2010年08月20日
平川武治版終戦記念日に念う事/「生まれて半歳の平川武治が体験した終戦日とは、 その時の祖母は、母は?」−2
気が付いてみると、
私たちは余りにも自分一人のことと、
その業のために身勝ってで横柄な生き方をしてしまっていませんか?
それが心地よい時期も在ったでしょう。
でも、今では、流石、もうちょっと、恥ずかしさを感じる事はありませんか?
人生を終わり掛け始めてるリタイア組の人たちはこれを認めると自らの人生が?
自然を念い、他者を想う、親を想う、先祖を憶う
社会を念う、國を念う、地球を念う
時をおもう、お金を念う、愛を想う、性を思う、
この、想うこゝろと想い合うこゝろが純に、自分らしく端整に「調和」していれば
その姿は安心出来るし、美しいはず。
僕たちが簡単に使ってしまっている『 美』は
此処からしか生まれませんね。
「 おおらかなる心と案じあうこゝろの調和。」
このこゝろの状態のキャッチボールが
”しあわせ”と呼べるものではないでしょうか?
しかし、それ自体は決して、永続性あるものではありません。
モノにも、人にも、自然にも終わりがありますように、
幸せや安心にも永続性はありません。
その幸せや安心が大切であれば、在る程に、
その”関係性”をどれだけ永く継続させて行くか?
此処にも、想い合うこゝろと行為の努力という
『謙虚さ』が必要になるでしょう。
その為には、先ず、ご自分の真こゝろを素直にお持ちください。
そのお持ちになられたご自身の真こゝろを信じて、
その真こゝろの思うままの謙虚さ在る行為を為さってみて下さい。
此処からが総てのはじまりです。
これは結構、勇気が必要なことです。
その始まりが不十分であれば、
総てが不十分な行為の結果になってしまうでしょう。
例えば、
ご自分が今、美しいこゝろを念っていらっしゃるのなら、
その美しいこゝろの美しさを念う行為をなさって下さい。
その行為が、絵を描くことなのか、服を作る行為なのか、
人を愛する行為なのか、家族を念う行為なのか、自然を思う行為なのか、
本当は、さして問題が無いのです。
問題は、自分のこゝろの想いに総てが潜んでいることです。
自らの真こゝろの在り方にあります。
学ぶこと、努力することとは
このこゝろの在り方の為に成さなければならない
人間の品位に関わるしなければならない
『謙虚』な行為の一つです。
その不連続が『関係』をも生みます。
その為された経験によって
『調和』の成熟さが生まれて来ます。
未熟、早熟、未成熟、成熟と、
この成熟さが足りませんね。
多く若い人たちも目先を急ぐあまり、
虚飾に戯れんと、謙虚なるこゝろを投げ捨て、
学ぶ真こゝろが鈍化、退化していませんか?
未成熟なこゝろに業を張ってもその業はそれまでのもの。
ご自分の業はより、成熟為されたこゝろに持つことで
その業は他者へも耀くまでのものになるでしょう。
お勉強とは、
為さなければならない自心への真こゝろの調和と広がりへの
謙虚なる行為でしょう。
だから、生ある限り、お勉強はしなければならない。
これも、自然なことなのです。
戦後の多くの日本人たちは
『不自然な』『無理な』『歪な』生き方を選ばされてしまったことによって、
僕たちが持っていたはずの
『こゝろのバランサー』をも歪にしてしまった
国民に成り下がってしまったこと。
嘗ての、
僕たちの國の湿りある、優美な調和をいっぱい想い起こしませんか?
これ以上、
”へんな”ことが当たり前にならない前に
『へんな國』にならないうちに!
そして、『へんなあなた』にならないうちに!!
気概ある真こゝろを携えて。
ありがとう。
平成二十二年八月十五日/65回目の終戦記念日に。
ひらかわたけはる:
投稿者 : editor | 2010年08月20日 18:49 | comment and transrate this entry (0)
2010年08月04日
『共棲資本主義』/参考資料:『分かち合いの為のデザイン』『分かち合い工学』を考える為に。平川武治版:
共棲資本主義/参考資料:2010年08月03日現在:
*J.アタリ/ "FRATERNITES"『反グローバリズム』/彩流社刊/ '09-6-20
*「分かち合い」の経済学 (岩波新書): 神野 直彦:
*『地域再生の経済学──豊かさを問い直す』(中公新書、2002年)
*『「希望の島」への改革──分権型社会をつくる』(NHK出版、2001年)
*『人間回復の経済学』(岩波新書、2002年)
*『教育再生の条件──経済学的考察』(岩波書店、2007年)
*[エコロジカル経済学の諸原理』/"Elements of Ecological Economics"
/ Routlede/2010-5-03/ISBN-1-:041547380 / ISBN-13:978-0415473811/Ralf Eriksson & Jan Otto Andersson
*宇沢 弘文教授/旭硝子財団-ブループラネット賞/’09年度受賞
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/doc/lect/2009lect-j-uzawa.pdf
*セルジュ・ラトゥーシュ/"decroissance"(脱成長、縮退)理論の提唱者。
*セルジュ・ラトゥーシュの論文(日本語で読めるもの)
『経済成長なき社会発展は可能か?〈脱成長〉と〈ポスト開発〉経済学』(中野佳裕訳、作品社、2010年7月)
「生活水準」(『脱「開発」の時代――現代社会を解読するキーワード辞典』晶文社、1996年)
「収縮社会のために」(『世界』2004年2月号、岩波書店)
*サイト掲載/
「開発の自文化中心主義に抗して」
http://www.inclusivedemocracy.org/journal/vol3/vol3_no1_Latouche_degrowth.htm
『経済成長よ、さらば』/"decroissance"(脱成長、縮退)
http://www.diplo.jp/articles09/0908-4.html
http://www.diplo.jp/articles04/0411-4.html
"Would the West actually be happier with less? The World Downscaled", Le Monde diplomatique (December 2003).
http://www.hartford-hwp.com/archives/27/081.html
"Why Less Should Be So Much More: Degrowth Economics", Le Monde diplomatique (December 2004).
http://www.mindfully.org/Reform/2004/Degrowth-Economics-Latouche17nov04.htm
"Can democracy solve all problems?", The International Journal of Inclusive Democracy, Vol.1, No. 3 (May 2005).
http://www.inclusivedemocracy.org/journal/vol1/vol1_no3_latouche.htm
"How do we learn to want less? The globe downshifted", Le Monde diplomatique (January 2006).
http://mondediplo.com/2006/01/13degrowth?var_recherche=Serge+Latouche
"De-growth: an electoral stake?" The International Journal of Inclusive Democracy Vol. 3, No. 1 (January 2007).
http://www.inclusivedemocracy.org/journal/vol3/vol3_no1_Latouche_degrowth.htm
*ブログ『フィンランド発、持続可能な世界への転換』
http://www.ymparistojakehitys.fi/sustainable_societies.html
*オランダのエコ団体。
http://www.eco-efficiency-conf.org/content/2010.challenge.shtml
*ブログ『さて何処ヘ行きかう風が吹く』/
http://blogs.yahoo.co.jp/tessai2005/
*ブログ『東大環境学が解る-丸山真人』
http://www.sanshiro.ne.jp/activity/99/k02/interview/maruyama.htm
ハンスイムラーという経済学者の「経済学は自然をどうとらえてきたか」という本で彼がいっている言葉です。
結局、環境問題あるいは自然の危機というのは人間の生命の危機であるということなのですが、
「生態系の危機の本質的な内実は物証的な自然が危機にさらされているということではなく、
人間の本性が危険にさらされているということである」
*環境三四郎/
東大の環境を考える会:http://www.sanshiro.ne.jp/
*上野の住民のブログ:http://blogs.yahoo.co.jp/romanticnao/24933603.html
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年08月04日 10:16 | comment and transrate this entry (0)
初夏からの巴里にて、モードの街の新たな環境と強かさ。
プロローグ/東京が持っている温度差とは】
現在の東京はPOP=大衆消費社会の大きな固まりが泡沫化し始めた時代性。
この東京の現実はこの街、巴里とでもかなりの温度差がある、世界に類を見ない進化(?)の現実である。
誰でもが、何でも作り得られる時代のリアリテ(現実性)の消費社会化とPC及び、モバイル,デジタルカメラと
その周辺機器の高度なる発達とその利用の一般、日常化によって、”パーソナルメディア化”が始り、
現実をより、細分化し、バーチャルイメージを一般化しはじめたのが現在でしょう。
もう、『micro-POP』から『カオスPOP』迄の現実。
しかし、そのコンテンツは極めて保守的なるサンプリングでしかないのが現実。
唯、消費社会の構造そのものは、極度に発達し、あらゆるルールがカオス的な状況をもたらした。
例えば、バイヤーがデザイナーであり、デザイナーがバイヤーで或る現実性。
そして、彼らたちが持ち得たパーソナルメディアに依って、消費者が直接的にディレクション出来るまでの
大衆消費社会構造のバーチャル-リアリティな泡沫化。
そこでの新たな登場人物の行為は『バーチャルなイメージ』を頼りに『エピソード』を求めている輩たちの様。
イメージは綻び、どれもが埃を被った状態へ。
バーチャルな世界を頼りに、『エピソード』を求め合う彼らたちは何処を彷徨っているのだろう。
此処でも、終わりを知らぬ消費行動そのものが自発性の暴露である。
では、巴里の街は?】
保守化の進展或は倦怠はいつまで続く?
社会全体が閉塞感に浸りはじめる。この「窓」を開けるのは誰か?
早くも、より物質的な豊かさを生活に求め始めたイミグレーター(移民居住者)たちで構成された
新-大衆がこの閉塞感を打ち破れるのか?
―――彼らたちによる、新-中産階級の構造化が進む巴里。
消費文化そのものが消費財。―ミュージアムショップ的なるが全盛。
例えば、L.V.やエルメスなどのラグジュアリー系は自分たちのマークつき商品群を
嘗てのファッション、アクセサリーと靴バッグから時計、石ものジュエリーと香水とコスメから
陶器、オブジェ類や書籍に迄に延ばしはじめたラグジュアリィー-ミュージアムショップ系へと。
既に,消費そのものが大衆娯楽化し始めた。―アウトレット、eコマース、バーチャルマーケットのより、
一般化とリクレーション化。
そして、この街のファッション消費者たちも所謂、『新-大衆化』ヘの進展。
その一つは新たな大衆としてのイミグレーターたち、もう一つの新たな消費者たちとはジュニア層である。
彼等たちにとっては社会へのメッセージもまた,物質化し,消費財になリ、気概消費へも。
―ECO,BIO,オーガニック,コミュニティ等。
先ずは、登場人物を作り、その彼らたちへ『豊かさ』という味が付けられた”餌”を投げ込む仕掛けはいつの時代にも変わらない商業主義の世界の成せる技。
やはり、世界的不況】
この状況を被ってか、オムコレクションの今シーズンのバイヤーたちはおとなしい。
新たなデザイナーたちを買うまでには行かず、今までのデザイナーたちの並びを揃える程度の動きであった。
だから、サロンも今シーズンも比較的おとなしいシーズン。
『明日を楽しむため』に昨日のことで充分?な時代観。
明日を楽しむ為に、”昨日”の事ばかりでも、もうしょうがない閉塞感の時代に。
現在の巴里の消費の進展を見ている限り、嘗ての日本の消費社会の6、7年前の現実が今後の巴里。
新たな動きとしてのディフュージョンブーム到来?】
この街のモードも、所謂、「セカンダリーマーケット」を狙いはじめる。
その対称は、先程の『新-大衆』、イミグレーターたちのジュニアと中流階級者たちのジュニアたち。
従って、ターゲットとしては年齢層の低い、15~18歳が中心であろう。
彼女たちをMDした低価格帯の、彼女たちが着易い、着たくなるデザインとアイテム。
そして、デニムラインとのコーディネートファッションによるディフュージョンデザイナーブランド戦略が始る。
勿論、バッグやシューズも揃っています。
日本にも興ったことのあるプレタポルテデザイナーブランドのセカンドライン版のスタートだ。
新たに行われた「PARIS FASHION DAYS」/主催は巴里プレタポルテ協会。
この背景には当然乍ら、デザイナーモノの匂い&イメージ+低価格+生産背景=新たな消費者へのアプローチ。
という図式が見える。
此処で今回の参加デザイナーたちを見ると、生産背景がイタリーにあること。
従って、その工場が新たな戦略として巴里と組みこのセコンダリーマーケットを開拓しはじめる。
若しくは、アンヴァレリー.Aのように巴里の若手デザイナーであり、ニュークチュールもこなし、
プレタもやりそして、今回、このセコンダリーに参加という組は
或る意味でこの街のモードの優等生に選ばれたデザイナー。
なぜならば、優等生たちの幾度かのサンディカと伴に中国訪問の結果であるからだ。
今回の参加デザイナーはA.Fバンデボルスト(イタリー工場)/Ann v. Hash(中国生産)/
Vivian Westwood(イタリー工場)とイタリーからの3ブランドが巴里上陸。
解り易い構造であるがこれを新たなデザイナーブランドマーケットへ参入させる強引さが
この街にしてみれば新しく面白い。
これが今後、どの様に順調よく成熟したマーケットへ伸びるか、又は、サンディカが文句を言いはじめるか?
巴里のジャーナリストの友人は、「シブヤ系、109系と一緒よ!!」と自慢げに。
今までの”2階立て構造”が今後、新たに”3階立て構造”へ進化する可能性は読める。
又は、プレタポルテデザイナーたちの”2階建て構造”化にも繋がる。
この一番ボトムのデフュージョンラインが売れれば、自分たちのオリジナルラインのコレクションが
作れる迄の構造が確立されれば、これは此の国のモードの21世紀化でもあろう。
これも、或る意味では「H&M」効果と言える。
この街の「ファーストファッション」の誕生と共に、新たなイミグレーターたちを新-大衆とした
新しい消費構造がここに来てより、一般化したと言えるからだ。
theglobalherald.com/fashion-paris-fashion-days-enjoys.../5004/ 他、
変わらぬ中国への期待度】
この街のモード-ビジネスの強かさは今も尚変わらず、やはり伝統とクチュールに因り処って売り込んでいるだけである。
「君の國のファッションデザイナーたち、皆さん僕の街、PARISでショーをやってみませか?」というM.ディデエ-グランバックの挨拶ともセールスとも区別のつかない例の笑顔によって今回も、中国へ見事に上陸。
彼らたちはカレンダーを調節するだけ。これは無料。でもこの無料から有が生じるユダヤ人ビジネス。
後は、中国政府招待による、若手デザイナーたちを引き連れてのプロパガンダとデモストレーション。
巴里の新しさをチラ、チラさせる。そして、お金のあるデザイナーたちを呼び込み
彼らのショーをスケジュール内でセッティング。(その為のプレスは妹(2e Beaurou)が引き受ける構造。)
そして、幾度かの訪中の後にはフランス人若手デザイナーたちの為の生産工場と素材工場と言う
彼らたちの新たなビジネスの為に必要なバックグラウンドの関係性が誕生。
これは、ある意味で未だ”植民地政策”と変わりない構造。
しかし、嘗ての日本もこの手によって現在の様な規模と進化のファッションビジネスが誕生し,
その約10年後には現在の様なファッション大国に成長したのである。
だから,この中国という大国もその実効果はやはり、インデペンデントな独自のビジネス展開迄には
10年は掛る可能性があろうか?
その間に此の国の”モードのショーケース”はより、確実に一つ一つ、自分たちのステージの上に引き寄せ、
今世紀の今後も、「クチュール致上主義」を展開してゆくのだ。
その展開の一つが先の『セコンダリーマーケット開発』でもあろう。
デザイナーブランドのイメージングさえ確りしていれば、
これからは「グローバリズム」という恰好のレッテルがあるから、
さあ、もう『MADE IN FRANCE』でなくとも『MADEIN CHINA』で良い時代性とレンジのレシピ。
そして、中国の後はインドを経て『AFRICA』か??
新たな『夢』の為に】
新学期が始った日本のファッション学校で生徒たちと接して、改めて驚き考えさせられた事があった。
それは彼らたちにはもうファッションに対する『夢』願望が少なくなってしまった世代である事を知ったのだ。
では夢でなく何かと言えば、もっとビジネス的、若しくは現実的なる『儲け』と『カッコ良さ』と
その『バニィティーさ』それに、好きなファッションが出来て、勤められるという迄のレベルのに変わったようだ。
それだけ、ファッションが彼ら世代にとっては当たり前のものになったのだろう。
巴里におけるコレクションを見ても、トレンドはその後すぐにファーストファッションのショップで
又、アウトレットでもおかしくない、eコマースでも楽しめ、サイトのオークションでも、もっと安く手に入るという幾つかのメニューまでの現実性と遊戯性。
そして、コレクションは『過去を物語るボキャブラリィー』がそのデザインの殆ど。
新しさは『過去時計』を良く見ることから生まれる迄の保守とその閉塞感。
そこで、僕はこの『夢』が消え始めたファッションの世界に『夢』を再びと念い考えた結果が、
『テクノロジー』である。(この詳細は前回に書いたものです。)
その僕なりの眼差し『テクノロジー』をベースに今シーズンのオム-コレクションを見ると
それなりの読み方が見え始めた。
コレクション-デザイナーに見た『テクノロジー』】
RAD HOURANI/昨年のイエール参加の新人デザイナー。アントワープ系。
コンセプトは然程、新しく無くなった所謂『ガンダム系』
フスナー使いに依っての幾通りに着こなすことが出来るタイプ。
素材はレザー中心に黒のみそして、今シーズンのトレンドとしての『ユニセックス』モノ。
頭のいいデザイナであろう。仕上がりの縫製テクニックが良い。
このデザイナーに営業的にやり手のお金大好きパートナーが付いたからこのようなスタートが出来た。
彼女も嘗ては、ヨウジの売り子だった女性。
巴里の前に、N.Y.で発表させるという手の内、強かである。
RICK OWENS/一生懸命若作りで今の時代の先端を引っぱているデザイナー。
或る意味で、嘗ての映画、『マッドーマックス』のテクノロジー版。
多分、一番先を勝手に走っているデザイナであろう。
ROMAIN KREMER/最近、此処数シーズンの彼の世界は共感出来る或る種の新しいさを感じる唯一人のデザイナー。
スポーツとプレタをミックスして彼が作る世界の独創性はノスタルジックな未来趣味がベース。
今シーズンも好奇心溢れるコレクションを。
いつも人とは違う事をしたい若手の独り。
CdG HP/このデザイナーもいつも人と違うことばかりを成し遂げて来た人。
この現実の彼女のパワーと好奇心と努力が此の国に彼女の立場を作り得た。
今回も、プリントの世界で日本の『プリント-テクノロジー』をオンパレード。
何をプリントしたかと言うと、『骸骨』。
これを意味ありげなコンセプトを作ってのジャーナリストへ発信。
変わらぬ、トレンドのフレーム内での”人がやらぬことを!”が続くメディア受け狙いなシーズン。
しかし、この凄さが、却って、此の国のデザイナーたちに受けるし、
これが新たなトレンドを呼ぶ迄のエゴであるからその発想と努力とその現実のテクノロジーの凄さには、
今の外国人デザイナーたちで列ぶ者が居ないのも現実。
”異端と異系”を継続することのみが僕たち、外国人デザイナーたちの自分自身を確立する為の最短方法であることを
この街へ来て20年足らずで学んだ唯一のデザイナー。
此処にも、彼女が信頼するしかない、日本の縫製技術は勿論、素材と素材加工技術と
プリント技術の強さをいつもコレクションで魅せてくれる唯一のデザイナー。
例えば、今回のプリントコレクションは、
スクリーンプリント(顔料プリント)、インクジェットプリント、転写プリント
そして、柄の種類も踏まえ、生地の組み合わせは
スクリーンプリント=19種類、インクジェット、転写プリント=8種類に分けられます。
また、骸骨(スカル)柄の種類数
表地=12種、裏地=4種。 そして、表地の種類、柄の組み合わせで全部で25通り。
お見事な算術で構成されたコレクションである。
RAF SIMONS/僕が好きな所は「RAF-IZM」的なる世界観を変わらず続けていることである。
或る種のフーチャーティックさと男の身勝手なロマンティックさそして、
男の役割としての”らしさ”や”臭さ”を求めているその彼の純なおとこ心に引かれるからである。
此処にも彼の眼の凄さと狙い目としても「日本の新素材」がある。
これからの新しさとしての『新-機械主義』的な動きは彼がいち早く感じ取っているのであろう。
此処で今後、彼のクリエーションでプラスされるべき事は、『勇気』である。
もっと、思い切った事を!!を望んでしまう。
此処に上げた幾人かのデザイナーたち、古手、中堅、若手たちそして新人、彼等が率先して、
『アルティザン-テクノロジー』と『サイエンステクノロジー』の新たなバランス観で”21世紀モード”の
クリエーションを考える事は今後の若いモードを目指す若者たちへ『夢』そのものを与える事であろう。
ここに、新たな『新-機械主義』的な動きが始る。
そして、予告的な発想では、次のファムコレクションにはこの「プリントモノ」がトレンドを生むであろう。
文責/平川武治:ST.-CLOUDにて:
投稿者 : editor | 2010年08月04日 06:58 | comment and transrate this entry (0)
2010年07月01日
新たな僕のモードへの眼差し。そして、新たなファッションの『夢』への願い。
最近、考えていた事、
そして、新たな僕の眼差し。
或る意味でのこれからの時代における”新しさ”即ち、“差異”、
これは消費社会の必然的価値要素ですからね、洗濯機も掃除機も冷蔵庫も新たなテクノロジーに可能性がある分だけ
今後も、「新商品」が開発され、デザインが必要である。
例えば、最近のダイソン社の扇風機は凄いですね!!
この新しさを考えた場合、
特に、このモードの世界では『テクノロジー』が今後の、唯一の大きな可能性ではないでしょうか?
『テクノロジー』と『エステティック』それに『問題意識』。
それらを”本質”としての『自分の世界観』でもって、この三位一体の発想が極めて自分的そして、
人間的あれば”時代”が表現出来る。
時代に恩返しが出来る。ここで、”エゴ”に頼ってはいけません。
———そんな眼差しに今でも想いが残るのはもう1年前になってしまうのですが、
あのPITTI UOMOでのUNDER COVERのコレクションである。
このような時代即ち、個人が持ち得たパーソナルメディアの結果、
我々の社会は『POPの泡沫化』でしかないのですから
個々のエゴは普遍化し当然ですが、類似化するしかないのです。
そして最後は消滅してしまう迄の現代。
ですから、ありきたりな人並みな生活現実とバーチャル体験から生まれる”エゴ”には
もう然程、創造性高きカオスは望めないでしょう。
ここで、”自分の自然体”への月謝が払われるか?責任感が?、という問題定義にも。
だから、このレベルでの”エゴ”と称されるものは只の”業”でしかない。
従って、純な”エゴ”を他者より多く例えば、200%出せばそれは社会へ届く可能性があるという事ですね。
ここに『夢』の在り方と立場が、想いが。
それに何のために、何に、自らの”エゴ”を持ち出すか?が大切な自分の創造者としての責任と立場。
ここで、『テクノロジー』と『エステティック』それに『問題意識』、この三位一体のためにカオスとしての”エゴ”。
此の様な時代性になってしまうと、
『テクノロジー』はヒューマニスティックなバランスを超えてしまっている。
『テクノロジー』を認めない、認めたくない人たちが
『良心的環境主義者』としてその自らの立場を肯定し始めている。
この場合の『テクノロジー』についての意識が、技術が思いが、
全くと言ってよい程、日本のファッション教育で遅れてしまっている。
従って当然、今の服を作る若い人たちに欠如していること。
例えば、自分の『手』を信じられる迄に手を使って来たのか? 使いたいのか? 修練して来たのか?
も、一番解り易い自分自身が持ち得た『テクノロジー』の一つ。
即ち、【ヒューマンテクノロジー】の世界、
それと解り易い【サイエンステクノロジー】の世界。
これらの調和ある融合が今後のモードをより、愉しく夢あるものへ導くであろう。
”自我”もテクノロジーの変容器官の一つ。
ファッションの場合の『テクノロジー』は
その殆どが”素材の開発”に委ねられ、目を向けられていますが、
本当は、服を作ると言う工程を分解すれば、
”縫う、編む、折る、切る、貼る、繋ぐ”などの
諸技術が必要になって造られるのが1着の”服”であるはず。
これらが変わらずに『ミシン』に委ねられて来た世界。
もう一つ、着る”身体”にも『テクノロジー』は存在している。
身体の”構造機能、拡張機能、性機能ともしかしたら、こゝろにも”。
例えば、”テクノロジー”は資本主義が消えても、社会主義が消えても国家が無くなっても
残り動き続けて存在して行くものでしょう。
『身体』と『製品としての服』それに『素材』。
これらそれぞれに新たなテクノロジーと古いテクノロジーが
人間を想うこゝろで僕たちらしい新たな調和と融合の世界を。
或る意味で『危機の時代』
すべての根拠が失われ始めた現代と言う「POPの泡沫化現象」状態で
新たなものを創ると言う行為を開始するとしたら
『テクノロジー』に懸け、委ねる事が新たなる勇気ある選択、
これこそが新しい時代を生む迄のエッポクメイキング足りうるでしょう。
ファッションの人たちに今欠如している眼差しの一つに
この『テクノロジー』への関わり方があるのではないだろうか?
どうしても、『素材』そのものの新しさに委ねてしまって
服を作る事の『本質』に考えなければならない
『テクノロジー』が欠如してしまっている。
新たな『テクノロジー』と新たな発想での『バランス-オブ-テクノロジー』が生まれなければ
所詮、ファッションはすべて、ここ1世紀を超えても未だ、”ミシン”と”アイロン”を使っての
『WRAPPING-PAPERE』/包装紙の領域。
そのコンセプトは変わらぬ”FAMME OBJECTS"と"HOMME OBJECTS"。
(最近のCdGを見ていても残念乍ら、これは感じてしまう)
いろいろな『諸テクノロジー』とその新たな生活環境との調和を考えたバランス観が加われば、
この現在の閉鎖的なるファッションの世界にも可能性ある、豊穣なる世界観が誕生するのではないだろうか?
そして、新たなる『夢』が生まれる。
考えてみれば、
この発想による世界観は従来の日本人が最も得意とし,
発達させて来た分野では無かったのでは?
「パクれるものはパクって」
そこに自分たちだけの発想と発明のテクノロジーが使われていれば
それはもう、オリジナリティを持ち得る迄の現実に。
極論で言ってしまえば、
『ファッションにおける日本式ケイタイを創る』論理である。
ここが可能性あるスタート。
こんな事を考え今シーズンのメンズコレクションを見ていました。
この兆しは
確実に最近のメンズコレクションでも
着る身体を『ソフト-プロテクション』する側から
また、都市をバイクで徘徊するアウトドアーレジデンサーズへの
新しい視点でテクノロジーに挑戦し始めた若手たちがいる。
RAD HOURANI:
ROMAIN KREMER:
visvim:
参考/
日本繊維機械学会:http://wwwsoc.nii.ac.jp/tmsj/japan/index.html
テクノ手芸ウエブ:http://www.techno-shugei.com/
Dashing Tweeds : http://www.dashingtweeds.co.uk/
Dr.Jenny Tillotson : http://www.smartsecondskin.com/main/
WearAbleTechnologies : http://www.loop.ph/bin/view/Openloop/ WearAbleTechnologies#NEW_developments
St.Martins College of Art & design : http://www.csm.arts.ac.uk/
Elisabeth de Senneville /art-couture : http://www.e2senneville.com/
UNDER COVER :
RAF SIMONS:
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年07月01日 20:40 | comment and transrate this entry (0)
2010年06月08日
discipline会のご案内
"心地よい風と陽の戯れが爽やかさを
今日の1日の感謝すべき、さりげない贈り物。”
こんにちは。
ご無沙汰をしていますが、みなさまお元気でご活躍のことでしょう。
久しぶりでいつもの『discipline会』をやりたくなりました。
お時間のある方、気に掛る人、好奇心ある方々、
どうか、ご一緒に考えてみませんか?
皆さんのご意見もお伺いしたいのです。
変わらぬ、のっぺらぼうな日本の『豊かな、難民たち』
パラサイトという言葉も埋没してしまった穏やかさ。
アナーキーやニヒリズムも退化した無情の輩たち。
一向に退化しない外国人コンプレックス。
バニティなモードの世界もより、おバカさんたちが。
久しぶりで3ヶ月近く居た日本は僕にはこのようでした。
『分かち合いのデザイン』というテーマで
新しい時代へのデザインが、
そこに携わる人たちが
何が出来るかを考えています。
『分かち合い工学』と言うデザイン-カテゴリイを本気で!!
その発端は昨年の1年から、
『Woodstock Rock Festival 40周年』と
西アフリカ、マリ共和国への旅。
そして、『共棲資本主義』という発想。
モードの人々の喪われている事の一つに『含羞』があります。
弄んでいる事の一つに『謙虚さ』があります。
そして、遅れている事の一つに
『テクノロジー』があります。
新しいテクノロジーは全てに新しい可能性をもたらします。
例えば、洗濯機や掃除機は
諸技術の発達によって未だ未だ、新しさが誕生し得ます。
ビジネスにも可能性が生まれます。
モードの世界は『テクノロジー』を素材により何処って居るだけの
変わらぬ『WRAPPING』バリエーション。
勿論、服を縫製する時点でのいろいろな『手法』も分解してみると多くの技術が介在します。
『ヒューマンテクノロジー』と『サイエンステクノロジー』の
考えられる新しきバランス化。
もう一方で、
着る人間の身体の『テクノロジー』も考えなければならない時代性が。
ここにしか、今後のモードにおける所謂、
『新しさ』は登場し得ないでしょう。
ここに僕は
『共棲資本主義』におけるデザインを考え
『分かち合い工学』を想い
『分かち合いのデザイン』を叫びたくなったのです。
みなさま、
『好奇心』を感じられたら、是非、ご一緒しませんか?
=============================================================
■日時: 6月17日(木) 18:30-21:30
■ゲスト:
柴田ジュン/
アーティスト。97年渡独。
ドイツ、ベルリンにてアーティスト活動を開始、インスタレーションやパフォーマンスを中心とした作品を発表。
2003年帰国。国内外にて活動中。
三上善司/
2005年、江東区清澄白河に現代美術ギャラリー、ZENSHI を開廊。
2009年、千代田区神田岩本町に移転。
国内外経験や学歴は問わず、骨のある若手作家を中心に展覧会を企画・開催する。
東京都府中市のギャラリー、LOOP HOLE の共同ディレクターでもある。
http://zenshi.com
たくさんのご来場、ありがとうございました!
投稿者 : editor | 2010年06月08日 02:33 | comment and transrate this entry (0)
2010年05月06日
今日読んだ本から、これも、『共棲資本主義』的なる大事な視点。
今読んでいる本の中から。(少し、長いですが、)
” スエーデン語に「オムソーリ』という言葉が在る。
本来的意味は、「悲しみの分ち合い」である。
人間は悲しみや優しさを『分ち合い』ながら生きて行く動物である。
つまりは、人間は『分ち合う動物』である。
『分ち合い』によって、他者の生も可能となり、自己の生も可能となるのである。
しかも、『分ち合い』は他者の生を可能にする事が、自己の生の喜びでもあることを教えている。
人間の生き甲斐は他者にとって自己の存在が必要不可欠だと実感できた時である。
『悲しみの分ち合い』は他者にとって自己が必要だという生き甲斐を付与することになる。
共同体のように、社会を組織化するという思想。
つまり、共同体の中では共同体の構成員に任務が配分されるように、
社会の構成員にも任務が配分されなければならない。
共同体に在っては、すべての共同体の構成員が共同体に参加して任務を果たしたいと願っている。
高齢者であろうと、障害者であろうと、誰でもがかけがえのない能力を持っている。
しかも、そうした能力を共同体のために発揮したいという欲求も持っている。
そうした欲求が充足された時に、人間は自分自身の存在価値を認識し、幸福を実感できるからである。
これが『分ち合い』の思想である。
もう一つ、スエーデン語のラーゴムという言葉がある。
意味は『ほどほど』と言うか、超過も不足も悪徳とする倫理を表す。
が、この言葉、「ほどよいバランス」という意味で『分ち合い』と根底で結びついている。
極端に豊かになることも、極端に貧しくなることも嫌うラーゴムは、
社会の構成員が人間らしい生活を営むように、『分ち合う』ということを意味するからである。”
『「分ち合い」の経済学』/岩波新書/神野直彦著:から抜粋と編集。
日本の本来の生活の中には此の様な共同体で生きて行くための『分ち合い』のこゝろがありました。
真こゝろ、謙虚さ、思いやり、弁え、腹八分目、そして、不義にして富まず。など等。
自我を拡大しきる。
そして、自我を自分の世界観、価値観の元に無にする迄に、
そこに『分ち合い』のこゝろが。
共同体の中では共同体の構成員に任務が配分されるように、
社会の構成員にも任務が配分されなければならない。
例えば、この任務が自分の好きな服を作ることであれば、
先ず、自分自身が幸せである。
その幸せを誰と『分ち合い』うことが出来るか?
唯、『分ち合い』の真こゝろと勇気があればいい。
それだけです。
服が作れないのに作れる振りをしている人たちは何を他者と分ち合えば良いのでしょうね?
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年05月06日 01:49 | comment and transrate this entry (0)
2010年04月25日
My Archive Interview−2 / "逃げ足の速い男”/Hello Mr. Malcolm R. A. McLaren."
時間は止まらない。廻り続けている。
だが、時間はリバーシブルだ。
また、一人、かつて僕がインタビューをした男が死へ急いでしまった。
彼は、あのロンドン発POPカルチャーの確実なるアイコンで在った。
彼が居なければ、登場しなければ、シドもナンシーもみんなみんな生まれていなかった。
そして、ヴィヴィアン譲も。
そんな彼は
今年のフェスティバル-イエールのインターナショナル審査員に選考されていたので再会を楽しみにしていた僕。
『安らかにご冥福を。
ありがとう、ミスターマルコム。
あなたは真のブリティッシュダンディズムを生きられた。』平川武治:
******
このアーカイブインタビューは1995年発行の雑誌『SWICTH』誌に掲載された際のオリジナル-インタビューテープを起こしたものです。
僕が興味深く聞き入った事はやはり同年代人としての『’68年をどのように?』であった。
そして、彼流の時代の掴み所がいい。
メディアとの関係性も熟知している。
これはその後の僕の頭に、彼の名前と共に、かなり強く印象が脳みそに残っていた事だった。
これも今では古い話になってしまうが、
このインタビューの後に彼とは幾度か巴里で出会っている。
その一つに、僕の巴里の親友の一人、ドラッグクイーンでその名を覇した“ROLA"が催したイベント『THE CABARET』で出会った事がある。この時は丁度、マドンナが巴里へ来ていて、このローラたちのイベントにお忍びで観客で参加した時であったからかなり豪華な贅沢な時代だった。その時の彼への印象が、"Hi,M. BRITISH GENTLEMAN, MR.MALCOLM!”
そして、このインタビューでも語っている”CABARET“論でもある。
お喋りと目立つ事が大好きだった、子供の様な中年男だったから彼の周辺は大変だったであろう。
The ARCHIVE INTERVIEW on '95 in London.
Interviewer TAKE. Hirakawa:
『肌を切る風が、ロンドン特有の冷たい11月の遅い朝、遅刻することで有名な彼にしては、大変珍しく定刻通り現れ、彼が語り得る幾つかの"神話"や、現在と未来について、街、音楽、ファッションについてロングインタビュー。
「SGT.-PEPPER'S LONLEY HEARTS CLUB BAND」というビートルズの名アルバムが口火を切ったかどうかは、今となっては全てがノスタルジアなのだが、この年、'67年にロンドンにもいわゆるヒッピー革命が起こった。そして、未だ、ヒッピーの流行が勢いを持っていた'71年,「キングス・ロード430番地」に、当時では一番の、古着を中心としたポップ・レトロの店、「パラダイス・ガレージ」があり、そのバックルームでスタートしたのが、「LET IT ROCK」。
そこは、田舎から出て来た、テディー・ボーイ達の夢を全て叶えた、ブリルクリームで飾られた、ボール・ルーム。そこでは、50年代のロックンロールのレコードが中心に、確か売られていた。
その店も翌年、'72年には「TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE」という名前に変え、テディー達からロッカーズへ、愛玩する対象も変えた。この年は後に、「フィフティーズ・リバイバルの年」と云われる、大ロックンロールフェスティバルも開かれた。そこでも、自分たちの作った、「Vive Le Rock」というスローガンが入った、リトル・リチャードのTシャツが売られた。この店名は、バイカーズジャケットのスローガンからとったもので、店内にはスローガンで溢れたTシャツがいっぱいだったし、飾りビョウやチェーン、レザーものが主だった。この辺りから、ワーカース・クラスの若者達に圧倒的に指示されはじめた。
'73年には憧れのニューヨークに初めて行った。この街で、他のキングス・ロードの店とともに、「ナショナル・ブティック・ショー」に出展参加したためだった。
'74年春にはこの店名もイメージも、再び新しくなった。「SEX」という名で、フェティスト達を喜ばせた。レザーパンツやゴム、革製のボンテージ・ファッションが中心になり、ジッパー付きの穴あきTシャツ等もこの時代のマスターピース
だった。新しい店名が、プラスチック製のショッキングピンクで大きく飾られていた。この店から、あのパンクグループ、"セックス・ピストルズ"が誕生し、『神話』が、より神話らしく語られるに至った。
'76年には、更に店名を「セディショナリーズ」と変え、この時代に今でもパンク小僧達の憧れとなっている名品(?)ボンテージ・ストラップド・ルックを発表した。店内には、ピカデリー・サーカスの絵が、上下逆さまに描かれていた。
近くのフルハム・スタジアムのフットボールファンたちによって、見事に壊されたファサードには、パンクス達のグラフィティーが加えられ、余計にらしさを生んだ店だった。
そして、'79年に現在も存続している名前、「ワールズ・エンド」に改名した。
今でも、正面には、この時代に新しく取り付けられた、逆回りの大時計があり、速い速度で回っている。店内は、海賊船をイメージし、床は傾斜がついている。
'81年には、最初のキャット・ウォーク・ショーをオランピアで行った。そこで発表されたのが、"パイレート・コレクション"。海賊シャツや、ショートパンツが新鮮だったが、この辺りから、音楽と服の関係に溝が出来始めた。そして、キングス・ロード430番地の弟分とも云える店を、「ノスタルジア・マッド」という名でオープンさせたが、この店が閉店されると、同じ様に、ヴィヴィアン・ウエストウッドとも最後の仕事となった。これが'84年であった。
『神話』は語られるたびに、作られてゆくものである。そして、『ノスタルジア』とは、苦痛が取り去られた記憶である。
TAKE.: 時代の先取りについて(73年頃、ブリティッシュロックの下火の時期に、ロックンロール)
Malcolm.: 「アート・スクールの学生時代からロックン・ロールファンだった僕は、卒業後、自分がコレクションしていた、何百枚ものロックン・ロールのレコードを売るために、その場所を借りたのさ。」レコードを売るために音楽に合っ
たスタイリッシュな服も売り始めた。それは、当時のキングス・ロードのどの店ともメンタリティーが違った。まるで、ロックンロール・スタイルの小ちゃなミュージアムのようだった。後に、新しい服を売るには新しい音楽が必要になったために、パンクが誕生したんだ。僕は、服は音楽無しでは売れない、ていう気持ちがあった。新しい服と一緒に、古いレコードを売ってゆくことはできなかったんだ。昔のロックンロール・スター達、例えば、R・スチュワート、D・ボウイ、R・スターやG・ハリソンそれにI・ポップ達が、僕の店に古いノスタルジックなロックン・ロールのレコードを買うために集い始めた。そうしたら、彼らに会いたい若者達が大勢集まり、自分たちももしかしたら僕に近づいたらスターになれると、考えたのだろうね。そこはまるで、アソシエーションだったし、ある種のスタイルを生むセンターだった。
プライベートでもビジネスでもパートナーだったV・ウエストウッドとは'65年から二人の交際が始まった。その関係は、お互い同士が学び取り合うと云う、補足し合う関係で、'84年まで続いた。彼女はその後も、「ワールズエンド」を継続させ、'81年以後、現在迄パリでもコレクションを発表し続け、ニューヨークのファッション誌「ウーマンズ・ウエアー・デイリー」の編集長に、「世界中の6人のトップデザイナーの1人であり、唯一の女性デザイナーである」とまで云わせた。多分、彼との出会いがなければ、また彼と仕事をしなければ、今のV・ウエストウ
ッドは存在し得ないだろう。
『記憶とは創造の過程であり、何を思い出すかは、我々の"ライフスタイル"にとって重要な意味を持っている』(ロロ・メイ/『実存』 '58年)
TAKE.: V・ウエストウッドとの関係は?
Malcolm.: 当時、僕のガールフレンドで学校の教師をしていた。僕の家は縫製工場のようなことを営んでいたので、彼女のためにミシンを購入して、服作りについて少し教えてあげた。本当に小規模だったけれど、彼女の作る新しい服の方に人気が集まり、古いレコードは姿を消し、彼女は勿論、学校の教師を辞めた。だけど、僕は音楽と関わっていたかったんだ。服はファッションでなく、音楽と結びついたものだという考えが変わらなかったからね。彼女はロックン・ロールはそれ程好きではなかったけれど、手先が器用だったから、服を作るのが上手だった。彼女の服は、自分で試着しながら裁断して、自分のサイズを縫製していく方法だった。一般的な工程で作らず、自己流のシンプルな方法(D・F)だった。
それが同義語ともなって、D・Fスタイルのパンクロックと結びついて、定着したと思うね。僕たちの発想は、全てがアマチュア的な発想だったから、伝統を重んじるところが少しもなく、非常にシンプルで、誰にでもできるようなものだった。
"服とは音楽へのステートメントだ"という発想は、ファッション誌から生まれた服ではなく、ストリートからの発想だった。そのスタイルがパンクと呼ばれ始めたのが'73年頃からの、「キングス・ロード430番地」からであった。ショップ「セックス」のスローガンが、「セックス・クローズ」という新しいストーリーで出発した。セックス・ショップで売っているアンダーグラウンドなものを、ファッション・ストーリーへ持ち出した。音楽も突然、新しいものが生まれた。かつてのロックン・ローラーたちがプレイするスタイルも容貌も異色。セクシーさが全ての重要なキーポイント。それがパンクであり、そのムーブメントを直接、世界中に広げたのが、「セックス・ピストルズ」、彼らはおばあちゃんと一緒の子供達の様だったと云うが、
TAKE.: セックス・ピストルズとは?
Malcolm.: 店に集まる若者達は、自分たちが着ている服に似合う音楽が欲しいと言い出した。僕の服を着た若いミュージシャン達が店に出入りし、そのファン達も集い始めた。彼らがコンサートする時のチラシやチケットも売り、彼らのス
テージでは僕の服を着たからいい宣伝になった。セックス・ピストルズは名前の通り、彼らはとても若くてセクシーな小型拳銃を持った暗殺者達のようだったから、この名前が浮かんだ。名前とスタイルと音楽、すべてが一枚の写真とストー
リーに結びついたんだ。アイディアは、僕がニューヨーク・ドールのマネージャーとして初めてアメリカへ渡ったとき、ニューヨークの小さなバーで、リチャード・ヘルがコンサートをしたのを見た時だった。彼は破れたTシャツにマジックペンでスローガンを書きなぐった姿で現れたんだ。ロンドンに戻ってからも、このイメージが残っていた。それに安全ピンを加えたのが、パンク・ロックスタイル。パンツもアメリカの軍服からのヒント。ブリーチしたり、ファスナーを加えたり、やはりストリート・ファッションそのものだったよ。シド・ヴィシャスはジョニーの友人で、店の常連客から始まった。毎日通ってくる様になって、僕が根負けしてグループに入れたんだが、何の楽器も出来ず、どうしようもなかった。ある日、リハーサル中に、ジョニー・ロットンが歌いたくないと言い出した。その時にシドがマイクを持って歌いだしたんだ。それが良かったし、彼は曲を全部覚えたいた。シドが歌えるなんて誰も知らなかったが、僕らは彼をシンガーとしてレコードを作った。でも彼は、「ゴッド・セーブ・ザ・クィーン」や「アナーキー・イン・ザ・UK 」も歌いたがらず、50年代のエディ・コクランのロックン・ロールを歌い、セックス・ピストルズの最高のビッグ・ヒットになってしまったんだよ。
その後、彼らの映画を作り、それが彼らのキャリアの終わりに繋がった。
'68年の "サマー・オブ・ラブ"は、この時代の人間達にとっては、彼らの人生の大きな分岐点になっていることは確実である。当時の体験もしくは、自分自身の問題意識が深ければ深い程にその影響は大きい。青春時代の純粋さが、この"5月革命"によって、大きな厚い壁を破る動機にもなった。'68年のクリスマスのオックスフォード・サーカスにある、セルフブリッジ百貨店のオモチャ売り場でサンタクロースの格好をした連中たちと共に、売り場に乱入し、荒し廻って子供や親達を驚かし、スローガンのビラをまき散らすというハプニングを行った事は、後に語り継がれている、有名な話。実存主義という思想が生まれ、ビートニクスたちを誕生させたカオスとしての街、パリは詩とリズムとをも生む。それらは、"リアル・60's アートステゥーデンツ"の過敏な純粋さに、過大な影響をあらゆる分野で与えたのだろう。
そんな文化のねじれを、その裏側には一体どのような知的思考が存在するのかを考え、何が文化を変えていき、刺激的で異色なものがうまれていくのだろうかと、考えていた。危険で世間を騒がせ、衝突していくもの、伝統的な価値観を突き破るイメージを追い求めて来た。
そんな激しさも新しさも優しさもすべての、ノスタルジックなパリとは。
TAKE.: いつからパリに恋をしたのか?CD「Paris」の背景は?
