを見せて頂いたので久しぶりに書きたくなりました。
重ねて,よろしく。

投稿者 : editor | 2010年03月26日 12:24 | comment and transrate this entry (0)

2010年02月20日

DISCIPLINE会の皆様へ,『アート天国 「虎の巻」2010 Art Tengoku - Enter the Tiger』参加のお知らせ。 

   「 山茶花は うもれ枯葉に 紅朽ちし 」

 こんにちは、お元気で、機嫌良くお励みのことでいらっしゃいますか? 
ここ2年程,余り変化ある活動を行って来なかったのですが,
今年は僕がモードの為に巴里へ通うようになり25年が経ちます。
こんな年なのでもう少し積極的にそして,
好きなモードに新たな好奇心をいっぱい持って関わって行こうと考えていた矢先に,
此の様な機会を友人の皆さんが与えてくださいました。
 
 ファッションの人たちもそれぞれ与えられ、持っている折角の自由さを
或る種の自己肯定の為になのでしょうか,
狭いフレームの中に閉じ籠ってしまっているように感じてしまうのです。
 そんな今の眼差しを持ってジャンルの違う人たちとの
コミュニケーションに僕自身も新鮮な期待です。
 
 お時間があれば是非,ご参加くだされば楽しいです。

ご自愛とお励みを、平川武治。
平成22年2月17日: 

アート天国 「虎の巻」2010 Art Tengoku - Enter the Tiger

僕のお座敷は,
2月26日(金) Feb. 26 (Fri)
20:00 -
トークショー: アートとファッション 「ファッション的視点からのアート」
ホスト: 小林隆臣 (服飾デザイナー)
ゲスト: 平川武治 (モードクリニシュエ)
ゲスト: ヴィヴィアン佐藤
ゲスト: 三嶋章義 (アーティスト/デザイナー)

此のアートイベントの詳細は下記のブログにて,
http://arttengoku.exblog.jp

投稿者 : editor | 2010年02月20日 00:06 | comment and transrate this entry (0)

2010年01月14日

或る友への新年の手紙−1;

 こんにちは,

 昨年もご無沙汰をして余り,君への手紙を交わさなくてすみませんでした。
 お変わりありませんか?

 いっぱい会いたく,幾度も想い何処にいらっしゃるのかと,そんな時のあなたからのメールはとても励ましと安心と懐かしさそのものでした。遅れましたが,改めてお礼を申します、ありがとう。

『穏やかで,爽やかな新年の始まりをお迎えになられたことでしょう。
 今年も宜しくご鞭撻ください。良き関係性を出来るだけ永く!!』

 少し,昨年、僕がどのようなことを考えて行動していたかをお話ししましょう。

 『昨年11月も始まった頃急遽、マリ共和国へ、;
 巴里の後、11月初めから急遽,西アフリカのマリ共和国へ出掛けておりました。この街の首都,BAMAKOというところで、アフリカ人写真家たちの為の写真ビエンナーレの7回目が開催される事を知ってこれを発端に急遽、出掛けたのです。
僕の好きな写真家,Malik Sidibe(マリック-シュリベ)と言うもう、75歳の彼がオーガナイズしている此のビエンナーレは僕には何かもの足りぬものへの『好奇心』を求めに行きたくなったのです。良き『好奇心』さえ持ち続ければ,自らの内に良いエネルギィーが与えられ、持ち得ることが出来るとまた,好奇心さえ持ち続けられれば歳を取らないであろうという持論の実行でもありました。
 
 こゝろの発端は,モードの世界の身勝手な生温さとその,虚飾さにそろそろ我慢が出来なくなって来た事も在ります。好きなモードにしがみついてばかりが本心、しんどくなってしまった事も一つの原因でしょうか?
 