Malcolm.: 子供の頃から好きだった。'60年頃のソーホーのクラブでは、フランス語が喋れないと入れなく、地下のインテリアにはフランス製のポスター等が貼られていたし、ジュークボックスからはシャンソンばかりという店があったね。'60年代のパリは、実存主義が流行り、とても知的な都市だったからね。新しいヨーロッパのアンダーグラウンド・シーンのビートニクス等のムーブメントが、若者達の間で次から次に生まれていた。そんな60年代始めのパリ発の哲学が、ソーホーのクラブにも飛び火し、そこにM・ジャガーやジェフ・ベック、R・スチュワード達が、黒づくめの服装でアンニュイな表情でタバコをふかし、まるで居眠りしているかの様に見えた。こういう退廃的な若者達と、ロックン・ロールというの
はまさに、ガソリンと火の様な関係だった。実存主義に刺激されて、失う物はもうなにもないって感じで多くの若者達のロックン・ロールのバンドが生まれた。黒尽くめにロングヘアー、退屈そうな表情でギターを淡々とつまらなそうに弾い
ていた、R・ストーンズの様なバンドが次々と生まれた。これが十代の僕が最初に感じたロックン・ロール・ミュージシャンの印象だったね。これは、僕が母達とテレビジョンで当時見ていた、楽しそうに、派手に着飾ってパフォーマンスする
アーチストたちとは全く違っていて驚いたね。だから、僕がセックス・ピストルズを生む時には、この'60年代の怒れる若者達の思想を取り入れたんだ。
'93年に久しぶりにカフェ・フロールに座って、ゆっくり時間をすごしてみると、そこには僕の少年時代のパリの印象と全く変わっていない事に気づいたんだ。そうか、これが僕のやって来た事の、全ての始まりだったんだってことに気づい
たんだよ。ロンドンは、ロック・ミュージックのメッカの様に考えられているけれど、そこに存在するアイディアや精神の原形は、海を隔てたパリからやって来たものだったんだ。例えば、ビートルズのセカンドアルバムのカヴァージャケッ
トの4人組が、黒のセーターに特有のヘアー・カットでこぎれいな格好はまさに、実存主義のポップ・バージョンだった。だから僕は、パリのことをストーリーとして楽しく物語ることを、このCDでやったんだ。今のパリは少しは変わったかも
しれないが、当時のまま残っている場所はあるし、あのアマチュア的な精神と効率の悪さ、ロマンチックで不器用なところは少しも変わらず、今に息づいている。ところが英国では、まるでドイツの様に効率の良さとプロフェッショナルな事を重んじるあまりに、25年間培われた精神は消え失い、詩さえ消えてしまった。そこで僕はもう一度、セルジュ・ゲーンブールやF・アールディとかM・デイビスのジャズ、F・トリュフォーの映画の様な世界に戻ってみたんだ。現実にはそのような世界はもう存在しないけど、パリの街路の壁の亀裂から、ディテールを垣間みる事が出来るんだよ。"Paris"のアルバムに参加した理由は、旅人の様に僕の想いの街、パリを歩きながら失われた文化のディテールを追い求め、糸をたぐり寄せストーリーをつなぎ合わせてみたかったんだ。それに、C・ドヌーブや、共演のパリのアイドル達に恋をしてしまったんだ。アミーナと出会って、僕はとても音楽的なアイディアが浮かんだ。ロックン・ロールがヨレヨレになってしまい、詩が生まれにくくなっている現代、昔のキャバレーの雰囲気や、アマチュア的な精神の方がもっとモダンでいいし、ファッショナブルになっていることにも気付いたんだ。ニューヨークでも再びキャバレーは貴重だと思う様になってきた。80年代のハイテックなディスコティックはもう飽きられて、夜会服を着てキャバレーに行って楽しむ事の方が面白くなり始めた。大学でも、実存主義やビートニクが再び評価されているらしいし、クエンティン・タランティーノの「パルプ・フィクション」を見たとき、僕は60年代のヌーベルバーグもの、トリュフォーの「ピアニストを撃て」とそっくりだと思って喜んだ。バラバラの他人同士が一つの輪の中でまとまってゆくところや、全体のヴァイヴがそっくりだよ。パリとロンドンの違いは、パリが女性なら、ロンドンは男性だね。パリでは皆はアマチュアになりたがっているけれど、ロンドンでは皆はプロになりたがっているんだ。パリのブルジョワ達は歌いたがっているし、画家になりたがるし、アーティスト達と混じり合って、アーティスティックでいたいという生活があるね。一方、ロンドンのブルジョワ達はいかさない。この絵が買えるだろうか、あれやこれや買えるだろうかと、あくまで消費者であり、外出もしたがらない。きっと、よりドイツ人に近いものがあるね。英国人自身はこの事をあまり認めようとしないところも、問題だね。
メディアが怪物化して来ているという。そんなメディアをどう使ったら良いのか、メデしアと関わる場合、自分が主導権を握る方法とは何であろうか。メディアにへつらわない、媚びないこと、メディア以上の分野を持ち得てメディアに立ち向かう事なのだろうか。ヴォーグ・マガジンに反抗する服作りを考えていた。スタイリストが借りに来ても断る。音楽ファッションはストリートにいるオーディエンスを頼りにすれば良い。ファッション雑誌を頼っても仕方がない。メディアの産物が、僕たちの集合的ノスタルジアの風景を支配する様になったということだけで、十分なのだろうか。
TAKE.: メディアとの関わり方巧みで、あなた自身がすでにメディアになっていると思うのだが、メディア観を。
Malcolm.: メディアと仕事をしてゆく事は、難しい。昔のメディアはとても若く、ナイーブで、無垢であった。今のメディアは年老いた老人の様で、どんなことでもよく知っているし、どこにでも出没する。風呂場を開けてもメディアが存
在する様な時代になってしまった。もう逃げ場がないんだ。そんな今のメディアは、生き残ってゆくために以前にも増して、ストーリーを作り上げていかなくてはならないんだ。それが混乱を生む。もはや昔の様に、大きなストーリーが一つ
存在する時代ではなく、何千もの小さなストーリーが存在するので、一体僕たちはどのストーリーを信じたら良いか、選んだら良いのか、解らなくなった。本当に難しい時代なんだ。メディアはモンスターになってしまい、ノンストップでストーリーを喰いまくっている。だから、小さな良いアイディアが生まれてくる事も少なくなった。今の時代、ファッションや音楽を中心とするサブカルチャーの人たちの多くは、昔の時代を振り返って、ノスタルジアの中から安全な物を選んでいこうとしている。明日をすばらしいと思わない人が増えて来た時代だけど、そんな中で、明日に生きたいと思う人たちは、自分の家から外に出ず、コンピュータやインターネットの世界に閉じこもって暮らしている。彼ら達は、インターネットを使って、無料の情報を収集しているんだ。たぶん、将来の鍵を握っているのは、アーティスト達ではなく、科学者達なんだ。アーティスト達は過去へ戻りたがっているし、科学者達は行く末を決めていこうとしている。だから大切なのは、科学者とアーティストの橋渡しを、誰がしていくかが、問題になるだろう。科学者がロックン・ロールになり得る時代なんだよ。それに、ロックン・ロールの中で使われる詩が、みんな古くさくなってしまった。人をより刺激して楽しませる、新しい詩が生まれてこないといけない時代なんだ。メディアがモンスター化した結果、言葉やコミュニケーションが難しくなったってことだよ。
特に、ここ一年来、『未来』について、再び考えなくてはいけなくなってきた。明日がモダニズムを生んだ時の様にはポジティブではない事を識ってしまった僕たちとその子供達。でも、時は確実に未来の方へ刻み進んでいる。近代のツケは近代に払っておくべきである。誰が、"クロス・オーバー・ザ・ライン"を行うのだろうか。
『人がどのような自分になろうとしているかによって、かつて自分がどの様であったかという思い出も決まって来る』(ロロ・メイ/『実存』 '58年)
TAKE.: 未来の事をもう少し。貴方が未来を演出するとしたら、どんな21世紀を演出しますか?
Malcolm.: それは非常に難しい質問だね。テクノロジーが独走し進歩していくのに、それを上手く結びつけるクリエーターは誰なのかって問題が在るんだ。21世紀のサブカルチャーはきっと、世界中でどこでも同じものが起こり得る情況に
なるね。21世紀に生まれる人間達には一体、何が新しく何が古いのか、何が真実なのかは見分け難くなるだろうし、それらの意味も問題にならない。歴史なんかに全く気に掛けない世代が生まれそうだね。歴史を検索しても、あらゆるものが
混じり合っていて何も解らない。ヴァーチャルワールドが必要な全てのものをクリエイトしてくれる時代が21世紀だう。人間とのコミュニケーションの方法も変化するだろうし、仕事と余暇の境界線がなくなるだろう。だから、文化の役割はより重要になろうし、企業体は国際化され、政府の役割やアイデンティティーなどは徐々に重要性を失っていくだろう。また、金持ちは長生き出来、貧乏人は早く死んでしまう時代になるかもしれないよ。男と女の関係ではまず、婚姻そのものが疑問だね。そのうち、男と女の間で大きな市民戦争が起こるかも知れないよ。多分、女性の方が勝つだろう。男は常に狩りに行きたがるんだ。何も射止めるものが無くっても、それでもオフィスやバーに一日中座ってじっと物色する動物なんだよ。女性の方がより物事を把握している。彼女達は生を産み出す力があり、社会性があり、地球を理解出来るんだ。そして、今後はゲイの男達がいいかも解らないね。現に、ゲイの男達が世の中で一番成功しているでしょう。彼ら達は、普通の男達よりももっと現代社会と調和しているからです。女性問題を起こす事もなく、自分で稼いだお金を全部貯め込んで自分のためだけに使えば良いし、子供もいないから楽な暮らしが出来る。彼らは集団で助け合って生活しているコミューンの様で、他の人たちよりもサバイバル力がある。ゲイをターゲットにしたマーケティング戦略がもっと直接に具現化されるかも解らないね。僕のアルバムも、ゲイの人たちに売れているんだ。彼らはただ金持ちなだけではなく、心がオープンで平等主義で楽天的で全く偏見がない人たちなんだってことも、次の時代の個人生活の重要な点だよね。
服で云うと、質の高さと長く着られる服が戻って来るだろう。従って、デザインも知的で多くの変化は必要なくなる、例えば、J・P・ゴルチェよりA・P・Cの様なデザイナーに人気が集まり始めた事が、一つの事実だろう。着る人達は、自分の顔を持ちたい。顔の見えないクラブで遊ぶより、じっと座ってキャバレーのショーを見るように、見る時間が大切になり、長くなって来るだろう。スーパーモデルの登場も、ボディではなく顔を眺める様になった一例かも知れないね。今後
は顔がファッションになり、顔の違いが重要な時代だろう。今、イギリスでは本当に面白い現象が初めて起っているんだよ。それは不況の結果なのですが、学校を卒業してプロとして仕事を持ったのに、再び失業した40歳前後の人たちがまた
、学校へ通い始めたんだ。これは、'70年代、’80年代には考えられなかった現象で、極めて'90年代的な現象だね。プロである事を忘れ、シンプルな学生生活に再び戻り、21世紀への生き方を考えてみるという行為だよ。精神的にも知的にも充
分に備え、多くの情報を切り捨てて、自分たちが選び出した情報のみに焦点を絞ってゆくという不況時の過ごし方の一つだ。ニューヨークの友人、トム・ウルフがかつて、『90年代はもっと退屈な時代になるだろう。きっと、多くの人たちが
図書館へ戻っていく事になるだろうからね。』と云った。多分、今後の学生は、若者だけとは限らず、年配の人たちも多くなるだろう。きっと、余暇と仕事と情報がみんなシンクロした、新しいタイプの人が現れるだろう。
TAKE.:最後に、貴方をゴッド・ファーザーと憧れ、崇拝している多くのマルコム・チルドレンたちへメッセージを。
Malcolm.: 『メディアはまさにメッセージを失ってしまった。』これが僕のメッセージだよ。
60年代にマクルハーンの『The medium in the message』という本が有名になった。だけど今の時代は自分を信じるしかないんだ。メッセージなんかあるわけないよ。ファッションは既に、皆の手に渡ってしまった。ファッションとはもう、君
たち自身の事なんだ。ほとんどのデザイナー達は、何も伝える事がなく、ただ歴史をひっくり返し続けているのだよ。
今、スーパーモデルのクリスティー・タントンのドキュメンタリー映画のサントラ盤の制作とロバート・アルトアンの新作映画「プレタ・ポルテ」でのソニア・リキエルのための歌とそのサントラ盤のためのプロモーションをしている。
彼、マルコム・マクラーレンが持っている勘の若さとノスタルジアは大きな夢とキャリアの両方だろう。それがバランスを保っている限り、彼は『神話』を世界
中のストリート・オーディエンスたちに語り続けてくれるだろう。
ファッションや音楽は僕たちの日常生活の知覚や経験の大部分が常に作り直される手段である。完 』
// 初校版再校正:平川武治/25 April. ’10
参考出典/雑誌「SWITCH」Vol.-13『逃げ足のはやい男』より:
翻訳協力/豊原千恵子
ありがとう。
投稿者 : editor | 2010年04月25日 15:35 | comment and transrate this entry (0)
2010年04月16日
ARCHIVE原稿(3)「WOODSTOCK ROCK FESTIVAL」の40周年記念日に思うこと。そして、『共棲資本主義』(Original/Sep.'09)
40年前に;
昨年の8月15日はあの「WOODSTOCK ROCK FESTIVAL」の40周年記念日でした。1969年8月15日から始まった此のロックフェスティバルはもう,40周年を迎えたのです。
僕は幾日も、幾度もDVDを借りて見入りました。別にこれと言う理由は無く見始めたのです。多分、此の時代のロックミュージシャンたちに興味を覚え,特にJ.ヘンドリックスやサンタナが聞きたかったからでしょう。
そこには、奇跡が現実になった3日間がありました。
ROCKに集まった50万人の若者たちが一つのコミューンを,小さな村を構成したのです。
ロック好きな若者たちが数人たちで企画し遂にはN.Y.郊外の私有農地を借りることが出来、行われたのが此のロックフェスティバルでした。(これは会場となる農地のオーナーの息子とその家族から描いたフェsティバルの映画が製作されている。’09年)
ここで一つ,大切な事があります。自分たちが好きな事は自分たちが思い立ち,企画してそれらを自分たちの手で、彼らたちのリアリテで成し遂げたと言う,もの凄く当たり前な事ですが,大切な根拠性がここにはありました。現代では此の手のフェスティバルは広告代理店と企画会社任せのものが総て。ここに一つの問題定義を感じます。総てが商業主義に乗っ取ったヤラセイベントだという事実。
当然ですが,当時のロック音楽大好きな15,6歳から30代前後の若者たち男女がまさに,『ロック大好き!』と言う理由だけで最終,50万人も集まったと言うこと。企画者たちの最初の予想では3日間で約20万人集まればトントンでいいよな!!と言う位で始めたそうです。
今から見ればステージやセット環境も然程のものではなく、必要な環境としてのステージとスピーカータワーのみが用意された規模でした。それが結果は50万人も集まった此の当時でも世界始めてのロックフェスティバルになったのです。
最初は前売り入場券を発売していたのですが,余りの観客動員のため2日目以降は全くのフリーコンサートにしてしまったのです。これも凄い事ですね,当然、代理店が入ってですから今では考えられない事です。
ロック好きな若者たちが自分たちで好きなロックのコンサートを自分たちの手で企画し開催する。やる以上は自分たちが聞きたい,また聴いてもらいたいすばらしいロックを演奏してくれるミュージシャンたちへ声を掛け出場依頼を行う。その真こゝろが結果が,J.バエズ、J.ヘンドリックス,10Years after, J.ジョップリン,サンタナ,Who,想い出せばきりがない程の当時の凄いミュージシャンたちがまた,すばらしい演奏した此のフェスティバルは規模もそうですが,中身も大変に濃く凄かったのでした。
3日間の此のフェスティバルの状況をDVDで連日見ているとそのステージはむろんですが,観客たちへ眼差しが行く様になりました。
最初は此の様な経験をした当時の若者たちも今では50歳を超え始めたと言うこと。人生の半分以上が過ぎてしまった彼らたちは此の『ウッドストック体験』がその後の彼らたちの人生へどのように関わったのかが気になり始めたのです。ある種のジェラシーを彼らたちに感じる様になり始めたのです。
スクリーン上で見ている限り,当時の彼ら若者はいわゆる,大人しく,それ程,お行儀も悪くないすばらしい若者たちに見えました。彼らたちのもう一方では,あの『ベトナム戦争』の現実が忍び込み始めてもいました。そして,やはり此の時代なのでしょう,『黒人』観衆は未だ,少なかったです。見るからに『ヒッピー』が目立った為でしょうが、普通のロック好き若者たちが大半だったでしょう。服装を見てもその殆どが,G-ジャンとG's, T-シャツそれにコットンのチェックのシャツ、ライダージャケット等が多く見られた今も変わらぬアメリカンスポーティカジュアルな彼らたちの服装でした。
此のフェスティバル体験者のその後の40年。これをインタビューにまとめることが出来ればこれはきっと、20世紀の一つの文化の明かしにもなるでしょうし,楽しいものが出来るであろうと感じ始めたのです。
僕は此の時期には丹波の山奥へ籠り,陶芸家の所で丁稚生活を始めていた時代でした。此のDVDを見れば見る程に此のフェスティバルに参加しなかった事が残念に思ったのも事実。画面上で日本人がいるかを探しましたがそれらしき東洋人は居たのですが直接は発見出来ませんでした。もし,居ればその人を捜し出してインタビューをしたい迄に高揚したのです。しかし,考えれば此の時期に海外へ出ていた日本人は数が少ないし,ヒッピーだった人も少なく,もし居ても彼らたちはインドへ出向いていたのでしょう。それに,此の時期の日本はもう一方で,『安保闘争』が始まり、学生運動が盛んになり始める時期であった事でヒッピーになった若者よりも学生運動へ走った若者の方が多かった事も僕たちの戦後のリアリテだったのでしょう。だから余計探し当てたかったのですが、
そして,コンサート状況を見ていると次にはその観衆たちの行動とその環境が見え始めました。3日間で50万人は本当に突然に出来上がった小さな都市です。もう,初日の遅くからは,当然ですが此の会場がいわゆる田んぼの真ん中ですから多くの観衆たちが乗り合いバスや自家用車やバイクでしか来れなかった事での『交通停滞』が始まったのです。
出演者であるミュージシャンたちでさえ会場迄来れなくなったので当時のUS空軍が手伝ってヘリコプターで彼らたちが会場入りを始めた程の状況だったのです。次に『トイレ問題』、画面でも出て来る『水問題』と『食料問題』場内アナウンスでも入る『ドラッグ問題』と『セックス問題』そして,最後には『ゴミ問題』までの此の「7つの諸問題」が此の僅か3日間のウッドストックの会場で起き上がっていたもう一つの凄い現実でした。しかし,その後の40年間で僕たちの都市生活環境にはこれらの『7つの諸問題』が拡大と蔓延と日常化しただけの40年間ではなかったかと言う視点を憶え感じてしまったのです。そうです,僕たちのその後の40年の現実が、ここにはそれらのオリジナルが既に、あったのだと言う見方が出来たのです。凄い事です。その後のアメリカがヴェトナム戦争へのめり込まないで,冷戦関係に始終して軍事産業のみの活性化を考えなければ,暗殺者やテロリストを育て上げなければ,石油利権に塗れなければ,中東戦争を始めなければ,此の『Woodstock Rock festival』を一つの未来社会の始まりとして観て,考えれば此の40年間も随分と変わったもっと,寄り道をしない,進化した現実を生み出していた事であろうと考えてしまったのです。ここでは『人間の真面目さと素朴さを信じる』と言う僕なりの教訓を見ました。
ここに僕は今後の『共棲資本主義』のオリジナルを見てしまったのです。或る意味で此の50万人は一つのコミューンでありコミニティでありそこには一つの安心があり安らぎがあると考えればここに新たな観念と感性の元に,『ユニフォーミズム』が成立するであろうと。豊かさのイメージを追う事に疲れ始めた若者たちが向かうべき新たな世界はこんな所かもしれません。共有するものがロックなのか,クラッシックなのかヒップホップなのかアキバ系なのか,サッカーなのか?エコなのか?ひつじなのか、僕たちが持ち得た「自由の裁量」で括る多数のコミュニティが人生の新たな『気概』を生む迄の発想をすればここに何らかの新しい21世紀が生まれるはずでしょう。
『共棲資本主義』—『コミューン/コミニティ』—『地元』—『レジデンサー/居住者』—『コミット化』—『環境』『エコ』—『精神主義』〜『共費消費』『共有消費』〜『時間概念』の変革—『popの泡沫化』〜『Micro-POP』『After the reality』の向こう側。此の様なキーワードが思いつきますね。
『ユニフォーミズム』
これが今僕が想っている言葉、感じている言葉です。
そろそろ来そうです。今の時代の、感覚と気分と気概によるユニフォーミング。
『UNI-FORM』ですね。
このWoodstock Rock Festivalに参加した人を捜していたらなんと、僕の古くからの友人、あのDianeParnet女史が"Take,I was there by the helicopter," と教えてくれた。『私はグラムで、ロックではなかったけど行ったの!』何と、悔しい限り!!その後、改めていろいろ彼女からこのウッドストックについて聞く。話は幾人かのミュージシャンとその演奏についてとドラッグの話、極めて個人的な話で終わった。
*
次世代デザイナーたちの可能性としてのサイト;
あの僕が尊敬をもしているこのまちのデザイナー、Jean Colonnaが新たなファッションビジネスを始める。www.jeancolonna.frで見られるサイバービジネスです。
素材はカシミヤとシルク混。アイテムはタンクトップとT-シャツと彼自らのアーカイブコレクションからのレザーものも含めての3アイテム。型数はそれぞれショート、ミディーとロングの3型。編立てもメリヤス,リブとレース編みの3タイプ,色数も黒,カーキィーと肌色の3色。サイズも3タイプでこれらをマドリックス化したビジネス戦略のブランドをインターネット状で再開した。素材をカシミヤとシルクに絞ったことから総てをミニマムに絞り込んでのある種,『マティマティックなプロジェクト』を始めた。素材と生産工場はネパール。デザインディレクションは巴里。ビジネスはネット上。
最後は、ネットで受注を承けると真空パッケージにして郵送。服は高級素材であり,薄物であるからインナーにも,下着にも,ホームウエアーにもそして,ベッドウエアーにもなるコーディネートファッションアイテム。それに、かさ張らないので旅行にも持って行ける快適的さと最適さを持った服。時折,テンポラリィーなショップを開きメディアへもサービスをすると言う迄のコンセプト。真空パックの中にはミニ-メディアも入れ込んだ面白さもある。
此のオリジナルアイディアはN.Y.のブランド『NO EDITIONS』 http://noeditions.com/ 元H.ラングに居た2人組が始めたプリントを組み替える事での面白さと新しさを売りにしたやはり,アイテムはジャン-コロナと同じようなタンクトップ、T-シャツがベースでのショート、ミディ,ロングの3タイプここではプリントデザインに工夫が凝らされていて施されたプリントを着て楽しむと言う趣向のブランド。
ここでも,若いデザイナー志望の人たちへ助言する事は今の時代『サイト』を使ってのサイバービジネスを考える事は必然的になったと言うこと。それを利用する事で出来うる新たな可能性或るクリエーションと広がる関係性をビジネス化してゆくという発想はショップを持ったり,卸に夢中になるよりも今的なアイディアの一つになろう。
これにも後談がある。
彼らはこのサイトビジネスのためクリスマスシーズンに向けて空き店舗をマレの中に見つけて来て最小亜3週間程のつもりで、テンポラリィーな形態でオープンさせた。これがシーズンの勢もあって、案外好評で未だ開店中である。この理由は、jean曰く、目的であったサイトでの商売がこの巴里では3ヶ月でたった1件しかビジネスに成らなかったのでコレクションシーズンに訪れる日本人バイヤーたちへ向けての旧形態のビジネスに切り替えた為であった。そして友人をディストリビューターにしての旧態ビジネスへ落ち着いたらしい。これでは僕が期待していた新しさが生まれず、又間に何人もの人を入れての商売であるから結局、売値が高くなってしまっている。u.aを始め幾社かが買ったらしい。やはり、此の様なpcの発達とそのビジネスは日本の方が早くおもしろいのが現実であり、巴里は未だ遅れている。つまんないね!!
**
日本素材のすばらしさの証拠;
パリプルミエールビジョンはこのような時代性の元,訪れる客層がより広がり,ここで発信される『トレンド情報』を求める顧客の層に変化が現われ始める。プレタポルテデザイナーたちが挙って『よらば大樹の陰』的に此の『トレンド情報』を参考にしての素材探しはプレーヤーが代わり最近ではspa型のアパレルが良い顧客であり,中国人たちもその中に混ざり始めた。そして,今迄のプレタポルテデザイナーたちの尖った連中は少しでも違う,スペシャルで、変わった,使ってみたい素材へと変化を見せ始めた。そんな彼らたちが憧れるのが日本の素材である。今年から始まった『プルミエールビジョンテキスタイルアワード』第1回のINNOVATION賞にIWANAKA,HANDLE賞にSHOWAが受賞した。
そして、特別賞に僕も以前、彼らの展覧会企画の仕事をした、Jakob Schlaepfer社が受賞した。
このjakob社は先シーズンに期間中にマレのギャラリィーを借りて素材展を開いていたのは流石だった!!
(PREMIERE VISION // Newsletter Novembre // PV AWARDS // Round One)
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別記;
このところ盛んになり始めたファッション展覧会;
*mina perhonen/24 October~ 28 Feb. '10/ at The Audax Textile Museum Tilburg./オランダ/これはもう終わってしまったが、カタログがminaしていてこのブランドの世界観の総てがある。いわゆるかわいい美意識がいっぱい。日本初のすばらしさの一つ。/www.textielmuseum.nl
*Bnernhard Willhelm & Jutta Kraus' / 13 Dec.'09~ 11 April'10/ at the Groninger Museum,Groningen/オランダ/これも先日に終わったもの。彼らたちの10周年のコレクションとそのイメージを展示したもの。この美術館の建築があのメンフィスの主謀者、A. Mendiniのディレクションになるもの。/ www.groningermuseum.nl
*Alexander van Slobbe/ 13 Feb.'10~16 May '10 /at the Centraal Museum Utrecht / オランダ/ 日本での人気のあったメンズを主体にレディスも良いコレクションを展開していたSOブランドの20周年記念の展覧会。彼の知的なソース オブ クリエーションが丸見えの中々の良い展覧会。彼の知的創造性はある時期のマルタンやウオルターよりも早く先駆けていた、エッジに効いたコレクションが今も新しく見える。僕もカタログに寄稿している/http://www.centraalmuseum.nl
*Y.S-Laurent /29 Feb.'10~29 Aug.'10/ at the Petit Palais/ 巴里/僕の友人のflorence Mullerがキューレターとして立ち上げた最新のYSLの展覧会。’58年から2002年迄のものを写真とVTRとイラストで回顧展。P.BERGE財団の持ち物を主体に展示。/ http://www.yslretorspective.com
*Hussein Chalayan/03April~20 Jun'10/東京都現代美術館/フセイン自らがこの展覧会の紹介をした以前、ロンドンのデザインミュージアムで行われたものの巡回展。彼のインテレクチュアルな人柄と几帳面さが解るイメージ-マジカルツアーby hussein編。/http://www.mot-art-museum.jp
+追記;
1年程前から気になっている良いショップ。
GENBAGEN/ http://gbgemirrorblogspot.com / 鎌倉市大町3丁目/一度、行ってみてください。作る事のうれしさと楽しみと怖さが感じられるギャラリー。オリジナルとはを学びたい人は是非!!行けば、もしfusaさんがいらしたら必ず、お話を交わしてください。
文責/平川武治(再編集)
投稿者 : editor | 2010年04月16日 07:22 | comment and transrate this entry (1)
平川さんの考えや未来への警鐘は本当に考えを改めさせるし、勉強になります。
失礼ですが、お年を全く感じさせない新しい世界観と時にチャーミングな物言いに尋常ではないセンスとエスプリが滲み出ていますね。
平川さん、無理を言いますが沢山の日本人が見る事が出来るように何か雑誌か本を出してくださいませんか!
沢山の日本人に平川さんの考えていることを残すべきです!勝手な事ばかり言ってすみません。
お体に気をつけてこれからもロックし続けていってください!
投稿者 : 高橋誠太郎 | 2010年04月19日 01:01
2010年03月13日
ARCHIVE原稿(2)/UNDER COVERのPITTI UOMOのカッコ良さ。そして,新たな流れとしての『ネオ-ユニフォーミズム』へ。
この原稿は昨年の夏の終わりに書いたものです。
これを再読すれば,どれだけ時代の変化が今,現在のスピードになっているか即ち,何れ程時代の変化のスピードが”遅れている”かが解る。この“スローな時代性”を理解して頂ければとの想いを込めて。(ひらかわ)
しかし,UNDER COVERのこのPITTIでの出来事は今後ヘの新しさへ一石を投じるでしょう。
*
6月17日、PITTI UOMOの出来事;
今年のPITTI UOMOが招待した世界のデザイナーはUNDER COVERの高橋盾。
彼のメンズコレクションの海外で最初のコレクションはPITTI 宮殿庭園の夏の始まりの遅い夕刻にスタートした。
参加者は,巴里、ロンドンそしてN.Y.と地元イタリーのメンズファッションのうるさい連中,デザイナーやジャーナリスト,評論家,バイヤー,学校関係者たちが集い驚き,楽しみ心地よい感動も味わう迄のイベントであった。
そこには、新しさが創造されていた。
PITTIでの彼のコレクションは新しさが、このデザイナーが感じ読み込んだ時代の新しさがコンセプトにも、服にも満ちていた。‘50年代のドイツのBRAUN社の工業デザイナーDieter Ramsにインスパイヤーされた見事なコレクション。
テーマは『Less but Better.』
これはD.ラムズのデザインコンセプトとテーマである「Less is more & very useful.」にチューニングしたもの。
モードを新たな視点から時代性と未来性を読み取ると言った彼、独特の眼差しとモードに対する想いが服にデザインされていた。僕流に言えば『ネオ-ユニフォーミズム』の到来を予知させる迄の鮮やかな機能性をモード化したデザイン哲学と視点が読める。
現代ファッションにおける新しいデザイン哲学とは『素材』に委ねるところが多い。
即ち、形骸的なデザインよりはどのような素材を着る人の為に選択してあげられるかがデザイナーの大切な心となり、大事な視点であり仕事となる迄の時代性である。
『素材』が持つテクスチュアーとクオリティとそして、機能性とエモーションをどのように着る人たちの為に時代観を感じさせる迄の服のデザインに落とし込めるかが今後のデザイナーの新たな視点になる。今回のPITTIでのUCのコレクションにはこの時代性とコンセプトの先読みで出来上がっていると感じたから僕は驚き、喜んだのである。
表層的なる唯の『ラッピング-ペーパー』的なモードはもういいでしょう。
手を替えディテールを変えてのいわゆる,「トレンド』内でのデザインはもう,変わらぬ人体を覆うのみの各種「ラッピング-ペーパー」になってしまった。そんな『ラッピング-ペーパー』コレクションはもう、所謂ポストカードで良く,誰でもがそれなりに、カッコ付けて明日から僕はデザイナーですと言える迄の時代性になってしまった事も現実の一端なのですから彼らたちに委ねていれば良いのでしょう。
モードの流れは確実に,
「WRAPPING」から『PROTECT/PROTECTION』へそして、これから『CARE/CURE』へと進化のスパイラルが動き始めるだろう。
日本デザインを想う心が在った。
日本人としての日本デザインを思い考えると今回のUNDER COVERのコレクションへ行き着くはずである。その根拠は「素材」の進化は世界に群を抜いているのが今の日本の強みである。その活きのいい『素材』をどの様に『料理』してあげるか,即ち,「腕の良い粋な料理人の如く」が今後のファッションデザイナーへも問われるはずであろう。そして,この視点は外国人デザイナーの『嫉妬』を買う結果になる。なぜならば,若いデザイナーたち程、此の様なすばらしい素材、面白い素材を使いたくなる。が,彼らたちには高価すぎて手が出ないという現実がここには在る。例えば,J.サンダー、R.シモンズ,B.ウイリヘルム,D.ドマ、などは日本素材の良さを知り巧く使っているデザイナーたち。
デザイナーのリアリティをショップ化してしまった。
今回も彼が惚れ込んでしまったDieter Ramsの作品を自らがコレクションをしてそれらでショップ空間を作ってしまった。
まるで,美術館概念とその空間に彼、自らのエモーションと持ち得たストーリー性を構造化したと言ってもいいまでの自由な発想がショップ化された。
*
パリでの休日,ル-コルビジュエの『サボア邸』ヘ出掛けた。
久しぶりにル-コルビジュエの作品が見たくなって小雨降り始めたパリ郊外へ出掛ける。
フランス人中産階級者たちのお決まりの住宅環境を通り抜けてやっとたどり着いた『サボア邸』。
小さな森の,木立の向こうにその彼の姿を見る。その姿はあらゆる自信から生まれた落ち着きと安らぎ感を感じさせる姿。多分,真に生活什器としてのレジデンス建築であるからだろうか,住む人の品位と教養までを感じさせる住宅建築になっている。
自然と共棲しているレイアウト、自然を取り入れ、自然を生かすデザインそして,直線の組み合わせと空間の入り子構造,限られた色、白を基調にウス-ブルーそして,黒とサーモンピンクが抑えと差し色、ここにも自然とそれが作り出す環境に気を使った証が施されている。
僕の中での,世の中の『キッチュ』化の反動であろうか,此の様な教養と自信と感覚で計算されたシンプルなものに憧れを憶え始めた為であろうか?
例えば,1911年以降の建築のムーブメントを思い出す。鉄筋が生まれ,続いてガラスと言う新たな物質素材が生まれた後の建築はすっかり変化した。アール-ヌーボーからのキッチュ趣味は以後,シンプルな直線構造へと結果,『デコ』様式が生まれ機能主義へと進化したのが’30年代迄だったろう。
此の感覚が新しく感じてしまい始めた今と言う時代感。
ここにもUNDERCOVERのコレクションと共有する感性がある。
『SIMPLES MORE,』『Less is more & very useful.』
そして,『Less but Better.』に繋がる時代観。
もう一方では,『破壊』観が当然『PUNK]』を生み、グローバリズムの騒音と共に憂さ晴らしへ走る時代性。
此の対峙する両極が現代の僕たちの『保守化ー中庸』の現実社会への新たな挑戦的動きであろう。
**
PITTIの街を闊歩するファッション人間たちの出立ちは;
全くの『保守-中庸』に迎合したいにしえを想い出すカッコ良さ。
一言で言ってしまえば,『NEW PREPPY』スタイル。 ’60年代後半の『GQ,エスクワイヤー』誌と当時の季刊専門誌『MENSWEAR』誌の様かわり。
新たな顧客としての黒人たちへのアプローチが目立つ、『BLACK-DANDYISM』へ。
ショート丈のコットンサカーのブレザージャケットに細身のショート丈のコットンパンツ。素足でデッキシューズ。
そして、日焼けした洒落男たちはバタフライ。
***
『まとめ,Paris mens Collection '10 S/S』;
その後7月,巴里で行われたメンズのコレクションもPittiで見掛けたファッション伊達男たちのスタイルがコレクションの主流になって登場した。
特徴をまとめてしまうと,
シルエット&スタイルは「ニュープレッピィー」
テイストはコンサヴァティブ。当時のIVYスタイルをアメリカンブラックサマーダンディーにサンプリング、
参考書は’50〜60年代のメンズ雑誌『GQ』『ESQUAIRE』『MEN’ SWEAR』
イメージとターゲットは”明るい太陽の下での軽く爽やかな若者から
40代ビジネスマンたちへ。”
インダストリアルデザインやプロダクトデザインのピィロソピィカルな テイストが新しさを見せ始める。
"Simple is best" but, much better to use.
素材が勝負。新-高品位合繊とBIOオーガニックファブリックの普及。
オーセンティックスタイル+新素材のリーミックス化とコーディネートファッション。ショート丈のコットンサカーのブレザージャケットに細身のショート丈のコットンパンツとバーミューダ-パンツ。
素足でデッキシューズまたはスリップポンシューズ。スーツにはメダリオンシューズが登場。そして、I.マドラスのバタフライとキャップかサマーハット。
トランスペアレントな効果と羽織る感覚のオフ-コーディネート。
色は,黒,白、ピンクそれぞれがグレーッシュな色味。
サロンへ出向けば,日本人ブランドが眼につく。
それらは殆どが,ストリート系からのレザーもの。細身のパンツに幾つ化の機能性、ポケット,タブ、チエーンホルダーなど変わらぬものを加え、レザージャッケトにレザーベストとシャツ。後はトリコット素材の薄物T-シャツ感覚で着れるインナージャケットタイプ。
文責/平川武治:(初稿/平成21年7月ー再校/平成22年3月)
***
そして,この原稿はこの1月のパリーメンズコレクションのダイジェストです。
【まとめ,今シーズンの幾つかの私的トレンド/'10'11年A/Wメンズコレクション】
ここでも”時代のスロー感”を感じてくだされば嬉しい。(ひらかわ)
『クラッシック回帰だけど,楽-ラフ,ちょっとお澄まし。』
*ネオ-クラッシック;イングリッシュダンディズム,イタリアンコンチ,
*ジャケットの逆襲;新しさが必要になったアイテム,ジャケットとテーラードスーツ。ラペルの変化,サイドベンツ,スリム&ショート,裏地に凝る。ジャケットのバリエーション。パンツよりもジャケットのシーズン。
*獣毛と合繊とコージュロイ;縮じゅ加工,コーティング加工,ワッシャー加工,ピーチスキン,太畝コージュロイ、ニッティング。
*ムートン、ウオッシュレザー,
*黒白+無彩色;黒のバリエーションとダークグレー迄のグレイエレガンスへ。差し色としてのイエロー,パープル、キャメル,プルシェンブルー,赤
*パンキッシュ+ゴチックテイスト+アンドロジナス。
*ブラックダンディズム。ボーイズ-お澄まし。
*新しさとしてのWIDE-PANTSよりもビジネスのスリムラインパンツ。
*ロシア、ニジンスキー,ボクシング,スキー,ジャッズ+D.ボウイ&クラッシック-ロック,
*プロテクション;ソフト&ハード,
*ハットとタッセル、メダリオンシューズの復活。クラッシック回帰。
*スリム-タイ,サスペンダー
*肩、首そして腰ヘのポイント。
サイト;
www.yohanserfaty.com
www.uteploier.com
www.franciscovanbenthum.com
www.adamkimmel.com
www.qasimi.com
www.goldenhook.fr
文責/平川武治(初稿/平成22年2月)
投稿者 : editor | 2010年03月13日 16:48 | comment and transrate this entry (0)
2010年02月22日
ARCHIVE 原稿/新たなファッションビジネスの為に。「アジテーション;『20世紀を忘れろ!! そして、本質を知ろう。』」
新たなファッション環境とそのビジネスの為に
僕たちの今生きている時代とはどのような時代であり,
それを踏まえた上で今後,どのような時代性と時代へ
僕たちは生きて行くのか?を考えてみよう。
現在に起こりえているいろいろな状況を読み、
今がどのような時代なのか?
そして今後、この延長上にどの様な時代が到来するのか?
これらを思い巡らす時には当然ですが「時代の価値観」を考え、読まなくてはならないでしょう。
アジテーション;『20世紀を忘れろ!! そして、本質を知ろう。』
既に、9年目の今年はもう21世紀の10分の1近くが過ぎている。
確実に、僕たちは21世紀に生きている現実を意識しなければいけない。
その時に、『20世紀を忘れろ!!そして、本質を知ろう。』は結構,大切なコンセプトになる。
即ち、「全く新しい時代へ」を意識し、考える機を逸したのが日本ではないだろうか?
そして,その結果が今であろう。
わが国の政治には国体を考えた21世紀はこう在るべきだというビジョンがいつも存在しなかったし又、現在も存在しない。環境問題が大きく表層を現し、これに世論も当然ながら影響を受けその方向性は正しいがその背後に存在すべきはずの「本質」は感じられない。僕たちの国を思う心、自然を思うこころからの環境問題ではなく消費社会に向けての表層のみを思う短絡的な消費社会の『エコ』運動が論じられている傾向が強い。
20世紀の価値観の一つ、「時間/距離/スピード」を文明化した自動車産業がこの機に及んで見事な崩壊を見せ始める。
そのコンセプトは『距離/時間の短縮の消滅』現象とも読める。
IT産業の高度なる発達に伴って、新たな「生活機器」の一つとしてのPCがより手軽に一般普及化し、その情報処理によって我々の地球が狭くなる。そして、グローバリズムと称したある種のネオ-コロニアル主義の台頭とバーチャル・リアリティの普遍化。経済に於いても、その結果としての紙幣経済からバーチャルマネー経済が始まる。
又、ケイタイの高度・多様なる発達によって、事実上の「距離の消滅」化が始まりコミュニケーションツールが、デス・コミュニケーションツールとなる。
20世紀末で記憶に残しておかなければならないことは、
その世紀の変わり目に起り始めた幾つかの消滅し始めた特徴である。
1)文化と社会の区別、領域の消滅。
M.ジャクソンは人種、ジェンダーをコンバージョンする
2)実態と内容を無視して表層としてのスタイルを強調。
ヴィジュアリティ、ブランド性、何よりも見栄えが大切。
3)高級文化/芸術と大衆文化/芸術の区別、領域の消滅。
文化+アートの消費化、ラップミュージュック、グラフィティ、
4)時間と空間の境界の消滅。
ハイパーリアリティやバーチャルリアリティの世界、ゲームの世界。
5)メタ物語の衰退と変革。
世界の枠組み、グローバル構造とイミグレーターたちの新世界。
(D.ストゥリナチ著/『モダニティとポストモダン文化』彩流社刊)
これらの変化、革新は必ずその表層としての『消費社会構造』に何らかの影響を強く与え始め、続けるだろう。
高度な技術革命が我々の日常生活にもたらしたものはその便利さや便宜性と共に一方では、人間として生きるための『本質』や『本意』の不在性や不透明性をも、もたらし、与えられた「自由」の裁量にも不安を感じ始める。その結果が綿密に構造化され、与えられた『マニアル社会化現象』の現在の日本である。
その影響の一つでもあろうか、わが国でも「少子化」現象が始まる。
自分たちの国を想い、愛することが出来ない若者たちは『自己満足と自己肯定』な発想へ流れ,子供を生むことや大人になることにまで躊躇してしまっている。その結果が『少子化』や『草食性』若者の登場、他方では同性愛者たちも増え、セックスレスの若者たちも増える。このままで行くと国家の衰退化へと繋がることも考慮しなければならない。
今の日本でも、個人のアイデンティティに不安を感じ始め、自らが自分を騙したり、痛めつけ始める。変身願望や入れ墨、人体改造とプチ整形迄。そして、24時間音楽、コスプレ、かぶりモノ、アニメ、漫画、ブログマニア。
アキバというバーチャルの産みの里に彼らたちは自然発生化し、増殖化する。バーチュアル・リアリティに嵌る若者たちとその向こう側には、俗信的なレベルでの「神頼み」へ奔り、精神主義者と称される若者たちも増加する。
それらを揺り動かそうとコンヴァージェントする時代の波は若者たち迄も「保守の中庸化」が時代性となり始める。
「保守の中庸化」で考えられる時代の価値観は,
「家で・みんなで・安心という心地良さ」がコンセプト。
*家で;家を中心に、室内と屋外、昼と夜、、、
*みんなで;友人、恋人、家族、同僚、、、
*安心;心の安心と身体の安心そして、環境の安心、
そのための機能性を考え始める、、、
*心地良さ;楽さ、快適さ、のんびりさ、自分主義的コクーン。
そして、ファッション商品とそのビジネスにも、
「新・階級化社会構造へ」というベクトル。
「心に楽しく、身体に優しい」というクオリティ。
「アイデンティティを再発見、再感動のためのザ・ニッポン」
というテイスト。
これらが「20世紀」という流れの連続性から考えられる価値観と
その現れとしての社会化現象でしょう。
*
ここで、アジテーション、『20世紀を忘れろ!!そして、本質を知ろう。』を考えてみましょう。
もう、20世紀の後半は来ません。80年代も、90年代も戻って来ない。
来るのは21世紀と言う新たな価値観が必要な時代が、90年代の始まりのアーカイブをベースにして、実は、もう来てしまっているのです。
その基本発想は『本質を知った上での関係性の確立』が大切な根拠性。
**
資本主義の今後を考えてみると大きくは2つの新たな方向性が考えられます。
そのひとつは従来からの、20世紀を引き継ぐ構造がより肥大化する考え。
これは「独占資本主義」とでも呼べるまでのものでしょう。
ここまで来てしまったのだから出せる国家の「エゴ」、企業の「エゴ」
そして、個人の「エゴ」はどんどん出すことによっての現状肥大と維持化。
もうひとつは「共棲資本主義」とでも呼べるものです。
共に分かち合い出来るだけ「エゴ」を少なくして
みんなで責任を持ち合って共生してゆこうというもの。
ここで、共生してゆくための価値観の括りは政治性でもなく思想でもなく、
もっと自由な個人の生活者意識レベルでの括りの中で、
人間の大切な生活環境を守りながら個人のレベルだけでなく人間のレベルと、リズムで生活して行こうと言う発想。
ここでは個人の経験によって持ち得た価値観とクオリティオブライフの成熟度が
大切なキーワードになる豊かなる少衆化の資本主義構造。
例えば,かつての「ヒッピー」たちが思い描いたコミューン思想の昇華スパイラル化。
同じように『関係性』を拠りどころとした対峙する資本主義、
その一つがキリスト教的な「弱肉強食」社会の肯定と、
もう一つが仏教、儒教的な「想い合うこころ」によって生かされるという社会への望み。
進化した消費社会の日本でも最近、出始めた言葉に「共費社会」がある。
これなどは「共棲資本主義」を考慮したところでの言葉であろう。
***
20世紀の最終コースから始まった、「距離の消滅化」とは、
例えば、国と国。女と男。そして、作り手と買い手等、など、、、
このような関係性における「距離の消滅化」もこの21世紀の新たなコンセプトの重要な一つでしょう。
「国と国」の関係性は民族と民族の関係性へと拡大進展化してゆくでしょう。
この地球上で共産主義、社会主義というイデオロギーを持った国家の比率はますます少なくなるでしょう。
従って、今後は資本主義国家間における民族と民族との関係性が即ち、民族主義的なる国家がより、強力化、拡大化してゆくというコンセプト。
「女と男」、このジェンダーにおける性差の「距離の消滅化」は
より、人間的なる又、地球人たる発想の下での「女と男」を考えられるようになるだろう。
即ち、我々は女であり、男であるけれど、「だけど、人間だね!」というまでの新たなコンセプト。
「作り手と買い手」の関係性における「距離の消滅化」はもう既にプロシューマーと言う名で登場していますが、彼らたちのこれからは自分の作りたいものを作れる環境と状況はより狭くなるでしょう。
時代がもたらした豊かさによって、作り手からも、買い手からも、その欲望は両方からさほど、必要がなくなり始めるでしょう。
それほど、普通のものが高品位と高水準と低価格へと一般化して来たからです。
これが「進化」と言うものですね。
20世紀の延長としての新たな価値観の模索はもう、通用し難いまでの時代性が現在です。
例えば、現在のグローバリズムとはネオ・コロニアリズムであるという発想を持った時には20世紀を飛び越して、
かつての「植民地時代」のバーチャル・リアリティ化、バーチャル・イメージ化は一つのアイディアであるかも知れませんね。国家規模より、民族規模が新たなスケールとなるのですから。
****
現実の巷の日本は例えば,ファッションビジネスの世界も完全に「黒舟」到来で目覚め、騒ぎ立てている。
それは未だに、変らぬ『シングル・スタンダード』しか持ち得ていない大半の国民性の現状でしょう。
『本質』を見極める為の知識や知恵がその教育の一番の元であったはずが、いつの間にか『本質』はどうでもよくって、表層のみを、与えられた『マニュアル』さえ覚えこめば式の偏差値教育から社会構造と環境に至るまで、いたって単純な単細胞的なるシングルスタンダードの国民性へ成り上がってしまっている現実。
かつてのように『農業立国』や『工業立国』へ完全復帰が出来ない現実も考えないで、『再・鎖国論』さえも、もっともらしく表層化してしまうほどに、僕たちの『シングル・スタンダード』発想は普遍化してしまっている重症国民病でしょう。その一つに『自分の夢』『個人の満足』観が異常に強い志向性であり,『自己肯定』で自己防衛している狭い世界での自己満足型の若者たち。従って,国のため、社会のためという発想が未熟児的なる国民性もこの『本質』に無知、無教養であることの現れでしょう。
*****
先ほどの、「共棲資本主義」の進化を新しさと考えると、
新-国民服的なる制服の時代が予感されます。これが『ユニクロ』の登場でもあるでしょう。
それと並列した自由服としての『黒舟』もの。これらは「h&m」「21 forever」で代表されるでしょう。
新たな感覚での『UNIFORMISM』-『制服化』は多くの意味で、今後の繊維業界の一つの目玉になるでしょう。
豊かさと自由さをそれぞれのフレームとしたところでの『制服』、これにどの様な素材感とデザインがなされるかは一つの興味ある発想。
『ユニフォーミズム』の到来?とは、
気がつけば、誰もが、何らかのところの『ユニフォーム』を着て生活している?そんな時代。
『流行』とはトレンド物を着る事から自分たちの棲み分けのためのユニフォームとなるものを着ると言うまでの
分衆、属化現象が『流行』?スポーツジム、ゴルフクラブ、余暇サークル、コミュニティ活動、ボランティア活動などいろいろな『気概』を通じての「階級化社会の形成化」へ。
『気概のユニフォーミズム』も新たなコンセプトでしょう。
この辺りが新たな繊維産業の可能性へ繋がって行くとも考えられる社会の変化。
******
日本的環境と都市構造と生活構造しての『コンビニ』環境をどのように取り組んだ都市生活者構造とそれらをターゲットにした新しい商業構造が組み立てられるか?そして、今後、しばらくはホットな流れになるであろう、『衣、食、住、装』という自分生活環境のテイストとクオリティからまとめ上げるMDが消費構造そのものになるまでの『カテゴリー・ミックス』が始まるでしょう。
例えば、「コンビニのあるセレクトショップ」や「デパ地下とセレクトショップ」など。
もう既に、現実の都市はより過疎化し始め、都市の中心はショールーム化してしまって実際のお買い物は豊かな人たちは自分たちが住んでいる地元で、という地域社会とのコミット化。
若い世代や家族たちも郊外のアウトレット・モールか、ネットのショップまたはオークションで上手なお買い物がより現実と頻度を増し始める。
15歳以降の日本人が今後、どのような生活環境を持ち得それが世界レベルとどの様な差異が在るかを見極めることも一つの視点。
この15歳以降は生まれてくると既に、PCが存在する生活環境なのです。
ここでの彼らたちの『脳味噌』がどのように日本的に変革をしてゆくのか?