 そこで初めての西アフリカへ、数週間『こゝろヒッピィーな』人生最後の旅へ、バックパックを背負い込んでの此の歳になって体験するべく旅に出掛けました。
自分が取る行為と行動にはいつも『リスクとコスト』が、これが僕のもう一つの人生訓。また何れ,彼らたちもいつの間にか消費社会の一員になるであろうとの明るい気持ちも手伝ってでしたが,いや,大変な旅でした。
残された今後の時間に、とっても良い経験と出会いの旅となり,ピュアーでシンプルなエネルギィーを貰って帰って来ました。

 いつも、旅は自分が予測出来ない事の不連続。
これが旅ですから楽しいのでしょう。
その時にどのようにその時間と経験を受け止められるかでしょうね。
それが現実というもの。
僕のマリもそんな連続でした。
此の歳で、いい意味に、またカルチュア—ショックでした。
 たいへんな国です。
学ぶ事が、新たなこゝろで学ぶ事がいっぱいありました。
その一番は『働くということ』でした。
彼らたちの『貧しさ』を知ったこと。
彼らたちの『生きる事への執念』を感じたこと。
彼らたちの『人間としてのチャーミングさ』を覚えたこと。
それらを知ってしまったらそれに対して、何をしたらいいのか?
どの様なこゝろと態度で向かい合ったらいいのか?
もっと、残された時間をいっぱいに、一生懸命に、働く!!という想いが深く。

 写真展へは少し参加させて頂き、此のビエンナーレがとても力強い,何か自分たちの眼差しで何が出来るのか?という、こゝろのエモーションとラジカルな視線の参加写真群は僕に新たな刺激をいっぱいくれた機会でした。http://www.fotoafrica.org/
丁度,帰国して判ったのですが,昨年末はアントワープの友人の写真ギャラリーではM.シュリベとセイジュ-ケイタの展覧会がそして,恵比寿の写真美術館では『AFRICA』展が開催されていましたね。(また、”週刊東洋経済”誌の今年の新年号ではビジネス面から『アフリカの衝撃』が特集としてくまれています。)また,此の国には『藍染め』と『泥染め』の技術の良いのが残っていて未だに、此の国の伝統産業として継続されているそのような現場も見せて頂く事も出来ました。

 今回の、乗り合いバスを乗り継いでの旅では、もう少しで『死』と出会うはめになった事もあってマリの旅は以前、行った東アフリカの旅とは全く印象の違う現実に訴える人生、本当に最後の『こゝろヒッピィー』な旅を経験させて頂き帰って来ました。
 そして、出来れば人生の最後は『羊飼い』になりたくなって帰って来ました。


 『 やはり,モードの世界は”A fashion is always in fake. ”(A fake means image or ?) ;
 30年以上も昔に、僕が好きだったこのモードの世界へ入る前に僕なりに思っていた此の言葉は案外と当たっていたようです。多分、此の『フェイクのネタ』が実社会のリアリテの豊かさに依ってバレはじめ,本来の魅力が変質し,喪われ始めたのでしょうか? これが’70年代以降から生まれた『POP社会』即ち『大衆消費社会』の泡沫化現象の一つでもあるのでしょう。(MICRO-POPの彼方に。”After the Reality"の次なるを想像すること。 )
 
 だから余計に新たな『リアリテ』に好奇心と自由を!!
 そして、与えられた生としての時間を先ず、感謝して次なるは、僕なりの『リアリテ』に一生懸命、『リスクとコスト』を張ってゆきたいのかも解りませんね。   

今年,2010年はいろいろ、『頭を開いて、質のいい好奇心』とその流れの時間に委ねて下さい。勇気と責任感を持って!その根拠性は『人間としてのがんばり』とそこから生まれる『優しさ』です。
 
 『豊かさのイメージ』を追う事に疲れた只の,難民にならないでください。迷わないでください。

 君が学んだ事,贅沢に経験されて来たことを持って、持ち得たそれぞれのすばらしい『関係性』を大切な因りどころとして、気概と真こゝろを忘れず、社会へ君しか出来ない立場を創り、大いに、世の為に役立ててください。今年も!!