僕は、もう、ここに一つの拠りどころを感じ始めています。
ここでは『ウサギと亀』のお話はPCを駆使して興味あるサイトにワープし,
大いに広げられる『ヴァーチャルな関係性』が発展進化する時代性がより,現実化へ。
*******
今世紀の始まりを待たないでも、BIO、DNA組み替え、新エネルギィー、サイバービジネス、個人レベルとヴァーチャルレベルも含めた知的著作権それに例の、宇宙開発による再世界参入、これらが新たな世紀の「利権戦争」の主戦場でしょう。
20世紀までで既に、あらゆる既成なる『利権』を地球規模で搾取して金を儲けてしまった階級者たちが向かう新たで、より激しい『利権』戦争がこの分野なのでしょう。
そんな世界からファッション産業はどの方向へ進化してゆくのか?または置いてきぼりを喰ってしまうのか?
ここでも、バイオや遺伝子組み換えによる新たな被服素材を開発し、バーチャルイメージにおけるビジネス戦略の多種混合化と新たなイミグレーターたちとの混血化による新しい日本人の登場、これらの『豊かさのリーミックス化』で高度、広範囲化なヒューマンビジネスと考えるビジネスの在り方もやはりファッションの世界に関係してくるのがこれからの世界観には必要でしょう。
我々の『金本位資本主義社会』は良く見て、『共棲・金本位制資本主義』に限りなく『自由』に揺れ動き、流れてゆけば未だ、それなりの可能性と人間らしさが失われずに生きて行けるでしょう。
が、ここに古呆けてしまった20世紀の『イデオロギー』による『独占資本主義』進化論を持ち出してしまうと元の木阿弥へ。
『HAPPY,PEACE & FREEDOM』
かつてのヒッピーが叫んでいた声が、やっとぼくたちのアメリカ印の日本の生活現場の後ろから
若い純粋なニュージェネレーションたちの声とスピリチュアルリズムを志向し始めた30代から聞こえてくる時代が確実に、一つの新しい時代を迎えるでしょう。
都市のベクトルは『郊外』型へ、郊外でうけているものが都市へ流れ込むベクトルも読めますね。
なぜ、郊外かと言えば、未だそこには『自然』が存在しているからです。『土』が在るからです。
そして、『住民』が住んでいるからです。
『黒舟』に対抗するには『土』しかないかもしれませんね。
また、それぞれが持ち得た生活の豊かさから“レジデンサー”が
新たな『本当の顧客』だという判断も必要な時代性でしょう。
決して都市へ集中するようないわゆる“スベニーヤー”たちはいい顧客ではなくなり始めたということです。
おわりに、
なぜ、『20世紀を忘れろ!!』なのかの本質は
国民の大半がもう既に、『豊かな生活環境と状況』を現実として経験していること、
また『豊かさのイメージ』のみを追っていた世代が疲れ始め
彼らたちによる新たなペイジが開かれる時が今だからです。
これからは『豊かさと穏やかさのリーミックス、サンプリング、リーメイク』が
モノ作りにも商業施設にも、そのコンセプトとして大切になり,必要なのです。
そして、此の時、もう一方で大事なのが『時間のベクトル』の質の変化を読む事でしょう。
そんな時代観を感じています。
文責/平川武治:(初稿平成21年2月/再編集平成22年2月):
投稿者 : editor | 2010年02月22日 02:00 | comment and transrate this entry (0)
2010年02月13日
The Original Interview Lee Alexander McQueen in London '94.
nterviewer/TAKE.Hirakawa:
Media/The SWICH on March '95:
I was deeply grieved to learn of the tragic death of you,Lee.
Thank you so much for your passion with everything magical technic through La Mode for me.
With deepest sympathy,
Take. HIRAKAWA:
" To premature mortality epidemic. Shall receive what is fashionable, but there is so much heavier light. "
By Jean Cocteau:
セントマーチン校’92年の卒業生は豪華メンバーが揃っていた。
加賀美敬、フセイン-チャラヤンそして,リー-マックイーン。此の年は未だ,ミセス-ウエンディーが学部長として在任最後の年だったと憶えている。(その後、彼女はRCAへ。)当時,彼らたちの共通の友人に巴里に居たあの,田村千晶がロンドンでスタージェをしていた。僕は彼女にコンタクトを取ってインタビューがしたいと。そして,迷って結局、リーからインタビューをお願いした。理由は彼が当時では一番、プロ意識が高かったと記憶している。が、実際には一番未だガキっぽかったからだった。
内気でナイーブそして、寂しがり屋なリーは機転の利く鋭さも持ち合わせていた。その彼が写真さえも撮られるのをいやがった。丁度,当時のボーイフレンドと別れた時だったからだろうか? 否違う,それも引掛っていただろうが,それ以上に彼自身は一途さを持っていた。持ち得た『理想』が,いかにして『現実』と言う狭き門をくぐり旅発つ事が出来るのだろうか?と言う時期だったから余計であっただけだ。2度のインタービューを試みた。そして,写真を学校の裏通りに在る学生たちもよく行く,ロンドンでは珍しいいい雰囲気のフレンチカフェの2階。彼が指定してくれた。彼が好きだったカフェ。そのトイレの摺りガラス戸に内側から自分で顔を押し付けてそのシャドウを撮らせてくれたリー。
『多くのプレスに関わるのはとても容易な事だよ。そして、死ぬのも早いよ。』
彼の此の言葉が、今は僕のこゝろを辛く,とても悲しく響き,残された者の惨めさを味わう。
永い間会っていなかったね,リー。
何時までも『悪ガキ』で居れれば良かったのにね
どうか,ママに会っていっぱい,甘えてください、リー。
ゆっくり,お眠りください。
ありがとう,美しい世界をありがとうございました,リー。
合掌。
タケ:
12th. Feb.'10
インタビュー/
【TAKE.: どう?ビジネスのこと話せる?
LEE.: あまりよくわからない。日本でのビジネスが良いとか、どこが良いとか分からないし、あまり意味のない事だ。なぜなら、人々が好きな服をみつけて、着て、フィットさせてるんだし・・毎シーズン、僕はムードで作っているんだ。この日はデビル、ゴシップ、次の日はテクノロジー・・といった具合にね。だから毎シーズンが社会への僕なりの革命なんだ。
TAKE.: クリエーションがいつもかわるというのは、あなたのエゴから?
LEE.: それは僕の信念(conviction)だよ、僕は神でなくてただのデザイナーなんだよ。
TAKE.: でも、人々は貴方の事を偉大なデザイナーと思っているでしょう?
LEE.: そうだね。でも皆がそういっているからそう言っているだけだよ。一人が言い出して、そして皆が言い出て・・僕がICAの話をしているとき、女の子が来て、「貴方ってマゾ?」て聞いたんだ、「何でそう言うの?」って聞いたら、「貴方が私をみにくくするから」ってね。で、「僕のshowを見た事ある?」って聞いたら、ないって言っていたよ。
TAKE.: 何で彼女はそんな事言ったのだろう?
LEE.: さぁ、僕は9年程ファッション界にいるけど、ファッション産業は普通じゃないよ。くだらない事がたくさんあるんだ。彼らは、彼らが何で僕のことを天才だって言うかさえわからないいんだよ。僕の言っている事がわかるでしょ。もし、僕がジャケットの上に糞をしたとしても彼らは僕を天才と呼ぶんだよ。
TAKE.: じゃー、そうするの?
LEE.: もうやったよ。(笑い)
TAKE.: 最近で,尊敬しているデザイナーは?
LEE.: 他のデザイナーの中で僕が唯一、尊敬しているのはマルタン・マルジェラなんだ。マルタンは誠実だから。
TAKE.: 誰が自分に一番近いデザイナーだと?
LEE.: 人に似ている事に何の利点があるんだ?僕は僕自身だよ。マルタンを尊敬していると言ったけど、それは彼の態度や彼の観点についてであって、別に彼のやり方やスタイルにじゃないよ。
TAKE.: 男が女性服をデザインする時についてどう?
LEE.: 女性から極端で最大な視点を得ないといけない。僕は強い女性、時にはフェミニンでも、大半は強い女性に服をデザインするんだ。僕の周りにいる人々によって、それらはデザインされるんだ。僕の友達、レズビアンの子達は、彼らがそれを気に入れば言ってくれるし、もし僕がマゾ的であったら、それも言ってくれるんだ。プロポーションや服はとてもセクシーでテクニカルに見えるけれど、僕は男として可能な限りの見方で、女性をベストに引き立てるようにしてる。ハイテクな素材を使ってね。それらは僕らでつくるんだけど、主として女性のプロポーションが理由なんだけど、バンブスター(?)のように、彼女達が背が高く見えるような幻想なんだよ。
TAKE.: 新素材を良く使っているよね?どんな女性に?体つきに対してですか?
LEE.: 強いマインドの女性に。僕の服を買う人々は、とても独立しているんだ。彼女達はファッションを追いかけないんだ。彼女達は彼女達が必要なものを追いかけるんだ。素材に関して言えば、ゴーストプリントっていう、新しいやり方のプリントを使い始めたんだけどね。それはイメージのように隠れた図柄を顔料でプリントしたんだ。そして、ゴールドのいぶした顔料をその上にプリントして、その次にケミカルをつけて、プリントをまるで,ゴースト的なイメージで作り上げたんだ。素材がとても固かったから、柔らかくなるように僕らの手で多くの行程を施して作ったんだ。それはハイテクな素材と、テクノロジーと共にトラディショナルなやり方で作り上げたコンビネーション-プリントなんだよ。
TAKE.: 実際に,”服が縫える”というのが貴方の自信になっているよね?
LEE.: 16歳の時から働き始めたんだ、9年間ファッション界にいる。サビルロード(サビルロー?)からはじめて、3年間テイラーとして働いた。そしてパターンカッターとしてテレビやCFのための衣装のシアターで働いたんだよ。だから歴史的なパターンやコスチュームの作り方を知ってる。サビルローではたくさんのパターンとコンストラクションがある。だから、服とは多くの手数を施されてコンストラクションされてるんだ。だから、僕は二つのコンビネーションを使おうとしているんだ。サビルローと今日のテクノロジー、古いものと新しいもののコンビネーションをね。
TAKE.: yohjiのパターンワークもしたことがあったよね?
LEE.: ニューコンの前にKoji tatsunoがyohjiとロンドンでブランドを始めた事がありそこで働いていたときのことだよ。僕が働いたのは、特別にハイデザインを一人のために作っていたオーダーメイドのサビルローのようで、とても良かった。
TAKE.: どのくらい、みんなで働いたの?
LEE.: あまり長くはなかった、6ヶ月くらいかな。yohjiとkojiが喧嘩別れした為に。
TAKE.: マルタンは貴方に刺激を与えますか?
LEE.: 彼はとても誠実だから・・それはとても精神的なものなんだ、貴方達はそれを彼の服の中に見ることができるよ。彼は服をばらばらにして、また元に戻すんだ。僕にはそれが、リコンストラクティングに思えない。(ディコンストラクション?)いつもコンストラクションとしてそれを見るね。
TAKE.: マルタンはセクシーさに欠けると思うのですが・・
LEE.: セクシーに思う。Very flattering。あのせまい肩なんて僕にはとてもセクシーだしプロポーションはとても賢いよ。
TAKE.: 1969年の”欲望”(原題”Brow up")という映画に、マルタンのアイディアを2つ見ることができるよ?知ってる?
LEE.: その映画の事を聞いた事はあるけれど、みた事がないんだ。
TAKE.: マルタンはとても勉強していると思いますか?
LEE.: 服を仕立てると言う勉強はしているとは思えないな。それより観察力が鋭いと思う。鵜の目鷹の目で探していると思う。それはとても小さな事を自分の眼でキャッチしてる事なんだ。
TAKE.: Vogueに、イザベル(故Isabella Blow)について、
LEE.: ファイナンシャルサポートは彼女はしてないよ。彼女は世界を見せてくれるんだ。例えばThe queen through her・・彼女はエキセントリックで、服が大好きで、ファッションをとてもよく知っているんだ。何が良いか悪いかをわかっているんだ。彼女はインスピレーションに長けているんだ。
TAKE.: デザイナーにとってサポートしてくれる人は必要だと思います?
LEE.: そうだね。もし君がクリエイティブフィールドで働いていたとして、僕が思うのは、君はクリエイティブな人に囲まれてなきゃいけないってことさ。クリエイティブなものにもね。君は全てを、誰かが言った事を、吸収する事になるからね。そして君は、残りをはき出すのさ。
TAKE.: あなたにとってファッションデザインとは? 難しい質問ですか?
LEE.: 少し難しいね。ファッションはパーソナルに変わってくるんだ。とてもパーソナルなものにね。僕にとっファッションはお金儲けのためじゃ決してないんだ。もし僕がお金が欲しいのなら、ベルサーチや他のデザイナーのもとで働くよ。僕が思うにファッションは "Fashion is getting more to the love of clothes" 前より好きになるだけの値打ちのあるものになるんだ。それは、1 to 1 thing なんだ。それは布のコンストラクションについてなんだ。とても時間をかけるものなんだ。今、お金というのはとても怖いもの。もし人々が?800ポンドをジャケットに費やしたとしたら、とても美しいコンストラクテッドのジャケットを手に入れようとする。キャンパスパッド付きのね。家づくりと同じようなプロパーコンストラクションのをね。
次のコレクションはとても規模の小さなものになるんだ。25くらいのアウトフィットでビスポークテイラーを使ったものに。ビスポークはミリメーターでコンストラクションされてるもので、とてもfineラインなんだ。一人の人、その人に誂えたものなんだ。フィットするかしないかのもの。もし君がサイズ12なフィットしない、14にしないとね。最終的には、服はmateのサインになる。人々に注目を得るために、服を着るとか、自分の気分をよくするために着るものになる。
TAKE.: 他の人とチームを組んだり、他の仕事をもってます?
LEE.: いいえ。オリジナルラインだけです。ショールームがパリとミラノとNYにあり、NYはミックスされてる。パリはM・Mでミラノはフランザンチーニ、4コレクションすでに行ったんだ。
TAKE.: 世界中に名が知れ渡りましたね?
LEE.: 本当に,パリでもかい?
TAKE.: そうなりつつありえるし、そうなるよ、きっと!!
LEE.: それは少々茶番に思えるな。彼らは何かを得たいし,新しいものを奪いたいんだよ。
TAKE.: それって,凄く危ないことだね。
LEE.: そうだね。多くの罪があるよ。
TAKE.: 名は知れてるが実際には,1店輔でしか服を見られないが・・
LEE.: それは僕の選択なんだ。”1対1”風のが好きなんだ。僕が売っている店は、ペリカーノっていうんだけど、そこの人は僕の友人なんだ。それは、何かスペシャルなことをペリカーノにしているって感じなんだ。違う事をするし、発送も遅し。時間をとやかく言うことがとても嫌いなんだ。僕は、服に時間を設定するのは不可能だと思う。コンピュータを買う訳じゃないし服作りは、時間とともにするもじゃない。僕がペリカーノにしているコレクションは違うもので、とても特別なもので、僕とアシスタントによって作られた、特別に、ペリカーノのためのものなんだ。それが僕のパッションなんだ。
TAKE.: では服を売るのはとてもパーソナルなことなのですね。
LEE.: そう。僕が欲しいものは、家だけ。僕が一番怖いのはホームレスになることなんだ、イギリスではこのことが最も恐いことなんだ。世界中どこでもだと思うけど・・僕が欲しいのはセキュリティーと家だけなのさ。そんなにたくさんのお金はいらない、だから単に楽しみたいのさ。僕が思うのは、お金は人々をめちゃくちゃにするものだってこと。多くのお金は人々には良くない。僕は心地よくありたいだけで、そして好きな仕事を楽しみたいだけ。
今回のコレクションはready to wear 、世界中で売られる(写真をさしながら)。もし君がMcQueenが欲しければ、ペリカーノに行くんだ。なぜならペリカーノは世界中で初めて僕を見てくれた店だし、とても親切でフレンドシップ風の店なんだよ。
TAKE.: マルタンと君のデビューが似ていると思うが、先ずは自分の情熱しかない所からのスタート・・
LEE.: 僕が思うのは、自分自身を保ってベストを尽くす事、お金に影響される事なくね。だって、多くのデザイナーはお金の事を先ず,考えているだろう?もし僕がお金の事を考えていたら、今、僕が一銭もないなんてないでしょう、僕はファッションに情熱をもたなきゃいけないと思う。
TAKE.: マルタンは、イメージクリエイティブに長けているけど,・・
LEE.: そうだね、僕にすれば、僕はまだ若いんだし、プレスも店も僕が育つための時間を与える必要があると思う。別に眼を向けるなってことじゃなく、僕はまだ成長しているんだし、毎シーズン変わっているんだ。マインドもアウトルックも変わってきてるし、こういう事をするのにも、僕は時間を与えられる必要性があるんだ。例えば,アナ・ウィンターに会うつもりだったんだけど、会わなかったんだ。そして、10ページのThe Faceにするつもりだったんだけど、これもしなかった。多くのプレスに関わるのはとても容易な事だよ。そして、死ぬのも早いよ。
TAKE.: 次のコレクションについて話してくれない?
LEE.: ”very sad”について。前迄の4シーズンはとてもハードだったんだ。僕は成長するのにもっと時間が必要なんだ。僕はテクニシャン、クラフトマン、テイラーとしてはじめたでしょう。ショーを始めてからというもの、ビスポークテイラリングから離れられないんだ。コレクションの中の一つのジャケットもパッドのないものはないよ。次のコレクションはとてもビスポークなんだ。これはエドガーアランポーを基にしているんだ。彼の仕事ではなくて人生についてね。彼と僕を比べて言うと、彼は詩の天才で作家だろう、でも彼はとても苦悩の人生を送ったんだ。僕は同じ事を今思えるよ。何でかって、僕はファッション産業が大嫌いなんだ、自分がしたい事をしようとしていると、いつも誰か止める人がいるんだ、とても悲しい事だね。
TAKE.: 君はファッションデザイナーorドレスメーカー?
LEE.: 僕はいわゆる,デザイン画と言うものを描かないんだ。コレクションのためのスタイル画は全くないよ。誰も紙の上にジャケットを描けない、みんなそれを実物で見なきゃいけないよ。絵だけの,ファッションデザイナーはみんなジャケットをデザイン出来ないよ。不可能だよ。全て実物の身体の上で、ダミーの上でじゃなきゃ。僕のしているパターンカッティングは16世紀のテクニックなんだ。それはアーキテクチャーのアイディアをベースにしたカッティングなんだ、トラディショナルなやり方のコンストラクションで仕上げてゆくジャケット。(完)】
合掌。
協力リ-ライト/Z.KATAGIRI:
投稿者 : editor | 2010年02月13日 09:27 | comment and transrate this entry (0)
2010年02月03日
或る友人への手紙-3;
お元気そうなメール、ありがとう。
もう,2月になってしまったね,寒くなってきた巴里での生活は如何ですか?
B.でスタージュを為さっていらっしゃるそうですね。焦らず、物事の本質を学ぶような時間の使い方を為さってください。
現代のような時代性の一つは『POP社会=消費社会』の泡沫化現象でしょう。
「MICRO POP」或いは、『After the reality』とコンテンポラリアートの世界で言われている状況とも似通った時代性鴨知れませんね。もう、塊としてのPOPが通用しなくなり、普遍的になってしまった社会性。もしくはより、蔓延化してしまっただけの状況。これが今の時代性とも言える「スーパーフラット」な現象でしょう。そして、『豊かさのイメージ』を追うに疲れた姿か若しくは『豊かさを享受』してしまった微温湯の中での彷徨いか、「中庸」を選択してしまう優柔不断な自己肯定に依るコンサヴァティブ状況なのでしょう。(世の中すべてが、既に200%、POPでありそれがフラットになってしまったね?)
昨年末、読み直した本に『キッチュ』が在りました。(法政大学出版局刊『キッチュの社会学』?)
創造とデザインの世界では『キッチュ』性がより全面へ出て来るでしょう。B.も所詮、キッチュでしかなくこれがウケル時代性でしょう。例えば、ニコラの後ろには嘗ての大きなPOP以前の強い洗練された塊があったことを理解と認識の上でのデザインディレクションをしているのが彼の賢さですね。
「Kitsch」の世界もしくは歴史又は現象とその内容については改めて、学ぶ価値ありです。特に、ドイツ、オーストリー圏はその発祥とメッカですからね。ある時代の文化が円熟し荒廃期に差し掛かると表層化して来るのが『キッチュ』現象。
もしかしたら、『江戸POP』や『アキバPOP』『ゲームPOP』『渋谷POP』なんかも僕たちなりのキッチュ-ジャポニズムと読めるかもね?
そう,BAMAKO'09の写真展は凄かったよ!!
甘っちょろさが無く、みんなラジカルなこころの様を自由さに委ねて表現している写真は今のモードのただ表層と小手先を加えただけのそれらには見られないもので驚きとより、好奇心が。しかし、この「好奇心」を虚栄心と安直な安心の上にすり替えてしまってとてもつまらぬ時代の微温湯に浸かってしまた『迷える子羊』にはならないでくださいね。
旅をしてください。
与えられた『生という時間』は自分の人生という道への旅をするために与えられた時間であると考えることも出来ますね。例えば、B.でのスタージュも『旅』だという発想も可でしょう。
良く,『すっかり,時代が変わった』と言う言葉が出ますが『時代が変わる』ということは、『時が進化して螺旋階段を上りつつ、』ということですね。
その進化とは、何がどのように進化したのか、どれ程の位相が付いての螺旋階段なのかを学んでください。これは自分が持ち得たリアリテから感じ知り得るのが直感的でしょう。それをロジカルに理解する為に学ぶという行為が必要ですね。此の両方のバランスが自分らしさの根拠性。
もう、『ウサギと亀の話』では亀ではだめですよ!! ウサギになってください。
目標さえ持ちえれば、亀でなくウサギですよ!!ウサギは『飛べる』という特技がありますね。亀は甲羅が在る事によって守るだけの機能しか持っていません。だから真面目に只、只、歩くしかないのです。
戦後の、あの時代背景を背負った日本人の新たな生活を取り戻す為には「教訓」として『兎と亀』の童話の解釈が在りました。しかし、現代ではその社会状況も環境も変化しました。兎が持っている機能としての『跳ぶ』ことが出来る特技を使って、いろいろな体験やそこで生まれる『関係性』が大切だと言いたいのです。でも、何処かで昼寝をしているだけでも駄目ですね。昼寝と同じような只、微温湯に 使って、彷徨っているだけでも駄目でしょう。『目的』に向かう為に堂々と出会うべき人たちとの出会いの機会が得られるような“旅”が必要ですね。経験と時間の使い方そして、その時にどれだけ、自分の中身が在るかでしょう。だから、何を学び、誰と出会いどのような時間を使い、持ち得るかが大切な心得でしょう。その時、もう今の時代性では亀さんよりウサギさんだと思うのです。これは僕がよく言う『シングルスタンダード』と『ミックススタンダード』の違いでもあるでしょう。亀はS.スタンダード、ウサギはM.スタンダードを持っていると。一つの自分の行動から生まれ得る可能性ある新たな『関係性』をどのように広げ、継続してゆくかが総ての始まりであり、その結果が友情であり、愛情であり、家族であり、ビジネスでもあるという現実とその本質を知ることは大切でしょう。
昨日は雪が積もりましたね、巴里にも。
寒いでしょうから、健康には十分に気を付けてくださいね。健康在っての総てです。これは僕が26歳の時に肺病で1年療養生活をした経験から学んだ本質です。
『ユニフォーミズム』
これが今僕が想っている言葉。
昨年の8月15日はある記念日でした。
そう,ウッドストックロックフェスティバルの40周年だったのです。
僕はレンタルヴィデオやでDVDを借りて1週間見つずけても楽しく、凄い感動でした。
あすこには『未来』があります。
これについては次回にお話ししましょう。
僕たちが今想い考えなければ成らないことは,
今後10年先,20年先の日本がどのような国に成るのだろうかということです。
子供たちが自慢出来る国に成るのでしょうか?
僕は彼らたちが自慢出来る国にしたいのです。
余りにも自分たちの目先のセンスの悪いことばかりに無駄な時間とこゝろと金を使い過ぎる社会になってしまっていますね。
変わらぬ資本主義であれば,その資本主義がどのような資本主義に成って行ってくれれば良いかを考えませんか?
ここからがスタートです。もう『20世紀』は忘れよ!!です。
そして,『ウサギとカメ』の新たな解釈が必要な時代性でもあります。
今年に行われる上海の「世界万博」が終われば,僕たちの国は大きく、何かを負い背負わされるでしょう。もしかしたら,国自体が『亀』になってしまう恐れも考えられますね。
『自由とは恐怖でありしかも、孤独である。』
『I came to this city 25 years.
Mode through the things I learned in the end, human beings can make the original creation and of human nature have earned nothing but inspiration and depth of experiential learning and personal freedom.
Will create a sense of balance is the essence of good sense and intellectual level of freedom and humanity have earned it. Therefore, the collection and I have the opportunity to discover its essence is very happy. This is a generation or nationality or gender, and its creator, just the fundamental things that you ignore the times. And this is certainly one of the acts of human happiness.』
“Thanks a lot for my 66years brithday,Take.Hirakawa:”
投稿者 : editor | 2010年02月03日 07:37 | comment and transrate this entry (0)
2010年01月25日
『或る友への手紙-2』
また、最近、本当に昔に一生懸命に読み耽った『アウトサイダー』(c.ウイルソン/英)という本をこちらで読み返し始めてしまってもしかしたら此の本が僕の人生の方向性を潜在的に決定してくれた1冊ではなかっただろうかと再読しているうちに思える様にもなり始めたのです。
昔、読んだ本を時代が変わって又、年老いて再読することも必要な時代性かも知れませんね。きっと、僕たちの世代の多くの人たちが此の本を読んで好奇心やエネルギィーや影響を享けたのでしょう。そして此れ位の教養は今の若い世代の人たちに通じるのだろうかとも疑問視してしまったのですが?もし、興味を持たれた人は通読するにはしんどい本ですが一度読んでも悪くない本です。
今年で僕の此の様な馬鹿げた、自分勝手な生き方ももう、25年目になります。
『 僕がこの街へ来て25年。
モードを通じて知り得た事は結局、人間が作り出せる創造とは持ち得た人間性の元、個人の学習と経験に基づいた自由のひらめきと深さと勇気でしかない。
その持ち得た人間性と自由のセンスの良さと知的レベルのバランス観が創造の本質なのでしょう。従って、その本質に触れられるようなコレクションに出会うと僕はとても幸せな気分になります。これはその創造者の世代や国籍や性別そして、時代を無視したところの根源的な事でしょう。そして、これは人間としての確実に仕合せな行為の一つである。合掌。』
こうした僕なりの眼差しの内に君のIT’Sでのコレクションは不思議と覚えています。君の人間性のチャーミングさがあの世界の中には自由奔放に存在していたのです。その耀きの幾つかが今も残っています。ありがとう、Tくん。
これからの可能性を考えると,無理して,カッコ付けて売れるかどうか判らないものを与えられたトレンドのフレームの中だけで、今迄のようにデザイナー気取りで,デザイナーに成ることよりも,本当に自分の好きな服を着てもらえる人の為に造ることが出来る、造れる環境としての『工房』を持つことでしょうか?そこで,出来る限りのことを自分一人でやることです。素材から部品、染色,パターンメイキングそして縫製迄,勿論,最後の『服』という消費財を他者へ委ねること迄。大袈裟に言ってしまうと、或る意味で自分の魂の分身を作り出す為に必要なことは総て,自分一人で楽しんで苦しんでやってゆくこと。自分で何から何迄やること。そのためのこゝろと根気と技術と想いが必要です。そうして一人でやっている行為を他人は見てくれ,近づいてくれ本来の『関係性』の広がりが世界規模で出来るでしょう。これが総ての始まりであり,それそのものがしあわせであると想う謙虚なこゝろの在り方も大切な『人間へのがんばり』への開く扉でしょう。そうしてゆけば,自分の得意なこと,不得意なこと、不足していることや出来ないところが解ります。それからでも人と組むことを考えてもいいでしょう。最初から自分がデザイナーであるという発想の基での服作りはもう案外と旧くカッコ悪い構造かもしれません。会社にして、人を雇って,コレクションをやって,展示会もやる。これらのコストを考えると売ることを考え過ぎてしまいますね。案外、自分一人の『アトリエ』構造がこれからは本来の、造り手としての生き甲斐に、心地よさに通じるものではないでしょうか?余りにも今の若い人たちや海外で学んだからというだけで気負っている人たちの馬鹿げた旧い,カッコ悪い、不自由な自己満足だけでセンスの悪いコレクションを他人に頼み、他人を使って,人の時間と公金を平気で使わして貰ってデザイナーぶっている人が多過ぎますし,そんなことをやっている自分とその周りのお友達関係でありたい連中たちと業界人ぶっている連中だけの変な世界観が出来てしまってその中で閉塞感が満ち溢れてしまうという状況が読めますね。今の『東コレ』の現実は手遅れてしまった、此の状況ではないでしょうか?
新たな商業施設としての,時代性を見事にコンセプトとしたあの『TRADING MUSEUM CdG』ショップで彼の造ったものを見て、僕は改めて『クリストファー-ネメス』の変わらぬファッションに対しての想いと凄さ、強さを、偉大さを、こうして知ってしまいました。多分彼も今年は東京での此の様な姿勢を持ち続けて25年目になるでしょう。やはり,彼も『人間へのがんばり』を持ち得て続けている人なのですね。大抵の人は『自分のがんばり』と『男や女のがんばり』しか持っていない人が多いのですが,
僕の未熟,無知さが今やっと彼の世界観の灯りに気が付いたのです。
君も好きでしたよね!!
あの環境の中に混ざっても決して見劣りもしないで実に堂々とした顔つきを作っているC.ネメスのデニムライン。そして、あのプライス。総てが見事ですね。カッコいいとはこういうものだと思うのですがどうでしょうか?なぜ、彼があのような堂々とした態度とセンスとであのデニムラインがあの値段で売れるか?また売っているのかの僕なりの答えが前述の『自分の作りたい物は総て自分のリスクとコストで自分がやれること総てを責任持って自分でやる。』という此の余りにも当たり前な態度が彼らしくやはり、潔く突き通されているからの結果だと考えたのです。どうでしょうか?
提灯持ちスタイリストたちやジャーナリストと称する太鼓持ちたちへ喋らないでいいことを出しゃばって、べれべれ喋りまくる二流のデザイナーたちはどのようなこゝろで見ているのでしょうね、含羞の念いは無いのでしょうか。
社会の、世のためにならないことばかりしたいのであれば、せめて、自分の存在が地球を汚すことはしないで欲しいですね。
昨年の秋の終わりに開店した、『TRADING MUSEUM CdG』は流石のお見事な,新しいコンセプトショップでした。
僕が以前から喋っていた此の様なコンセプトが実際に現実化した事は楽しく嬉しいこと。此れからのファッションビジネスも或る意味ではアートビジネスと寄り添って行く術を採るでしょう。その視点で読むと此のショップは時代に乗っ取ったお見事な発想とリアリテです。
これが現実化出来るところが今のCdGの強みと頭脳でしょう。
『オリジナルタブロー』と『ポストカード』の関係性。
此の関係性が消費構造のエンディング即ち、完結性の一つ。
『オリジナルタブロー』が価値ある本物で強い創造性と深いコンセプトと可能なる手法と技術に依って創造されたものだけが出来る『関係性』。
僕が今、いいクリエーションとは、『It's so special,so original & everything so more.』と発言している根拠性はここへ行き着くのです。
それを自分たちの世界観の中心軸として総てが『スーベニア』感覚の元に、構造をよりオリジナルにスペシャルにそして,キッチュに,スーベニックにそして、『博物学』的にまとめあげた空間が新たなエモーショナル空間。それらは使えるものは総て使う事によって生まれる新たな一つの世界観とそこからの関係性。自分たちの在庫室に置いておくと仕掛借り在庫であり課税対象品、それを場所を変えるだけでその価値観も変革してしまうことを読んだ此の手法はユダヤ人たちのマジックの一つでもあります。
在るべき、アーカイブと在るべき本質とイメージをどのように再構築して新たな価値を産み落としビジネスへ昇華させるか?
今後,アートの世界が、アーチストたちがCdGのコレクティブな世界へ順応されて来るシステムとその動きが痛快ですね。そして、これが理解されているブランドは日本では未だ無く,流石のCdG.ですね。これを現実のビジネスとして考えられるのは『M-スタンダード発想』の一つですね。そして、CdGしかこのような事を考え行動へ移せることが出来る日本企業は無いでしょう。
いまだに、まだあの「merci」がこれからの手本と称している輩が今の日本の業界人の現実レベルでしょう。ここで言っておきますが、あの「merci」は当然ですがショップコンセプトも立派ですが、あのショップはあの地域のレジデンサーたちをメインの顧客と考えるイベントを催して所謂、地域住民還元型の手法を毎週、採っていることが他店との差別化であり、より、成功を継続させている秘訣なのです。新しい店を創ってもそれをいつも新しさで継続させてゆく為の差別化の手法が必要。それを此の『merci』は地域住民とのコミットを一つのアイディアとしてやり始めたから今も在るのです。ここにも今後への新たなショップがどう在るべきかのアイディアがあります。
従って、現在時点で考えると今後の日本のファッションテナントビジネスの新たな手法としては此の『T.M.CdG』タイプか、『merci』タイプのレジデンサーを巻き込むMD手法と環境を作ってゆくタイプかの何れかの二極化が新鮮さを生むでしょう。
例えば、出来れば,苦難の時期を迎えているデパート業,伊勢丹でも此の様なフロアーを幾つか作り,会員制システムにするか,入場料を取るデパートとして出発すれば,世界で初めての『入場料を取るデパート』として世界レベルへ発信出来る事でしょうね。
それこそ,CdGがプロジュース為さっておやりになればより,世界レベルでしょうね。
ありがとう。Tくん
ご自愛とお励みを:
『或る友への手紙-2』終わり、
文責/平川武治:
投稿者 : editor | 2010年01月25日 21:21 | comment and transrate this entry (0)
2009年07月11日
『なぜ、外国の学校を受験するのか?』ー在る友人への手紙。
『なぜ、外国の学校を受験するのか?』
東京へ戻ってきている輩たち。
帰りたくなく、海外でまだうろうろしている輩たち。
その多くを見ていると共通の弱さと大いなる勘違いを感じてしまう。
が、それでも行きたがる若輩ものが多い。
彼らたちの本質は『外国人コンプレックス』か
『シングル・スタンダード』のみの輩たち。
その目的と動機と意義を再度、
確認する状況の時代性だと思っています。
今後の経済状況とその対象としてのモードビジネスの世界も大変です。
もう、20世紀の後半は来ません。
80年代も、90年代も来ません。
来るのは21世紀と言う
新たな価値観が必要な時代です。
(実は、もう来てしまっているのですが、)
『服』は芸術作品ですか?
『服』は工芸作品ですか?
『服』は工業製品ですか?
「服」をつくりたい。
当然だけど、自分の作りたい服を作るためには何処の学校で学べばよいか?
もしかしたら、
これからは自分の作りたい服を作れる環境と状況はより狭くなるでしょうね。
作り手からも、買い手からも、
両方からさほど、必要がなくなり始めるでしょう。
それほど、普通のものが高品位と高水準と低価格へと一般化してゆくからです。
これが「進化」と言うものですね。
それでも尚、と言うのならば、
その時に、自分の作りたい服を上手に作れる技術を学びたい?
または、そのための「理屈」を学びたい?
またまた、そのための「イメージング」が上手になりたくそれを学ぶ?
もしくは、自分の服に使ってみたい素材の知識と素材そのものを学びたい?
または、外国人デザイナーの丁稚をして彼らたちの現実を学びたい、
もしくは、彼らたちのバニティを知りたい、その中へ入りたい?真似をしたい?
または、彼らたちを目標に「夢」として近づきたいから、海外の学校で学ぶ?
でも、あなたは日本人です。
結局は、自分の国へ戻ってこない限りは
先ずは、何も出来ない、始まらないのです。
ぼくもそうです。
たくさんの旅をしています。
外国を知り外国人の友人と多く関わる生活をしています。
が、その経験を持って、
自分のために
自分の大切な人のために
自分の国のために
学んだことを持って、
できえた『関係性』を大切に継続してゆくことしかありません。
そのために外国で学ぶことはすばらしいことでしょう。
海外でいいチームが作れますか?
すばらしい友に出会って一緒に「夢」を共有出来ますか?
金銭的な余裕がありますか?
自ら持ち得た『夢』に
勇気とコストとリスクが
ワールド・ワイドに張れますか?
もっと、自分自身の本質を見極めること。
そうすれば、今、何を選択し、
何をしなければならないのか? したらよいか?
誰と出会えばよいか?
どのようなことのために時間を使えばよいのか?
何の目的のためにお金を使えばよいのか?
自分の一生のため?
もしくは一時のため?
「浦島太郎」の物語をちゃんと読みましょう。
「本質」に目覚めましょう。
自分の人生の「本質」へ眼を向け
そして、謙虚に学びましょう。
日本には高度に発達したいい素材があります。
いい腕の職人さんがいろいろな分野でまだ、いらっしゃいます。
工場もいっぱいあります。
それが崩壊しつつはありますが、彼らたちは僕たちの見方に為ってくださるのです。
そこには、お金儲けだけのための関係性ではありません。
メディアを利用して消費社会の学習も出来ます。
今後のトレンドはより、日本のストリートからの影響が強くなります。
不自由なくコミュニケーションが取れます。
僕たちの国にはファッション産業に関するインフラがいろいろ揃っています。
あの、CdGもこの状況を理解したうえでの海外戦略です。
日本生産が100%に近いブランドです。
素材も日本生産です。
そして、ビジネスも日本国内で80%程を消化しています。
穏やかな心のあり方、他人を想いあう心、
器用な手作業そして、自然に活かされている日本人。
日本にはまだ湿りが残っています。
もっと、「本質」を知ってください。
例えば、もうアントワープなぞは終わってしまっていますよ。
もし、外国の学校で学べる機会を持ったなら
幸せだと感謝してください。
そうして、思い切り、勉強し、
その国でしか体験できないことを、
『本質』を
時間と出会いと経験を学んでください。
「Wスタンダード」を学んでください、身につけてください。
それを根拠性として
自分の生まれた国を想い
将来の母国のために役立ててください。
堂々と勇気と誇りを持って、
そうすれば、もしかしたら、
「服」を作ること自体が、全く、違って見えてくるかもしれません。
君たちは、全く『自由』と言う、大事なものを授かっているのです。
その授かっている『自由』を思い切り、自分らしく使ってゆくところに、
自分らしさと人間らしさが見えてくるはずなのですから。
その『自由』をどのように、
なにのために、使ってゆけるかのために、何を学ぶかですね。
与えられた『自由』を
勇気がないからと言うだけで放棄するのなら
最初から、高望みはしないほうがいいです。
海外の学校へ行っても『マニュアル』はありません。
海外の学校で学べることに感謝をし
どうか、自分が日本人であることを忘れずに
『真こころ』ある行動を為さってください。
人生は永いです。
ご自愛とご活躍を。
ひらかわたけはる:
投稿者 : editor | 2009年07月11日 17:05 | comment and transrate this entry (1)
こんにちは。
濱崎といいます。
平川さんの文章をよんで、
かなりの部分で、自分の中に思い当たる節がありました。
僕自身、今海外の学校で勉強をはじめ、
約三ヶ月ほど経つのですが、
自分が日本人であるという事を、
痛感しています。
見てきたものが違い、
感じてきたものがちがうので、
当然だと思うのですが、
正直、コンプレックスを感じずには、
いられません。
自分の臆病さが、ただ心の中を、
うろうろしているのだと思います。
しかし、文章を読ませて頂いて、
日本で生まれ、日本で育ち、
その中で見てきた、自分の心を大きく揺さぶってきたものを、
今真剣に、ここで思いっきりさらけ出してみせるのが、
これから自分のすべき事であり、
またあらゆる人にお世話して頂いて、ここに自分があることに感謝し、その心のなかで、服作りをしていく事が、
一番肝要な事だと思いました。
自分が日本人であることに、
真剣に向き合い、
そして、享受した自由を思い切りふるい、
服作りをしていきたいと思います。
ありがとうございました。
濱崎 顕士
投稿者 : 濱崎 顕士 | 2009年11月14日 07:22
2008年06月18日
いらないものは捨てましょう。
いらないものは捨てましょう。
学べるときは学びましょう。
学んだことを携えて
勇気ある、責任を伴った
愛溢れる経験を
堂々とやってゆきましょう。
自分らしい自由な眼差しで
もう少し上を、遠くを、深くを
ある時は広く、高く俯瞰しながら
自由な心と
豊かな精神を養って。
自分たちだけのことを考え過ぎないで
人のこと
社会のこと
そして、国のことを想い合いませんか?
想いあう、こころある
大切な関係性を
より良い方向へ継続してゆきませんか?
そのためにも、
『政治』に関心を持ちませんか?
謙虚で思いやる心を忘れないために、
『信仰心』に心を向けませんか?
『あるべき道』に関心を。
みなさんのそれぞれの立場で
少しでも
自分の国を
家族のための国を
日本人のための国を
世界のための日本を
思う、想い愛が出来る心で
『関心』を持ってくださいませんか?
確実に時代は、
ここに来て悲しい変貌の兆しを多く、語り始めました。
YSLの、彼の死もその一つでしょうが、
僕たちの国では
いま、
奇妙で恐ろしいことが
たくさん起こり始めています。
それらが表層化し始めています。
人間が
人間をいとも簡単に殺す。
死体を放置、隠蔽そして、切り刻むまで
人のお金を、国のお金を
平気で無断、不誠実に使う。
豊かで恵まれた、幸せそうな
『消費文化社会』という名の元に、
その表層の
『虚飾な』薄皮を
勇気を出して1枚めくってみると、
子供たちが息苦しくなり、
少年たちが既に閉塞感を持ち、
成年たちが社会への着地に戸惑いと不安を体験し、
大人たちは社会への不誠実さを生きる術とし
国を想い愛する心を見失い
人間が人間を慈しむ心さへも既に何処かへ、
置き忘れ
生きてゆくための『義務と責任』の所在が
虚飾に惑わされて喪失。
『楽だ!』という
水が高い所から低いほうへ流れる様に、
例えば、
「自分たちの家族には嘘をつかないが
社会では嘘をついて生きる」
何かを忘れて、捨ててたどり着く『小市民』的
お手軽ヒューマニズムの蔓延。
誰を想い、慕って
何を信じ、求めてよいか
迷ってしまっています。
頼れる社会、想える国が
今、ありません。
混沌としてしまっています。
自分独りでは
生きてゆけないのが人間です。
僕たちは、
新たに来たる未来という時間をどのように、
幸せに、実りある豊かな
そして、より、人間のがんばりとともに
歴史からその輝きを学び、贅沢な時間へ、
僕たちが持ちえた『関係性』が大切であれば、
その大切な『関係性』を豊かに謙虚に継続させてゆくための、
『CARE』がより、今後は必要になってゆくでしょう。
思いあう心と
想うことによって必要になる責任と勇気が。
そのためのオープンな心と精神と知恵が
そこに始めて
『自由』が芽生え始めます。
ただ、現在の僕たちの国、『日本』を、
その現実に起こっていることの
表層と深層を少し、思慮深く、『CAREFULに』見つめると
僕は恐ろしさを感じ始めました。
余りにも、無意味な、無教養な羞恥心なき表層は
ハリボテ世界の、『虚飾の上塗り』社会。
今の日本が日本人として、
その与えられ預けられた2000年以上の美意識と時間観を持って、
世界に誇れるものがどれ位あるのでしょうか?
心あるものがどれだけ残り
受け継がれているでしょうか?
日本人としての僕たちの祖先が
継続してきたはずの『形態言語』が、
言霊が、
精神性の内なるところで健全に、居心地良く
明快に発する事が、
そんな気概が残っているでしょうか?
そのための気骨があるでしょうか?
そのための大儀が探せるでしょうか?
戦後に育ち
勤勉さとまじめさでその『前後』を想い考え始める余裕さを
持った僕たちは、
この40年間で
完全に何かが 『去勢』されてしまった。
美しさや勇気を愛として
いっぱい持っていた筈の日本人の伸びやかな自由なこころは?
僕たちの国の若者たちは
戦後の、アメリカの政治経済軍事戦略によって
完全に『インポテンツ』にされてしまったとお感じになりませんか?
かつて、『ノン・ポリ』(ノンポリシー)と称されていた人々が築いた国とは
望んだ国とは
このようなものなのでしょうか?
僕たちの国には『国体』があるのでしょうか?
誰が僕たちの『国体』を考えているのでしょうか?
戦前には日本人が想い考えた『国体』がありました。
それを考えていた人たちがいました。
今、誰にこのことを尋ねればいいのでしょうか?
『消費文化』とは
最近のように
人間の命そのものを粗末にしてしまえるまでのことを言うのでしょうか?
不必要なものばかりが表層を埋め尽くし、
モノの値段ばかりが上がり、
人間の命の価値は下がるばかりではないでしょうか?
『メディアの役割』として
これからの僕たちの国、
日本の『国体』を考えるための
新たな価値観が、美意識が、
勇気と気骨ある心と謙虚さの調和で
深層部から
世代を超えて、リニューアルしなければ
たいへんな時代へ向かってしまうでしょう。
だから、し始めなければなりません。
今以上に
例えば、『国体・リニューアル革新化』には
大切な機構であり、機能です。
例えば、
こんなシナリオが想像出来ます。
問題の憲法第9条は
日本国憲法の全面改正という戦略的フレームの中で
部分改定がなされ
防衛庁が防衛省になってしまった後は
自衛隊が日本国の軍隊になり、徴兵制度も始まる。
これらは僕たちの国が持つべき目的もビジョン無く、
決断危うく、明晰にせぬままに
現代の世界状況の中では
憲法改正も別におかしくはないかもしれません.
ただ、アメリカの軍事産業の復興化即ち、アメリカの国体維持化ため
新たな、古ぼけてしまった『新・東西冷戦均衡化』のための国連機能に、
NATO軍的発想なる『北東アジア共産軍』の防衛に向けて、
この変わらぬシナリオにしがみつくしかない
現状の日本とは ?
その結果が、
いつの間にか『軍隊』が制度化され
その先には『徴兵』制度が待ち受けて、
2013年ごろまでには現実になるでしょう。
いとも簡単にその目的や本意や気概さえも
明確に、明晰にされないままに
ただ、ただ表層のみの行動で
軽薄な気概無き、気骨無き『右化』へ向かう若者の姿も想像がつきます。
戦前には戻れません。
が、その時代の人たちには考えられ、求めた『国体』がありました。
そして、戦後がどのように戦勝国アメリカによって
『歴史』が捏造されてしまったかを
僕たちは知る必要が、責任があるはずです。
なぜ、『大東亜戦争』が『太平洋戦争』になってしまったのかを、
だから、し始めなければなりません。
考えなければなりません。
対話しなければなりません。
若者が病んでいます。
もう、『豊かなる難民』が生まれない社会を、
世界を考えませんか?
必要の無いものが巷に溢れ過ぎています。
人間が人間らしく生きてゆくためには
そんなに多くのものは必要ありません。
それに気づく為の
知恵であり、
教養であり、知識でありメディアであるはずです。
今の僕たちの社会は‘68年からの数年間に
勇気を持った、早熟な
若者たちが苦悩し、希望した
ラジカルな芽生えの多くの諸問題のルーツが
40年経った現在
世代を経て表層化し、社会化された時代です。
成熟したはずの社会が
静かに、大きく深く
歪みを見せ始めてきました。
かつて、『未来』に心を委ねた
例えば、『ヒッピー』たちは
『共生』を関係性のユートピアとしました。
この精神に共鳴し、共感し、共有しあう先に
ユートピアが輝いていると
『OZの魔法使い』宜しく。
それが、気がつけば
その後の40年の生き方でした。
新たな国を慈しむ、想う心が必要です。
例えば、
大川周明が、小林秀雄が、三島由紀夫が、
多くの有名、無名な人たちが、
イデオロギィーに振り回されないところで
これからの『国体』を想い巡らしていました。
かつての、彼らたちのように
想い、発言し、対話して行かなければ、
行為しなければ
無恥な人たちの群集化によって、
この国はぼろぼろの国に、
世界の中では
ただ、『パシラサレル国』 日本になってしまいます。
若者たちは
自分の国、『日本』が
これから10年先、20年先がどのような国に
世界の中でどのような役割を気概として持つべき
国になってゆくのかさえも、
責任ある発言の皆無な状況の中で
本心、子供を生むことさえ
そして、
『夢』を持つことさえ躊躇してしまう
若者たちが増えています。
病んでいます。
迷っています。
『豊かなる難民』を
救うためには
これ以上増やさないためにも
僕たちの国、日本の『国体』を考え、掲げましょう。
僕たちの言霊で、
堂々と、気骨ある心と気概を持って
いい呼吸をしてゆけるように。
気概ある夢を
愛とともに持ち続けましょう。
そのためには、
いらないものは捨てましょう。
自分らしい自由な眼差しで
自分たちだけのことを考え過ぎないで
想いあう、こころある
大切な関係性を
より良い方向へ継続してゆきませんか?