 『人間の乗った回転木馬は多くの変化に会った。インドや東洋の国々が数千年の努力を費やしてやっと,脱ぎ捨てた迷妄は西洋が同様の苦心を払って,維持し強化して来た迷妄と同じである。』 H.ヘッセ/荒野のオオカミ:
 
 どうも、ありがとう
変わらぬ関係性と共に呉々も、ご自愛とお励みを。
ひらかわたけはる/平成弐拾弐年正月吉日:

投稿者 : editor | 2010年01月14日 23:40 | comment and transrate this entry (0)

2009年10月12日

『La Fashion Week en ligne 』ファッションサイト紹介。

巴里のフリーペーパー、[A NOUS]がコレクション時期に特集したファッションサイト集。
ご参考に!!
『La Fashion Week en ligne 』

http://www.modemonline.com/
http://fashionweek.elle.fr/
http://www.lexpress.fr/styles/mode/
http://blogs.lexpress.fr/cafe-mode/
http://www.style.com/
http://themoment.blogs.nytimes.com/
http://themoment.blogs.nytimes.com/author/greg-kessler/

http://tavi-thenewgirlintown.blogspot.com/
出典;A NOUS.05/10/09より:

他に僕が引かかったもの、
http://www.thecorner.com/
http://www.cut-magazine.com/
文責;平川武治

投稿者 : editor | 2009年10月12日 06:40 | comment and transrate this entry (0)

2009年09月18日

何に「感謝」をすればいいのだろうか? 誰かに『ありがとう!!』って、言いたくなるときがありませんか?

こんにちは、
又、新しい季節が訪れてくれましたね、

お元気でいらっしゃいますか?

『 ―――「本質」を想い知ること。
その「根拠性」を手探りする。
そして、「関係性」と出会う。
必要である、大切な関係性であればその関係をどのように「継続」してゆくか?
その時、真こころの存在は、「本質」のカオスとエモーション。

唯、「表層」のみの漂いは自我の呻き。

あの街には「表層」の呻きだけが。
従って、多くがのっぺらぼう。
無表情、
厚化粧が増える。

自らの国を想う真こころ。
自分の国を愛する想い。
自然に守られて今がある僕たち。
四季の変化に育まれた心。
自然を見つめてください。
自然を想う真こころと
その現われのみに明日こころが。

1パーセントでいいですから
あなたの「エゴ」をセーブしてください。

モノを作りたい人。
買い物をしたい人、美食をしたい人も。

自然が元気になります。
地球が楽になります。

「生かされている」ことに「感謝」してください。
総ての「根拠性」はここからが出発です。
「本質」はここにあります。


ありがとうございました。 』

 こぼれ陽に秋の落ち着きがそのにほいと共に加わりはじめる鎌倉裏八幡にて、                         
ひらかわたけはる:

投稿者 : editor | 2009年09月18日 13:37 | comment and transrate this entry (0)

2009年08月06日

私たちも、黙祷を捧げましょう。ー 季節のご挨拶に代えて、

『 なぜ、こんなことをされても日本はアメリカの言いなりなのだ! 』

エルネスト・チェ・ゲバラ/広島原爆記念館見学の言葉。

みなさま、
今日は64年前、世界で始めて
広島に原子爆弾が投下された、『広島、原爆記念日』です。
私たちも、黙祷を捧げましょう。

無残に、犠牲者になられた人たちのご冥福と共に、

忘れないために。
繰り返さないために。

私たちの国を想うためにも。
世界を考えるためにも。
私たちも、黙祷を捧げましょう。


『 なぜ、こんなことをされても日本はアメリカの言いなりなのだ! 』

そして、もう『アメリカ印の日本』を捨てましょう。
「アメリカ印の国体」を
私たちの、

『日本印の国体』に戻しましょう。

今がいい機会です。
勇気と共に:

平成21年8月06日:
鎌倉にて、
ひらかわたけはる:

投稿者 : editor | 2009年08月06日 14:38 | comment and transrate this entry (1)

長谷川と申します。discipline会に何回か参加したものです。

森有正のことがテレビで放送されていたので報告させてください。
(10年程前に平川さんが新聞に文章を寄せた際に森有正の文章を引用していた記憶があったもので)

NHK教育 「こだわり人物伝」森有正 還っていく場所
水曜日 午後10:25-10:50
翌週水曜日 午前05:35-06:00
9月の2日より放送が始まっており1ヶ月間の放送です。
小説家の片山恭一が語り部となっています。

ご興味、機会がございましたらご覧なってみてください。
またdiscipline会が開かれることを希望しています。
お体を大切にお過ごしください。

投稿者 : 長谷川 | 2009年09月04日 18:37

2009年01月01日

『 あなたは自分が生まれた国を深く、静けさの内なるへ想いを込めたことがありますか? 』              新たな年、平成二十一年の初めへのご挨拶。

  あけましておめでとうございます。

『 美はすでに精神である。ものの命を求道するという上で、美観はまた道徳でもある。贅沢という富の誇示ではない、つつましく敬虔な奉仕である。美、精神、それは道、道徳への謙虚な奉仕である。 』 

『美術は大抵の時に、くらしの飾りものの一つである。しかしわが国のくらしでは、くらし自身が美しかったので、応接室に富を誇示するための美術品の展示は許されなかった。 千利休といふ人が、若干さういふ法式をつくったが、その精神には依然として、虚飾を否定する見識があった。』  保田與重郎著『日本の美術史』より:

「 みなさま、昨年もいっぱいの感謝 ありがとうございました。
あらたへの 自由性を信じたい今年、
大切な関係性に真こころある1年でありますように。
私の自由とは 人間のカオスの揺らぎ。 」 

あなたは自分が生まれた国を深く、静けさの内なるへ想いを込めたことがありますか?

謙虚、誠実、爽やかと感謝。』
平川武治 / 平成二十一年正月元日。
鎌倉市西御門1丁目16番地8号:
                          

投稿者 : take.Hirakawa | 2009年01月01日 01:49 | comment and transrate this entry (1) | track back

ご無沙汰しております。金久保健です。ディシプリン会、とても興味があります。今は鎌倉にお住まいなのですね。その後、何の連絡もしなく申し訳なく思っております。私は、時代に翻弄されまくっており、自らのスタンスを見失ってしばらくがたちます。本質的な仕事を志向すればするほど、時代とのずれ感が生じてしまい、孤立感を感じるばかりです。よろしければディシプリン会にお誘いください。平川さんとお会いすることで自らのスタンスが確認(よくも悪くも)できるような気がしております。
よろしくお願い申し上げます。

投稿者 : 金久保健 | 2009年04月06日 20:23

2005年08月12日

酷暑の夏、空と雲をよく観察し天災と人災にご注意!!

「 雲と往き来し、風からエネルギィーを 」

宮沢賢治/

三伏の侯、ご挨拶申し上げます。

 「含羞」を忘れてしまった現代の日本人は全く持って美しくありません。

西暦 2005年 盛夏:

平川武治。
巴里モントレイュ街55/57番地。 

投稿者 : take.Hirakawa | 2005年08月12日 01:41

2005年04月20日

東京コレクション速報紙 「LE PLI」発行のお知らせ。

東京コレクション速報紙 
「Le Pli」 再発行の趣意:                         
編集責任;平川武治/平成17年03月:     
 