そうしたら
何かが見えてくるはずです。
そうしたら
何が大切か、が感じられるはずです。
そして
対話しませんか?
そうして、
行動してくださいませんか?
何か、『発端』を
創ってゆきましょう。
僕も迷ってしまっています。
もうそろそろ、
好き/嫌い、カワイイだけの世界から卒業して、
ウザッタイかもしれませんが。
どうしたらよいかを教えてください。
そのための対話をしませんか?
時間はいっぱいあります。
急ぎすぎないで
『日本』という大事な現実を、
見失わないために。
「お願いします。」
ここまで、読んでくださったあなたの勇気と優しさに感謝!!!
ありがとう。
『モードの話』が語り辛くなってしまったのです。
文責/平川武治:
(注)『国体』;国のあるべき姿、かたちだと思っています。
広辞苑では、国家の状態、くにがら、くにぶり、
国家の体面、国の体裁、
主権または統治権の所在により区別した国家体制。
大川周明/岩波選書刊/『大川周明』松本健一著)
小林秀雄、三島由紀夫/多数の著書が、
YouTube/三島由紀夫インタヴュー
とても戦後の日本が良くわかる本に、
『日本国憲法の200日』 半籐一利著/文芸文庫刊 があります。
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年06月18日 13:26 | comment and transrate this entry (3)
いつにも増してすばらしい、ブログ以上の言葉ですね。
僕は今32歳ですが、やはりファッションやストリートが好きな友人たちも、今政治と日本と今後の未来についてのほうが興味があるようで(25~35くらいの若者というには少し歳をとっていますか)、その思想に基づいた新しい(今、戦後としての)価値観という物を探しているように感じます。
コンビニエンスストア、ケンタッキー、マック、ディズニーランド、インチキなファッション、等等、みなそれぞれですが、捨てようとしている物は確実にあるようです。
私自身も右でも左でもない1人のクリエイター(と自負はしております)ですが、先日自動車を捨てました(笑)
ファストフードにもディズニーにも行きません。
しかし毎日のようにコンビニエンスストアに行ってしまいます。
今の目標は、日本人らしい食生活です。
徒歩と自転車でいきていくことです(自転車のトリックがうまくなってしまいました)。
そしてそこから生まれるクリエイションを楽しもうと考えております。
TAKEさんは前にインタビューで「まだやることがある。」とおっしゃっていました。
TAKEさんは僕が知る大人の中でもっともかっこいい日本人の1人です。
TAKEISMを少なからず継ぐ若者が必ずいます。
僕たちは今日もエコ(CMなどで言うところの)なんかより日本の未来ことを考えています。
投稿者 : 高橋誠太郎 | 2008年06月18日 17:47
これだけのモノが市場に溢れ、またさらにその数も「無限」に増殖するばかりですが、今この世に、それを惜しみなく手に入れられる人はどのくらいいるのでしょう。
時間は、富める者も貧しい者にも、みな平等に与えられているといいます。どれだけ大金をはたいても、1日は24時間だけ。これ以上引き伸ばすことも、縮めることもできません。
時間の使い方を考えはじめると、自分の人生そのものに関わるすべて、自分と世界のつながりかたを考え直すことに行き着きつくと思います。誰と、何を、どこで、どういうふうにするか。一日(一生)の終わりに、安心して眠りにつけるには、どうしたらいいのか。
モードの業界は、ある程度人を忙しく保ってくれます。6ヶ月という単位でアイデアを発案し、それを具体化し、ショーでお披露目、広告を作って、注文をとって生産にかける。そしてまた次シーズンのアイデアの構想を始める。なんとも目まぐるしく、この一連の作業にかかわる人々の数も膨大。それがけっこう楽しかったりします。この6ヶ月のサイクルの刺激的なお祭で、クルクルと楽しく、行き場も考えることなくその華やかなイメージと一体になり、踊りつづけることも可能です。
モードの権威的な企業は、この大恐慌の時代に利益を生み出し続けている。
「ただ、それをまわし続けていくために」、自意識なく自分も回っていくのでしょうか。祭に酔いしれ、知らぬ間に意識を失うのでしょうか。
シラフに戻って、周囲を、自分を見直す意思は、持てるのでしょうか。
投稿者 : 田村有紀 | 2008年06月27日 17:58
僕らは僕らの社会が間違っている事を意識的にしろ無意識的にしろ知っています。
それは表面的には環境問題や、頻繁に起こる加害者にも被害者にとっても悲惨な事件や、社会の影に生きる人たちの生活や、お互いを怖がり合う都市の生活に感じます。
また、僕らの生活を支配する静かな虚無感と不感症の雰囲気に感じます。
今一番恐ろしいのは”麻痺”です。感覚からも他人からも僕ら自身が離れて行き、鏡越しのように他人と自分の生活を見てしまう事です。そして全てが嘘に感じられていく事です。
でもこの生活の現状が一番楽だという事と、他の選択を知らないという理由で、僕らの多くはこの社会が間違っていることを分かっていながらこの社会に生きています。
だから自分達と社会に対するニヒリズムと冷笑と怠惰と”情熱的な肯定”の否定とが僕らの誠実さなんです。僕らは生きずに自分達を蔑みながら、ただ何かが起こるのを期待と怠惰の内にまっている気がします。
情熱や希望を恥ずかしげもなく持つ事に憧れるけど、どうやったら良いか今はまだ分かりません。でも答えはあると思いますし、そしてそれは平川さんの言うように”日本のアイデンティー”と関係があるんだろうと感じます。
投稿者 : Yuichi | 2008年08月03日 15:03
2008年06月03日
イヴサンローランが亡くなられた。 ついに、
『 イヴサンローランが亡くなられた。
ついに、イヴサンローランも亡くなった。
ご冥福をお祈りいたします。
永い間、ご苦労様でした。
巴里の“エレガンス”を
僕のようなものに
教えてくださったのはあなたでした。
ありがとうございました。
燦然と、
その輝きが一等星の如きの輝きも遂には朽ちてしまった。
残されたものの使命の一つは
自らの醜さを曝け出すこと。 』
彼も、早熟であった。
その美しすぎる早熟さで
このモードの世界を駆け抜けた。
逃げ足の速かった彼も
駆け抜けようとしたが、
後年
彼の美しい、しなやかなかでか細いその足は
もたついた。
其の時は、
もう、既に彼が駆け抜けてきたグランドの土ではなくなっていた。
僕はどうしてもK.Lを好きになれない。
好みの問題だけではないらしかった。
いつも、イブサンローランと比べていたからであった。
ベルナール・ビュッフェに失恋をしたP.ベルジェが
どうして
こんな繊細で美形の若者をすぐに捜し得たのだろうか?
ある本を読んだ。
J.コクトーが
当時、逗留していた南仏の銀行家の別荘に
それまでは、
ベルナール・ビュッフェを伴って訪れていた彼、P.ベルジェが
新しい彼、『若く美しすぎる青年』を伴って来たと言う。
僕はP.ベルジェの審美眼を信じる。
そして、僕はどうしてもK.Lを好きになれない。
ただ、あまりにも、違いすぎる。
第2次世界戦争が終わってほっとした
50年代も半ば、
この美しすぎる才能を秘め込んだ青年は
都に現れた。
『美』と『自由』を『才能』で突き刺す
早熟性を持ち備えて
三人の、出会うべき男に出会った。
Michel de Brunoff, Christian Diorその後、Pierre Berge。
‘68MAY。
この街にも
革新な、大きな波のうねりが起こった。
40年前の、その出来事が
今のパリの、フランスの新しさの全てへ通じている。
決して、政治的なる事象だけではなかった
男と女の関係性も、
女性の生き方、社会とのかかわり方も、
生活様式も、モラルも
そして、モードの世界も。
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は
この兆しを読み取った2年前に
左岸で誕生。
’68MAYのうねりに捻じ込まれ
カルチュアームーブメントへ、
この街のモードの世界が
囲われた階級者たちから解放され
新たに、『プレタポルテ』が生まれる。
「Yves Saint-Laurent Rive Gauche」は
この新たな時代性を切り開らく。
今、多くのこの街の書店には
『‘68MAY』の本が並ぶ。
N.サルコジも元闘士だった
40年前を省みる時間の年。
そんな時に
彼は去った。
もう、戻って来ない
逃げ足速く、走り抜けるはずだった
早熟な、美意識豊かな少年は
何処かで、
自分が奔り抜くべき道が違ってしまったことに勘付き
居心地の悪さを知ってしまった。
ゆっくり、
おやすみください。
おもうぞんぶんにおねむりください。
そうじゅくであったころを
ゆっくり
ねむるじかんもなかった
あのときの
たいようのかがやきをおもいだして
ゆっくりと
おねむりください。
このまちは
ぼくに『エレガンス』をおしえてくれた。
あなたは
そのかおりを
かぐわせてくださったおかたでした。
ご冥福を深く、かさねがさね。
『 Going on means going far. Going far means returning. 』
平川武治:2008年06月02日夜更けに:
追伸;
終わった。
確実に、
一つの時代が終わった。
そして、
確実に時代は変わった。
あの時、彼がこの街に現れなかったら
この街のモードの世界も
閉塞感のみが蔓延した遅れた世界。
プレタポルテも誕生が遅れただろう。
はやく、
新たな価値観を
このモードの世界の新たなる価値観を見つけなければ、
どこかに、
早熟で
美しく、
逃げ足の速い
時代のアイコンに
辿れ着くことまでが出来る
赤子が生まれたに違いない。
星が流れる。
武治著/
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年06月03日 15:25 | comment and transrate this entry (1)
悲しみと焦りが伝わります。
ご冥福をお祈りいたします。
投稿者 : 高橋誠太郎 | 2008年06月03日 19:26
2008年04月08日
ある質問に答える。
【世界で騒がれている一流ファッションデザイナーたちは、女性の美しさを定義して、表現できるのか?】
ファッションデザイナーという職業の、彼らたちは
ある意味、『選ばれたる人』に成りたい為または、
成りきって独断と偏見を自分流に定義して、
その時代時代の身勝手な女性像を作り出して来ました。
その多くの根拠は、
それぞれが持ち得た「時代観と社会性そして、モラル」が基盤です。
そこにデザイナーという当事者たちが持ち得た
知性と教養と文化そして、美意識と問題意識が
それに、大切な個人の人間性が拠り所に
彼らたちの極めて個人的な「眼差し」が存在しているはずです。
それらを自分たちの好きな世界、
それが『モード』というステージの上で
自分たちの好きな又は興味ある女性たちへ
『服』という消費財に表現しているのでしょう。
そこでは、
ビジネスがより大切だと考えるデザイナーたちは
与えられた『トレンド』というフレームの中で
自分たちの世界観やイメージをデザインするのです。
彼らたちはトレンドを造りません。
デザインするだけです。
これが僕が30年以上の経験で得た、理解出来た
「ファッションデザイナーとは?」の教科書的な答えです。
では、着る女性たちはなぜ、ファッションに興味を持って
これらのデザイナーと称する人たちが造った『服』を着るのでしょうか?
結局は、自分自身の為です。
自分自身の『存在』の在り方や有り様の、見られ方の為でしょう。
少し前迄は自分自身の生き方を表現出来るという迄の
価値観の世界も確かに、存在し必要でした。
今ではもっと端的に
そう、総て、自分の為です。
それを身じかには家族や友人たち、仕事の世界でそして、男友達たちと恋人たちへ。
それに自分自身の為に。
『ときめきたい』
という感情がより強い拠り所になりました。
しかし、それらの美の根拠は、女性の美しさは、感情は
着る女性その人自身が作り出すものです。
従って、着る女性は自らの『美意識』を持っている必要性が大切でしょう。
優しい心の在り方も必要でしょう。
それを拠り所に、自分の『在り方や有り様』を身近に、
自分流に日替わりメニュー宜しく
プレゼンテーションが出来得る日常的な消費財が
今のファッションのレベルなのです。
もう少し、レベルを高くして言えば、
いわゆる、西洋社会ではキリスト教をベースにしたキリスト世界の価値観とモラルと
そして、美意識を哲学化した【西洋美学】による、美と文化があります。
仏教を基盤とした世界での仏教美学もあり、其れを拠り所とした美意識も美もあります。
当然ですが、文化もあります。
きっと、アラブの世界でもそうでしょう。
アフリカのマサイ族の世界も、ピグミー族の世界も、
アンデスのインディオたちの世界にも。
(ナショナルジオグラフィックの世界です。
決して、ヴォーグだけの世界ではありません。)
各地域の言語がある限り、文化もその数だけあり、美意識、美も違ってあるでしょう。
美人もその数だけいるのが当たり前です。
(少数民族の女の人たちの美しさを想い起こしてください。)
ファッションデザイナーたちはペテン師か道化師か手品師たちです。
自分たちの形態言語と技を駆使して
上手な嘘を誰もが判るようにまた、判らぬように
上手にカッコ良く『虚』(Vanity)を造る。
其れが結果、
幸せや喜びを呼ぶ事に通じれば
役割であると自負する、
技を持った職業人たちです。
これを自らが判ってやっている人たちが
世界のメディアを騒がせられる「有名ファッションデザイナー』たちです。
彼らたちはポジティフに楽しんでやっています。
それらに拍手を送る人たちとは
有識階級(クラース)の人たちから、
今では大衆へ
中身の無い人たちが、
その中身の無い事を知られたくないので
お手軽に彼らたちのペテンや道化に乗かって、
メディアを通じて拍手喝采。
自らが内蔵してしまった『張りボテ人形』を
知られたくなく
どうやって、カッコ付けてイキがって自分の『在り方や有り様』を
身近に、と気にしている人たちが大半になって来たようです。
結果、「ブランド」(銘柄)モノへ走ってしまっているだけの大衆消費者たち。
これが現実のモードの保守化のレベルであり
社会そのものでしょう。
『水は高きから低きへ流れます。』
本人が輝いて下さい。
その輝きがより、他人を輝かせます。
その結果が笑顔になります。
其れが美しさです。
『自灯明塔』
造られたものの中で、
造られたものばかりを観ていないで下さい。
自然には未だ、変らぬ美しさがあります。
自然を観てください。
自然を大切にしてください。
自然になってください。
ここに日本人の
こゝろのともりがあります。
自分が輝いて下さい。
その為には何が大切か?
考えるという行為を。
読んでくださって、ありがとう。
華かすむ鎌倉で、
文責/平川武治:
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年04月08日 05:58 | comment and transrate this entry (1)
こんにちは。
いつも温かい言葉をありがとうございます。
ファッションやモードを通しての平川さんの言葉と考え方が本当に好きです。
これからもお体に気をつけて私たちに本当のことを教えてください。
私自身もこれらの言葉を糧に、輝き続けられるよう精進してゆきます。
次も楽しみにしております。
投稿者 : 高橋誠太郎 | 2008年04月17日 14:57
2008年03月18日
Paris Collection '08'09A/W "The Best Tops Shows-AZZEDINE ALAIA】
The Best Tops Shows-AZZEDINE ALAIA】
コレクションが他の街に移った後のこの街は一時の静けさ。
春の陽射しと風と雨とが1日の内に戸惑って遠慮している様は、
新たな春が窓のすぐそば迄来ているのにこちらへ入って来ないもどかしさの毎日。
今シーズンのコレクションで僕が兎に角、感動したコレクションを書き並べてみよう。
その壱番バッターは矢張り、AZZEDINE ALAIA.
彼は今、現在は完全にインデペンデントな状況で此のモードの世界に君臨しているただ独りのクリエーターです。
彼の作るもの、彼の会社組織そして、彼の顧客、その総てが僕流に言ってしまえば、『The Top of the World』。
コレクションは彼の凄すぎる持ち味を充分に生かしての見事な迄のコレクション。
着る女性たちを先シーズンに続き、総て、上質なフレッシュ&エレガンス。
先シーズンはその多くを日本素材を使ってのコレクションであったが、今シーズンはイタリー製の最高級な縮襦ニットに手工芸的な技を幾つも施したもの、アニマルプリントを表面に施されたこれも、イタリー製のハラコ皮革素材を使ったものそして、同じように、日本のいぶし銀的な光沢表面に施した同じ、イタリー製の程よく鞣された皮革素材、これらがメインの素材でありこれらによって彼の世界がすべて、『Everything So Special !! 』な世界をクリエートした。
驚く事の最初が此の素材の選択眼である。
その根底には自信ある彼が持ち得ている構築力としてのトワレ感覚であり、技術であろう。
先ず、彼自身これらに自分のなすべき事のレベルと範囲と世界を見てしまっているのであろう。素材美をそのまま活かすもの、その上に施された装飾としてのプリントをバランス良く生かすものそして着た人の動きを生かす迄のシルエットの決め。これらのバランスある調和力に脱帽。分量のある上モノとミニ・フレアーなボトムというシンプルで絶妙な分量バランスが着る女性をより、フレッシュに、エレガンスにセクシーにさばき、仕立て上げる迄の服を今シーズンも発表した。
彼の企業形態も以前にPPCグループから買い戻し、今では自分の会社にしているはず。これで自分の世界を自分の「義務と責任」で守れる状態にした事も此の世界では凄いこと。
当然だけど、他のプレタポルテデザイナーは彼の足下には及ばない。あまりに彼が居る世界が違うのだろうか?
多分、J・ガリアーノが一番彼にジェラシーを感じている唯一のデザイナーであろう。
これらの素材の選びに驚き、次は其れを仕立て上げる技術と勘とまとめ方の巧さ。
そして、最後には、いいご夫人程着てみたくなる、着たくなるエレガンスとセクシーさが絶妙なバランス。
やはり、プレタのデザイナではありません。
彼のこの勘とセンスと何よりも素材の選びと其れにあった技術の施し方は何処から学ぶのでしょうね。
僕は彼を本当に腕のいい料理人に思ってしまうのです。
素材と、それらを料理する技術と言うか、腕前そして、勿論味付け。そして、最後はまとめる盛りつけの感覚に似た美の世界の上品さ。
其れを出されたご夫人たちはその見事さと匂いと盛りつけの美しさというより、エレガンスとセクシーというレディーが欲しい薫りが程よく、そして、みんな着たくなるもの、着てみたいもの。このほどの良さを、バランス感を熟知してしまっているクチュリエ。
ご自分がいい女と思っていらっしゃる顧客である世界の社交界のご夫人たちは当然でしょう。
彼に取っての美意識とは理屈ではないのでしょう。
勘と着る人を想うこゝろからのものでしょう。
きっと、着るご夫人たちとの会話から、彼女たちのこゝろを読み取り、感じ拡げる臭覚とでも、CAREこゝろとでも言う感覚も日毎に研ぎすまされていかれる勤勉な人なのでしょうね。
これが彼のコレクションのすべて。
世界の名だたる上流婦人が彼の顧客だと言う事が理解出来る迄の今シーズンのコレクションでした。
今シーズンの僕の眼差しは、
『 Everything So Special, That's all !!! 』
素材にも、クリエーションにも、技術にも、完成度にもそして、価格もが総て、自分の世界観で、『So Special !!』 が今は必要な時代性であり、キーワード。
当然、その造られた服の後ろに作り手の『異文化、教養そして、美意識』が熱く感じられるもの。
今の時代はお金さえあればそこそこのものが、フラットなものが造れる時代。此の波に乗って自らが、勘違いをしているのが今なお、多くの日本人デザイナーたち。
出来れば、何処かのサイトででも(STYLE.COMですか?)何かの機会にAZZINE ALAIAさんの作品を見て下さい。
そして、余談ですが、今、彼の作り出す世界でアシスタントを始めて居るのが日本人、瀬尾英樹君です。彼はアントワープを4年前に卒業した3Dが立派に造形出来た希な、卒業生でした。その謙虚さを持って堂々とこの世界でがんばっていらっしゃる数少ない、人間的にとってもチャーミングな人物。うれしいですね。こんな所でもがんばっている日本人がいらっしゃる事は。日本では、その大半が海外の学校を出れば其れなりのデザイナーになった様に大いなる勘違いで『虚飾の上塗り』作業ばかりしている輩が多いと言う時代なのですが。
蛇足を言わせて頂くと、
昨今のプレタのデザイナーと称する人たちは、若い人程、”フラット”な張りボテ。
トワレさえも自分で組めないお絵描きお芸術家デザイナーたちが彼らたちの新しいおもちゃの一つ「ILLASTRETER」や「PHOTO SHOP」を使ってのものつくりとイメージ作りが普遍化してしまった時代だから、いつの時代も『簡単/イージー/容易い』見た目の世界へ其れが、それなりに見えるフラットなイメージングの世界であればの、水のごときに流れてしまうから此れを時代性ともいいうのでしょう。
怖いし、寂しいし、本当のただの『虚飾』あるいは、金鍍金の世界。
これにも世界があるのでその世界で喜べる人びとたちは其れでいいのでしょう。そんな世界の彼らたちが「作品」と称するものの後ろに『教養や文化や美意識そして問題意識』さえも感じられない、させないフラットなものつくりが多くなってしまった此のモードの世界。だから、誰が作ったかも自分の名札が無ければ判らなくなるものたちの世界観。ここでも、メディアが発達してよかったのでしょう、でもその根底は『ただ、消費社会へ』。
何処迄、個人の欲望のみが肥大化し表層の張りボテ人間になれば何れ、その無様さに気が付く時が来るのでしょうか。
「 Merci beaucoup !! Mousieur AZZINE ALAIA. 」
「 ありがとう!瀬尾君。」
ありがとう、みなさん。
文責/平川武治:巴里市モントロイユ街55/57番地にて、
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年03月18日 21:37 | comment and transrate this entry (2)
いつも一人の日本人として読ませていただいております。
平川さんの指摘する問題と解決への方向性に身が引き締まる思いです。特に”フラット”な張りボテというくだり、今の日本を象徴するような妙言ですね。
次も楽しみにしております。
更に私たちの知らないモードという世界を教えてくだされば幸いです。
投稿者 : 高橋誠太郎 | 2008年04月05日 15:07
10年ほど前、某服飾専門学校で半年程、平川さんの講義を受けていた者です。
学校を卒業後はファッションデザインには進まずに、様々な職を経て
現在はIT関連の仕事をしております。
(その間、アパレルの職には一切就いておりません)
この記事でご指摘の
トワレさえも自分で組めないお絵描きお芸術家デザイナーたちが
彼らたちの新しいおもちゃの一つ「ILLASTRETER」や「PHOTO SHOP」を使ってのものつくりとイメージ作りが普遍化してしまった時代
がちょうど始るか始らないか頃、学生生活を送っておりました。ファッションデザインを諦めたのはこれが原因かもしれません。平面もダメ、トワレもダメ、、デザイン画はヘタクソ、縫製は汚い、ただ休まず学校に行っているだけ。
担任には言いたいことをズケズケと物を申し、学校にケンカを売っていた…
その頃、ちょうど『イメージつくりが普遍化してしまう』原因ともいうMacに触れた事で、今の仕事の礎が気付けたと思っております。
『道具=Mac』も使い方一つで何でもできますが、『使いよう』という感じでしょうか。
10年前と何も変わっていないこと
平川さんが相変わらずな『平川節』でモード界をぶった斬っているように私も相変わらず“上”には物を申しておりますし、常にケンカを売っております。
お忘れかもしれませんが、学生時代、ある座談会の時に私が発言をしようとすると平川さんの顔が
すごい嬉しそうに見えました
『お、こいつまた言うぞ!』
みたない感じで。
そんな昔話をこの記事を読んで思い出してしまいました。
投稿者 : sdkt | 2008年11月28日 16:25
2008年03月11日
また始まる、東京コレクションの前に、
はじめに】
望むと望まないに関係なしにそのカルーセルの中に嵌ってしまえば、自然の流れで再び、コレクション発表の時期がやって来る。
これは巴里も此の東京も同じである。
だから自分たちも【巴里・コレデザイナー】と自負し、同じように勘違いをし、思ってしまう結果になる参加デザイナーが多くなるのだが、本当に、今ウケていると言われている日本発のデザイナーブランドはどのような状況の元で一人歩きし始めたのだろうか?
昨年の秋にまとめたレポートをここで、此の時期にご紹介。
一つの眼差し/———アッセンブリッジが上手なデザイナーたち】
日本人はその参加が多くなったデザイナーたち。そして,この国の文化庁が主催しているANDAMでTOGAと口の巧いブランドが貰うまでになる。
日本人デザイナーたちはここに来て一つの段階をクリアーした感が在る。
『アッセンブリッジが上手なデザイナーたち』という資格を貰った様だ。
これは前回も書いたようですが,今は時代が追い風を吹いている。
この時代の追い風とは、これからこの街、パリもそして、他のEUの都市はこれらの街に住むイミグレーターたちの新世代層が中心の新たな消費者層として確実に『大衆消費社会構造』化へ行くこと。これは、取りも直さず、かつての、’90年代中期以降の日本の状況である。(参照LePli-0号)
そして、具体的には、先ず,進化した新素材が享けている時代性。それらの進化した素材を案外と簡単安価に使いこなせる状況を持っていること。そして,生産構造が未だ確りしている事からのクオリティとデリバリーが他の外国人若手デザイナーたちと比べると良い。それに情報が発達している所からコピーや組み合わせが巧く出来こなせるデザイナーが即ち,器用さがいかせるデザイナーたち。しかし,オリジナリ性は弱いか無いが今は円安で価格が適当に買い易い。従って,買っておいとけば『Made in TOKYO』がセールスポイントにもなり売れる。この状況はメンズもレディースも同じ状況をもたらし始めている。TOGAにしても,今回だけで外国バイヤーの方が国内バイヤーより,数が多くなったと言う。(国内40%、海外60%比率)
『勤勉性と器用性と見栄性』が生む見た目感】
しかし,冷静に考えてみると,この状況というのは案外,『日本的なる状況』と言えるかもしれない。従来からの『Made in Japan』には決して,モノの本質的な創造は無かった。そのオリジナリティは無いか貧しいにしても,その主題の取り方、素材の使い方の上手さと巧さで即ち,工芸的に使う事でオリジナルものより以上に装飾的に使いこなしてその結果、それそのモノを”オリジナル”としてしまうことが即ち『Made in Japan』であったはずだ。これは,オーバーな言い方をすると,『日本文化の本質』かもしれない。僕たちが使っている漢字に対しての仮名の関係も然り,磁器と陶器の関係,漢画と大和絵そして,琳派の関係等など。最近でのIT機器類にしても,ケイタイの本体の特許部分はサムソンが押さえていてそれらを使ってのアッセンブリッジが多種多様化されたものが上手、得意分野という事も考えれば、これが,元々の『日本人の作る』という事に対するオリジナリティ性と理解出来る。日本人らしさの『勤勉性と器用性と見栄性』が生む見た目感な「創造の世界」がこのモードの世界へもやっと,ここ60年をへて辿り着いたのかと考えられる。この日本的創造の世界の本質には『素材』へのこだわり観と,日本人の特質性である『器用性と見栄性』とその「見た目感」の関係性が日本的に存在するある種の法則を考えてしまえる。これらも,戦後からの『豊かさ』の発展,進化の結果がもたらした今後,日本人の若い世代に期待するべき所でもあろう。
そんな彼等たちはどのような構造でビジネスを行っているか?】
多く開催されているサロンへの出店が増えている。サロン数は大きなもので10サロンを超える。それらのサロンで、自分たちのテイストとレンジが合うところへモノと自分たちが行って出店する初期的な構造からスターとしているブランド。そして、ディストリビュターオフィスでの展示受注を行っているブランド。(多分、13%〜18%のセールスコミッションを取られてやっているはず)彼らたちに任せば、従来からの良い顧客を持っているのでそれらが自分たちの顧客になる想いをかけて任せる。これらは基本的にショーをやりその後の営業活動を現地のディストリビュターを外付けとしているブランド。
海外バイヤーたちにどのような受け取り方や格付けがなされているのか】
商売中心に考えるとこれからもっと、可能性がある日本ブランドという感想。
メインのブランド商品ではないが置いておくと売れてしまうというサブ的なもの。
これは価格帯とデザイン性そして、デリバリーとそれなりのクオリティから。
ここでも、日本人らしさの善いところが認められてのバイニングであろう。
それに、追い風としての話題性ある「新素材と東京」。
彼らたちが世界のメインブティックのメインブランドになるためには】
『サロン』出展から次は『ショー』へ。
その時にどれだけ、コストとリスクを掛けて、『明日』を指させられるクリエーションが発表出来るか?そして、それなりの世界レベルのジャーナリストたちに気に入ってもらえるか?
そして、やっと、念願の【パリ・コレ デザイナー】へ!! 今、一歩。
日本のファッションビジネスとブランドの利点と欠点】
*素材が豊富。特に新・高品位繊維。
*まだ、国内生産に頼れる構造が残っている。
*出来上がりクオリティがよい。
*デリバリーがきちんとしている。
*市場が大きく、動く。
*メディアのホロがいい。
*消費者が成熟しはじめている。
*プライス面がこなれている。
*売れ線、トレンドものしか作らない。
*クリエーションにおける冒険はあまりやらない。
*ファッション教育構造が特化している。
*ONE POINT DESIGNが出来る。即ち、売れるコツをデザイン出来る。
*手先の器用さでSPECIALが出来る。
*コーディネートファッションは上手。
今後の課題は将来性を指差すこと】
総体に売れるものをきちんと作る事がうまく、それ以上の冒険、可能性そして、独自性を打ち出しているブランドはまだ少ない。
トータルで、結果、スペシャル性又は、アヴァンギャルド性又は、クラフト性のそれぞれの高品位性を目指すこと。そして、服の後ろに【文化】が見えるものまたは、【美意識】が感じられるものに挑戦してくれる心意気とレベルが欲しい。これが無ければ、世界レベルのファッション・ジャーナリストたちを驚かす事は出来ない。
肩を並べる外国人デザイナーたちは彼等たちをどのような眼差しで見ているか】
ここまで来るブランドであるからそれなりの資金的な現実が先ず、外国人若手より有るのでそれにジェラシーを感じる。それと生産構造が身じかでしっかりしたところが残っていると言う現実は実際に商品を作ること自体が難しい彼らたちにはとっても羨ましいこと。
結論としては、現在のNew-Generationsたちは完全に『CONSUMING-DECADENCE』の落とし子たちである。従って、ファッションを売る事、売りたいという事には早熟でありこの15年程でかなり成熟した日本ブランド。特に、男物はかなり、世界に通じる事が可能。そのサンプリングに『裏原』系が有る。それと、劇画、TVゲームからのイメージングソースは今や世界規模で共通のコンテンツになっているので女物のテイストやモード観の違いがまだ存在する世界よりはやり易い。
それとこの10年間程で、この世界も海外留学生が増え、彼らたちが帰国後やはり、海外を目指し始めた。それによっての語学力の進化も大きな要因。世界マナーを身につけ始めたとも言える。
弱点は、ビジネス構造としてのスタッフ人材に弱い。これからは彼らたち、世界に通用するファッションビジネスマンの養成と教育する事が課題である。
ある意味で中途半端な作り手志向よりも今は、ビジネス力を持つ事が鍵。
どんなものをどんな人が買うかが解らないまま進出しているブランドさえ有る。
現在のままで往くと、あの1987年の『原宿コレクション』参加ブランドがいつの間にかその後、『DC]ブランドという名称をマスコミから貰って創造性豊かなデザイナーブランドの横に並んでしまった状況の巴里版を思ってしまう。
そして、最後に、国内における『ファッションジャーナリズム』を気骨在るものへ成熟させることも大切な作り手への知的ホロが必要。
彼らたちのルーツ的、キーワード:オタク=STUDENT CONSUMERS=販売バイト/フリーター=オリジナルものと称したコピーもの=T-SHIRTS、靴、帽子、アクセサリー、皮小物、シルバージュエリィーそして=トータルブランド展開へ=『夢』としての海外進出。
このような、日本人デザイナーたちにとっては『追い風』が吹いています。
この風を上手く利用して『風力発電所』的構造と機能を世界へ、アジアへ向けて気概豊かに、参加ブランド企業も公的機関もそして役人たちも揃って、現実を直視して新たなモードの可能性へビジネス戦略を構築して行って欲しいものである。
/文責;平川武治/昨夏執筆文:
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年03月11日 07:21 | comment and transrate this entry (0)
2008年03月10日
自らが『豊なる難民』にならないように身に付けるべき『セルフ・コントロール』のためのセルフ・バランスサーが。-2
本当に今のパリの少年たちは可愛い。
14、5歳なのだろうか? 彼らたちが、一昨年の秋、モードの世界へ影響を与えたスリムなジーンズをはいてコンバースにちょっと、ロンゲ。7:3に少し掻き分けカールされたヘヤーは今彼らたちの中での流行り。
街では『PARANOID PARK』と言う映画が懸かる。タイミングがいい。スケーボー少年の物語。監督はGAS VAN SANT. 以前作の『ドラッグストア・カーボーイ』、『マイ・プライベート・アイダホ』を含むポーランド3部作の第1作目。
イノセントでナイーフな今の時代観をそのまま携えた彼ら、この早熟な街で、都市で生きてゆく彼らたちは自分自身の存在そのものをアンテナにして時代の、社会の歪みから生まれるノイズをいつも敏感にピュアーに読み取ってしまうまでの早熟性と未熟性を持ち合わせている世代の『恐るべき子供たち』であろう。
未だ固まっていない知恵と早熟で不安定な五感を持って彼らたち、スケボーキッズたちは小さな、ミニマムな板切れ、ボード上で自分の身体を張っている。
自分を自由にして、自分らしく生きてゆきたいがために。
自由の裁量に総てを委ねミニマムな自分の領域、ボードの上で輝こうと
スケボーキッズたちに取っては、輝きとは自分らしいバランスを取る事で発する光。
その光に憧れる。
友人である立花肇君。
彼と出逢ったのはもう30年も以前の事になる。
その頃の彼もナイーフな美しい少年の後半期であった。
そんな彼を昨年、在る若人たちの雑誌で本当に久しぶりにインタビューをした。
その時で彼は、既に、50歳。その彼が、『今、僕が嵌っているのがPISTO自転車なの。』
自慢げに言い放っていた。その時の彼の言葉で気になったのが、『PISTOはストリートスポーツ、最後のものです。』だった。
PISTO自転車にはブレーキが無い。
車輪とスポークとサドルとハンドルだけ、各パーツが自分たちの好みでアッセンブリッジ出来る、メカ・シンプルな自転車である。
言い方を変えれば、美しいメカものだ。
ブレーキが無い所がこの自転車の特徴であり、機能であり醍醐味であろう。
彼らたちの『世界大会』と銘打たれたPISTOの競技会代々木公園前へ深夜に見に行った事もある。YOPPIY, HIROSHIそして、HAJIME、彼らたちと本場とされているサンフランシスコからも来ていた。京都の僕の友人たちがやっている『風』集団たちも参加。大半の日本人組たちのPISTOは美し過ぎた。
壊れそうな印象を持った。外国人組たちのPISTOはボロボロで使いこなされて安心出来そうに想えるものばかりだった。
それから、1年も経たないうちにこのPISTO自転車は元ウラ原系を中心にしてブームになった。ウラ原を歩くと、これ見よがしに自分たちのショップ前に美しすぎるPISTOが立ち掛けられ始めた。
分析好きの僕はすぐに、『これはスケボーと同じだ!!』と言う答えを出した。
それで、肇君が行った言葉にやっと繋がってゆく。
自分自身の身体性と五感と体感が頼りの遊び(?)である。
自分自身の判断力と責任だけで、自分の自由の裁量に身体を委ねる事で総てがコントロールされる遊びである。 美しすぎるマシーンはミニマムな板と同じなのである。即ち、ボードをマシーン化したとも言えるのがPISTO。
東京では大人男たちが嵌っている。
彼らたちも『バランサー』が必要なのだろう。
セルフコントロールのための『バランサー』しかも、【ミニマム】な。
大人になっても少年心を忘れたくない遊びこゝろを持つ大人たち、
彼らたちも輝きとは自分らしいバランスを取る事で発する光。
その光に憧れ続けている。
いつの頃だったであろう。
確か、80年代の半ばの時代で在っただろう。
スケ・ボー、サーフィン、ウインドー・サーフィンがそれに自転車がブームになり始めたことを想い出した。 ある時代には「POWER」のスポーツが、ある時代は「チームワーク」なゲームが、そして、このような『セルフコントロール』のためのセルフ・バランサーが遊戯化され社会化され必要になる時代性。今と言う時代性もこの状況を想い出してしまった。
自分たちが、より、自分らしく自由の裁量に、身体性をも委ねてセルフバランスを取るための『セルフコントロール』のためのセルフ・バランサーはプロテクトし過ぎたことに気が付き始める早熟な若者こゝろを持った男たちがこの兆しを見つけ出す。
女性はこのバランサーを自らの身体の中に持ち備えているから強い。
モードにはこのバランスがトレンドとなってあらわれる。
今シーズンのモードはそれで代表される。
着た女性の体つきを分量に依る新たなバランスを作り出すことが、この時代の新しさへ通じる一番の手法になってもう2、3シーズンが経つ。
そこに、P・ポワレ(1903年)が登場する時代性も面白い。
文責/平川武治:平成19年10月執筆分:
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年03月10日 08:31 | comment and transrate this entry (0)
2008年03月04日
自らが『豊なる難民』にならないように身に付けるべき『セルフ・コントロール』のためのセルフ・バランスサーが。
”豊さ”を求める事から始まった戦後の僕たちの生活目標がもう既に、”豊さ”を持ち得てしてしまった今、彼らたちは現代の東京が持ち得てしまった“CONSUMING DECADENCE"の中で彷徨う ”豊かなる難民”化。自分たちの持ち得たテリトリーを守る事、保護する事そして拘束までもの自分の自分化。(その結果がモードへは『PROTECTION/PROTECT』がコンセプトになった。)そんな彼らたちが目覚める時とはいつなのだろうか?その時に彼らたちは何を大切に考えるのだろうか?その兆しが今少しずつ社会のリアリティーとして現れ始めている事に気がつこう。例えば、東京の街では”和物ブームからピスト自転車”また、豪華に見える触覚が違う食材を組み合わせたケーキの横に最近、ウケているのが、シンプルな『ロール・ケーキ』。「モノの初源」に戻る。”トゥーマッチなものからシンプルなものへ”見え透いたもの、装飾過剰なまでのものの本質を観てしまった彼らたちは案外と良心的なる世界へ目を向け始めているようだ。前春のプルミエールビジョンでも、“ETHIC"(倫理的)というまでの言葉がこのモードの世界でも使われ始め、少しでも社会に貢献出来るようなものの買い方をしませんか?というまでの想いが始まり、“NU AUSTERITY"という一種の、ありのままの姿に厳しさを持ってというコンセプトも一般化し始めているのも現在の特徴だ。
日本では、言い換えれば、やっと、巡り回って来た”和魂洋才”の現代版”洋魂和才”化が読めるのではないだろうか?自分たちの知らない物としての日本の古いものから始まって、出来るだけ過剰なものを排除したものへの志向性。その結果が、”シンプル/フレッシュ/イノセント/フラジール”などへ結び付くベクトル。
今のEUは景気はそこそこいいようだ。そこで暮らしている人たちの表層はやはりOPTIMISMだろう。その結果がこの巴里のこれからが新たなる消費者クラスの登場に依る“CONSUMING DECADENCE"への進展が読める。でも、彼らたちは決してこの表層に満足はしていなく、寧ろ危機感をも感じ始めている事は明らかだ。その影響から”ダブル-スタンダード”と言うコンセプトもこのモードの世界に現れ始めたのが先シーズン。景気の不安定化、環境問題への心配、クラス化への反動と行ったマイナス要因はダブルスタダードを意識し始めた。例えば、“LIGHT=SHADOW" "OUT-SIDE=IN-SIDE" "UP-SIDE=DOWN-SIDE"等は先シーズンのトレンドになった。L.Vの裏地に凝る。前後の異なるデザインDRESS UP & DRESS-DOWNなコーディネート。大人の中の少女性。(だから、映画、VERGIN SUICIDEが気になった。)そして、スピリチュアルリズム。日本でも精神世界へ憧れ、ヨガ、ベリーダンス、ワンピース志向。
そして、もう一方では『LIGHT』な部分としての飽きない『虚飾の上塗り』作業も変わらぬこのモードの世界のリアリティー。これらをどのようにバランス良く日常性の中へ、そこで暮らして行くかのための、『豊かな日常性』の継続化と『クラス化』を望み始めると、『バランサー』も必要になり始めた現在でしょう。自らが『豊なる難民』にならないように身に付けるべき『セルフ・コントロール』のためのセルフ・バランスサーが。
だから、スケートKIDSやピストに夢中になる大人たちが登場するリアリテ。
'07/秋;文責/平川武治:
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年03月04日 01:50 | comment and transrate this entry (0)
2008年02月26日
新たな眼差しは、新たな『夢】を、
皆さん、僕の身勝手でしばらく休んでしまっていたこのブログを再会します。
これらの文は昨年の秋に書いたもの、よろしく、コミュニケーションを。
リアリテ−1】
『レンタル自転車』も今回来てみると利用者が多く街で見かけられる。少し、重そうな自転車だが、頑丈である。もしもの場合のデポジットが150ユーロ。調べてみると、最初の1ヶ月で、もう既に利用者数が100万台を突破したそうである。勿論、この街、パリッ子の珍しい物好きも手伝っての事であろうが、それでも凄い。これを仕掛けたのは車両広告代理店。メトロやバスの広告を仕切っている代理店が、企画立案で現実に至たらしい。
兎に角、タクシーの運転手から文句が出ている事が現実を知らせてくれるが、僕としては”共有化”システムがこのような都市構造の中で進化していくこと自体がうれしい事だ。
もう一方では、確実にこの街が、新たな消費社会環境を持ち始めている。
予測通りにこの街のイミグレーターたちが新たな大衆消費者になり始めている。今回、驚いた事は、彼らたちを確実に消費者対象と考えられたM.D.戦略が為され始めたためだろうか?メトロの構内、至る所に宣伝広告の新しいスペースが作られ、これ見よがしの広告が張り込められた新しい表情がこの街で始まった。
もう一つの定着し始めた風景にやはり、この街の“New Generations"がいる。
彼らたちはもうこの街の新しい顔になりつつある。スケートボード、ローラーブレードそれに自転車のこの3アイテムのストリートスポーツを例えば、左岸だけでなくバスティーユのオペラ座の前にも、一つの塊が出来上がっている。彼らたちのグルービー的な女の子たちの姿さえも、いつも見受けられるまでになった。スリムジーンズにT-シャツ、ロン毛にシンプルなコンバースタイプがその典型。ラッパータイプのパンツ姿の激小化も観られる。自転車はさすが、未だピストまではいっていないが、小型マウンテンでのアクションライディングが主流。でも、この街へのピスト化ももうすぐだろう。街には当然だが、彼らたちのご愛用ショップが幾つも出来始め、ストリートスポーツギア類とウエアーとしてのT-シャツ類(プリント、ロゴもの)G-パン、シューズ類そして、今までの”黒”に変わって彼らたちの世界では” カーキ”が目に付き始めそれに、CDとゲームソフトが繋がっている所も在り、かつての”ウラ原”情景が増えている事も事実だ。ここには東京で見かけ始めている”虚飾的な”光り物スタイルはなくある意味ではストリートの祖形がシンプルにフレシュに感じさせる要因となっている。
ここに新たなこの街のリアリティーが派生、存在し始めこれを撮りに来るコレクション写真家たちの姿さえ見受けられる事が在る。彼らたちもモードのステージよりも若者たちのリアリティーを撮っている方が楽しく良い即ち、『お金になる』というまでの発想で彼らたちをサポートし始めてもいる。きっと、これからのこの街のモードの世界も身近な彼らたちのリアリティーをサンプリングしていくベクトルがここでも読まれ始めいる。
驚いた事が一つ。
アディダスが僕に言わせれば、とてつもなくフューチャーチックなイメージ広告をうち始めた。「REVELE-TOI adidas TechFit-technologie conque pour la performance 」というコピーで街の中、メトロの駅中に張り出されたTECHFITキャンペーン。白人か、黒人が只の長袖T-シャツを着ている絵図らの広告なのだが、この長袖T-シャツの素材が全くの新しいもの、身体への一体感を強調した新しいスポーツウエアーとしての長袖T-シャツ。身体の必要な部分の網立てに変化が付けられている素材なのだ。これは、正しく、この前のプルミエールビジョンでも言われ始めた、『プレタスポルテ』素材。スポーツウエアーのプレタ化と、プレタポルテのスポーツ化を意味した新しい言葉が一人歩きし始めているのだが、こんな素材が既に、このように広告に載ってしまうまでに開発されている事に驚き、これはもうすぐ来るな?と思い返したのが、僕が考える新たな未来へのカジュアル日常着の世界。
この続きは3日後に、
ほんとうにご無沙汰していてすみませんでした。
LePLi 誌の編集等に追われて情けない状況でした。
ひらかわ たけじ:
投稿者 : take.Hirakawa | 2008年02月26日 01:49 | comment and transrate this entry (0)
2007年09月01日
DISCIPLINE会〈東京〉開催のお知らせ
一雨が、
それが時期を外した豪雨で、稲光りをも伴うとあれば
あれ程までの続いた灼熱の陽をも黙らしてしまう。
幾分か落ち着いた残暑の週末、
久しぶりでDISCIPLINE会を開こうと思い立ち、
突然ですが、ご案内いたします。
平川のヨオロッパでの活動の今回の一つ、
新しいモードを学ぶ学生と学校をターゲットとし
新しいコンテンツのもとに企画編集して発行した新雑誌“LEPLI-0"の事、
その経験を元にした”時代の眼差し”をモードの世界、日本の現実、これからの時代などについて
皆さんとともに話し合う機会としてDISCIPLINE会をやってみたくなりました。
今後も『CONSUMING DECADENCE』を突っ走るだけの日本なのか?
その『CONSUMING DECADENCE』の落し子たちはどこへ駆け込もうとしているのだろか?
『 やはり、「祖形へ戻る」はこれからの時代の方向性のように感じます。
その時、もう一度、人間とモノとの関係性、人間と空間、時間の関係性を、そして、
自分自身のうちなるをも再考する。
そこから新たな新しさが始まる。
そこには、何が大切なのかを勇気を出して探し出す行為としての存在が。』
今回のDISCIPLINE会はある意味、それを感じるためのところでフリートーキング的に、
皆さんのいろんな”スタンダード”で、皆さんと共にコミュニケートできればと思います。
楽しく、少しだけでも本当のエモーションを感じてみましょう。
変わらぬご参加を。
平川武治:
=======================================================
日時:9月7日(金)
18:15頃スタート 20:30頃まで (開場17:50)
会場:都内公共施設
参加費:一般2000円/学生1000円
ゲスト:参加していただける可能性有り
参加特典;新雑誌”LEPLI"の割引購入が可(数量限定)
収容人数に限りがありますので、ご参加頂ける場合は
前もってメールもしくはお電話にて人数をお知らせ頂ければ幸いです。
お問合わせ/press@lepli.org
=======たくさんのご来場ありがとうございました!=======
投稿者 : editor | 2007年09月01日 22:30 | comment and transrate this entry (0)
2007年05月02日
DISCIPLINE会(名古屋)開催のお知らせ
天地に生命がほとばしり 馥郁たる 五月の薫に、
いかがお過ごしですか?
<DISCIPLINE会>を名古屋で開催することになりました。
あなたのファッションへの情熱をみなさんとともに、
講義テーマ
モードの現在とは?今はもう21世紀、モードはどのような方向に行こうとしているのか?
パリのモードと接して20数年の眼差しから
日時 2007年5月5日 18:00〜21:00
18:00〜19:30 講義
19:30〜19:45 休憩
19:45〜21:00 質疑応答、ディスカッション
参加費 一般2,000円/学生1,000円(当日受付にて)
*参加希望者の方へ
開催場所についての詳細は参加いただけるのみにお伝えてしています。こちらまで連絡を
press@lepli.org
なお収容人数の関係上、定員(30名)になり次第締め切らせていただきます。
*当日会場では「Le Pli」バックナンバー(vol.1〜vol.3)の販売(数量限定)も行います。
投稿者 : editor | 2007年05月02日 12:20 | comment and transrate this entry (0)
2006年12月07日
時代の変化、モードの新しさ。
『 モード、そのものが、もう既に以前のモードとは違ってきてしまっています。
当然ですが、モードを育む環境としての社会やそこに住む人々たちの生活意識や様式がその実体としての【リアリテ】も、そして【ネオ・リアリテ】も、総てが変化し過ぎてしまった後に来たのがこの21世紀。ある意味では、もう一度、総ての環境も社会も「人間が中心」の「人間の速度」による「人間の心の在り方」を軸とした社会と生活様式をその中での「デザイン」を考え始める時期に少し、近づきかけているようにも感じられる時代性を予感で来たシーズン。
生きている人間の「実体」としての又、自分自らの「リアリテ」としての「身体」を一番大切だと感じ始め、それへ自らが投資し始め、健康や安心と同じレベルで自らの身体の美しさを、バランスを想い始めた事。これらへ、気が付いてみると「服」よりも既に多く、投資している事実。社会でのこの新しい現象は決して、時代が貧しかった時期には「夢」であり、「願望」であったはず。社会が豊かになり始めてここまでの余裕が出来たことによる、今までに無かった新しさとしての社会現象の一つが、社会の表層としての「モード」が持っていた役割へと新たなスタンスで近づき始めたと読んだシーズンです。
嘗てのモードは階級社会のイニシアティブを持っていた人たちによる「FAMME OBJECT」でスタートした世界。そのための男の身嗜みとしての「HOMME」はダンディズムと言う思想と社会のルールの中での楽しみ。
その後、’80年代はじめより、男が男を想うことも社会の表層の一部となり始め「HOMME OBJECT」 がこのモードの世界のもう一方のコンセプトになる。以後、’80年代後半から’90年代はこの「HOMME OBJECT」に翻弄されてそれなりの女はより、見られることのみへ又、ちょっと違う所にいた新しい生き方を求めた女性たちは自分たち自身の生き方や思想までを探し始め、「ジェンダー」や「トランス・ジェンダー」その後の「フェミニズム」を「モード」の世界へまでも影響し、辿りつき「モード」で感じようと試みあらゆる服の造形においても「リアリテ」ある可能性を路上に探し始めた。
そして、21世紀になり、生活の豊かさが一応に手中に入ると今度は自分にとっての真の「リアリテ」を想い始め、不安になり始める。ここで「モード」はこの時期から「PROTECTION/PROTECTS(束縛/解放)」という最も古いコンセプトが再燃され始める。ここでは、『イメージ』(幻想)から『リアリテ』(生)へ、モードの主体も変化したと読める。
そこで新たにモードに加わったのが「SPORTS」「UNDER WEAR」そして、僕流に言う所の「SEX」。これらが今世紀に入ってからの「豊かさ」とその裏側の「不安」のアンバランスから生まれた新たな「モード」。これらは僕の視点ではみんな「PROTECTION/PROTECTS」がコンセプト。身体の機能と心のヒーリングそして性差と性そのものとを「モード」によってプロテクッションし始めたのがこの21世紀の新たな「モード」の入り口。
今シーズンではこの「性」を考え、女性が持つ「リアリテ」として投資した「身体」の美しさをバランス化し始めたデザイナー達が先を走った。
着ているブランドやデザイナーモノの「服」を楽しみ、見せびらかし遊んだ時代から、着ている服ではなく、「身体」(=「リアリテ―生」)を楽しみ、見せびらかし、安心して遊ぶ時代性が今。ここに来て、大きく変った「服」と「身体」の関係のパラドックス化。変わりない、「イメージ」ばかりで遊ぶことに飽き始めて来たともいえるでしょう。イメージは所詮イメージのみ。「リアリテ」を作れなくなってしまったバーチャルな世界。「エモーショナル」なるものも所詮疑似体験としてのエモーション。彼らたちは「サランラップ世代」そして、TV,TVゲーム、まんが、MTVなどからの感動は総て、バーチャル&シュミレーション世界。
それだけ、現代の女性たちも、ゲイたちも自分たちの唯一の「リアリテ」としての「身体つき」をいとほしくも大切に想い始め、それらに気が付くと服以上に既に投資している現実性。これは今までに無かった「新しさ」の社会化。当然「モード」はこの先端に委ね我がもの顔をする。
ディーテール・デザインやプリントそのものが主役ではなく、もっと堂々と着る人の「身体」と「性」そのものを美しく見せるための、上品に見せるためのプロポーションをバランス感でどのようにデザインしてあげられるかまでがこれからのデザイナーの役割へと変化。だから「ボディー・コンシャス」。身体のシェープさと動きに委ねた「オプティカル・プリント」、ショートミニのための「ハイウエスト」、そのための「ショルダー・ポイント」そして、「トランスパーレンス」「ジョーゼット」「シフォン」。やはり、時代は「保守化の進展」のみへと。クラッシク、オーセンティック、べーッシク、トラディショナルそして、ロマンティック、エレガンスはエモーショナルとともに。しかし、実はその裏側には若者たちの新しい彼ららしい『STREET』が。その位相は『身体で遊ぶ』事。そのための「服」を作る人たちは「My I Help You?」の心が必要。即ち、「愛」と「ロマン」が、「ロマンティック・イデオロギー」を願望し始めた時代性。
それに、もう一方では「たるみ」始めた身体をどの様に美しく見せられ続けるかの為のここでも、「PROTECT/PROTECTION」が「縛る」(フェティズム)「解放」(オーガニズム)までの表現も続くであろう今後。』
******
この『時代の身体つき』の変化に気をつけよう。
先ず、服を買う以前から、それ以上にもう、既に自分たちの身体つきに投資をし始めてきたご婦人たち。
自分たちの身体つきの変化に対してあらゆる可能性で既に、それ相当のお金を使い始めてしまっている彼女たち。
頭髪は染める植える付け足す,もう自由自在。顔は基礎化粧品を塗りたくってプチ整形から小じわ取り、身体の付き過ぎた脂肪をエステ、フィットネッスへ通いつめ、ダイエットをして矯正補整まで。そして、足。
勿論、ピアス&ボルトそれにタトゥウとシャドウまでの直接的装飾までも施す現代。
ここまで自分の身体を触りいじくった時代があっただだろうか?
当然だろうが、ここまでの身体をどのように見せるかまでの『時代の身体つき』が大切なコンセプト。
そこで現れてくるのが『ボディー・コンシャス』。日本の「ボディ・コン」とは総てのクオリティが違うはず。
ただ、単純に体の線を見せることよりもその線がどれだけ金がかかっているかまでの贅沢さをより、リアルにエモーショナルに見せるまでの「ボディー・コンシャス」。
そのため選ばれた身体に纏いつくまでの感触ある素材と色とプリント。だから「オプチカルプリント」も新しい。そして、それらが感じられるまでのスタイリング。
身体をプロテクトしたスポーツユニフォームのデザイン化によるアウター化とカジュアル化で今世紀が幕を開け、心と気分をプロテクトした下着のアウター化が続きそして最後が、性をプロテクトするまでのフェティシュな「ボンテージ」モノとその週辺としてのウエアラブルなボディー・コンシャスとしてのボディータイツ、スパッツもその現れ。
男も男を楽しむために彼らたちの「身体」をモードの中に再び引入れたことによって、女は女らしさを自分たちが磨き上げ投資して来た身体で勝負する時代がここに。その時の性はいつも変わらぬ性差のシンボル。
これも、時代が「保守の進展」をもたらした新しさの一つ。
ダンス、現代舞踏それにバレーが面白くなってきたことも忘れてはいけない。
又、岩波書店からの新しいシリーズ、『身体をめぐるレッスン』
(全4巻/責任編集鷲田清一ほか。11月末発売予定。)も興味在る本。 文責;平川武治】
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年12月07日 19:09 | comment and transrate this entry (1)
雑誌ができるのを楽しみにしてます!
最近、こちらの更新が少なくて残念です。
投稿者 : sunafkin | 2007年05月17日 11:26
2006年10月16日
総論的、パリ・コレクションが終わって、晩秋の巴里。’06 OCT.
『 シーズンが終わったばかりのこの街の白々しさは好きです。
あれ程までに、会場を埋め尽くす為に「群衆」化してしまうほどの人たちが何処に行ったのか、突然に居なくなってしまうこの街のマジックもまた、魅力の一つ。
気が付いてみると’85年来この時期になると僕もこの街の魅力や友人たちに会いたくて通い続けてしまった一人。
正直言って、少し、永過ぎるようです。
モード、そのものが、もう既に以前のモードとは違ってきてしまっています。
当然ですが、モードを育む環境としての社会やそこに住む人々たちの生活意識や様式がその実体としての【リアリテ】も、そして【ネオ・リアリテ】も、総てが変化し過ぎてしまった後に来たのがこの21世紀。ある意味では、もう一度、総ての環境も社会も「人間」が中心の「人間」の速度による「人間」の心の在り方を軸とした社会と生活様式をその中での「デザイン」を考え始める時期に少し、近づきかけているようにも感じられる時代性を予感で来たシーズン。
生きている人間の「実体」としての又、自分自らの「リアリテ」としての「身体」を一番大切だと感じ始め、それへ自らが投資し始め、健康や安心と同じレベルで自らの身体の美しさをバランスを想い始めた事。これらへ、気が付いてみると「服」よりも既に多く、投資している事実。社会でのこの傾向は決して、時代が貧しかった時期には「夢」であり、「願望」であったはず。社会が豊かになり始めてここまでの余裕が出来たことによる、今までに無かった新しさとしての社会現象の一つが、社会の表層としての「モード」が持っていた役割へと新たなスタンスで近づき始めたと読んだシーズンでしたが。
かつてのモードは階級社会のイニシアティブを持っていた人たちによる「FAMME OBJECT」でスタートした世界。そのための男の身嗜みとしての「HOMME」はダンディズムと言う思想のルールの中での楽しみ。
その後、’80年代はじめより、男が男を想うことも社会の表層の一部となり始め「HOMME OBJECT」 がこのモードの世界のもう一方のコンセプトになる。以後、’80年代後半から’90年代はこの「HOMME OBJECT」に翻弄されてそれなりの女はより、見られることのみへ、又ちょっと違う所にいた女性たちは自分たち自身の生き方や思想までもを探し始め、「モード」の世界へまでも辿りつき、「モード」で感じようと試み可能性を探し始める。
そして、21世紀になり、生活の豊かさが一応に手中に入ると今度は自分にとっての「リアリテ」を想い始め、不安になり始める。ここで「モード」はこの時期から「PROTECTION/PROTECTS」という最も古いコンセプトが再燃され始める。ここでは、『イメージ』から『リアリテ』へ、モードの主体も変化したと読める。
そこで新たにモードに加わったのが「SPORTS」「UNDER WEAR」そして、僕流に言う所の「SEX」。これらが今世紀に入ってからの「豊かさ」とその裏側の「不安」のアンバランスから生まれた新たな「モード」。これらは僕の視点ではみんな「PROTECTION/PROTECTS」がコンセプト。身体の機能と心のヒーリングそして性差と性そのものとを「モード」によってプロテクッションし始めたのがこの21世紀の新たな「モード」の入り口。
今シーズンではこの「性」を考え、女性が持つ「リアリテ」として投資した「身体」の美しさをバランス化し始めたデザイナー達が先を走った。
着ているブランドやデザイナーモノの「服」で楽しみ、見せびらかしたり遊んだ時代から、着ている服ではなく、着た服によってより、「身体」(=「リアリテ―生活」)を楽しみ、見せびらかし、安心して遊ぶために着る。時代性が今。ここに来て、大きく変った「服」と「身体」の関係のパラドックス化。変わりない、「イメージ」ばかりで遊ぶことに飽き始めて来たともいえるでしょう。イメージは所詮イメージのみ。「リアリテ」を作れなくなってしまったバーチャルな世界。「エモーショナル」なるものも所詮疑似体験としてのエモーション。彼らたちは「サランラップ世代」そして、TV,TVゲーム、まんが、MTVなどからの感動は総て、疑似体験感のみ。
それだけ、現代の女性たちも、ゲイたちも自分たちの唯一の「リアリテ」としての「身体つき」をいとほしくも大切に想い始め、それらに気が付くと服以上に既に投資している現実性。これは今までに無かった「新しさ」の社会化。当然「モード」はこの先端に委ね我がもの顔をする。
ディーテール・デザインやプリントそのものが主役ではなく、もっと堂々と着る人の「身体」と「性」そのものを美しく見せるための、上品に見せるためのプロポーションをバランス感でどのようにデザインしてあげられるかまでがこれからのデザイナーの役割へと変化。だから「ボディー・コンシャス」。身体のシェープさと動きに委ねた「オプティカル・プリント」、ショートミニのための「ハイウエスト」、そのための「ショルダー・ポイント」そして、「トランスパーレンス」「ジョーゼット」「シフォン」。やはり、時代は「保守化の進展」のみへと。クラッシク、オーセンティック、べーッシク、トラディショナルそして、ロマンティック、エレガンスはエモーショナルとともに。しかし、実はその裏側には若者たちの新しい彼ららしい『STREET』が。その異相は『身体で遊ぶ』事。そのための「服」を「My I Help You?」の心が必要。即ち、「愛」と「ロマン」が。
それに、もう一方では「たるみ」始めた身体をどの様に美しく見せられ続けるかの為のここでも、「PROTECT/PROTECTION」が「縛る」(フェティズム)までの表現も続くであろう今後。』
******
この『時代の身体つき』の変化に気をつけよう。
先ず、服を買う以前から、それ以上にもう、既に自分たちの身体つきに投資をし始めてきたご婦人たち。
自分たちの身体つきの変化に対してあらゆる可能性で既に、それ相当のお金を使い始めてしまっている彼女たち。
頭髪は染める植える付け足す,もう自由自在。顔は基礎化粧品を塗りたくってプチ整形から小じわ取り
身体の付き過ぎた脂肪をエステ、フィットネッスへ通いつめ、ダイエットをして矯正補整まで。そして、足。
勿論、ピアス&ボルトそれにタトゥウとシャドウまでの直接的装飾までも施す現代。
ここまで自分の身体を触りいじくった時代があっただだろうか?
当然だろうが、ここまでの身体をどのように見せるかまでの『時代の身体つき』が大切なコンセプト。
そこで現れてくるのが『ボディーコンシャス』。日本の「ボディ・コン」とは総てのクオリティが違うはず。
ただ、単純に体の線を見せることよりもその線がどれだけ金がかかっているかまでの贅沢さをより、リアルにエモーショナルに見せるまでの「ボディーコンシャス」。
そのため選ばれた身体に纏いつくまでの感触ある素材と色とプリント。だから「オプチカルプリント」も新しい。そして、それらが感じられるまでのスタイリング。
身体をプロテクトしたスポーツユニフォームのデザイン化によるアウター化とカジュアル化で今世紀が幕を開け、心と気分をプロテクトした下着のアウター化が続きそして最後が、性をプロテクトするまでのフェティシュな「ボンテージ」モノとその週辺としてのウエアラブルなボディーコンシャス。
男が男らしさをモードの中に再び引入れたことによって、女は女らしさを自分たちが磨き上げ投資して来た身体で勝負の時代がここに。その時の性はいつも変わらぬ性差のシンボル。
これも、時代が「保守の進展」をもたらした新しさの一つ。
ダンス、現代舞踏それにバレーが面白くなってきたことも忘れてはいけない。 文責;平川武治:』
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年10月16日 03:14 | comment and transrate this entry (0)
2006年09月28日
ノオトブック by 平川武治 『リアルなエモーションを知らない子供たちへ。』
『 人は夢を見る。
自然体な人間としての行為の一つとしてみる夢。
人は夢を想う。
人生を、時を
より、自分らしく生きようとする人たち
彼らたちにとっての普遍的なる意思行為としての夢を想う。
人は思い出を持っている。
生き続けている痕跡としての思い出。
人は思い出を探す。
より、自分らしく感動したい人たち
自らの与えられた時を消費した感動の証としての思い出を探す。
人は明日を想う。
生き続ける感動としての明日。
人は明日を願う。
より、自分らしい希望を持った人たち
願いたい明日は自分たちの思い出に夢が重なる。
人が夢を想い、明日を願うとき
生きるエナジーの輝きは希望であり
何時の時代からか、
人間は持ち得た自らの思い出から夢を捜し求め始めた。
思い出と夢はメビウスの輪。
感動という生き続けるためのエナジーの炎を燃やしながら 』
『 Going on means going far. Going far means returning. 』(TAO-ICHIN)
******
『 今、僕が考えている今後のファッションは、イメージだけではなく、より、人間的なるリアル・エモーションがそのビジネスを生む』と言う発想。
即ち、イメージ・ビジネスであったものはより、進化しそしてまた、もう一度人間的な感情を大切にした、エモーション・ビジネスへ向かうと言うまでの考え。
感情移入とそれを表現することが上手なユダヤ人たちは、20世紀まではそんな彼らたちの感情移入を『イメージ』という手法で表現して来た。
それを自分たちが好きな世界、絵画、音楽、バレー、演劇、映画、写真、それに、モードなどなど彼らたちが得意な分野で。従って、モードの世界も今までは所謂『イメージ・ビジネス』で生業として来た。
しかし、時代は21世紀。
気が付くとそんな『イメージの世界』は既に誰でもが、そこそこのイメージを作り出せる時代性とその背景にテクノロジーの高度な発達と進化は情報と媒体の革新をも生み、「誰でも、何でも」の時代性となってしまった。 これらによって総てのイメージの世界はアミューズメント化やテーマパーク化されるまでの新たなビジネスの世界がこの21世紀。そして、何が『リアル』かが不透明になって来た時代性。
バーチャル・イメージやヴィジュアル・イメージそして、疑似体験などでのみ既に、、エモーショナルを感じてしまっている世代たちの時代。
そんな時代性の現代では
唯の表層としてのイメージよりももっと、より人間的なる感情が、すなわち、リアル・エモーション/エモーショナルな方向へと新たなこの時代の文化産業の中心軸はベクトル移行化し始めた。
「イメージ・ビジネス」は「エモーショナル・ビジネス」へと向かった。
そこで、モードは
『服を通じてその着ていただく人へ服と、服つくりを通じて学んだ人間的なるものをどれだけその人へ私なりのエモーションを与えられるか?
その心は「MAY I HELP YOU.」 』 :
今年のアントワープアカデミィーから東洋人で初めての女生徒としてこの学校を卒業した、村田明子さんはこの様なコンセプトで卒コレを制作した。
* 『多くの思い出を持ったご婦人たちのノスタルジアをお伺いすることで私の役割はそれら彼女たちそれぞれの思い出を服という私が愛した世界を通じて彼女たちの夢と共有できることが、その思い出が明日の夢へと繋げることが私と言う服を通じて何かして上げられることが出来れば私のコレクションは自分の中では成功。』
そのこころもきっと、「MAY I HELP YOU.」
* 『そこには彼女たちのリアリティとしての思い出・ノスタルジアへ、どの様な感情移入を私が学んだ服の世界で私が出来るかにかかっています。
私が学んだ服の世界と彼女たちのリアリティに基ずいたノスタルジアを通じてより、
エモーショナルに夢を見せ共有して上げられるかです。』
* 『ノスタルジアとリアリティを私の感情移入による感情表現によってより、豊かなエモーショナルな夢を持ってもらうためのそして、その夢そのものの共有です。』
『装う』を『装う心』を忘れてしまったモードはただのノイズ。
文責;平川武治:
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年09月28日 00:55 | comment and transrate this entry (0)
2006年09月14日
平川武治の臨時特別ニュース。あのアントワープ王立アカデミィーモード科主任教授のリンダ ロッパ先生がPOLI MODAへ移籍!!
日本でも既にブランド的モードの教育機関であるアントワープ王立アカデミィーのモード科を代表した、主任教授であるLINDA LOPPAが突然辞職。2006年09月13日、アントワープ発;
本日、王立アカデミィーのモード科、主任教授であり、彼女自らが提唱者の一人であった、
FLAMAN FASHION INS.(FFI)フラマンファッション研究所及び、国立アントワープ服飾美術館館長をも兼務していた LINDA LOPPA女史が突然、総ての職を辞任した。
今年2月に地元新聞で公金横領のスキャンダルに巻き込まれていた彼女がその半年ほどの後の出来事。彼女が携わって来たこの街、アントワープにおける総てのモード関係の職を辞任した。
その彼女の新しい職場は、イタリーのフレンチェに在る、「ポリ・モ-ダ」へ移籍。
この「ポリ・モーダ」とは、この国のファッションを代表するS.フェラガモ社が創設した教育ならびにモードをプロパガンがする研究機関である。彼女、LINDA LOPPAのルーツはイタリア人。ここ数年来、フィレンチェの「ピッツァ・ウオモウ」関係でアントワープのデザイナーたち、RAF SIMONS,ANGERO F.等を送り込んでイベント企画等を行ってきた、その経過での新たな動きと見ることが出来る。
彼女自身も今後、フレンチェに大きな家を買って、多くの若いアントワープデザイナーたちに成長した教え子たちのためにイタリアの工場を紹介するとまでの公言。これは彼ら、アントワープの若手デザイナーたちや今後の卒業生たちにとって本質的な事がらであり必然性と、大いに可能性を含んだこと。
だが、その移籍本意はもっとどろどろしたものがありそう。
これによって、アントワープのモード科も今後どのような方向性へ向いた教育機関になるか?
彼女のあとを受け持つことになったのは、今までこのアカデミィーの3年生の担任教授であったWALTER VAN BEIRENDONCKがモード主任へ昇進。文責;平川武治:
Poli moda(ポリモーダ) ;フィレンツェ市内 にあるポリモーダは1986 年、ニューヨークのファッション・インスティテュート・テクノロジー(FIT ) との提携のもと、イタリア・ファッションをグローバルに学ぶ場所として地元フィレンツェ市やS . フェラガモ社などの協力で創立されたファッション・スクール。
デザイン、創造性、技術革新を重視し、 デッサン教室、テクノロジー・センター、デザイン・ラボラトリー、テキスタイル・ラボラトリー、 図書館等を備えている。
1986 年の創業以来、世界中から集まってくる生徒数は700人を越え、卒業生の7割がファッション産 業で働いている。イタリー、ファッション業界と密接な関係を保持しているのが大きな特色。ファッションを 基礎から学びたい人、すでに学歴・職歴ある人たちの能力開発及び文化的教養を高めたい人に向けての応用・専門コースを各種開講しており、夏期講座では日本語コースも可能らしい。
参考サイト;
http://www.vrtnieuws.net/nieuwsnet_master/versie2/english/details/060912_lindaloppa/index.shtml
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年09月14日 06:12 | comment and transrate this entry (0)
2006年08月21日
PARIS HOMME COLLECTION '07春/夏 レポート/平川武治版;
アン、ラフ、リキヱル、ランバン、ギィーヴァス、ベルンハルトそれにビジネス的に上手なコレクションをした、クリスと淳弥。若手では、ヴィエナのウーテイ。安心してのエルメス。R.オーエンの中止は惜しい。
新しい素材としての合繊モノとそれらの機能性をデザインへ落とし込んだものとしてのスポーツ。これはワールドカップの影響も見られるのだろう。それに、ワークスのユニフォーム類からのデザインソースが今シーズンも多く、もう一つのアイディアは未だ、フォーマルのダウン化。今シーズンも変り映えしないこれらの多くは[PROTECTION]がコンセプト。
アンは変らぬテイストとクオリティのヌーボーボヘミアン。楽しく、巧かったのがリキエル・オム。得意のニットのレジメンタルをパリジャンらしくソフトにコーディネート。ロングカーディガンやベストとのスタイリングは新しさを生んだ。ベルンハルトのチロリアン・フォークロアはニットものが新鮮。これは男、女ユニセックスも大丈夫であるし、シーズンが過ぎてもベーシックなニットとしてもいけるもの。クリスは初めてウイメンズも出し、いわゆる[ペアー・ルック]上品さとフレッシュな感覚で、ベーシックなものを主体にちょっとした所をいらう程度のデザインが返って、新鮮さを感じさせる。前シーズンのベロニックのペアー・ルックを思い出す。このベロニック、今シーズンはショーも展示会もやらなかった。きっと、ヴィエナのアカデミーで教鞭をとっていることでの躊躇観がそうしたのであろうか?
ビジネスを考え、尚且つこのブランドらしさを考え外国マーケットのみではなく国内市場もリードせねばならないという状況と環境のブランド淳弥。この大変な条件の下でも流石見事なコレクションをするビジネスに徹してしまった淳弥。今シーズンはスポーツ。それもフットボール。最後に恥ずかしそうに出した、[ゴルフ]の新たなコンセプトのものが一番クリエイティブであった。それにしてもこのブランドのショーを見て感じたのは見事な「F-1レーサー」デザイナーだ!!と言うこと。かわらず世界のナショナルブランドとのコラボレーションシリーズ。いろいろなワッペンをF-1レーサー宜しく貼り付けてのコレクション。[運転は巧いのですがガソリンを買わなくては!]と言わんばかりのショーデザイナーに感じてしまった。
アイテムでは、今シーズンもオーバーオール、カーディガン、ベストそれに、靴では[タッセル]が新鮮。
ゴルフからか、ドーミュールのみが出していたがこれは来シーズンも引くであろう? そして、今シーズン余り出ていなかったのが、エラスティック素材による細身のデニムパンツ。もう、そろそろ、パンツのシルエットが変る。(ルージーなロー・ヒップパンツはもうそろそろ終わり。)
この時期、巴里の街角では12,3歳のKIDSたちがスケートボードで遊び始めた。そんな彼らたちがこの超・細身エラスティックなデニムパンツが一番カッコいい。(しかし、今シーズンのデザイナーレベルではまだ出していない。)
一方では、より『マスキュリム・ダンディズム』が続く。
このシーンでは、上質な素材と美しい縫製、そのためのしっかりとしたパターンが大切。特に,ジャッケト
は要。短くなった上着丈で正方形方への上着と細身のパンツ。ソフィスティケートされたメンズの世界が
新しい。バタフライやアスコットタイにフリルモノのシャツも。帽子ではハンチングが。
そして、ショーでは『キャスティング』が大切。時代の雰囲気を醸し出せる顔がデザインよりも新鮮に映える。いい男が出ていたのがCdG. とアンは格別。
CdG HOMME PLUSは「GOLD MEN」。本当にそこまでするのかと言う感じの「ゴールド・ラッシュ」。
ここ2年来、このブランドもすっかり、作り方が変ってしまったのだろうか?『ピンクパンサーに始まって、ローリングストーンそれの今シーズンのゴールデンボーイ』基本的にはアイディアでの勝負モノ即ち、色物。
思い切り派手なアイディアでの勝負。コレクションを見ている時は驚きもし、凄いと唸ってしまうまでのもの。しかしその驚きが後に引かない。即ち、ショックは感じるが余韻は残らないまでのコレクションになってしまう。ワンシーズンのメディア受けを狙ってのアイディアで勝負。それがビジネスへ反響を与えればそれで良しとも読めてしまえるまでのコレクションになってしまった?展示会へ行くと成る程と言うアイテムとインナー、ニットものに着てみたくなるのもが多くあるのだが、ショーだけを見てしまうとそのインパクトだけで勝負している感じが強くなって来た。多分、『創造のための発想』がにかける時間の配分が変って来たのだろうか。
DIOR・HOMMEの来シーズンからはエディ・スリマンが契約切れ。
クリスにも話が来たが彼は今、自分のブランドが好調でその気なし。
結局は、もう一度エディが? これも総てメディア戦略としてのシナリオ???
文責;平川武治:
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年08月21日 00:36 | comment and transrate this entry (0)
2006年08月17日
『DISCIPLINE会 8.11』のデジュメ-Ⅰ;
“君たちは自由かい?
そのための自らの、スタンダードは持っているかい?!”
『 君の体調のその後は、
そして、ご機嫌は?
――今回の巴里や、アントワープでのモードを見る限り、今後のモードの世界もやはり、[総てが権力と金次第]と言う傾向が読めてしまって本来の精神的な高揚もパッションも感じられないままに[これでいいのだろうか?]と言う思いの儘が残ったのみ。
エモーションと言う言葉だけが独り歩きしてしまう。クリエーションと言う言葉もただ、既に記号化されてしまったように。
やはり、時代が変ってしまったのでしょう。
その時代が変ったとは? 社会の物質的豊かさの終わりなき蔓延化と一方でのハイ・テクの社会環境化それに新しさの不透明さと人間が生活するための本意とその心の在り方の傲慢化が時代を変えてしまった。そして、モードの世界も時代の変化後、この状況を一層、表層のみの、競争経済のための合理化へと導くただの消費財でしかなくなってきているのでしょう。その消費財に消費力をつけるためのショーはちょっとうがった比喩でドラッグに例えて言ってしまえば、「クラック」か「スピード」のレベル。決して、その余韻が長く何時までも残るような上質なものではなくなってしまったまでの観。丁度、1シーズンと言う時間とその間にどれだけメディアを騒がせるイメージに委ね、その勢いに乗ってのビジネス効果を計算してしまったものづくり。そのための「表層的なZAPPING/ザッピングの勢いあるパットさ」しか感じられない。それを派手さと凄さと速度で料理。そこには残念ながら本当に僕たちが乞い始めた「エモ-ション」不在。
たぶん現代社会にかつての「ロマンチィック・イデオロギー」が消滅し、これらさえもただのバーチャルな世界での『ロマンチック』になってしまった現代の日常観も原因でしょう。
今まで可能であった、モードに於ける芸術的作品についてもその表層の物質的価値だけを見るような眼差しに変革してしまい、目に見ない例えば、氷山の水面下の形態言語など鼻から考慮しない。益々、眼に見えない高度の審美性は概念的になりそれが証明出来なくてもただ、消費化されビジネスへと反映されれば良いというまでの方法論としての手段が一般化したのみ。
当然であるが、芸術的価値はその物質的なるものに在るのではなく、精神的な高度な審美性に基づいた美意識によって、人々の共感により、その存在価値が見出されるものであるはず。もちろん芸術的な作品では作品そのものは物質であるがそれに対する審美性あるいは、美意識は人間の情動による全機的な価値評価に基づいて存在している筈だからだ。
たぶん、現代人の大きな欠如していることとは、各人が持つべきはずの、又は探さなければならないはずのあるいは、学ばなければならないはずの自心を自由に存在して行くための自らの早熟かつ成熟した「スタンダード」であろう。
この「スタンダード」を鼻っからぶら下げられ、与えて貰い、得られ易いメディアの末梢的諸情報に多くを又は、総てを委ねてしまった結果の現実化であろうか? したがって、個人のモラル観の不在と不自由さそして、未熟さが現在と言う時代をより、不自由な没個性な時代にしてしまったのではないだろうか?
従って、自信ある経験を回避して自信と勇気なき責任意識不在の中での漂い観でイージーに(お気軽に)生きていけるだけの「豊かさ」を国家が産み落とし、技術と環境が新たな風土としての現代社会を構築し、それに囲われた方がいわゆる「ラク」と。多くがより、多くを享受してしまった結果なのでしょう。これが多分、僕たちが選択してしまった戦後の60年間の『微温湯』だったのでしょう。
これは、この間のワールドカップ戦の日本人チームの現実やボクシングのタイトルマッチを見ていると読めてしまった、日本メディアによってご都合よく仕組まれてしまっているシナリオが読める、現代日本人が築き上げて委ねている社会構造なのでしょう?
ここで、皆さんは本当に『自由』を享受して自分らしく生きることを選択したのでしょうか?
最後に、
「自心を自心が自由にする」。(1)
好きな言葉です。
そのために自心は何を?
人間の存在価値とはこのレベルで考え行動して行きたいものです。
どうか、ご自愛ください。 』
平川武治:モード・クリニュシュェ
(注-1)「自心を自心で自由にする」
他と対立せず、自己の独立を意味する自受用三昧と言う道元禅の本意の一つ。
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年08月17日 22:44 | comment and transrate this entry (0)
2006年08月02日
DISCIPLINE会のお知らせ
ごあんない。
啼く、蜩が盛夏の趣を涼しげに。
皆様、夏バテも為さらずにお元気でいらっしゃる事でしょう。
ご無沙汰をしてもう既に、1年近くが過ぎてしまいました。
そこで、例の勉強会を久し振りでやってみたくなりました。
今回は『桑沢学園』様のご好意で会場を提供して頂いての
寺小屋・夏の『デシプリン会』です。
雑誌『OK FRED』の編集長ご夫妻と、瀬尾英樹さん とのお話と
特別ゲスト『神奈川県 原爆被災者の会』事務局長 中村雄子 様
を交えての少し、矯めになる会にしたいと考えております。
ご多忙でいらっしゃいますでしょうが、
是非、お友達などをお誘いの上、お気軽にご参加ください。
平川武治
<DISCIPLINE会>
日時:8月11日(金)
16:45開場 17:00スタート
会場:桑沢デザイン研究所 3階 32教室
所在地/ 東京都渋谷区神南1−4−17
MAP http://www.kds.ac.jp/info/map/map/index.html
● JR「原宿」駅表参道口から徒歩約8分
「渋谷」駅ハチ公口から徒歩約10分
● 東京メトロ千代田線「明治神宮」駅から徒歩約10分
参加費:一般2000円/学生1500円(桑沢学生1000円)
*飲み物付
ゲスト:雑誌『OK FRED』編集長ご夫妻とLILIYO 様、 瀬尾英樹 様
特別ゲスト:『神奈川県 原爆被災者の会』事務局長 中村雄子 様
第1部で平川武治が社会の変化をモードというフィルターを通して読み、
第2部ではゲストに参加していただいてのトークそして、
第3部では特別ゲストをお迎えし、より、盛り上げた楽しく興味深い時間に。
最後は、皆様の質疑も交え展開していく予定です。
もし、
こんなことを話して欲しい、聞きたいと言うリクエストがございましたら
事前にメールでお知らせいただければうれしいです。
皆様と共有出来る、楽しく贅沢な時間にしましょう。
収容人数の関係上、ご参加頂ける場合は
前もってメールもしくはお電話にて人数をお知らせ頂ければ幸いです。
問合わせ先/press@lepli.org
ご来場を心よりお待ちしております。
投稿者 : editor | 2006年08月02日 20:55 | comment and transrate this entry (0)
2006年05月28日
JFWが主催した『’06~’07A/W 東京コレクション評論』;LePli by DISCIPLINEより:
はじめに;
東・コレ、今シーズンの眼差し;
思い起こし、考えてみる必要がある、『かわいい!!』という形容詞が現在のように、これ程までに日本人の日常語、尋常語となったのはいつ頃からだろうと。
確か、‘92年に宝島社から『CUTE』創刊。その1,2年前から、コムデギャルソンのトリコが『カワイイ』のパイオニアたちを産み落としその後、『CUTE』と共に、そんな新しさを感じさせ始めた二十歳前のトウキョウ娘たちへZUCCAは時代のボキャブラリーになり始めた『カワイイ』をデザインし、ブランド化した。
多分、これで、『カワイイ』は完全にカッコいい響きとニュアンスを持った流行語として市民権を持った。
そんな、『カワイイ』は僕たちの日常生活の気分感を感じ解く、依然重要な『キーワード』なのだと再感する。外国で生活していると日本から訪れるその、殆どの人たちが唯、『カワイイ!』だけで殆どの感情表現を済ませていることが、不可思議に、奇妙にさえ感じてしまう経験が多い。
彼らたちの感情を表現する手段としての言語は、コミュニケーションの時代なのにそのコミュニケーション・ボキャブラリーそのものが単一化し始めているという現実。
あるいは『言語のユニフォーム』化現象の始まりなのか?
今シーズンのLE PLIの眼差しは、この 「『カワイイ』が日本のモードにどの様に影響を与えているのかまた、与えられているのか? 」 「どの様な感情表現のためのボキャブラリーと使っているのか、又は、その時、感情は存在しているのか?という『カワイイ!観』を今シーズンの東コレで感じ、読んでみたい。 Le Pli 編集責任:平川武治:
>>……確実に、この東コレも新たな“主役”交代のシーズン。
もう、これ見よがしなノリと派手、悪趣味・オミズ嗜好な、オツム空っぽファッションブランドは
“二流”へ!!
15年程が過ぎたこの国民的[カワイイ!!]も時代と共に変質変貌し始めた今シーズン。
等身大的人間のおおらかさを伸びやかに謳歌し始めた新たな[カワイイ!!]の登場。
これは今シーズンの東コレの本質的な新しさの一つ。
結論を言ってしまえば、『その、大半が、ニュアンス表現が幼稚で大味な作り手に成り下がってしまった。』
*
具体的には、細部のディーテールのデザイン・バランスが大味で、無意味に取って付けた程度のバランス・デザインそして、固まりとしてのアイディアに(これはメディアに左右された所の)頼った無粋な表現または、成金・悪趣味的な所謂、お水っぽい感情表現の日常化が自らのレベルでの美意識(?)で着せ替え人形ゴッコお遊び即ち、「それぞれのバービー人形」化しただけの表層デザイン・コレクションが大半であった。そして、それらに対する形容詞がお決まりの全て、『カワイイ!!』語で処理してしまえるまでのある種、無責任なデザインと観客。
いつの間にか、個人の大切な感情表現をカワイイ!の一言で済ませてしまっている我々、日本人の多くがもしかしたら、それぞれが持ち得た感情のニュアンスを表現出来ずに、又は感じることに億劫さと複雑さそして、無表情さを持ちえてしまった国民性なのではないだろうか?とまで言えるような疑問をやはり、この東コレのデザイナーたちの発表コレクションからも伺えてしまう。当然、なんでも『カワイイ!』環境の基に生活しているのは何も消費者だけではなく、作り手である、デザイナーと称される側の人たちの環境と日常性も同じである。
結果、かれら達が『それぞれのバービー人形』での着せ替えゴッコとして表現した今シーズン。幾つかの大きなブロックに分かれてしまった所詮、彼らたちのレベルでの『バービー人形』志向の『カワイイ!』観の現われでしかなかった東コレ。
イメージの上塗り作業、CADによって誰でもが作れる(?)美意識の低い過剰意識における成金的品性なき装飾性の『カワイイ!』と自己満足によるアイディアだけで先走ってしまっているちょっと捻った『カワイイ!』。それに、まるっきり無節操にマーケットのみを意識した日本の上得意であるO.L向けは「デパ・コレ」派『カワイイ!』そして、流行としてのリメイクもので、カッコいいと煽っている『カワイイ!』元ウラ原系から古着屋系まで。今後、注目されてくるだろうポジティフ・オタク、ちょっと文化系な「カワイイ!!」。そんな幾つかの『カワイイ!』を素材にスタイリストが加わっての、これを見て下さいと言わんばかりの時代への問題意識たるや希薄なスタイリング・ショーが今シーズンの東コレの結論。結果、東コレ、9つの原罪は先シーズンと殆ど変らず、「時代先取り観なし。知的さは殆どなく、アート観なく、エモーション少なく、従って、自由さが感じられず,文化の香りは間違っても感じられず、現実味が無く従って全体が面白味も無く、それでいて上代が高すぎる。」これらの幾つかを既に、スタンダードとして持ってしまっている育ちしか見えなかったメゾンが多かったに過ぎない。
**
これは今シーズン主催者側が招待してインターナショナル・ヘラルドトレビューン紙の世界のトップファッション記者、スージー・メンケス女史に見てもらったら良い評論を書いてもらえるかもという悲しい性の元にJFWサイドが今シーズンのトリに据えたドレスキャンプの彼女のレポートに的確に見られたから面白い。この短い文をご紹介しておこう。
「Dress camp's wild show followed in John Galliano's footprints.」
「本物」を見て知ってしまった人、何がモードかを知っている人たちにとっては所詮、”いかさまゴッコはいかさまゴッコ”これが現在、東コレの世界レベルの眼差しでしょう。彼女も精一杯に旨くそつない単語を使って書いています。日本メディアが騒ぐ、無理な集客力があるでも、やはりコピーはコピーの世界。
ジョン・ガリアーノは知的センスと途方も無い自由さの発想力による創造性が彼の先ず、スタンダードに在っての彼の世界。表層を追っかける所謂、日本的丘サーファー(時代に乗っかるだけ)ファッションD.J.レベルでは教養も品ある贅沢さも感じられない、全くの桁違い。(スージーさん、今シーズンはジョン・ガリだったかもしれませんが、先シーズンはヴェルサーチェだといっていたフランス人が居ましたよ。その前にはサン・ローランもやった事が在りますよ!!古い、器用なデザイナーなのでしょうね。)
この彼女の3月28日付けのインターナショナルヘラルド・トレビューン紙では今までの彼女の経験と関係事実から一生グループのA・ポックとCdGの新人ブランドのTAOを大きく取り上げ、コレクション関係ではYAM YAMはパトリックがロンドン出身のためもあってだろうか、あとはTHEATER PRODUCTSを評論記事的に書いたのみ。さすがにこの英国人モード評論家の冒険心と反骨精神と問題意識を美的に刺激するまでの東コレ・ブランドは皆無だったのだろうか?
もう、彼女が好きな、あのUNDERCOVERがパリコレで見せているレベルの魅力的挑発的反骨精神を持ち備えた後発デザイナーは見つけられなかったのだろう。
バイヤーたちは売れるものを嗅ぎ付けて買うのが仕事だから其れなりの物を探しに何処へでも行くし、来たとしても当たり前。海外のジャーナリストたちはわざわざ自分たちのコストを使ってまでもこの地へ、このコレクションを見には来ないであろう。見に来る必然性や興味が、余りにも「Far East」 過ぎるからである。招待されてこれだけのリアクションしかないのが現実のレベル。
客入りがいいから、ノリがいい、オミズ系とその筋の芸能人が来るだけで今シーズンのトリになってしまったDC が余計に惨めにも見えてしまう。誘うほうの思惑もそのレベルなら、誘われる方も大いなる勘違いとケチな下心だけでやってしまうまでの品格の無さは、これも現在の東コレを象徴。彼らを大いなる勘違いへ、豚もおだてられれば木に登るまでに勘違いをさせたのは2年前の『毎日ファッション新人賞』であろう。この年ではこのブランドが貰っていい賞はモネシャンドン賞で十分だったはず。自分たちのプリント素材をプロパガンダする為の、ある種の不純さとヒネ具合を持ってスタートしたテキスタイルデザイナー、10年歴のブランドであり既に、其れなりの企業形態になってしまっていたこのブランドはその受賞後すぐに三井物産との資本提携をもくろみ見事に成功。他に、苦労して小さな未企業形態で1枚のカラーコピーも思うままにならないで自分たちの世界観を丁寧に上質に創造しようと励んでいたインテレクチュアルな小規模なブランドも多々あったはず。例えば、この審査をした女性審査関係者たちは実際にこの服を試着してまでして審査をしたのであろうか?
何故かと言うと、このブランドはこの時期まで完全に着る女性たちを美しく見せるための「分量のデザイン」、即ち、「バランスをデザイン」する事が殆ど皆無であったはず。このデザイナーの育ちが90年代初めに文化のメンズ科を卒業。したがって、パターンメイキングが出来ない。卒業後、同窓生6人で合同ショーをしている。呼んで貰って行った僕の目では彼の作品は只のスタイリストショーに過ぎなかったのを憶えている。以後、プリントデザイナー、即ち平面、CADデザイナーでしかなかったこと。従って、いつもヴィジュアル的な発想でしか服が作れて居なかった。自社のプリント素材とフリルと厚手素材の足し算でバランスを逃げた見た目のデザイン。だから、ショー時がこのブランドレベルの最高表層イメージの世界。(その多くは芸能人向け御手軽撮影にそのレベルのスタイリストたちが派手・見栄えするが故に使って表層化しただけ。)実際に、女性が試着すると品あるバランスが取れたデザインが出来ていなかった。これが僕の理由である。
又、現状ではこの賞自体も今後、継続して行くのならその在り方を再考しなければ、かなりの無理があるだろう。
ここから確実に、日本の現実の東コレ・レベルが「ノリと観客動員数とオミズ的芸能界」指向へ。そう、水と同じように、『高きから、低くきへ流れるまま』になってしまった観を感じてしまうのは筆者のみか?
***
今シーズン、気が付いたことは海外で好きなファッションを学んだ人たち、帰国デザイナー
の幾人かは地味だが、確実な彼らたちの世界の進歩は今後の日本のモードをどの様に本当の意味での『インターナショナル』なレベルへと進化さすか迄の面白みを持っていた。彼らたちはコンセプトが作れる。それを然りとした自分の作品に3Dデザインできそして、そのコンセプトからのイメージングでインテレクチュアルでよりエモーショナルなプレゼンテーションが出来ていることが彼らの強み。本当の創造性には金の力や芸能界的小さな嘘の上塗りは不要な世界。
(アントワープからの瀬尾英喜(現在、日本人初のA・アライアの所でスタージュ)セントマーチンからのヨシ・山縣、インダストリアル・カテゴリーの横塚そして、10年住み慣れた巴里より帰国して群馬県の実家でデザイン活動を始め、ルーツを再確認し始めたコレクションのTAGOなどは気をつけよう。)
****
最後に、結果、ニュアンスのデザインが大雑把になってしまったデザイナーたちや、彼らたちが作りましたと見せる東コレでの新しさは、やはり、この時代になっての[カワイイ!!]が新陳代謝し始めて来ている事である。多分、15年程が過ぎたこの[カワイイ!!]も時代と共に変質変貌し始めたのも今シーズンの東コレの本質的な新しさでもあろう。
POTTO,mercibeaucoup,Ne-net,MINTdesignsそれに、myeinなどがこの「トウキョウ・新・カワイイ!!」ムーブメントの起爆剤だろう。
彼らたちのデザインの中から読み取れるコードは、[スタンダードが備わった人間としての、自由さ、おおらかさ、それに、ナイーフさも忘れてはいけないし、ユーモア、アイロニーそれに、周りに振り回されないつよい自我と自分たちらしいリアリティとゆとり、それらをポジティフに組み立て構築して行くデザイナーの等身大的知的さとニュアンスでデザインされているポジティフ・オタクなコーディネートファッション]である。
TRICO,ZUCCA,JUNYA,TUMORI,I.S.、TOGA,MINA等のルーツがここにあることを忘れてはいけない。
*****
終わりに、作られた服が大味になってくれば自分たちの着こなしに、彼女たち所謂、年頃の眼差し、真剣なおしゃれに対する心と自由さのニュアンスが伺えるのが、多分今も、一番の「トウキョウ・ファッション・リアリティ」であろう。
彼女たちは日本発のファッションカタログ誌で毎日、毎日学習して来た賜物であろうかまた、10数年前に初めて、この彼女たちの学習結果を堂々と紙面に組み込み「街・スナ」という造語を生み出すまでの、ストリートでのナマのおしゃれ感度をページ化し編集し紙面化した[CUTIE]誌以降のトウキョウ・ファッション・メディアが敢行した独自性の「功」も忘れてはいけない。 街角で出会う重ね着を一生懸命、上手に自分流にスタイリングしコーディネートして十分に楽しんでいる彼女たちの等身大的リアリティを東コレ・デザイナーたちはどの様に学んでいるのだろうか?実際に、いつも東コレ・デザイナーの先を走っているのが彼女たちのトウキョウ・リアリティでしかない。この現実を読み、学び、謙虚さが見られないデザイナーたちはもう、既に終わり。
文責;平川武治:
これは『Le Pli 2006春号』より抜粋。
今回のLe Pliは5月末発売予定。
各メゾンのコレクション時評は本誌でお楽しみください。
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年05月28日 02:59
2006年01月27日
フランス語版『21世紀のアイコンを探して!』
Regards portés sur la mode de cette saison : « A la recherche des icônes du XXIe siècle »
OUVERTURE ;
Considérons cette année 2005 comme la première année du XXIe siècle : cela nous fournit un meilleur éclairage sur nos préoccupations actuelles concernant « les icônes du XXIe siècle ». Evidemment, de telles préoccupations passent inaperçues auprès des personnes qui passent leur temps à consommer superficiellement les images qui défilent à toute vitesse devant eux. Ces dernières années constituent, me semble-t-il, le prologue du XXIe siècle, dont le visage commencerait à apparaître vaguement mais graduellement.
-1-
Au XXe siècle, siècle qui a vu naître les icônes les unes après les autres, c’était l’« image » qui motivait les designers et les inspirait dans leur création. A partir des « images » fabriquées par autrui, s’inspirant de leur esthétique, de leur problématique, de leur élégance, de leur conception du monde, ainsi que de l’ambiance de l’époque et la conscience de soi qu’elle véhicule, ils appliquaient tout cela à leurs créations. En ces temps-là, l’« image » pouvait faire naître la « réalité », car on croyait toujours en l’avenir, on concevait cet avenir comme étant inconnu, et on en rêvait. L’espérance, le clinquant et la « réalité » dans la vie étaient nées, et on pouvait y trouver la différence dans les « images ». Et après tout, c’était à cette époque qu’étaient instituées les structures par lesquelles les individus qui exerçaient un contrôle sur la temporalité pouvaient faire naître la valeur et en tirer du profit. Dans la mode au XXe siècle, donc, la « tendance » avait une efficacité réelle dans l’émergence et la détermination de la valeur.