10年ほど以前に、この「Le Pli」紙を東京コレクションの私的眼差しの速報紙として発行した経験を再度、今シーズンの東コレより再発刊しようと考えました。

ファッションを取り囲んでいた時代と環境の全てがまったく変化し始めた現在です。経済、社会、生活と政治さえも、それらがもたらした「戦後の豊かさ」が一様に「新・中間大衆」たちに享受されたという時代性。
当然、この現実の裏側に存在している価値観も、戦後日本を現在のような社会性、経済性へと導いてきた「将来志向、効率志向、仕事中心という『道具的手段主義 Insturumentalism』の価値は衰退し、それに代わって、現在中心、情緒志向、快楽志向、私生活中心的な『即時的快楽主義 Consummatorism』の価値が現在の私たちの新たな日常性を支配し始めています。(*1)
 この様な新たな「豊かさの日常性」はグローバリズムの高度な全世界的構造化によってより、進化をもたらしいわゆる「21世紀のリアリティ」がやっと、現実的に僕たちの日常生活環境で始動し始めたという機・気を大切に、ここでもう一度、東京におけるファッション・デザイナーの世界へ、何のしがらみもなく、持ちえた情熱と感情と学習してきた経験を本質とした「21世紀スタンダード」を基盤に考えながら、永年からの低温火傷状態の現状・東コレへ新たなる一石を投じようと決心しました。

そこで、この東京コレクション速報紙『Le Pli』は、
編集テーマ;「なぜ、東京のモードは文化の領域へ達し得ないのか?」
編集コンセプト;「ラジカルな読むジャーナリズム」
編集視点;「クリエーション、エステティック、インテレクチュアル、
エモ-ショナルそして、ウエアラブル」
再発行の意義;「独創性、現実性、辛辣性そして、速報性と人間味」
これらを基盤に今シーズンの東京コレクションを平川の私的レベルと方法によって発行いたします。

 この一石を投じることによって、願わくは東京のモードが文化の領域へ一歩でも近ずけばの大いなる思いを込めて。

責任編集;平川武治。
(*1) 出典;「倫理としてのナショナリズム」 佐伯啓思著・発行NTT出版。

投稿者 : take.Hirakawa | 2005年04月20日 03:56 | comment and transrate this entry (1)

はじめまして。
いつも拝見させていただいておる者です。さてご質問なのですが東京コレクション~世界のコレクションの速報紙などは現在
発刊する予定はないのでしょうか?ご返信いただければ幸いです。

投稿者 : クドウ | 2005年11月13日 19:03

2005年01月01日

New Year Greetings '05 from Take. in KAMAKURA

Dear My Friends;

A Happy New Year for our lovely Earth.

VERY THANKS FOR LAST YEAR,TOO.
&
LOOK FORWARD TO HEARING FROM YOU SOON.


TAKE.HIRAKAWA
lepli@net2.kddi.fr

投稿者 : take.Hirakawa | 2005年01月01日 06:09

2002年10月16日

始めのごあいさつ。

はじめに、

遅まきながら、平川武治のプライベートサイトを周りの友人たちのお陰で立ち上げました。

今後よろしく御付き合いください。永年ファッションジャーナリストという立場をインデペンデントに活動して来ましたが、やはり、我が国のジャーナリズムが気骨無き【御用ジャーナリズム】と化してしまっていることに微力ではあるが抵抗したくこれを立ち上げました。ジャーナリズムが本来持ちえている【第4の権力】的立場の復活とジャーナリズムがある種の【社会教育】を担っていると言う視点からこのホームページを始めたいです。

多くの人たちと好きなモードの世界を中心にしてコミュニケーションが持てればうれしいです。

初回は日記風に書き始めます。

8月の終わりから東京を離れて先ずはこの街、巴里へ。そして、アントワープ、巴里、アントワープ、チューリッヒ、アントワープそして、コレクションのために再び巴里へ。これが今回の現在までの僕の行動。

8月27日:成田発巴里へヴィエンナ経由で出発。未だ、バカンスから戻っていない閑散とした巴里も一つの顔。8月も第4週の週末になると流石この街のバカンス好きな巴里ッ子達も好きなこの街へ戻って来始める。彼らたちを直接的に巴里へ呼び戻すのがこの街に多くあるアートギャラリィーでの彼らたちが売り出したい作家たちの新作展覧会のオープニングレセプションである。残念ながら、ファッションは2の次だ。今年からちょっと洒落た趣向を凝らしてのオープニングはアート好きな若者たちを喜ばせた。多くのギャラリィーがあるマレ地区の一角でご近所のギャラリィーが共同でオールナイト・オープニングレセプションを催したことだ。僕も30,31日の週末にはこの催しへ顔を出した。中でも面白かったのは『BINGO』展。幾人かの若手アーチストたちのポップでガゼットな作品展。同じテーマで界隈のギャラリィー数軒が共同企画での展覧会。古くからの友人で、日本にも幾度かコレクション写真を撮りに来た事があるフォトグラファー、クリストファー君が全く、新しい作品で持ってアートの世界へ登場し、今回の新人展で見事にデビュー。写真とコンピューターを使って微妙な皮膚感を人工的に合成した写真は医学写真の新しさの様で面白く興味を持った。この後彼はヨーロッパ写真家美術館でアービング・ペンの新作展と共に自分たちの世界をここでも披露している。彼に話しを聞いてみると、彼の作品に興味を持ったここの美術館が制作費用を持ってくれて今回の展覧会になったという。よいものを見る眼とそのよい作家を誕生させる公共の構造がこの街には確りと出来ていて新人であろうが彼らたちの眼に止れば今回のクリストファーのようにデビューが出来る仕組みが結局、この国の文化の新陳代謝になっているのだろう。

「マルタン・マルジェラ・ブランドがイタリーのヂィーゼルへ身売り。」

コレクションを1ヶ月後ほどに控えた9月の始めにこの意外なニュースがこの街のファッション雀たちの口角を賑わせた。今、モードの世界はクリエーションよりビジネスのほうが面白いと言う典型なニュースである。

今、我が国では海外デザイナーブランド物ではバッグのLVには及ばないが、服ではこの『マルタン・マルジェラ』が一番良く売れている、人気度の高いブランドが身売りをした。しかも、あの、イタリーのデニムメーカーの『ヂィーゼル』にである。発表されたのはこちらのファッションビジネス紙の『ジャーナルド・テキスタイル』紙。それをニュースソースとした日本的な記事が「センケン」紙と「WWDJapan」紙に発表された。これらの記事は余りにも表層しか書かれていない。勿論、当事者たちも余り多くを喋りたくない。しかし、面白い事件である。結果、こうなってしまったかと言う感じが僕にはした。なぜかと言うと、ここ3シーズン来、彼のクリエーションは今、一つだった。一時の覇気が無くなっていた。丁度、東京にやっとの事で世界での1番店の直営店がオープンした頃から、その感じが匂い始めた。そして、多くの彼とそのチームの友人たちにそれとなく話をいろいろ聞き始めていた結果が、コレだったのかと。