Mais qu’est-ce que la « tendance » aujourd’hui ? A notre époque, elle n’a déjà plus la même valeur.
-2-
La cause de cette évolution considérable dans le Japon du XXIe siècle, c’est la prospérité et l’absence d’éthique issues des 60 ans d’histoire traversés par le Japon après la Deuxième Guerre Mondiale. Dans ce nouveau contexte de prospérité, la plupart de gens possèdent effectivement leurs propres « réalités ». Nous vivons dans une époque d’abondance, et n’importe quel individu a une totale liberté d’action. Aujourd’hui, les individus possèdent même leurs propres archives.
Dans cette époque de liberté et de richesse, n’importe qui peut fabriquer assez aisément des « images », que ce soit avec l’appareil photo intégré au portable, ou encore avec un appareil numérique. Aujourd’hui, les « images » que les médias répandent négligemment investissent en masse la vie quotidienne ; dès que les médias les émettent, ces images se consomment immédiatement. Dans le contexte de la mondialisation, on ne voit plus de différence dans ces « images ». Le colonialisme du XXIe siècle serait ainsi né, dans lequel tout se résolverait dans une sphère limitée, à savoir : l’information, la communication et le divertissement. La méthode de la mondialisation consiste à les simuler virtuellement avec des « images ».
L’homme fait déjà l’expérience de la vie réelle, dans laquelle on ne peut plus croire en l’avenir, et s’aperçoit qu’il faudrait chercher son avenir dans la « réalité » et la « nostalgie ». De nos jours, l’« image » ne fait plus naître la « réalité », mais au contraire c’est la « réalité » qui fait naître l’« image ». Et c’est pourquoi la jeune génération éprouve le besoin de contrôler ces « images ». Au XXIe siècle, c’est la gestion de ces « images » qui est source de valeur et de profit. (MTV, NANA, Portable, i-Pod, Horiemon, Mikiya, Akiba, Bernard Arnaud, Karl Lagerfeld —— Disneyland et Andy Warhol furent à l’origine de tout cela.)
-3-
Des pièces qui se veulent des « images » d’« images » sont déjà démodées. Si l’on juge de la qualité des pièces des collections printemps-été 2006 présentées à Tokyo, il n’y avait que des designs de mauvais goût, vaniteux, irréels et éphémères. (Par exemple, DressCamp est une icône périmée du XXe siècle. Il devrait, me semble-t-il, disparaître bientôt ; la « réalité » de ce Fashion DJ conviendrait uniquement aux personnes issues du monde de l’art, ou encore aux établissements de plaisir.) Les icônes du XXIe siècle, donc, devraient naître d’un milieu régi par le sens du beau, la conception du monde et de l’époque, sa problématique et son atmosphère, dont le fondement est la « réalité » de nos propres expériences et des responsabilités que nous avons acquises.
La « réalité », concept clé du XXIe siècle, qui devrait être l’origine de tout dans la mode, symbolise concrètement le visage et l’aspect de l’époque, tout comme le visage est la partie du corps qui constitue avant tout la « réalité » des individus. Par exemple, dans le monde de l’édition ou du journalisme actuel, au Japon la langue parlée ou la théorie du corps ont remplacé la sémiologie ou la théorie littéraire qui traitaient d’images abstraites ; ce phénomène s’explique, pour ainsi dire, par le retour à une « réalité » faite d’instincts, basée sur la possession d’un sexe et la capacité de faire naître d’autres individus.
Ce qui est important et indispensable, pour l’inspiration dans une création attentionnée dans le domaine vestimentaire, c’est donc de savoir comment exprimer par le vêtement la réalité corporelle de l’homme contemporain. La période où les collections ne présentaient que des vêtements de mauvais goût est révolue. Ce qui doit désormais susciter notre intérêt, ce ne sont pas des vêtements désignés par les designers, mais des vêtements qui mettent au premier plan le visage et la forme des gens qui les portent. Telle devrait être la « tendance » actuelle.
-4-
Au moment où l’on essaye de juger à l’aune de cette théorie les collections pour hommes et pour femmes 2006 à Paris, on peut sentir le souffle et le battement du début de ce nouveau siècle.
Depuis deux ans, le marché pour les gays, l’un des deux plus grands pôles du marché dans la mode masculine, a petit à petit perdu de son effervescence. Certains gays commencent à prendre soin de leur santé et à s’intéresser plus directement au développement de leur beauté physique par un entraînement suivi. Ils travaillent leurs corps en visant avec pour modèle l’élégance des proportions de la sculpture grecque. Leurs « réalités » consistent, donc, à savoir comment exprimer leurs corps bien proportionnés plus simplement, normalement et directement. L’autre grand pôle de la mode masculine est constitué par les jeunes qui commencent à s’amuser ses « réalités » avec ses corps et ses oreilles, en écoutant la musique se glisse à la surface plus directement et plus passionnément que la mode.
Ici le Fashion s’est complètement transformé en un MTV visualisé ; autrement dit, la mode masculine commence à se particulariser en deux tendances, à savoir le MTV mis à la mode et le dandysme masculin. Le rôle des hommes modernes se trouve ainsi polarisé : d’un côté les hommes galants et complètement fragiles, doux et dociles comme des animaux à la maison, mais visiblement coquets et un peu voyous, et de l’autre les hommes galants et musclés comme des gentlemen de mauvais goût ou des célébrités actuelles, dont la fierté est de dépenser un maximum d’argent pour les filles.
Le « corps actuel » du premier type est représenté par DIOR HOMME, qui commence à allonger la silhouette de ses modèles comme dans la sculpture de Giacometti, et à traiter la musique comme le corps. Par ailleurs, celui des « Young Gentlemen » commence à devenir chic dans le luxe à travers la silhouette classique et masculine présentée par Gilles Rosier ou HERMES HOMME.
Quant aux femmes, leur corps actuel commencent à s'effondrer. Les jeunes femmes parvenues au milieu de la trentaine, dont le corps est devenu laid à cause du confort quotidien et de la bonne chère qui vont avec une vie prospère, se mettent à transformer laborieusement leur propre corps en fréquentant les salons de beauté et les clubs de sport. Les jeans récents qu’elles mettent fontt en réalité office de corset de la correction de ses corps par la matière textile et le pattern grâce a la fabrication à la technologie élevée. Cette évolution du pantalon peut être considérée comme l’une des icônes du XXIe siècle.
Pourtant, les designers d’aujourd’hui rechignent bizarrement à présenter ce type de pantalons ; mais certains d’entre eux, pour cette saison 2006, essayent de traiter le « corps laid » comme le phénomène du RE-body conscious : dans cette perspective, les femmes commencent à bander leur propre corps avec un carré de tissu, pour corriger avec les vêtements le « corps de l’époque », qui sont en train de s'effondrer. ( Evidemment, Azzedine Alaia avait déjà envisagé cette méthode en 1984-1985, avec sa magie du traitement du vêtement à trois dimensions. ) Elles s’amusent à élever les fétiches, par exemple des objets vendus aux sex shops, au statut de vêtements de soirée, avec le concept de la « protection ».
Encore une fois, les designers à Paris se mettent de nouveau à réfléchir sur le corps en tant que ses « réalités » et à le considérer comme le phénomène du RE-body conscious (voir par exemple Rick Owens, UNDERCOVER, Comme des Garçons, BLESS, Bernhard Willhelm, Balenciaga, Junya Watanabe, Hussein Chalayan, Alexander McQueen, etc.).
* * *
-5- About TOKYO Collections ’06S/S ;;
On a pu trouver alors la conception de l’époque actuelle dans la tente, le jardin zoologique contrôlé ? Pour conclure un peu avant, je trouve qu’il n’y avait aucune « icône du XXIe siècle ».
Certains se rendent probablement compte de cette crise, à savoir notamment Tetsuya YAMAMOTO de POTTO, Issey TAKASHIMA de Ne-net et quelques autres jeunes designers qui continuent de présenter des collections convenables du point de vue de la qualité. Tous les autres ne font que gaspiller des ressources naturelles par grande méprise sur les « icônes du XXe siècle ». Ce que ces designers ont en commun, ce sont les neuf péchés originels suivants : ils sont ni modernes, ni émotionnels, ni artistiques, ni intellectuels, ni intéressants, ni authentique, ni libres, ni culturels, et trop chers.
La plupart des designers passent à côté des questions fondamentales : Pourquoi faites-vous des vêtements ? Quelle est votre échelle des valeurs dans votre création ? Qu’est-ce que le design pour vous ? Quel est le rôle de votre design ? A qui voulez-vous faire porter vos vêtements ? Qu’est-ce que le bon design ? A défaut de ces questions fondamentaux, il n’y a que des designers qui traitent impudemment des vêtements en surface par grande méprise. Leurs collections ne sont que des « collections pour grands magasins », soumises au marché . De ce point de vue, il me semble qu’ils n’aient pas réellement besoin de s'attacher à la tente.
A ma connaissance, ce qui m’a semblé le plus tokyoite dans les collections de cette saison s’intitule la Young Creator’s Collection. J’ai confirmé la borne de l’enseignement et la réalité de la mode actuelle à Tokyo. Il est certain que cette collection était sincère et belle... et alors ? Je n’y ai perçu rien d’autre. Le symptôme de l’hypertrophie du nerf périphérique, voilà notre maladie nationale : même si l’on était polisson à l’école primaire, une fois reçu dans la société active à la fin de ses études, on deviendrait trop sérieux, et finalement tout ce que l’on a acquis relèverait de la connaissance des ficelles du métier.
Je me suis d’ailleurs aperçu que cette collection-là était destinée aux anciens (brillants ?) élèves de Bunka-Fukusou-Gakkou. Tout ce qui s’était passé à Tokyo s’accordait à la « réalité de la mode » du Japon actuel qui entoure ces diplômés ; telle est la structure qui figeait tout dans le domaine de la mode depuis plus de 30 ans.
La nouvelle tente sera désormais devenue le Fashion Theme park pour des gens qui ne peuvent pas poser pour designer. L’ordre d'ancienneté ? La coquetterie ? La flatterie ? Par ailleurs, au sortir de ce Fashion Amusement, où vont les mécontents ? Peuvent-ils aller plus loin ? Le 109 est une autre Tokyo réalité dans laquelle ses réalités sont déjà désignées. Enfin, tout ce que fait le 109, c’est d’accélérer la séparation de deux pôles des collections de Tokyo avec ses impôts. Les mots clés que j’ai repérés à propos de Tokyo sont donc : la grandeur nature, la relève des générations d’Ura-Hara, la supériorité des matières textiles du Japon, la richesse sans l’éthique, le nerf périphérique, la grande méprise, les Fashion DJs.
Quand parviendra-t-on alors à repérer les « icônes du XXIe siècle » dans les collections de Tokyo ? J’éprouve un grand plaisir dans une telle recherche.
On o8th.Dec.’05
Text by Také Hirakawa
Translations by Naoki YONEDA
投稿者 : take.Hirakawa | 2006年01月27日 18:17
2005年12月14日
久しぶりにテントが張られた[東京コレクション]とは?テーマパーク又は、動物園?
Le Pli # 1 号
東京コレクション ‘06 S/S 評論速報誌;から抜粋。
はじめに;
やっと、この21世紀も5年が経た今年、世界に肩を並べられるコレクション運営体制が出来たようだ。
これが遅いのか、早いのか又、グッド・タイミングなのか?
多分、現在の東京のモードの人たちからしてみれば然程関係ないことかも知れない。
始まったばかりだから余計そうなのだろうが、この東京のモードの人たちの今回のはしゃぎ様は外国人たちが僕たちの街を訪れ、彼らたちが眼にし、体験した東京そのものが面白く、エキサイティングであり、ファンタジックであるという確かなリアクションが彼らたちの街のメディアに取り上げられ、彼らたちの声に押されてその腰を、やっと挙げたという観が現実のように思えてならないこと。
又、当然であろうが、2010年以降の中国という國を思うとこのモードの世界の日本も今までのように『俺様然』してはいられなくなる事を、遅まきながら痛感し始めた結果の行為でもあろう。
それに、ここ2年来、東京でのモードのデザイナー輩出機能のイニシアティブを取って来た文化服装学園が現実の少子化現象の余波を当然ながらマイナス影響として感じ、実感し始めた結果、ビジネス戦略として多くの予算を投じて、「世界の文化服装」という戦略を持ったことにも関係しているだろう。
一体、今回の、「世界に肩を並べられるコレクション運営体制」が目的としていることは何なのであろう?勿論、最終的な目標は『よいビジネス』であろう。(残念ながら文化庁の管轄ではない。)
では、ターゲットは誰なのか?USマーケットなのか、EUマーケットなのかそれとも、チャイナマーケットを中心にしたアジアンマーケットなのだろうか、それに国内マーケットの建て直しも含まれているだろうが具体的なターゲットがファジーでクリアーでない。
現在の日本のファッション風土はデザイン表現力、素材開発力、生産キャパシティそれにマーケット力そして、ファッションエヂュケーション。これらが比較的ハイポイントでまとまった産業構造をハイ・テクと情報そしてメディア化によって構築されている。しかし、これらは戦後60年の勤勉な営みの結果、市民の生活環境や情況と同じように中間大衆消費社会構造を構造化し、具現化させ機能させたその元で、「豊かさ」を享受してしまった所詮、現在の日本市場向けの規模とレベルとクオリティの現実と情況でしかないことを改めて知らなければならない。(いわゆる、日本人は日本マーケットで十分と言う発想と意識と認識。)
戦後、60年の結果が「豊かな生活」を享受した日本だとすれば、これからの我々がこの21世紀に求めなければならないこととは?「倫理在る成熟」化である。
単なる、物質的な豊かさからこころある成熟化即ち、精神的なゆとりと穏やかさを「人間同士のがんばり」から求め努めるという心の在り方が必要であるはずだ。
僕は現在の日本ファッションの世界にもこの「倫理ある成熟度」が必要だと考える。
売れれば勝ち。服に品がなくなっても目立つものを目立つ方法でアピールすればメディアが取り上げそれのみで消費へ結びつくという倫理なき発想がジャーナリストをも巻き込み(例えば、ドレ・キャン如きものが、)、品位や品性品格までを感じさせてくれる服がこの数シーズン僕たちの東京から姿を消してしまったようにも感じてしまう。
我々の日常生活に倫理が消え、「悪趣味、風俗そしてメディア」受けがこのファッションの世界にも堂々と土足で入って来てしまったツケをどうするべきかを考える機会として、この「世界に肩を並べられるコレクション運営体制」が服の表層のみだけではなく服が持ち、現わす社会倫理へまでも、思慮深い一石を投じられる新体制であれば、世界レベルの東京ファッションになりえるだろう。
今の時代、構造改革だけではダメである。(時の政府を見れば判るはずだ。)
当然であるが、構造を改革すれば、その新たな構造のためのルールが必然である時代だ。
この新たなルールに「倫理」という忘れかけられたキーワードをファッションの世界にも是非!!
31st. OCT./文責:平川武治
閉会後談/
今回の鳴り物入りでの展と会場は有り余ったほどの人たちが忙しく動きまわっている。が、彼らたちは自分たちがなにのために動き回っているのかもよく知らないで行動している、大勢が気になった。
こんな形で日本のファッションの世界も[田舎管理]システム状態でスタートしてしまった。
結果、僕たちの東コレ評論速報紙[LePli]も会場近辺では販売するなという、先ず、お役所式レッドカードが出された。
閉会後余談//
もう、このオープニング状態で、あるフランス有名某紙のファッション編集記者が巴里を代表して招待されて東コレを見て書いてほしいそして、ついでにオープニングイベントのシンポジュームにも出席してほしいと頼み込んでチラシや案内にも何年か前の彼女の顔写真を使って宣伝をしていたにもかかわらず、彼女本人は当日3日前にドレ・キャンではなく、ドテキャンして姿をその巴里の社から消してしまって電話にも出ない他の人間が探しても何処にいるかも見当が付かないと言うまでの雲隠れをしてしまった。
当然、彼女は来ず、代役でお茶を濁したのがこのオープニングイベントの大イベントだった。
結局、後で調べたら、彼女自身始めから然程行きたくなかったからと言うもの。
フランス人らしい、いわゆる登校拒否症レベルでもう、舐められている[東・コレ]新・CFD だった。
こんなにお金を使ったのにネ、お粗末でした。
投稿者 : take.Hirakawa | 2005年12月14日 06:20
2005年03月03日
1、2月の行動記。
●ベルリンのファッション
ドイツのベルリンで、一昨年の秋からファッションフェアがはじまっています。中でも規模が大きいのが「ブレッド&バター(B&B)」、いわゆるファッショントレードショーで、多くの人が注目しています。そしてこれを中心に、若い人が参加できる「プルミエール」や既製服のフェアも含め、5つくらいのファッションフェアが3日~1週間の期間で行われています。
92年に壁がなくなって、二つの構造を持った都市がひとつになり、世界では最も大きい都市です。メトロポリスの割には土地単価が安く、まだ空きがあります。さらに、ドイツはもともと既製服に強く、工場が沢山ありました。工場があれば、素材屋も多く、フランクフルトでは今も素材の見本市が行われています。また、ファッション科を有する国立の工科大学が街の両端に2つ、他にも私立の学校など、ファッション教育の環境もあります。戦後のベルリンは、歴史的観点から言えば、ナチの関係で一番ユダヤ人のいない街でしたが、60年経って、現在は元どうり以上のユダヤ人たちの大都市になっています。そのような、歴史的環境の従来からあったユダヤ人産業のひとつとしてのファッション産業に彼らたちのジュニア世代が当然のように音楽を中心にしてストリートカルチャーの一つとしてファッションに興味を持ち、返り咲いてきたわけです。
B&Bのテイストは、ストリートカジュアル。来客は、イタリア、東欧、北欧人が中心。日本のバイヤーも、それなりのお店は、ここまでバイイング・ウオッチングに来ています。今年はユナイテッドアローズやミッドウエストなどや巴里・三菱なども来ていました。日本のジャーナリストはほとんどが未だ、行っていないのではないでしょうか。なぜイタリア人が多いのかというと、今、イタリアでもシューズとストリートカジュアルが前に出てきていて、そのブームを起こそうとしているファッションピープル達が、興味とジェラシーをもって訪れて、サンプル買いしているのではないかと思います。もしかすると、70年代後半イタリアカジュアルのように、ベルリン・カジュアルムーブメントが起こる可能性がありそうです。この背景には「アジダス」と「Y-3]それに、巴里で活躍し始めたドイツ系デザイナーたち、B.ベルンハートやブレス、ルーツたちが大きな存在になっていることも確かです。
関心したのはやはり、ひとつのファッションイベントをやることによって、都市の経済的効率が伸びるということです。ベルリン市自体がファッションフェアを大々的にバックアップしているので、海外のバイヤーが沢山来ます。またEUでは今、都市のプライオリティを競い合っています。フランスにおけるパリからユーロにおけるパリ、イタリアにおけるミラノからユーロにおけるミラノ、となってくると広い範囲での経済競争が起こります。競い合いながら、産業経済をどう回していくかということが大事で、そこでファッションもいい対象素材になってくる。多分このベルリンもひとつのアイデアとして、ファッションで都市のプライオリティを上げたいということだと思います。
ベルリンの街は成長段階にあって、沢山の可能性を持った街です。この4~5年、近代建築がどんどん建っています。また、グラフィティや音楽など、彼らなりのユースカルチャーも盛んで、ストリートカジュアル・ファッションを形成する要素が整いつつあります。
自由な発想で、自由なインフォーメーションで作りたいものを作る環境があります。例えば、セントマーチンで勉強した日本人の青年は、卒業後イタリアで2年間で細々と自分のものづくりをしていましたが、ベルリンの方が自分の発想を具現化できるという現実的な条件から去年の暮れからベルリンに移り住んで可能性をいっぱい感じて活躍し始めています。
●グローバリゼーションとローカリゼーション
ファッションの見方として、グローバリゼーションとローカリゼーションのバランスというのが、発想面とビジネス面、全てにおいて重要になっています。ベルリンが自分達のローカリゼーションを軸としてフェアをやって、結果的にはグローバルな市場に組み込まれていくというこの関係が、経済の発展発達のモデルだと思います。ファッションとは、都市環境に左右されるものです。それからモードとしての様式即ち、ここではストリートカジュアルファッションがこれらの環境から必然的に誕生するという現実が面白い経済関係になっています。
ビジネスにおいて、具体的には’92年グッチ以降のグローバリゼーション。GAP、ZARA、H&MなどSPA企業が巨大なメーカーになっていることを見ても明らかです。一方、クリエイティビティの分野では、ローカリゼーションの視点が大事になってきます。自分達のローカリティーをどのような形で作品化、オリジナル化するか。今は「パリから距離」を持った人達がものを作った方が面白いと言えます。ここ10年間でアントワープの人達がパリの仲間入りしたという勘違いをしていることが目につき始めていますが、拡散したところで自分達のアイデンティティを表現することが大切です。日本人も、自分達のローカリゼーションをしっかり持った上でヨーロッパへ進出するのであれば、それは彼らの活路を見出すのに有効な方法かもしれません。
作る側のグローバリゼーションの好例としては、前回のメンズコレクションは、コム・デギャルソン・オム・プリュスとジュンヤワタナベ、コム・デ・ギャルソンシャツが挙げられます。山岳ウエア、スキーウエア、カーウェイ(雨合羽)など、全天候型のスポーツ、アウトドアものをモードに落とし込んでいます。いかに異業種とリンクして彼らたちの培ってきた技術を共有して、自分達の新しさを持ち得ていくかという方法論を体現しました。
●パリモードの方向性
パリのモードの人たちが、その方向性を変えようとしています。
現在、ラグジュアリーブランドでは、確実に服でイメージを作って、そのイメージの効果で、コスメ、靴、バッグ、貴金属としてのジュエリーと豪華な時計、を売っています。彼らのその全ての広告塔の役割が服です。どこも広告素材としてモードがあり、商材としては前述の雑貨、コスメが中心となっています。ほとんどが服では儲けていないと言い切れるくらいです。
そこで、パリのプレタポルテをディレクションするサンディカの人達が、クチュールテイストを形に出来る若い人材を前に出していこうとしています。パリがモードのキャピタルとして存続するには、自分達が歴史をもって作り上げてきたオートクチュールの世界を死守していくしかないのです。その為には、新しい感覚を持った、オートクチュール予備軍デザイナーを育てることが必要なのです。パリのファッション業界では、アントワープ的=コンセプチュアルなものよりは、純粋にエレガントなオートクチュールを体現できる人を求めているのが現在です。もっと言えば、ただ昔と同じことをやるのではなく、「クラシックな手法・技術を新しいコンセプトにどう持ち込むか」。新しい手法を新しいコンセプトでやっても、もはや新しくない。例えば、現在の「デジ・カメ」が良い例でしょう。技術の発達によって、誰が撮ってもピンボケがしない。これはある意味でクリエーションではなく、新しくはありません。ファッションの世界での創造は、すでに人間の体の形が変わらない限り、造形的に新しいものはありません。だから、現在のモードにおける新しさとは、「素材感とバランス感」が大切な発想になっているのです。
●ヨーロッパのコンテスト
フランスの南、コートダジュールで行われる「フェスティバル・ド・イエール」は、今年で20年目。10年目から運営委員をやっている連中が、サンディカのチェアマンやボードメンバーとリンクするようになり、以後、ここがパリのデザイナーの登竜門的なコンテストとなっています。日本人も審査に残るようになってきていますし、最近では大手企業が協賛し始め、200万円単位で賞金を出しています。(LVMH,YSL,ロレアルグループ、123、など) 面白いのは、審査員がジャーナリスト、デザイナー、アタッシュドプレス、バイヤーたちで独立した時に知っていなければならない人たち、職種の連中がイメージングなどを大切にした、プレゼンテーションを中心にしたコミュニケーションをとっての審査。例えば、昨年の11月にはパリのサンディカの連中は、今後進出するべき中国へ向けて、自分達はこれだけの若い優秀なデザイナーを有しているということを北京でプレゼンテーションしていますが、そのほとんどの若手デザイナーは先ほど述べて、クチュールテイストがこなせるこのフェステイバル出身のデザイナーたちでした。
その他にも、ヨーロッパには、いいコンテストが沢山あります。スイステキスタイルが中心となって主催してい「GWAND」。ここも審査員をやっていますが、ロイヤルアカデミー、スタジオ・ベルソー、アントワープなど、世界のファッション・スクールの代表者が競い合う部門と、スイスの若手デザイナーのコンペティション部門で構成されています。ここでは、昨年では、ラフシモンズ、ソフィア・ココサラキ、ハイダー・アッカーマン、イーリー・キシモトも参加しています。それから、イタリアのトリエスタでは、ディーゼルが主催する「IT'S」があります。このコンテストは世界中のファッション学生を対象としたもので、ここでも、毎年、日本人が何人か入選しています。先月、ここのデッィレクターが東京を訪れ学校を回っています。
●日本デザイナーの海外進出
パリ、ミラノその他海外でファッションショーをやってみたいという人は増えていますが、まず日本で儲けて、その使い方としては、海外進出もあるだろうと私は思います。誰にも可能性はありますが、それが世界で通用するかという次の問題になります。 日本の留学生がよく勘違いしているのは、向こうの学校へ行ったら現地で就職できると思っていることです。教育機関は外国人を歓迎するかもしれませんが、ビジネスではそうはいきません。外国人に対しては厳しいです。極論すると、日本人一人を雇えばフランス人が一人失業することになります。それでも必要とされる高い能力がないと難しい。
一方、ビジネスだけを考えた展示会参加はまた別の次元です。
ユーロが高く、ヨーロッパ市場が活発でない中で、世界のファッション市場は、アメリカ、アジア、特に日本となっています。個人の夢で海外に行っても、才能があって目立つ存在となれば、ファッションマフィアに食いつぶされる危惧もあります。夢でなく現実の成功のために行く。だけど現実を知る情報、教育機関もないのが現状の日本です。
●なぜ日本のモードは文化となり得ないか
そもそも「今の日本の文化とは何か?」と問われても不明です。消費することが文化だと言われていますが、そうではない。可能性があるとすれば、日本のオリジナリティーが感じられるアニメ・ゲーム産業の分野くらいです。今、新しい豊かさのスタンダードを作らないと、日本的な強さは生み出せないでしょう。物質的豊かさを享受した今の若者は「何でもあり」「何でも出来る」である為に、やりたいことにフォーカスが絞りきれず、逆に「何にも出来ない」状態、自由さを放棄した状態が多いと想う。
まずは、インテレクチュアルな発想があってデザイナーであるべきです。情報と流行、サンプルさえあれば、生産背景がある為に作ることはできます。例えばジャン・コクトーを読んでいなくても、ボードレールを知らなくても、日本ではデザイナーになれる。そして、それなりのものが作れれば、ある程度儲かる。ある程度儲かればメディアを抱きこめてしまうのです。
それから、センターポールとなるいい人が出ても、ジャーナリズムによって食いつぶされてしまうケースがあります。それらをしつこくガードしてきたからギャルソンは生き残っているのです。日本においては、世界に通用するデザイナーとしては川久保玲の一人勝ちです。
売れる仕掛けを作るのがデザイナーです。そのツールとしてデザインがあるだけ。今、日本市場を制覇しない限り、資本は稼げません。日本人は国内で売れる仕組みこそ作るべきなのです。その上で、世界に通用するファッションビジネスマンを育てる必要があります。パタンナーは優秀な人が多く、実際世界で通用しています。まずビジネスを強化すべきです。ビジネスが分かれば、文化が必要だということが分かるはずです。
投稿者 : take.Hirakawa | 2005年03月03日 08:25
2005年02月11日
お正月に想ったこと;
今年の僕の眼差しは『豊かさとは何なのだろう?』なのです。
日本へ戻っての、数年ぶりでの年末と新年は僕にはさほどの鮮度あるものではなく、僕の存在そのものが何のために在るのかを、考えさせられました。
その時に、『豊かさ』を思い切り享受している日本人の真っ只中に居ることが不可思議に想い始めてしまったのです。
当然ですが、『豊かさ』は人それぞれに違うでしょうが、この日本では大半の人たち、それを僕は『群集/大衆』と言っている人たちが、戦後、60年経てば「思想」や『教養』が無くてもそれなりの生活環境や物質的な豊かさを全て享受してしまっている現実。すこぶる、『拝金主義』的なる環境に於いても、これからも、『豊かさ』を求めていくには、いったい、何が『豊かさ』なのだろうか?という疑問。
モノを作り出してゆく立場の人たちも、今一度、ここで『豊かさとは?』を考え、再確認すべき時代に来たのではとも想うのです。
もしかしたら、ここへ来て、やっと、『新たなる21世紀の風景』が見え始めたのかもしれません。
そこでこの新たなる風景のための『新たなるスタンダード』が必然になってきた時代性も考えられるでしょう。
一方、昨年来、日本でも、一番価値が、値が下がったものは何だろうか?
それは、『人間の命』でしょう。戦争こそ無いわれわれの世界ですが、それに変わっての、平気で殺人を犯す行為、それも若年層や小学生までもの人間が平気で人を殺すという行為。
人間が、人間の価値を下げていることの哀れさ、儚さ、惨めさそして悲しさはどう理解すればいいのだろうか?
もし、すこしの考える余裕をもつことが可能であれば、『自分にとっての豊かさとは何なのだろうか?』を考え、そのためには何を自分はしたいのか?したら良いのかを、それがファッションの世界であれば、どのようなものを世に作り出したらいいのかをも考えていく必要があるでしょう。
『豊かさとは?』 何でもありです。何をしてもいい、何でも出来うる、何でもしたい、、、、
ではそれらは誰のためになのだろうか?
『群衆・大衆』のレベルでのそれらの行為が世間では。「アート」だとか、「文化」だとかと勘違いして、自分自身に満足し、はしゃいでいる状況、等のように想ってしまう現在の日本です。
これは僕が昨年の眼差しであった、『根っこを知る』に通じるものでしょう。
「人間の、人間のための豊かさとは?」
決して、自分のためのみの豊かさだけではないはずでしょう。
ここで、『人間のがんばり』ということも大切な個人の責任になるでしょう。
自分のやりたいことには『リスクとコスト』を持つそして、やる以上は一生懸命にやる。
時には他者と、同じ目的のうちに『競い合う』ことも必要でしょう。
これが、『がんばる』ということではないのでしょうか?
やはり、戦後からの時代は、もうここで完全に新たな時代を迎えてしまっています。
この新たなる時代の、新の21世紀への『新たなるスタンダード』をどのように構築してゆくかが教育にも、家庭にもそして、社会にも必然であるでしょう。
そして、僕はこのような『豊かさの時代」に何をしなければいけないのか?どの様にこのような社会と関わり、何をしたら『人間』として生きることが出来るのか?
ありがとうございます。
合掌。
投稿者 : take.Hirakawa | 2005年02月11日 11:19
2005年01月15日
東コレについて。W.W.D. JAPAN より抜粋。
スイスのファッションコンテストGWANDの審査を終えたばかり。以後、スイス・アートカウンセルとの打ち合わせに続き、オランダのセントラル美術館での来春予定のモード展覧会のための打ち合わせでパリ経由でアムス.ヘそして、12月14日のI.F.I の講義のために帰国。ファッション・キューレティングとコンサルティングそして、講義、講演会、執筆など。
◆
まずブランドを評価する基準として必然的に、「着てみたくなる」「着こなしたくなる」そして、「着廻しがしたくなる」という3つが存在する。と同時に、デザイナー個人の今という時代への問題意識や美意識も問われる。つまり、時代の雰囲気に、どれだけ作り手側のアイデンティティをクリエイションの形でプラスアルファができているか、それが今期の東コレを見る際の僕の基準であった。当然であるがモードの現在における主体は着る側、即ち、顧客にある。従って、デザイナー個人の大いなる勘違いと自己満足だけのコレクションは「何を今さら!」と言う感じで終わってしまう。一時期、“エモーション”という言葉がキーワードとして表層化した。もちろん今でも大切であるが、いささか状況が異なる。今、どの様なエモーションが必要かと言えば結局のところ「着てみたい!」に尽きてしまうのだ。その理由として考えられるのは、まずは、これまでモードの環境と状況がその大いなる価値としていたはずの「ありうるべき、あらゆる差異」が、世界レベルでの情報の加速度的流通によって、不確実で不透明なものとなってしまったため。そして、クリエイションそのものの問題として、もはや人間の体型が変化しない限り、かつてあったような理想的なエモーショナルな創造はもはや期待できないということだ。
これに代わって、どの様な素材を選ぶか、ミックスするか。それらの素材が持つ質感、テクスチャーを、どのように生かして時代の造形美をデザインするか。それと分量やバランス観を踏まえたフォルムをどのようにデザインするかが、時代に呼応した知的クリエーションとなった。これは現代建築における新しい創造と同じ方向をたどっている(この例は、表参道に林立するファッション系の最近の建築群を見れば一目瞭然である)。かつてのようなヴィジュアル、見た目、形骸的なディーテールのデザインよりも、素材感とそれらのテクスチャーや、それを着た人がどのような表情を演出できるかの分量感とフォルムが大切なエモーション表現の1つとなったのだ。
コレクション雑感
・リスクを堂々と張って未来を、素材が持つフォルム感をフィチャ-した「コムデ ギャルソン」
・新たにワールド・ワイドな TOKIO・MIX・COORDINATEブランドとして自立した「コムデ ギャルソン/コム デ ギャルソン」 .
・「着てみたくなる」服をインテレクチュアルなテクスチャーでCLASS-CHICにまとめた「コムデ ギャルソン ジュンヤ ワタナベ」。
・先端トレンド、GIRLY-CHICをLONDON・BIBA風にまとめた「ツモリ」。
・こんなコレクションが東コレでもやっと、見れるようになったポジティフ・ハッピー・「フラボア」。
・パリへ向けてリスクを張り、先読みコレクションをセクシーにまとめた「TOGA」。
・イタリーのセールスエージェントに惚れ込まれ過ぎるまでに、的確に時代の顧客を読んだトウキョウデザイン、「サカイ」。
・「モンツキ」と「イリアド」、二つあわせて2で割れば。
・インダストリアルを知って幅と余裕が出た「ミントデザイン」。
・自分の女性観が総てのやらなくてもいい「ATO」のウイメンズ。
・“分量のデザイン”が出来ず、フォルムが創れない遅れて来たヴィジュアル・平成ゴージ・伊太利亜屋、ノリの「ドレスキャンプ」。(服だけを見ての感想)
投稿者 : take.Hirakawa | 2005年01月15日 01:21
2004年12月10日
雑誌[TOKION] 主催:シンポジューム[TOKION CREATIVITY NOW]
TOKYO FASHION GOES GLOBAL
参加パネラー;
Nobuhiko Kitamura/北村信彦(NK)
Ako Tanaka/田中杏子(AT)
Takeji Hirakawa/平川武治(HT)
Hiroshi Fujiwara/藤原ヒロシ(FH)
司会;宇川
U: と言うわけで一回目のパネル「TOKYO FASHION GOES GLOBAL」なんですけど、というか、こんなヤバいメンツと一緒にラフォーレのステージに立っているという意味が未だに把握できませんが、皆さんこれって初めて顔を合わせるのでしょうか?このステージの上で。
A: いえ、そういうわけでは。
U:そうですか。さっき、それぞれのプロフィールをみんな見たと思いますが、ファッショんと言っても四人は様々ですね。例えば平川さんだったらライターをされていたり批評家的立場からファッションに関わられていると思われますし、北村さんはデザイナーですし、田中さんはエディターで、ヒロシさんはプロデューサーという形だと思うんですけど。まあ一概にそう言っていいのかは分かりませんけど…。それぞれがそれぞれの視点で今の東京のファッションシーンというものを見て、どういう形で、お仕事をされているのか、聞いてみたいと思ったんです。どうですか?
FH: 仕事ですか?僕は多分、半分ドロップアウトしている状態なので、今はファッションには、あんまり携わってないですね。
U: なるほどなるほど。ドロップアウトというのは、ファッションシーンからドロップアウトされているという事なのですか?
FH: うーんと、シーンというよりは、洋服を作ったりしている方かな。
U: えーと、「グッドイナフ」とかは、今は機能していないのですか?
FH: いや、多分やってるんじゃないですか?僕はやめました。
U:え、じゃあ、ドロップアウトされて、今は音楽をやられているという事でしょうか?
FH: いや、そう言うわけでもないんですけど。
U: なるほど、ははは。
FH: なんかいろいろやっているのはやっているんですけど、比重の中ではドロップアウト気味かなと。正直言って。
U: それって理由はあるのですか?気分で?
FH: いや、理由は無いんですけど、あのー、もっと一人で動きたいというか、あんまり、ちょっとでも自分に関わってくる部分が大きくなってくると、責任感がないというか、個人で動けるという状態にしたかったんです。
U: D.I.Y.として動けるという事ですか?
FH: いや、D.I.Y.じゃないですけど。
U: ファッションて、個人で動く事って凄く難しい事なんですよね。やはり。
AT:やっぱり民衆というか、まわりを巻き込まないと、ファッションになっていかないと思いますが、ヒロシさんは、たぶんそういう意識はないんだけど、凄く巻き込んでいるのではないかと。
U: いや、どう考えても巻き込んでるでしょ。というか、巻き込まれまくってるでしょ、みんな。自分自身も巻き込まれまくってるし。実際あの~、日本で、ヒロシさんと完さんが「タイニーパンクス」をやられた時、ポパイで初めてアディダスを二人が着ておられてそれを見て、自分達も(アディダスを)買ったような世代だから、思いっきり巻き込まれてますよ。北村さんも、本当にDCブランドが完全に日本を圧巻していた時代にヒステリックグラマーを立ち上げましたじゃないですか。そのころの、コムデギャルソンやY'sやイッセイミヤケさんの洋服をみんな着て、でー、そういう時期に、黒一色とモノトーンでストリートが埋まっていた時期に、キャラクターブランドとしてなのかどうかは分からないのですが、とにかくヒステリックグラマーを立ち上げたという、凄い実験的な運動をやられていた人だと俺は思っているんですけど。今も深くヒステリックグラマーが根付いて、購入されているという歴史というのは、どういう所に存在しているのかなと思っているんですが。
NK: どうなんすかね。ちょうど僕が、ヒステリックをやり始めた頃って、ちょうどDCブランド一色というか、そういう。でも、個人的には、以外とアンチな方向だったんですけどね。DCブランドのあり方みたいなものに対してなんですけど。もちろん、さっき言われた川久保さんやそういった人の、その、洋服を好きで購入するわけではないんですけど、彼女がやっていた、というか今も現役でやってますけど、そういうモノ作りに対する姿勢に対してだとか、彼女の考え方とかは、ものすごくリスペクトしていたりしているんですけど、あの当時あった「DCブランド」という体勢に対しては、比較的あんまり、そこに加わらないように存在したいなあっていうところでやっていたので。ある意味、後に、ヒロシ君なんかも張本人だと思うんですけど、「ウラハラ」というブームが若手の間で起こりましたけど、僕にとってはどっちかというとそっちの方が「お、やっとこう言う時代になったんだな」って気がしましたけど。
U: でもそれって90年代後半じゃないですか、
NK: そうですね、ちょうどヒステリックも今年で20年目にあたるのですが、やり始めて10年目ぐらいですよね。
U: そのぐらいでやっと世の中が変わり始めたと認識されたわけですね。
NK: 変わってきたし、東京という街自体が面白くなってきたんじゃないかと。それに反応する海外の街っていうか、凄い東京を受け入れてくれるようになったというか。DCの段階ではあまりそう言う事ってなかったですよね。
U: そうですよね。
NK: 日本からパリコレだとか、そう言う所にアプローチして、で、やっていくうちに受け入れられていた時代だったので、逆に海外の人達が、東京に来て、というのは、僕は逆に90年代以降のことなのだと。
U: ですよね、凄い実験をやられていたのだと思いますよ。
NK: 実験と言うか、もともと何かを作る仕事をしたくて、で、個人的にはファッション自体よりも、もっと音楽ですとか、そっちの方が好きだったんで。
U: なるほど。で、その裏側では、原宿の街にタレントショップが氾濫していた時代じゃないですか。今はそこを、あの、ストリートブランドが占領しているという時代だと思うんです。例えば、シブガキ隊のフックンがブランドをやっていた時代じゃないですか。
TA:ありましたよね(笑)。確かに。
U: ありましたよね。あれもー、ブルドックのキャラだったんですよ。あの時期。後、みんなやってましたよね。コロッケもやってもましたし、タモリもあったし。それが原宿を覆い隠していた時代に、北村さんはヒステリックをやられて、その裏っかわではDCブランドブームみたいなものがあって、そこで闘ってこられたんじゃないかなーって思ったんですけど。
NK: まあ、その、やり始めちゃった以上(笑)、スタッフもいますしお店もありますんで、結局ドロップアウトしたくても、なんかももう、自分の所有人達というか、それを考えちゃうと、なんかもう、ドロップアウトできないというか(笑)。そのままずるずると続いちゃっているのだと言えば、そうなのかもしれないけど。
U: ドロップアウトしたいと思った時期はあるのですか?
NK: いや、しょっちゅうありますよ。常に。
U: で、そこで平川さんが批評家として、どんな形で北村さんがやられた、DCブランドの時代からあった流れを客観視しているのかなっているのが、みんなの知りたい所だと思うんですけど。
TH: こんにちは。僕は77年から84年までアパレルをやっていて、それをグっと延ばして、倒産しました。それで、服を売る事、もうける事、会社が潰れる事、全部一回はやって、まあその前に僕は5年間、僕はヨーロッパをフラフラしていて、今でも僕はファッション・ヒッピーをやっているのですが(笑)。まあここにいる方は皆さんファッション・ヤッピーの部分を持っているのかもしれませんがね。72年から75年までロンドン、そのうちの一年は芝居をしていました。それから東京に帰ってきて、というか芦屋に帰ってきてから東京に出稼ぎにきて、たまたまロンドン時代の友達がビリケンのアクセサリーをやっているところにいって、それからまあ、始まったのですが。まあ、マネージャーみたいな事や、ロンドンのアイランドレーベルの仕事をやったりしていましたが。
U: いつ頃のアイランドレーベルの仕事をしていたのですか?
TH: 73年から。ファッションに関しては、77年から84年までそういう感じですが、僕は今でも雑誌をやりたいという気持ちがあるぐらいですから、今度は書く側になって、たまたま僕が書いた原稿をそれなりの人が読まれて、「面白いジャーナリストが出てきたぞ」ということになった。先ほど僕の紹介の中に、ライターという言葉を使ってらっしゃいましたが、僕のカテゴリーでは僕はライターではない。ライターというのは、傍観者が、さも分かったように書くのがライターだと思う。僕はある種、当事者として生きていますから、そういう意味では、僕の目で、経験で、感じた事しか書かないと。そう言う意味では自分は評論家だと思っているし、評論家の自分のキャリアを持って今学校で教えたり、2ヶ月はパリで生活し一ヶ月は東京で過ごすという生活をして。84年に評論があって、たまたま、東京という塀の外にもぐりにいったら、たまたま違った世界を見てしまった。まあ先ほど皆さんでお話しになられていた話は、僕にとってはそれぐらいのものでしかなくて、その存在は感じながらも、自分はパリを行き来するようになったと。塀の外の世界というのは、確かにその当時魅力はありましたし、これはこれで、ある部分、一流のクオリティというのは凄く大切だと自分は思うのですが、自分にとってのクオリティというのはどこにあるのかと。まあ、それを初めて20年間、パリコレはメンズレディースともに全部見ています。毎シーズン。まあ、だからファッションに関してはほとんど知ってますし、80年代後半から出てきたデザイナーなんて、ほとんど友達のレベルで知っています。その影響で、9年前から、アントワープのロイヤルアカデミーの卒業コレクションの審査員、それ以外にヨーロッパのヴィクターアンドロルフが出たアーネムの学校とか、昔ヴィヴィアンが先生をやっていたコンストというベルリンの学校、それからラフが今先生をやっている学校の審査員を頼まれたら冷やかしにいったりしていますが。今直接の仕事は、スイスのちゅーリッッヒで文化庁直属でファンデーションがあるのですが、そこと組んで東京で何かやりたいというので、何かやりましょうと。でまあ僕はファッションは、このメンバーの中では一番古いと思います。まあ、歳も一番食っていますしね。
U: じゃあその批評的な視点から見て、今のファッションシーンってどう映っているのかっていうことが気になるんですが。
TH: 表層を見たら面白いでしょう。で、その面白さっていうのは、こういう今の東京の社会環境には合っているし、当然戦後60年も経てば、60年の中からある種の文化的な形態というのは出てきていますが、果たしてそれが文化かどうかってことについては、僕はまだ分からないです。それからここにいらっしゃる原宿から育った人、今DCっていう言葉が出ましたが、DCブームのルーツを見たら、結局のところ、ラフォーレ原宿がベースになって、原宿で店を張り、それなりに認知してもらって、それでやっと全国区に認識してもらうと。
U: ということは由緒正しき場所であると、ここは。
TH: そうです。その時にラフォーレとマガジンハウスが、その当時まだTD6から東京コレクションになった時に、もう一方でキャラクターブランドばかりを集めた「原宿コレクション」というのを、この場所でやったわけですよ。その流れが、基本的にDとCが、つまり、デザイナ-(D)とキャラクター(C)とがくっ付いて、今のDCブームになったと。その辺からいくと、原宿から産まれたのは、僕流からいくと、この土地、あの当時の社会接点としての界隈と、それをつなぐ消費文化としての一つの拠点の「ラフォーレ」という商業テナントビル、その前はパルコですが、やはり日本のブランドのデザイナーというのは、その時代の新しい商業施設と出会って一緒に延びてますよね。
U:なるほどなるほど。様々な要因があって、初めて形になると。
TH: 初期はパルコ、それからラフォーレで彼等が出てきたと。当然やっぱり、当事者ですよね。その強みは、彼等はやっぱり持ってますよね。ただ僕はやっぱり、自分がパリやクリエイティヴやいろんな要素の中でファッションを見ていますから、失礼ですけど、原宿のブランドは、ある種の「街ブランド」だと思っているんですよ。それはこれからある種の機能性を持ってくるんです。僕はこの後2010年以降というのは、日本というのはある種の観光立国にしかなり得ないと思っているんです。2008年の北京オリンピック、2010年の上海の万博が終わったら、中国というのはある種の大衆的社会構造を持ちます。そうなると日本は一体どうなるのか、という話です。科学技術立国にも戻れないし、農業立国にも戻れないし、単純に観光立国か、もしくはコンテンツ、今みなさんが少し絡んでらっしゃる、ゲームや音楽などを使ってなんとかするしかないと思いますけど、そう言う時にはこういう「街ブランド」っていうのは、結構ある種キャラクターを持ってくると思いますよ。僕は「街ブランド」としての元祖は、大川ひとみさんだと思っているんですよ。
U: なるほど、MILKですね。
TH:ひとみさんがいて、やはり、色んな「街ブランド」出てきたと。僕は口が悪いですけど、「ウラハラ」というのは、「ファッション・モナカ」だって言い方をします。ね?土産物ブランドで良いんですよ。
U: 平川さんは「スーベニールブランド(お土産ブランド)」だと言ってますが、こういう言い方についてはどう思いますか、ヒロシさん?
HF: あのー、僕覚えていないんですけど、「ウラハラ」って僕がつけたらしいんですよ。
U: そうなんですか?!それって激レアじゃあないですか。
HF:それは「原宿の裏」という意味と、「裏腹」だというダブルミーニングという意味でたぶん言っていたと思うんですけど、あまり自分では覚えていなんですけど、まあそれは、別にほんとは何も本質的には無かったと思うんですよ。ウラハラって何も。
U: 渋谷系とかと同じ事ですよね。
HF: うーん、どうかな。ただ、ジョニオやらNIGOやらがお店を始めて、それで、それが売れてきたというか。当時はまだバブルが終わったばかりで、家賃とかも凄く安くて。多分最初にお店をやった時に、まだ家賃は20万か30万ぐらいだったと思いますよ。
U:ゲッ!どこでですか?
HF: ウェンディーズの裏だったんですけど。「NOWHERE」があった時に。
U:エーーーッ!何平米あったんですか?あそこ家賃20万だったんですか?!激安じゃないですかあ!!!!