アントワープのロイヤルアカデミィーを卒業し、J.P.ゴルチェの元で3年半、働きその後、独立したのがマルタン・マルジェらである。彼が未だ、ゴルチェの所にいた時には幾度か会っている。体格がよくいつもキャスケットを被っている物静かなで、ナイーフな青年だった事が印象にあった。‘87年の3月コレクションを最後にゴルチェのアトリエを去り1年半の期間をその準備期間として自らのブランド「マルタン・マルジェラ」を発表したのが’88年の10月コレクション。このコレクションはよく今でも憶えている。この彼のデビュー・コレクションを見た事によって僕はこの仕事をしていて良かった、幸せだと感じたからだ。僕が、マガジンハウスの春原さんを誘って友人のフランス人ジャーナリストに教えてもらって行ったその会場には日本人ジャーナリストはいなかった。ポンピドウーの裏に今でもある小さなライブハウス的なところ、「ラ・ガラージュ」が彼の歴史的なデビューをする場となった。屋外で既に小1時間は待たされた事、その時あのゴルチェもみんなと同じように待っていた姿が印象深く記憶にある。彼はこのコレクションを期に僅か5年間で高イメージを築き上げるまでの見事なクリエーションとショーを僕たちに見せてくれた。デビューコレクションは当然、資金が無いため素材はコットンのみ。永く待たされた後に登場したのがトップレスのマヌカンたち。胸を抑えて出て来た彼女たちが穿いているのがロングのタイトスカート。それから、次々に上ものが着せられてスーツになってタイトでスリムな、健康な若い女性の肩がまるで、はじけ出るのではないかと思わせるようなコットン・スーツそして、僕たち日本人に見覚えのある地下足袋を改造したシューズ。彼が近年に無いデザイナーだと知ったのは僅か5年間で彼自らのパーマネントコレクションを古着を使ってクリエートしてしまった事だ。これは近年のデザイナーにはいなかったことだ。そして、次の5年間で自らのクリエーションを定番化しコマーシャルラインの#6、#10などを完成させた。このコマーシャルラインが売れた。イメージもどんどん昇華した。そして、第3期の5年目でエルメスのデザイナーと東京に直営店第1号を持ち、ブリュッセルと6月にはこの街巴里にも直営店を出店した。この、僅か13年足らずで彼、マルタン・マルジェラは巴里のプレタポルテ、クリエイチィブデザイナーの頂点に達した。多くのデザイナーや学生たちが彼の影響を受けた。モードの流れを完全にストリートへ引き落としたのも彼だった。ショーイングのアイデイアも彼が新しい流れを創った。そして、14年目を迎えようとした時にこの事件(?)である。

「ヂィーゼル社長がマルタン・マルジェラの株式の過半を取得。」このタイトルはセンケン新聞のものであるが現実はこうである。

話は約1年半前ぐらいから起きた。当時、マルタンの生産を請負っていた「スタッフ・インターナショナル社」が2年前に倒産し、その後デーゼル社が買収した。ここで先ず、マルタンとヂィーゼルの関係が出来た。東京1号店の直営店が出来た当時頃からお互いのビジネス戦略上で話し合いが持たれ始めた。店舗を拡張しビジネスを拡大してゆくには「資金」「生産背景」「物流」の充実が必要になる。ここで、「生産背景」はヂィーゼル社の小会社が請負っているのだから「資金」も「物流」もこのヂィーゼル社が望むのならこの組み合わせが一番明解な組み合わせである。その結果がこうだとはちょっとおかしくないだろうか?このマルタン自身がブランド拡大を本心から希望したのだろうか?という疑問から僕はこれが『真意』ではないという発想から調べまくった。あんなにも確実に5年単位で自らのクリエーションとイメージングを昇華しながら地に足を着けたビジネス戦略をキャフルに展開してきたこのメゾンの本当の問題は何なのだろうか?その結果がこのような状況を創るのが一番の方法だったのか?誰が一番儲けたのか?エルメスはどのような態度をとったのか?

確か、昨年の12月頃にかなり多くのスタッフ、7人ほどが辞めた。この中には事実上、コレクションラインをデザインしていた女性もいた。円満退社ではなかった。一方、マルタン自身は旅行に凝っていて、多くの時間を好きな旅行に費やしていると聞いた。ここ3シーズンほど、コレクションラインがコマーシャル化し始めてきた。相変わらず、コマーシャルラインの#2、#6、#10等の売上は伸びていた。ショップが出来てからかなり店頭MDが入たものが店頭にはまってきた。最初から大好きで見て来ている僕にとってはこの変化を感じるのは易しい事だった。何か、このメゾンの内部でも変化が起こっていると思い始めたのが7月。