HF: 誰でも出来るって言っちゃああれですけど、凄く安く出来たし、凄く手作りでやっていたし、僕だってオープンの前には朝まで内装みたいな事も手伝うような感じでやっていたから。さっきおっしゃっていたような、ホント、ファッションと呼ばれるような者からはかけ離れていたものだったと思いますね。で、まあそういう事だったので、ウラハラというか、そういうことは無かったというか、そういうものはあんまり無かったと思うし、もしあったとしても、もうそんなフェノメナはとっくに終わっていると思うんですよね。
U: なるほどなるほど。っていうか、裏腹って無かったとしてもあったとしても、今言われたNIGOさんやジョニオ君とかがやられていた事というのは94年や95年といった話ですよね。で、その辺の、さっき平川さんはお土産カルチャーと密接に機能しているっておっしゃってましたけど、なんかその、東京の街性というかストリート性が支えている部分がかなりあると思うんですよ。それでいて何が悪いのか?、っていう問題もあるんですよね。
HF: いや、悪いも良くもないんですけど、さっき平川さんがおっしゃった話だと、MILKはお土産じゃないということですよね、どちらかというと。
TH: だけどMILKも最終的には、僕は、あれは「元祖街ブランド」だと思っているんですけど(笑)。
HF: はいはい、どっちかというと僕はMILKは凄く好きと言うか、良いものだと思うんですよ。むしろお土産物だというのなら、むしろ「CREAMSODA」という事だったりだと思うんですけど。
TH: それはあるよね。だけど今みたいに、街が全部が、「ウラハラ」という一つの固有名詞で呼ばれるようになったら、例えば今の若い中学生や高校生が、あんた達がよく載っている情報誌を見て、それを片手にブラブラを修学旅行をするわけでしょ(笑)。
HF: だから僕は、APEだとかそう言ったものは、どっちかというと、MILKよりもCREAMSODAなんだと思うんですよ。
U: 絶対そうですね。
TH: だからそういう意味で言ったら、元祖であるだけ、ひとみさんは一つ格が上だと思う。彼女の生き方といい、信念といい。僕は彼女の大阪時代から知ってますからね。
U: あ、でも、格付けってする必要はあるんですかね?
TH: 何にも無い、っていうかファッションなんて全く自由の産物だから。好きだ嫌いだというのは、個人の裁量に任せれば言いわけだからね。ただ、それを煽るのが日本のメディアだし(笑)、僕流に言わせれば、日本のファッションの一番の問題というのは、ある種のメディアにあると。ジャーナリズムに。
U: それは、ブランドがメディアになるという事ですか?
TH: いやいやメディアそのものがね。
HF: さっき僕が言ったみたいに、原宿のそういう人達とか、もちろんNIGOもそうだと思うんですけど、ほとんど手作りから始まったと思うんですよ。あの、DCブームというのはどうだったんですか?例えばNICOLE だとかBIGI だとか。
TH: さっきね、家賃20万という話がさっきあったけど、単純に言えば原宿というのは、竹下通りで、単純に言ったら、昔の17、8年前の、ヒステリックが出てきたのもその辺の時期だったと思うんですけど、とりあえず、自分達で手作りでブランドを立ち上げて、手作りでビジネスをやり始めて、悪く言えばワンシーンでヒットとなるワンアイテムをとれば、これを2年、2シーズンはなん…。
HF: あのー、そのもうちょっと前の、NICOLEやメンズBIGIだとかという時代からですか?
TH: それは、いやゆる…。
HF: その事は凄く華やかに見えていたんですよね。僕からみると。
TH: それはやっぱりねスズヤがあったりタカノがあったり、その時代の新しいディストリビューションがあって、それまでは、結局は樫山だとか、デパートに対するアパレルという関係性でしかなかったわけ。アパレルは当然デパートって枠の中で勝負をするわけだから、それにあったもんしか作らないわけですよね。それ以降に、高田健三以降に男の子も文化(服飾学院)に行って、服をデザインして商売したいという奴らが現れて。その当時そこそこの不動産系の連中がバックアップして金を出して、当時所謂マンションメーカーという、マンションを貸し与えて、そこをアトリエにしてデザインするという。その結果がBIGIになりNICOLEになったという事ですよね。それは当然その裏にタカノがあったりすゞやがあったり、それに影響を受けて又デパートがコーナーを作って自分達がフランチャイズを作って、という。そういう、当然見えている部分と、その後ろでそれを継続させるためのビジネス的な戦略というものが当然ありますよね。で、キャラクターに関して言えば、当然さっきヒロシ君が言ったように、原宿というのは経済コストが安かったわけです。だから、竹下通りは、今でもそうですが、8時以降は陥落しますよね。8時までの世界ですよね。渋谷にはある種の「ショッピング」と「ファッキング」という世界があっても、原宿には、ある部分では「ショッピング」しか無いわけですよ。これはやっぱり、原宿のクリアな部分だと思っているんですよ。それで、当然ランニングコストとしての不動産やビジネスコストが安い所に、若い人達が、当然自分達がやりたい事をやる。それが気が付いたら「点」が「面」になりはじめる。「面」になって、それをメディアが煽る。で、出来上がったのが俗にいう「ウラハラ」なんでしょ?それは勝手にメディアがカテゴライズした部分であって、やってる当事者達は別に意識しているわけじゃないんです。自分達でやりたい事をやっているんだと。そういう意味で言えばランク付けする必要も格付けする必要もないし、ファッショんなんて自由だし。ただこれからは、ある種のグローバライゼーションという時代が来たら、ローカリティをどれだけ世界に出していくかが、それは ビジネスに繋がる一つの方法なんですよ。
U: なるほど。そう言う意味では、さっきの「街ブランド」という意味においては…。
T: そうそう。これから東京が東京である為には、日本が日本である為には、できるだけ外国人旅行者をここに呼んでくるか、それとも外国人が住みたくなる街にするか、これによって東京のカルチャーってまた次のランクに変わっていきますよね。
U: でも別に、そのローカリティって、別に海外に住んでいる人達に機能するものじゃあないですよね。実は今の原宿のブランドは、ちゃんとコミュニティ-を作り得ていると思うし、自分達のリアルなコミュニティでもあるし、それが海外から見れば、実はそれがさっき言われた「お土産カルチャー」と密接に結びついている部分もあるという事だと思うんですけど。それっていうのは、さっき「対デパート」とのディストリビューションシステムの話をされてましたけど、あのー、そことは全然かけ離れたところにあるんじゃないですか。
TH: だから、かけ離れているから、彼等は新しいものを作ったんです。別に(今)ある機能は作る必要は無いんです。今の時代もそうですが、全てあるんです。自分に必要なものをどう自分の経験と勘でセレクトするか、それはある部分で今のDJや音楽と一緒だし、ファッションも97年以降全くクリエイティビティというものを失ってしまったし、ある種の新しい想像というものも、経済的には全く無いです。ある種のサンプリング、リモデリング、リミックス、リメイク、これはファッションの世界でもそうだしアートの世界でもそう、全てそう。だから彼等はある部分で、違う土俵でそれなりに自分達の好きなことをしてても、それなりのレベルに来たら、それはひとつ、共有するステージに立ってしまえるということは事実ありますよね。
U: なるほど。だから、今言われている音楽産業みたいに、インディーのアーティストが資本の側に吸収されてメジャーデビューして消費されていく流れとは、また違うところにあると思いますよ。あのー、でもそれは、純粋にディストリビューションシステムとの話だけですよね。
TH: だから今のデパートも、それは駄目だとわかっていて、どういうふうに、新しい東京の環境と風景の為に自分達のスペースを作るかと考えていますよね。
U: それを「ヴォーグ」のエディターをやられていた立場から田中杏子さんはどう見えているのか、を聞いてみたかったりするんですけど。
AT: そうですね、やっぱり私が働いている雑誌は、西洋型というか、外資じゃないですか。やっぱり、西洋のファッションというものを日本のマーケットに向けて、メディアという形で出しているんですけれど、やっぱりで、どうなんだろ、ヒロシさんもそうだしヒステリックもそうなんだと思いますが、いわゆる自分からの発信型ですよね。東京というものをベースに、自分達が良いと思ったもの、面白いと思ったものを、反対に海外から「面白いね」って受けている部分があるじゃないですか。やっぱそう言う意味で、日本のメディアも、もっと日本の土壌というものをクリエイトしていく側に立たなければいけないなと思っているんですけど。さっき平川さんが、メディアの問題だとおっしゃりましたが、ホントその通りだと思うんです。
U: それは北村さんが一番目撃されているんじゃないですか。
AT: 反対に、海外に向けて輸出しちゃって、ちょっと受けると、日本のメディアも飛びついちゃうという。やっぱりそこら辺が、もう少し本当は、我々の立場から、もっと違う視点でクリエイトするってことを考えなくてはいけないなと。
TH: そう言う意味で、それぞれの国の街のローカリティというのを、それなりのメディアがどう世界発信してあげるかによって、最初やっぱり10年前のアントワープができたというのも、現実です。
HF: でも、現実的に、今からそれはこれからどんどんと難しくなるんじゃないですか。こんだけ情報が早く回って。
TH: そう、だから、その情報が早く回るという部分を、どうやっぱり自分なりにバリアを作るかという事が必要だよね。20世紀は僕流に言えばスピードの時代であって、距離の消滅に全ての文化が出会ったからね。21世紀は、早さなり、ある種のモバイルなりで距離というものが完全に消滅してしまった。それ以降というは、やっぱりどれだけ自分達なりに時間のバリューを調節するかも、これも、みんなが出来うる自由の一つのなってきましたよね。
U: そうですよね。唯一限られた不自由というのは、それぞれは一日24時間しか与えられていないという事ですからね。でも、ヒステリックグラマーをある一つのモデルとして考えたら、ヒステリックグラマーは20年間、独自のスタイルを築いて、その、自分達が敷いたレールの上を、普遍的なカルチャーとして、日本に根付かせたという功績が確実にあると思うんですよ。その北村さんの立場から、今言われていたような、あのー、メディアとの関係や、情報との距離が完全になくなって、その時にトレンドというものが、どういう形になっていくのかについてどう考えるか、聞いてみたかったりするんですけど。
NK: うーん、そうすね、だから、まあ、トレンドとなるとまた話が別になってしまうんですけど、大概のデザイナーの人というのは、その年その年テーマみたいなものがあって、それをショーで見せたりしているんですけど、僕の場合あんまり、なんて言うんですかね、毎年見せるようなテーマなんて持ってないんですよ。
HF: 僕が思うに、ヒステリックグラマーは、一番メディアとかけ離れたファッションをしていると思いますけど。僕なんかは、凄くメディアを利用して、利用されて、両方でやってきたけど、ノブなんて、全くそれは感じられないというか。言い方悪いかもしれないけど、やってきたことはずーっと同じで、同じ感じでずーっときてて、メディアにこびる事もなく、メディアがたまによってきたり離れたりの繰り返しをやっているように見える。
U: いや、でもね、ファッション雑誌としてのマスメディアとしての媒体ではなく、例えばDMBQと最近CDをリリースされたりとか、実はその、ファッション雑誌というマスメディア以外との関係性みたいなものを形にしてきている人なんだなあって、思うんですよね。
NK: 仕事を続けている過程において、色んな人と出会うわけですよね。もちろん雑誌関係の人もいるだろうし、音楽関係の人もいるだろうし、で、そこで出会って、次に何か違う形のものが出来たりとか。まあ、どっちかというとそっちのほうが楽しくてやっているのであって、ヒステリックグラマーっていうのは、まあ、そのなんて言うんですかね、僕的にはあんまり変化を付けずに、なんていうのかな…
U: 消費を加速する運動には加担せずに、独自な…。
NK: うんうん、だから流行とか、そういう部分からもかけ離れていたいし。
AT: 私ね、なんか、反対にね、メディアにとりあげられたことによって傷ついたというか、何なんだよみたいな事ってあったと思うんですが。
U: ははははは。どうですかヒロシさん?
HF: 一杯あると思いますね。その代わり利用もしてきたので、僕はイーブンだと思いますよ。ただ、ヒステリックグラマーなんかは、あえてメディアを無視してきたんだと思いますよ。そこが、長くい続けている理由でもあると思いますが。平川さんはずーっとメディアに関わっているんですけど、一つのブランドで20年というのはかなり凄いですよね。
TH: 大変ですよね。それはもう立派な事ですよ。昔で言えば、単純にワンデザイナーでワンブランドが30年続けていると言えば、イッセイがグループがいくつかありますけど、一番最初のあれは30年でしょ。ギャルソンで25年、ヨージで25年でしょ。ただ、最近恐ろしいのは、マルキュウのあの辺のブランドが、もう十年過ぎているんですよね。アルバローザにしても10年ですよね。これはやっぱりたいしたもんだと。それと、今東コレやってますけど、あの辺のレベルでいったら、3、4年で普通は一回ポシャりますよね。これはアパレル系もみんなそうですよね。
HF: あんなに大きかったVANでもそんなに長くはないですからね。
TH: あれはもう、内部からの崩壊です。
U: へーーー。
HF: でもブランドとしては期間的に短かったですよね。
TH: 十年弱だね。
U: へー、VANって十年弱なんですね、実は。
TH: だけどあれがあったから、今のストリート系のブランドはあると思うし、もしかしたらヒステリックも影響を受けているかもしれないし、ハリウッドランチマーケットも影響を受けているだろうし、みんなあの時代?それは編集者もそうだし。結局日本のファッションに関わった人達は、VANの後遺症でそれぞれやっぱりその世代のファッションを作ってきたのだと。VANで経験した事を、自分達の新しいカルチャーの中に入れていますよね。
U: VANの後遺症って言葉って、ちょっと凄いですけど(笑)。ふふふ。
HF: でもあの、VANの終わり方が成功だったか失敗だったかは分かりませんが、DCブランドっていうのは、同じ失敗を繰り返したんじゃないですか?
TH: それはね、東コレでもそこに出てくるデザイナーにしたって、なんで3、4年でポシャるかというと、結局はデザイナー社長が、僕から見ると本当にしょうもなく小さいヒエラルキーを作ってしまうというわけですよ。そうなると、入ってくる人間というのは、自分よりも下の人間しか入ってこないわけですよ。みんなイエスマンになるわけですよ。こんな状態が何年も続いたら、それなりの規模や構造であれば、3年でポシャる4年でポシャるかわかりますよね。それから、デザイナーと称する人間達が本当に才能を持っているかどうかだって、3シーズンも見たら、こいつが才能があるのかどうかなんてのは分かりますからね。ただ逆に僕が宇川さんにご質問したいのは、今あなたが使ってらっしゃる「文化」という言葉は、今の段階ではどういう意味合いを持っているのでしょうか?
U: 今の段階での「文化」という言葉ですかあ?そうですねえ。東京における「文化」という意味合いですか?それはやっぱり、自分達が今、生活の何十パーセントを支えてもらっている「思想」だと思いますけどね。それが文化じゃないですか?そこにどうリアリティが関わってくるのかは、受け手の問題だと思いますけど、でも、自分達の生活における思想を支えてくれているのは文化だと思ってますよ。それはファッションにおいてもそうだし、アートにおいても音楽においてもそうです。全ての、食においても、吸っている空気においても、全てにおいて言える事だと言えます。これじゃ駄目ですか?(笑)
TH: (笑)いやいや、駄目じゃなくって、それぞれの言葉の使い方のカテゴリーは違うはずだから。例えばやっぱりさきほどの、えー、民衆っていうか大衆というか、僕の場合、「思想の無い人達』を大衆や群衆って呼んでしまっているんです。思想があれば群衆にはならないはずですよ。だからそう言う意味では、文化というのは、宇川さんがおっしゃるニュアンスは僕とは違うなってことはあったのよね。
U: なるほどなるほど。だから文化の認識が違うんだと思うんですよ。ということはあれですか、大衆を支えている思想というのは、すでに「文化」ではないということでしょうか?
AT: でも、先導者がちゃんといるから、支えられているんじゃないですか?
TH: それは思想ではなくって、煽れば日本の今の大衆は…、ベースは大衆消費社会だから、一生懸命働いて、もうけたお金を何かに使いたい使いたいっていって、結局経済はこういう形になってしまったというわけですよね。戦後の、やっぱり、アメリカの政治力でこうなったわけで。そう言う意味で日本の文化というのは、ある種の大衆消費文化っていう部分で、面白いんですよ。これだけの大衆中流がいる日本、91%中流っていうこのこく人構造が世界的に見たら他には無いわけです。そういう意味で言ったら、地球の上の一都市である東京としてのローカリティというのは、それそのものが売りになる可能性がある。
U: なるほど。それは、あのー、ハードコアな資本主義のお守りとして機能するファッションとしての意味においてですか?
TH: そういう言い方はどうかな。まあ時代そのものが、そういうある種のローカリティを求めているのだと。
U: でも、それだってそういう思想だと捉える事も出来ますよね。
TH: そうそう、それも思想といえばね。ただ、思想というのはある種、その中に、インテレクチュアルな自分が学んできた部分が軸としてあって僕は思想だと思っているわけであって、煽られて成り立つようなものは思想ではないと思うわけね。そう言う意味ではメディアというものは、煽るだけの、誰かそれなりのスケープゴードを作って、それをまわりからメディアっていう機能で煽って…
AT: ちょっと待って下さい、そうしたらね平川さん、メディア側がね、その思想を訴えるじゃないですか。みんながちゃんと思想を持っている人がいるのなら、本(や雑誌)なんて売れないはずですよね。
TH: 今のメディアに思想なんてないですよ。
AT: だから、もちろん。そうではなく、今後ですよ。
U: それをいうなら、メディアっていう捉え方自体も、お互い違うと思うんですよ。
AT: 確かに大衆消費文化のもとにありますよ、メディアというものは。
U: そうですよね。マスメディアはね。
AT: でも、そういってしまうと、何も成り立たなくなってしまいます。
TH: この環境を、ひとつの東京の、戦後の日本のある種のローカリティつまり地域性だとしたら、これをどういうふうに、良い部分を世界に出していくかと考えると、ファッションの世界で言えば、世界のレベルの95%はユダヤ人だから、日本人が入るのは大変です、ということです。入り口まではいけるけれど、そこからはウェイティングをかけられるか、それだけの世界ですよね…。
U: 凄い事を言っていますが(笑)、ヒロシさんはどう思いますか?
HF: さっき平川さんが言っていた「中流」みたいな事があるじゃないですか。その中流のレベルが、たぶん、ここ20年ぐらいで凄く今下がってますよね。
TH: 下がったなりに、残った連中も出てきているわけです。
HF: はいはいはい、幅が広がったってことは…
TH: 下がる奴は当然下がるけど、残る奴もいるわけで、それはあなた達にとって面白い部分だと思うと。ただ、今回パリから帰ってきて面白かったのは、35から45歳の世代にミリオネーゼが出てきている事。IT産業、ゲーム産業、音楽産業など、今まで戦後の日本の社会構造でいったら、金持ちの構造と言ったら、確実なヒエラルキーがあったわけ。20代より30代、30代より40代、40代より50代の方が金を持っていたわけ。これが完全に崩れて、飛び級する奴らが出てきたわけね。
U: なるほど。それは社会が機構化されて、資本側にすり寄らないと、個人にスポットライトが当てられなくなった時代が終わったという事じゃないですか。そう言う事じゃないですかね。
TH: 終わったどうかは分からないですけど、継続して東京の面白さってのは、社会の環境や構造の中に出始めていると。彼等のある種の消費行動力というのは、当然金をもうけた連中は、今の35から45というのは、10年前はオタクですよね。彼等が流行ったのは、ポロとチノの時代ですよ。まあ、その後にTシャツとジーンズというものが出てくるんですけど。
U: そうですねーーー。
TH: そのポロとチノの連中が、10年後にミリオネーゼになって、金を儲けて、その金をなんの為に使うのかというところが、やっぱり大衆消費文化の土壌である我々は、僕は面白い方向性が見えてくるんちゃうだろうかって思っているんですけどね。
U: っていうか、時間がヤバいですね。っていうか、短すぎますねー。すいません、きっと今からだと思うんですけど…。この後質疑応答があるし、皆さん何にも話されてなかったような印象ですよね。
AT: そうですよね。
U: でしょー。一杯質問があったんですけど、全く何も語られなかったような気がするんですけどー。え、ここで皆様から質問を募集したいと思いますが、何か質問ありますか?
え、無いの?!嘘だ!?あ、はい!
お客(C):藤原ヒロシさんに質問なんですけど、雑誌とかで利用した利用されたという話をされたじゃないですか、それをちょっと、ここを上手く利用されたとか、利用したとか、もっと具体的にお話し頂けますか?
HF: いや、利用したというのは、良く分からないです。僕は最初から雑誌に入って、頼まれたりと言うか、モノを紹介したりしたんですけど。今考えてみると、僕よりも一個上の世代の人達というのは、そこにお金を使っていたと思うんですよ。お金を使ってコマーシャルをしたりしていたと思うんですけど、僕は自分がやったブランドだったりとか、人がやったブランドもあれば、友達のブランドもあれば、全く知らないブランドもあるけれど、そういうものを全部紹介するのに一切お金を使ってないんですよね。そう言う意味では利用出来たと思います。
U: なるほど、うはははは。
HF: その代わり、あのー、ある程度、雑誌とともに僕も知名度が出たり大きくなったりしていく上で、見返りとして、僕は、あのー、雑誌社からギャラを一杯もらっていたというような事は無いですよ。そういう意味で利用したり利用されたりという事だと思いますね。
C: 分かりました。ありがとうございます。
U: つまりコマーシャルメディアの使い方ということですよね。
NK: だからあれですよ、雑誌の表紙になるということでも、もう利用されているという事ですよ。
AT: でも同時に利用しているんですよね。ということになりますよね。
U: 怖いなあ、ほんとに(笑)。どうでしょうか、他に質問は無いでしょうか?
C2: 先ほど出ていた2008年や2010年には、日本は観光立国かコンテンツ立国にしかなりえないという話が、実は一番聞きたかったんですけど、あの-、東京のファッションのお勉強はどうでも良かったんですよ、実は僕にとっては、本当はそっちの話をよく聞きたかったんです。で、まあ今この後お時間はもう無いと思うので、これは質問ではないのですが、雑誌トキオン誌上でもそうですし、ウェブでも良いんですけど、皆さんそれぞれのご意見をお聞きしたいです。あのー、その時に、じゃあ、舞台の上の皆様はどうするつもりなのか、そっちのビジョンの方を「Tokyo Fashion Goes Global」というテーマのもとにどういくつもりなのか、そっちの方を僕は聞きたかったです。
U: なるほどね。
TH: だけど、本質的にファッションはやる流行らないとか、ヒストリーという意味で言ったら、最終的にファッションと言うのは社会の環境の変化とリンクしないとモノも流行らないし売れないという。そう言う意味では、ファッションの表層だけを肥大化して話してしまっても目の見えない人が象を初めて触る逸話のように、それぞれが違う姿を想い描くだけで、つまりは、社会とのバランス、我々の生活環境とのバランスがあっての部分だから。まあその部分で僕はそれなりに、少々なりとも先を見る頭が必要だと思いますが。その為にはルーツっていう根っこも必要だと。
HF: さっき平川さんが言ったみたいに、中流だった差がどんどん広がるじゃないですか。どんどんとそうなると思いますよ。そうなったら…
TH: 単純にこの前ブッシュが当選したのだってそうなんですよ。僕流の切り方をしたら、革新の為の保守化という状態がしばらく続きますよ。ただ単純に保守を前に出すのではなくって、何らかの形で新しい方法をとりたいと。そういう為には保守という手段を選ぶ事によるという時代性がこれから出てきますよね。それから先ほど言っていた2010年どうのこうのという話ですが、僕はもう60歳ですけど、我々が戦後アメリカっていうポリティカルなパワーによって、こういう社会環境が築かれたのも、63年東京オリンピック、70年大阪万博、これ以降完全に外国人というツーリストがそれぞれの街に入り込んで、そういう人達の生活を我々は見る事でコンプレックスを抱いて、単純にこの状況が出来たのも、同じ、僕は、手段として、2008年、2010年の上海北京を経て、その後中国はイデオロギー関係なく、大衆消費社会構造をスタートし始めますよ。21世紀までに培った世界の巨大な自由市場構造が、チャイニーズに対して新しい生産性と市場性を求めることは、もう火を見るより明らかですよ。ただ残念ながらそのすぐ横にある日本が、中国に対して何が出来るかって、これからどう組み込まれるかっていうのは、まだ分からないですよね。
HF: 平川さん、僕が最後に聞きたいのは、そのさっきどんどん離れていっていると言ってましたが、今、極論で言って、こういう事を言ったら批判される事も多いかもしれないですけど、例えばユニクロだったりGAPだったりのものって、クオリティも凄く良いわけじゃないですか。で、下手したらエイプだろうがヒステリックだろうがマーク・ジェイコブスだろうが、ユニクロに(そういう他のブランドの)ラベルをつければ、一万円が十万円になっちゃうわけじゃないですか。で、それにはみんな気づいていると思うんですよ。で、そうなった時に、その、ブランドでミリオネアの人達は、ブランドで一万のものが10万だったら、何も見ずに十万の方を選ぶ人も大勢いると思うんですよね。そこで、5万ぐらいのモノを作っている人達っているじゃないですか。それって、僕らだったりするわけですよ。逆にそこの人達は、どうやって生き延びるんですかね?
U: リアルですね(笑)。メチャクチャリアルですよねーー(笑)!
TH: ミリオネアでいけば、彼等の消費というのは単なる見せびらかしでしょう。これ見よがしの空間に住んで、これ見よがしの最上階のビルに住んで、外車に乗って、それでファッションは何着るかと言ったら、誰が見ても「あんた金持ちですね」ってモノを切るわけでしょ。その中で、ディオール・オムが売れているというのはそう言う事でしょ。そういう連中が御用達するのが、今、新宿の伊勢丹のメンズ館がそういう連中が、例えばギュウカクの連中が33、34、これが会長になって、32が社長になって、35の会長がAM/PMを買って、それで何するかって、いろいろ調べたら、やっぱり伊勢丹メンズ館の客なんですよね。そういうレベルが確実に何年かは出てくると思いますが、ここで大事なのは、5万だとかが問題ではなくって、「ウラハラ」から出てきて「ウラハラ」のスピリッツを持っているかどうかによって、5万円がプラスαの価値がつくかどうか、それによって変われるか変われないかということなんだよね。値段の問題じゃないとおもう。
HF: 今裏腹のストリートブランドをやっている人達にとっては、凄い転換期というか、一番難しい時期だと思いますよ。
TH: どう時代を読んで、自分がここに残った側に残るのか、落ちた側の方がパイがおっきいからこっちに来るのか、その選択を迫られるよね。
HF: ですよね。ま、僕はドロップアウトしたので関係ないんですけど(笑)。
(場内大爆笑)
U: そうですよね、ふふふふふ(笑)。そういうことで、ヒロシさんがドロップアウトして全く関係ないってところで、結論が達した所で、皆様ありがとうございました。うーん、短い。しかし短いですねーー。さっき意見でましたけど、本質的な部分があんまり語られていないような気がしなくもないんですが、えー、ハードコアであったことも確かなのかなーなんて思ったりもしましたけれど、えげつないリアリティを感じたりしつつ。次のパネルの前にオシッコしてきます…。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年12月10日 22:43
2004年10月27日
今夏、東京で想ったこと。
―――新たな環境と風景シリーズ。
(前回の続きです。)
2)アテネオリンピックから想うこと;
慌しい、落ち着きの無くなっている[ケイタイ症候群]化した人たちの住んでいるこの街、東京ではもう、今夏に行われたアテネオリンピックの話はあれほどにTVにかじりついて一喜一憂し、深夜まで眼を赤くしてみ、メダルの数を子供までもが数え覚えてしまっていたのに、2ヶ月ほどが経た今、もう誰も話さなくなってしまった。
しかし、今年のオリンピックは戦後の日本人が一番活躍し、メダルを多くとった大会であったことは確かなる出来事であった。
どうして、4年前のシドニー大会からこれほどまで日本人がメダルを取ることが出来たのだろうか?
これも僕流に言えばわれら、戦後の日本人が築き上げた[新たなる環境と風景]の現実の一つである。
なぜ、これほどまでの結果を生んだのだろうかと自問してみたり、幾人かの友人たちとも話し合ってみた。その結果が、・ワールド・ワイドで的確なる情報収集が高度に現実的になったこと。・・その収集した情報の分析が的確であったこと。・・・その情報を基にして、
世界のトップクラスや日本での優れたコーチ陣が英才教育を行ったこと。(たとえば、あの卓球の愛ちゃんでも、中国の元ベスト上位の選手をコーチにつけていた。)・・・・そして、海外練習を行い、国内でも練習設備が整った環境での猛練習が行われた。最後に、日本人の体型が外国人のそれに引けを取らないほどに発育発達した食糧環境の元での進化。これらの新たなる状況と環境を持ち得た事によっての結果と、元来の日本人気質としての「STANDERD」な勤勉と努力それに、この世代特有の[ポジティフ]さがそして、その背景としての‘90年代以降のわが国の産業技術が生んだ先端技術を生かした工業化と商品化による所謂、情報産業の日常化による我々が持ち得た生活環境の進化と差異化。この結果の現れが、[新たなる環境と風景]を背景に、明解でわかりやすい最終目的であるところのスポーツ大会で得ることが出来た結果のオリンピック大会であったと読める。
この「新たなる環境と風景」の結果としてのメダルラッシュは何もスポーツ分野のみならず、戦後約60年を経たある意味では現在日本の現実であり、他分野でもこの状況は「現在進行形」として進化しつつある筈だ。モードの世界でもそうかもしれない。
ここで僕はこれからの[親の役割]や[教育]について想い考えてしまった。
それは20代そこそこの選手たちが持ち得たスポーツ・エヂュケーションの環境である。
卓球の愛ちゃん然り、水泳の北島選手然り、体操選手たちにしてもそうであるが、所謂[英才教育]が為されている事である。それも子供たちが小さな時から始めている例が多くなってきた。これには一つの事実がある。このスポーツの世界も、芸の偉人の世界や政治化の世界と同じ[親子2代、同じ道を歩む]が、この戦後と言う時間の中でサイクルかされてきたこと。親の経験を生かして、親が自分の子供を育児しその家庭で自分の子がどのような才能や天分を持っているか、自分の子供が何に適応しているか、何が得意かなどを早熟な時期に、親の責任として見極めた結果の行為でもある。決して、世間がいう[いい進学校]へ進学させても今の時代の[不確実]な社会に対してはもう、適応性が親の思った答えを出してくれなくなってしまった時代性と社会性。学校に頼っていても駄目であると言う一つの答えがここにあるかもしれない。この親と子の関係はある種の[家元]制度的な関係でもあろうが、親が子育てを行うことの中には自分の子供がどのような天分を持ち得ているのか、居ないのか位は親の責任で早期発見が今後の親の大いなる責任になる可能性があることになろうか?当然、親にもそれなりの知性と教養が必要である。それ以上に親が子供に情熱と責任を持たなければいけなくなるのである。タダ、[かわいい、かわいい]だけで、後は親の自己満足と自分たちのエゴを押し付けた子供を教育する時代ではなくなり始めるだろう。ましてや、出来ちゃった結婚後、子供を[バービー人形症候群]的育児だけではどうかという疑問をこのオリンピックを通じて再確認した。
親が早熟に子供の天分や才能、何が好きで何が不向きかを[親の絆]における責任を子も親も共有し合って、[リスクとコスト]を共に分担し合い、その目標へ向かって行く。その為に、親が自分の子供をディレクションしてゆくための感受性と知性と経験が必要となる。それらによって育児と幼児教育することでたとえば、12,3年間これを子供と親がこの時間と責任と夢を共有し、突き詰めれば、彼らの人生の残りと言うよりも人生そのものが、一生その世界か周辺マスコミ界でやって行ける結果の実例を生んだのも今回のオリンピックであろう。
と言うのも、僕が今の日本の社会を見ていると、[世間]がばらばらになり始めたと感じてしまうからである。タダ、その世間のばらばらが[金・情報・モノ]だけに偏向求心した[金権主義的]社会構造が出来上がってしまっている現代日本をいやがうえにも感じてしまうのである。
多分、戦後の日本人が施されてきた教育自体に、そもそも[日本人的なる新たな日本と言う国を作るためのSTANDARD]教育が施されてこなかったのだろう。今の日本の政治家二世たちの[アメリカ一辺倒現象]政策はこの後遺症を引きずっている、もう終わっている人たちなのである。
3)再び、モードの世界へ、パリ/
モードの世界をこの眼差しで見ると少しその状況が違って見える。
親がデザイナーであるから子供もデザイナーになると言う実例は、実に世界規模でも少ないし、その殆どが成功していない。無理やりか政治的に為らされてしまったという例は巷でよくある例だが、これとて、早熟な英才教育を施されずに促成栽培的が多い。天分と感覚と美意識がモノをいう世界であるからか、または性的に同性愛者が多い世界であるからでもあろう。それにこのモードの世界は現実はデザイナー一人の世界ではなく、所謂[共同体]化したアトリエをどのように構築してゆくか、そのアトリエをどのように継続して行くかが必須であることにもよろう。この結果があらゆる意味での[異種混合]を好む世界になったことは確かであろう。現代のパリにおけるオートクチュールの世界を見てみれば一目瞭然である。それなのに、このルーツと現実を知ってか知らぬかわからないが[オートクチュールへ参入]と言うばかげたデザイナーの発言やそれをマジ受けし、おだて上げた御用プレス記事しか書けない日本のファッションジャーナリストと称する人たちの軽率な行動。
パリのモードの世界の人たちはここへ来てモードの世界も情報化とグローバリズムによって[ファッションビジネスはショービジネス]と言う状況をもたらした。それによってより、ラグジュアリーなブランドビジネスはモードをタダ単に自分たちのブランドのイメージつくりとそのイメージによってより、ラグジュアリー度をアップさすだけの実態へと移行し始めた。その現れが、彼らたちは[モードでイメージを、コスメと香水それにバッグやアクセサリーなどで実の売り上げを取り、その儲けで自分たちの屋台骨である老舗ブランド・マークのクオリティを金モノと言われる時計と石モノといわれるジュエリィーをより充実させ、維持させてゆくと言う方法に去年後半以降、そのほとんどのラグジュアリーブランドメーカーは彼ら自身で自分たちの価値を移行させ始めた。その結果がモード誌のイメージ広告合戦へと移行し、広告を貰うためにパリコレ詣でをしなければいけなくなり、ここでもファッションジャーナリストたちを大いに勘違いさせ始めている。広告がもらえれば丸と言う短絡的な見方とそれをプッシュする関係の癒着が紙面にも寄り、多く反映し始めてきている。
これは何も日本人ジャーナリストだけではない。だが、一番利用されて、ビジネス的には日本を制して今後は中国を制したいと言う彼らたちの世界戦略に勘違いをするのは日本人ジャーナリストたちである。
それに、もう一つ新たなモードの価値を作り始めたのも彼らたち、パリを中心とするラグジュアリィーブランドである。その新たなコンセプトは[誰しもがアーカイヴを持ちえ始めた]である。そのために自分たちのアーカイヴをより価値あるものにしてその価値によって新たなステータス化を考え始めたのである。ショー・ビジネス化が始まったことによってこれ見よがしのショー的なる衣装造形服をこれ見よがしに見せて後はデッドストックと言う縮図から、これらを同じおいておくなら自社のストック置き場で保管していても仕掛かり在庫として、税金対象になってしまうだけである。そこで、違った場所へおいておけば違った、新たな価値が生まれると言う構図を考え出したのである。その違った場所とは[美術館]である。ここへ寄贈すれば、税金対象にもならず、タダ時間が経てゆけば、それだけ新たな価値が生まれると言う骨董的価値をこのモードの世界へ持ち込み始めたのである。これも、総てのブランドがアーカイヴを持ちえてもこれをやれるのはやはり、選ばれたブランド、デザイナーの質ある個性豊かな仕事のみに限られるのは当然である。今後この影響は多々出てくるであろうしそれによって、[ファッション・エキビジション]が増えてくることも明らかに読める[新たな環境と風景]の一つである。去年からでもJ・アルマーニ、S・フェラガモ、スキャパレリ、V・ウエストウッド、V & L、 etc.
この新たな価値についてゆけないのが現在の「東コレデザイナーたち。」かろうじて、[ファイナルホーム]。他の大半は[時代の悪趣味化]路線で芸能人頼りのビジネスへ走ってしまうであろう。
もう一つ、ここに来てパリのモードの人々は「オートクチュールのための人材」としてのデザイナーを、若き才能ある新人デザイナーを発掘し始た。そして、彼らたちにより、多くのチャンスを与える方向へとシフトし始めたことである。たとえば、この11月20日にパリから8人のデザイナーたちが選ばれてサンディカ主催のショウを北京で開催するのだが、この8人のうち、4人が僕も審査をしにその後、毎年呼んでもらって参加している[フェスティヴァル・イエール]の受賞デザイナーであり、また重なるがフランス文化庁が毎年有望な新人デザイナーたちへ[ANDAM]賞を与えているのだが、このANDAM賞をうち4人が貰っている。(実はこのイエールも、ANDAMもY・S・L、LVMH、ロレアルグループが実際の賞金をバックアップしている。)彼ら、有望な新人デザイナーを選りすぐって中国へ連れてゆくということは彼らたちに将来のビジネスをこの国で委ねたい為でもあり、当面ではやはり、彼らたちの生産国として[新たな環境]をあてがう為でもある。
結局、この国のモードの世界は[オートクチュールが大黒柱]と言う論理が今も歴然としてこの国のモードを引っ張り、世界に於ける、[モードのショーケース]化を担っているのである。そして現在のように経済のインフレ状態が長く続き、新たな階級(ヌーボーリッシュ)が誕生し始め貧富の差が大きくなろうとしている時代性にはこの[保守性]は[新たなる革新の為の保守]としてその役割を果たす。
4)そして、再び東京;
今回、東京へ戻ってきて一番驚いたことはこの東京にも[新たなる金持ち階級]が登場し始めていること。しかも彼らたちの年齢が若い。30代前半から45歳ぐらいの年代層にこの新たなる成金層が形成され始めていること。彼らたちはIT関連産業での成功者であり、ゲーム産業、音楽産業それに飲食産業となって今年の高額所得納税者リストを賑わせている。結果、彼らたちは新しい階級を形成し始めたといえる。なぜならば、戦後の日本社会における金持ち層は大体に、高年代層から順序的になっていたものがここに来て所謂[飛び年代の金持ち]が彼らたちによって構成され始めたことである。(別紙参照)これに気が付いたのはある日新聞を読んでいたら、あの焼肉屋で若い人たちに人気のあるチェーン店[牛角]の社長が35歳ほど、その彼が社長を辞めて会長になり新たな社長が31歳ほど。会長になった彼はその後コンビニのチェーン店[AM/PM]を買収してそこの社長を兼任すると言う記事であった。これは凄いぞ!!新たな日本の階級社会を形成する原動力になる。という視点を持ったことからである。
多くの彼らたちは10年ほど前までは単なる[オタク]であった。しかもゲームやIT関係の大半がネクラなオタクであったはずだ。
学生起業家として登場し、そのまま時代を猛烈なスピードで走り始めこの10年ほどで時代の寵児になり資産をも持ってしまった。そんな彼らたちがどのようなお金の使い方をするかと考えれば面白くなってきた。先ず、住空間、オフィス空間はウオーターフロントの高層マンションの最上階。これ見よがしのインテリア空間。次が車。これも彼らなりのこれ見よがしの外車を幾台も。そうなると彼らたちのファッションは?そう、彼らが学生で[オタク]だった頃はポロシャツにチノパン。続いてT-シャツにジーンズ。先ず、ファッション感覚はないに等しい世代。彼らたちはエンタテ―メントの世界をそれぞれの分野で目指した世代であるがために基本的なお金の使い方は派手になりそれも周りからどのように見てもらいたいかと言うある種の[見せびらかしの消費]行動が主になってしまっている。そこで海外有名ブランドモノを買い漁る。その情報ソースとしてのファッション雑誌が売れる。それがイタリア男の成金モードを扱った[LEONE]で代表される。そこで従来であればこの手の客はデパートでは西武へと流れたのであるが今は伊勢丹が一人勝ち的存在として、タイミングよきリ・ニュアルで余計に成功しているのが現在の東京メンズ・マーケット。伊勢丹のバイヤー、高田氏に聞いたところやはりこれらの新・成金階層がしっかりと伊勢丹の顧客であり高価なシューズが難なくしっかりと売れてゆくと言う。セレクトであれば、U.A. であり、ブランドでいえば、芸能人に人気のディオール・オムであり、グッチでありドル・ガバでありLV となる。総てが[見せびらかしの消費]的発想で芸能人ご用達ものしか受けない もう、裏原ではなく、ストリートでもない、今やこれらの層をどの様に手なずけるかが勝負どころ。従って、スーツも美味しいアイテムになってきているのもこの新たな社会環境の変化によるものであろう。したがって、今は女物よりも男物の方がそれ相当の高額物スーツやシャツなどと靴、ブルーミングや化粧品類までもがセットで売れている現実もここに在る。では、彼らたちはどの様な女性たちに金を使うかと考えてみよう。ここでも[見せびらかし]というキーワードは生きる。見た目の派手でセクシーなセレブな女性、芸能人的な女性、自分がよく行くクラブやキャバクラのホステス的な女性へ。ここでの女性モノがどの様なものが売れるかも想像が付く。やっぱり、海外有名ラグジュアリーモノ。「派手」「セクシー」そして「高モノ」。これではあの[バブル期]と変わりは無いのでは?と言うことになろう。彼らたちの消費行動を考えればやはりそのような[見せびらかしの消費]になってしまうであろう。従って、この層は[ネオ・バブル期]を迎えているのが現在であろう。それに、[保守化]へと向かうことも明らかである。
ここで話を伊勢丹のメンズフロアーに戻してみたい。
この3階フロアーのヨウジ、一生そしてCdGのコーナーを見てみると、如何に前者2ブランドが古く感じてしまっても仕方がない状況を見せている。こんなにスペースを貰っているのにこれでは商売をする気があるのですか?と言いたくなる?それほどにCdGがすばらしいのである。その気でもって商売を楽しんでがんばって大いに売り上げを取っているからである。所謂、「独り勝ち」というやつだ。ここではあのM.マルジェラさえも落ちてしまい始めている。一つのアイディアとして、このブランドはレディスでの新しいブランド「#04」のメンズ版を現在の日本の新たな社会状況の中では出した方が面白いのにと想うのだが?
それにしても、彼らたちの「見せびらかしの消費」は日本社会の「悪趣味化」とシンクロして彼らたちを頂点にしてそれ以下の東コレ・ブランドをはじめとし「09」ブランドも入れた、その趣味の悪さをうりにし始めていることもこの東京の現実である。
バービー化現象や芸能人ご用達現象でだけがファッションでもない。ここにはセンスや知性が感じられない。むしろ、表層的であり、一時的な刹那的なモードしかファッションでないような状況をも作り出しているのがスタイリストやファッションライターと称する連中であろう。メディアも受けさえすればいいとこれらを歓迎する。ますます、増長した悪趣味風景が「セレブ」とメディアで騒ぎ、東京化してゆく。ここには何ら知性や教養が感じられない。 「躾」と「恥じらい」を喪失させる。「ボン・グゥ」を知らないことをもってデザイナーぶっている当人たちの確実性とは???
P/C:
前回の「DISCIPLINE会」ではここまでをお話したかったのですが、体調が優れずに、済みませんでした。
次回をお楽しみに。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年10月27日 00:34
2004年09月24日
変わり始めたモードの新しい環境と風景。
――シリーズ:「過ぎ行かない過去から逃避せよ。」
「名声は川のようなものであって、軽くて膨らんだものを浮かべ、重くて、がっちりしたものを沈める。」 ベーコン随想集。
この世界ではもう、少し、古い話になってしまった、5月も終わりに「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」を川久保流、社員研修のために同社のワンフロアーを使って1週間の開催の初日だけを見て、すぐに恒例のアントワープ・ロイヤルアカデミーの卒業コレクションの審査のために出かけた。
これが今回の旅の始まりでその後、結局、約2ヶ月をヨーロッパで過ごした。
「アントワープが、何か変?
パリに近着き過ぎたアントワープ。」
恒例、この街のロイヤルアカデミィの卒業コレクションが今年は6月17,18,19日に行われた。
結論から言おう。
今年も低調だった。昨年が悪かったので今年は?という気持ちがあったが昨年よりは良かったのだろうが、正直言って、このままでは数年前にあのバーナード・Wやアンジェロ・Fが出て以来、当分彼らのような逸材は輩出されないだろうと言い切れる。歯に衣を被せない、僕なりの言い方をしてしまえば、ドリス・V・Nレベルの学校に成り下がってしまった。と言えようか?
では、なぜ低調だったか?
コレクションの作品において、生徒たちが迷った挙句のコレクションが多かったと感じたこと。この学校は本当にびっくりさせてくれる、成熟した人間が作る自由な精神の元で創造される作品に出会う、ヨーロッパでも数少ないモード学校のコレクションであったはずなのに昨年と言い、今年も「おや、どうしたんだ?」と言ってしまうような、感動するほどのインテレクチュアルな作品もないし、驚くほどセンスのよいモードな作品も無かった。多分、生徒たちはこの両極の間で迷った挙句のコレクションだったのでは?
アントワープが巴里、モード界で騒がれるようになったのはやっと、10年そこそこである。‘85年に政府観光局がらみでかの、「アントワープ・シックス」が東京へショーをしに来たことがあった。このときはほとんど騒がれずにそれ以上に、当時の日本人デザイナーの凄さを目の当たりにして帰国し、以後、彼らたちは「コムデギャルソン」をお手本に切磋琢磨した。モノつくりからビジネスそして、プレスコントロールまで。その後、巴里のモード界で現在のような名声を得るためには’88年の10月を待たなければならなかった。先輩O.B.であるあの、マルタン・マルジェラの登場であった。彼はこのアカデミーを卒業後、J・P・ゴルチェで3年半ほどを働き、独立準備に1年半を費やしての登場がこの時。以後、彼の創造性と高度なイメージのつけ方はご存知のとうりである。そして、ロンドンやミラノへ出かけては試行錯誤を繰り返していた「アントワープ・シックス」の5人はやっと、‘90年代からのモードがストリートへランディングし始め、新たな環境と風景を見せ始めた時に巴里へ上陸することが出来たのである。そして、’90年代の殆どがこの巴里でも、彼らたちはアントワープ派とまで呼ばれ彼らたちの時代になった。当然であるが、彼らたちの母校が注目されこの様なモードの学校があったのだと言う驚きと共に多くのジャーナリストを味方につけた。何を言おうこの僕もそんな中の一人であった。
確かに、今でもこの学校の教育レベルは他国のモード系学校からは抜きん出ている。インテレクチュアルであるし、エモーショナルな表現が巧いし、オリジナリ性も豊かである。やはり、この街の「根っこ」がユダヤ人の町であるために彼らたち独特な感情表現の巧さとビジネス上手を育ちとして持っているのが強みである。この学校とリレーションが出来てから多くのこの街のデザイナーたちと関ってきたが、彼らたちに共通する所は「エゴ」が強いことである。彼らたちのエゴの強さをモードでエヂュケーションして来たのがこのアカデミーであろう。
このアカデミーがここ1,2年来少しその状況に変化が出てきた。
街が変わり始めた。モードの人たちがこの街をモードによって変革させるパワーを持って実行し、確実に彼らたちのイニシアティブを持ちえた。フランドルファッション研究所が出来、政府と市に掛け合って空きビルを貰ってリノベーションして見事なモードの殿堂を築いたのが2001年。以後、この街のモードの人たちは特別の人たちになり、街が変化し始めたと同じように彼らたちも変化し始める。例えば、日本人学生がブランド志向宜しく、ここ2年来毎年12人ほどが入学をしている。20%を日本人でと言うような枠を作ったのであろうか?それまではよく、僕にまでこの学校の先生は日本人学生を嘆いていたはずなのに、ここに来てなぜ12人も? 調べてみると、この2年来、アジア系の学生には年額費が40万円が加算され、それまでの全生徒、一律60,000円ほどで良かったのが、急に値上がりしてしまっている。これはこの国の政策であろうがこれを請求したのは当事者たち、先生たちであろう。日本人や韓国人をはじめとするアジア系生徒たちは語学の問題も含めて手間暇が掛かるからと言う理由からであろうか?その為、昨年も今年も12人が入学をしている。当然、昨年の5人ほどはもうすでに落ちてしまって2年生へ進級出来ない。東京の新興ファッション大学もアントワープブームにのかって生徒を毎シーズンコレクション時期にこの街へ連れて行き、この学校の先生を窓口に特別講義と称してクラスを設けて先生たちにアルバイトをさせている。僅か数時間の講義を終えた生徒からディプロマを出してほしいと質問されてとんでもないことと慌てふためいた事件もあったほどである。
このような様変わりはかつての、ロンドンのセントマーチン校を思い出す。以後、この学校も実質のレベルが下がったほどである。今まで、静かで小さな田舎町が、質素倹約でつつしみやかに生活していたこの街がモードによって都市そのものが変革したことで確実にこの街の経済効果も上がり社会環境も、そこで生活している当事者たちも変化したのが現実であり、今では騒々しい小都市化へと移行して、小巴里になろうとしているように感じられる。ここに問題の一つが在ろう。アントワープが巴里化しても始まらないのである。
すでに、世界レベルでファッション情報が飛び交いメディアがひしめき合ってそれらの差異をイメージの世界で均一化し始めているので余計に、この街の生徒たちはこれらのイメージに翻弄されて彼らたちがこの街で学ぶアイデンティティが無くなって来ている事もこのアカデミーに多少、変化与えているであろう。ここにも、モードのイメージによる「グローバリズム」と言う新しい環境と風景が現れ、現実化してきている。EUになったことも大きな要因であろう。EUにおける都市間の差異がちじまり始め余りにパリへ近ずいために学生が中央集中型になってしまうと言う変化が現れ始めたと僕は読んでいる。今ではこのアカデミ-もベルギー人は少なく、ユーゴスラビアをはじめとする東欧、オーストリアとドイツ系が多くそれにフランスやイスラエル、中東と先のアジア系で占められるようになってしまった。この学校が今、本当にしなければならないことは生産背景を自国または自分たちの手が届くところで拡大することである。卒業生は毎年出て来るが彼らのコレクションの生産を引き受けてくれる工場が不足している現実を解決しないでこの街もイタリーへ逃げている(?)