マルタンがJ.P.ゴルチェの元から独立してバッカーを捜して約1年半後に出会ったのがマダム ジェニィー・メイレン。それまでの彼女はブリュッセルでかなり大きな洋品店を2店舗経営していた。ギャルソンも売っていたし、ヨウジも扱っていた。彼とであった彼女は今までの成功していた洋品店を処分して彼、マルタンに掛けた。いつか,彼女は『彼が私の夢を持って来てくれたのです』と語っていた。そして、‘88年10月のあの衝撃的なデビューコレクションとなる。以後、彼らたちは2人3脚でがむしゃらに働いた。特に最初の5年間は20年分以上のエネルギーを使ってチームワーク良くやって来たから現在があるのだろう。コマーシャルラインのレデイースを見るとその殆んどがマダムジェニィーが似合う服ばかりである。だからこのブランドがその後、彼女のような多くのキャリアウーマンに人気があったことが伺える。

一番儲けたのはヂィーゼル社の社長、レンゾー・ロッソ氏である。彼らたちの約70%の株を買い占めたからである。これからこのようなブランドを新たに造るとしたら、当然造ろうとしても不可能ではあるが、これ以上の資金が必要になるからだ。マダムジェニィーとマルタンはデザインコンサルタントとして年契約をした。結果、いつでも辞めたい時に辞められる。

エルメスが買ったら良かったのにと言ったのはぼくと元ジャルダンデモード誌のマダムアリス・モーガンだけだったと後でエルメスのスタッフから聞いたが、何故そうならなかったのだろう?この一件はここにも一つの鍵があったように思った。エルメスとの契約は後数年残っている。

当然であろうが、物凄く時期、タイミングを計算した結果の出来事であった。マルタンマルジェラ・ジャパンの「ここのえ」はマルタン側と三菱商事との合弁で出来上がっているがこれがこのように整理されるまでこの契約は発表されなかった。当初の『ここのえ』はマルタンと三菱そしてオリゾンチィ社との3社間で始まった。その後、直営店プロジェクトが始まるとこのオリゾンチィ社に無能な社員ばかりで力が無い事が解りオリゾンチィ社を外そうと分担株を減らした。が、そうこうしている間にやっぱり、このオリゾンチィ社の無能力が倒産という行き着く結果を迎えた。その後、このオリゾンチィ社の親会社も無能な社員を持っていても仕方ないと言わんばかりに手放した。その先が伊藤忠。従って、三菱はこの数10%ほどの株を伊藤忠から買い戻さなければならない羽目になった。そして、それがちゃんと終わった段階でこの買収契約が発表されている。それに、仙台の最初からの大取引先である『レボリューション』がマルタンのオンリィーショップを造ってオープニングした後での事の次第でもある。全て、計算された結果の行動である。これは当然であるがこれ程迄に計算された結果の本当には裏が、何かがあるはずだ?

3ヶ月前には既にそれなりの社員たちには話があったという。では、マルタンジャパンの『ここのえ』には同じように話があったのだろうか?

彼らたちの企業成長に我々日本人はどの国よりも貢献し尽くしてきた。彼ら、14年間のサクセス・ストーリィーに日本は最大の理解者であった筈なのに。本当に今後の企業発展のための結果でこうなったのなら、何故、日本企業にもアテンドが無かったのだろうか?エルメスと組まなかったのか?

その最大の原因は? お答えを待つ。

しかし、見事な仕事である。やはり、彼らたちはプロ中のプロであった。スマートでクレバーなファッションピープルだった。

「あんなにも彼らたちの売上に貢献した日本人はマルタン自身が誰であるかも解らないまま、、、、、。Fashion is always in fake.」

マダムジェニィーとマルタンは膨大なお金を手に入れた。

輝きそうな石きっと、輝くと思って一生懸命磨き上げれば、それはダイヤモンドになったという御話。

投稿者 : take.Hirakawa | 2002年10月16日 07:59