先生と言う役割を考えてみると、生徒を迷える羊と思って、彼らたちにあった「囲い」を作ってやって、「さあ、ここでやりたいことをやりなさい」方式で行くか、生徒たちの個人能力を認めて、彼たちを飛び立てる鳥という発想で、彼らたちにあった「窓」を開けて「さあ、大きな青い空へ、」と飛び立つことをすすめることも先生の役割であろう。
当然、これは生徒個人の才能にも,学年にも依るであろうが、その判断がシャープだったこの学校が鈍くなってきたのか?と言う判断も僕は考えてしまう。
今年の審査員を選ぶところで面白いことがこの学校で起こった。学校側は最初、あの、トム・フオードへ先ず、依頼した。が、勿論「No!」次にプラダへ、これも「No!」そして、最後にA・アライアへ。彼も「No!」。結局は地元のパターンも出来ない卒業生デザイナーP.ブルーノとパリからプレスのKUKIとブティック、マリアルイザのマリアがメインジュリーとなったと言うお粗末なことが起こった。なぜ、トムなのかが僕にはわからない。生徒のためなのか、先生達の為なのかと言う問題に思われてくる。多分、卒業生のことを思い就職先拡大化のためなのだろうか。インデペンデンなデザイナーが誕生しにくくなったことを予感しての行為?とも考えられる。
最後に、なぜ、僕がD・V・ノッテン止まりかと言うと、ここ数年来、この学校からのデザイナーが殆どと言っていいほど独立して出てきていない。これは、新人が出にくくなったと一言で言ってしまっているが、これは先にも挙げたが、現実の問題がある。この国、地方での生産環境が狭くなり始めたこと。もう満杯で新たな新人デザイナーのものを生産できる工場のキャパに余裕が無く、従って、この街のデザイナーのものがそれなりの物であるのに売値が高くなり始めたり、デリヴァリーも悪くなってきたデザイナーもあり、独立しても落ちてしまうケースが多くなってきたことが一番の原因であろう。そこで、卒業生の優秀なものが、この街1番の稼ぎ頭で、彼は既に、この街の郊外に城もどきの邸宅を買って住んでいるファッション・エンペラーであり、そのドリスの元へ一旦、就職してしまうケースが増えているのである。結果的にはドリスがいつも若くて才能ある卒業生を自分のアトリエへ迎えられると言う美味しい状況を作っている。
この例では、あのアンジェロ・Fとの間に、イタリーでは珍しくもないが、この街では珍しい[ファッション・マフィア的な]出来事が起こっている。アンジェロの非凡なる才能に大いなる興味を示したドリスは彼の事実上のデヴューコレクションを後ろから支えいろいろな面倒を、たとえば、展示会場のスペースを貸してやったりして所謂、面倒を見てきていたのだ。が、結果、最近になって判明したことに、ドリスの会社が、アンジェロのブランド名登記を彼に内緒で数十年間もドリスの会社がホウルディングできる内容の契約を交わしてしまっていた。従って、当のアンジェロはこの契約期間中には自分の名前なのにブランド名として自分の名前が勝手には使えないと言う隠された事件まで起き上がっている。アンジェロはイタリア人という現実も手伝ってか、誰もこの件に対しては手が出せない。これがこの変わったこの街のある現実のひとコマで在る。
従って、この学校からしばらくは大物デザイナーが登場するのは至難の状況になってきたと言える。
これがモード都市へと成長を遂げている現実のアントワープの新たな環境と風景の一部の昨今である。結論を言えば、[巴里は巴里一つでいいのである。アントワープがパリ化する必要はないのである。]パリに近つきすぎ、差異が見えなくなり始めたのだろうか?
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年09月24日 19:17
2004年09月15日
再開!!DISCIPLINE会 のお知らせ。
大変ご無沙汰しております。
オリンピック夏季大会が終わりを告げ、秋の気配を寂しくとも少し心地よく感じる頃、
皆様におかれてはご清栄のことと存じます。
お待たせしました。
「ディシプリン会」を再び行います。
第1部で平川武治が社会の変化をモードというフィルターを通して読み、
第2部ではゲストに中村貞裕氏(有限会社トランジット代表)をお迎えし、皆様の質疑も交え展開していく予定です。
久しぶりに顔を合わせて、楽しい、ほっとした
贅沢な時間を共有しませんか?
中村貞裕:
(有)トランジット代表
2001年3月カフェ「OFFICE」をオープン。
その後、同ビルの1Fにカフェ&CDショップ、B1Fにギャラリーを併設する「sign」を、
2Fにはイタリアンレストラン「caminetto」を手掛ける。
'03年目黒に「office目黒営業所」をオープン。
9 月、「ホテル クラスカ」のマーケティングマネージャーとして企画運営を手掛ける。
ディシプリン会
日時:2004年9月23日(木)秋分の日
16:15開場 16:30スタート
場所:カフェ「OFFICE」
港区北青山2-7-18山崎ビル5階
参加費(1DRINK付)
:一般 2000円、
学生 1500円
map:
http://www.transit-web.com/f_set/f_shop_o.html
尚、収容人数の関係上、
ご参加頂ける場合は
前もってメールもしくは
お電話にて人数を
お知らせ頂ければ幸いです。
問合せ先:ディシプリン/寺田
090-9811-6478
もしくは、discipline_@mac.com
皆様のご来場心よりお待ち申し上げます。
2004年9月吉日
尚、今回のDISCIPLINE会以降は、カフェ「OFFICE」の皆様のご理解で平川が帰国した際は定例会として、毎回、このカフェ「OFFICE」で開催出来ることになりましたのでよろしく、ご参加くださいませ。
また、皆様から
このDISCIPLINE会への楽しい企画やご要望がありましたらご意見と共に頂ければより、贅沢な楽しい会となりますので重ねて、宜しくお願いいたします。
ディシプリン/平川武治
並びに、スタッフ一同:
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年09月15日 01:58
2004年08月15日
Disciplineのスタッフを探しています。
永い間、考えていたのですが、今回、一念発起で僕のアシスタントをやって、一緒に僕の活動を手伝ってくださるスタッフを探しています。
手伝っていただく仕事は、
1)僕の現在までの執筆分のアーカイヴの整理、まとめそしてCD-ROM化をしてもらえる人。
2)出版計画を現実化したく、編集作業が出来る人。
3)スイスのアートファンデーションとのコラボを来年企画中なのでこれにも興味があってエネルギィーのある人。
4)マネージングトお金のことをしっかりと管理出来る人。
5)僕がやっている、[DISCIPLINE会]を企画運営してくれる人。
以上のような仕事に興味があって、ハートがあって、将来の仕事として経験を積んで見たいと思う自由な、頭の中が真っ白な人。
スタージュ程度から始められる誠実なひと。
語学が必要です。英語またはフランス語が理解出来る人であればいいですが、これらに興味を持って向学心のある気骨のある人を望みます。
よろしく。
もし、興味を持たれた人はご一報ください。
先ずは、メールにて、簡単なご自身のプロファイルを送付してください。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年08月15日 13:47
2004年07月27日
[コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展]に参加して。—最終回。
おわりに;
「総ての人が、アーカイヴを持ちえ始める。」:
これからの時代でかつて、過去という時代だ決して持ち得なかったことが一つある。
それは、「総ての人が誰でもが、企業がグループがアーカイヴを持ちえ始めた。」ことである。
誰でもが持ちえたアーカイヴだが問題はその量よりやはり、「根っこ・ルーツ」と「質・品性」だろう。他はゴミ。
コムデギャルソンがこの企画を実行出来たのも彼らたちのアーカイヴが本当に、総てが高品位で品格が感じられるまでの高水準の作品群だったからである。これらの作品群を創造し続けてきた企業の存在と環境にも敬服である。このデザイナーの「根っこ」の一つとしての気骨と気概がここまでの現実を成就させたことも読み取れる。
「根っこ・ルーツ」を認識することとは、自分自身のアイデンティティを確認することである。植物の世界ではこの根っこにも2種類のタイプの根っこがあるという。1つの根が広く大きく、所謂「根が張る」という表現の根とそして、もう一つは深くしっかりと太く、所謂「根ずく」タイプだある。多分、人間にもこれは当てはまるであろう。
こうして、それぞれがアーカイヴを持ちえるようになった時代では自らのアーカイブを通じて自分の「根っこ・ルーツ」を思い巡らすことも大切な時代的行動行為である。そこから「未来」が顔を覗かすことすら在ろう。
今回の仕事によって僕が経験したことは自由で自分らしい経験をコストとリスクを持って積み重ねてゆけば経験そのものに自信が持てる事。それを土壌に考え、思慮深さを積むこと、再認識すること、再調査をすること。そして、編集することと再学習であった。
「博物館学または図書館学」そして、「美術館学」もそうであろう。今後、アーカイヴが増加状況を創ってゆくことが時代性となったと
「収集学」とでも言う学問が、時のニューメディアとともに新しい博物学的発想が面白く、重要なものになってゆこう。
今後の展覧会を考えるときもこの時代性は大切な一つ。
さいごに、
「よい展覧会とは?」:
昨年のチューリッヒでの展覧会企画の経験も入れて僕なりのよい展覧会とは?を考えてみよう。
展覧会企画は、ある意味で「映画を作るのとよく似ている」
良い、シナリオが必要である。どのようにこの展覧会を見てもらいたいかのシナリオである。即ち、展覧会のコンセプトである。このシナリオによって空間造形や導線が必要になってくる。見せ方としてのショーイング、照明方法。キャスチィングとしての展示物のバランスのつけ方並べ方などなど。今ではもう昔の展覧会のようにお勉強だけの雰囲気では楽しくないであろう。現在の展覧会に必要なサーヴィスポイントとは?
1)
エモーショナル。感情を与える。
2)
興味を与える。
3)
楽しみを感じさす。
4)
お勉強が出来る。
5)
情報が多くある。
6)
満足感がする。
7)
もう一度感。
これらをどのようなレベルとジャンルでまとめ上げるかが展覧会としても重要な時代性になったはずだ。この発想の他方に、「デズニーランド商法」がある。
これらはこれからの日本の社会環境を考えれば、ファッション産業にも適用できる。総てが、「サーヴィス業」。生業としてゆくならばこれらのサーヴィスは物販でも必要になってくるはずだ。自分たちはいくつのサーヴィスが必要か?
最後に、「社員へのサーヴィス」までを知的に考えた企業トップ。川久保玲。
彼女は自分たちのアーカイヴを使って「根っこ・ルーツ」を知ってもらうことで、この展覧会を共有し経験した人たちへ「自信と意欲」を与える術として、服と服から発せられる共通言語を出もって、サーヴィス・コミュニュケーションを投げかけた。
結果としてのモチベーションは?
14日から22日までの1週間の開催期間で約400人ほどの人たちがこの展覧会「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」を見てくださったそうだ。 感謝。
次回は、アントワープの卒コレ審査と、トリエスタのコンテストについてを書こうと。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年07月27日 01:41
2004年07月13日
「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」の企画、解説に参加して。(2)
第1回目であるので、明快なコンセプトを提案した。
‘92年を軸と考えた。この年はモードの世界観が大きく変化の兆し表し始めた年である。クリエーションでは、[モードが地上へ舞い降りてきた。]即ち、特権階級者のためのモードが戦後の新市民階級者たちのモードになったように、このころ、バブル経済崩壊後から新たな市民階級者が認知された。そして、モードを提供する側はいち早くこの新・階級者たちを見逃さず、自分たちの新たな顧客に加えるためモードをより、中産階級者のためのものへとストリートから誕生した当時のサブカルチャーやユースカルチャーの影響を受けたミュージュックカルチャーのMTV化、ストリートスポーツの大衆化その結果としての、グラフィチィや古着の再流行、リ・サイクル、グランジェ、リ・メイク、リ・ミックス等など、ストリートでのリアリティが音楽シーンと共に大きな影響を受け、モード化され始め、提案され始めた事。
次に、イメージ戦略と広告戦略に湯水のほどに投資して自らのブランドのイメージ再建に、エゴイスチィックに半ば暴力的にファッションメディアを巻き込み結果、トム・フォードという今までこの世界には不在だったスーパースターが誕生し、自作自演を演じることでグッチブランドの再生化に繋がるというこの世界ならではの荒療法を持って登場した。彼はN.Y.の地場産業とも言っておかしくは無いこの街の広告産業を見事に利用したイメージ戦略と広告戦略を持って登場した。その後この影響は言わずと知れたもので、モードの世界で再び[ラグジュアリーブランドの時代]を誕生させるまでに至った。プラダ然り、ルイ・ヴィトン然りそして、あのLVMH対PPMR戦争へと突入して行ったことは忘れてはいまい。
これらの影響を順風万帆に受けてその後の変化を、このモードの世界をより市民生活者へ向けて進化させたのが、[モードのグローバル化]だった。アメリカのインダストリアル・ファッション・クロージングの世界即ち、アメリカの軍服、作業服メーカー上がりの衣料品世界の人たちが、発達したテクノロジーと通信技術を利用した世界規模でのMD戦略とラグジュアリィーたちと同じレベルのイメージ戦略に投資し、中国、東南アジアを一大生産基地として世界を目指した。その成果がやはり、‘92年に巨大「GAP」再生させた。以後、H&Mが、工場ブランドを世界規模のグローバル化させたZALA,MANGOもこの’92年以降の現象結果である。当然ながら、この世界規模の新たなファッションビジネスは新・市民生活者たちの手ごろなファッショナブル日常普段着として巨大マーケットを築き始め既存のプレタポルテファッションデザインビジネスを「低価格」と「高イメージ」で大いに脅かし始めた。最盛期はまるで、[ラグジュアリー対GAP] の勢いまでを感じさせるほどだった。当時は彼らたちの狭間に挟まれたプレタポルテ・ファッションデザイナーたちは瀕死や溺死状態たったといっても過言ではなかった。拝金至上主義な、ファッション・メディア誌上で大いに屈辱としてヴィジュアル先行のビジネス戦略に自分たちの肩身の狭さを味わった。 この年’92年にジュンヤブランドが東京でデヴィーした。
CdGも確かに、この時期以降[ストリートテイスト]を認識した美意識と創造性を持って実際にハッピーに着れる事を大いに意識したこのデザイナーらしさの品位ある作品群へと進化していった。例えば、反対にV&Lなどは’90年代半ばから、これ見よがしの、着れないファッション・オブジェを、遅れた視線でこの世界へ侵入してきたファッション・プロパガンダな若者に過ぎない。
僕の今回の眼差しの一つとして[‘92年]がこうしてコンセプト・キーワードとなり、展覧会となった。
そこでの展示方法は’92年を代表とした「GAP」と「CdGとジュンヤ・W」をある種哲学的発想を持って[二項対立]的手法空間演出を行った。
[CdG]が‘92年以降の彼らのアーカイヴから代表する創造性豊かなストリート性が強いものをトータル50体と’92年の[ジュンヤ]デヴューコレクションを初めとした50対余り。それに、[GAP]が40体ほどの規模の展観となった。
「全く育ちの違う3ブランド。それでも、同じ服。」ここでそれぞれのブランドが持つブランドらしさ、そして、見え方が同じ服であっても当然[根っこ・ルーツ]が違うことによる差異をあらゆることから、たとえばこの会場がかもし出す違和感などと雰囲気からも、身体で感じ、心で読んで欲しいという下心である。
ここにこの展覧会のために書き下ろした拙筆文を記しておこう。
解説 / 平川武治
主旨 / ”The Root of the Comme des Garcons”
「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」:
「あらゆる人やモノそして、存在する全てのモノには「根っこ」があります。
いわゆる「ルーツ」であり、「育ち」の根元です。
しかし、高度で充分すぎるまでのステレオタイプの情報量が主役となったこの日本の現在社会の環境では、ただただ、私たちの目先を通過していくこれら時代の表層、過剰情報の取捨選択と、それらを再編集する作業のみで、日常が慌ただしく過ぎてゆくことが、クリエーターと呼ばれる人たちでさえ、彼らたちの日々の現実の繰り返しです。 この様な私たちの日常の風景の中での「根っこ」は自らによってその存在確認すらされないまま表層のみが社会化され色々な環境や風景を形づくっているのが現在の東京のリアティーでしょう。
自らの「根っこ」を自認し、再確認しつつ、ディシプリンしてゆくことでその結果としての現れが社会的に認知され、認識されやがて、それらが関係、時間、質量そして、存在と経験によって「根っこ」は「育ち」、人あるいはものやブランドに「あり得るべき良き姿の本質」としての<品性や品格>が備わってきます。
初めての試みである本「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」の主旨はここにあります。
新たに働く人たち、もう既に働いている人たち、即ち、企業コムデギャルソンの社員の人たちに、自分が働いている企業コムデギャルソンの「コムデギャルソンらしい創造性」とは何かを自らの眼と心で感じ理解してもらうためのミニ・エキシビジョンです。
今回の第一回展は手法として<二項対立>的なある種、哲学的発想をもって、ブランド、コムデギャルソン及び、ジュンヤ ワタナベの'92年以後のコレクション・アーカイブの中から「コムデギャルソンらしい創造性」とは何かを。他方、'92年以後出頭し始めたアメリカ発のファッション産業のグローバリゼーションのブランドの先陣、インダストリアル・ファッションクロージング・ブランド「GAP」 製品との対比に依る展観を試みました。
この展観をエモーショナルに経験する事に依って自らの心の安心と自信が拡がり、それらが自分たちの直接の企業内の職域での仕事へ、新しい発想とそして、本質的なエネルギーと昇華していくことを願います。」
<二項対立におけるコムデギャルソン>
・
与えられたものとしての身体、肉体をどう拡張するか。そこに創造の必然性がある。
・
構築されたものとしての教養、美意識、関係、時間、存在などをいかに再構築するか。
そのためのルールの解体がコムデギャルソンらしい創造である。
<二項対立としてのGAPブランド>
・
インダストリアル・ファッション・クロージングの現在のあり方の一つ。
・
MDとイメージング+工業製品としての衣料品=ファッショナブル・インダストリアル・ブランド
・
日常性としてカジュアル、カンファタブル、デイリー、チープ、マスプロダクト、アウトドア、ストリートウエアー、ユニフォーム/スクール、ワークス、スポーツ。
これらの解説文がグラフィカルに白地のパネルに書き込まれているだけの風景の中に不連続な連続性を感じるまでのトルソーが建ち並ぶ。
付記
14日から22日までの1週間の開催期間で約400人ほどの人たちがこの展覧会「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」を見てくださったそうだ。 感謝。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年07月13日 17:41
2004年07月04日
「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」の企画、解説に参加して。(1)
1
『LOST INTELLECTUAL GENERATIONS』。
「根っこ・ルーツ」を見直す。:
5月がもう1週間ほどで終わろうと、僕の巴里戻りもそろそろ準備をしなくてはという頃にそのお話を頂いた。
今年の僕の自分自身の「発想のための、思索のための価値判断のための所謂、私的眼差しのフォーカス」は『根っこ・ルーツ』である。人にもモノに勿論,ブランドにも総て、存在するものには『根っこ・ルーツ』がある。この『根っこ・ルーツ』を見直すことでまた、ここへ回帰したところでの自由な発想や考えが案外と、「未来」という時間へ繋がるという発想が今年の僕のテーマ。たとえば、これに沿って、僕の東京での仕事の一つである目白デザイン専門学校の今年の授業は『近代モードのルーツを知ろう』である。近代としての’60年代から現在までをグループごとに彼らが選んだ年代を生徒たちと一緒になってモードのための年表を自由な発想とグラフィックな処理で製作してゆくという授業を始めている。ここには現代のモードを学ぶ生徒たちが余りにも今のメディアの垂れ流す偏った情報のみでモードを理解した、していると思い込んでいることに危惧するからである。
自分たちの目の前を通り過ぎてゆく大量で表層的でスピィーディなファッション情報のみに左右された、表層のみで深層は無知に近い世代が、これは何もモードに限ったことではないだろう、現代の日本社会の構造が持ちえてしまった現実の一端であろう。東コレを見ていても感じたことであるから何も素人ばかりではなくコレクションを発信している側のレベルもこの程度、多くのデザイナーの『根っこ・ルーツ』が浅く、軽い。多くがCdG,ジュンヤ、マルタン,バーナード、バレンシアガ、ラフ程度。結果、裏ハラ系のNo.9などをも含めて彼らたちは時代に乗っかることが上手であって決して時代を創るまでは至らない連中ばかりがメディア受けしている唯の、『丘サーファー』レベル。
彼ら、『根っこ・ルーツ』をもっていない現代の若者たちは高度に発達したハイ・テクとメディアによる表層情報のみに振り回された情報過多症。常に、ネタを発信する情報と族に依存していないと何も出来ない不安と不自由さと寂しさを共有してしまった世代。自分の視点や考え方で、本当に自由な発想と行動ができ出来にくくなって,いつもそれらに依存しなくては何も責任ある行動が出来なくなってしまった、持てなくなってしまった『LOST INTELLECTUAL GENERATIONS』。
しかし、彼らたちはとてもポジティフで本来の日本人が持ちえている誠実さや真面目さ器用さと経済観念は未だある。無いものの多くは根っことしての気骨と根気と責任感である。
2
”The Root of the Comme des Garcons”
「全く育ちの違う3ブランド。それでも、同じ服。」:
こんな僕の今年の眼差しが企業コムデギャルソンは自分たちの新しい社員へ向けて何かしなくてはというある種の危惧からの責任ある行動として今回の[コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展]の発端になった。
若い、新しい社員が年々増えてくる。彼らたちとの共通言語を模索しなければならない。そして、その共通言語で共有して行かなければならないこととは、それらが今後のこの企業の存続と隆盛を決める。もしかしたら第二の渡辺潤也が生まれる可能性だってある。 [コムデギャルソンとはどんなブランドなのか、どんな服をどのような精神と時代観で創って来たのか、どのようなメッセージを時代毎に発信していたのだろうか?]
所謂、[コムデギャルソンらしさとは?]を服屋は服で語ろうという極シンプルな試みである。そのためにこのブランドは贅沢で高品位なアーカイヴを持ち得てしまっているので川久保玲はそれを利用して何かやれないものかの思いと責任感がこのミニ・コムデギャルソン展に進展しそれに僕も企画とこの展覧会のための解説を書くことに加わった。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年07月04日 03:42
2004年06月30日
もう、終わってしまった「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」を知っていますか?
[コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展]企画・解説に参加して。
6月14日からコムデギャルソンの東京本社内のワンフロアーを利用して「コムデギャルソンのためのコムデギャルソン展」というのが始まった。
これは、ファッション企業多けれどたぶん、世界でも最初の試みであろう。
1週間のみの展観であり、観客対象はコムデギャルソンの社員のみ。アトリエで働く人たちも各地のショップで働く人たちも総て,社員が対象。本当に「プライベート・ミニ・展覧会」である。一企業が自分たちの社員のために、思い切り私的な発想と規模と条件で行われた展覧会である。本音を言ってしまえば、“企業トップ”としての義務と責任感の強靭な表れであろう。
その内容はどこへ出してもおかしくない寧ろ、出せば、確実に一般のファッションに興味がある観客たちに感動と興味と楽しみそして、お勉強が出来るまでの、「小規模だけど充実」した展覧会が始まった。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年06月30日 08:50
2004年06月06日
巴里、ブティック LECOLETTE ブックレットのための原稿。
For Le colette;
「都市は人間の意志の現実ではあるが、------- Paris Homme. A/W '04 ‘05」
take. Hirakawa;
ホテル イストリアからはさほど遠くないカフェ・クーポールではその日の朝と夕方
に行われたジュンヤとコムのメンズコレクションのためにクーポール(丸天井)はマン・レイやキキとシュルレアリストたちこそ登場しなかったが‘27年の開店以来の騒ぎになったことは確かであろう。(それに、その日の朝はH.ニュートンの自動車事故という悲しいニュースも加わってしまった。)日本人デザイナーたちがわざわざ、なぜここを借り切ってまでコレクションをしたのかという問いは今シーズンのオムコレクションも後半になって理解できるようになった。このクーポールにはその当時の新しさとしてアメリカンバーが設けられた。シガーをふかしたアメリカンツーリストたちとジャズミュージシャンたち。オーソドックスでありながらこだわりのディテールに凝った彼ら達とジャズミュージシャンたちのダブルブレストのスーツやフォーマルなジャケット、サスペンダーにカマ―ベルトそして、コンビネーションシューズ。時代はモダニズムが始まったころのミュージシャンたち、男たちの洒落たいでたちが70年ほどの位相をさほど感じ指さず、また帰ってきた。ここに集まってきた当時の芸術家や音楽家それにエトランジェたちの自由でありながらクラッシックな正統なかっこよさを楽しんだ男たちは今シーズンのメンズコレクションの主流となったからだ。
1)
可所分所得が比較的多い彼らゲイ達がこのマーケットから心移りし始めてもうかれこれ1,2年が過ぎようとしている。ここ10年以上ほどはオムコレクションの重要な顧客だった彼ら達もやはり健康志向の時代の波には逆らう根拠もなくすんなりと健康志向型ライフスタイルへと。しかし、このまちのデザイナーたちはしたたかである。そんな彼らたちへこれ見よがしに「女物」をより、直接的に使い始めるという手段に出た。きわめて短いそしてスリムなレディス仕立てのジャケットにユニセックスとでも呼べそうなスリムショートパンツとの組み合わせ。コレを「クロス・ストリートジェンダー」とでも呼ぶのだろうか、「スリム&ショート」なシルエット、そのマインド&テイストは「ロッカー、サイコビリーそれにパンカーにモッズ君」そして、イメージングは[THE ROCK’N ROLL CIRCUS]’69LONDON。 そのこなし方は「cross over the category」。ピンクフロイドの「マネー」がなぜか、強く、耳に残った。
エディのコレクションはいつも[アンファン・テリブル]。アンバランスなバランスが彼の美意識。 そして、J/Wには’67年の、僕たちがまだリセ時代だった頃の[ピーコック革命]と呼ばれた、自由を謳歌したファッションレボリューションを髣髴させた。かつて、自らのすばらしいコレクションのアーカイヴの一つとなったスーパー・スリムラインのパンツスーツをはじめ、多くのレディース・スタイルをシャッフルさせ、彼の的確に作動する風向計によって今シーズンはストリートを再び闊歩する育ちの良い青年たちへ新しいチャーミングさを投げかけた。
//D.Homme, J.W,etc,,,
2)
新しさを望むなら「’90年代はじめ」。現在のように「ただ、新しいことは古いことで、古いことが新しく感じる」時代性から予測すれば、「`92~3年」がSO FRESH!! 多分ここに来て、’90年代に流行ったストリート・カルチャーを今もう一度それら、彼らたちのユースカルチャーを選りすぐり選び、その成果を21世紀に認めだす方向へと時代は動き始めたようだ。’92,3年に何が流行ったかをもう一度、思い浮かべてみなくてはいけないのがこのシーズン。確か、ミリタリーが湾岸戦争の影響から多くモードに登場し、「ニュースがモード」化し始めた時代。縮絨を掛けたボロ・ルックが、アウトステッチのアンフィニッシュなジャケットなどが「グランジ・ルック」と呼ばれたのもこの時代。パンキッシュなテイストも含めて、今シーズンのオムではこれらの「ストリート・カルチャー」またはユース・カルチャーが趣旨選択され、ソフィスティケーティドされる。「黒」という色が主役に躍り出たのもこの時代。そして、これらが「ロマンティック」「クラッシック」に味付けられる。それに「ユニフォーム」というカテゴリーも今ではスポーツあり、ミリタリーありそして、ワークスありの「ミュージュック・ユニフォーム」とでも呼びたくなるスタイル・ミックスな現れ方が今。このトレンドのコンセプトは当然ながら新しい主流の「protect & protection」。そこで多くみられる「CAMO.」プリント。 自然との関係だけではなく都市で生活している男たちのためのカモフラージュ・プリントはあるものは輝きを、あるものはアニメが、それらにフォトプリントも加わった「CA MO.」のバリエーション群。//B.W, R.S, CdG,etc,,,
3)
初コレクションのJ/Gは’80年代なかばのJ.P.G.を髣髴。スポーツ&下着と思いついたあらゆるユニフォームのスタイル・ミックス。特出すべきは、「バイオレンス」このモードにも「バイオレンス」がイメージとして、リアリティよりも美しく登場。 // J.G, G.Y, etc,,,
4)
あるデビューコレクションの場合。
もっと、堂々としたショーを見たかった。いじけている分だけ自信がないのだろう。ラフがちらつく。バルベス、メトロ#2、ジェットコースター、スタイルブックなコーディネート。日本からの若者がせっかく高い金を使ってこの街に来ても元気ない、自信なさげなショーはもう、ぼくたちは数年前に経験しているはずだ。知的興奮もなくただ感傷的にアッピールし、スタイリストのスタイリングでは足をひっぱている。それは自分の貧者ジュで無理な「育ち」を見せるだけである。少し、脳みそが固まりすぎているのではないか、「スタイリッシュ・丘サーファー」。所詮、時代に乗っかるだけで決して、時代を創造できる才能は残念ながらない。// N.9,
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年06月06日 07:30
2004年05月27日
NEW-3 :WWD Japan 「東コレ・アンケート回答とプラス雑感。」
今シーズンの東コレは友人のバーゼルの工科大学のファッション科の主任教授が来日していたので一緒に廻りました。でもそんなに多く見せていただいてはいません。若い人たちを中心に見ました。
ぼくはすべてを見ていないので貴社の企画の『ベスト3を選ぶ』には不適当な回答となるでしょう。
また、この様な「ベスト」を選ぶことには多少の疑問があります。それはビジネス業績や企業規模それに企業形態の違いがあるのにステージでの見えている部分でしかの判断の結果としての「ベスト」選びは「大いなる勘違い」を生むから僕はこのレベルでのこの様な企画はメディアの興味本位即ち、売り上げを狙った企画でしかないと想っているからです。
[コレクションを見るときの基準]:
僕が世界レベルでデザイナーのコレクションを見る時の『基準』があります。
1)クリアティビティ:
時代観と美意識をバランスで診てそのデザイナーのオリジナリティを読む。
2)クオリティ:
どれだけその服が美しいくクオリティ高く出来上がっているか。
作られた服に対する気持ちのクオリティと技術面からのクオリティ。
3)イメージ:
デザイナーが感じる時代観とその雰囲気や気分をどのようにイメージングしているか?そのアイディアと独創性。
4)ウエアラブル:
着れる服であること。時代が求める機能性や汎応用性をも含めた着れる服であること。ここで僕はファッションはアートでないという視点を重視。着る人の心や気分そして環境や風景とのバランスを感じ読む。
5)プライス:
当然ファッションもビジネスであるため、モノに見合った価格が大切。ここではどれだけそのデザイナーたちがプロであるか?を読む。
身勝手な自己満足におぼれたデザイナーはここで落ちる。
この5つのポイントで東コレを見てしまうと、、、
それに僕は「ベスト」という順位をつけることはこの東京ではナンセンス。ただの趣味の悪いお遊び。レベルの低いメディア側の自己満。
[「フラボア」「TOGA」と「DRESSCAMP」]:
そこで僕が観たものでこの基準に沿って高得点なメゾンをあげさせていただく。
「フラボア」:このデザイナーの自由さが程よく新しさになって服に現れていた。何か、人と違ったことがしたいという基本的なデザイナーである前の作り手としての心が在った。
「TOGA」:このデザイナーのショーは不参加。展示会でのヴィデオと作品を見て。
しっかりとビジネスをも考え自分の世界観を持って、成熟してきたデザイナー。 全体のコレクションの作り方もうまくなった。3人で自分たちの作りたい服を作りながらのメゾンのスタートを知っているのでよく成長したと想っている。ビジネス的にはこのメゾンが一番企業構造も安定していると想っている。世界へのチャンスもあり???
今後の課題は彼女が持っている『根っこ』をもっと豊かに深いものにすること。
僕の合格ブランドはコレだけ。きっともっといろいろ可能性のあるブランドが僕は見なかったが在るのだろう。
後、印象に残ったブランドは「DRESSCAMP」:
今の東京をある意味で代表しているブランド。
『悪趣味』が蔓延している東京とその時代性をこれ程までに見事にイメージングして気持ち悪いほどに堂々と明るくショー化しているこのデザイナーの「東京ポジティフ」が面白い。好きなものがはっきりとしたコレクションは気持ちよいが、いつまで続くかが問題。今後もう少し自由さと謙虚さそれに彼も自分の「根っこ」をもっと成長させなければいけない。このままでメディアに勘違いさせられると唯の、「東京芸能人ご用達スタイリスト向け悪趣味デザイナー」でしかなくなる。
ここに上げた3組のメゾンはそれぞれ企業形態がっている。すなわち、『育ち』が違う3組のメゾンである。コレは東京的な面白さと特徴である。
「フラボア」は東京DCの元祖ある(株)BIGIの一ブランドデビジョン。「TOGA」は自分たちが作りたいものを作ってゆく最小規模から始めたメゾン。
「DORESSCAMP」はプリント素材メーカーが親会社で、このデザイナーは今でもこのプリント会社の社員を10数年歴でありここでも給料を貰い、御報美的とこのプリントメーカーの企業戦略によって自分のブランドを持たせてもらったデザイナー。
こうしてこれらのブランドの企業背景を調べても当然、企画環境もビジネス構造も違っているから今後の成長への規模や期待が違ってくる。
[「MINA」「NEMETH」「VOLGA VOLGA」そして、「ミントデザイン」]:
いわゆる、世間一般的な「苦労をして自分の好きな世界を築いてきたデザイナー」では「MINA」をあげる。彼の素材に固執する職人気質でのものつくりは本物であるはずだ。これに近いものを持っている東京デザイナーでは「クリストファー・ネメス」と「VOLGA VOLGA」を挙げたい。'85年にロンドンコレクションをしてその後、東京へ移住してからの彼、ネメスのこの東京での仕事振りは服職人である。'90年代初頭のストリート系東京デザイナーの殆どが彼の服をパクッてデビュー。しかし、残念ながら彼の服つくりの精神まではパクらなかったためそんな彼らたちは10年も持たずして、殆どが自爆状態である。「VOLGA VOLGA」はロシア人と日本人のペアユニット。ロシアからヨウジにほれ込んでの来日。そして3年半ほどをここで勉強してからの独立。デザイン発想の玄人らしさとそれらを商品とした服にするためのパターンメイキングがしっかりしている彼らたちも服職人的存在。奥さんである人が巴里のサンディカで学びパターンメイキングの基礎が出来た技術者である。彼らたちに共通するところは「骨太な服つくり」ができるしっかりとした「根っこ」を持っている人たちである。
メディアをかまして、芸能人に擦り寄ったスタイリストたちに媚を売ることが引いてはビジネスに繋がると言う公式の元でのファッションデザイナーとその関係者が多いこの東京ファッションシーンではこれがリアリティなのだからこの所謂「微温湯」の中で悪趣味感覚に馴らされながらやってゆくのならそれはそれで良いだろう。儲かるしカッコもつけられるしかし、もし、違う世界を見てしまったらどうするかがその人の人間性に関る事となるであろう。
「ミントデザイン」は好きなブランドであるが、
悲しいかな、彼らたちにもう少し野性的な強さが作品にも表れればもっと好きになれるブランドである。育ちが良すぎる分今の悪趣味東京では居心地が悪いだろう。それに少し彼らたちが作る服のフレームが狭すぎる。それによって毎シーズンの面白さに欠ける気配がするのが残念である。
他の若手と称され、メディアを騒がしているデザイナーたちもその殆どが「丘サーファー」である。乗ること即ち、時代の流行や雰囲気に乗ることは上手でこんなことも出来ます、あんなこともしますという部類。肝心の「時代の大きなウエーブ」を造ることが出来ず唯、乗っかるだけが多い。従って、これらのタイプのブランドは3~4年でこけてしまう。
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年05月27日 07:17
NEW-2 「東京コレクションシーズン雑感。」A/W '04~'05版
「東京コレクションシーズン雑感。」
1)
バーゼル芸術大学のモード科主任教授の初めて見た東コレとその環境。
最近は、気がついてみると東京へ戻ってくる機会が少しずつ少なくなって来ている。多分、巴里、アントワープに加えチューリッヒでの仕事が加わりその結果であろう。
今回は丁度、東京コレクション時期と友人のバーゼル芸術大学のモード科の主任教授が初来日して居るので比較的多く彼女と東コレを見る機会を持った。
(彼女の学校は例えれば、スイスにおける『東京芸大のモード科』にあたる。)
彼女、PIA Himmaneは自分自身でリスクを張って、約半年の長期休暇をとり最初の2ヶ月程をタイ、ベトナム、カンボジア、ラオスそして、ハワイ経由で東京に入り、自分で家を探して3ヶ月の東京生活を始めている。実際に僕も彼女と一緒にアパートを探したのだが、外国人、女一人そして3ヶ月という条件では普通の不動産屋は皆無。鼻から断られ放しを経験し結局、比較的条件の悪い外国人専門のアパートを蒲田に借りることが出来て、今では楽しく東京生活を行っている。
ヨーロッパの多くの学校がそうであるように彼女の学校も3年生になると最初の半年は自分たちが希望するデザイナーのアトリエや企業への研修参加が義務付けられている。そこで彼女はこの機会を利用して経験として憧れでもあった東京のファッションシーンを体験し、出来ることなら東京の学校と自分たちの学校とで生徒たちが交換学習を出来ればさせたいというもうひとつの目的を持って来日した。そして、実際に彼女が幾校かの学校訪問を行ってみると現実の答えは殆ど決まっていると嘆く。『それは是非、やってみたいのですが、今は未だ、、、、』それと廻っているうちに基本的なレベルが違うことにも彼女は気がつき始めた。そこで今度はショーを見て彼女が興味を持った東京のデザイナーのアトリエで研修が出来ないかと。これも現実では『TOGA』がO.K. を出してくれたがやはり、至難。これから『ミントデザイン』や『ATO』を回ってみる予定だがコレはかなり可能性が無きにしも非ずというところであろうか?
残す、3週間ほどでどれ位、彼女が最初に夢見ていた東京ファッションシーンでの学校やデザイナーとのコラボレーションが可能か?
これも現実としての現在の東京ファッションレベルの一端であろう。
そして、彼女が見た限りあるコレクションの中では、『TOGA』『FLABOA』『MINTDESIGN』『SUNAOKUWAHARA』などに好感と興味を持ったという。そして、少し彼女にとってはきついモノが在ったキッチュな『DRESSCAMP』はある面でとても東京的だったと。彼女は自分の経験と立場上、何のために洋服をデザインするかの『根っこ』を読む。その発端としてのコンセプトそして、クリアティヴィティを重視する。 これらは彼らたちの発表された服と彼らたちが感じた時代の雰囲気が質よく、高く提案されていて、何のためにデザイナーと自称する人たちがコレクションを発表するのか?その根本的な『根っこ』の部分の世界観が全体のビジネスマインドや売名行為以上にオリジナリチィを感じさせるかにプライオリチィを持ってみた結果だという。
その結果、全体的にはビジネスが優先されていると感じたらしい。
これはヨーロッパにおける国立芸術系ファッション学校ではアントワープもアーネム、ラ・カンブル等も同じ視点である。[質の高い創造性と時代感]を好きな服の世界で教えるという立場を取っているからであろう。
僕が海外でコンテストや彼らたちの卒コレで学生たちに接する時の最近の視点は『クレアティヴィティ、クオリチィ、イメージ、ウエアラブルそして根っことしてのコンセプト』であるが、巴里・コレ等でのプロの仕事になるとこれに『プライス』という項目を加えて評価し、これらのそれぞれがどの様なバランスでまとめられているか?が評価の軸としている。
2)
戻って来る度に東京は『悪趣味』が蔓延化している。
これはこの街が持ち得てしまった一種の時代感なのかも知れない。かつての’30年代初頭にはドイツを中心として『キッチュ』が登場した。時代のあだ花としてのキッチュ。
今回は巴里のデザイナーJEAN COLONNA を連れ立って帰国した。
彼も日本企業とのビジネスマネージメントが巧く行かず、あれだけの才能と実力そして何よりも人間的に豊かな感性と魅力を持った、巴里のモード界では誰からも愛される人柄の人物でも日本企業の幼稚さと無知さ、それに何よりも企業のエゴ優先とそこで働く個人がリスクとコストを回避するのが当たり前の環境の中では彼の知的創造性と繊細な感性は破壊されてしまった。
彼にとっては2年半ぶりの東京を一緒に1週間すごした。
現在の東京ファッションビジネス構造は『新たな「ターミナル型」と「郊外型」の2極特化』である。ターミナル型は以前のようにその代表がデパートではなくなり、各所に出来ている駅ビルがこのマーケットの中心である。このマーケットのコンセプトは『コンビニアンス』。(フランス語では、敏速、便利、便宜、簡単にと言う意味)ファッション情報カタログ雑誌によって発せられた消費情報を元に、どれだけスピーディーにコンビニアンスにファッションコンビニ的駅ビルブチックでショッピングが出来るか?の進化(?)
もう一方の郊外型は確実に戦後日本社会の発展を新たな生活環境とした『時間消費型』のそれである。自分たちのテイストと感覚に合ったファッションショッピングが自分たちの地元住環境で出来ることの満足感と安心感がこのタイプ僕はこれを『ファッションヂィズニーランド』化と呼んでいる。この郊外型で今一番ホットだと言われているAEONで代表される旧量販型ショッピングセンター等は正しくこれであろう。
休日はもう街へ出てゆきたくない。家族みんなで安心して時間を生活空間全般と化したファッションショッピングで楽しもう。女物の店には男モノも子供モノまで揃っている。当然、服だけではなくいわゆるファッション小物からコスメまで。そして今回、驚いたのは愛犬用ファッショングッズまで揃っている事であった。そして、現在のTVメヂィアを中心とした大衆娯楽の世界はより、低俗化が進化するのみであり今、東京のファッションの環境はこの低俗化したTVタレントやいわゆる芸能人を媒介とする事で消費のモチベーションを挙げているのが現実である。その証拠に元々センスの悪い芸能人ご用達のスタイリストたちが同じ狢たちの雑誌メヂィアによって勘違いさせられてもう幾年も経てば彼らたちの勘違いも日常化してしまっている現実。そんな結果であろうか、東京のテイストが『悪趣味』化している。先ほどのペットブームに見られる消費現象も然り、街を闊歩する女性たちのいでたちには個人の上品な趣味性は殆ど姿を消しユニフォーム化されて仕舞い、『悪趣味』を悪趣味と解らない世代が登場しているのである。対峙すべき『良き趣味』を知らないで育ってきた世代。彼らたちからは既に『躾と恥じらい』という言葉が死語になっているのだろうか?もし、これが死語となってしまっているのならファッションの世界も新たなシーンを必要としているしそれが現実化していてもおかしくはない。東コレを見ていてもこの傾向に気が付く。先に挙げた『DORESSCAMP』などはこの時代の風向きに順風漫帆なのだろうか?少し時代を先取りしてしまった結果が受け始めていると想うのだが。戦後60年間で社会構造の中に殆ど、『クラス』が無い現実は一方では『趣味性』を欲し、他方では『悪趣味』が現実。 多分、この矛盾は2010年まで『あだ華』となって進化し、消費の強力なモチベーションとして進化して行くだろうがその後は、上海の万博が終わった中国が巨大な大衆消費社会構造を確実に稼動し始めると僕たち日本人は悪夢から否応にも目覚め、新たな21世紀の日本の役割を謙虚に捜し始めなければならない。
そして、外国人たちの眼差しはこの『21世紀版悪趣味ジャポニズム』を早熟に感じエンジョイし始めたのが今。[完]
投稿者 : take.Hirakawa | 2004年05月27日 07:02
2004年05月24日
「21世紀モード的眼差し、環境と風景を探して。」
Feb.‘04
はじめに;
「観光立国化と戦後日本の独自性としての、コンテンツ産業立国化」
昨年末に書店の店頭でもらってきた小冊子「草思」(2004年1月号草思社発行)が興味深い特集「日本の生きる道」をしていた。
「奇跡の経済成長も今は昔の話。もはや工業立国・貿易立国の基盤もアジア諸国の追撃に危うくなった日本は、物作りは得意でもソフトは危弱、食料の60
パーセントは輸入に頼り、輸入率100パーセントの石油無しには我が国は成り立たない。長引く景気低迷のうちにもはや日本は衰退の一途をたどるのみ。ー
ー言われてはいるが、本当なのだろうか。(中略)今直面する問題とその克服の道を考察してみた。」とプロローグに始まるこの特集は本来、全てが拝金主義
の大衆消費社会の全カタログ誌と化した一般教養誌で真剣に取り上げるべき内容であると信じているのは筆者だけであろうか。
ここで取り上げられている我が国の生きる道は4つ。「農業立国・日本は可能なのか」。「科学技術立国の落とし穴」。「観光立国への道ー醜き衰退から美
しき成熟へ」。そして、「日本の新たな資源としてのアニメーション」。ここで戦後日本のお家芸的なアニメーションやTVゲームのコンテンツビジネスが語
られている。
筆者が思うにBSE問題で現実としての「吉野家」牛丼販売停止や鳥インフルエンザによる関係業種の開店休業的状況は確かに目先の問題としては大変な事
件であろうがこの状況はもしかしたら今後の日本の食料事情の変化を促進し60パーセント輸入に頼っている我が国を救い、思いも寄らぬ方向へと進展させる
ベクトルになる可能性も考えられる。例えば、それはもう一度21世紀の僕たちが謙虚にそして、150年ほどタイムトリップをして江戸時代のような基本的
には自給自足を目指した菜食主義的な民族へ戻る一つの機会かもしれないと考えるのはどうだろうか?
筆者は90年代後半に既に我が国は2010年以降は「観光立国」化へという発想を持っていたのでこの特集はとても興味深く読んだ。筆者の主なる根拠は
隣国の「中国」が大衆消費社会化へと2008年の北京オリンピック開催と2010年の上海の万博以後、戦後の日本がその同じシナリオによって完全に現在
のような大衆消費社会構造を築き歩み始めたことを思い起こせば納得するであろう。「労働者」がいつの間にか「消費者」というニュアンスで語られるように
なったことその後、ハワイは観光メインの州として星条旗の星の一つに加わったことを想い出してみよう。
このような発想を持った以後、筆者の近未来への眼差しは「観光立国」化であった。資源の貧しさも手伝って、生産性よりも消費性を、サービスを生業とし
た現在のような国民の大半以上が商売人的感覚の民族と化してしまった以上、「観光立国」化は考えられる最善策の一つであろう。
社会がそのような「環境と風景」になったとき「ファッションビジネス」は今以上にサービス化を辿るであろう。同じような物がより、パーソナルメディア
を通じてトレンドと称されて例えば、携帯でトレンド情報を、コーディネート情報を、それにバーゲン情報などがコンテンツ化されると「ユニフォーニズム」
へと進展していくはず。そうした近未来を考えると各ブランドやショップ、デパートがどのような独自のサービスを持って顧客